第34話
あまり聞き慣れない音が耳を刺激する。だが、とても心地良い。神聖で温かみのある音が幾重にも重なり、一つの美しい音楽を奏でる。
ツバサはゆっくりと瞼を持ち上げた。そのまま上体を起こす。流れくるのはパイプオルガンの音色だと、ぼんやりとした頭で知覚する。
カノンもラックも横になったままピクリとも動かない。横で眠っていたモカも長い尻尾を体に巻いて丸まったまま起きる気配がない。元々モカは寝坊助だ。
枕元に置いていたアナログの腕時計が差す時間は、午前七時半。
カノンとラックに目を向けながら、どんだけ寝るんだよ、と軽く頭を掻いて洗面に向かう。冷たい水で顔を洗うと、完全に覚醒した。
ツバサはダイスに被さったタオルを固定していたガムテープを剥がしてやった。だが、反応がない。ということは、こいつも寝ているのだ。どうせ夜更かしでもしていたのだろうと機械に冷たい視線を送る。
「カノン班のみなさーん! もう朝ですよ、起きてくださーい!」
手をパンパンと叩きながら、ツバサがカノンとラックのベッドの間に立つ。
カノンは視点が定まらないままムクリと上体を起こし、眠そうに目を擦って無言のまま洗面台へと向かった。全く気付かないのはラックである。
呆れ返りながらツバサはラックに近づく。
「ラック先輩、朝ですよ! 起きて下さい!」
掛布団を軽く叩きながら声をかける。すると、ラックが薄目を開けてバシッとツバサの手首を掴んだ。思わず、ヒッ! という悲鳴が漏れる。
「テメェ……ふざけんじゃねーぞ……俺にこんなことするなんて……後でどんなことされても文句言わせねーからな……」
言い終わると薄目も閉じられ、再び夢の中へ落ちていった。完全に寝ぼけている。
「…………」
ツバサは掛布団をバサッと勢いよくラックの体から引き剥がした。ぬくぬくと温まっていたラックは寒そうに体を丸め、エノキ抱き枕をきつく抱き締める。ラックからは獰猛な犬にも似た呻き声が聞こえてくる――かと思ったら、すぐにカッと目が見開かれ、ツバサに顔を近づけてきた。
「テンメェ! 俺の睡眠を妨害するたぁいい度胸して……る……こともねぇか……」
威勢よく吠え始めたラック。だが、目の前にあった凍えるように冷たい瞳で見つめてくるツバサの顔に、最初の勢いはどこへやら、青ざめる始末。
「ラック先輩……言いたいことはそれだけですか?」
ツバサは真顔でラックを詰める。
「い、いやー、ツバサだったのか……。てっきり違う奴かと……。きょ、今日はお日柄も良く……爽やかな朝だなー……。な、なあツバサ?」
「…………」
表情に変化のないツバサに、ラックはすぐに視線を逸らす。
「さ、さーてと……さっさと顔洗って朝飯朝飯っと」
ラックは調子よくそう言って、さっさとその場を離れて洗面台へ向かった。先に入ったカノンが鍵をかけているらしく、ラックは扉をドンドンと叩いている。朝からうるさい。
ツバサはハアーッと息を吐き、部屋を出た。