第28話
「そっか……」
ツバサはそれだけ短く返し、皿拭きを継続した。その質問をしたことに対して謝らなかったのは、ツバサなりの相手への誠意である。
本来そういう場面で謝るのは、辛く、人に言いたくないようなことを言わせてしまって申し訳ない、と思うからだ。しかしツバサはそう思わない。同じような境遇の人に言われるならまだ解るが、そうでない人に言われたところで憐れまれているようにしか感じない。ツバサは母親を亡くしており、その手の言葉は何度も言われたことがある。その度に思ったのだ。可哀相という感情が言葉として具現化されたものだと。
実際身内の人間を亡くした人たちが皆ツバサと同じように思うとは限らない。そのことは解っている。だがそれでも、ツバサはそれ以来謝ることを止めた。
だから驚いた。リリアから次の言葉が降って来たことに。
「謝らないのね」
ツバサが息を呑みながら彼女の発言の意図を探ろうと次の言葉を待ち構えていると、リリアは苦笑した。
「だいたいこういう話すると、みんなすぐに謝るの。もう反射みたいに速くね。それでマズいこと訊いちゃったなーって顔するの。そういう雰囲気作られると、逆にこっちがいたたまれなくて、ごめんって謝っちゃう。でも、あなたは違うのね」
ツバサは内心でかなり戸惑っていた。柔らかい雰囲気を醸し出すリリアに。この雰囲気に呑まれて、皿を瞬時に離してリリアの肩へ行こうとする手を必死に制止させる。
「うーんまあ何ていうかその……、うん、謝らないね。だって言いたくないことならセレティスさん話さなそうだし……」
必死に自然な笑みを形成しようと注力するツバサ。誠実を貫く自分エライと、思わず褒め称える。
「そうね、その通りよ。なかなかあなた鋭いじゃない」
「……お褒めに預かり光栄です」
リリアは、眉の両端が下がり、口角が不気味に吊り上ったツバサの笑顔にツッコむ気もないらしい。正確に言うと、ツバサなどどうせエノキだから気にしていないのか、顔を見る様子もない。皿洗いに精を出している。
「それで? 他に訊きたいことは?」
「い、いえ……、特にありません……」
本当は山のようにあったが、急に訊かれてつい口を衝いて出てしまった。そして、ツバサは胸中で大きく溜息を零したのだった。