第12話
《開けてくれたまえ》
くぐもった声とともに、扉に何かがドンドンと突進している音が鼓膜を振動させた。ツバサたちはその音の正体を知っている。
扉を開けると、ツバサの目線にカメラ付の球体機器が浮遊していた。それは何も言わずにゆらゆらと教室の中へ入って行く。
《やあ諸君》
ウィーンウィーンとカメラの視点を移動させ、それは濁声を発する。
「ダイス、テメェ『やあ諸君』じゃねぇよ! 毎度毎度安全地帯にいやがって。その割に偉そうにすんな!」
ラックが素早く浮遊する球体――ダイスを捕らえ、カメラに自分の顔を近づける。
《ら、ラック殿、それでは我の視界がお主の顔だけで一杯になってしまうではないか! 解放したまえ!》
「何が『解放したまえ』だ!」
ラックはそう言いながら、球体を持つ右手をブンブンと振り回している。機器からは悲鳴にも似た抗議の声が拡散されている。
ダイスはちゃんとしたWGSの生徒だ。しかし、誰もその姿を見たことがない。寮に閉じ籠り、一回も出て来たことがないのだ。理由は分からないが、外に対して異常な恐怖心があるらしい。
そんなダイスが自主的にWGSの入学試験を受けたはずはない。彼は世界的にも有名なエンジニアで、WGSの設備の設計等にも携わっているらしい。その優秀な頭脳を活かして世界に貢献してほしい、という要望が多数あげられ、ノーテストで入学した異例中の異例の生徒である。年齢は確かラックと同じだったはずである。
テストの時にはサーバーに接続して参加、その他は球体で移動している。そんな風に生活しているせいか、ダイスは人とのコミュニケーションの取り方に難ありとツバサは思っている。
《うわあぁ――――、お主放せと言うておるだろうが!》
「じゃあ仰せの通りに」
ラックがニヤリと笑い、パッと手を離すと、ダイスは遠心力により扉の方へ進んで行った。
その時だった。扉が乱暴にガラリと開かれたのは。そこへダイスが突っ込む。
バシッとダイスがキャッチされたかと思うと、その人物はまるでキャッチボールでもするかのようにすぐにラックへ投げ返してきた。それを受け取り、ラックは青ざめる。
入ってきたのは、カノン班を校内放送で呼び出したボルドー教官だった。どんな罰を与えられるかと内心冷や冷やしていたが、お咎めはなかった。それよりも驚いたのは、ボルドー教官の後からすまし顔で入って来た一人の少女。
ツバサの視線が吸い込まれるように彼女に張り付く。一瞬にして〝聖女〟という単語が脳内に浮かぶくらいの美少女。絹のように長く艶めく髪、気が強そうなシーブルーの瞳、白雪のように透き通った肌、すっとした鼻梁、桜色の頬、血色のよい唇、モデルのようなボディライン。聡明そうで、気品があり、清楚。大人びて見えるが、どこかまだ幼さが漂う可愛らしさを兼ね備えていた。この世のものとは思えない美貌に、消えて無くなってしまいそうな儚さを感じる。
光を放っているように彼女の周囲がぼやけて見える。その他に視界に映るものはない。
彼女が一瞬ツバサたちの方に目を向ける。目が合ったかどうかは分からない。それでも、ツバサには目が合ったように思えた。そして、それだけで鼓動が強く脈打つ。
見かけない顔だが、WGSの制服を着ている。一体彼女は何者で、何のために自分たちの前にいるのか。
ツバサはゴクリと唾を呑み込み、ボルドー教官の言葉を待つ。
カノン班全員の視線がボルドー教官に注がれる中、彼の口が僅かに開かれた。
「お前らに任務だ」
「!?」
力強く発された音声は、ツバサたちを驚愕に陥れるには充分過ぎるほどだった。瞳は見開かれ、心臓は跳ね上がり、喉の奥の方から乾燥が襲いかかる。
任務は学園から認められた優秀な班に伝達される。それにセルバーンでの任務は既に通達された班がある。
では、彼の言う任務とは何なのか。カノン班はE判定の常連と称される落ちこぼれ班。その足手まとい集団に通達される任務。ボルドー教官の一言では、さすがに事の真意を推し量れない。全員の動きが一時止まる。