第10話
昔のことを思い出し、ツバサは懐かしそうに笑う。そしてディノに続き、モカを撫でようと人差し指を伸ばした。
ガブリ。
「いって!」
モカは噛みついてから、体を九十度回転させ、そっぽを向いた。ツバサは血の滲んだ差し指を見つめ、涙目を浮かべる。昔のように血がだらだらになるほどではないので、多分モカなりに甘噛みをしているのだとは思うが、それでも力が強い。
ツバサしかいない時は絶対に噛まないくせに、他の誰かがいる時はツバサだけを噛む。そして他の人間には愛嬌を振り撒く。全く、性格が悪いにも程がある。
ツバサはキッとモカを睨み付けるが、本人はどこ吹く風だ。
「ディノの班ってセルバーンでの任務受けたとこだよな?」
ツバサが人差し指を掴みながらディノに目を向ける。
WGSでは実習の一環として、各国の要望を任務として生徒に与える。次の土地に着く前に呼び出され、内容が伝達されるのだ。それは学園から認められた優秀な班に任される。
「うん。自分の故郷で、しかも父さんの要請を受けることになるなんて思いもしなかったよ」
ツバサは眉を顰め、首を傾げる。
「父さんの要請?」
すると今度はディノが不思議そうに首を傾げ、数度瞬きを繰り返した。
「あれ? 言ってなかったっけ? 俺の父さん、セルバーンのプレジデントなんだ」
「はあ!?」
ツバサは目を剥き、思わず大声を上げる。
「プレジデントってセルバーンで一番偉い人のことだよね!? ディノのお父さんってセルバーンのプレジデントだったの!?」
「だからそうだって言ってんじゃん。エルイ=スラッファだよ」
さらりと言ってのけるディノに唖然とするツバサ。
「それで、お父さんからの要請……ディノが受けた任務って――」
ツバサの台詞を遮るように、ピンポンパンポーンという校内アナウンスが邪魔をする。生徒たちは一斉に放送に耳を傾けた。
『一回しか言わないからよく聞け。カノン=フォートレス、ラック=ウィンバー、ダイス=エンペルト、ツバサ=ユキノシタ。今すぐ第一準備室に来い』
ボルドー教官の威圧的な声が校内に響き亘る。ツバサは放送を聞いて、げんなりとした表情を浮かべた。その横でディノがニヤリと意地悪い笑みを形成する。
「ボルドー教官がお呼びか。あまりにも成績が悪すぎて、カノン班は退学処分! とか言われたりして」
「笑えない冗談言うな!」
おちゃらけて言うディノに、口元を引きつらせながら応答する。ツバサはそこで一旦息を軽く吐いて、片手を上げた。
「じゃあ行ってくるよ」




