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ドォン。


ミズホの目の前で、セイタロウの顔が七色に照らされる。


「花火だ」


その言葉が合図かのように、次々と夜空に花が咲いていく。




「そっか、もうそんな時間なんだな」


ミズホは嬉しそうに花火を見上げるセイタロウをただ見つめていた。夜空よりも、花火よりも、ただセイタロウの顔を見ていたかった。

ずっと、セイタロウのそばにいたいと思った。


「すっげぇきれいだな、花火」


「えっ?、あ…うん」


空は花火の光で、夜とは思えない色となっていた。

花火が上がるたびに、歓声が遠くから微かに聞こえてくる。

それでも少し離れた場所にいる2人には、全ての花火を独占しているようにも思えた。

ずっとこのままでいれたらいいと思うのに、それは決して有り得ない。

ちらりと横目で見やると、セイタロウも花火に見入っている。


『明日、東京に戻るよ』


カキ氷を食べながら、まるで何気なく放たれたセイタロウの言葉がミズホの頭の中でずっと残っている。

夏休みはまだあると言うのに、セイタロウは早々に東京に戻ろうとしていた。

セイタロウが町を出てから、まだ半年―。

それはミズホには待ち遠しかった分だけ長く感じたが、それでもやはり短かい時間だと思った。

でも、セイタロウには半年はやはり長かったのだ。

半年では何も変われない、まだ大丈夫、そう思い込んでいた。

気付かない振りをしながらも、ミズホはやはり気付かないままではいられなかった。


すぐ隣にいると言うのに、セイタロウがとても遠くに感じられた。


「……」


目は真っ直ぐに花火を見上げながら、ミズホはそっと手を伸ばす


きっと、言葉では届かない。届けられない。


―でも、それでも、伝えたい想いがあるから。


静かに、ゆっくりと。


ミズホの手はセイタロウの元へと向かっていく。


大きな音が空に響くたびに。

花火が夜空に上がるたびに。


近いようで遠いその距離を、少しずつ詰めていった。


そして―――。




「……あっ」




セイタロウの声と、彼が動く気配がした。

花火だけだったミズホの視界に、セイタロウの後姿が加わる。


「すげぇ。連発だ」


先程までとは違い、多くの花火が一気に夜空を彩っていく。

それに興奮した観衆のざわめきも遠くに聞こえた。

2人ともが花火の光に照らされながら、しかし、ミズホはもう夜空など見上げていなかった。


取り残されたように宙に浮いた、自身の手を、ただじっと見つめていた。


―また、だ。


また、ミズホはセイタロウに届かなかった。


顔を上げると、未だ連発花火に見入るセイタロウがいた。

そして、その姿は先程よりもさらに遠くに感じられる。


不思議と、悲しくはなかった。

届かなかった、と言う事実だけがあった。


そして夜空に一際大きなしだれ柳が咲いたあと、あたりは不意に静まり返る。

名残惜しそうに消えていくしだれ柳に、観衆のざわめきも消えてまるで時間が止まったようだ。


「もう、終わりだな」


静かな鈴のような虫の音が聞こえる。少し、肌寒さも感じた。


花火は毎年、祭りの終盤に打ち上げられる恒例イベントだ。

つまり、花火は夏祭りの終わりを意味する。

そして晩夏に行われる夏祭りは、夏の終わりを意味していた。


「もう、夏も終わりだ」


その言葉が、やけに頭に響く。



夏が、終わろうとしていた。


ミズホが、ずっと心に決めていた夏が―。

セイタロウと会えた、唯一の夏が―。


涙は出ない。悲しいとさえ、思えなかった。

ただ、じっと縋るようにセイタロウの後姿を見ていた。



夏が、終わろうとしている。


「そろそろ、帰ろう」


ミズホは返事はせずに、無言でそれに従った。

そうする意外に術を知らなかった。



夏が終わろうとしていて、ミズホも、それを受け入れた。



この夏は、二度と来ない――。


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