第8章 予兆 1
第8章 予兆 1
彼女たち──、流石菖蒲と篠原直也は駅から徒歩十五分ほど歩いた所にある、とある県立高校の正門前にいた。
「七海南高等学校か」
直也はぼんやりとした口調で正門の横にある学校名を呟いた。
それに釣られ菖蒲もそこに視線を当てる。
男女共学で、全校生徒の人数は約六百人ほど、普通科、夜間定時、通信がある。
スポーツで有名とか、進学校で学力レベルが高いと言うわけではなく、これといってあまり特徴の無い、そんな高校だった。
今日は日曜日の為、敷地内を校門の辺りから見ると、通信制の生徒らしき私服の人間がちらほらと伺える。
「なんか、舌噛みそうな名前」
視線を戻し、ぼそっと思ったままの感想を呟く。少し苦笑しながら、自分の言った事が少しツボにはまったのか、もう一度心の中で繰り返す。
意識はしてないが、菖蒲はそういった癖があり、時々トリップしたようにクスクスと一人で笑い出したりすることがあった。
自分では面白いことだと思っているのだが、旧友などには笑いのセンスは無いと、はっきりと言われたことはあり、正直心外だと思ったことはある。
「……行くぞー」
直也は煙草を地面に捨て、靴のかかとでぐりぐりと火を消して言う、菖蒲も我に返るように気がつき、直也と共に高校の敷地内へと入っていった。
敷地内へ入ると、正面に駐車場が広がっている。
近くで見ると所々塗装の剥がれたりひび割れのある、少し古ぼけた校舎が目に入った。左側──校舎側の道へと歩いていくと、校舎の渡り廊下越しにグラウンドが見えた。
きょろきょろと視線だけを辺りを窺うように運び、値踏みするように観察する。校舎側の方向に、昇降口らしきものが見える。その近くに設置されてるベンチに、五〜六人の通信制の生徒らしき私服の若者がたむろしていた。
ぱっと見、高校生の年齢には見えそうにないものも何人かいて、近くにステンレスバケツを置き、灰皿代わりに囲んで煙草を吹かしている者も居た。
何を話しているのかは分からないが、笑いを浮かべながら楽しそうに談笑している。
「……私服のやつが多いな、年齢もお前くらいなのも何人か居るみたいだし、そのまま校内に行ってみるか」
「この学校、通信制があるみたいですね、多分通信の生徒ですよ、聞き込み先にやりません?」
人が居る位置から少し離れた場所──自転車置き場の影で、小声で行動の打ち合わせをする。
傍から見たら怪しい光景にも見えるだろうが、あえてこちらを興味深く見つめる人間も居ないだろう。
「聞き込みなら後でも出来るさ、時間も時間だから人が多く校内に残ってる間に、少し中を回りたい」
菖蒲の意見を、さも興味なさげに強気に却下する。
「……分かりました。ただ、呼び止められたりしたら、言い訳お願いしますよ。口裏は合わせるんで」
分かったのか分かってないのか、もうこちらに視線すら向けずに歩き始めた。
直也はマイペースというか、やりたい事やりたくない事を強引に決める節があった。
今までもそれに何度も付きあわされている。最初は反発もしたが、全く意見を変える気が無いのは今までの経験上分かっていた。
菖蒲は諦め、軽いため息をつくようにしぶしぶ引き下がる。
もしかしたら”白昼の幽霊”を見れるんじゃないかとでも思っているのだろう。そんな訳無いだろうと思いながらも、いつものことだと、素直に従った。
大抵の場合何も無く残念がることが多いのだが、稀に目的が沿うこともあり、そういう時子供のように目を輝かせる。直也のそういう所だけは嫌いでは無かった為、あえて反論することも少なくなった。
昇降口の辺りで雑談をしている集団を尻目に、校舎の中へと入っていく。
下駄箱がすぐ目の前にあり、下駄箱の上には大量の荷物が置いてあった。教科書やジャージが見える。
(普通科の生徒の物かな?)
普通科の生徒の下駄箱だろうと推測した。丸見えの下駄箱には靴は無く、変わりに同じ形の上履きだけがずらりと並んでるのが目に取れた。
直也は無造作に下駄箱の上履きに手を伸ばし、取り出しては仕舞うを繰り返しだした。
一つの名前の書いていない上履きを手に取った時、靴を脱ぎ下駄箱の上にやり、その上履きを履いた。
「……何やってるんですか?」
「スリッパも無いし、靴下でうろうろするのもなんだからな」
その姿を見つめていると、直也はそう言った。確かに普通科の生徒は校内には多分居ないだろうと思った。こくりと頷き了解の合図を送り、習うように女子生徒の、名前の無くサイズの合いそうな上履きを探して、それに履き替えた。
「どっちへ行きます?」
「まずは教室のある方へ行こうか」
下駄箱の奥はすぐ左右の通路になっている。窓があり、窓越しに中庭が見えた。
どうやら二つの校舎の中間に下駄箱がある作りのようだ、中庭の見える窓から左右の校舎を外から見比べる。
「こっちですね」
右側の校舎に職員室らしきものが見えたので、そちらとは逆の校舎を指差す。直也は反応こそ示さなかったが、こちらを一瞥だけして左の通路へと進んだ。
校舎内は外から見た印象とさして変わらず、古ぼけた印象の校舎だった。
木製というほど古い校舎では無いが、それでもかなり長い間補修などもされてはいないのだろう、外から見える以上にひび割れが目立った。
(夜中なら少しは如何にもって感じではありそうだけどね)
今はまだ日も当たる時間だが、夜中になれば少しは恐怖スポットといった感じはするなと思えた。
仕事で夜の廃ビルだとか、幽霊トンネルなどに行くことは多かった。
今でも使われている学校に対して少し失礼ではあったが、そういう考えが先に浮かんでしまった。
最初はそういった場所に行くのは嫌だった。
仕事とはいえ、余りに下らないとさえ思っていた。
実際本当の心霊体験は何一つ体験したことが無かった為、やって行くうちに慣れと仕事の対象としての価値観が先行するようになった。
少し歩き、教室の並んでいる廊下を進んでいく。手前にあった教室を覗くと、通信制の生徒らしき者たちが教室内で談笑を交していた。左手につけた腕時計をちらりと見る、時間は午後三時半をまわった所だった。
もう教室内での学習時間は終わったのだろう、残って友人達と会話をする者だけが残っている状況だった。
確かに直也が言ったように、怪しまれずに徘徊するなら今がチャンスなのかもしれない。だが後ろめたい事をするわけでは無いので、直接適当な理由で取材を受ければ良いのだろうとは考えた。
今更悔やんでも遅いことだし、今のように直也と一緒の仕事をしていると、どうにも彼のペースに合わされてしまう。
特にさしたる会話も無く淡々と、校舎内を回り続けた。
二階には誰一人として人はおらず、三階も同じだった、通信制の生徒の使う教室は一階だけなのだろうと推測した。
渡り廊下を進み反対側の校舎へと移動する。
「何も無かったですね」
右側の校舎の方へ入った時、そう直也に呟いた。
直也から返答は返ってこなかった。
変わりにちらりとこちらを一瞥し、多少不機嫌そうな顔で顎でくいっと、先へ行くぞと言うように歩きながら合図をする。
どうやら何も無いのがお気に召さない様子だ。
(勝手なんだから、でも…)
心の中で毒づくも、何も自分で決めない優柔不断な男よりは、遥かにマシだろうとは考えた。
だからといって、ここまでマイペースに事を進められるのも不快といえば不快だが──
こちらの校舎の三階は理科の実験室や、社会科資料室などがあるようだ、開けようと軽く手を掛けてみたが全て鍵が掛かっていた。
今いる場所は人がいるはずの校舎内にも関わらず、誰も居ないかの如く静まり返り、窓から日の光も直接差してこない為少し薄暗く、幽霊が出てもおかしくは無さそうな雰囲気はかもし出していた。
学校内には幾つも、このように人の集まらない空間は存在しているのだろう。
多分噂はこういう場所を通った人間が、幽霊を見たのだと言えば、あながち信じられて広がって行くといったことがあっても不思議では無いと、そう思えた。
毎度毎度のことですが、読んでくださっている方、本当にどうも有り難う御座います。
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