第7章 流石 菖蒲 2
「牛丼、大盛りネギ濁で」
「俺は牛丼の並ね」
二〜三分ほど歩き、牛丼屋を見つけたので、そこで遅い昼食を取ることにした。
もうそろそろ午後3時になろうといった時間で、店内は昼食時間を過ぎている為か、客入りは少なく静かなものだ。
入ってすぐのカウンター席に並んで座り、店員に注文をする。
菖蒲はバックから手帳を取り出し、直也の借金欄のところに、四月二十九日 三百五十円と書き加えた。
「…おい、細かいな」
「当たり前です、ってか勝手に人の手帳覗かないで下さい」
こちらの手帳の中を覗き込んでいた、横の席に座っている直也は手帳を見ながら言う。
確かに直也の言う通り、細かい金額がずらりと並んでいた、煙草の代金、飲食代、直也と行動して、彼が菖蒲に借りて私的に使ったものの全ての金額が1円単位で記してあった。
細かい金額が多いが、月で換算すると数万円くらいにはなることもざらなので、ただでさえ薄給なので馬鹿に出来る金額ではない。
菖蒲はちらりと、直也を一瞥し手帳を隠すように避けた後、閉じてバックの中にしまう。
「固いこと言うなよー」
手帳を隠され、ばつが悪いのか視線を泳がせるように店内をぐるぐると見渡しだす。
「はい、こちら並になりますね、こちら…大盛りネギ濁になります」
少し待っているとトーンの低い声の店員が、淡々とした接客態度で牛丼を運んできて菖蒲たちの前に置き、厨房の方へと下がる。
ピーク時間を過ぎている為か、かなり早く作られてきた。
「はい、どーぞ」
それを受け取り、割り箸を二つ取り出し一つを直也に手渡す。
「サンキュー」
そう言い割り箸を受け取り、二つに割り食べだす、菖蒲はというと少し多めに、紅しょうがを乗せていた。そんなこんなをしながらも、各々牛丼を食べ進みだした。
「……この後、どうします?」
食べながら、視線は向けずに、隣の直也に対して言う。
「…んー、大体まとめると、今んとこどんな感じ?」
少し考えた様子で、応える。
「ちゃんとメモくらい取ってくださいよ」
「俺は頭の中で覚える主義なんだ」
「…覚えてないくせに」
ぽつりと、小声で聞こえるように毒付きながら、先ほど閉まった手帳を再度取り出し、今日の取材をまとめた欄を探す。
片手で器用にパラパラとページをめくりながら、先ほどまでの取材した内容のページを探す。
「えーっと、あった」
もう片方の手で、割り箸を持ち牛丼に手をつけながら、答える。
「…一番多かった情報は、幽霊は小〜中学生くらいの女の子の姿をしている」
「……他には?」
直也は黙々と食べながらそう言い、割り箸を振り次の情報を要求する。
「その女の子は、短い髪にセーラー服を着てる姿で目撃されているのが大多数ですね。ほんとに目撃されてるのかは知らないですけど」
本音を洩らしながら、嘘か本当か分からない情報を読む。
(っていうか作り話に決まってるだろうけどね)
内容はある程度の具体性はありながらも、どうでもいい尾ひれは、聞くたびに付け加えられているようだった。多分その場で考えられた物もあるだろう、目的としては詳細を調べたいだけなので、そう言った後から幾らでも付け加えられるような情報は、全て聞き流してはいた。
「で?」
「他にはー、昼でも夜でも関係なく目撃されてるようです、名前のまま”白昼の幽霊”って訳ではないみたいです、ただ──」
「ただ?」
「学校内で目撃されたって噂が多いみたいですね、だから昼間学校にいる学生から”白昼の幽霊”って名前が流行ったんじゃないかと思います」
都市伝説などは一種の流行みたいな物だと、菖蒲は考えていた。
だが、実際には大抵の噂がそうであろう、実際に見たとされるのは、友達の友達であり、顔も合わせたことの無いような第三者なのだから。
勿論菖蒲は、今回の”白昼の幽霊”もその一種だと、考えた。
誰かが言い出して、それが伝言ゲームのように一部に伝わるうちに、ある程度の具体性を帯びた情報になり、名前などが想像され形が作られて生まれただけの、偶像に過ぎないと。
「…ふーん」
「……ってちゃんと聞いてます?」
本当に聞いているのかどうか、怪訝な顔をしながら隣を向くと、一足先に食べ終わったのか、直也は爪楊枝を取り出し咥えていた。
店内禁煙の為、今まで咥えてた煙草は、入店するときに店の入り口前の灰皿で消しており、口寂しいのだろう、煙草代わりに爪楊枝をゆらゆらと揺らせながら咥えている。
「聞いてるよ」
菖蒲の方を一瞥して答える。
「はー……」
深くため息をつく、多分聞いてるというからには聞いているのだろうが、このただの都市伝説を何で調べ歩かなければならないんだろう、と言う気持ちもあり。どうにも煮え切らない気持ちは、すぐため息に変わる。
「で、他には?」
「あ、はい、えーっと」
集中を一応仕事のことに戻し、視線を手帳に戻し再度確認する。
「で、目撃してもすぐ消えてしまうと、それで幽霊と言われてるようですね。まあ実際見てみないと何とも言えないですけど」
(ま、居る訳無いけどね)
直也にも心の中でも、皮肉をこめながら呟く。
菖蒲は昔から基本的に幽霊やUFOとかを信じたことは無い、居るかもしれないとは思うが、それはあくまで出来るだけ現実的観点からの推測である。
幽霊などは、心理的不安からの幻想で、当事者からは本当に居るように見えるわけだろうから、見えてる人間には現実なのだろうし、UFO自体は作り物の捏造ばかりだろうが、地球という星に自分たちのような生物がいるわけだから、宇宙に他に知的生命体がいてもおかしなことでは無い、そんな程度のことだった。
だが、あまりにSFチックやオカルト的なことは、フィクションとしての知識や情報的には得るのは問題ないが、それを盲信的に信じる気には全くなれなかった。それが具体性も無く一人歩きしているような物なら尚更である。
「ふーん」
菖蒲にはつまらなそうに聞いているように、そう思えるように一言直也は言った。
少し気にはしたが、いつものことだろうと続けて淡々と情報を整理するように言う。
「後はー目撃されているのは、中学、高校中心らしいです。この近辺限定的な噂のようで、市外の学生とかはその噂を知らないようです……大体こんなとこですね」
「そうかー、じゃー行ってみるか」
「行くって何処行くんですか?」
吃驚したようにきょとんとした顔で、隣を振り向き直也を見やる。
「決まってんだろ、学校だよ」
「え、今から行くんですか?」
「当たり前だろ、百聞は一見にしかずって言うだろ、近くのとこ行って適当な理由つけて、校内見させてもらえばいいだろ、それに──」
「それに?」
「運が良ければ見れるかもしれねーじゃん、その幽霊が」
にやにやと、笑いながらふざけた様子で言う。
「まあ……見れる見れないは別にしても、現地行って情報集めた方が良さそうなのは確かですけどね、部活とかで休日でも学校にいる生徒はいるでしょうし」
からかっているのか、ふざけて言っているのかは分からないが、そんな事あるわけないだろうと言わんばかりに、ため息をつくように肩を落とし、現実的な答えを返す。
「夢がねーなー……」
「そんな夢なら無くていいです」
きっぱりと言い放つ。
「そんな訳だから、さっさと食え、それ食い終わったら行くぞ」
「あんまり急かさないで下さいよ」
直也は席をゆっくりと立ち、菖蒲は急ぎながら半分ほどの残りを掻き込むように胃の中に収め、早々にこの場を後にした。
「で、何処が一番近いんだ」
店を後にして、早々に煙草に火をつけながら直也は何処に向かうかの話を切り出した。
「確か、駅前から南に15分くらい歩いた所に、県立高校がありますね」
思い出すように、近くの学校の位置を考えて答える。
「じゃ、そっから行ってみるか」
直也は煙草を美味しそうにふかしながら、とぼとぼと歩き出した。菖蒲もすぐに直也の横に並び、まず駅前へと足を進ませていった──
この下の評価の部分を書き込んでくださると、作者は喜びます。
もし宜しければ清きご一票を、読者様のご意見ご感想が作品を作る意欲に変わっていきます。