第6章 流石 菖蒲 1
日差しはそろそろ強くなってくるような、まだ太陽もしっかりと昇りきってはいない昼前だった。
ポツンポツンと、申し訳程度に遊具が並び、外の道路からほぼ敷地の全体が見えるほどの小さな公園の木陰で、一人喧騒の声が響いた。
「あーっ! もう! だから言ってるじゃないですか! え? ちょっ、編集長── はー……」
喧騒の主は、薄い灰色のスーツをピシッと着こなした女性だった。まだ20台半ばといったところだろう、仕事をする女性といった印象が一目に見える。薄い茶色に染まった髪をセミロングほどに伸ばしており、少し顔に掛かった前髪の間から、疎ましげな顔を見え隠れさせながら、携帯電話を握り締めていた。
ツーツーと、相手に一方的に切られた携帯電話を、持っていた腕を肩ごとだらりと落し、落胆の色を浮かべてため息をつきながら通話を切る。
肩からぶら下げているショルダーバックの中に携帯を収め、そのついでにごそごそとバックの中を探るように煙草の箱とライターと携帯灰皿を取り出す。
しゅぼ──箱から取り出した1本の煙草を口に咥え、大きく息を吸うようにしながら火をつける。
「ふー……」
吸い込んだ息と煙草の煙を、深いため息と共にゆっくりと吐き出す。
目に掛かるように垂れ下がっている長い髪を、鬱陶しそうに後ろに掻き上げ、またすぐに煙草を口に咥える。
「編集長なんだってー?」
背後から少し間延びしたような声で話し掛けられる、すっと後ろを振り向くと、そこには咥え煙草をしながら、だらしなさそうに立っている男の姿があった。
背は高いが猫背の為、実身長より低く見える。
黒地の上下のスーツでボタンも付けず、羽織っているように身を包んで、しっかりと締まってない曲がったネクタイ、ズボンから全てはみ出しているワイシャツ。そんな如何にもだらしない服装に、それを更に際立たせるように、所々反り残しのある無精髭、短く刈り込んではいるが、どの位まともに洗ってないのか分からないボサボサの頭をしている。
「どうもこうもないですよ、篠原さんからも言ってやって下さいよー」
篠原と呼ばれた男は、頭をぼりぼりとフケを軽く撒きながら掻き、咥え煙草を器用に揺らしながら応える。
「あーん? どーせ、いつものやつだろ。”文句は言うな、気合入れてネタ探してこい! ガチャン! ツーツー…”って──」
「それにしたって、もっと普通な企画でやっていけないんですかねえ……」
目線を逸らし、毒づくように呟く。
「……流石ー、お前まだ、この前の高倉製薬の不正新薬の記事却下されたことでも、気にしてんのかあ?」
「……気にもしますよ、元々採用されてれば大手でばりばり働きたかったんですし、折角掴んだまともなネタなのに……」
「ばりばりって、お前いつの時代の人間だよ。それにうちみたいな三流ゴシップ誌の分ってもの位わきまえろ」
「分って、街中のただの噂の都市伝説調べて、あることないこと書くことがそうなんですか?」
「そう、分かってんじゃねーか」
「はー……」
彼女、流石菖蒲は深いため息とともに、携帯灰皿に煙草をぐりぐりと押し込む。
菖蒲と、もう一人の男──、篠原直也は共にearと言うタブロイド誌を出す雑誌社でライターや編集の仕事をしていた。
小さな規模の三流ゴシップ誌の為、売れ行きも決して良い訳でなく、社員も編集長兼社長を入れても5人と少なく、仕事自体は人数が少ない為やる事も多く忙しいが、何故潰れないのか不思議なくらいの会社だった。勿論給料も薄給である。
誌面の内容も、芸能人の恋愛記事のゴシップから、ただのピンぼけ写真にしか見えない心霊写真やら、いかにも作り物臭いUFO目撃写真などと、殆どでっち上げだと思えるような記事ばかりである。中には捏造した物もあるとか無いとか──
今彼女たちはそのタブロイド誌で記事にする為、何処からか得た情報で、最近この街で噂になっている、白昼に現れる幽霊の噂を追っていた。
噂の発端や具体的な内容はまだ分かっていないが、最近女子高生の間などで流行っているらしく、なんでも白昼にぼんやりと幽霊が現れると言ったもので、場所も学校だったり、街中だったりと様々なところで目撃されているらしい。
「だからって、こんな如何にもな都市伝説調べなくっても……」
菖蒲はぶつぶつと呟くように愚痴をこぼす。
パン──
そんな菖蒲に背後から近寄り、篠原はその頭を平手ではたくように叩いた、高めのいい音が鳴ったように思えた。
「痛! 何するんですかー!」
頭を手で押さえながら、振り向き目線を上げ、頭一つ以上も身長差のある直也を見上げながら文句を言う。
「さっさと仕事済ませんぞー」
相変わらずの咥え煙草のまま、やる気のなさそうな声で言う。
「暴力です! セクハラです!」
なおも文句を言う菖蒲を完全に無視しながら、公園を後にしようと振り向き、とぼとぼと歩き出す。
「ちょっと! 待ってくださいよー」
(……いつか、暴力記事かセクハラ記事を、捏造でもいいから書いてやる)
そんなことを思いながら、公園を後にする直也を菖蒲は足早に追いかけた。
「あの、そこの貴女たち、ちょっとお話いいかな? あんまり時間は取らせないから、私たちこういうものだけど……」
今日は世間的には日曜で休日である。
街中まで出ると、若者が友人と買い物やら、雑談をしながら歩いていたりする姿が所々に伺えた。
そんな中を適当に女子高生くらいの子に的を絞り、片っ端から地道に声をかける。
無論菖蒲がである、直也はというと大概つまらなそうに菖蒲の脇にぼーっと立っているだけで、たまに口を開き簡単な質問をするだけだった。
これで何人目だろうか、数える気にはなれなかった、大抵は2〜3人かそれ以上の集団に声をかける、その方が警戒されてても取材に応じ易い為だ。名刺を見せ取材だと言うと、内輪でわいわい話しながら、統一性無く話しをしてくる。
そんな話しを右から左に聞き流しながら、軽く会話を交した後に、本題を切り出す。
「で、貴女たちは”白昼の幽霊”って見た事あるのかな?」
もう、太陽も真上を越えだし、昼食の時間辺りは過ぎていた。それまでに何人かの女の子たちに声をかけたが、まともな話しは皆無に近いほど聞けなかった。
どれも具体性の無い噂で、如何にも都市伝説の通り、友達の友達が見たとか、そう言う何も確証が得られない情報ばかりだった。菖蒲としては、こんなただの噂に確証があるものとは一切思ってはいないが、やはり全く確証が得られないと少なからず落胆はした。
最初からであるが、諦めたような心持ちでもう何度目かの本題の質問をすると、大体皆同じような答えが返ってくる。
「友達の友達が、見たって言ってたよー」
「あー私も聞いた事あるー、なんかその幽霊、中学生くらいの女の子だってー」
「見たら呪われて死んじゃうらしーよー」
「マジでーうっそー」
代わる代わるきゃいきゃいと、言いたいことを言う少女たちに内心穏やかではなく、表面では作り笑いを浮かべながら、ついつい力の入る手で一応手帳にメモを取る。
(言いたいこと言いやがって、もっと協調性っつーもん意識して言えっつーの、こっちだって好きでやってんじゃないのに)
心の中で毒つきながらも、にこにこと作り笑いは絶やさない。
「貴重なお話ありがとね、じゃ」
これ以上の情報は得れないと思い、話しを切り上げようとする。
「はいはーい、またねえー」
なおも内輪で談笑をしながら、こちらの話など聞こえているのか聞こえていないのか分からない様子で、女の子の1人から生返事が帰ってくる。他の子たちも気が付いたのか別れの挨拶をお互いの声を被せながら適当に言ってくる。菖蒲は最後にお辞儀だけして、足早にそこから離れる。
後ろからはとぼとぼと直也が変わらない歩調でついてくる。
先ほどの女の子たちと分かれ後ろを振り向いた時点で、菖蒲は作り笑いを解いた。少し歩き、もう少女たちの姿が見えなくなったあたりで、軽く地団太を踏む。
「……ストレスでも溜まってんのか? 皺だらけになるぞー」
地団太を踏む姿を見て、後ろから直也が追いつき横に並びながら、全く気遣い無く言う。いや、もしかしたら分かって言っているのかもしれない。
「あーっ! もう! 篠原さんももっと、ちゃんと取材してくださいよ!」
「…腹減ったなあー」
直也は咥え煙草をぷかーっと吹かしながら、遠い目をする。
「大体、友達の友達が見たーとか、適当な都市伝説そのままのネタしか上がってないんですよ、このままじゃまともな記事になんないですって!」
完全にこちらを無視している直也に、イライラするのを理性で押さえながら、強い口調で言う。
「おいおい、俺にあたるなよ。それにちったーネタ増えただろー」
「何がですか!」
「……幽霊は中学生の女の子らしい」
「はー……」
毒気を少し抜かれ、どっと疲れたように肩を落とす。
「…それより腹減ったなー、飯にしねーか?」
「…いいですけど、お金あるんですか?」
目じりだけを横目に上げ、とぼとぼと歩きながら、答えがなんとなくわかっている質問をぶつける。
「無い、貸してくれ」
毎度毎度のことだが、最初の頃から一切悪びれた様子も無く答えの決まった答えを出す。
「……ちゃんとメモ取ってるんで、次の給料の時遠慮なく持っていきますよ」
こちらの話を聞いているのか聞いていないのか分からない。お互い違う意味で遠い目をしながらとぼとぼと歩き、何処か近くに飲食店がないかと歩いた。
はい、こんにちは、作者です。
読んで頂いて有難う御座います。
これからもコツコツ書きますので、どーぞまた読んでくださいね。
作者は、この後書きの下にある評価部分に手をつけてもらえると喜びます。