第3章 出会い 2
暫くその場に立ち尽くし、キラキラ光る波々を、ただ眺めた。
(凄いな…海かあ…小学生の頃、海水浴に行ったっきりかな。でも…こんなのは始めて見る)
「ねー、歩。こっちに座らない?」
感慨にふけっていると、いつの間に握っていた手を離し移動していたのか、夢が屋根付きベンチにゆったりと腰掛けて手招きをしている。
歩もその手招きに牽かれるように、屋根付きベンチへと足を運び、夢のすぐ横へと腰掛けた。
すると、夢が顔を見上げ、にこにこと嬉しそうな表情をして歩の顔を覗くように眺めてくる。
それに笑顔につられたのか、歩も視線を合わせ軽く微笑み返す。
「…私ね、初めてなんだ」
「何が?」
きょとんとした顔で歩は答える。
「ココで自分以外のこんなにはっきりした人と会うのが」
夢はなおも嬉しそうに、歩の手の上にすっと手を置き言う。
「手、あったかいね」
「君の手だってあったかいって」
歩は置かれた手に少し恥ずかしそうに、それをごまかすように苦笑いを浮かべ言う。
「…そうなの? そうなんだ…ありがと」
夢は一瞬、虚ろな表情をしたがすぐにそれを振り払うかのように、また先ほどの笑みに戻す。
歩は少し疑問に感じたが、それ以上に今こうしている高揚感からか、疑問はすぐに頭の中から消え別なことを考え出す。
(中学生──くらいかな? 結構活発そうな感じがする子だよな)
少し落ち着いてきたのか、歩は夢をまじまじと観察するように見る。
黒い髪を肩で切りそろえており、歳相応のような声や背丈をしている。今にも走り出そうに落ち着きが無いように足を前後に揺らしている為、快活そうな印象を受けた。
「どうしたの? 歩?」
夢はきょとんとした顔で、歩を見つめ返す。
「な、なんでもないよ」
慌てて視線を海の方へ向ける。
(夢…だよな、これ…)
そう思い、頬を抓ってみる。少し痛みを感じ、すぐ手を離した。
(痛い…夢…じゃないのかな…でも図書室で寝た後、ここに来たんだし…)
「どうしたの? ほっぺなんてつねって」
きょとんとした表情のまま、更に不思議そうな顔をする。
「うーん…あのさ…これって夢だよね?」
「……うん」
歩がそう聞くと、夢は、はっとした顔をした後に寂しそうに視線を落とす。
「ご、ごめん、なんか変なこと聞いちゃったかな」
夢が急に落胆の表情を浮かべたため、慌てて咄嗟に謝る。
「…ううん、なんでもない」
「でも…」
夢はそう言っているものの、なおも暗い表情のまま、おもむろにすっとベンチから立ち上がる。
「なんでもないって」
くるりと振り向き、少し作った笑顔でそう答える。
「それよりさ、歩のことを聞かせてよ。歩は歳は幾つ? 何が好きで、何が得意とか、何でもいいから聞かせてよ」
「え? 俺のこと? うーん──そうだなあ…」
元気よく、また歩の横に座り話し出す。
夢の代わる代わるされる質問に、少しほっと安心した表情を浮かべながらも、何を話していいかと困りながら答える。
どれくらいの時間が経ったのだろうか。
尽きることの無い夢の質問に付き合い、もう答えれるようなこともあまり残っては居なかった。
年齢などの質問から、通っている高校の話、子供の頃の話、果てには昨日何を食べたとかの他愛ないことまで答え、いつしか夢の元気な質問は徐々に無くなりだしていった。
心ここにあらずといった様子で答えていた歩は、我に返ると。自分に寄りかかる体重の重みを感じた。
そこには、話し疲れたのか歩に寄りかかり、すやすやと寝息を立てて眠りこけている夢の姿があった。
(寝てるよ…なんか…おかしな夢だよな、これ…)
眠っている夢の肩に手を寄せ、触れ合う感触を確かに感じながらそう思った。
歩がふと周りを見やると、先ほどまでの青い海原や草原が嘘のように、辺りはいつしか夕暮れ色に染まっていた。
青い海は、黄味がかった紅色が薄く伸びるように染められ、丘や草原も徐々に薄暗い影の世界に染まりつつあった。
「…ん…あ、うん…」
横で寝入っていた夢は、少し寝苦しそうに寝返りを打とうとする。ベンチから転げ落ちそうになったので、咄嗟に歩は抱いていた肩を、自分の体の方へと強く引き寄せる。
「───あ、ごめん…私、寝ちゃってたんだ」
歩に引き寄せられたことで、目が覚めたのか目をこする。歩も寄り添うように肩に当てていた手を外し、少しだけ座っている位置を直すように距離をおいた。
「起こしちゃったね」
体勢を整えて言う。
「何か急に眠くなっちゃって、こんなに話したから疲れちゃったのかも」
しっかりと目を覚まし、夢も体勢を少し直すように歩の方へと寄った。
「…綺麗な景色だよね」
密着に近い状況に少し恥ずかしくなり、歩は海を見ながら言った。
「うん」
「ずっと、これが続けばいいのにね」
本心だろうが、余り深い意味もなく、歩は言う。
その言葉に反応するように、夢は一瞬歩の顔を見るように振り返るが、すぐに沈むように視線を落とした。
海のほうを見つめていた歩は気がついていない。
「…辛いだけだよ…」
ぼそりと呟くように夢は言った。
「え、何? 聞こえなかった」
「何でもないよ」
勿論、歩には聞こえないように言ったつもりだった。夢は顔を上げて作り笑いを浮かべ、適当にごまかすように微笑んだ。
「そう──ならいいけど」
少し気にはなったが、一瞥してすぐ視線を戻した。
(…に……ん…)
聞き覚えがあるような声が、何処からか聞こえた気がした。
「どうしたの?」
きょろきょろと、辺りをうかがっていた歩を不思議に思ったのか、夢が問い掛ける。
「いや──夢は、今何も言ってないよね?」
「うん」
夢は首を傾げ少し小さく聞き取りにくい声で答える。
(にも…くん)
今度は少しはっきりと、頭の中から声が聞こえたような気がした。
(また聞こえた、頭の中から聞こえてる?)
声はなおも聞こえ、徐々にであるが強くはっきりと聞こえてくる。
「…う…したの?」
「え?」
横から夢の声が聞こえたような気がした。
声自体はそれなりな大きさだったのだろうが、フィルターが掛かっているかのように、部分部分がとても聞き取りにくかった。
夢の方を振り向くと、そこはぼんやりと、透明になっているように薄くなっている夢の姿が見えた。
慌てて辺りを見やると、周りのもの全てが、消えていくように霞がかっていた。
ふと、自分の手を見る、自分自身も例外なく消え入りそうに見えた。
(弐門…君…)
更にはっきりと頭の中から声が聞こえる、笹山の声だと思えた。
「…っか…そう…なんだ…」
夢の声が聞こえる。すぐ近くにいるはずなのに、とても遠くから聞こえたような気がした。
「?」
「…あゆ…わたし…こと…す…な…でね──」
「何? 聞こ…ない─」
自分の声すらも少し聞き取りにくくなった。
周りのものはもう、殆どそれが何かすら分からないくらい透き通っていた。
もう何がなんなのかがわからない、考えることすら、一瞬の内に霧散しているようだった。
誰が自分に語りかけているのかも、全てが虚ろになっていく。
「…また……そびに…きて…あそ……てね…」
「に…ん君…起…て、もう…時だよ…」
声が段々と重なり合うように聞こえてきた。1つは徐々に薄れて、もう1つははっきりと。
自分が目をつぶっているかのように、薄れていく。
もう周りには何も見えない。
最後に目を完全に閉じたと思えたとき、誰かがにっこりと微笑み、バイバイと手を振っているような、そんな姿が見えたような気がした。
3章となってますが、2と3合わせて1つの章な感じです。
もし宜しければ、ゆっくりと読んで上げて下さい。