第12章 孤独 2
(なんとなくコツが分かってきた)
この空間での移動にも慣れ始め、彼は正に縦横無尽に動き回っていた。移動したい地点を地面と捉え移動することで、重力の法則が一瞬で変化をしているのだと考えた。
稀に上手くいかずに落ちそうな感覚に襲われることもあったが、それはイメージが足りないからだろうと方向転換の際は慎重に移動した。
「ねえ、歩…」
ふと、下方から夢の声が聞こえた。足元を覗くと、少し遠巻きに夢の姿が映った。
声自体は少し押し殺したような声に聞こえたのだが、まるですぐ近くで言われたかの様にはっきりと聞こえた。
「どーしたー?」
夢の姿が遠くに見えた為、声色を大きくして返事を返した。
「……ううん、何でもない、気にしないで」
夢は何かを隠すように話しを一方的に切った。
歩はそうかと返事を返した。違和感は感じたが、気にしないことにしていた。これは自分の夢の世界なのだから。
夢の世界だと思っていながらも、彼女と居ると時折生々しい感じを覚えた。それは夢という存在の御蔭なのかもしれない。
彼女と会話をすると、まるで本当に生きている人間と話しているかのような。そんな気になることがあった。
この世界こそがまるで現実だと言わんばかりのリアリティ、それでいて非現実的な事象が幾つも存在している。
彼女が居る夢は今まで見たどんな夢よりも楽しかった。
「傍に行ってもいいかな……?」
呟くような夢の声が今度は耳元から聞こえた気がした。咄嗟の事に驚き、左右を振り返ったが近くに夢の姿は無かった。
「いいよ、ってかそういう事気にしないでもいいって」
返事を返すと、瞬間──瞬きをするような合間に、視界の中に夢の姿が現れた。
(どうやるんだろ)
歩はさして驚きはしなかった。それ以上にどうやってその行為を行ったのかが気になった。
頭の中でイメージをして瞬間移動を行おうと思っては見たが、一瞬の移動というのに具体的なイメージが持てず頭を抱えた。
「うん、ごめんね、変なこと聞いちゃって」
先ほどの返答なのだろう、歩の正面に来た夢は、俯きながら言った。
(可愛いとこもあるよな)
無造作に俯いている夢の頭に手をやり、よしよしと慰めるように撫でた。
普段元気に歩を先導してはしゃいでいる夢だが、時折今のようにしゅんと落ち込むような時があった。
何を気にしているのかは歩には全く分からなかったし、そもそも考えたことも無かった。
ただ、妙にしおらしくなるところが、人間的で可愛いと思うだけだった。
暫く落ち込んだ夢に寄り添うようにしていると、次第に元気を取り戻したのか、夢の顔が笑顔になっていった。
「…ありがとね」
笑顔を取り戻した夢は、照れ隠しをしながら言った。
(こんな表情もするんだよな)
最初に出会ってから、幾度もこうして彼女と夢の中で出会っている。その度にこの世界の異質さと、夢の人間味のギャップを強く感じた。
夢自身はあたかも生きている人間と全く変わらないように見える。
悪戯をすれば怒るし、泣く事すらあった。その度に歩は夢に対して謝ったりもした。
「……よく出来てるよね、ほんと」
つい、ぼそりと本音が漏れる。
夢はこちらの方を向き、何のことか分からないと言いた気に首を傾げた。
「いやさ、夢の中の人間なのに、現実みたいにリアルだなって」
夢にこんなことを言ってもしょうがないとは思いながらも、現実と大差が無い為深い考えもなく言った。
笑顔が一転し、サッと血の気が引くように、夢の顔が無言で固まった。
(さっきの瞬間移動どうやったのかなあ)
歩はそんな夢の表情の変化には全く気がつかず、周りの変わらない風景を見ている。
「……歩……私……」
カチカチと奥歯を鳴らすように、小声で呟く。歩には聞こえてはいないのか、夢への関心を失っているように、辺りを眺めて呆けていた。
(飛ぶイメージ? かな…でもそれだと浮遊とかになっちゃうよな)
頭の中で何度も、瞬間移動のイメージをしてみるが、やはり上手く固まらない。また別の機会に試してみようと、今回は残念そうに諦めた。
ふと隣を見やり、やっと隣で夢が声にならない声で、呟いているのに気が付いた。
「どしたの?」
俯いている夢の姿が目に入り、また何か機嫌を損ねさせてしまったのかと思った。心配半分の面持ちで、言い訳を考えながら様子を窺う。
返事は返ってこない。
(ピピピピピピピピ──)
突然頭の中から電子音のような物が聞こえてきた。
一瞬何の音なのか分からなかったが、すぐにそれがどういうものなのか理解できた。
「……ゆむ……たし………てるから」
夢は何かに気が付いたように、慌てて顔を上げ、歩に何かを言っている。
だがはっきりと喋っているはずなのだが、歩は全てを聞き取ることは出来なかった。
歩はもう何度も体感している現象だった為、これが何であるか理解出来るようになっていた。
目覚めの時なのだ、夢が覚めリアルへと帰る時間が来たのだ。徐々に五感が失われていくのを感じる。
(携帯の目覚しかな……)
虚ろに遠のくような意識になりながらも、その音が何かを的確に理解した。
夢を見やると、影るようにぼんやりと映っていた。
必死に何かを言っているように見える。しかしその言葉はもう殆ど薄れて聞こえる。
(夢、ごめんね。 また今度ゆっくり聞くからさ、またね)
自分の台詞が声になったか分からないが、夢に別れの挨拶を告げた。
意識が事切れる寸前の夢の姿は、まるで泣いている姿のようにも見えた。
ぼんやりとしか見えなかったが、手を伸ばして縋るようにしているように思えた。
瞼は重くすぐに目を開ける気力が湧かない。耳に鳴り響くこの不快な電子音を止めるべく、目深に被った掛け布団の中から、掻き分けるように携帯を探した。
腕だけを伸ばしおおよその位置把握で場所を特定する。指先が触れ携帯を掴み、目をつぶったまま目覚ましを切る。
次第に意識がはっきりとしていく、携帯で時刻を確認すると夜の九時前だった。
(九時……ああ……)
時刻を確認し、そういえば見たいTV番組があった為、目覚ましを掛けた事を思い出した。
ふう、と軽いため息をつき重苦しく瞼を開ける。
寝ることは好きだが、目覚めのこの感覚だけはどうにも好きになれなかった。掛け布団を避け、布団から上半身だけを持ち上げる。
呆けながら未だはっきりと覚めやらぬ意識の中、今日見た夢を思い返す。
思わず少し顔がにやける。苦笑を洩らしながら、ただ楽しかったことが思い出される。
現実では起こりえない事象を、現実のようなリアリティの中で行えたこと。そのことだけで頭の中が一杯になる。
次はどんな夢が見れるだろうか、そんなことだけを虚ろに思っていた。
読んで頂いて本当に有難う御座います。
書きながら寝てはダメだと思いながらも、自分自身が夢の世界にフォールダウンしました。
しかしどんな夢を見たのかはっきりと思い出せません。
でもなんとなく楽しかったのを覚えています。多分……