敵いません!!!
───わたしがお慕いしていたのは、手の届かない方。
冷たい微笑の奥に優しさを秘めた、誰よりも優しくて、不器用な方。
でも………けしてまじわることのない相手だと知っているから──────誰よりもあの方の幸せを願うの。
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「アマリリス様。ご結婚、おめでとうございます!必ず幸せになって下さいね!」
そうにっこり笑って、わたしは愛する主様の形のよい唇に、仕上げの口紅を塗りました。
鏡にうつるのは、幸せそうに、ふんわりと微笑むアマリリス様の美貌。
純白の、プリンセスラインのウエディングドレスに身を包んだアマリリス様は、今日、ハーフェン王国第一宰相閣下である、ミルフォード公爵に降下なさるのです。
アマリリス様は、ハーフェン現国王の長女です。正真正銘のプリンセスは、王族にしては珍しく大恋愛の末にご結婚なさいます。
公爵め、なんて羨ましい!
あぁ、ごめんなさい。つい心の叫びが。
わたし、エミリア・エーメリエは、エーメリエ侯爵家の第三子であり、長女です。
アマリリス様の第一侍女であり、アマリリス様を心からお慕いしているものの一人です!
あの銀色の髪に、翡翠の瞳!冷たく感じられる外見に比例したあの氷の微笑や、それでいて時おり見せるやわらかな微笑みとのギャップには、なにか堪らないものがあります。
ハイ、変態とよく言われますが、なにか?
はじめて出会った瞬間に、わたしはこの方がわたしの唯一の主だ!と思いましたよ!
動物的なカンですが、なにか?
まぁ、そんなこんなで、愛するお方なのです。
アマリリス様の晴れ姿に、わたしは心から祝福したいという気持ちが溢れ出すのを感じます。
本当は、離れがたく、誰にも渡したくはないのですが、アマリリス様が選んだお方なので、仕方ありません。
代わりに、アマリリス様を泣かせた場合は、闇討ちに参ろうかと思っております。
「エミリア、今までありがとう。貴女は………いつも、能天気で、うざったくて、わたくしのことを考えてくれた、自慢の第一侍女よ!」
「はい!アマリリス様……お慕いしています!どうか………お幸せに!」
披露宴へと向かうアマリリス様に、精一杯の愛をこめて抱きつき、見送りました。
侯爵令嬢とはいっても今は侍女。わたしは裏方なのです。
「それにしても………わたしはどうしましょう」
アマリリス様が嫁げば、わたしはお役ごめんです。
他国に嫁ぐのならば、王宮でのアマリリス様付きの侍女も一緒に行くことができるでしょうが、生憎ながらアマリリス様が嫁ぐのは自国の公爵家。
あちらにも使用人や侍女はおりますし、アマリリス様とは侍女としてお別れでしょう。
ですが、新たな主に仕える気は起きません。
ここは無難にわたしも結婚するべきでしょうか?
もともとわたしは結婚願望が乏しく、殿方があまり好きではないということもあり、二十歳になった今も恋人どころか気になる方さえいません。
ええ、アマリリス様一筋でしたから。
ですがこれではわたしはいきおくれ。
兄も両親も心配することでしょう。そろそろ考えねばなりません。
「身分が高すぎなくて、あまり目立たず、容姿も普通な殿方………」
あまり理想は高くはないと思うのですが、難しいですね。
侯爵家のことや、それにまとわりつく外聞を考えれば、身分が低すぎる家や所得が低すぎる家は選べません。
難儀なものです。
アマリリス様とこれまでのように親しくしたいのならば、身分は特に重要です。
「私なんてどうかな、エミリア?」
「却下です、ディラン王子。おふざけはよしてください。ほだされると思ったら大間違いですよ!」
アマリリス様を見送ったまま、会場へと繋がる廊下で悩んでいると、涼やかなお声が聞こえました。
な ぜ あ な た が こ こ に ! ?
立っていたのは、豪奢な黒の正装に身を包んだ、アマリリス様そっくりの容姿の、アマリリス様の兄君であるディラン様でした。
思わず反射的に言葉を返してしまいます。
ディラン様は、わたしが王族の皆様のお顔───特にアマリリス様そっくりの容姿に弱いと知っていて、こうやってたまにからかってくるのです。
銀色の髪も、翡翠の瞳も、冷たく整った顔もわたしが卒倒してしまうくらい好きなことを知っていて、ですよ!
「なぜ?私はエミリアが好きだよ。それに………王子妃におさまれば、エミリアの大好きなアマリリスと頻繁に会うことができると思うよ。レイも執務で王宮に来るからね」
はうぅぅぅ!!なんて魅力的なお誘い!
思わず、ディラン様に逆プロポーズしそうになりましたよ!危ない危ない────
ちなみにレイとは、アマリリス様の旦那様になられる第一宰相閣下の公爵様──アーレイ・ミルフォード様の愛称です。
「悪い話ではないと思うよ?」
「悪いですよぉ、身分が高すぎます!王子妃っていったら、ゆくゆくは国母………つまりは王妃じゃないですかぁ!」
「嫌かい?」
「嫌というか、無理です。アマリリス様のことは魅力的なお誘いでしたけどね!!」
ディラン様は、本気ではないのです。
麗しき王子様の言葉を本気にとらえて悩むほど、わたしは子供ではありません。
何しろ美貌の王子です。
お相手はよりどりみどりでしょうから。
結婚詐欺にあうなんて、冗談じゃありません!!
それに────ディラン様とは、同族のかおりがするのです!!
そう、アマリリス様のことを異常なくらいの愛情で執着するわたしとですよ!?
ディラン様もぜぇっったい執着系の、粘着質系ですよ!
わたしのカンと本能がそう告げています。
「そう。残念だな、エミリア……アマリリスの結婚を期に選ばせてあげようかと思ったんだけど………」
な、なんなんですか!
急にディラン様は、冷たい空気をまといだします。
きゃぁぁん!!アマリリス様そっくりのその氷の
ような微笑!最高ですね!?
「無理みたいだ。他の男のところに行く前に、私が閉じ込めてあげる」
そう言って、ディラン様はわたしを抱き締めました。
「はぁぁあ?ディラン様?」
いつの間に目の前にいらしたんですか?
というか、監禁コースですか………。やっぱりわたしのカンは当たっていましたね!
スミマセン、現実逃避デス。
「私だけを見て、私だけを感じていて───?でないと、壊してしまうから………」
あー……もしかして、わたしよりも数段上の変態ですか?
アマリリス様そっくりの……けれどアマリリス様のよりも格段に低い声が、みみもとで聞こえます。
「ずっと、好きだったんだ。アマリリスの侍女としてはじめて紹介されたときから………王族にも怯まず、意見を言ってくれる存在なんて貴重なんだ………ましてや女性は特にね」
甘い、甘い声。
抱き締められて、身動きとれない相手にそれは反則でしょう!!
「それに────…………」
あぁ、わたしは逃げられはしないと悟りました。
アマリリス様そっくりで───けれどもまったく違う王子様───────最初からわたしに勝ち目なんてあるわけありません。
「嬉しいよ、エミリア………愛してる。ずっと、私だけをその瞳に映していて?」
とろけてしまうような、甘い毒。
その甘さに脱力したわたしに、ディラン様は嬉しそうに微笑みます。
正装姿の殿方に抱き締められるって、案外苦しいので、離してほしいのですが、いっこうに腕の力が緩む気配はありません。
あぁ、アマリリス様……わたし、囚われてしまったみたいです。
けれど、不思議と不快感や嫌悪感はありません。
末期でしょうか?
王族マジックですね………きっと、わたしが王族の皆様のお顔を好きすぎるのが悪いのです。
わたし、面食いですから。
あ、勿論アマリリス様は、内面も美しい方ですからね。それをひっくるめてお慕いしています!!
「エミリア………」
「はい。なんでしょうか、ディラン様?」
そう言えば、ここは廊下なんですよー、ディラン様。
「誰のことを考えてるの?」
「勿論アマリリス様のことです!」
「そう………やっぱりわたしのライバルは、妹なんだね……。私のことしか、考えられなくしてあげる」
そう、にっこりとディラン様は、微笑みました。
そして、ヒョイと抱えあげられます。
ええっ!!?お姫様抱っこなんですか!?
「下ろしてください!!って、きゃぁあ!?どこ触ってるんですか!パワハラのうえにセクハラですよ!」
濃紺のお仕着せの上からするりと撫でられ、叫びます。
ええ、どことは言いませんがね!
「愛してるよ、エミリア………だから君も、私のことを愛して」
あぁ、やっぱり逃げられませんね。
諦めることにします。
きっとわたしは、この麗しき兄妹には、一生敵わないと思います。
だって、だって!
『それに────初恋なんだ………』
なんて言われてしまったら、もう、駄目なんです!!なにか落ちてしまった感がひしひしと…………。
結局、その後わたしはディラン様所有の離宮にしばらく軟禁され、嫌というほどディラン様の愛を思い知らされました。
ハイ、わたしの愛なんて足下にも及びませんね!
「エミリア」
「はい、ディラン様………」
純白のドレスをまとい、ヴァージンロードを歩きながら、わたしは、きっとこの王子の微笑みと甘い毒のような愛には、勝てないのだろうと思いました。
けれど…………なぜこうなったんでしょうかねぇ?
「エミリアは知らないのかい?好意とは伝染するものなんだよ────出会ったときから、わたしは君のことが好きだったんだから」
あぁ、もう!敵いません!!!
エミリアのアマリリスへの愛は、恋愛感情からではありません。(顔はスッゴい好みだけど)
行き過ぎた(?)主従愛です!!!
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「行き過ぎたとは失礼ですね!ふふん、アマリリス様へは純粋なる愛ですよっ!!愛に種類など関係ないのです!」
「じゃあ、私は?エミリア」
────沈黙。
「やっぱり体に分からせるしかないかな、エミリア?」
「うっ、きゃぁぁああああ!!!」
「大丈夫、優しくするから」
「食ぅわぁれぇるぅ!!」
────バタン(←寝室の扉の閉まる音)
────ガチャン(←鍵をかける音)
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ありがとうございました~!!
瑠璃華