第3話
アオイ7歳のお話し。
皆の感想&評価&ネタ提供が作者の力になっております。
シーちゃんとクーちゃんと召喚契約を結ぶ事ができた日から一年経った。
契約時に二頭が白くなるという意味不明な状況になったけどそれも特に影響はなく、それどころか前よりも日々を元気に過ごしていた。
俺も一緒になって遊んだり、もう二度とあんな事にならないようにと色々自己学習したりして日々を過ごしていた。
そうして俺が七歳になったこの年に父と母が目をキラキラ輝かせて教師役を買って出てくれた。
俺は『なぜ今になって?』とも思ったけど、どうやらアーフから俺が学習に精を出している事を聞いたらしく自分も何か教えたい、との事だった。
尤も教える理由の一つに前回の召喚契約のように無断で魔法行使をしないように、というものもあった。ただでさえ子供は体内に保有する魔力が不安定で実際に行使するとなると暴走の危険があるから危ないのだと、せめて自分達の目の届くところでやってくれと小一時間かけて懇切丁寧に話して聞かせてくれた。
その時は常に俺の両肩に手を載せてギチギチ、メキメキとイヤな音を立てさせながら痛みの中で理解させられた。……母の手によって。
でも、普段から何かと忙しい父と母に教えてもらえる事は俺も素直に嬉しかったから二つ返事でお願いした。……決して肩が割れるから黙って従っておこうなんて考えてないったらない。
そして父と母が正式に教師役になる事が無事(?)に決まった。具体的には教材などの用意もあるから後日から、ということでその日は解散した。
でも、その次の日からが本当の地獄の始まりだったのは予想外だったなぁ……。
それというのも俺は今まで知識に関しては“広く浅く時々深く”覚えていたのだけど、父と母、今は主に母が教えてくれるようになってからは“もっと広くもっと深く尚深く”覚える事が原則となってしまった。内容もハードで濃いし特に課題が多い。
授業最初の時なんて課題のデータ量を示すアイコンが“山二つ(大)”、“がんば(笑)”と表示されて鬱になって軽い殺意を覚えたのはマジで笑えない思い出だ。
そんな事はないと信じているけど、父と母は俺を過労死させる気なのだろうか、と真剣に悩んだ事もあったけどこれは本気で笑えない。
ともかくそれから先は父と母も教壇に立って俺に色々と教えてくれた。
父は実技担当だからある程度の身体が出来上がる一〇歳になるまでは出番が少ないとの事だったから最初は主に知識の幅広い母が教えてくれている。
ファンタジーな魔法学から超の付くSF科学まで教授してくれるわけだ。ニコニコと笑顔で教えてくれるのだけど中身がスパルタンで泣きそうに、と言うか泣いた。夜中に枕を涙で濡らした日々は数え切れない。
一方の父はどちらかと言えば実践派だから俺が成長するまで出番はないので相談役として助かっているけど、今は母に主導権を取られた事が無念らしくて涙を呑んで悔しがっていた。
相変わらず大げさな父だ。でも、できればなるべく早く母からバトンタッチしてもらいたい。余りにもスパルタン過ぎるから、このままでは目からハイライトが消えてレイプ目になりそうだ。
フフフ。今世にて齢七歳にして軽度の鬱とレイプ目を経験する事になるとは思いもしなかった。
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例えば母の教えを受け始めたばかりの時の事だ。
なぜか存在する昔懐かしい学校の教室のような部屋懐かしい学校机と椅子。昔ながらの黒板風の電子黒板とその前に立つ女教師風の母が教鞭を取っていた。黒のタイトスカート姿からは、とても子供が居るとは思えないほどに若々しい。
我が母ながらいいおみ足をしているじゃないか。父も嬉しいだろうね。
俺は教室の最前列にポツンと一つだけ用意された席に着いて母から出された課題に取り組んでいた。所々でわからない問題は挙手して母に質問して解説を受ける、そして理解してから再度課題と言う名の問題に挑んでいる。
それなのに、一向に課題の量が減らないとはこれいかに……?
本当になぜ!?
いや、わかってる。わかってるんだ。課題が増え続けている原因は目の前に居る母だ。あとからあとから出される課題が必死こいて思考操作式端末に手を置いて処理しているのに俺を追い詰めているのだ。
この思考操作式端末とは黒くて薄い板状の機械端末で、これはパソコンで言う所のキーボードとマウスを合わせた入力端末だ。
ただし、キーボードと違って入力端末にはキーのようなものは一つも付いていない。これは接触部分から使用者の思考を読み取りコンピュータが処理して入力する方式だ。最初は誤字や誤操作が多いだろうけど慣れてくると指を動かす手間が省ける分こちらのほうが作業も楽だし何より断然早い。
この思考操作式端末――いやもう入力端末でいいや――は精神感応の特性を持つ“アニムス鉱石”という金属素材と使用者の思考を読み取り操作する技術とノウハウを合わせて作られたものだ。
この手の端末タイプでは入力端末に手を置くタイプのものが一般的らしいけど、他にも頭部に装着するタイプや手首や首に装着するタイプのものなどもある。
結局何が言いたいかと言うとだな……面倒な操作はほぼ全て機械任せにできる分、前世に比べて色々と楽なんだ。本当にね、前世の世界にあればすごく便利な機材を使っている。
なのに、なのにっ、それなのにっ……クゥゥっ!
手を置いて考えるだけで機械が読み取って処理してくれるから一つ一つの処理自体は早い、早いんだけど!それら処理情報が軍勢で襲い掛かってくるから孤軍奮闘する今の俺では処理が追いつかない。
だから、というのも情けないけど今も処理している課題とは別のことを解説している母に願い出る事にした。
「あのぉ、か、母さん……?」
すると母はピクッと仕草が止まって解説の台詞も止まって変な静けさが流れている。
にぃこやかに微笑んだ母が振り向いていた。
「あらあらあら。なにかしら、アオイちゃん。もう課題ができたのかしら?それなら次の課題を――」
「いや、その、そうじゃなくてね。もう少し課題を減らしてもらえないかな、って。もうさ、課題のデータが多すぎるんだけど。アイコンが大きな山と小さな山を表示しているし」
これ以上課題を増やされたら過労死する。齢七歳にしてそんな死に方はイヤ過ぎる。
俺の手元にある空間ウインドウには課題の量を示す大きな山と小さな山が一つずつ表示されている。そのアイコンの横には“ガンバリ、乙ww”、“必死、ザマァww”という大変ふざけたメッセージが記載されていた。
誰だ?このシステム組んだやつ……!!激しく腹が立った。それを見ていると無性に今使用している入力端末を破壊したくなった。
しかも信じられるか?課題を片付けている最中にも母は電子黒板の前に立ち、俺の処理している課題とは別の内容を解説している。更にそれが終われば課題となってまた増えるというダメダメな寸法だ。
とても効率が悪いように思えるだろ?だけど、この世界、というか母の考えとしては一応これには理由があった。
その理由とは一度に複数の事を思考できるようになる訓練も兼ねている、との事だ。事実これが影響しているのか疑問だけど今の俺は最大で四つの物事を同時並列思考できる技術を身に付けるまでになっていた。
この同時並列思考は一般的に使われているものらしく、これは一度に複数の物事を同時に考える事から研究者や魔法を行使する魔法師などにはとても重宝されている技能だ。
このままいけば二桁以上の同時並列思考ができる――と父と母は言っている。前世の教育方法で考えるなら何を馬鹿なと一笑にしてしまうところだけど今世だとなぜかそれが可能になる、という、意味の、わからない、状況に、なっていた。……うぅぅ。
でも、よく考えると『これって一種の脳改造じゃね?』と思った。母と父には怖くて聞けないけどな。
閑話休題……。
「あらあらあら。アオイちゃんなら大丈夫よ。だって私とパパの子ですもの。ねぇ?できるわよねー?」
「え?えっと、その……え?」
母はいつも通りすごく笑顔だった。父が惚れたのもわかる。だけど、逆に俺の表情は引き攣った笑いをしているかもしれない。
なんだろう?とても奇妙なプレッシャーを感じた気が……。しんどくなったから少しでも課題を減らしてもらおうとお願いしただけなのに。なんでこんなプレッシャーに苛まれているんだろうか。
「あらあらあら。アオイちゃんならできるわよねー?」
「え?だから、その」
「アオイちゃんならできるわよ。ねー?」
「え?だから、え?えー……?」
あれ?いつの間に目の前に?さっきまで電子黒板の前で教鞭を取っていた母は机を挟んで目の前に、しかも顔がこれでもかと言わんばかりに近くなっていた。
一回だけ瞬きした間に五~六mの距離を移動してきたのか……。
これは父にも共通するけど自分の母ながら時々よくわからなくなる。どういう人なのかとか、何をしている人なのかとか、実はすごい人なのかとか。
マジで何なのだろうか。
「できる、わね」
「はぃ……」
ごめん。色々と考えて現実逃避しようと思ったけどダメだったぽい。
最早、母の問い掛けは疑問系ですらなかった。しかもニコニコしているのに、いや、目も笑ってるけど、それが本当に俺を信じてくれているのがわかる。
純粋な信頼が心に痛いと思ったのは前世と今世ともに初めてだなぁ。……母よ、何を根拠にできると期待しているのかわからないよ。
「アオイちゃんはいい子ね。ママ、嬉しいわ」
「ぁぅぁぅぁぅ……」
頭を撫でてくれるのは、まぁ子供ながらに嬉しいと思ってしまう。だけどその代価に山のような課題が襲ってくる、ってのが泣けてくるな。ハハハ……。
「さあ、続きがんばって!ママもがんばるわ!」
「お、おー……」
無理。この笑顔の母を前にして『No!!』とはとてもじゃないけど言えない。これじゃ父の事をとやかく言えないなぁ、とちょっと反省した。……対応は改めないけど。
ともかく、今しばらくは涙を流して課題に取り組まなければならないらしい。
えぐえぐっ。助けてお母さん――ぁ、その母に扱かれているんだった。
この事実を前にして軽く絶望した……。
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母の教えを受けてから半年が経った。今日までずっと魔法関係の知識をただ只管に詰め込まれた。本当ならこんな詰め込み教育が成就する事は稀のはずなのに今の身体の頭脳は多少無茶でも乾いた砂が水を吸収するように覚えていった。
流石にこれは異常ではないか、と思い母に疑問をぶつけてみた。すると答えは。
『え?そんなの簡単よ。私達長命種は悠久の時を生きるから覚える記憶も膨大なのよね。だから他種族に比べて脳関係が量ではなく質が発達しているの。だからより多くを即座に記憶できるのよ』
ということだった。
それを聞いた時には納得したように頷いておいたけど、本当は意味がわからなかった。
脳の質的発達が云々は、まぁ無理矢理にでも納得して飲み込むとしよう。だけど母の言う長命種ってなんぞ?それだけはわからない。名前からしてものすごく長寿そうなおめでたい感じだけどさ。
ん?……あっ、いや、まさか、……え?そういうことなのか?
俺は重要な事に気が付いてしまった。それは――父と母は……妄想癖を患っているのでは、と!
…………むぅぅ。
いや、これは流石に無理があるな。そもそもこの世界はSFファンタジーっぽい世界観だったのを忘れていた。そう考えると母の言う長命種なんて種族もある……のかもしれない、かな。
こういう時ばかりは歴史書にも手を出しておけばよかったよ、つくづく思うな。こっちの言語を覚えてから今までずっと技術書ばかり読んできたから人間族はいいとして他種族の成り立ちや歴史なんか殆どわからない。今の勉強が落ち着いたら少しだけ手を伸ばしてみるかな。
でもまずは魔物関係からだ!シーちゃんやクーちゃんの事もあるし今よりももっと詳しく調べてみよう!……今は状況的に無理だけど。
と言うわけでそういうのは一旦横に置いておく事にした。色々と勉強に時間は取られているけどそれでも自由時間というものはある。
父と母曰く『子供は元気に走り回ってバカみたいに遊ぶのも大事だ』という事らしい。『バカみたい』という部分がものすごく引っ掛かるけど……まぁそれはいい。自由時間があるのは俺にとってもいい事だ。
そんなわけで日々課題の処理に四苦八苦しているストレスを溜め込んでいたために、ここ農業区画にて気晴らしをしようと思って来たわけだ。
ここにはあの日契約したシーちゃんとクーちゃんが召喚したままだから遊べて、いい気晴らし場所になっている。
「シーちゃーん!クーちゃーん!あっそっびっまっしょーっ!」
子供なら一度はやると思う呼び掛けをしてみた。
いつもなら呼び掛けてから数分以内に反応があるはずだ。最初に元気な鳴き声が聞こえてきて――。
「きゅるるーっ!」
「わふっわふっ!」
そうそう、こんな感じで元気な鳴き声が聞こえてから上空と茂みから飛び出してくるはずだ。
って……あれ?
「きゅるるるーっ!」
「わふっ!わふんっ!」
「奇襲キターッ!?わっぷ!」
突然上空と茂みの中から飛び出してきたシーちゃんとクーちゃんにぷにゅぷにゅっと圧し掛かられて、ぽにぽにっと懐かれた。
じゃれ合いたいのはわかるけど不意打ちで圧し掛かってくるのは待ってほしい。毎度の事だし、加減してくれているから重くて無理って事はないけどまだ七歳の俺には支えきれない。
まだ子供だから腕力とか、ないしねー。
「つーかっ、いつまでじゃれ付いてくるかな、君達は!?」
「きゅるっ!?きゅるるる……」
「わふんっ!?わふー……」
「い、いやぁ、別に怒ったわけじゃなくてさ。そんなに落ち込まんでも」
ごめんなさい、とでも言うように頭を下げて項垂れている二頭が目の前に居た。
だけど、今のようなじゃれ合いは会う度によくある事だ。今更そんなに畏まられると逆にこっちのほうが申し訳ない気持ちになってしまう。
だからこっちも『怒鳴ったりしてごめんね』という気持ちを籠めて二頭それぞれが好きなところを撫でてご機嫌を取る事にした。
「きゅるっ、きゅるるるっ」
「わふんっ。はぁっはぁっ」
効果は抜群だった。シーちゃんは喉を優しく梳くように撫でられる事がお気に入りで、クーちゃんは喉元と頭をわしゃわしゃ撫でられる事がお気に入りだ。
シーちゃんは綺麗な真白の翼をバッサバッサさせて喜んでいるし、クーちゃんは気持ちよさそうに目を細めて息を荒くしている。
よーしよしよしよし。ここか~?ここがええのんか~?ん~?わしゃわしゃ~。
そうしていると二頭とも鼻先を擦り付けてくるから、それがくすぐったくて仕方がないわけで。
「はははっ。もうくすぐったい、って、ば……ん?」
「きゅる?」
「わふー?」
じゃれ付いてくる二頭を抱き止めて、ここで一瞬にして違和感を覚えた。
いや、悪い感覚じゃなかったんだけど妙に気になった、というか……あれ?これってちょっと……え?マジで?
「シーちゃんとクーちゃん……なんだか前よりも大きくなって、る?」
「きゅるっ!?きゅるるるっ!!」
「わふんっ!?がじがじがじ!!」
「ちょっ!!嘴が痛い爪がいたい噛まれてイタイ!?」
そう言った瞬間に二頭から問答無用に痛みという名の洗礼を頂戴した。
二頭曰く『何て事を!?そんな事言うならこうしてやるこうしてやる!』=通訳by俺、という感じか。
種族は違ってもこの二頭も女の子だという事を、この時に少しだけ意識しなおしたものだ。
「違うって!少し前よりも大分成長してないか、って事!!」
「きゅ……」
「わふ……」
慌ててそう弁解した瞬間に攻撃(弱)の手がピタッと止まった。
「あいたたたた。お前ら早とちりしすぎだぞ、まったく」
「きゅるー。きゅるるっ、きゅるるる!」
「わっふ!わふんっ!わふーっ?わふんっ?」
きゅーきゅー、わんわん。捲くし立ててくる二頭の頭を撫でる事で宥めた。
だけど、なにやら意見があるようじゃないか。是非とも聞かせてもらおう。
なになに――。
シーちゃんが『それは申し訳ないと思います。ですが、女の子に向かって重いなんて言うのは失礼にすぎます!』=通訳by俺。
クーちゃんが『そうですそうです!私達の気持ちも考えて下さい!噛みますよ?甘噛みしますよ?』=通訳by俺。
口調は気にするな。俺の訳だから間違ってるかもしれない。
――だとぉぉ?
シーちゃん、女の子って言われても年齢的にはまだ幼女みたいなものだろうが……いや、待てよ、人間換算で考えれば十代くらいにはなる、のかな。
ん、それでも女の子扱いなんかしはじめたら普通に遊ぶ事も難しいじゃないか。余計な遠慮とかしちゃいそうだ。
あとクーちゃんは噛まないで、お願いだから。召喚契約してからのお前って一度甘噛みするとベトベトになるまでやめないんだからさ。まったく、俺なんか噛んだって別に楽しくないだろうに。
で、心の中で翻訳された二頭の言い分を聞いて俺は脱力しながらも然も当たり前のように右手でシーちゃんの喉を撫でて、左手でクーちゃんの頭を撫でていた。
「いや、それはそうだけど、別に突いたり噛んだりしなくてもいいじゃないか」
「きゅるるるっ」
「わふんわふんっ」
「はぁぁ?それくらい男の義務、だと?……俺まだ七歳なんだけど」
「きゅるっ!」
「わふんっ!」
それがどうした、と言われた気がした。
この子達はまだ子供の俺に何を求めているのだろうか。普通ならそんな気遣いができる歳のわけがないじゃないか。俺は意味不明な転生しているからやろうと思えばできない事もないけどさ。この子達相手に変な遠慮とかしたくないんだよ。そういうのって寂しいじゃないか。今まで兄妹のように育ったんだから。
「まぁいいか。それよりも今は遊ぼう!今日はシーちゃんの背中に乗せて!空中散歩したい!」
「きゅるるるっ!」
無属性の魔法や風の魔法で空を飛ぶ事はできるけど、まだ大っぴらに魔法を使う事を父と母に禁じられているから飛べるシーちゃんに乗って満足する事にしていた。
これがまた気持ちがいいの。地下区画だから大して高度は取れないけど天井まで二〇m以上あるからそれだけでも十分に楽しめる。
クーちゃんに乗って地上を駆け抜けるのも好きだ。馬に乗るのとは全然違う楽しさがある。馬に比べて地上に近いから這うように進む時にスリル感があって爽快感が強いんだ。
と、クーちゃんが寂しそうに耳と尻尾を垂れらしていた。
「わふん……くぅぅんくぅぅん」
あー、もー、拗ねない拗ねない。本当にかわいーなぁ、もう。
今回は『先にシーちゃんに乗りたい』なんて言ったもんだからクーちゃんが寂しそうに鳴いていた。
「クーちゃんはシーちゃんの後で乗せてくれる?」
「っ!わふんっ!」
「はははっ!後でだってば、もう」
顔を舐めるのはやーめーてー。またベトベトになるでしょうが。今は前と違って父と母に魔法の使用を禁止されているから水や風の魔法を行使して洗って乾かす事もできないんだからさ。
あれ?改めて思ったけどシーちゃんとクーちゃんの言いたい事がなんとなくわかってきてないか?あれー……。
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シーちゃん、クーちゃんと遊んで久しぶりに息抜きができた日から二ヶ月経った。あの日から数日後に勉強の項目に新しい教科が加わった。何気にちょっと楽しみにしていたSF科学の分野だから楽しいものだ。
ナノマシン工学や自立AI構築やロボットなんかの電子・機械工学などだ。いやぁぁ、これぞSFだね。うん、SFの世界だよ。
本当にさ、ファンタジー世界なのにSFとはなんぞや……。
で、だ。そんな楽しい授業科目の中にはこういう感じの『物理法則?質量保存の法則?何それ美味しいの?』を地で行く内容もあるから元地球人(中身的な意味で)としては理解に苦しむ事も多いけど、なんとかやっていけている。
やらないと、やり遂げないと……母のペナルティが、がが、がががっっ!……イヤァァアアァアアッ!フリフリはもうやだーっ!裾が短いのもやだああっ!俺は男なんだってばぁぁああっ!!
~~少々お待ち下さい~~
はぁはぁ、はぁはぁ、んっ。ごめん、少し取り乱したようだ。
トラウマを思い出して……あれ?二ヶ月も経って今更思い当たったんだけど、よくよく考えてみるとこれって魔法関係の課題に加えてSF科学関係の課題もあるわけだから……っ!――更に課題が増えた!?
お、おぉぉおおぉ……。
なんというスパルタ~ンな母だ。これが嫌がらせやイジメなら猛抗議するところなんだけど、母は純粋に素晴らしいくらいに『アオイちゃんならできるわよ!』と無償の信頼を寄せてくれている。これは父も同様だから助けは期待できないしねっ。
クゥゥ……!ようやく二ヶ月前にはやっと同時並列思考にも慣れてきて最大五つの物事を考えられるようになって課題の処理に余裕が出てきたと思えていたのに、また……またっ、最大限に脳を酷使しないとダメだったのかっ。
俺、気付くの遅すぎだろうが……。
さて、そんなわけで今は自立AIの構築についての授業中だ。
例の如く手元の情報端末で操作して映し出される空間ウインドウでは魔法学の応用編で“属性の融合による反発と相乗効果について”のレポートを作っているし、他にも召喚術の“被召喚者の契約後の生態について”や“錬金術における万物の作り方”の二つの課題を同時に進めている。
そうして課題をこなしながらも今は同時並列思考の残り二つのタスクを母が進めている授業――今は丁度“成長したAIの自立性とその後について”の講義の最後の部分に入った――に集中している。
ふむ。よそ見しながらも集中しているとは……これって本当に集中していると言えるのかね。
「――以上の事から私達は一つの結論を導き出したの。人工知能が一定基準値以上の成長を果たした時、それは有機生命体(人間など)と変わらない。明確な肉体を持たない情報生命体という新たな種族と言ってもいい存在なのよ。ここまでで何か質問はあるかしら?」
「はい、先生」
「はい、アオイちゃん。なにかしら?」
…………むぅぅ。
この『質問です、先生』、『はい、なんですか』的なやり取りって毎回やらないといけないのかな。なんだか“魅惑の女教師と幼い男子生徒の授業ごっこ”みたいで落ち着かないんだけど。
「その、高度に成長を遂げた人工知能は情報生命体と認識していい、みたいな事だったけど、作り出す事には変わらないよね?暴走なんかの安全対策とかはどうなってるの?」
「それは人工知能の構築の初期段階、プログラムの根幹に根付いている事は言ったわね?そこにプログラムされているのは一つ、製作者や上位者に対しての“絶対服従”よ。これは召喚術と同様に条件付けとも呼ばれていて、後で蓄積したデータを削除して再設定したとしても根幹部分に根付いているから絶対に変更は不可能なの。だから、暴走の危険性は極めて低いわね」
「ふぅむ……」
つまり事故や暴走なんかの危険があったとしても、そもそも起こる事そのものが稀って事か。
根幹部分に絶対服従のコマンドがプログラムされているって事は仮に危険な事になったとしても緊急停止の命令をいつでも出せるって事だ。安全対策としてこれ以上のコマンドはないだろう。
尤もそうのように入力されていたとしても誤作動してポシャッたりしたら暴走した機体そのものを止めるか破壊しなければならないわけだけど、それはどのような機械でも同じ事だ。
「言ってしまえば人工知能、つまりは私達が作り出した情報生命体は、私達に尽くす事を使命とした奉仕種族ね。例としてアーフを見ればわかるでしょ?機械人形達の根幹部分には絶対服従のプログラムが人格部分に影響がない程度に働いているのよ」
ぶっちゃけたなぁ、母よ。奉仕種族ってそのままじゃないか。
確かに機械人形にとって俺達は自分達を創り出した創造主にも等しい存在として彼らの目には映るわけだから強ち間違いじゃないだろうけどさ。
ふと、ちょっとした事が気になったので母に聞く事にした。
「それじゃ……仮にそのプログラム、条件付けや行動原則を明確化しないで成長させた場合はどうなるの?」
絶対服従のコマンドがなければ彼らは自由に慣れるんじゃないか、と考えてしまった。そしてその彼らは一体どのようにして先へ歩いて行くのか、とも好奇心に襲われていた。
これだけ人工知能や機械人形の基礎技術が完成しているんだから他の生き物と同じように自分達だけの文明や文化を築き上げてもおかしくないと思った。
これは一歩間違えば破滅を呼ぶ危険な考えだとわかっていても一回だけでいい、一つだけでいいから自分の思うように作ってみたいと考えてしまった。
だからこそ母に疑問を投げかけた。過去にそのような実験記録でもあるなら参考になるかもしれないと思ったから。
「……ママが生まれるよりずっと前、大昔にそんな事をした実験記録があったけど、その時の結果のどれもが成長過程の段階で暴走、または自我崩壊に陥っているわ。数少ないけど基準値以上に成長できたとしても最後には自我が安定しないで暴走した。だから、仮にアオイちゃんが自分で人工知能を構築する場合はオススメできない方法ね」
結局の所は答えとしては決して芳しいものではなかった。
やっぱり行動方針を明確化しないとAIは自分の存在意義を見出せなくなって自我崩壊、人間で言えば自殺をしてしまう可能性が高いようだ。それだけじゃなくて矛盾した考えに直面した時には論理回路が解決策を導き出せなくて最終的には思考の迷路に嵌まり機能停止する事にもなりかねない。
ただし、母や父が用いる人工知能は一部の思考回路が曖昧にできているからそういう矛盾に直面した場合は『後で考えようかな!』という感じで問題を“横に置く”事ができる。
だからこそ母の言うオススメできない方法でAIを作ってみたかった。自由意志を持ち、自己進化して環境に適応する独立型AIを。
「そう、なんだ。……でも、根幹部分を条件付けなしに構築して表層部分を既存の人工知能のものを移植したら大幅に時間を短縮して成長を促せないかな?」
おそらく最初が肝心なんだ。教育する時にどれだけ信頼関係を結べるかが重要なんだと思う。そして明確に存在意義を示すんじゃなくて子供に教えて、一緒に考えていくようにすれば、なんとかなるんじゃないかね。どのように育つかは知らないけど。
ハッキリ言ってやる事は子育てと変わらない。
おっとと、“属性の融合による反発と相乗効果について”のレポートが終わったか。これで後は実技で練習して直接確認して感覚を者にすれば終了だな。
次の課題を、っと。
「難しい、と思うわ。私達の構築した人工知能は多くの時間と労力を注ぎ込んで、更に技術を積み上げて今の人工知能や機械人形などがあるの、その情報量は膨大なものだわ。だから新規で作り出したものに表層部分のデータを付け足すとしても、その人工知能が未熟なままだと情報の濁流に飲み込まれて機能停止、最悪の場合は成長しきる前に崩壊する可能性が高いわね」
「んむぅぅ、崩壊か。ふむ……」
それでも母は難しいと言う。
一から作り出したばかりのAIは多くの知識はあっても個の存在としては未熟だから自己意識たる個性が薄いから自己保存の意識もないので抵抗そのものがない可能性もある。
それでは猶予期間を持てばどうだろうか。
最初に会話機能や簡単な外部操作機能などの最低限の機能だけを付加したAIを構築して、それで暫く一緒に過ごしてみるんだ。話し合って日々を過ごしていればある程度の人格形成がされるはずだから少しは自我が強固になるんじゃなかろうか。
あれ?そう考えるとなんとなくイケる気がしてきた。
「それなら、作り出してから一年くらい常に話しかけたりしてできる限り学ばせてから少しずつ表層部分から付加情報を付け足していくなら、どうかな?」
「一年ですって?……ええ、それなら成功する可能性も少しは上がる、かも?……いえ、でもそれは全ての過程が上手く行った場合だから……いえ、無茶ね。やっぱり、無茶よ。たった一年で成長を促すなんて過密スケジュールもいいところだし、そこまでする意味もないわ」
「い、意味がないとまで言うかな、普通。こういう時はわかっていても応援するのが家族だと思うんだけどな」
ハッキリすっぱり言われてしまって少し情けなくなってしまった。
せめてもう少しだけ優しくオブラートに包んで言ってほしい。だって俺ってこんなでもまだ7歳の子供だよ?これってどうなのかね。
むっ、よしよし、“被召喚者の契約後の生態について”の課題もこれで終了、っと。次はどれにしようかな……。
この課題でわかった事だけど、俺はシーちゃんとクーちゃんの二頭の魔物と召喚契約、それも専属契約を結んでるじゃない?それでさ、契約した魔物は召喚して顕現させていない状況では飲み食いの必要がないようだ。魔水晶の中で半睡眠状態についている間は召喚主の魔力だけでいいんだとさ。まったく、便利な事だ。
ただし、実体を持たない精霊や悪魔などの魔族の場合はまた別らしい。それについては別の機会に話そう。
あーっと、どこまで母と話していたか。……あー、そうそう。俺がへこんでいた事だったな。
そんな俺を見た母は少々八割困ったような、二割呆れたような感じでタメ息を吐いていた。
「アオイちゃん。結果がわかりきっている、または成功の可能性が極めて低いなどの状況だったら他の方法を模索したほうが賢明よ。ただでさえ人工知能なんてものは大昔には既に実用化されていて今では多くの技術情報が蓄積できているわ。だから、敢えて無謀を冒す必要性は低いのよ」
今あるものを使ったほうが効率的だから、と母は最後に言った。
あっ、“錬金術における万物の作り方”の暗記も終わり、っと、えーと……次の課題は、ど・れ・に・し・よ・う・か・なー……よし、これに決めた。
なになに、“鍛冶の神髄~これで君も一流鍛冶職人だ!~”……は?えーと、なにこれ?まだ子供の俺に剣でも鍛えろと?或いは刀でも打てというのか?ドワーフ族呼んで来いよ……。
まぁ覚えておいて損はないし、将来的には必要になる機会もあるかも……なのか?
むむむっ!
さて、同時並列思考で課題を順調に処理している中で、俺は疑問を母に投げかけて半ば議論するようにしていたわけだけど、正直言ってやめる気は毛頭ない。
今のところAIは先程から俺の押している構想のまま進めるとして、いつか身体を欲しがるかもしれないから、そちらも考えておこうと思う。
機械人形のアーフなんかみたいに一般的なアンドロイド式でもいいけど、どうせなら俺はナノテクノロジーを駆使したガイノイド式かな。こっちのほうが細かいところで拡張性が高いから純粋に成長を目的とする場合はいいだろ。……コスト面は見なかったことにして。
「もう聞きたい事はないかしら?ないなら次に行くわよ?」
「はぃ……」
休憩?なにそれ美味しいの?
あと一時間は連投だよ。基本的に講義時間は二時間半だからな……。
普通の7歳児はここまで流暢に話さないと思う。
目をキラキラさせて人工知能について語る児童とか……うん、ないわー。
アンドロイドなんかもいくつか種類がありますしね。
作者はガイノイド方式が好きですね。
ナノテクノロジーを使うところが作者の作品的に当て嵌まるので。
くそぉぉ、二次規制めェ……。
”ネ●ま!”続けたかったなぁ、と女々しい事を書いてみたりする。
ケジメの意味で、改めて掲載する事はしませんが……。
ではでは。




