第10話・ほのぼの時々事件
簡単な人物設定を挙げました。
用語集は別途で挙げたいと思います。
こちらは時間が掛かります。
青い空、白い雲、水面をキラキラ輝かせる紺碧の海。そして上空を濃緑色の飛空艦が進む。
展望室は艦の上部区画に作られている。航海中、狭い艦内に活動する乗組員の精神的負担を和らげることを目的としたリラクゼーションルームだ。
透過金属で窓ガラスのように隔たれているが外の景色が一望でき、室内は床一面に芝が敷かれ部屋の中央に一本の樹木がある。
「今日も変化がない。平和だなぁ」
人工自然公園のような展望デッキで、芝生の上に寝転がりながらアオイは呟いた。傍らにある苗木が淡い燐光を舞わせた。
時折りアオイはこの展望室を訪れてはこうして横になり考え事をする。
アスガルドを出発してはや二週間が経つ。航海は順調そのものであり、話しに聞いていた空賊にも一度も遭遇していない。少なくともアオイは一隻も見た事はないし襲われてもいない。それどころか軍の巡回警備にも巡り合う事がないくらいだ。
とは言え、この二週間何もしていなかったわけではない。艦内の乗組員達との顔合わせを始めとしてイリスを長とする機動班とシミュレーターでヴァルトラウテの操縦訓練をしたり、クスィ達警備班の格闘訓練に乱入して青春に汗を流したり、シブリィを長とする生活班の料理教室に参加してキャッキャウフフしたり、そして整備班の長であるアイゼンと発明談義に花を咲かせたりしていた。
特にアイゼンとの話の中でヴァルトラウテについて話題に上がったのだが、実は可変型であると知ったアオイは『え、戦闘機? 浪漫だね!』と興奮して、バイクの座席のような操縦席について『こういうメカニックは大好きだ!』と更に大興奮した。男の浪漫武器パイルバンカー装備を見た時は感動すらしていた。
因みに、現代でも人型兵器とは一般的ではないという事に配慮した結果だとアイゼンは捕捉していたが、話を聞き終わったアオイはそれならなぜ人型にしたのかと頭を悩ませたものだ。
閑話休題……。
そうして、暫しのゆったりとした船旅の平穏な時間が過ぎていた。それでも日々の生活において刺激を求めてしまうのはアオイにまだ生前の人間としての意識が残っているからかもしれない。
ごろりと半身ずらして横になる。
「確かにいい事なんだけど、もう少し冒険心というか刺激というか、そういうのがあってもいいんじゃないかな」
不謹慎な事を口にしながらアオイはもう遥か昔となった過去を思い返した。
まだ大陸が一つだった時代、戦いばかりでまさに戦国乱世という言葉が相応しいほど世は乱れていた。当然危険度もそれに比例しており、少しでも町の外を散策しようものなら盗賊団や兵士崩れなどが多く居た。
それだけならまだしも、運悪く何かの戦闘中に遭遇する事すらあった。理由もわからず襲われた経験もある。
昔は大変だった。簡潔に表すならその一言に限る。
そうして過去に思いを馳せているとエーデルが控えめに、されど確固たる意志を乗せて前に出た。
「お言葉ながらマスター。危険は排するもの。事前に察知したなら一切の慈悲もなく蹂躙するが寛容かと愚考します」
「意見はご尤もなのにやり口が辛辣すぎる!?」
「うふふふ。エーデルさまのご意見に私も同意です。ほら、害虫って根本から処理しないとまた湧き出るじゃないですか。ウフフフ」
「クラウディアまでが暗い目で真剣に!?」
エーデルはいつもの事としても、意外と容赦がない性格なのかと微笑むクラウディアから身体を起こしつつ少しだけ距離を取る。
この場には芝生に寝転がっていたアオイの他にエーデルとクラウディアの二名、いや、より正確には二名と一体が居た。
青白い燐光がひらりひらりと舞う。
「……大丈夫?」
「ユグドラシルか。うん、まあ」
「そう……」
勿論このユグドラシルは本体ではない。彼女から株分けされた、いわば端末のようなものだ。株分けなので処理能力は低いが展望室は彼女の管理下にあり空調も適温に保たれている。
さて、なぜ彼女の端末がここにあるのか。一言で表すなら単なる我儘だ。折角目覚めたアオイと離ればなれになるのが我慢ならなかった彼女はアスガルドの制御システムを掌握すると航法システムを設定し直した。
そうして彼女は『置いて行くなら追いかける』と半ば脅しておきながら、最後は『行かないで』と懇願するように要求した。
涙ながらの要求とも言えない要求に、これには流石に頭を抱えたエーデルは無闇に怒る事も出来なかった。
結局この事態はアオイが直接説得するまで続いたのだが、結果として今の株分けしたユグドラシルを端末として同行させることで一件落着となった。
「旅ってもっとこう、殺伐としたものだったけど今は違うんだな」
「父様。それはそれでどうかと思うよ?」
「む。いや、でもな」
「安全、安心が一番だと思う」
「むむう」
安全第一。そういうユグドラシルの言は正しいので頷く事しかできない。
ここで反論しようものなら現実を知らないクソガキ以下と言われても仕方がない。
それでもアオイは退屈な時間を思い『でもなぁ』と考えてしまう。このあたりがまだ人間的なのかもしれない。
「恐れながら。マスター、現代は旧時代と違い、情勢は幾分か安定しています。まして私共なら余程の事がない限り危険はありません」
「むう。やっぱりそうだよなぁ」
いまいち納得がいかない気持と、ある意味で落胆した気持ちが半々。ふと目を向けると透過金属が映す外の景色は今日も青い海ばかりだ。出発から今日まで変化がない。
アオイ達はアスガルドから一路東へ針路を取り、ゆっくりと二週間かけてヨトゥンヘイム大海の上空を進んだ。旅程の三分の二以上を消化した事になる。
彼らの進む先には風と水の大陸と称されるエーリヴァーガル大陸がある。豊富な海の幸と貿易業により発展してきた国々が日々しのぎを削っているところだ。
「はあ。ネルケからは空賊が多いって話だったじゃないか。だから週に二回か三回は遭遇するかなと思ってたんだけど」
「父様。不吉なこと言わない。下手に言葉に魔力が乗ったら可能性の因果を引き寄せちゃうから。メッだよ?」
青白い燐光がチラリと揺れた。アオイの事を父と呼び慕うユグドラシルは幼い女の子の印象があるから、まるで背伸びしたおしゃまな様子が幻視できた。
エーデルが捕捉するように前に出た。
因みにクラウディアだが、いつの間にかアオイの膝を枕にして寝ていた。天然というかマイペースというか、困った娘である。
「マスター。多いと言いましても彼らは個々で縄張りがありますし、大きな空賊団になりますとその範囲も広くなります。元々貿易航路は決まっていますので待ち伏せが常套手段です」
「つまり?」
「待ち伏せる可能性の高い地点を迂回してしまえば、あとは快適な空の旅です」
「ですよねー。何にもないし、薄々そうじゃないかと思ってたよ」
あははー。乾いた笑いが虚しい。
ワクワクドキドキの冒険心が出発から二週間で圧し折れた瞬間だった。
各大陸間の貿易の主役たる飛空艦が普及し始めたほんの数十年前に大空海時代へ突入した。それと時を同じくして貨物を満載した飛空艦を襲う空賊も数多く現れた。
過去には空賊の略奪行為が頻繁に起きた。金品は根こそぎ奪われ女は攫われた事例も多い。現代では各国の軍や警備隊、賞金稼ぎ達の活躍により沈静化している。
それでも空賊が居なくならないのは諸説あるので詳しくは省く。
ともかく、アオイ達の旅程は極めて順調という事だ。飛空艦アドナキエルは特に事件事故もなく平穏そのもの。いっそ不気味なほどに何も起こらない。
「出発から一週間くらい経った時からおかしいとは思ってたんだ。空賊どころか他の輸送艦すら見つからないなんてさ。今日で二週間だよ? それだけ経ってるのに一隻もかち合わないなんてどうよ?」
「既定の航路から外れているからだと思います、マスター。寧ろこの状況で他の船を見つけた場合は何か後ろ暗い背景が透けて見えそうですね。例えば、密輸とかです」
「ああ、ああ。わかってるよ。今ハッキリとわかったさ。でも、たぶんだけどその後ろ暗い連中ともかち合わないように何かやってるでしょ?」
質問はただの勢いだった。深い意味などなかった。それなのに口をついて出てしまったのは退屈を紛らわせる意味があったのかもしれない。
そしてエーデルはといえば無表情の中にニヤリとした笑いを浮かべたように見えた。
「肯定。偵察としてヴァルトラウテを先行させています。無防備に進むのは愚の骨頂ですから。他にも……いえ、何もありません」
「何を言いかけた? 何を言いかけたの? 隠されると想像を掻き立てられて逆に怖いんですけど」
恐ろしかった。あのエーデルが、一切の慈悲を排除した時のエーデルがどれだけ恐ろしいかを知っているだけに。
アオイも何も知らないわけではない。昔、まだアース大陸だった時に国同士の戦闘に巻き込まれたことがあった。その時にアオイは不意打ちに遭い軽傷を負った。
それが全ての間違いだった。
キレたエーデルが超重武装を展開して攻撃が開始された次の瞬間――辺り一面が更地になった。
終わってみれば生存者は皆無。ナニかで赤く染まった大地には誰一人生き残りは存在しなかった。
アオイは今、その時の光景がフラッシュバックしていた。気分を落ち着けるためか膝枕しているクラウディアの頭を撫でつけている。
「どうかご安心を。全ては御身を守るためです。問題はありません」
過去を思い返して今を恐怖していたところへ、エーデルはいつもの無表情に優しい声色で言った。
少し落ち着いたので、この際だから聞いてみる事にした。
「……因みに、何があったの?」
この二週間でという意味の問いだった。
何もないならそれでいい。寧ろそれがいい。
平穏は尊いものだ。ああ、でも、きっと哀れな子羊は……と思いエーデルを見る。
楽しそうだった。無表情なのに気分が躍っていた。おそらく、この場にアオイとエーデルの二人きりだったなら無垢な少女のように微笑んでいたかもしれない。
「空賊の船を十隻と少々……いえ、このような些事を偉大なるマスターのお耳に入れるは無粋というもの。お気にせず、雑事の全ては私共にお任せください」
見事予感は的中。嬉しくもなんともないとアオイは顔を引き攣らせそうになるのを抑えた。
彼の手は癒しを求めるようにクラウディアの頭を撫で、ユグドラシルの燐光を眺める。その穏やかな表情からは、まるで偉大なる父か聖母のようだった。
すでに悟りを開きつつあるのかもしれない……。
「はあ。いい天気だ。こっちはほのぼの旅行だねぇ……」
本当に悟りを開いているかもしれない。
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更に二日が経った。旅は順調そのものだったが、時折りエーデル達が……。
『最近は空賊が増えて困りますね。やはり、大陸に近づくにつれて増えているとみるべきですか』
『エーデルお姉様。少しお下品ですわ。でも、そうでしょうね。何度潰してもすぐに湧いてきます。既定の航路に乗った事も大きいかと思われますわ。向こうにしてみれば何もせずとも獲物がやってくるのですから』
『そうです。今は問題ありませんが連中は数が多い。この先万が一を考慮すると一度航路上のゴミ……害虫共を一掃する必要もあるかもしれませんね』
『まあっ! それは名案ですわ。早速アスガルドへ要請しましょう。それと言い直しても変わっていませんわ』
『む……』
……などと物騒な事を話していた。
会話をたまたま耳にしたアオイがガクブルしながら潰されたであろう空賊達へ黙祷を捧げたのは内緒だ。
逃げて空賊の皆さん超逃げて~。
ヨトゥンヘイム大海を一路東へ向かったアオイ達。彼らはエーリヴァーガル大陸までおよそ四日のところまで来ていた。
アドナキエルは輸送艦を模しており、偽装も含めて今日までゆっくりと航行してきたのだが、ここまで大陸に近づくと他の船の姿もあり、航路上には民間船や軍艦が行きかっていた。
二等辺三角形の鋭角な船、長方形の無骨な船、華美に装飾された船。それらの殆どが多かれ少なかれ武装している。空賊が居るので最低限武装しないと危険だからだ。
尤も、輸送船や客船などが武装しても然したる脅威とはなりにくい。そのため多くは護衛として武装した小型艇や民間警備会社の武装船が同行している。
それらを相変わらず展望室に寝転がりながら見ていたアオイは欠伸を一つ。
「んんっ、なんとなくだけど他の船の姿も多くなったかな」
「肯定。昨日の深夜に地上人が定めた既定の航路に乗りました。そのためでしょう。それと」
「地上の船は色々な形をしていて面白いですね。ほら、あれなんて凄いわ。黒? いえ、濃紺ね。金銀の装飾がキラキラしていて綺麗。でもあの装飾にはどのような意味があるのかしら? 魔法術式でもないですし、機能的にはただの重りですよね。あっ、もしかしてあれが尊厳と見栄というものですか?」
「…………」
「どうどうどうっ! 落ち着いてエーデル。いいから、その手に持ったナイフを下ろそうか、ゆっくりと」
怒涛の質問を口にしつつ、初めての光景に目をキラキラと輝かせて好奇心を露わにしていた。
説明を遮られたエーデルが不機嫌を面に出すことなく、しかし少しだけ眼力が鋭さを増した。いつの間にか手に握る細身のナイフが震えている。
アオイは引き止めるのに一苦労だ。
「……っ、クラウディア。初めての外出で高揚しているのは理解しています。ですが今は後にしなさい」
「はぁい。あれ? ええと、邪魔してごめんなさい?」
「なんで疑問形なのかな。――ああ、エーデルいいから。いいからスローイングナイフを仕舞いなさい。指の間に挟んで八本とかそんな器用なことしなくていいから」
「……はい。それではマスター、以前説明しましたように以降アドナキエルはイアールンヴィズ大陸にある島国アグール皇国を国籍とし、我々は長期旅行をしているとある会社の御曹司とそのお付きとして行動します」
「わかった、了解。予習はしてあるから大丈夫さ」
余程のへまをしなければ、とは勿論言わずにおく。仕舞ったばかりのナイフが自分に向かないように心の底から願っているから。
さて、イアールンヴィズ大陸とはエーリヴァーガル大陸からヨトゥンヘイム大海を挟んで、やや西寄りの北西に位置する大陸である。地球の地図に照らし合わせるならユーラシア大陸に当たる。
因みに、二つの大陸のほぼ中間に位置するアスガルドから南へ行くとウートガルズ大陸がある。こちらは南アメリカとオーストラリア大陸を足した面積を誇る巨大な地域だ。
そしてアグール皇国とはまさに日本国に当たる地域にある島国だ。ただし、日本国の北海道と沖縄に当たる陸地はない。それ以外は本州と四国、九州など多少歪だがそれに近い形状の島と言える。
平地が少なく山岳地帯が多いために起伏が激しい。稲作文化であり主食が米であるし、魚介類などの食文化もある。
アオイは日本という遠い記憶を掘り起こした。埋没しかけている記憶を懐かしむように思い出しては、それも過去の事と割り切り心の中の箱に仕舞いこんだのはアスガルドを出発する前の勉強会でのことだった。
「俺はアグール皇国にある民間警備会社の御曹司でエーデル達は従者兼護衛、今は旅行を兼ねて見聞を広めている」
なんなら馬鹿息子の演技もするよとお道化て問うもそれは敢え無く却下された。
いつも通りのマスターがいいですと真顔で言われてしまったアオイは何も言えなかった。
「肯定。社名は明星。外来企業を母体とする、皆さまに平穏と安全を保障する信頼と実績の民間警備会社です」
「社名は了解したけど、信頼と実績? 偽装なのに?」
「元はネルケ達が地上で活動する拠点として作られた会社です。創業二百年ほどの若い企業ですが、実際に存在する経歴を使用するのが最善でしょう。戸籍なども諸々用意してありますので疑われることもありません」
「ああ、戸籍か……」
長命種のアオイは無限の寿命という特殊性や諸事情により現代の戸籍など持ち合わせていない。
それについてはどうなっているのか。そう問おうとした時だ。こてん、と自身の肩に暖かな感触が甘い花の香りと共に重なった。
右肩にある心地よい重さと匂いについっと視線を向ける。
「すぅ、すぅ……ん」
「えーと……」
寝ていた。クラウディアがそれはもう気持ちよさそうに、アオイに半身を預けて寝ていた。
起こそうとしたが、彼女の安心しきった寝顔を見るとそれも忍びない。どうしたものかと戸惑うばかりだ。
長閑で暖かな光景。多くの人がそう思うはずの中でただ一名、エーデルが目を細めていた。
「…………」
「まあまあまあ! 無言で耳を削ぎ落とそうとしないの。ほら、ナイフなんか仕舞って。どこの恐怖部族だよ、もう」
渋々。本当に渋々と細身のナイフを格納空間へ還元した。
それでも視線はアオイとクラウディアの接触面、より正確に言うなら方へ頭を預けている部分を凝視したまま固定している。
表情こそ変わっていないが、そこには羨望と嫉妬といった感情があった。
「んっ……あれ? そういえば俺って戸籍謄本とかそのあたりのものって皆無じゃないか。用意したって言うけどそれも偽造?」
「否定。本物です」
「……はい?」
「アグール皇国は勿論ですがアスガルドの活動拠点を置く国の政府内には少なくない手の者を潜ませています」
しかし、アオイはエーデルの視線の意味に気付かなかった。
それもそのはずで、話しながらクラウディアを起こさないように柔らかい芝生の上へ横にしていたからだ。
その間エーデルは少々の落胆と安堵に揺れながら淀みなく答えていた。
でもやっぱり少しくらいは気付いてほしいと思うのは彼女の複雑な乙女心か。
「んん? でも、それってやっぱり偽造にならない?」
「否定。政府が発行する戸籍です。仮初のものとは言え、国が保障するのですから本物以外の何物でもありません」
「でも……」
「何も、問題、ありません」
「はい……」
やはり最後は押し負けるアオイだった。
項垂れるアオイと慰めるように舞うユグドラシルの青白い燐光、何やらやり遂げたというように満足げなエーデル。そして気持ち良さそうにお昼寝するクラウディア。
四者四様の時間が過ぎていたのだがそこへ通信の呼び出し音が鳴った。しかも緊急用の回線を用いたものだ。
何事かと慌てたアオイが出てみれば通信の相手はマグノリエからだった。
「突然申し訳ありません、我が君」
「それはいいけど何があったの? 難しい顔してるけど」
「はい。我が艦の進む航路上約七十キロメートルの地点にて輸送艦が空賊に襲撃されているのを先行していたヴァルトラウテが発見しました」
「はい?」
どうやら面倒事に直面したようだ。
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マグノリエの報告をアオイが聞く少し前、エーリヴァーガル大陸の西方、ユミル王国まで残り数日という所を一隻の濃い青色に塗装された輸送船が進んでいた。
「んー……」
小柄な青年ヤーコブがレーダー機器を前にして難しい顔で唸っていた。
艦長のキャロルはそんな彼の様子を不思議そうに見ていた。
「どうしたのよ、ヤーコブ。さっきからレーダー見て唸ってるけど」
艦長席で自社の利益計算をしていたキャロルが我慢できずに口を開いた。
いい加減傍で難しそうな顔でいられると気になるのだ。
「いや、ちょっと気になってさ。ほら姉御、ウートガルズから今日まで空賊共に遭わなかっただろ?」
「まあ、そうね。珍しくまだ見てないわ。いつもなら一回や二回は襲われそうになるのにね。それと姉御って言うな」
「だけど今回は何もない。それがちょっと不気味でさ。落ち着かないんだよね」
「はあ? いいことじゃない。それに護衛のお給料だって安くないのよ? 外注だと襲われるたびに危険手当やらなんやらで跳ね上がるしね。前はそれで下手するとって思うと頭が痛かったんだから」
ウートガルズ大陸からエーリヴァーガル大陸まで、通常の飛空艦で行き来するなら片道で一月未満、遅くとも四十日前後もあれば可能だ。
その約一月の間は何もない空と海ばかりの航海となる。良くも悪くも自由な世界が広がっている。つまり、治安が悪いのだ。それもものすごく。
飛空艦に乗っている以上何が起きても基本的に自己責任だ。空賊もまだまだ多いこの時代だからこそ全ての飛空艦は大小あれ武装している。
ただし危険は空賊ばかりではない。事故や事件に遭遇した場合は可能な限り、これを救助しなければならないのは飛空艦乗りの暗黙の了解だったりする。これを怠ると同業者からの信頼を失う事になり、いざという時に助けてもらえなくなる。
だからこそ、空賊の襲撃も事故も何もない今回の航海は歓迎こそすれ疑問に思う事など無いとキャロルは思うのだが、ヤーコブは気にしているようだった。
「今はヒッグスの親父さんが戦闘員だけどねぇ。戦闘機乗りとしては優秀なんだけど、あの酒癖がなぁ」
「そうなのよ。今回なんてパパってば積み荷のお酒を六本も空けてたし! 先方にはすぐ連絡して謝罪したし、一応全部買取という事で落着したけど……高級酒ばかりだったから大打撃だったわ」
「姉御、姉御。目が死んだ魚のようだってば。元気出そうぜ?」
「二百エッダ。お酒一本で約二百エッダしたのよ? 金額差があるけどそれが六本! 合計千二百エッダ以上とか意味わかんない!」
実質庶民の一般給与額の三か月分に相当する金額にキャロルは憤慨した。
金額的な損害としてなら会社としては大したことないが会社の信用に傷がついた。
しかしそれもお得意様が契約先だったために苦笑と金銭の弁償で取り戻せる程度のものだ。だが、これが続くようなら本気で更生させる必要があると密かに闘志を燃やした。
そうしてさんざ喚いて愚痴ったところでようやく落ち着いたキャロルは、めんどくさそうに見ているヤーコブに少しだけ引かれていた。
「落ち着いた姉御?」
「姉御って言うな。でも、ありがと。騒いだら少しだけ気分が楽になった気がするわ」
「いいよいいよ。でもまあ、話を戻すけどさ。こういう時って何かあるのがお約束だと俺は思うわけでさぁ」
「何かって何よ? まさか空賊が航路上に網張って待ってるって言いたいの?」
「まあねぇ。それもあるんじゃないかなとは思ってる。だからこうして確認してるわけだし」
「ちょっとぉ、やめてよね。本当に襲われたらどうするのよ。用心深いのはいいことだけど、本当になったら――」
「あ――」
ピコ-ンという甲高い音がヤーコブの手元、レーダー機器から鳴った。
そして今の音は“レーダーに反応有り”という意味だ。
気まずい沈黙が二人の間に漂っている。
「っ、反応は一つ、二つ、まだ増える! 全部で五つ! 左後方から真直ぐこっちへ迫ってきてるよ!」
「あ、あ、あああああっ!!」
ドタバタドタバタ!
いきなりの展開にキャロルは呆然としていたが、復帰した途端にヤーコブの首を締め上げる。どこにそんな腕力があったのか小柄といえど男性を宙吊りにするキャロルの姿はいっそ恐怖以外の何物でもない。
「ちょっ!? 姉御っ、首絞めないで! 苦しっ」
「やかましい! このチビッ子野郎! あんたが変なこと言うから現実になったじゃないの! どうしてくれるのよ!?」
「俺のせいじゃないって! それよりも早く何とかしないとマズイよ!」
「ぐぬ、ぐぬぬっ」
正論だ。わかっている。キャロル自身も本気で言っているわけではない。今のはただの八つ当たりだ。
締め上げていた手を放して艦長席に戻ると指示を飛ばした。
「ヤーコブ、パパに連絡して! 出撃よ。ただし私達が逃げるために時間稼ぎに徹して! とにかく逃げる事を第一に動く事! いいわね!?」
「ごほっごほっ。りょ、了解! 姉御……」
「姉御って言うな!」
切りがいいので今回はここまで。
人物のやり取りって難しいですね。
”A君が言った事にB君が怒った”みたいな会話文とかもう考えるだけで……楽しいじゃないか。
うん。趣味で始めた小説ですけど、文章考えるのって楽しいですね。
ではでは。
でも台本形式は絶対に認めない。
あれを小説だと認めるのは酷ってなもんですよ。ええ。
無理無理。無理だって。
やるなら舞台役者を配置しろって言いたい。




