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アナタは異世界で何をする?  作者: 鉄 桜
第ニ章・目覚めてみれば新時代
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第9話・いい日、旅立ち


雪って怖いですね。冷たいし、重いし、痛いし。

見るだけなら綺麗なんだけど。ライトアップされた光の反射とかね。

フフフ……。



 


 


 朝、ヴァラスキャルヴ城を出て車に揺られる事数十分、都市イザヴェルを出てウーズ湖を回り反対側に位置する第一造船所へアオイ達は足を運んでいた。

 薄暗い施設内をエーデルに先導される形で進んでいく一同。そのまましばらく進むと立ち止まった。


「あの、エーデル? 言われるままについて来たわけだけど、というか有無を言わせず拉致られたわけだけど、ここに何があるの?」


 薄暗い中で光の魔法(フォス・マギア)で作り出した僅かな明かりを手元に浮かべて、問うアオイの顔はやや不安げだ。この娘達がまた無茶をやったのでは、と疑ってしまうのだ。

 それというのも朝食を終えてさあ出ようかと城門にて盛大な見送りを終えたと思えば、いきなりエーデル達に担ぎ上げられて車に押し込められた。道中、車内は空調から飲み物まで完備していたので快適だったが、慌ただしい出発だった事にアオイは困惑したものだ。


(エーデルとクラウディアに挟まれていたからたまに腕に素敵で柔らかな感触が。二人とも大き、ごほんっ! ……なんでもない。問題ないさ)


 道中の腕に残る感触を思い出してしまい慌てて頭を振る事で追い払う。先程までの幸せな感触よりも今の状況を考えるべきだ。

 その隣には『うふふ。真っ暗で何も見えないわね』とクラウディアがアオイの腕を抱いているが気にしてはいけない。意識するとすぐにでもイライラしているエーデルのごっついナイフが飛んでくるから。

 さて、一行はアスガルドの空港ではなく怪しげな地下施設へ来ていた。そこは第一造船所という単純な名であり、アオイも今までの視察で知ってはいたが、その時とは違いいきなり草原の中から昇降機が迫り出してきた時は驚いたものだ。初めて訪れた時はヴァラスキャルヴ城の地下通路を通ってきたので気が付かなかった。

 ただまあ、これを作ったアイゼンは“わかっている”とアオイは手放しに褒めちぎった。秘密基地は男なら幾つになってもワクワクするものだ。主に男のロマン的な意味で。


「まずは謝罪を。無作法な真似をしてしまい申し訳ありません。ここにはマスターの旅程を快適に過ぎしていただくためにご用意したものがあります」


 薄暗い中で手を翳すとそれを合図にして一斉に照明が点いた。暗闇から一転して明るい中に放り出されたアオイは眩しさから目元を覆う。


「っ、いきなりは眩しいって……ん? お、おお?」


 そこには一隻の艦船があった。アオイ達から見て左舷側、全長は二百メートルもない小型の船。濃い緑色に塗装された装甲は角張っていて小型の輸送艦のようであり、言い方は悪いが長方形の棺のようだった。


「船、ですよね。でも、これは……」

「クラウディア。貴女はいい加減にマスターから離れなさい」

「はーい。残念です。うふふふ」


 名残惜しそうに絡めていた腕を放したクラウディア。それでも傍らから離れようとはせずにいるのは天然ゆえの無意識の抵抗か。

 はて? とアオイは首をひねって考える。


(でも、こんな形状の船は見た事がない。新型? いや、それにしては長命種のそれと違いすぎる)


 視察の際にこのような艦種を見た覚えがなかった。そのはずなのにアオイの目前にはアスガルドで見られない角張った無骨な船が係留されている。

 ここアスガルドの船は共通して流線形の外観をしていて幾分か細身なのが特徴だ。大小様々な差はあれ、それぞれが花の蕾のような外観を想像すればわかりやすいかもしれない。

 艦船に限ったものではないが、色調も長命種にとって特別な意味を持つ“白”や、近衛部隊や警備部を表す“赤”、情報部を意味する“黒”を基調にしているものが多い。

 説明を求める意味でエーデルに視線を向けると、向こうも承知したものだ。


「アンゲロイ型駆逐艦を基本に全面的な改造を施しました。艦名はアドナキエル。見た目は無骨ですが、それは地上にある飛空艦の一つを模しているからです。改造後の特徴としまして機関出力の向上と新たに機動兵器の格納庫を増築しました。予備機も含めて四機のヴァルトラウテを搭載しております」


 いかがでしょう、とエーデルが説明を終えた。問われたアオイはどう返したものかと目の前のアドナキエル、天使の名を持つ船を眺めやる。

 船の横、移動式の階段が立てかけてある前にはメイド服を着た少女やお姉さん、いかにも海の男と言うような屈強な男性達が整列してアオイ達を待ち構えていた。その最前列にはレギオンの姉妹達、召喚獣のシブリィとクスィ、ラミィの姿もある。


(ん? おおっ!)


 しかしアオイの目は別のモノに引き寄せられていた。更によく見やると船の傍にはまるで見本だとばかりに一機の大きな人型機械があったのだ。これが先程のヴァルトラウテだと理解したアオイは子供のように目を輝かせていた。

 張り出た肩部、肥大した大腿部、突き出た胸部は操縦席に当たるのだろう。背部と腰部にある四基の反重力推進器はメカニカルな翼のようで、名前の通り戦乙女を模した全長十メートルほどの“彼女”は赤を基調に塗装されている。機体構成は流線型なのに細部は刃のような鋭さがあり、すらりとした細身なのに繊細さの中に力強さがあった。

 眠る前には見た事もない機体だが、所々の設計には見覚えがある。アドナキエルもヴァルトラウテもアイゼンの作品だというのだから『大したものだ』とアオイは驚きつつも喜んだ。


「いい船じゃないか。外観はちょっとあれだけど隠ぺいを目的にしたなら悪くない。うん、今日までの準備ご苦労様」

「勿体ないお言葉です」

「あら? もしかしてエーデルさまテレてます?」

「黙りなさい。……次はないと思いなさい」


 中心になって用意してくれたエーデルに礼を言っただけなのに一瞬だけ殺伐とした空気が立ち込めた。しかしそれも僅かなもので、何事もなかったように振る舞っている。

 家事から先頭までソツなくこなす万能メイドのエーデル、心配だと言ってついて来てくれる親愛なるシブリィ達、お傍にある事が当然とばかりのレギオンの姉妹達、そして急遽加わったドラゴン娘のクラウディア。他にもまだ話した事すらないアンドロイド達。

 皆が文句の一つもなくアオイの旅に同行してくれる。


(あー、ここまで来たら引き返せないよなぁぁ……)


 心の内で呟かれた一言。アオイが想定していたよりも大掛かりになっている事にやや冷や汗を流しつつ過去を振り返る。

 地上の飛空艦を模したという船を見上げて思う。最初はお供を二名か三名ほど同行させて勝手気ままに地上を旅してまわろうとしていたのに、いつの間にか事が大きくなった今ではそれも無理となった。

 目の前にある船、アドナキエルに乗船する乗組員だけでもアンドロイドが百名余り居る。これでも高度に自動化されている事から少ないほうだが、それでも百名だ。それだけの人数がアオイの我儘から同行する事になってしまった。

 こうなってしまっては今更『やっぱり一人で行っちゃダメ?』などと聞けるはずもない。揺らいでいる覚悟をもう一度締め直した。


「エーデル、もう出発できるの?」

「肯定。既に準備は完了し、あとは乗り込むのを待つばかりとなっております」

「そっか」


 準備万端と聞いてアオイは歩き出す。階段の傍に整列する皆を前にすると列の前に立っていたマグノリエが微笑んだ。


「御機嫌よう。我が君。今回の旅に同行できる事この上ない喜びですわ」

「ああ。よろしく、マグノリエ」

「お任せくださいませ。わたくしマグノリエがアドナキエルの艦長を務めます。快適な空の旅と安全を保障させていただきますわ」

「ありがとう。でもごめんね。本当は皆に迷惑かけないように一人で行こうと思っ――」


 瞬間ピシリと空気が凍った。


「あ、あれ?」

「ご、ご冗談がお上手ですのね。まさか大事な御身たる我が君が、不用意にもお一人で地上を歩き回るなど本気であるはずがありませんもの。……ねえ、我が君?」

「ハイ。やだな。冗談に決まってるじゃないか……」


 優しい問いかけに即答するしか選択肢は残されていなかった。

 女の子。特に身内には逆らいません。アオイは空気が読める子だから。

 今のマグノリエは笑顔なのに眼光が怖いの。ギラリと金の瞳が光ったの。


「そうですわよねー。うふふふ」

「そうだよー。あははは」


 さも仲好さそうに微笑み合うマグノリエとアオイ。まるで周囲に花咲いたようだ。

 先程まで彼女の背後に居るヒト達もギラリと目を光らせていたことが怖くて妥協したわけではない。アオイは必死に自身に言い聞かせていた。


 


 そんな彼らを見ている者達が居る。マグノリエの背後でなんとも面白くなさそうなイリスとリーリエの二名だ。


「くっ。マグノリエめ、閣下とあんなに楽しそうにお喋りして、羨ましいじゃないか!」

「イリス。よく見るのです。王さま、冷汗掻いてるのですよ。きっとさっきの一人で行くって言ったから笑顔の圧力で怒られてるのです。まあ怒ってるのはボクもなのですけど」


 ムスッとしたリーリエは最後に本音が漏れた。

 流石に一人で行くなどと言われておもしろいはずがない。それでは奉仕種族たる自分達は何のために居るのだと問いかけたかったくらいだ。

 エーデルの逆鱗に触れそうだから実際には問いかけないが……。


「確かにそれは閣下といえど許容できない問題だ。いや待て。今はそれよりもあのクラウディアという小娘も気に入らん! さっきまで閣下と親しげに腕を組んでいたぞ。あれは胸を押し付けて媚びているんだ!」


 イリスだけは違う事に憤りを覚えているようだ。まるでプンプンと擬音が付きそうな感じで目尻を釣り上げている。

 やや見当違いであるのだが本人的には至って本気のようだ。

 ただ、それによってリーリエの怒りは萎んだようだ。が、次には呆れたような視線を向けている。


「イリスは嫉妬してばかりなのですね。そんなに肩肘張ってたら王さまをちゃんとお守りできないのですよ?」

「そんな事はない! 私なら生まれた瞬間から墓の下、おはようからおやすみまでお守りしてみせる。そ、それにだ。ご、ごごご用命とあればベッドの中でもっ」

「シーッ!! それ以上は言っちゃダメなのです。ほらっ、エーデルお姉ちゃんがすっごく冷たい睨んでるのですよ」

「…………なんと」


 嫌な沈黙もあるものだと感じたイリス。警告に近い注意に、とある一点から向けられてくる重圧に萎縮してしまい戦々恐々としていた。


「こほん。秘めた想いというものもあるよな。うん。やはり逢瀬とは各あるべきだな。……あ、あ姉上が怖いわけではないんだからな!?」


 本当だぞ! 慌てて言い繕う騎士娘を見てリーリエの口から溜息が出た。すると二名の話を聞いていた周囲の者も一斉に溜息を吐く。

 こいつダメだ、早く何とかしないと。

 皆の思いは一つになった。なんとも嫌な意思統一もあったものだ。


 


 そうした珍事もありながら、アオイとエーデル、クラウディアはマグノリエの先導でアドナキエルの艦内へ乗り込んでいた。

 その時に、艦長職にあるマグノリエは立ち止まると腕を大きく振り、『総員乗船! 出航準備!』と芯に響く声を轟かせた。

 後には直立の姿勢を取り胸の前で右拳を水平にする敬礼と威勢のいい声が響かせた。命令に従い続々と乗組員達が与えられた持ち場を目指して駆け出して行った。

 そして現在、艦内に入るとマグノリエの案内にアオイ達はついて行く。その後にはペルレとリーリエ、アイゼンのレギオン姉妹と召喚獣のラミィがついて行く。イリスとシブリィ達はその様子を複雑そうに眺めると途中の通路で別方向へ歩いて行った。

 マグノリエ、アオイ、エーデル、他といった順で一行は艦内の通路を艦首方向へ向かって進んでいく。


「へえ。中は意外と広いね。小型船だし船の中ってもっと狭い印象があったんだけど」


 きょろきょろと物珍しげに見まわしていたアオイは言った。

 最初、アドナキエルの無骨な外観と機械の塊という印象から艦内は冷たい金属の壁や床を想像していた。

 しかしそれもいい意味で裏切られる。実際の通路は壁こそ金属だが床は木製だった。天井や壁、等間隔にある照明も淡い夕日のようで落ち着いた雰囲気を醸し出している。


「それは――」

「艦内の構造を最適化して高度に自動化された機構群がそれを可能にしています。不便の多い地上です。ゆえに艦内だけでもマスターには快適に過ごしていただければと思い、閉塞感のないように空間は可能な限り広くとってあります」


 艦長として答えようとしたマグノリエを差し置いてエーデルが率先して答えた。

 マグノリエがぐぎぎと悔しそうに歯噛みしている。

 エーデルは心なし得意げに、見える、かもしれない。

 目に見えない火花が両者の間でぶつかった。二名の間に居るアオイは艦内へ興味が向いているらしく気付いていない。


「へえ。空間拡張とか圧縮空間は使わないの? そうすればもっと」


 広くなるんじゃ……、と続けようとして口を閉じる。

 そのまま思案顔になると少し考えて、やがて何かに思い当たったのか小さく声を上げた。

 通路を進みつつエーデルは主の察した様子に頭が下がる思いだった。


「申し訳ありません、マスター。お察しの通り、この船は地上の各地を巡るとの事なので技術秘匿のため極力地上の技術体系に沿ったものとなっています。ですので、空間技術は敢えて使っておりません」


 ご不便をお掛けします。そう言うエーデルの声には感情の色が希薄だったが、それでも実に申し訳なさそうにしているのが伝わっていた。アオイもそれなら仕方がないと笑っていた。

 ごほんっ。注目を集める目的らしくやや大きな咳払いが一つ。マグノリエがニコリと微笑んでいて、いつの間にかアオイ達は扉の前に居た。


「我が君。艦橋に到着しましたわ。さあ、どうぞこちらへ」


 招かれ促されるままに歩みを進める。扉をくぐり艦橋へ入る。


「おおっ」


 感嘆の声が上がる。そこは白色の明るい照明と金属と機械、端末と座席ばかりだった。

 窓はなく直接外を確認できない。中央に艦長、その後ろに質素ながら立派な作りの貴賓席とも言えそうなソファーが一つある。その二席を操舵士、火器管制、通信士、その他の座席がUの字型に囲っている。

 アオイに続いて入ったペルレ達がそれらの席について端末に手を置くと起動準備を進めていく。

 マグノリエはアオイへ貴賓席に座るように促すと、自分は艦長席にて指示を出し始めた。エーデルもどこから取り出したのか小さな丸テーブルと茶器やお茶菓子を用意していた。

 因みに緑茶と羊羹だった。


(やっぱりこういう機械関係は男心を擽るものがあるな。ん? いや、でも……うむ?)


 エーデル達が居るから外面こそ取り繕っているが、内面では子供のようにはしゃいでいたアオイはふと疑問を持った。

 視線を右へ左へ、今度は左へ右へ。そこでようやく気が付いた。

 彼女達の話では偽装のために外観や艦内の様式は地上のものを基準にしていると言っていた。だというのに、ここ艦橋だけはアスガルドのものが使われている。

 言ってみれば、見た目はボロボロのポンコツ車なのに中身は某諜報員も真っ青のハイテクの塊みたいなものだ。

 これは一体どういうことなのか。特に躊躇する理由もないので直接聞いてみると何の事はなかった。


『技術面の秘匿のためとは言え外部はいくらでも誤魔化しようはありますが、流石に内部の重要区画まで取り繕う必要はありません。旅行中にお客様を招くことも考えそちらの偽装もしてありますが……』


 警備や安全性の関係上必要だ、という事。大分略したがこれがエーデルの言い分だ。

 確かに、と頷きつつアオイにも納得する部分はあった。

 そもそも航空艦、現代では飛空艦と呼ばれる艦内には精密機器や重要な区画が多い。そんな艦内には、艦の安全を守る義務のある艦長の許可がないと部外者は入れない。

 例外はアオイが招待した場合だが、その予定も今のところはない。

 アオイは自身の交友関係が皆無であることに涙する。心の中でだが。

 各部署から報告が上がってくる艦橋、その一部から……。


『閣下! 私っ、イリスです! ここでは機動科班長です! ぜひぜひ格納庫へ――』

『アオイ様! こちら戦闘班長のクスィ! よろしければ後で一緒に訓練でも――』

『主計科班長を務めますシブリィですわ! アオイ様、この後一緒にお茶を――』


 ブツン。ブツンっ。ブツン! 連続して通信が遮断された。

 短い静寂。通信系の端末に手を掛けたペルレが思わずといった感じでぎこちなく微笑んでいた。


「…………」


 言葉にし難い沈黙が耳に痛い。マグノリエとエーデルの機嫌が低下中のようで艦橋内の気温も低下したような錯覚が襲う。

 それでも淡々と作業は進み、諸々の準備が整ったようだ。それを確認したマグノリエがアオイを仰ぎ見る。いよいよ出発のようだ。


「我が君。準備が整いましたわ。出航してもよろしいかしら?」

「ハ、ハイ……」


 答えるアオイの声に力がない。手にした湯呑から緑茶を一口二口飲んで少しでも落ち着こうと努力する。切り分けた羊羹の優しい甘さが今は少しだけ憎たらしい。

 だってマグノリエの笑顔が怖い。傍に控えるエーデルの雰囲気が怖い。

 殺意ではなく怒気に類する感覚のそれは二名の放つ威圧感となり皆が小さく震えていた。


「アドナキエル、出航!」


 号令一下。艦橋内の至る所に大小様々な空間ウインドウが展開しては消えた。正面と左右、一際大きな三つの空間ウインドウが外の映像を映し出した。

 機関出力が上昇するに連れて全長百六十メートル超の船体が活発化する。

 第一造船場の中を出航のサイレンが鳴り響く。天頂部が展開すると雲一つない青い大空が広がった。

 ゆっくりと浮上する船体は徐々に速度を上げて大空へ飛び立つ。

 偽りの衣を纏いし船。六月の初夏、天使の名を冠する船が青空へ今羽ばたいた。


 


▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽


 


 ミドガルドの地図で右側に位置する大陸エーリヴァーガルと呼ばれる地。

 風と水の大陸とも言われ、海に面した国は豊富な海産物と貿易が盛んだが、内陸はマナの減少から砂漠化が進み酷い時は風が吹き荒れて砂嵐になることすらある。

 そのエーリヴァーガル大陸の西にあるユミル王国。大陸の西方にある小国家群を取りまとめる盟主国だ。

 ユミル王国の歴史は古く、千年とも二千年とも言われているが詳しい資料は大昔の戦争によって焼失したり持ち出されたりして紛失しているので定かではない。

 それでも西方の盟主として君臨しているのには理由がある。

 かの王国は盛んな貿易業と海運業によって発展した経済大国であり、その昔に飢饉や災害などで各国に資金援助や食糧支援などをしていて、はっきり言うなら借金がある。

 貸し付けた合計金額は莫大なもので長年の積もり積もった利子だけでも小国が買える金額になるほどだ。多くの大陸西方諸国は強く出る事も間々ならないでいる。

 そんな背景もありユミル王国はエーリヴァーガル大陸西方にて強い影響力を持っていた。


 クークーと海鳥達が鳴いている。海面の更に上、空に一隻の飛空艦の姿があった。

 その船は全長二百メートルほど、長方形の細い船体とその下部や上部に接続された幾つものコンテナから全体的に箱型に見える。船の後部には二基の四角い推進機関が左右にあり、そこから低い唸り音と淡く赤いエーテル光を残して進んでいた。

 濃い青色に塗装されたその飛空艦はエーリヴァーガル大陸では民間と軍、双方で広く普及しているブラックライン社製のシー・ボックスと呼ばれている小型の輸送艦だ。


「姉御~? 姉御~。周囲に艦影なし。気持ち悪いくらい空賊も大人しいもんだーね」


 艦橋にある席の一つ、レーダー機器と睨めっこしていた小柄な青年が気だるげに言った。赤と緑の縞々バンダナでブラウンの長髪を無造作にまとめて、黒ぶちメガネの向こうで青い瞳が眠そうにしている。

 服装はグレーのツナギ。今は六月の初夏のため上半身は黄色の柄物Tシャツでツナギの両腕部分が腰で結ばれていた。


「もうっ、ヤーコブ! 姉御じゃなくて艦長って呼んでよ! それだとマフィアみたいで嫌なのよ」

「またまたぁ。だってキャロルの姉御じゃん? だったら、なぁ?」

「ニヤニヤするな! 大体私のどこがマフィアに見えるの。ちゃんと貿易業を仕事とする美人な女社長じゃない。しかもこうして社長自ら艦長をしているし!」


 私は艦長なんだぞと、やや幼さを残した口調でキャロルは口を尖らせる。

 作業の邪魔だからという女性としてはあまりにもあまりな理由で短く整えられたショートの金髪と気の強そうな青い目の少女だ。

 こちらもヤーコブと同じツナギで同じようにツナギの腕部分を腰で結んでいる。黒のタンクトップが豊かな胸に押し上げられているところは歳相応に青い果実のような瑞々しさがあった。

 十代後半にしか見えないが本人が口にしたように小規模な会社だが貿易業を生業とする若き女社長だ。


「えー、実際似たようなもんじゃないか? だって姉御の親父さんはアレだよ?」

「あぁぁあ、頭いてぇ。ちょっと飲みすぎたかな、ってなんだよ?」


 そう言って指差された方向と同時に、そこへ丁度苦しむように頭を押さえた一人の男性が来た。

 四十代後半、体格も逆三角形で鍛えられた筋骨隆々の中年だ。

 彼を見つけたヤーコブが気だるげに片手を上げて挨拶していた。


「親父さん、ちーす。今日も二日酔いですか」

「てめぇに親父呼ばわりされるいわれはねぇよ。くそが」

「ひでぇ! 親父さん、もといヒッグスの旦那ひでぇよ!」

「うるせぇっつってんだろが。ガキみたいに大声出すんじゃねぇよ。っ~……」


 ヒッグスと呼ばれた中年男性が痛む頭を抱えながら毒づくと、懐からシガーケースを取り出し紙巻きたばこを口に銜えた。

 服装は先の二名と違い、黒いビジネススーツに白いワイシャツ、黒ネクタイと左胸元には真っ赤なバラが一輪差してある。どこからどうみても暴力にモノを言わせてそうな家業の人にしか見えない。

 顔も黒い大きなサングラスをしていることからグレーの瞳を隠していて、グレーの短髪を綺麗に整えていて無精髭もない。ちゃんと身嗜みを整えている事から、やはりどこかマフィアの幹部に見えてしまう。


「パパ! 艦内は禁煙って言ったじゃない!」

「っ~、だから火は点けてないだろ。つーか大声出すなって。こちとら飲み過ぎて頭がいてぇんだからよ」


 そう言うとやる気のなさそうに、頭を押さえていた手で今度は米神を揉む。少しでも頭痛を和らげようとしているようだ。


「あ、ごめんなさ……じゃないわよ! なんで? ねえ、なんで飲んでるの? 昨日はもう寝るって部屋に戻ってたじゃない。それがなんで二日酔いになってるのよ!」

「ああ? そんなの寝酒しようとちょっと、な? ……いや、なんでもない」


 一瞬謝りかけるもすぐさま違うそうじゃないと思い直して問い詰めるように怒鳴った。

 そうするとどうだろう。二日酔いで回らない頭でどうにか何かを誤魔化そうと視線を横にやる。

 そんな様子をジッと見つめるキャロルの視線は酷く冷たい。

 ヒッグスがこのように二日酔いになるのは珍しくもない。常習犯だけにそれを見たキャロルの目尻がつり上がり、ハッとすると何かに思い当たった。


「まさか……運んでる商品からくすねたんじゃないでしょうね?」


 疑問符がついているがほぼ確信した問い方だ。しかも問い詰める声色が極寒のように冷え切っている。


「うぐっ。べ、別に減るもんじゃないからいいだろうが」

「減るわよ! 飲んだ分減るにきまってるでしょう!? 大事な商品なのよ! 依頼人になんて言えばいいの! ほんと何してくれてんのかしらこのダメ人間は!」

「キャロル! パパに向かってなんだその口の利き方は! っ~……頭に響くぅ」

「うっさい! ダメ人間をダメ人間って言って何が悪いのよ! この飲んだくれのダメパパ人間! 飲んだ分はお給料から差っ引いとくから、わかった!?」

「かぁぁ、悪かった。俺が悪かったから、な? だから大声出すなって。頭が割れそうだ」


 頭を抱えて項垂れるヒッグスは体調も悪いしキャロルの言い分も正論だけに完敗だった。

 こういうのを娘は強しというのかと、やはり男親が義理とは言え娘に勝てるはずもなかったのだ、と内心でニヤニヤをしながらヤーコブは思った。


「まったく、いつもいつもパパったら。なくなった品物を確認したら搬送先に連絡と謝罪しないと。可能なら補填も……はあ。大体あの時も……」


 ぶつぶつと、不満が漏れた。今後の対応を考えていたら自分の義父が今までしてきた不祥事を思い出したようだ。


「まあまあ、姉御。いつもの事じゃないか」

「ぜんっぜんよくない! それと姉御って言うな!」

「ガキみたいにぴーちくぱーちく騒ぐなよ。たくよぉ」

「あんたが言うな! この、ダメパパ人間!」

「あんだと!?」

「なによ!?」

「あはははははは」








ここまで来るのに色々とすっ飛ばしていますが、気になるようなら加筆修正するなり閑話挟んだりします。、

最期、もとい最後のキャロル、ヤーコブ、ヒッグスは今後の活躍に期待します……作者が。

ではでは。


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