第6話・お出掛け準備? いいえ、宴会です。
旅に出たい?ああ、アオイ様も無茶を言われる。
それが彼と召喚契約を交わしてデスモスを結んだ彼女達の感想だった。
この話をネルケから聞いた美麗なる双剣使いクスィは渋い顔をし、真紅のドレスに身を包み口元を赤い扇子で隠した貴婦人然としたシブリィの眉間も僅かに歪んでいる。
水色のワンピースに真っ白のエプロンドレス。不思議の国のアリスのような服装のラミィは絶句しておりウサギ耳も力なく垂れている。
とある日の夜、ヴァラスキャルヴ城にある一室にて召喚契約仲間である三名が集って話し合っていた。その中でラミィだけが不安そうにきょろきょろと視線に落ち着きがない。
「うーん。本当にアオイ様は地上へ行かれるの?まだ思い付きだって話じゃない」
「そんな事はわかっておる。しかし、事実なら全力でご助力し万難を排するのが私達の務めだ」
シブリィは席につき紅茶を一口、クスィはお茶に手すら付けない。
従順なエーデルはアオイの要望を叶えるために動き出したそうだ。気の早い事に旅程に使える艦艇や他乗り物の選別も始まっているらしい。地上での調整もだ。
目的地も定まっていないのに何を急いているのかとクスィは半ば呆れて息を吐く。
「はぅぅ。でもでも、地上は危ないって皆さんが言ってましたよぉ?」
「うむ。ラミィの言うとおりだ。特に人間族は欲深い。ただ奪うためにヒトを襲う者も居る。同族同士で殺し合うのが好きな種族でもあるな」
「それって随分と穿った見方じゃないの?ちょっと差別意識が入ってると思うわ」
「だが一側面においては真実だ。想像してみろ。その凶刃がアオイ様に向かないとも限らんのだ」
「それはそうだけど……やっぱり考えすぎじゃない?地上に行くなら私達も当然お守りするんだからきっと大丈夫よ」
いつどこへ何をしに行くのか。まだ具体的に決まっていないが、それでもアオイと召喚契約を結んだ自分たちは一心同体も同然の繋がりを持つことから行動を共にする事は決定済みだ。例え拒否されてもこればかりは譲れない。
そう自信ありというように語るシブリィに話しを聞いたクスィの反応は鈍い。
「シブリィよ。甘い、大甘だ。お前は不安ではないのか?アオイ様もずば抜けた魔力と思考能力が規格外な事以外、身体能力的には殆ど人間族とさほど変わらぬ。無抵抗ならナイフの一突き、銃弾の一発で致命傷にだってなることもあるのだぞ?」
「クスィ。それは……」
否定の言葉を口にしようとして濁してしまう。
不安がないかと聞かれればないとは言えない。この世に“絶対”などというものはない。どのような可能性も極僅かにも有り得るのだから。
敢えて除外していた可能性を指摘されたシブリィは頭を悩ませる。
「まあ、仮になんぞ起きても全て踏み躙ってしまえばよい。そうだ、何の問題がある」
そう来たか……。はあ、と口元を隠して悩むように息を吐く。
昔のように“法無き世”、“戦乱の世”と謳われた時代ならそれでよかった。しかし、現代は“法の世”だ。ヒト一人消すにも資金も手間暇もかかる。おまけに露見した場合は世間がうるさい事この上ない。
故に、だ。やるなら静かに。裏からこっそりと。それが現代の戦いだと思いクツクツと笑う。
「はぅぅ!? ガクブルガクブルっ……!」
はいはい。落ち着いて。ラミィが慌てる必要はないから。
物騒な話になったと知り震えるラミィの頭をポンポンと軽く撫でて落ち着かせた。
「クスィ。貴女のそれは流石にそれはやりすぎよ。今の地上にアオイ様を知る者は皆無だし、そもそも狙われる理由もないの。だから少し落ち着きなさい」
手に握る赤い扇子がパチンと音を立てて閉じられた。
目の前に居るクスィは不安を煽るだけ煽っていたのに今は、先の事がなかったかのようにカラカラと笑っている。
「わかっておるとも。別に虐殺すると言ったわけではあるまい。猪ではないのだから浅慮な行動はとらぬよ。まあ不安にさせたのなら謝ろう。許すが良い」
「許すのはいいのだけどね。もう、貴女って一々発言が過激なのよね。女の子なのだからもう少しお淑やかにできないの?」
「ですです。せっかく美人さんなんですから勿体ないです」
「ふむ。もう女の子という歳でもないと思うがな。それに美人と言われてもそれは魔人化の影響で人型を模しているだけだ。私自身は元々がマナ寄りの魔獣だったゆえに美意識は偏るのでわかりかねる」
クスィもシブリィも元から人型ではなく環境によりマナ系の魔獣だったが、召喚契約を契機に長らくアオイから供給されるマナの影響で魔人化するに至った。
そして今のクスィの言から『人型に同等の好意を寄せるのは難しい』と、そのようにとらえたシブリィは一転して輝かんばかりに光る笑顔で言い募る。
「そう!それじゃあアオイ様の事は何とも思って――」
「――それとこれとは別だ」
クスィの表情は能面と見間違うほどなのに目だけがひどく鋭い。シブリィをして怖いくらいに真剣だった。ある種異様な恐怖心があるように感じるほどに。
思わぬ恐怖に顔の筋肉が少し引き攣ったし、いつの間にかラミィは部屋の隅まで退避していた。プルプル震えている。
「ちょ、ちょっと途中で割り込んでこないでよ。それに何?何が別なの?」
「阿呆。アオイ様を慕う私の気持ちに嘘はないという事だ」
「なんかカチンとくる物言いね。でも、それってさっき言ってたことと矛盾してない?美意識が偏るとか言ってたじゃない」
「ハッ、嘘は言っておらんよ。実際偏っておるではないか。私は、アオイ様を、お慕いしておる。当の昔に私の身体、魂すらもアオイ様に捧げておるわ。ほれ、偏っておるではないか」
そう、ニヤリと笑って堂々と言い切った。シブリィは愕然として拳を握った。何かがギチリと締め付けられた固い音がした。
「なっ!汚い!それは汚いわ!せっかくはっきりと言質が取れたと思ったのに引っ掛け染みてるなんて!」
「む、言質とな?……あっ!シブリィ、貴様!なんだその手に持つ携帯端末は!?録音機能が動いたままではないか!」
「あ゛っ。しまった……」
少しの油断から掌に隠し持っていた小型携帯端末を見咎められてしまった。
あわよくば今後のネタにするためにあのまま『アオイ様の事は異性として見ていない』や『主として尊敬していてもお慕いしていない』というような言質を録音したかったのに、今回はクスィのほうが一枚上手だった事でつい油断してしまった。
そんなシブリィを見下すようにクスィは乱暴に言葉を投げ捨てた。
「しまったではないわ。この戯けが。貴様というやつは昔からそうだな。私がアオイ様を背中に乗せて走っておると必ず邪魔しおった」
「それは貴女もでしょう!お昼寝の時、アオイ様を翼で包んで寝ていたのに、起きたら貴女のお腹を枕にしていたアオイ様を見た時の私の気持ちがわかる!?あの時の怒りはまだ忘れてないわよ!」
席を立ち触れ合うほどに額を突き合せて睨み合った。ぶつかり合うたびに岩でも粉砕しているのかと誤解しそうな音がしているがこの場でそれを気に留める者は一人としていない。
「へぅ。あのぉ」
「女々しいな。そんな昔の事を今になって持ち出してくるとは。それでも魔人化したグリフィンか?程度が知れるぞ」
「先に持ち出したのは貴女でしょうが!」
「へぅぅ。あ、あのっ」
「ふん。聞こえんな。バタつくしか能のない鳥が何か言ったか?」
「このっ……!ふふん。吠えるしか能のないワンコロが言うじゃない」
「貴様……」
「何よ……」
さっと互いが後ろに飛び、拳を握って構えた。いつでも殴りかかれるように数メートルの間を空けて相手の隙を窺っている。城内ゆえに武器こそ手に取っていないが、この殴り合いでは一切の遠慮はしないようだ。
「ぐぬぬぬぬっ!」
「がるるるるっ!」
「へうっ。あの!」
「さっきからなんだ!」
「忙しいのになんですの!」
「へう!?あの、あのっ」
いつの間に部屋の隅から戻ってきたのか、割り込んだラミィ。怒声と威圧感たっぷりの眼力をもって睨まれた事で言葉に詰まってしまう。
何度も口を開いては閉じてからようやくにして落ち着きを取り戻す。
「お、お話がずれてますよぉ。今はご主人さまの件だと思いますぅ」
「ぬっ」
「あっ」
「…………」
「…………」
少し気まずい沈黙が流れた。クスィとシブリィはどちらからともなく視線を逸らして気まずげにしていた。ラミィはと言えば一仕事終えた職人のように汗を拭ってよく冷えた水を飲んで一息ついている。
「へぅぅ」
「……話を戻すか」
「そうね……」
結局その後も話し合いは続いたが結論として何があっても守ればいいという単純明快な解答に至ったのだった。
アオイの知らないうちに同行者が三名決まった瞬間だった。
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アオイが目覚めて四日目。今まで午前中は現代の地上について講義して午後は城で働く者達と個別に交流していたのだが、それも昨日で一区切りついたと判断しアオイは次なる目標に動き出した。
地上を直接見て感じるために旅しようと言い出したのだ。まだ思い付きの段階でしかないが、それでもアオイが二十歳の時に初めて“外”へ出る事を許された時から世界を旅する事に一種の憧れのようなものを抱いていたのは本当だ。それが原因で今回の“そうだ。旅に出よう計画(仮)”は動いている。
実際に一番に下りる地上地点の選定やそもそも何を乗り物とするかなど基本的な事から決めるのだが、それらを考える事も遠足に行く準備をする子供のようにアオイは楽しんでいた。
なのに……。
「それではアスガルドの主アオイ・ルメルシエ様のご復活を祝って乾杯!」
最初の音頭をマグノリエが取るとそこかしこから無数の乾杯の音頭が合唱され杯を打ち鳴らす音が鳴り響いた。
わいわいがやがや。笑い声と喧騒が聞こえる中、桜の花びらが舞うユグドラシルの前で御座を敷いて行われる歓迎会は宛ら春の宴会場のようになっている。
開始から一時間、現場はいい感じに盛り上がっている。
ユグドラシルを背後に敷物の上にてアオイは大きなクッションに身体を預けて座っていた。敷物の上には大皿に盛られた料理の数々、鳥や牛の串焼き、出汁巻き卵、おでんに果物の盛り合わせ。飲み物も果物の搾り立てジュースから酒類まであるのだが、実に節操のない品目だった。
「皆して大げさなんだよ。直接知りもしないのに祝うも何もないと思うんだけどな」
皆へのお披露目との事なので無難に緑茶を飲みながら言った。
開始から途切れることなくやってくる者達と挨拶し一言二言と言葉を交わしていたのだが、今は一時の休憩をしていた。
「いいえ、そのような事はありません。皆様はご両親と浅からぬ親交と約定を取り交わしていました。それを引き継いだマスターを敬われるのは当然かと」
そうかなあ、と声にせず苦笑で返した。背後に控えるエーデルにはアオイ自身の事になると全肯定する悪癖がある事を知っていた。間違いを諌めたり、叱ったりもするのだが最後の最後はやはり甘いのだから、エーデルの言葉は話半分に聞いておくのがいい。
この宴、実は初日に計画されていたものだったのだが、それを伸ばしに伸ばして今日まで延期させていた。
しかし、ヴァナヘイムとアルフヘイムの管理者たちが痺れを切らしたらしく両者の長が連名で『いい加減に会わせろ』と遠回しに、または直接的に抗議が殺到した事でこの宴が急遽実現した。
両管理者の使者の前に普段のエーデルならばそのような抗議など些事として無情にも一言で切って捨ててしまいそうなものだが、その場には運悪くアオイも居た。その当の本人が楽しそうだと言ってしまい、その不用意な言質を取られたことで今日の昼日中から宴を開くことになってしまった。
つまり、これは大体アオイのせいだ。
「でもさ、その約定ってエーデルが引き継いだんでしょ?俺は関係なくない?敬われるような事は何もしてないしさ」
「私達の功績はマスターのもの、マスターの功績はマスターのもの、です」
「なにそのジャイアニズムこわい」
理解して思わず顔が引きつった。エーデルは自分達の積み上げてきた二万年の功績をそっくりそのままアオイのものと言い切ったのだ。逆に言うなら損害や悪評もアオイに責任があるという事だがそこまでは考えないことにした。
まさか二万年分の罪業が自分に……?
「そんなのとっくに時効だ!!」
「っ!いかがなさいました?」
「いや、ごめん。なんでもないから気にしないで」
「はあ、マスターがそう仰るならそのように致しますが」
お疲れならお部屋でお休みにと心配するエーデルを傍に、アオイが頭を振って先程の嫌な考えを追いやった。
そもそもの話だがこの世界の法も録に知らないのに罪も何もない。まだ詳しくは知らないが国際法に相当するものもないようだから法律違反に怯えるのはバカらしいではないか。
蛇足だが、仮に法整備が整っていてもこの世界には空賊とか盗賊団などの犯罪組織が多く蔓延っているらしいので国の国家機関がそれらへ個別に対処している。
料理の中から手に取った柑橘系の果物を口にしながら無理矢理に自身を納得させた。
「それにしてもヒトが多いなあ」
宴会場という言葉がぴったりの会場、ユグドラシルの桜を見上げる広場にて行われているのだが上座に位置するアオイの席から周辺見渡して思った。数百名、いやそれ以上に多い。千数百名は居るかもしれない。
別名現実逃避とも言う。
「ヴァナヘイムからは竜族の長を初め各竜種の有力者の方々が、アルフヘイムからも各精霊の長の方々と妖精族が一堂に会しております」
「あっちが竜族関係でこっちが精霊関係だとして、あれはどこの所属?他より多く見えるんだけど」
アオイから見て右に竜族とその関係者、左に精霊とその関係者の席が用意されている。中央にはそれに属さない勢力のようだ。
この会場に居る者は体躯こそ様々だが殆どが人型をしている。ヴァナヘイムの竜族は身体を構成するマナを再構成して人型に変じており、アルフヘイムの精霊はマナの結合を強めて密度を増す事で顕現化している。
そして最後にそれ以外の勢力だが、見た目が人間族やエルフ族、ドワーフ族に獣人族が居た。どの種族もこの地には居ないはずなのに、なぜか皆と和気藹々と宴会を楽しんでいる。
簡単にだがアスガルドの現状を講義されたアオイにはそれが不思議だった。
「アスガルド。殆どがアンドロイドですのでマスター所属です」
「は?」
「数を揃えるならレギオンシスターズが居るので問題ありません。しかし私の独断ですが必要と判断し、個々の多様性を考慮して多種多様なアンドロイドを増産しました」
意味は分かる。エーデルが主導してアイゼンがアンドロイド制作を担ったとは聞いていたが、ここまで規模が膨れ上がっているとは思いもしなかった。
ざっと見ただけで竜族は百体近く、精霊は上級から下級まで合わせて数百体ほどなのにここに居るアンドロイド達は千体を優に超えている。しかも都市イザヴェルの規模から推測するにまだまだこの数十倍は居るはずだ。
だがっ、それよりも気になるのは……!
「……男性型も?」
「そちらはネルケが用立てました。諜報関係との事で私とは求める方向性が違うのでそちらは一任しました」
「マジかー。改めて聞くと堪えるなー。俺が作ると女性型ばかりなのに、ネルケが作ると男性型もできるとか、ハハハ……」
虚ろな目と乾いた笑い。ちょっと暗い空気がアオイから流れた。
先に稼働していたエーデル達の強い勧めもあったが、根本的にはアオイの手腕によるものだ。どこをどう間違えたのか気が付くと女性型ばかり育てて作り上げてしまう。
例えば、ちょっと男性型を目標にして作ろうとすればイリスのような凛とした男よりも漢らしい娘になる。実に笑えない。一時期などはここまで来るともう呪いかと疑ったほどだ。
それなのにアオイの生み出したネルケ――おそらくアイゼンも――はその彼にも作れない男性型アンドロイドを生み出してみせた。
もうイジメではないかと泣きたくなったのは仕方ない……のだろうか?
そうして目尻に涙を滲ませていたアオイを少し怪訝な眼でエーデルは見ていた。
「……マスター。一つお聞きしたい事があります」
「ハハハ。何さエーデル?」
「恐れながらお聞きします。昔から疑問だったのですが、マスターが男性型アンドロイドを求めるのはもしや男色の気が――」
「それはない」
「…………」
怖いくらい無感動にきっぱりと否定されるもエーデルは無表情に疑いの視線を向け続ける。主に対して礼を失した行いだがこればかりは確認せずにはいられなかった。
「俺は、女の子が、大好きだ」
そこだけは誤解しないでほしい。
アオイは言葉を一言ずつ区切り、まるで血反吐を吐きそうな必死さがあった。
ここで漸く真実と悟ったエーデルは無意識に入っていた肩の力を抜く。
「はい。マスターが正常な感性の持ち主で安堵した思いです」
「どういう意味で安堵したのかは敢えて聞かない。聞きたくもない」
ちょっとした行き違いや誤解から男色と間違えられたアオイの心はいたく傷付いた。
この世界に生を受けて二十二年、寝ていた二万年と前世をプラスするともう年齢については考えたくもない。
ともかくこの世界に転生してからまだ彼女もできた事もない。それなのに男色と間違えられた事にアオイは心中で涙した。
「歓談中に失礼。少しよろしいだろうか?」
「は?」
そんな中で身内から思わぬ精神攻撃に遭っていたアオイと安堵して上機嫌なエーデルの間に入り込んでくる者が居た。
話しかけてきた彼、外見の年齢は三十代ほどで、彫の深い顔立ちと黄金の髪、意志の強そうな赤い瞳をした偉丈夫だ。服装も現代の社交場では一般的なもので、色は赤のダーク系の上下シングルのスーツ、黒のベストにネクタイ、足元は革靴を着用している。手には赤い宝石の嵌った竜のアニマルヘッドのステッキと一礼する時に取ったトップハットがあった。
こうしている姿勢こそ紳士然として見えるのだが、なぜか紳士よりも戦士という言葉のほうがしっくりくる印象がある。
そして彼の隣に光明を具現化したような女性、否、少女が居るのだがこちらは白金に輝く髪と瞳を持ち慈愛溢れる微笑みなのに、どこか悪戯心を覗かせており小悪魔な印象があった。
「構いません、アウレール様。エーヴ様とご挨拶回りでしょうか?」
「うむ。それもあるが、ルメルシエ夫妻とは浅からぬ縁がある故、そのご子息ともあれば是非言葉を交わしたく思い、こうして参上した次第だ」
「然様ですか。それはとても良い心掛けです」
「なはは。エーデルちゃんはアオイ君の事になると本当に嬉しそうだねー」
「マスターには“様”をつけなさい。駄精霊エーヴ様」
「ひどいっ!?フェリちゃん!エーデルちゃんが今日も辛辣だよ!」
フェリちゃんって誰? とアオイは思うも現状が把握できずにいた。エーデルの知り合いのようだから危険はないだろうが。さてどうしたものかと考える。
わざとらしくエーンエーンと泣き真似をする光の少女エーヴとそれを絶対零度の目で見降ろすエーデル。偉丈夫アウレールはそれらをいつもの事だというように興味すら見せずにアオイへ視線を向けて何やら昔を懐かしむようにしている。
アオイは疑問顔で偉丈夫と光の少女、それぞれアウレールとエーヴと呼ばれた二名を見ていたが、自分に会いに来たことだけは察していた。
「……エーデル?」
「失礼しました、マスター。この方は竜族の一つ、古代竜の長であるアウレール様です。ヴァナヘイムの管理者として初期から尽力なされています」
「アオイ様におかれましてはご尊顔を拝する栄を賜り恐悦至極。ご紹介に預かりましたが我はアウレール。古代竜の長でありヴァナヘイムに住む全竜族の長を務めております」
「はあ、どうも……ぇ?」
人型をしている彼を見て竜族だと言われてもピンとこないようだ。古代竜と言えば竜族では最大の体躯を誇り力も相応に強い。それなのに想像と違い実感がないようだ。
そんな事には頓着せずアウレールはアオイの眼前にて左胸に掌を当てて片膝をついて跪いている。
「そしてこの方は光精霊の長にしてアルフヘイムに住まう全精霊の長であるエーヴ・リリアーヌ・ロクサンヌ・ノギャレ様です」
「はじめましてー。エーヴちゃんって呼んでね。いやー、こうして会えてよかったよ。うちの子も昔お世話になったようだしずっとお話ししてみたいって思ってたんだー」
光り輝く衣を纏っている彼女は満面の笑顔で言ったのだが、その姿は宛ら太陽のようだ。見ているだけで周りが明るくなりそうだった。
流石に初対面のヒトを相手にちゃん付けは抵抗があるので遠慮した。
「はあ、これはご丁寧に、って、何?」
エーデルの手が肩に置かれたことで不自然に言葉が途切れた。伏して挨拶していたアウレールは面こそ上げていないが疑問に思っているだろうに微動だにしていない。
エーヴのほうは『なになに?内緒話?仲間にいーれーてー!』と言いたそうに、ではなく実際に割り込んできそうになりエーデルの拳による説得で地面に転がされていた。
アオイとエーデルがこそこそと小声で言い合いを始めた。
「……マスター。今は公の場なので威厳を伴った言葉遣いでお願いいたします」
「……いや、でもアウレールさんって年上っぽいし竜族、それも古代竜なんだし色々とマズくない?」
「……構いません。寧ろマスターは相手を見下すくらいが丁度よいかと」
「……なあ、それどういう意味?普段は腰が低いって言いたいのか、おい?」
「……滅相もありません。私は全身全霊をもってマスターに尽くす存在です。そのような事を思うはずがありません。それともお疑いになりますか?」
「……いや、疑ってるわけじゃないけど。それとこれとは違くないか?」
「……ともかく、私事の時は今まで通りでもよろしいですが、今後このような公の場ではもっと尊大にお願いいたします」
これからは勝手が違うのだと暗に言われて、いかにも面倒だというように嫌そうな顔をするアオイ。
一応の話し合いを終えたアオイが振り返り、気配を察して面を上げたアウレールに向きなおる。痛みから回復したエーヴが涙目でエーデルを睨んでいた。
一つ、小さく息を吐いてから口を開いた。緊張からか身体から魔力が漏れた。
「双方大義である。今日の宴に参じた事を私は嬉しく思う。そして、これからも我がアスガルドと良き関係が続く事を願う」
そこまで言ってエーデルへ刹那の間に視線をやる。
ごめん、エーデル。今はこれが精一杯だ。
昔、いつだったか両親について“外”へ出た時に貴族の無礼者に喧嘩を売られたが、その時に虫けらを見るような目と威圧的な言葉遣いをしたこともあるので別段初めてではない。
だが、それでも、やはり普段から使い慣れていない言葉遣いであり、それも竜族と光精霊の長への物言いだ。内心ではとてもガクブルガクブルしていた。
「…………」
「…………」
「…………ぉぅ」
だというのに、目の前には目を見開き呆然とするアウレールとエーヴの姿があった。
自分の事ばかりで緊張していて気付かなかったがこの二名に相応の衝撃を与えてしまったようだ。
すみません。何も知らない小僧が生意気言って済みません。
言葉にはしないで心の中で謝る。それというのも怖いくらいに睨まれているのだから。怖くて、恐怖に捕らわれたアオイはただただ目を逸らす事も出来ずに黙っている事しかできなかった。
「アウレール様。エーヴ様」
「っ!わ、我らヴァナヘイムに住む竜族とその眷属もより良き関係を望んでおります」
「ぇ、あっ。わたし達も!アルフヘイムに住む精霊と系譜に連なるものもいい関係でありたいよ。うんっ」
びくりと身を竦ませて言う二名。言わされてる!? とアオイは戦々恐々とした。
しかし流石はエーデルと言うべきか。純マナ存在としては破格の力を持つ古代竜と光精霊の両長を相手にしても冷たい視線は発揮されていた。
(そんなにエーデルが怖いのか。アウレールさん、エーヴちゃん。なんかもう本当にすみません……)
冷汗流している二名の顔を見て、アオイは助かったと思うと同時に心の中で謝った。
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アオイの前を辞したアウレールとエーヴは肩を並べて賑わう宴の中を進んでいた。
「あれが、アオイ・ルメルシエ様。あの方々のご子息か……」
「うん。すごかった。あれだね、存在感がとってもすごかった」
先程のアオイへの挨拶、否、違う。あれは王への謁見だ。臣下が王へお目通りするための一儀式だった。
最初こそなんら威圧感すらない気軽とした空気であった。だが次の瞬間には、その存在感に圧倒されてしまった。小さき者なら誰もが萎縮してしまうだろう古代竜の長アウレールと光精霊の長エーヴを前にしても、アオイは一切揺らぐこともない堂々たる姿勢であった。
竜族の長がクツクツと声を押さえて笑った。
「あれは尋常ではない。あの魔力だけで圧倒されてしまった。古代竜の長である私がです。これがどれだけ非常識な事か。やはりあの方々のご子息ということなのでしょう」
素晴らしい。最後にそう断言したアウレールは実に楽しそうに笑った。
単純に腕力が強いわけではない。潜在する魔力保有量は竜族に匹敵するかやや凌ぐほどだと見て取れた。しかし、それらはどうでもいい。そうではなく、アウレールが魅了されたもの。それは魔力の質が圧倒的に優れていた。代償を求める悪魔ならあの魔力を代価に躊躇なく契約に踏み切るくらいに魅力的なものであった。
そんな中でなぜかエーヴが得意げな顔で笑っていた。
「ちっちっち。アウレールちゃん。それは違うと思うよ」
「はあ、違うとは?」
「あの魔力は無意識に出たんだと思う。ふと漏れ出ただけで、別に私達を威圧する意図なんてなかったね」
「なんですとッ。あ、いえ、失礼した。ですが、あれが、あの濃密な魔力がただの片鱗に過ぎないと、エーヴ様はそう仰るのですか?」
もう一度よく思い出してみても魔力量はそれほどでもなかったはずだ。精々が竜族に匹敵する程度のもの。
だが、あの非常識なほど濃密にして高純度の魔力は魅力的であった。それは純マナ存在である竜族や精霊、純カルマナ存在の悪魔をも魅了するほどのものだ。
それが威圧ではなく、つい漏れただけ。そう聞いてアウレールは驚愕した。
「うん。だってうちの子達からアオイちゃんは優しくていい子だって聞いてたもん。むやみやたらと暴れる子じゃないよ。たぶんだけど、初対面だったから緊張してたんじゃないかな」
「そ、それではあれは無意識の警戒であって、私達はまだ心を許されていないと?」
「前部がそうとは言わないけど、たぶんそうなんじゃないかなー」
「あ、ああ。そんな、それでは私はどうすれば。大恩ある方々のご子息に警戒されるなど、あぁああぁぁ……」
思わぬところで躓いてしまった事に顔色を青ざめたアウレールが頭を抱えた。それを見た竜族の者が何事かと心配しているが、本人は気付いていない。
それに対してエーヴのほうは頬に指を当てて可愛らしく小首を傾げていた。
「このままだと仲良くなるのも難しそうだよねー。うぅん。面識ある娘達も居るし、その娘達をアオイちゃんの傍吐きに推挙してみようかな。……あれ?なんか忘れてるような……」
アウレールの両目がギラリと怪しく光った。
「それだ!!」
「なんっ!?もうっ、なに!?いきなり大声なんて上げて驚いたよ!」
「ああ、申し訳ない!ですがそれです!傍付きです!ちょうど私の娘が行儀見習いに出ています。エーデル殿へ強く推挙すれば……いける!」
ガシッと拳を力強く握ってみせた。興奮しているようで目は爛々と輝き、口からは呼吸のたびに火の粉がちらちら漏れていた。身体から滲み出る魔力からその本気度が嫌でも見て取れる。
「どうどう。アウレールちゃん、落ち着いてよー。ほら、周りの皆も何事かと見てるじゃない」
「ぐむっ。しかしですな、我ら竜族の将来がかかっているのです。下手な誤解が生まれる前に手を打ち、関係を深めるのは重要でしょう」
ヴァナヘイムへ移住してから二万と少しの月日を経た今、昔に比べて若い竜も数頭だが増えた。殆どは卵にて未だ眠っているがそれでも確実に頭数は増えている。
アウレールにも千と数十年ほど前に娘ができた。数十年前に卵から孵ったばかりの娘を初めて抱き上げた時の感動は今でもありありと思い出せる。
「もう、わかってるって。そんなに焦らないの。それにそんな娘を人質に出すみたいなやり方はちょっと感心しないかな。アオイちゃんも困っちゃうかも。違う?」
「なんと! 私の娘になんの不満があるというのでしょう! あの子はぁぁ、クラウディアはぁぁ、自慢の娘ですぞぉぉ! 愛くるしい顔立ちは母親に似ていますし輝く金の髪と目元などは私に似ています! もう可愛くて可愛くて! エーヴ様、聞いてますか!?」
「えっ? あー、えー……うん。アウレールちゃんがどうしようもないほど親馬鹿で、しかも手遅れだって今のでよぉぉくわかったかな。うん……」
天真爛漫なエーヴをして少しだけ途方に暮れた瞬間だった。
ごめんなさい。本当に更新が遅れました。
たぶん今年度の更新はこれが最後ですね。
お正月記念とかはちょっと考え中。アオイ達のちょっと未来のお話しとかです。
でも、リアルの時間的に考えてちょっと無茶かなー、と。
ではでは。
PS.
季節も本格的に冬になりました。
風邪などを引かないように温かくしましょうね皆さん。




