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アナタは異世界で何をする?  作者: 鉄 桜
第一章・幼年期から青年期まで。
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第2話・幕間

今話は2話の日の夜の事です。


皆の感想&評価&ネタ提供が作者の力になっております。


 


 


 夜。アオイの寝静まった深夜にルメルシエ夫婦はテーブルを挟んで椅子に腰掛けていた。テーブルの上には鎮静効果のあるハーブティーで満たされたカップがある。

 席に着いてから暫くは二人とも無言でハーブティーの香りと味を楽しんみポツポツと意味もない歓談を続けていた。


「あの子、“白”だったな……」

「っ、ええ」


 会話が途絶えてクロードはこれが本題と言うように呟いた。それに対してイングバルドはカップと手に力が篭り、目を伏せて無念そうに顔を俯けた。


「クロード。あの子は大丈夫かしら?もしもの場合、私は――自分を抑える自信がないわ」


 愛する息子を心配している母。そのはずなのにクロードは彼女から黒いオーラがドロドロと洩れ出ているように錯覚した。心なしか香り高いハーブティーの風味が消し飛んだようにも感じられる。


「こわっ!?し、心配するなって。ボク達以外の同胞は別の(ソラ)へ旅立っている。今更“白”が現れたとしても知りようがないさ」


 イングバルドの醸し出す空気にクロードは少しだけ腰が引けている。

 彼らの同胞たる長命種達はクロードとイングバルドを残して遠い星の海の遥か先へと旅立って久しい。彼らが出発してから暫くは定期的に通信によるコンタクトも取り続けていたが、それもここ数十万年ほどは途切れている。

 幾億光年離れていようとタイムラグなしで通信可能なのに途切れたという事は彼らが星の海の最果てに辿り着いたか世界の壁を越えて別の次元、別の時間軸、別の世界に行ったのかもしれない。

 旅立った彼らの状況もわからないが、それはこちらも同様の事だ。彼らが戻る可能性は天文学的数字よりも尚低い。

 それでもイングバルドは不安と心配という名の瘴気をダダ洩れにしている。


「でも、あの子は“白”だったのよ?あの老人達に担ぎ上げられでもしたら、って考えたら私は心配で心配で……ボコボコのギッタンギッタンの半殺しにしてしまいそうなのよ」

「だからこわいって!……んんっ。ボク達長命種、取り分け老人達にとって“白”とは特別な意味を持つからね」

「ええ……」


 クロードの言うように長命種にとって“白”とは特別な意味を持つ。その理由は最初の長命種が白い髪に白い瞳、白い肌をしておりその身には白のローブを纏っていたという。

 長命種に受け継がれる最古の文献にはこうある。


 祖は“絶対の白”、絶対ゆえに真理を司る者なり。

 祖は“完全なる白”、完全ゆえに不完全を束ねる者なり。

 祖は“不変なる白”、不変ゆえにその者は永遠者なり。

 祖は“純白”、偉大にして至高の“白”なり。


 長命種にとって“白”とは最も強い力の象徴でもあり畏怖と敬意を一身に集めるものだ。

 そして彼の者と繋がりを持つ者は皆一様に“白”を一部だけ受け継ぐ。それは髪が白くなったり、瞳が白くなったり、肌が白くなったりと様々だ。

 何よりも“白”を受け継ぐとは何も色が変わるだけではない。力の象徴と伝えられているように繋がりを持った者は身体能力、保有魔力、精神などが飛躍的に強化される。

 尤もその強化の度合いも今の高度に技術発展を遂げた長命種にとっては別段取るに足らない脅威でしかない。

 だが、それに意味はない。彼らにとってはただ“白”である事にこそ意味がある。彼ら長命種にとって“白”とはそれだけ重要であり崇拝の対象になりかねないものだからだ。これは長く生きた者ほど強く影響される傾向があった。


「古い文献には、そう記されていた。でも、これはボク達長命種でも記憶が霞むほど大昔の記録だ。そして彼らはこの事実すら知らない。大丈夫だ」

「長命種の始まり、最初の長命種が誕生してから “白”は一度として生まれなかったのに、種族のほぼ全員が(ソラ)へ旅立ってから生まれるなんて……皮肉が利いているわ。それが私達の愛する子供なんて、今になってこんな……」


 苦悩するルメルシエ夫妻が気に掛けているのは今日の午後に自分達の愛する息子であるアオイが起こした事実についてだ。

 アオイが二人に無断で魔法を行使した。それもクロードに黙って高純度の魔水晶まで手に入れてまで殊更扱いの難しい召喚術の召喚契約を実行した。相手はアオイと同時期に生まれたグリフィンとグレイハウンドの二頭だったがこれを見事成功させてみせた。

 そう、成功させた。

 ある意味で扱いの難しい召喚術の専属契約を成功させた。だが、それは予想外の産物まで生み出した。アオイと召喚契約したグリフィンとグレイハウンドの体毛が白く生まれ変わっていた。それこそが夫妻が懸念する“白”だった。

 幸いにもアオイの髪と瞳は夫妻に似て黒だった。長命種としての特徴としてはありふれたものだった。これが変化する事はありえないはずなのでそこに関しては安堵している。

 それでも夫妻は悩んだ。どうすればアオイの安全を確保できるのか、を。

 そこでイングバルドがふと俯けていた顔を上げて真剣に覚悟を決めた目をして言った。


「クロード……これはもう虐殺するしか」


 瞳から生気の色が抜け落ちた本気も本気の目で言う彼女にクロードは自分の身体から血の気が引くのを確かに感じた。

 何を相手に虐殺する気なのかわからないし知りたくもないが今ここで止めないとこの星で生きているのは自分達家族だけになりかねない。

 直感的にそれを察したクロードは必死にイングバルドを抑えに掛かった。


「だからやめなって!そんな事したらアオイが泣くよ!?」

「え!?」

「なんで心底驚いたって顔してるのさ!?」

「え?えーっと……そ、そんな事ない、わよ?」


 疑問系だった。最後の最後に疑問系だった。クロードのジト目に彼女は目を泳がせて誤魔化しに入った。これで誤魔化せるとは露ほど思っていないが、そこはそれ、夫婦なのだから見逃してもらおうという考えが彼には透けて見えていた。


「はぁぁ……大丈夫だよ、イングバルド。今更“白”を王へ担ぎ上げようなんてしないさ。それよりも今は他にも身近な問題があるじゃないか」

「問題……それは、いえ、人間族の事、ね……」


 そしてそれを許してしまうのが彼、クロードといった所か。彼自身も家族か世界どちらかを選べと言われたら迷いなく家族を取る人間だからそれも当然と言えた。

 それにより“白”の問題は現状ではとりあえず棚上げして次の懸念事項に話しは変わった。

 ここ十数年は人間族が力を増してアース大陸の覇権争いに乗り出して侵略戦争が続いている。多く魔物が跋扈するアース大陸で更なる闘争を繰り広げる人間族のバイタリティには呆れるとともに敬意の念すら抱く。

 だが、それも平和に生きている者からすれば迷惑以外の何ものでもない。どの世界でもいつの時代でも最初に出血を強いられるのは弱者から、というのは変わらない。

 その事実にクロードは苦虫を噛み潰したように苦い顔をしている。


「ああ。これはボクの罪だ。人間族や他種族に“力”を与えたばかりに、今では無用な争いが起きてしまった」

「クロード、それは違うわ。仮にそうだとしてもあの時、私も同意して協力したもの。罪は私にもある」

「イングバルド……」


 この惑星(ミッドガルド)から長命種が星の海へ旅立ってから幾億年、今の時代、アース大陸の覇者になったのは人間族だった。

 他の長命種と違いクロードとイングバルドはミッドガルドに残留する事を選んだ。それは世界の覇者だった長命種が旅立った後に、新たな種族がアース大陸で命の営みを続けるだろうという知的好奇心からだ。気が遠くなる程に長い年月を静かに外から彼らを見守ってきた。

 少なくとも純粋な好意などでは決してない。新しい命を愛おしいと思う気持ちは確かにあるが極論を言ってしまえば研究目的の観察だ。


 遥か昔、人間族は何の力も持っていなかった。エルフなどの亜人族のように豊富な魔力を保有していない。獣人族のように優れた身体能力も持っていない。ドラゴンのように硬い鱗も鋭い爪と牙も持っていない。

 何も力はなかった。より強大な力を持つ者に虐げられる種族だった。だが、それは亜人族も獣人族も、そしてドラゴンすら太古の時代では例外ではなかった。

 そんな時に人間族や他の種族に知恵という力を教えたのは他でもないクロードとイングバルドだった。

 ほんの出来心だった。傲慢にも虐げられ続ける彼らに同情したのだ。

 彼らは知恵を駆使して剣や弓などの武器を作り戦った。そして戦った末に勝利しても一時の平穏でしかなくまたもや虐げられた。

 魔物が現れたのだ。争いで生まれた負の情念が大地に染み渡り凶暴な敵対者が生まれ新たな脅威となった。

 ほんの出来心だった。またも傲慢にも虐げられ続ける彼らに同情したのだ。

 彼らと精霊達の仲立ちをして魔法の力を与えた。彼らはもう一度知恵を振り絞り更に強力な剣や弓などの武器を作り覚えたばかりの魔法を行使して戦った。そして戦った末に勝利した。人々は漸く暫しの平穏を手に入れた。

 それから数十万年を経て、その時代の事は遠い過去の事になり御伽噺となった時代、つまり今現在の事だ。

 人間族を中心にアース大陸で大規模な争いが勃発した。群雄割拠の動乱の時代だった。


「人間族の欲望は凄まじいものがあるわ。それはもう妄執や執念と言えるほどに。いずれは私達にも魔の手を伸ばしてくるかもしれない。その時は私も、あの子も」

「そんな事はさせない!他の何を措いてもそれだけは……!」


 イングバルドの不吉な物言いにクロードは血も吐かんばかりに強い決意を瞳に宿していた。何に代えても守ると言う決意を。

 イングバルドの言うように“知恵”を得た人間族の欲望は止まる事を知らない。

 人間は誘惑に弱い。負の感情に囚われ染まり易い種族だ。それゆえに目先の事に目を取られてしまう。

 もっと食べ物を、もっと金を、もっと権力を。

 もっと、もっともっと、もっともっともっと、力を……。

 命短い世代を重ねる毎に欲望は歪み、際限なく肥大していく。

 だが、それは悪い事ばかりではない。染まり易い、という事は正の感情にも偏るという事でもある。それは友情や親愛、そして愛情という好ましい感情だ。

 人間族とは天秤に例えられる。正と負の狭間を揺れ動く天秤だ。どちらかに傾けば良くも悪くも周囲へ害を与える種族。だが、それゆえに他種族の間を取り持てる種族でもある。

 ゆえに人“間”と呼ばれている。


 そして今のアース大陸は負の感情に囚われた多くの人間族によって亜人族や獣人族、魔物を巻き込んで未曾有の大混乱期に入り、覇権を争う群雄割拠の時代となっている。

 血を血で洗う醜い戦いが繰り広げられるのが今の世の習い。今はまだその魔の手がクロードら家族に届く事はない。

 だが、それも今は、という話しだ。人間族の数多の王達はイングバルドとクロードの力に目を着けたのだ。

 なぜ目を付けられたのか。それには理由があった。

 争いが繰り広げられる中でクロードとイングバルドは定期的に“地下隔離区”から外へ出ていた。その度に二人は戦禍に巻き込まれた力なき人達を種族に関係なく、時に治療し、時に糧食を与えて、時に守るためにどうしようもない血みどろの戦場で戦った。そうして幾ばくかの救済をしていた。

 いつしか力ない人達にとって二人の影響力は馬鹿にできないものになっていた。数が集まればそれ相応の力となる。それこそ一国に匹敵する程の力だ。

 なによりも二人の力は凄まじかった。治癒すれば瀕死の怪我人もすぐさま息を吹き返し、施される物資には限りが見られない。一度戦場に立ったならその戦いようは戦神の如し働きをした。

 それは覇権を争う時の王達が欲望にぎらついた眼を暗く輝かせて『あの力が欲しい』と思わせるほどに。

 王達は執拗に二人の行方を追った。一刻も早く自分の陣営に召抱えようと強引な勧誘も少なくなかった。

 しかし、二人はどのような勧誘にも見向きもしなかった。遥か太古の時代に一度はミッドガルドや多世界をも支配して覇権を握った種族だ。今更そのような瑣末事に魅力を感じなかった。

 そんな事よりも二人にはもっと重要な事があった。それは、当時まだ生まれたばかりのアオイの事だ。自分達の子供が可愛くて仕方がなかった。

 長命種は殺されない限りは悠久の時を生きる。その性質上か、出生率が極端に低い。長い時の果てに漸く発展したほどに新生児が少なかった。そのため長命種は稀にしか生まれない子供ができた時、その家族は他の何を措いても深い愛情を注ぐ傾向にある。

 そのためか勧誘はひどく素っ気無く断ってしまう事が多かった。その素っ気無さは勧誘した王達が一様に激怒するほどだ。

 王達は考えた『手に入らない力なら一層の事消してしまえばいい』と。

 そして王達は秘密裏に手を取り合い一つの目的の下に一時だけ協力し暗躍した。

 イングバルドとクロードの暗殺だ。二人が気付いた時にはもう遅かった。大陸中の王達が二人の命を狙った。中には密かに協力しようとした奇特な人も居たが多勢に無勢、二人に協力した者は例外なく滅ぼされた。

 最早この争いは止めようがない。二人が死ぬか、大陸中の王達を殺し尽くすかしない限り……。


 単純計算して戦に措いて数とは暴力だ。だからこそ二人は苦悩する。


「必ず、アオイだけは守り抜いてみせる!だから君は」

「勿論、私もそんな事はさせないわ。――例え、この命に代えても」

「おいおい、それはボクの夫として父親としての役目だ。だから、君はアオイと一緒に逃げるんだ。いいね?」

「…………」


 少しでも暗い空気を振り払おうと軽く言ったクロードだがイングバルドは光の消えた目で夫をジッと見ていた。

 彼女は徐に立ち上がりテーブルを回り歩いて彼の側に立った。そして無言で拳を振り上げて。


「…………ふんっ!」

「ぶけふぁろすっ!?」


 殴り飛ばした……。妻の鋭い拳は夫の左頬を抉り込むように捉えていた。

 殴り飛ばされた夫なクロードは3mほど飛んで壁にぶつかり床に落下していた。今も痛みに呻いている。


「いてててっ……何も言わずに殴り飛ばすのはどうかなとボクは思うのだけど、そこの所どうなのかな!?」

「ごめんなさいね。でも余りにも勘違い甚だしい人が居たから……迷わず殴り飛ばしてしまったの。本当にごめんなさいね」

「謝る気ないよね!『迷わず殴り飛ばした』って何さ!迷おうよ!ボクは君の愛する夫だよね!?」


 痛みから立ち直ったクロードは一気に捲くし立てた。殴られて真赤に腫れた頬もいつの間にか治っている。床で呻いていた間に治癒魔法を使って自分で治癒したようだ。

 ひんやりした水の魔法系の治癒魔法が打撲で熱を持った頬に心地いい、とはクロードの言葉だ。


「……クロード。その時は私も出るわ」

「あれ?無視、なの!?」

「……なに、か?」

「イエ、ナニモ……」


 この夫婦、実はとても仲良しだ。嘘ではない。……妻が上で夫は下だが。

 因みにアオイ曰く『バカップルなんて爆死すればいいよ』とのことだ。


「アオイちゃんの事は心配だけど、あの子は大丈夫よ。少なくともクロードよりはシッカリしているもの。私達が居なくなっても立派にやっていけるわ」

「っ、イングバルド、それはちょっと……。アオイはまだ幼い。あの子にはまだまだ母親が必要だよ。だから――」

「ふふふっ。……もう一発、ヤルわよ?」


 何かを言いかけたクロードに対してイングバルドはギシリッと右手の拳を固く握り込んで返事とした。

 何をしようとしたのかは察するべし。


「そうだよね!アオイは賢い子だ!あの子なら大丈夫だよね!あははははははっ!!」

「そうよね。大丈夫よね。うふふふ」


 握りこまれた拳を見たクロードは顔面を蒼白にして自分の意見をグキッと強引に折り曲げた。

 彼もまだ命は惜しいようだ。誰しも理不尽に殴られたくはない。


 


 


 


 


 


 


 


「それにそんなに心配なら色々教えてあげればいいのよ。あの子自身知識にはすごく貪欲だから、きっとよく学ぶでしょう」

「そ れ だ!!!」


 クロードは目から鱗とばかりに暗雲たる事態に一筋の光明を見出した。二人は後日に教育計画を練りだした。

 そして一年後のとある日。アオイ、七歳にして地獄の教育を施される事になる。







両親の深い愛情が表現できていれば成功。

たぶん、できているはず。……たぶん。

大事じゃないけど二度言った。

それくらい不安なんですね、はい。

ではでは。


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