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アナタは異世界で何をする?  作者: 鉄 桜
第ニ章・目覚めてみれば新時代
58/64

第4話・道案内と抜け駆け?

あっ、どうも。やや復調しました。まだ身体が怠いです。

ちょっとアレだったので大雑把な出来になっていると思います。

今後気に入らなかったら加筆修正するかもしれません。


 


 


 チチチと小鳥の囀りがする。アスガルドにただ一つある都市イザヴェル、そこは自我を確立した機械人形(アンドロイド)達が集う地は王道楽土にして最後の楽園。イザヴェルの中心地からやや湖寄りに存在する白亜の城を輝く朝日が照らしている。

 白亜に輝くヴァラスキャルヴ城の最上階、そこはただ一人のために用意された階層。エーデル達の部屋など一部を除いた階層の全てが、ただ一人のために用意されたものだ。

 早朝、最上階最奥部の一室にて静かな呼吸音が寝息となって揺れていた。天蓋付きのベッドには眠る人物が一人。彼こそが先日に目覚めたばかりのアオイ・ルメルシエその人であり、アスガルドの王にして全ての機械人形(アンドロイド)の主である。

 ふと、扉が音もなく開くとエーデルが入ってくる。彼女は一切の迷いなくアオイの眠るベッドの傍まで足を進めた。毛足の長いカーペットが無骨な軍用ブーツを優しく受け止める。

 眠るアオイのすぐ傍まで来ると不敬と思いながらも、アオイの寝顔を覗き込むように身体を傾けた。絹糸のような銀髪がさらさらと揺れた。流れ落ちる髪を邪魔にならないように指を使い耳に掛けた。


「…………」


 意図せずにほうと吐息が漏れる。頬に当てた右手が白手袋越しなのに上気した微熱を感じた。

 二万年も待ち望んでいた光景が今目の前にある。そう思っただけでエーデルは胸がいっぱいになった。動力炉たる賢者の井戸(ピガズィ・ミーミル)が強く鼓動していた。息苦しくもないのに胸が苦しい。それなのに甘く切なく、そして心地よさを感じられた。

 アオイの耳元で『マスター』と甘く囁く。さらりと一総の銀糸が流れ落ちアオイの顔に降り注ぐ。眠るアオイの瞼が震えた。


「んん、ん……」


 アオイが吐息を漏らした。どこか優しい匂いと擽ったさを感じたのかゆっくりと寝惚け眼が開かれる。そうして数度瞬きをすると目を覚まして……ぎょっとした。


「ちょっとエーデル」

「はい、マスター。おはようございます。アスガルドは今日も快晴により快適です」

「あ、うん。おはよう……じゃなくて。近い、顔が近いって」


 気にした風もなく尚も近づくエーデルの肩へ手をやり離れるように押し返した。

 美人メイドに優しく起こされる主人。いつも通りの日常風景。それはアオイからすれば昨日の今日の出来事に思えて、エーデルからすれば二万年ぶりだった。感慨深さでは後者のほうが圧倒的に強い。だからこそというわけではないのだがエーデルは無意識にアオイとの触れ合いを求めていた。


「そうでしょうか?いつもこのようなものでしょう」

「そんなことは……あれ?言われてみると変わらないような気が……いやいや、だとしても近いから」

「…………」

「なぜに不満そうなのか問いたい。小一時間ほど問いたい」


 ぐいぐいと押し返してついに身体が離れた。エーデルとて無理はしない。当然ながらアオイの負担にならない程度のやり取りに抑えている。

 今のエーデルはアオイとのちょっとしたやり取りで至福を感じていた。

 だからだろう。エーデルが珍しくも茶目っ気をだしてしまったのは。


「問い?つまり個室で二人っきり、手とり足とり腰とりですか?いいですね、是非お願いします」

「違うからな、そうじゃないから。というかお前ちょっと変わったな。なんか甘えん坊になってない?」

「…………」


 無言で頬を赤く染めていた。本当によく見ないと分からないがエーデルは赤面していた。自分で言っておきながら甘えん坊と言われて羞恥を感じてしまった。それをアオイは無性に微笑ましく見ている。


「照れるくらいなら言わないの。でもまあ、前と違って羞恥心を覚えてくれているようで安心したかな」


 言葉を切ってアオイが何かを思い出して笑った。エーデルはアオイが何を考えているのかを察して羞恥心から更に顔を赤らめた。

 以前のエーデルは羞恥心など感情面で未熟であったためにスケスケのベビードールやスリップ、時々裸ワイシャツという普通なら恥ずかしい服装でアオイのベッドに押しかけた事が多々あった。


「どうかお忘れください。あれはイングバルド様が、あのようにすればマスターにお喜びいただけると教えられたのです。じ、事実マスターも満更ではなかったのでは?」

「否定はしない。それにしても母さんはなんで変な事を俺のエーデルに仕込むのか」

「おれのえーでる俺のエーデルおれのえーでる……ふふっ」

「エーデル?おーい、エーデルさん?」

「は、はいっ。なんでしょう?私は元気ですがっ」

「はあ、それは結構だけど……。いきなり黙り込んだけどどうしたのさ?何かあったとか?」

「えっ」


 珍しく慌てると次いで俯いてしまい意味にならない言葉を口にする。どうにも歯切れの悪い事にアオイが首を傾げた。それは俯いたエーデルの顔を覗き込むようになり、視線が合った。


「その、あのっ、マスター、私は――ん?」

「なんだこの音……?」


 意を決して何かを言いかけたエーデルだったが、ドタドタドタとヴァラスキャルヴ城に似つかわしくない騒音が近づいてきたことで邪魔された。やがて騒音が収まると扉が打撃音とともに開け放たれる。

 驚いたアオイと舌打ちするエーデル。扉から入ってきたのは二名のよく知る人物だった。


「あーっ!!やっぱり抜け駆けなのです!!」


 開口一番にメイド服を着たリーリエが指差して絶叫した。相当にお冠らしく柔らかな頬をシマリスのように膨らませている。その後にどかどかと遠慮なく駆け込んできたのは同じくメイド服を着たレギオンシスターズだった。


「姉上!自分だけ閣下とそんなっ!信じていたのにこれはあんまりだ!」


 イクなら自分もお供しましたのに! とよくわからない理由を口走ったイリス。こちらも相当に悔しそうに嘆いていたが、その後にアオイへ元気よく朝の挨拶をしていた。

 ここにきてイリスを見るエーデルの視線が氷に覆いつくされた土地ニブルヘイムよりも尚冷たかった。

 その後も姉妹達による身体的精神的コミュニケーションを迫られて朝からアオイの寝室では喧騒が続いたのだが、それらは割愛する。一言で表すなら、朝からアオイが疲弊したという事だけだ。

 そうして一通り終えた今、寝間着から着替えるために全員を部屋から追い出したアオイは、今も変わらず元気な姉妹達を思い苦笑した。ただし身体的には成長しても中身は幼児化してないかと冗談半分に疑ってしまう。どうにも記憶にある姉妹達よりもテンションが高く思えたのだ。

 微笑ましくもあり不安でもありながら着替えたアオイが部屋の外に出るとエーデル達は待ち構えていたらしく一斉に礼の姿勢を取る。


「マスター。お食事をご用意しております。それとも先にご入浴をなさいますか?」

「ご飯で」


 昨日はお茶くらいしか口にしていない。精神的に疲労が大きく何も食べずに寝てしまったのでひどく空腹だ。

 そのまま同階層にある食堂へ場所を移して少し遅れた朝食をとることになった。案内された場所は広い洋風の内装をしていた。白壁に赤い絨毯、部屋の横には暖炉、長方形の長い食卓、天井には水晶で作られた豪奢なシャンデリア。他にも置いてある小物も実にお洒落だ。

 無駄に豪華な作りにアオイは少しだけ引いた。

 そして意外な事に朝食のメニューはご飯にお味噌汁と主催に紅鮭、付け合わせにホウレン草のお浸しと白菜とカブのお漬物という定番の和食だった。無駄に長い食卓の上には取れたての生卵と特製のフリカケもある。一見すると単調な料理に見えるのだが、使っている食材は全て高級品だ。下拵えなどの調理過程にも丁寧に気を配っている。

 それというのもアオイが目覚めて一回目の記念すべき朝食という事で調理の権利を賭けて血で血を洗う壮絶な権利争いが起きた。結果として見事勝ち取ったエーデルが腕によりをかけて拵えたものだ。

 豪華な食卓と料理の格差に頭を悩ませ、それでも朝食の内容には喜んだアオイが席に着き、いただきますと言って手を合わせてから食べ始める。一口食べては美味いと称賛し二口食べては喜んだ。

 残念ながら他の皆は既に済ませているらしく、食事中は彼女達が立ち替わり入れ替わりして甲斐甲斐しくアオイの世話を焼いていた。誰も彼女も楽しそうに世話を焼くものだからアオイとしても恥ずかしいという理由だけでは断りにくそうにしていたが、それすらも楽しんだ。

 なんとも気恥ずかしくも楽しい朝食が終わると、アオイが以前から愛飲していた緑茶をエーデルがそっと差し出した。


「マスター。今日のご予定はいかがなさいますか?」


 朝食を食べ終えて食後のお茶を飲んで寛いでいる時にエーデルが言った。

 アオイとしては予定と言われても困ってしまう。目覚めたばかりで何をしていいのかもわからず、目覚める前は敵襲中だったこともあり未だに気持ちの整理がついていない。どうにも現状に違和感が付いて回っていた。

 こればかりはいくら安全だと言われても時間の問題で、もしくは気分転換できればなくなるものだった。

 返答に詰まったアオイにエーデルが一つ頷いた。


「それでは、まずは散策をなさってはいかがでしょう。今の状況を直接見る事は今後の方針を決める重要な要素にもなり、ある程度は気分転換にもなるかと思われます」


 アオイは、なるほどと頷いた。事前に植えつけられた知識はあるがそれも基本的なものに限定されているので実情は殆ど何も知らないに等しい。それら知るために行動する事は有意義なものになるはず、悪くない提案だった。


「いいね。是非そうしよう。案内は……」


 とりあえずだが予定が決まった。

 そして誰が案内するかで、またもや血で血を洗う戦いが勃発したのは言うまでもない。


 


▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽


 


 壮絶な女の戦いの後、場所は移りアオイ一行は手始めにヴァラスキャルヴ城内を散策していた。当初、案内役を決めるために話し合っていたのだがいつの間にか徒手格闘による物理的バトルロワイヤル、もといキャットファイトに発展した。

 因みにこういうイベントが大好きな女忍者ネルケは昨夜のシブリィ達とのガールズトークで盛り上がっていたのだが途中に部下から連絡が入り、そのまま別件で外していたので残念ながらその場に居なかった。

 己が欲望を露わにしたメイド達の戦い。そこへ騒ぎを聞きつけたシブリィとクスィ、おまけにラミィが突入してきて事態は更に悪化した。ただしラミィは部屋の隅でアオイに抱き付いて恐怖に震えていた。その事でも一波乱あったのだが割愛する。

 結果、アオイの案内は当然勝ち残った最強系専属従者ことエーデルと、生物として個の能力に優れるシブリィとクスィが権利を勝ち取った。

 負けた者は死屍累々と倒れて『あそこで右の正拳を使っていれば!』やら『眼球に指を……』などと呪詛の言葉と共に床を悔し涙で濡らしていたが。

 そして現在、クスィを先頭にシブリィ、アオイ、エーデルと続いてヴァラスキャルヴ城の廊下を上層階から下層階へ進んでいた。


「ふふん。物量で押し切られるならともかく、この私が個の資質で負けるものか。くくく、ふははははっ!」

「もうっ、声を上げて笑うなんてはしたない。アオイ様も居られるのですからもう少し何とかならないの?」


 先頭を行くクスィが得意げにしており、続いたシブリィは口元を真紅の扇子で隠している。軽装の騎士甲冑と真紅のドレスを着た女性が二名。瞳の色は青と赤と対照的だが白い髪や肌などはまるで姉妹のようだ。


「ふん。言っておれ。お前とてそう変わるまいよ」

「ふふ、ふふふ」


 唇が弧を描き笑う。言葉では窘めていても裏では同意している証拠だ。上機嫌なクスィもそれを察しているために一つ鼻を鳴らすだけで特に反論はしない。

 そこへぼそりと抑揚に欠けた一言が落とされる。


「お二方。いきなり乱入しておいて何を。少しは反省していただきたいものです」

「あはは。あれはすごかったよね……」


 口調は感情に乏しいのにどこか冷めたような呆れた視線を二名に突き刺すのはエーデルだ。彼女の前を歩くアオイが激しい女の戦いを思い出して困ったように笑っている。具体的な言葉を控えているが、何か他に気になる事があるかのようだ。


「そもそもの話ですが今回はマスターのご意向もあり見逃します。ですが本来はマスターのお世話は私達の役目です。いくら専属契約しているとはいえ緩い召喚契約でしかないのですから今後は自重するようになさい」

「……よく聞こえなかった。もう一度言ってくれるか?今なんと言ったのか」

「分を弁え、自重しなさい。他に何か言いたい事でも?」


 重ねられた物言いにピシリと空気が凍った。意図せずに歩みを止めた。

 廊下の真ん中が、まるで戦いの開始前のような空気になっている。すぐ傍でアオイが『ちょっとエーデル言い過ぎだって……』と窘めたが小声に過ぎて聞こえていない。


「へえ。聞いたクスィ?エーデルったら面白い冗句が言えるようになったみたいよ」

「うむ。確かに聞いた――」


 二名がゆらりと振り向いた。くつくつと喉を鳴らして笑っている。

 召喚術において専属契約は決して軽いものではない。それは召喚主に身体どころか魂を委ねるに等しい厳粛な儀式だ。契約内容はそれぞれだが自由度が高いほど力の制限はない。だからこそ召喚契約の束縛が殆どないシブリィとクスィは常に全力を出せるのだ。

 更に言葉を重ねるなら、アオイと彼女達は兄弟姉妹のように一緒に育ってきた。その縁は家族の絆ほどに固く結ばれていると自負している。

 それを虚仮にした物言いには怒りが湧いた。


「――実に笑える。思わず叩き斬りたくなるほどにな」

「本当にね。ふふ。きゅっと縊りたくなるわ。ねえ、エーデル?」


 暗に、今謝罪するなら冗談で済ませよう、ということだ。今日まで同じ主アオイの配下として過ごして時間もある。身内としての情も当然ある。今ならばまだ笑い話の一つになる。

 しかしエーデルは真っ向からその提案を踏み躙る。


「できない事は口にされないほうが賢明でしょう。でなければ程度が知れます」


 対峙する三者は嘲弄するように笑う。一名は凍えるような目で、一名は切り裂くような目で、一名は見透かすような目をして睨み合っている。


「…………」

「…………」

「…………」


 エーデル、シブリィ、クスィ。三者の睨み合いで局所的に空気が重い。衝動的な未熟者の殺意とは違い、完成された戦う者としての純粋な闘気が身体から立ち昇っている。ただし、アオイにだけは悟られないように極限られた範囲、方向に限定して向けられていた。無駄に器用な高等技術だ。

 事態は一触即発の状況にある。それにもかかわらずエーデルが意識を他所へそらした。

 それを好機と見て、動いた二名だが次のエーデルの呟きに身体を硬直させる。


「……マスターはどちらへ?」

「ぬっ?」

「はい?」


 場所はヴァラスキャルヴ城の上層階の廊下。右を見ると白壁と装飾品や美術品があり、左を見ると窓から風が吹き込んでいる。上を見ても天井はクリスタルの照明が煌々と輝いて照らしており、前後を見回しても誰も居ない廊下が続いていた。試しに下を見ても赤い絨毯が敷かれているだけだった。

 三名の間に木枯らしが吹いた……。


 


▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽


 


 その頃のアオイはというと、ヴァラスキャルヴ城の下層に向かっていた。

 というのも気まずい空気に耐えきれず抜け出したところで、こそこそと後をつけていたラミィに遭遇し一緒に逃走したのだ。ただラミィが居た事には早くに気付いていたのでアオイが意図して巻き込んだ形だ。

 そこからはラミィの案内で上層階から下層階へ下りながら各階層を巡っていた。

 ヴァラスキャルヴ城は巨大な三つの塔を主とした作りで、塔と塔の間を繋ぐ渡り廊下が階層ごとにある事や、その周囲を数多の尖塔や施設が取り囲んでおり、城の外周部を囲む壁が作られ湖側と山側の二か所に城門がある事。非常時用の隠し通路や避難場所が複数ある事。

 ヴァラスキャルヴ城を中心に発展していった今の都市イザヴェルは大半の住民が機械人形(アンドロイド)なのだが、飲食店は勿論のこと生活雑貨や娯楽施設などもあると嬉々として語った。

 アオイも驚いていたのだが、中には約定により竜族の管理するヴァナヘイムや精霊が管理するアルフヘイムからも食事や娯楽を求めてやってくる事も多々あるらしい。

 案内の道中でお喋りしながらアオイとラミィが進む。


「いやあ、ラーちゃん、もといラミィが居て助かった。なんとなくあの場に居辛くってさ」

「はぅ。お兄ちゃ、ご主人さまのお役に立てたなら私もうれしいです。あっ、この階層は半分が会議室で他にも多目的室とかがありますよ」


 大事な会議は大体ここで話し合いますよ、と楽しそうに説明するラミィ。その横で案内されているアオイは娘か妹を見守るように微笑んでいた。無意識に動いた手が少女の頭を撫でるのはもう癖になっている。


「はぅ。ご主人さま、その」

「ごめん。嫌だったかな」

「ぁ……」


 温かくも懐かしい感触が離れていく。つい小さくも寂しそうな声を漏らしてしまった。


「なんか手に馴染むというか、懐かしくてね。つい無意識に。次からは気を付けるよ」

「はうっ!?ち、違いますっ。嫌じゃないです。嫌じゃないけど、その、恥ずかしくて、だから」


 できれば二人きりの時に……、と消えるような小声でお願いした。俯いて両手でウサギ耳を押さえて隠しているために表情はわからない。それでも耳や項が赤くなっている事から恥じらっている事だけはわかった。

 目覚めたばかりのアオイが兄か父親のように、ラミィも年頃の少女になったのだと感慨深くも少しずれた考えをしているのだが当の本人はその事を知らない。


「ふむ……うん」

「ご主人さま、どうしたの?」


 周囲を見回して、幸いなかどうか廊下に他の人影はない。二人きりだ。条件は整っているのだから遠慮なく、それでいて慈しむようにラミィの頭を撫でることにした。


「いーこ、いーこ」

「はぅぅ」


 ここに恥ずかしそうに、でも嬉しそうに笑う少女が居た。とても幸せのようで、まるで周囲に花々が咲き誇り花びらが舞っているようだ。

 そうしてしばらくの間、ラミィが癒しオーラを振り撒いていたのだが、突如ハッと意識を取り戻した。忙しなくウサギ耳を動かして、ついにはプルプル震えると慌ててアオイの手を取った。


「はうっ、はううっ」

「なに?どうかした?」

「次っ、次へ案内しますねっ」

「え?おいおい。そんなに慌てなくても大丈夫だって」


 いいからこっちですぅ、と手を取り精一杯引っ張るその姿が可愛らしくてアオイは心が温まる。こうして手を引かれていると、まだ幼い時のリーリエのようだと過去を懐かしみ、微笑ましく思う。同時に心身ともに成長した皆と何も変わっていない自分を比べてなんとも寂しい……。


 


▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽


 


 ヴァラスキャルヴ城の中層やや下にある休憩所の一つ。廊下に面したそこは奥まったところにあり他からは死角になってした。


「――これで城内の案内は半分くらい終わりましたけど、えとえと、大丈夫ですか?」

「ハハハ。これで半分ね。そっか。随分駆け足だったのに、半分か……」


 広いなんてもんじゃない! アオイは顔色を変えることなく胸の内で叫んだ。

 三つの主塔から構築された純白のヴァラスキャルヴ城を徒歩で見て回っていたのだが数時間かけても終わらなかった。途中で休憩を挟んだとしてもこれはおかしい。建物が大きく土地が広すぎた。

 何を思ってこんなバカみたいに広く大きな城を建てたのかと、さり気なく毒気のないようにラミィを問い質したところ……。


『その、張りきったアイゼンさんが工事の陣頭指揮を執って、それをエーデルさんが全面的に後押ししたって聞いてますけど』


 何か変ですか? つぶらな瞳で純粋に聞き返してくるからアオイは言葉に詰まった。

 こんなバカげた規模の城を建てたのにおかしいと思わないのか。そう怒りたくとも相手に悪意がないからそれもできなかった。何より実行者は別に居るので『よくがんばったねー』と褒めるしかできなかった。

 このヘタレが、と言うなかれ。その場ではそれとなくだが、もし次があるなら程々にしようという風にやんわりと注意もしたのだ。尤もちゃんと伝わっているかは別だが。

 ともかくアオイは疲弊していた。ただの案内なら鍛えていた事もあり一日中歩いていても苦にはならないのだが、道中で時々ラミィが何か思いついたように駆けだしては秘密の通路っぽい場所を行くなど、まるで何かから隠れるように、または逃げるようにして走り回ったのだ。

 そうして気が付けば日も沈んで空は宵闇に変じていた。実質的に半日ほどの時間を走っていたので、これで疲れないのは機械か竜族のような無尽蔵の体力を持つ者だけだろう。

 今アオイは身体を包み込むような大きなソファーに身体を投げ出して乱れた息を整えている。対してラミィのほうはまだ元気のようで、飲み物を運んだりどこから取り出したのか団扇で扇いだりしている。

 こんなに動き回ったのは子供の時以来だ。流石に疲れたのか息が漏れた。


「はぅ。ごめんなさい、ご主人さま。疲れましたよね」


 がっくりと項垂れるアオイを見て、連れ回した自覚のあるラミィがしょんぼりとしていた。柔らかいウサギ耳も今は力なく萎れさせている。


「ん?大丈夫大丈夫。別に怒ってないよ。駆け足だったけど色々歩き回れたしね」


 今日はありがとう。そう言うとラミィの頭を撫でて褒めた。

 二名の光景がまるきり兄にじゃれる妹だ。


「えへへ。お役に立てたのならよかったです」

「そっか。俺も楽しかった。行く先々で会ったけど新人さんも増えてたしさ。そういえばあの子達って機械人形(アンドロイド)?」

「そうですね。エーデルさんが指示してアイゼンさんが手掛けた子が殆どです。それ以外はお手伝い妖精も多いですよ。シブリィさんのケット・シーさんとか、クスィさんのクー・シーさんとかがそれですね。他にも竜族などから行儀見習いとして来る娘さんも居ますよ」

「ははあ。機械人形(アンドロイド)の皆はともかくとして、行儀見習い?まるで貴族か王族みたいだ。すごいねぇ」

「間違いじゃないですけど、どちらかといえば花嫁修業です。それとなぜか他人事みたいですけど、それら貴族みたいと言った人達の頂点に君臨するのがご主人さまなんですよ。忘れてはダメです」

「ハハハ。何をバカな。忘れてなんかないよ。うん。少し目を逸らしたいだけだって」


 いっそ綺麗に笑っているのにアオイの目だけがひどく虚ろだ。

 以前までは地下施設ではあったが生活そのものはいいとこのお坊ちゃんのようだった。それと王侯貴族とを比べたらまだ安いものだった。それなのに目が覚めてみると本当の意味で王侯貴族のように贅沢な生活をすることになっていた。

 これで目を逸らすなと言われても無理だ。

 ぽふんと肩に小さな手が置かれた。そこには妙に優しい笑顔のラミィが居た。


「えとえと、その……」

「ん?」

「現実、見よう?」

「グフぉッ」

「あれっあれっ、ご主人さまっ?」


 わかってるよおおおっ。内心でこれでもかと悶絶した。幼いウサギ耳少女に現実見ろやと言われて、大人として尊厳や男としての威厳がガリガリと削られた気がした。悪意がないから余計に効いた。


「そうか。そうだよなあ。いや、現実見てるよ?見てるけど、起きたら家が城というか宮殿になってて驚いたというかね。直視するにしてもまずは一拍置きたくてさ。って、ふふ。これも言い訳になるのかな。あーうー」

「ご主人さま?ご主人さまっ。ご主人さまー!」


 虚ろに笑うアオイと慌てるラミィ。休憩中、なんとも言えない状況に陥っていた。

 そこへ無遠慮にもドタドタと駆け込んでくる音が舞い込んでくる。


「あ、ああ?なんだこの音?近づいてくるような……」

「はうっ!もう見つかったの!?そんな、はうはう、はぅぅ、どうしようっ」

「見つかった?一体何を言って――」

「ここに居たのか!!」

「はぅぅ!?」


 廊下の奥から噴煙巻き上げて駆け込んできたのは彼の忠臣、召喚契約を結んでいるクスィだった。その後からも追加で二名ほど舞い込んでくる。

 ソファーから身を起こすとクスィもシブリィもエーデルも皆が憤りを露わにしていた。ただし一名、ラミィだけが怯えるように縮こまっていた。

 歩く姿は優雅に、しかし中身は悪鬼羅刹の如く。シブリィはソファーの前、正確にはアオイの横に座るラミィの前まで来ると噴火した。


「ようやく、ようやく見つけたわ。半日も私達から逃げきるなんてやってくれるじゃない。ねえ、ラミィ?」

「はうっ!?」

「同意。その卓越した索敵術と逃走術は驚嘆に値します。ですが、それもここまででしょう。大人しく縛につきなさい」

「はぅ、はぅはぅぅ……」


 クスィを皮切りにシブリィとエーデルが続いた。誰も彼もがその瞳の奥に怒りの炎を燃やしている。顔面を蒼白にしたラミィが無力な子ウサギのように鳴いている。

 そしてこれは偶然なのだが恐怖心から無意識にアオイに身体を寄り添っている。そのことが面白くないために余計に皆の怒りを買っていると気が付いていない。

 そうこうしているうちにシブリィとクスィにガッチリと腕を取られたラミィがしくしくと鳴いていた。


「それじゃ向こうでゆぅぅっくりお話ししましょうね」

「うむ。では行こうか。ラミィよ、今夜は寝られると思うなよ」

「はぅぅ、はぅぅ。ご主人さまぁぁ」


 止める間もなくドナドナして廊下の奥へ連行されていった。ラミィの悲しい声が哀愁を誘う。

 がんばれ。ラミィ超がんばれ。

 台風一過。あっという間の出来事だった。この場に残されたアオイは同じく残ったエーデルへ目を向ける。


「で、これってどういうこと?」

「些事です。マスターがお気にするほどの事ではないかと」

「…………」


 どう返していいのかわからなかった。







ラミィがんばれ、超がんばれ。

この後の彼女は物理的な暴力ではなく言葉でものっそいいびられてました。

女の嫉妬は怖いですね!作者はご都合主義のメルヘンが好きなので血生臭いのはちょっと遠慮したいです。


あっ。思い付きですがそのうちにアオイファミリーの簡易戦闘力表を前後書きで作ってみようかな、なんて思ってます。未定ですけどね

ではでは。


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