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アナタは異世界で何をする?  作者: 鉄 桜
第一章・幼年期から青年期まで。
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第21話


第一章もいよいよ終わりです。

はあ……やっとここまで来たか。

もうホントすみません。



 


 


 災害が起きる少し前、ここアース大陸南東部の手前に位置する補給基地は、皇帝の御座す航空艦隊が最後の補給を終えたのを見送りそれ以降は連絡を密にしていた。

 しかし、数分前の緊急通信を最後に途絶した事で事態は一変した。何度も呼びかけるも反応はなく、これにより基地は蜂の巣を突いたように慌ただしさを増すことになった。

 ミロス帝国の皇帝陛下を乗せた航空艦隊が突如として通信途絶し、更には安否不明の行方不明とは。この事態を認識した基地司令は事の重大さに卒倒しそうになったほどだ。

 指揮所にて怒号が飛び交う。


「艦隊との連絡が途絶えたとはどういうことだ!あれには陛下も居られるのだぞ!まだ所在は掴めんのか!?」

「現在、確認中です!救援要請を最後に通信が途絶してから、以降は何度呼びかけても反応がありません。捜索隊を出そうにも、この状況では手も足りず……」

「クッ。このような大事の時に災害が立て続きに発生するとは、今の大陸はどうなっているんだ!」


 机に叩きつけられる拳が鳴る。湧き上がる憤りを晴らそうと机に当たるが鬱憤は少しも晴れはしない。腸が煮えくり返りそうになるものを深く呼吸することで怒りの熱を吐き出した。


「被害はどの程度になっている?」

「はっ。現時点ですが、各基地や都市でも大規模の災害が発生中の模様。人員と物資ともに大きな損害が出ています。ここ補給基地も事態に対処しておりますが被害も大きく、収拾の目途は立っておりません」


 大きすぎる被害を思い眩暈がした。頭を押さえたい衝動をどうにか押さえつけた。


「……救援部隊の編成はどうか?待機している補給艦隊の護衛艦から捻出できないか?」

「難しいかと。停泊中に火災が発生、これに巻き込まれた艦が著しく損傷しました。あの南東部へ進むには艦の航行に支障が出る恐れがあります」


 司令官はあまりの怒りの度合いから建物全体が揺れた気がした。まだだ、まだ怒りを爆発させる時ではない。


「…………では、地上部隊ではどうか?常駐している機甲師団は健在のはずだ。あれから抽出して救出部隊として送り込めないものか?」

「現在、兵員は全て災害の対応に出払っています。それでも手が足りず、予備も含めて作業に当たらせていますので救援部隊の編制は不可能です。これは周辺の基地や都市も同様でしょう」

「ならばどうすればいい!?このような一大事にあって陛下にまで万一の事があっては帝国が瓦解しかねないのだぞ!」


 今度は抑えられなかった。何を言っても、何を提案しても冷静に否定で返す部下を疎ましく感じた。錯覚かもしれないが本当に建物が揺れているように感じられた。

 このままでは強引な方法で勢力を拡大してきた帝国は空中分解してしまう。皇帝陛下という圧倒的権力者が行方不明など主柱を欠いた城に等しい。瓦解するのは一瞬だ。

 そんな重い空気の中で大きな音を立てて扉が開かれ、一人の兵士が駆け込んできた。


「司令!外を、外を見てください!」

「なんだ!報告は明瞭にするようにと言っているだろうが」


 突然駆け込んできて要領を得ない報告に司令は苛立ちを露わにした。この忙しい状況で何を遊んでいるのかと怒鳴りたいくらいだ。


「っ、申し訳ありません!ですが、とにかく今は外を見ていただきたく!」

「だから何が、っ?な、なんだ、あれは……?」


 光の柱、と司令は呆然と口にした。兵士に急かされて窓から外を見ると遠くに光の柱が幾つも立ち昇っていたのだ。

 今さら気が付いたが錯覚と思っていた揺れは本当に地震となっていた。そして不思議な事に、それら光の柱が数を増すほどに地震は酷くなり嵐も悪化していたのだ。


「一体この大陸で何が起きているというのだ……」


 理解できない現象を目にした司令の茫洋とした言葉に答える声はなかった。

 なぜなら大地震により巨大な地割れが基地を襲い、飲み込まれたからだ。更にその地割れから灼熱の炎と溶岩が噴き上がった。

 そして、一際巨大な光の柱が天へ届けとばかりに立ち昇る。


 


▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽


 


 そして現在、旧連合領のとある都市では若夫婦が逃げ惑う人々の波に巻き込まれていた。押し寄せる人々に押されて躓き転んだ妻が次々に踏みつけられて重傷を負ったのだ。

 同じような災難はそこかしこで起きている。倒れた妻が逃げ惑う人々でごった返す中で踏みつけられる。その時の妻の悲痛な声が夫の脳にこびりついて離れない。あの美しくも優しい妻の声が脳裏を掠める。


『あ、ああ、助けて!あなたっ!いやああああ!!』


 恐怖に喉は引きつり、踏み躙られて痛そうな声が。思い出すたびにどうしようもなく無力感に苛まれる。避難する人々の流れに逆らっても次々に押し流されて辿り着けなかった。

 それでも流れに逆らい前へと進む。進みながら脳裏に焼き付いているのだ、妻の悲鳴が。

 そして、無理矢理に押し通り、倒れた妻の許へ辿り着けたと思えば、そこには踏み躙られ無残な姿を曝す妻が横たわっていた。そんな無残な妻の姿を目にした途端に夫の理性など吹き飛んだ。


「あ、あ、あ、ああああっ!!そんなっ!!」


 急いで倒れた妻の許へ駆け寄った。幸いかどうかはともかく、妻は死に体だが微かに息だけはしている。

 ああ、まだ生きている。妻はまだ生きているのだ。


「メアリー!ああ、お願いだ、メアリー!目を覚ましてくれ!お願いだ……!」


 何度も、何度も何度も、妻の名を呼ぶが意識が混濁しているらしく呻き声のみで反応がない。今も漏れるような呼吸を小さく浅く繰り返されるのみだった。


「こんな、こんなことがあっていいのか!誰か手を貸してくれ!妻が死にそうなんだ!誰か!」


 必死に呼びかける。逃げ惑う人々へ助けを求めるも誰もが自分が逃げるのに必死で、彼の助けを求める声は相手にもされない。半ば自棄になり、逃げていた若い男性を掴みかかるようにして引き留めるも今度は逆上したその男性に殴られてしまった。

 殴られ倒れ伏すも夫は地を這いながら妻の許へ行く。

 殴られた頬が痛む。それでも夫は妻を助けてくれと慟哭するように声を上げる。


「あ、う……誰か。誰か手を、貸して……妻を助けて、くれっ」


 この世に奇蹟はない。こうしている今も一歩また一歩と死へ向かっていく妻の身体を抱きしめることしかできない。

 そして事態は更なる動きをみせる。逃げ惑う彼ら、嘆く彼ら、悲嘆にくれる彼らはそれを目にした。ここから遠い大陸中央近くから空へと昇っていく三つの巨大な何かを……。


 


▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽


 


 その日もミロス帝国の首都である帝都は変わらぬ平穏を甘受していた。

 騒乱の時代にあって数少ない大都市でありその重厚な城壁や建造物の作りから大陸で最も安全な場所であると称されていた。

 変わらぬ日常、変わらぬ喧噪、変わらぬ貧富の差、帝国臣民の多くは日々を謳歌している。

 しかし、平穏とは往々にして脆弱であり、実に壊れ易いものだ。

 その日、ミロス帝国皇帝と数十隻からなる大艦隊が消失してから数分後の事、大陸各地で光の柱が立ち昇り、大規模災害が次々に発生した事によって打ち砕かれた。

 最初に地震が起きた。始まりは小さな揺れだったが徐々に大きなものになり山が崩れて土砂崩れや地割れ、地盤そのものが隆起して大地が割れた。人工物などガラス細工のように崩れ去り殆どが瓦礫に変わった。これほどの大地震になると一体誰が想像できようか。

 この大地震は終始止むことなくアース大陸を四方に裂いていく。

 多くの逃げ惑う人の悲鳴。怪我をして動けず助けを乞う嘆きの声。そして、ここにも一つ、大地震により建物が崩れて若い母親とその息子が巻き込まれていた。


「う、う、うう……」


 身体の所々に小さな怪我をした男の子が瓦礫の傍で倒れて呻き声を上げた。わけもわからず母親に突き飛ばされたと思ったら、次の瞬間には轟音と衝撃、女性の悲鳴が聞こえた。最後の記憶はそこで途切れている。

 そこまで考え、はっとして思い出す。母親はどうしたのか。最後に子供を突き飛ばした母親はどこにいるのか、と。慌てて周囲を見渡すも母親は見当たらず、美しき帝都は瓦礫の山となり今は見る影もない。

 その時だ。微かに声が聞こえた。急いで駆け寄るとそこには探していた母親が仰向けに横たわっていた。駆け寄り『母さん!母さん!』と必死に呼びかける。母親の腰から下は大きな瓦礫の下敷きになっていた。


「けが、は……ない?」

「母さん!母さん!」


 母親の綺麗な顔や服は何かアカク汚れていてよくわからなかった。それでも息子は母親に呼びかけるのをやめない。やめてしまうと本当に終わってしまいそうで不安になった。


「――は生き、なさい……」


 苦しそうに名を呼んだ母親は最後の気力を振り渋り息子を気に掛け最期の時を迎えた。

 それでも息子は呼びかけるのをやめない。しかし、その声はとても小さい。


「母さん?嘘だろ?なあ?母さん?」


 息子は呆然自失として思い出した。建物が崩れる瞬間に母親は咄嗟に息子を突き飛ばして助けたのを。母親は身を挺して息子を助けた。

 そこへ走り回っていたのか薄汚れた男が呆然と座り込んでいた子供へ近づいた。


「なにやってるんだ!早く逃げろ!」


 どこの誰とも知らない男性が息子の腕を取って立ち上がらせようとした。誰もが逃げ惑う中で男性は死んだ母親に泣きすがる子供を見つけて安全な場所まで連れ出そうとしているらしい。

 しかし、今の息子にはそれら全てが疎ましく感じてしまう。掴まれた腕をでたらめに動かして振り払おうとする。


「離せ!離してよ!母さんが!母さんがまだ!」

「馬鹿か!もう死んでる!いいから早くしろ!死にたいのか!?」

「っ!?」


 わかってる。そう怒鳴りたくなるも言葉にならない。やり場のない思いにただただ叫ぶことしかできなかった。が、それもすぐに無意味なものとなる。


「あ、あ、あれは、あ゛あああ゛ああっ!!」


 突如として帝都の中心部から眩いばかりの閃光が溢れ出た。次に破壊的な衝撃波と暴力的な爆音が襲い掛かった。

 無骨ながら力強く尚且つ美しい帝都は、この日を境に全てが消え去り更地と化したのだ。更には破壊の波は帝都ばかりに止まらず帝国領の全土に渡って起こり、アース大陸西部実に五分の一が塵と消え海の底へ沈んだ。

 そして、アース大陸は引き裂かれた。


 


▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽


 


 アース大陸南東部と西部を切っ掛けに天は裂け大地は割れる。炎は全てを燃やし尽くし、水は全てを飲み込み押し流す。この世のありとあらゆる自然災害が多発するアース大陸は、誰が望むか望まないかに関係なく崩壊への階段を駆け上がっていた。


「帝国領で爆発の閃光を確認。衝撃波到達までおよそ――」


 そしてそれらに――極一部に悪意を乗せて――手を貸した彼女たちは地上で起きるそれらを観察していた。たった一人のためだけに用意された空を行く機動要塞アスガルドからある者は浮遊島の端から直接眼下を望み、ある者は空間ウインドウで見ていた。

 ペルレによる秒読みの声が続く


「秒読み十、九、八……三、二、一。衝撃波、来ます」


 瞬間、微弱な振動が足元から伝わる。しかし、それは殊更気にするほどのものではない。


「大した揺れではないけど、念のために各部の被害報告してくださる?」

「了解。……各部正常、衝撃波による動力炉などの重要区画、他各施設への影響はありませんわ」

「よろしい。では目標は如何かしら?」

「それは問題なく。目標の消滅を確認しましたわ」

「そう!朗報ですわね。こんなに喜ばしいことはありませんわ」


 室内にお祭りのような歓声が上がった。マグノリエは花開いたように微笑む。さも嬉しいと言わんばかりの笑みにペルレも同様の笑みを浮かべている。


帝国(アレ)が消滅して清々しましたわ。あの日、我が君の楽しいお時間を台無しにされてしまったあの時からこの瞬間をどんなに待ち望んでいたことか。うふふ」

「うふふ。ええ、本当に。漸く事が成りましたわ」


 遠く帝国領にて億を超える生命が一瞬にして消え失せたのに、少女たちはまるで我が世の春というように笑い続ける。

 マグノリエとペルレ。二体は一頻り笑い合うと計画の次の段階に入った。


「さて、イングバルド様とクロード様も今は……いえ、あの方々はいいですね。それよりも地上ですが、こちらも進捗状況は極めて良好。あとは最後の仕上げと経過の観察、それに環境調整ですわね」


 本作戦はアース大陸からの離脱と南東部で巨大な光柱を確認したことで最後の仕上げを残すのみとなった。


「そちらは時期早々ですわよ。まだ完全にアース大陸の分割も済んでいませんのに」

「わかっていますわよ。もちろん今後についてですわ。……今後?」

「え?」


 ピタリと時間が停止した。極真剣な表情で考え込み始めたマグノリエにペルレは訳もわからずキョトンとしてしまう。


「今後、つまりは我が君との将来設計?ということは毎日イチャラブしまくり?……ぃぃ。それ、いいですわ!大きくなくてもいい。小さな白い家に犬を一匹、それに子供は男の子と女の子が一人ずつ……うふっうふふふっ!」

「あの、マグノリエ?あのー、聞いていらっしゃいます?」

「隣にはわたくしの肩を優しく抱いてくださる我が君が居て、そして徐々に顔と顔が近づいて甘い口付けを……きゃーっ!きゃーきゃー!もうっ、どうしましょうどうしましょう!わたくし幸せすぎてイってしまいそうですわー!」

「あらあら、またなの?マグノリエったら仕方ないわねぇ」


 困りましたわ、と微笑んでいるペルレも妄想して身体をくねくねさせているマグノリエも一見作業が止まっているように見えて、その実やるべきことはやっているらしく作業指示を乗せた空間ウインドウは次々と処理されていた。

 マグノリエに至っては普段の処理性能よりも三割増しになっている。いつもの事とは言えペルレは呆れる外にない。


「もうマグノリエ、そんな為体では陛下が落胆されますわよ?シャンとなさいませんと」

「んんっ……何かありまして?」

「なかったことにするのね?ええ、わかっていますわよ。この展開は読めていましたもの」


 そして何もなかったことになる。この姉妹の間ではよくあること、この程度ならいつもの事だ。更に言うならこの場に咎める者は誰もいないのも大きい。

 そのまま二体は作業の手を止めることなく、次々と上がってくる案件を流れるように処理していく。地上は混乱の最中にあってこの浮遊島群は極めて平穏だ。

 ただし、小さな問題は山ほどある。浮上時に紛れ込んだ危険性のある魔物や大型の飛行生物が山脈部や森林部に入り込んでいたのだ。作戦開始前、秘匿性の優先から危険性の高い魔物の排除などは控えていた。現状、秘匿する意味もなくなったのでイリスが指揮を執りリーリエたちが討伐任務に励んでいるところだ。

 丁度それの進行具合を一つにまとめられた――意見具申や陳情など――書類データをペルレが手に取った。他にも施設や生産関連を扱うアイゼンからのものもあるあるが、そちらはマグノリエが処理していた。


「これは……あら、あらあら、これは、うーん」


 順調に処理していたペルレが手を止めて一つの中間報告書を前に困ったように頬に手を当てた。何とはなしに目の前に居るマグノリエを見る。

 一秒、二秒、三秒。ジッと見て一つ頷いた。


「マグノリエ。少しよろしいかしら?」

「どうしましたの?それはイリスからの中間報告書ですわね。何か問題でも起きたのかしら」

「そういうのではないですけど。簡単に説明するなら本浮遊島に精霊と竜種が集まっているのですわ」

「はい?精霊と竜種が、集まっている?……え?本当に?」

「ええ、本当に。接触までまだ時間はありますし目的もわかりませんが、陛下を初め長命種にとって竜種とは誇り高き一族、精霊は良き隣人と聞きますし無碍にもできませんわ。マグノリエは何か聞いていまして?」


 ニコニコ笑顔。柔らかい物腰と聖女のように微笑むペルレだが言葉の裏には『知ってるならサッサと吐けやコラ』という言葉にならない威圧感がある。マグノリエはそんなペルレにたじたじだ。


「そ、そんなこと言われましてもわたくしは何も知りませんわ。竜種は別として、精霊とは何度か我が君の召喚に立会いましたので少々の付き合いはありますが今回の件はわかりません。知っているとするならお姉様だけだと思うのですが」


 笑顔のままジッとペルレがマグノリエの金色の瞳を覗き込む。疑いではなく確認の意味で。そうして漸く納得した彼女は本当の意味で屈託のない微笑みを浮かべた。


「そうでございますか。では、この案件はエーデルお姉様へお渡ししますがよろしいかしら?」


 冷汗が一筋背中を伝う。そして内心でホッと胸を撫で下ろした。

 武力的な意味合いでは、ペルレはレギオンシスターズの中で最下位だがこと策謀に関するなら随一の能力を発揮する。そんな彼女に目をつけられたら裏から何をされるかわかったものではない。

 少し前に被害に遭ったマグノリエだけに余計に警戒してしまう。それでも表面上は冷静におくびにも出さない。


「了承します。わたくしは何があってもいいように準備だけはしておきますわ」


 


▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽


 


 結論から述べると、マグノリエとペルレの懸念は無駄に終わった。ペルレから話を聞いたエーデルには思い当たる事があったのだ。

 彼女は事前にイングバルドから手紙を預かっていた。紙媒体を用いたこの古めかしい情報媒体はある意味で遺言状とも言える。手紙は自分達と別れた後で開けるように言われていたのだが、そこに移住者の受け入れを頼む旨や他にも様々な案件が書き記されていたのだ。

 エーデル達が隠れて色々としていたので、面白がったイングバルド達も隠れて色々としていたのだ。今回の案件はその一つだった。

 そして現在、エーデルは竜種と精霊の代表達を前に最後の交渉をしており、今それも終わりに入ったところだ。


「――では約定に従い、これをもって契約とする」

「異議なし。今後もよろしくね」


 低く重厚感のある声と透き通るような声が草原に響いた。

 巨大な体躯だ。頭に生える二本の立派な角は後ろへ伸びており、その瞳は深い英知を感じさせる。黄金色に輝く鱗は厚く固い、一枚一枚が強固な城壁のようだ。爪や牙は頑健で鋭く鉄をも切り裂く。背に負う翼は一層神々しくすらある。

 彼は竜種の一族が一つ、古代竜の長を務める竜王が一頭だ。名をアウレールと言う。

 その隣には古き精霊の一柱である光の上級精霊が居る。名をエーヴ・リリアーヌ・ロクサンヌ・ノギャレと言い、眩いまでに光り輝く光の衣を纏い、遍く地上を照らす太陽のような女性だ。だが、理知的な中に天真爛漫な少女のような印象もある。

 竜種の古代竜が一頭と光の上級精霊が一柱。どちらも伝説上の存在ともいえる彼らは、通常ならどちらか一方を前にしただけで萎縮してしまうものだが、相対するエーデルにそのような素振りは微塵も見当たらない。


「了承。イングバルド様からお話は伺っております。住居など必要な資材もご提供させていただきます。ですが私共が最も優先するのはマスター、アオイ・ルメルシエ様ただ御一人のみ。それだけはどうかご了承くださいますように」


 淡々と事務的に、だが絶対に譲らない固い意志を隠しもしない。強大な力を有する存在を前に一切媚びることなく一歩も引かないその姿は威風堂々としてさえいる。


「良い。かの御方達のご子息であられるなら我らが盟友も同然。貴君らは己が責務を全うされるが良いであろう」


 アウレールは面白いというように喉を鳴らして笑った。お二方のお子の御傍に侍るのなら、こうでなければならない。

 その隣ではエーヴも嬉しそうに笑っている。


「うんうん。イングバルド様とクロード様の事は聞いてるからね。これだけしてもらえれば十分だからね」

「ご理解のほど感謝いたします。アウレール様、エーヴ様」

「礼は不要だ。この地に居を構える我らこそ感謝すべきなのだからな」

「そうそう。うちの子たちもお世話になってるし、困った事あったら言ってね。あの子のためなら皆も協力は惜しまないからね」


 屈託なく笑うエーヴを前にエーデルは一瞬だけ目を細める。

 アオイの召喚訓練などで時折り精霊や悪魔を呼び出す事があるが、どうにも彼女を筆頭に精霊は距離感が近すぎる気がした。それというのもただの召喚主と召喚者の関係というには不自然な行動が目につくのだ。お喋りしていると必ずアオイの隣に座り肩と肩が触れ合うほどに近いし、遊びに興じれば不自然なほどアオイに纏わりついて身体の接触が多いし、それらの行いを諌めようとしたならアオイの背後に隠れて媚を売るように怯えて見せた。


「…………」


 別になんということはない。それらを思い返してついイラッとした。それだけだ。

 そんなことは面に出さないエーデルから少しだけ瘴気にも似たどす黒いオーラを幻視したアウレールは無意識に一歩後退していた。強大な力を有する自分がなぜ引いたかはわかっていない様子だ。


「まあいいでしょう。それはともかくとしまして皆様のお住まいになられる土地とこの地で暮らすためにお仕事を決めたいのですがよろしいでしょうか?」

「む。土地はわかるが仕事だと?そのような約定はなかったはずだが」

「肯定。ですが、それはイングバルド様がお決めになられたこと。この地はマスター御一人のものです。その領内で好き勝手できるとお思いですか?」


 冷たい威圧感と共に声も言葉もひどく無機質だ。ここで拒否されたなら実力で排除する事も厭わない意図を態度で示している。エーデルはこう言っているのだ。

マスターのために働きなさい。できないなら死ね、と。

アオイが健在であったのなら控えていたが、それこそ眠りについたアオイを守らんがために他の全てを犠牲にする気概で臨んでいる。


「むう」

「えーと」


 一頭と一柱はエーデルの瞳の奥に冷たく凍えるような意思の片鱗を感じ取ったのか二の句が出ない。


「返答は如何に?ご返答を」

「……是非もなし」

「私もいいけど、具体的に何するの?」

「はい。今度はそれを決めるための話し合いをいたしましょう」


 そのまま議論は紛糾することなく粛々と進められた。相手を出し抜こうとするような者はここにはいない。取り決めそのものも種族特有の一部相互不可侵の条約以外は単純なものばかりで、例を挙げるなら相互協力するものばかりだ。

 そして交渉の結果、森林地帯が大半を占める第二浮遊島アルフヘイムは精霊が管理することになり、山脈が主な第三浮遊島ヴァナヘイムは竜種が管理することになった。元々資源物質採掘用に用意したものだったが思わぬところで役に立った。

 その他にも細かな条項はあるが“今は”どうでもいい事。粗方取り決めに関する話し合いを終えたエーデル達は一息分の間を入れて頷いた。


「――以上になります。新たな約定はこれでよろしいでしょうか?」

「異論はない。聊か面倒ではあるが、これも我が一族のため」

「私もいいわ。ここくらい命溢れる土地なら文句ないもん。ねっ、アウレールちゃん!」

「……エーヴ殿。可能ならば“ちゃん”はお止めいただきたいのですが」


 これでも古代竜の長が一頭なので、という言葉はこの場の二名――エーデルは基本的に興味がない――により敢えて無視された。

 エーデルは我関せずの体を崩しもしないが、エーヴに至っては酷く意外だったのか驚いている。


「えー!?なんでなんで?ここに住むんだからお隣さんでしょ?もうお友達じゃない。それにエーデルちゃんは大家代行さん兼お友達だし。違うの?」

「は、はあ。我が一族が崇め奉る光精霊の長殿に友とお認めいただけるのは真に光栄なのですが、それとこれとは別ではないかと」

「そんなことないって!皆仲良しって素敵じゃない。違うの?」

「は?いえ、エーヴ殿の言には私も同意なのですが、その、やはり“ちゃん”はお止めいただきたい」


 もう一度申しますがこれでも古代竜の長が一頭なので、という言葉はやはり無視された。

 片やアオイ至上主義の独善者、片や多くの竜種も崇める精霊の長が一柱。この一体と一柱が相手では如何に強大な竜種とは言え威厳も何もあったものではない。


「どうでもよろしいですが、私はマスターさえあるなら友など不要です」

「エーデルちゃんの愛が重いね!」

「純愛……いや、これは偏愛なのだろうか?」

「潰してさしあげましょうか?」


 意外と仲はいい……のか?


「ちょっ、胸はダメだよ!まだアオイちゃんにも触らせた事ないのにペッタンコは、えーと……こ、困るよ!」

「うぬ、許すが良いぞ。子孫繁栄の義務があるのでちょっとそれは」


 まずエーヴだが、彼女はその程よく大きい胸を腕で隠して抗議した。天真爛漫な彼女には珍しく前進を真っ赤にして恥じらいを見せている。まるで初心な乙女のようだ。

 次に一見冷静に見えるアウレールだが、竜種としてただでさえ低すぎる出生率を改善するために内心では極々真剣だ。竜が尾を巻いて股間を隠す姿は酷く哀れに見えるから不思議だ。

 エーデルは内心で沸々とした苛立ちを感じた。特に前者に対して。


「アウレール様はよろしいとして、エーヴ様は……やはり潰しますか」

「待って待って待って!断定!?そんなのないよね!?違うの!?」

「ハア。女人とは騒がしいものだな……」


 アウレールの呟きは三度に渡って無視される。意味もなく。これからの彼女達の関係はこのまま続くのだと思わせる一幕だった。

 地上には破滅を、天上には繁栄を。騒がしくも愉快な彼女達の時間は少しずつ動き出す。

 エーデル、レギオンシスターズらの手によってアスガルドは守りをより堅固なものとし、地上では回収した工作員をネルケが使い情報収集を務めた。

 以降、彼女達の狂乱劇(ドタバタ)は二万と少しの歳月が経過するまで続く事になる。

 終わる時、それはアオイが目を覚ますその時まで……。








どういうことだ?なんでこんなにエピローグっぽくないんだ?

寧ろアオイが退場したことで漸く本番みたいな空気が流れている気さえしてきたしね。

最後なのに二名も新キャラ出して、作者は何がしたいというのかね!

ホント意味が分からないよ!

ともかく次からは第二章かな。もしかすると断章を挟むかもしれないですけどそれはまた考えます。はい。

ではでは。


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