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アナタは異世界で何をする?  作者: 鉄 桜
第一章・幼年期から青年期まで。
5/64

第2話

この作品は暫く年単位で一話を消化していきます。

第一章は20話未満で終わらせる予定で、本編となるのは第二章からだから……。

……ふぅぅ、まだまだ道は遠いなぁ。

先行きが見えません。


皆の感想&評価&ネタ提供が作者の力になっております。



 


 


 後日、昼過ぎに改めて召喚術の契約についてシーちゃんとクーちゃんに相談した所、あっさり同意を得られた。これで後は契約を取り交わすだけだ。

 色々と気負っていただけにあっけないくらいに了承を得られた事に、なんだか少し拍子抜けしてしまった。

 ていうか、やっぱりシーちゃんとクーちゃんは言葉を理解しているのか?それとも気持ち的な繋がりがあるからとか、そういう事か?


 そこんとこどうなの?


「きゅる?」

「わふー?」


 シーちゃんもクーちゃんも『なに?なに?』みたいに首を傾げている。

 わかって、ない?え?本当に?

 いや、それはともかく鷲頭の鋭いけどよく見るとつぶらな瞳のシーちゃんや、冷たく青い瞳だけどその奥には確かな慈愛を宿らせたクーちゃんが、とても愛らしい。

 だが、な。どうでもいい……いや、よくないな。お昼過ぎだったから仕方ないのだけど二頭とも口の周りが血で汚れているの。新鮮な生血が滴っているの。口元に白い毛が見えるからアルミラージを数羽ずつ食べたのかもしれない。

 まだ生まれて6年だから、今は育ち盛りの食欲旺盛なんだろうけどさ、せめて血だけは拭き取るなり洗うなり舐め取るなりしようよ。血って時間が経つと生臭くなるし、血汚れはなかなか落ちないんだからさ。


 というわけでシーちゃん、クーちゃんちょっとこっちおいでー。


「きゅるるっ」

「わふっわふっ」


 のっしのっし、と草を踏み締めながらこっちに近付いてきてくれた。無条件に信頼してくれるのは嬉しいけど、こんな事ではこの先に悪い人間と遭遇した時が心配だ。毒入り生肉とか疑わずに食べたりとか。……大丈夫、だよな?


「はーい。お口を開けて……はい、そのままジッとしててね。直ぐ洗っちゃうから」

「きゅる?」

「わふー?」


 大口を開けて待っている二頭を前に、俺は勉強した成果を試すために水の魔法(ネロ・マギア)を行使しようと意識を集中した。

 世界に満ちるマナは体内に取り込まれて魔力へ変換されて蓄積されている。それを意識して必要な分だけ掴み取り、世界へ干渉する燃料とする。掴み取った僅かな魔力が弾けて世界に捧げる。あくまで俺のイメージだけど、ガチンッと撃鉄が上がった。

 その瞬間に世界が変貌する。

 魔法とは術者の思いの具現化だ。魔法とは世界へ干渉する技術だ。それは一時的にとは言え世界の理を塗り替えて自分だけの現象と成す行為。


「大いなるマナよ。流麗なる水の調べよ。我が威をここに示せ――」


 世界へ干渉し、現象と成すためにイメージし易い自分だけの呪文、言霊を紡ぎ出す。体内で弾けた魔力を糧に世界の一部を歪め、俺の意志が一時的に世界を改竄し上書きする。注がれた魔力により現象となった水の魔法(ネロ・マギア)は周囲へ水の球となり浮遊していた。

 この世界の魔法は発動時に必ずしも魔法円が展開されたりなどの派手な演出はない。ただ自分の体内の魔力を燃やして、弾けさせて、粛々と世界に干渉するだけであるのは現象となった魔法が発動する瞬間に炎が燃え盛り、水が荒れ狂い、風が吹き荒れるくらいのものだ。


「――水弾(ネロ・スフェラ)……(アズィナモ)


 最後の呪文を引き金に、魔法が発動した。俺の周囲を浮遊していた数多の水の球がシーちゃんとクーちゃんの開かれた口元を目掛けて飛び出していく。


「ぎゅるるるるっ!?」

「ばぼばぼばぼっ!?」


 早い話しが水鉄砲だ。弱設定だから野球ボールくらいの水弾がぽよんぽよんと二頭の口周りにぶつかっては濡らしていく。本来はバスケットボールくらいの水弾であり、岩石を撃ち砕く勢いで撃ち出す攻撃魔法だ。だけど弱めて使うだけでこうして生活の役にも立つんだから、この世界の魔法は便利としか言いようがない。

 ある程度、続けて水弾(弱)をぶつけていると徐々に血汚れも落ちてきた。そうしてもういいかな、と思ってやめたら二頭ともぶるぶるぶるぶる、と身体を震わせて水切りをした。俺にまで水飛沫が飛んでくるから冷たくて仕方なかった。


「はーい、続けて行くよ。……大いなるマナよ。我が友に安らぎを与えよ。穏やかな風(イレモ・アネモス)……(アズィナモ)


 早い話しがドライヤーだ。こちらは風の魔法(アネモス・マギア)の補助系の魔法で、恐怖で動けなくなった時や高ぶって興奮した精神を落ち着かせる効果がある。それを弱めて行使する事で暖かい微風となった。


「きゅるる~」

「わふ~」


 二頭、とついでに濡れた俺も含めて乾かす風だ。暖かい春の微風が俺達を包み込み余計な水分を乾かしてくれた。風に包まれたシーちゃんとクーちゃんも心地よい微風に気持ちよさそうに身を任せていた。俺も春の微風に包まれているようで心地がいい。

 暫く一人と二頭でボーっとリラックスした数分後に魔法は解除された。口周りを綺麗にした二頭と濡れた服を乾かした俺は満足していた。


「って、まったりしてる場合じゃなかった……」


 本来の目的を忘れていた。思わずその場で両手両膝を地面について倒れてしまった。シーちゃんとクーちゃんが心配そうに鳴きながら鼻先を擦り付けてくる。農業区画に来た理由は召喚術に際してシーちゃんとクーちゃんの二頭と専属契約を結ぶためだったのに。つい血生臭いのが気になってそっちにばかり感けてしまっていた。

 俺は割と潔癖症の嫌いでもあるのだろうか。ふむ。


 


▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽


 


 さて、気を取り直して契約だ、それも専属契約。召喚術に措いての専属契約とは主従の誓いや愛の契り、または途切れぬ友情などの意味があり、儀式的に契約を交わすとはそれだけ重要なものだ。

 そう、重要なもの。そのはずなのにあっさり交わせてもらえるのってどうなのかなあ。


「きゅる?」

「わふっ?」


 二頭とも馬半分の大きさをしているけど可愛いなぁ。まだ六歳だからな、そら可愛い盛りか。でも、最近は成長期を迎えて急激に成長している。あと半年か一年も経てば成体並みに大きくなるかもしれない。この子達の父と母も立派に育った子供達に鼻高々だろう。

 不思議そうにして鳴いている二頭の頭と喉を優しく撫でた。


「ん、なんでもないよ。シーちゃん、クーちゃんと一緒になれて嬉しいな、ってだけだから」

「きゅるっ、きゅるるるっ!」

「おぅふっ!?シーちゃん待って待って圧し掛かるのは待って!それ以上はでちゃう!色々出ちゃいけないものが出ちゃうから!?」

「わふーっ!わふわふっ!はぁはぁ!」

「クッ、あはははははっ!クーちゃん舐めないででででっ!?なんで鼻息が荒いの!?あばばばばばっ!?」


 ちょっ!?電柱、もとい殿中でござる、殿中でござるぞっ!……殿中じゃなくて地下空間にある人工的な草原だけどっ。

 ボディプレス的なじゃれ合いは現時点でか弱い6歳児の俺にはハードルが高すぎる。二頭合わせての重量は二五〇kg近くあるんだから、まともに受け止めたら潰されるじゃないか。ていうか、これと似たような事昨日もやった気が……あ、あるじゃん!つい昨日の事だし!


「はいはいはーいっ!そこまで!そーこーまーでー!」

「きゅる!?」

「わふっ!?」


 両手を叩いて注意を向けた。そうやってやっとの事で“電柱でござる(笑)”の状況から脱した。正直に言うと圧し掛かれても苦しくなかった。それどころかシーちゃんの柔らかな翼がくすぐったくて、クーちゃんの艶やかな灰色の毛に包まれて、すっごくいい気持ちだった。同時にシーちゃんの鷲の前足の爪と嘴は硬くてゴツゴツ当たるし、クーちゃんのベロベロ攻撃で顔面を舐められた事で呼吸が辛かったけど、それら全てを含めて俺はこの二頭の事を気に入っている。


「さて!シーちゃん、クーちゃん!契約について話そうか!」

「きゅる!」

「わふ!」

「……やっぱり、俺の言ってる事わかってる?ねぇ、わかってる?」

「きゅー、きゅるるるー」

「わふー、くーんくーん」


 なぜシーちゃんは伏せの姿勢をする?なぜクーちゃんは腹を見せる服従の姿勢になった?ねぇ、やっぱりわかってる?二頭とも魔物の中では知能が高い事は教本――赤ちゃんでも理解できる魔物百科~中級編~――を読んだから知っているんだけどさ。ただの本能、とか?


「それじゃ召喚契約についてだけど……」

「きゅるっ!」

「わふっ!」


 なぁ、やっぱり俺の言う事わかってるだろ?また誤魔化すだろうから、もう言わないけどさ。なぜにそこまで誤魔化すのかね。ちょっと寂しいものがあるねっ。


「はぁぁ、召喚契約についてだけど、これだ」

「きゅるー?」

「わふー?」


 取り出したのは一握りほどの大きさでアーモンド状の形をしている二つの赤い結晶体。これは魔水晶と言われているものだ。結晶内に魔力を蓄積する特性を持つ特殊な鉱物。魔力を蓄積する前は透明な結晶体であり魔力が蓄積されればされるほど赤く濃くなる。魔水晶は赤ければ赤いほど高濃度の魔力が蓄積されている事になる。

 なぜ魔水晶を取り出したのか、その理由はシーちゃんとクーちゃんが魔物であることが関係している。本来、召喚術とは精霊や一部の悪魔や魔物を召喚主が、言い方が好きじゃないけど使役する術だ。そして召喚とは“どこか別の所から被召喚者を召喚主の下へ呼び出す”と言う事に他ならない。これが精霊や悪魔ならまだいい。精霊は自然霊とも言える存在だ。どこにでも居てどこにも居ない存在であり、肉体を持たない魔力生命体である事から糧となるマナや魔力、意志がある限り本当の意味で死ぬ事はありえない。

 悪魔は大昔に人間や色々な種族と敵対した結果、どっかのすごい人が深く暗い地の底に封じてからは魔力を報酬に現世たる地上に顕現するようになった。ただし、時々何らかの理由ではぐれ悪魔が地上に残される事はあるがそれも稀な事もある。

 地上に顕現した悪魔は精霊とほぼ同様に魔力で身体の大部分を維持しているからマナや魔力がなくならない限りは召喚してから殺されても滅多な事では死ぬ事も少ない。何より精霊や悪魔は基本的に寿命が存在しない。存在するため、力を行使するために必要な魔力と意志があれば外的に殺されない限りは半無限に存在し続けられる存在だ。

 しかし、反して魔物はどうか。魔に属するモノとは言え、その他は純粋に生き物でしかない。生物ゆえに寿命は確かに存在する。地上に跋扈する魔物の大半は人間や亜人、獣人などの多くの知性を持つ種族とは敵対している。それはつまり、いつ殺されてもおかしくないという事だ。シーちゃんとクーちゃんはここで一緒に穏やかに育ったから襲われない限りヒトを襲う事はないけど、そんな事は襲う相手にはわからない。つまり、召喚していない時に別の場所に居る魔物は自由である代わりに死の危険性が常に隣り合わせである事を示唆している。

 長い間、召喚していないで久しぶりに召喚しようとしたら餓死していました、なんて事もあるかもしれない。凶暴な魔物と思われて狩られてしまうかもしれない。魔物同士の縄張り争いに負けて死んでしまうかもしれない。そんな事では折角契約した魔物も安心して召喚できない。

 そこで先程取り出した魔水晶の出番となる。

 因みに今持っているこの魔水晶だけど、前に『これを実際に見てみたい!』と父にお願いして実物を見せてもらった時に知られないようにしてから数個くすねてきた内の二つだ。

 バレたらまず間違いなく叱られる!断言する!しかも普段は優しい母が出てくる!母は怒ると父でも止められないほどすごいからなぁ……。よし!この事実は墓まで持って行くぞ!どうせ人生なんか百年生きられればいいほうだしな!


「きゅるるー?」

「わふわふーっ?」

「あー、長々と説明してゴメンてば。もうちょっとだから我慢しててね」

「きゅっ!」

「わっふ!」


 んっと……やっぱり言葉を理解してる?――いや、今はそれどころじゃないか。

 こほんっ。説明を続けよう。先程取り出した二つの魔水晶だが真赤に色鮮やかに輝く高純度のものだ。マジでバレたら叱られる。これは魔法的媒体にもよく使用されるわけだけど、それは勿論、召喚術にも言える事だ。バレませんようにバレませんように……!

 召喚術で魔水晶を使用する場合は魔物などの生物と召喚契約を結ぶ時にのみ使用される。具体的にどのように使用するかだけど簡単に言えば某魔物収集家のように契約した魔物そのものを魔水晶に宿らせる術だ。魔水晶に宿った魔物は中で意識はあるけど身体は半睡眠状態になった状態で封入される。

 封入された魔物は、ちゃんと成長はするけど精霊や悪魔同様に寿命は存在しなくなる。それは契約の解除や最悪の場合は召喚主自身が死ぬか、または魔物が死ぬまで続く契約だ。この寿命の部分に関係する召喚術式は、老いて衰えた魔物は役に立たないからずっと全盛期の力を出せるように、って事なのかね?便利って言えば便利だけどさ。

 召喚の際には魔力を籠めながら召喚対象の名前を呼べばいつでも呼び出せる。また、予め魔力を籠めておけば魔物自身が自由に顕現できるようにする事も可能だ。前者はいいとして後者の場合は余程魔物と召喚主との間に確固とした信頼関係が結ばれていないと寝首を掻かれる事もありえるので使用する場合は注意が必要だ。

 尚、特記事項として契約して十分な信頼関係と豊富な魔力が得られた場合は長い年月の果てに魔物は進化、または魔人化する場合もある。精霊や悪魔も例外ではない、より上級へ位階を上る事もある、との事だ。ものによるけど大体、千年から一万年くらいか、長いと二万年くらいだけど。うん、人間の俺にはまず無理だ。魔法で延命したとしてもニ~三百年生きられれば御の字だったはず。


「――てな感じなんだけど、シーちゃんとクーちゃんは本当に俺と契約してくれるの?」

「きゅる!?きゅるるっ!」

「わふっ!?わふっわふっ!」


 なぁ、何を当たり前な、みたいに抗議してくるのはやめない?嬉しいんだけどさ、本当に嬉しいんだけどさ。なんかこう、ダメな兄貴分を『仕方ないなぁ、もう』ってな感じで見られているようで落ち着かないんだけど……。


「きゅるる~」

「いや、元気出せ、って言われてもなぁ。別に元気がないわけじゃないし」

「わふわふっ!」

「ん、確かにそうだ。早速契約に入ろうか。シーちゃん、クーちゃんは俺の指示したとおりの位置に立ってね」

「きゅるるーっ!」

「わふっわふっ!」


 あれ?今の俺ってすっごく自然な感じで会話してなかったか?え?やっぱり言葉……あれー?いやいや、今はそれよりも召喚契約だ。専属契約だよ、専属契約。これからが本番じゃないか。

 位置に着くも何もただ正面に立ってもらってから召喚契約の同意を貰ってシーちゃんとクーちゃんと魔水晶に魔力を濃縮した生き血を一~二滴与えるだけだ。それでもこれら契約の術式は大昔にどこかのすごい人が確立したものがあるから一度発動してしまえば失敗なく自動的に契約は結ばれるという簡単仕様だ。

 ビバ、大昔のすごい人。先人の知恵とは偉大なものだ。


「はい、それじゃ準備はいい?」

「きゅるっ!」

「わふっ!」

「ははっ。元気いいなぁ。それじゃ始めるよ――」


 体内の魔力を必要分だけ掴み取りそれを燃やして現象と成す事で周囲の空気が変容する。

 魔法が発動するこの瞬間が好きだ。程よく張り詰めた緊張感が身を引き締めてくれる。魔法円なんて浮かび上がってこない。精々が自分の身体から吹き上がる高濃度の赤い魔力が半物質化して粉雪のようにキラキラと輝くくらいのものだ。

 それはそれで綺麗だし、静かで厳かな雰囲気は俺の好みなんだけど、本当にこの世界の魔法は夢というかロマンがない。大体の魔法は魔力の流れや運用方法で発動する。魔法円とか円環魔法陣とかは必要に応じて補助や強化くらいにしか使わないし必要ないというところが本当に夢がない。

 だけど俺はそんなシンプルな魔法がやはり俺は好きだった。


「グリフィン“シブリィ”、グレイハウンド“クスィ”よ。汝ら、我と永久の契約を望むか」


 俺が召喚契約の術式に含ませた契約内容は“一緒に居てほしい”というものだ。この契約内容とは条件付けとも呼ばれているもので、この契約内容によって被召喚者の拘束力の強弱が決まってくる。

 例えば“我に従え。絶対服従せよ”なんて条件付けしたらほぼ確実に被召喚者の行動を縛り付ける事になる。それを踏まえて考えると俺の“一緒に居てほしい”なんて条件付けじゃ大きな拘束力もないからほぼ意味はない。ただの通過儀礼のようなものだ。

 そして条件付けには長所短所が存在する……が、まぁ今それはいいか。俺には大した意味はないし。


「…………」

「…………」


 契約の問い掛けに対してシーちゃんとクーちゃんは普段の幼さとは違い、ただ静かにそして厳かに頭を垂れる事で契約に同意した。契約同意を確認してから魔水晶を空中に投げると二頭それぞれの前に浮いている。持ってきたナイフで指先を切り付けて出血させた。


「よろしい。今ここに大いなるマナと我が名に措いて誓おう。この血を以ってここに契約と成す。――歓喜せよ!これより我と汝らは永久に共にある!」


 最後の言霊を以って契約は最終段階に至った。半物質化した高濃度の魔力が俺と二頭を中心に吹き荒れて、更に強くキラキラと輝いている。最後の仕上げに出血した指先をシーちゃんとクーちゃん、そして媒体たる二つの魔水晶に向けて一息に振り払い、数滴ずつ生き血を滴らせた。


「一緒に居てほしい……」

「――っっ!?」

「――ッッ!!」


 シーちゃんとクーちゃんの声にならない鳴き声が周囲へ轟き響く。だが、その声には拒絶の色は見えない。湧き上がる声に苦しみではなく新たな生へ作り変わる事へのどこか淫蕩でどこか歓喜に満ちていて恍惚とした新たなる生誕の声だった。

 周囲を舞っている半物質化した赤い魔力が目も眩むほど強く光り輝いた事で視界を封じられた。初めての契約だからこれが正しい光景なのかわからないけど成功したという確かな手応えが、魔法的繋がりが身の内にあるのを感じた。召喚契約によるレイライン、(デスモス)が繋がったようだ。魔力光も落ち着いて視界が回復した。そこに見たのは魔水晶だけで、その中には小さなシーちゃんとクーちゃんが胎児のように丸まって眠っている。

 空中に浮いた魔水晶を手に取り念入りに確かめた。魔水晶自体に損傷はないし魔力も絆も正常に作動している。何事もないとわかってから安堵した。無事に召喚契約は成功した事でホッと一息吐いた。


召喚(プロスクリスィ)、シブリィ、クスィ」


 このまま狭い魔水晶の中に閉じ込めておくのは気が引けるからすぐに召喚した……のだけど、顕現したシーちゃんとクーちゃんが。


「きゅるるー!」

「わふんっ!」

「……は?」


 いや、意味がわからない。本当に意味がわからない。なんでこんな事に、なってんの?

 シーちゃんの姿は鷲の頭に前足、翼と獅子の身体に変わりはない。ただし、瞳の色が赤茶色から鮮やかなルビーのように赤く燃え盛った色をしている。クーちゃんの姿はグレイハウンドの時と変わらない。大型犬と狼を掛け合わせたような大柄の犬型の魔物だ。だけどその瞳は前よりも青く蒼く色付いている。瑠璃色に彩られた瞳が凍えるように輝いていた。それで二頭に共通した変化というのが、なぜか全身の体毛の色が抜け落ちて白色化している事だ。真白の身体が陰影によって色合いが違った。こんな事は召喚術の教本のどこにも書かれていなかった。何かイレギュラーが起きたとしか思えない。それが悪い方向へ影響したとしたら……!


「し、シーちゃんっ、クーちゃんっ。か、身体に異常はないっ?どんな事でもいいから教えてくれないかなっ」

「きゅる?……きゅるるーっ!」

「わふっ、わふんっわふわふっ!」


 なになに、寧ろ調子がいい?力が漲って身体を動かしたくて仕方がない、だって?ん、んん?……見た感じは無茶苦茶元気そうだな。それに、嘘じゃなさそうだ。だけどこういうのは本人にはわからない事も多いし気付かない部分で異常が出ているかもしれないし……うん。一度ちゃんと検査しようか。

 もしもの場合は叱られる事も覚悟して父と母に説明して協力をお願いする事も視野に入れておかないと。


「――ねぇぇ、こんな所で何してるのかなー?」

「え――?」


 色々と考えて今のところは二頭に異常はないようだ、と安堵した途端にとある人の気配が、俺のよく知る人の気配がいきなり背後に現れて明確に感じられるようになった。

 油の切れた機械のようにぎこちなく振り向くと、そこに“ヤツ”は居た。


「ハァーイ。アオイちゃん?」

「あわっ、あわわわっ……!!」


 おぅふ……母よ。気配遮断して背後に立つとは何事ですか。驚くじゃないか。恐怖で呂律が回らなくなっているよ。ほら、見ろよ。シーちゃんとクーちゃんなんてガクブル震えているじゃないか。さっきまでの元気な姿が幻だったかのようじゃないか。

 それと母よ。眩しいくらいに笑顔なのに額に“#マーク”が浮き上がっていて何もかもを台無しにしている、と息子は思うのですが……どうだろうか?いつも通りの暖かい微笑が息子は好きなのだけど……え?ダメ?お叱りコースへ一直線ですか?

 そうか……そうですか……。

 イヤアァァアアアアアァァァァアアアッッ!!!!


 


▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽


 


 えぐえぐっ。ボロクソになりました。精神的に……。しかもそれは今現在も続いていたりするけどさ。母に発見されたあの後直ぐに父も問答無用に呼び出されて農業区画に駆けつけることになった。今もガミガミ、ジワジワとお叱り中の母の隣で苦笑している。碌に説明されていないけど、どうやら母の言葉から大体の状況を察してくれたらしい。


「まったくもう、勝手に魔法なんて、しかも召喚契約を行使するなんて危ないでしょう?何を考えているのかしら。それに魔水晶なんて一体どこから持ち出したの?本当にもう、なんであんな危ない事したのかしら?成功したからいいようなものの、もしも召喚契約が失敗したら怪我しちゃうかもしれなかったのよ?まだアオイちゃんは幼いから保有する魔力も安定していないのよ。不安定なまま魔法を使うと最悪暴走する事もあるのよ?そうなったらどうするつもりだったの?本当にそんな事になったらママ悲しくて泣いちゃうわ。そもそも――」


 今も怒涛の勢いでお説教されていた。精神的に追い詰められて辛くて仕方がない。

 しかもこの世界はSFファンタジーのはずなのに“ザ・正座”が存在した。いい加減に足が痺れて、痛くて、でも感覚が鈍くなって、もう、もう……!

 本当になんでこんな事になったのか。この分だと“ザ・土下座”も存在しそうだ。


 それにしても気になるのは白く変化したシーちゃんとクーちゃんを見た時の父の目だ。何か重要な事を考えている、そんな真剣な雰囲気だった。母も一瞬だけど目を細めていたし。

 もしかしなくともこれって何かマズイ状況?シーちゃんとクーちゃんの状況ってマズイの?危ない、のか?まさかっ、い、命に関わる事、とかじゃないよな?

 色々と悪い方向へ考えてしまって際限なく不安になって仕方がない。だけど父と母は今はこうして説教と苦笑しているだけで特に何も言わない。

 どういうことだろう……。


「……魔法を行使するのにこれと言った媒体が必要ではないとは言え安全のために補助する魔法媒体は必要なのよ。アオイちゃんのようにまだまだ未熟な子供の場合は尚の事よ?だから魔法を使う場合はママかパパに、ちょっとアオイちゃん。ちゃんと聞いてるの?ママ、とっても大事なお話をしているのよ?」

「あい。ごめんなさい。今後はもう少し気をつけます。許して下さい。お願いします……」


 かれこれ二時間くらい説教されている。いい加減にこの正座から解放されたい。

 正座する俺の両脇では右隣にシーちゃんが、左隣にはクーちゃんが伏してくぅくぅと寝息を立てている。あまりにも母のお説教が長いから我慢できずに寝てしまったようだ。

 つーか、叱られている俺を置いて自分達だけ寝るとは何事か、と問いたい。小一時間ほど問い詰めたい。召喚契約で永久に共にあると誓い合ったのは嘘なのか。

 そんな葛藤をしていると母が頬に手を当てて何かに呆れたようにタメ息を吐いていた。


「もうしない、とは言わないのね。……はぁぁ、この冒険心溢れる頑固さは誰に似たのかしら?」

「え?それは勿論母さ――」

「何か言ったかしらー、アナタ……?」

「イエ、ナニモ……」


 父が反射的に意見しようとした所を母のなんとも言えないプレッシャーに圧倒されてあっさりと引き下がった。

 父よ、貴方はそれでいいのか。息子はなぜかとても情けない気持ちになったんだけど……。

 父の表情がいやに引きつっている事から、前から思っていた事だけど我が家は恐妻家の家庭のようだ。どこの世界でも女性は強い。これは世界を越えた共通の真理なのかもしれない。

 それに普段おっとりしている母だけど、実は怒るとすごく怖い。……うん、学習した。もう二度と怒らせない……と思う。ここでの断言は避ける。たぶん無理だから。

 それでもダメもとで父に応援を要請するのは家族の絆ゆえかな。では、ちょっと。


「……ちょっと、父さん助けてっ。もう足が痺れてイタイっ(ボソボソッ)」

「……すまない、愛息子よ。父さん、どうも母さんには強く言えないんだ(ボソボソッ)」

「……父さん、弱ぇぇ(ボソッ)」

「ぐふっ」


 具体的に言うと立場的な意味で弱ぇぇ。見事に尻に敷かれているじゃないか。まぁ夫婦仲は円満のようだから問題はないだろうけどさ。


「二人とも、何を、コソコソと、しているのかしら?」

「「イエ、ナニモ……」」


 誤魔化す時に父と台詞が被った……。なぜか微妙な気分になった。父の背中に哀愁が漂っていた。俺はそんな父の背中を見て涙がチョチョギレそうになった。

 で、やっぱりそんな父と息子を見て母は呆れたような、諦めたような、でも感心したような嬉しそうにタメ息を吐いていた。


「はぁぁ。こうしているとアオイちゃんはパパ似よね。困った所まで似てなければいいのだけど」

「母さんっ、それはヒドイよっ!ボクのどこに困ったところがあるのかな!?」

「んー、基本的に全部」

「のおおぉぉおおっっ!?!?」

「でもね、私はそれを含めて貴方の事を愛してるわ」

「っ!イングバルド!ボクも君を愛してるよ!」

「ありがとう。嬉しいわ、クロード」


 微笑む母に満面の笑顔で抱きつく父。しかもお互いに頬を染めている。未だに正座している息子の目の前で何をしているのか。ここで繰り広げられる桃色な空気に俺は砂糖を吐きそうだ。

 本当に何なの?この未だに新婚気分のラブコメ劇場は。

 俺は父と母のやり取りを見て『あはは、あはははは……』とただ笑うしかなかった。盛大に『このバカップルめ!』という意味合いが強いから多大に引き攣った笑い方だったけど。

 後、いい加減に正座をやめさせて下さい。お願いします。もう限界なんです。許して下さい。マジで……。


 だれか たすけて……。


 


▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽


 


 父と母が正座で苦しむ息子の目の前で思う存分イチャラブして満足したらしい。そのお陰でお説教も終わって漸く苦行から解放された。直ぐに足を崩して必死にストレッチして痺れを解していた。

 一通り満足した母は父を残して夕食の支度のために農業区画から出て行った。ここに残っているのは父と俺、寝ているシーちゃんとクーちゃんだけだ。


「……グッ、おおぉおぉお、まだ痺れが残ってるぅぅうぅぅ」

「おいおい、愛息子よ。本当に大丈夫か?」

「うん、一応は。大分まともになったかも……ぁ、でも、まだちょっとイタィィ」

「そうか。……すまんな。父さん、どうしても母さんに逆らえなくてな」

「知ってるよ」

「おぅふっ」


 父の告白に間髪入れずに即答したら、情けない感じにくず折れていた。

 大体さ、父が母に勝てるわけないじゃない。まぁ尤も息子の俺も勝てないけどさ。

 そんな事よりも今の俺は痺れた足のマッサージに忙しい。このままじゃ歩けなくて父に抱っこされて夕食の食卓まで運ばれかねない。そんな屈辱的な事態だけは避けたい。

 ああ、そんな事よりも父に一つ二つ聞きたい事がある事を思い出した。


「それより父さん。聞きたいんだけど……」

「――それはお前の横に居る二頭の事か?」


 割とシリアスに聞き返されたけど、できればくず折れた体勢から立ち直ってからにしてほしかった、と息子は思うのだけどそれは間違いか?

 あっ、ちゃんと座って話してくれるの?よかったよかった。あのままじゃ真面目に話す事もできなかったから。

 父は足を解す俺の前に腰を下ろして真白に変化した二頭を観察している。


「うん……。シーちゃんとクーちゃんは、えと……だ、大丈夫なの?」

「ふむ……魔力は安定しているし、お前達を繋いでいる(デスモス)にも負荷は見られない。初めてにしては丁寧に契約されているじゃないか。問題はないさ」


 俺の見立てと同じだった。でも、父が『初めてにしては丁寧に契約されている』と褒められて年甲斐もなく嬉しかった。意味不明な転生をしているからいい歳してるはずなのに。

 父にも問題ないと言われて安心もした。だけど、やはり気になった。


「でも、白くなってる。こんなの召喚術の記録情報や教本にはなかった。これは何か不測の事態が起きたんじゃないかな?魔力や身体に負担がないとしても、どこかに異常があるかも……そう、例えば精神的なものとか」

「いや、それは大丈夫のはずだ。この変化はそんな危ないものではないからな。数日は変化した身体に慣れるまで落ち着かないかもしれないが、それも時間を置けば解決されるさ」


 父の態度に慌てたものや切羽詰ったものは感じられない。本当に害はないとわかって、否、知っているような感じだった。

 俺の知らない事を父は知っている……。

 それがいい事なのか悪い事なのか本当に俺は知らなくていいのか、まだ判断できないけどシーちゃんとクーちゃんの安全面では心配しなくていいという事だけは理解できた。


「……父さんはシーちゃんとクーちゃんに起きた事に心当たりがあるんだね」

「うん?んー……まぁ、あると言えば、あるな」


 あるんだ、やっぱり……。

 困った笑い顔の父が迷うように、でもシッカリと言った。それでも父はハッキリとした事は教えてくれない。


「それって、俺には教えてくれないの?」

「そうだな……。ん、アオイにはまだ早い、かな」


 いつもの『愛息子』ではなく『アオイ』と名前で呼ばれた。真面目な話しだと察するには十分な理由だった。

 まだ知るべきではない、と父は判断したのだから俺はそれを尊重し従おうと思った。


「そっか……」

「ごめんな」


 どこか申し訳なさそうに謝る父。慰めるように頭を撫でてくる父の手はいつもよりも大きく感じた。


「ん、父さんがそう言うならそれが正しいんだよね。……きっと、たぶん、おそらくは」

「なぁ、そこは父親の威厳のために断言する所じゃないのかな?愛息子よ」

「え?」

「え?」


 何を、言って、いるの?父よ……。何か悪いものでも拾い食いしたのか?

 父と俺の間になにやら不穏な空気が流れ始めた。逆に俺はなぜ父がそんなわかり切った事を聞こうとしたのかがわからなかった。


「父親の、威厳?」

「ちょっと待て、愛息子よ。なぜによりにもよってそこに疑問を挟んだのかな?」


 え?そんな事もわからなかったの?父よ、自分で思い当たる事はないか?それで合ってるはずだからよく考えて思い出してみようか。


「だ、だって父さんはどちらかと言えば“父親の威厳(笑)”だし」

「かっこわらい、ってなんなのかな!?よくわからないけどものすごく悪意っぽいものを感じたのだけど!」


 悪意なんて、そんな……ヒドイな。そんな事ないし、ちょっとした茶目っ気じゃないか。こんなのは不器用な息子からのわかり難い親愛の現れにすぎないって。


「そんな事ないよ、父さん。何を言ってるのさ。俺は父さんと母さんの事を心の底から尊敬してるよ」

「なにっ!?そ、そうか?そうか、そうなのか……はははっ!」


 うわー、扱い易い。とか考えたら外道だろうからそこまでは考えないけど、目の前に居る父が一家の大黒柱として機能するのか心配だ。いや、きっと母が上手く舵取りしてくれるだろうから不安はないのだけど。


 こんな父だけど俺は大好きだ。……母の次くらいに。







アオイのお気楽さ、ほのぼのさが表現できていれば一先ず成功。

それでも上手く表現し切れていないかもだから、本当に難しいものです。


魔法の考え方はオーソドックスなものを用意したつもりだけど派手なエフェクトは殆どないことにしました。

でも術者を中心に”魔力光の蛍火”がサァァと舞い上がる光景を想像していただけたら、それはそれで幻想的ではないでしょうか?

自分的にはこういうシンプルなものが好きなんですが。


召喚術に関してもオーソドックスな考え方です。……たぶん。

基本的に派手なエフェクトはありません。


静かで、幻想的が基本方針。

これで神秘性を表現できたら作者的には嬉しい限りですね。

それではまた次回で。

ではでは。


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