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アナタは異世界で何をする?  作者: 鉄 桜
第一章・幼年期から青年期まで。
48/64

第17話・幕間


皆さんの評価に感謝を!!

ですが今話は少し短いです。三千字ほど。

申し訳ない。



 


 


 何年も続く戦乱は鎮まるどころか激化する一方だった。

 特に大きな戦場は西の帝国と南の連合との間で繰り広げられている。帝国は連合へ進軍を開始すると一路東を目指して瞬く間に連合の村や町、都市を制圧した。

 一直線に進軍した帝国軍により連合は南北に勢力を分断される。

 各個撃破の危機に立った連合軍は起死回生の一手として、残存戦力を集中させるために伸びきった帝国軍の後方破壊を主目的としたヒュドラ作戦を実行した。これに呼応する形で北部に取り残されていた連合軍は南部に展開する主力軍と合流を果たした。

 尚、このヒュドラ作戦を実行するに当たって匿名で情報提供があったのだが、その出所は依然として判明する事はなかった。正確にして詳細な帝国軍内の情報、進攻計画と補給計画の計画書であることから内部告発によるものであるという見方が強いがそれも定かではない。

 帝国は大きな打撃を受けて戦力を少なからず低下させるが、それも数ヶ月ほど経つと戦力を回復させていた。連合軍によって散々に叩かれた補給部隊も今では護衛も二倍以上に増えて、これを襲撃する事を難しくしている。

 それでも連合は帝国が戦力を回復する間に時間的猶予を得る事ができた。辛うじて戦力を集中させる事に成功した連合軍は南部にある城塞都市を最後の防衛線と定めて防衛力の強化を行なう。

 途中に何度も帝国軍が進攻して妨害するも行軍時に不慮の事故に始まり車両や機材の故障、補給が滞るなどの組織的不全が多発した事で士気が低下したことで軍事行動が出来ずに終わっていた。

 連合軍は帝国軍の動きに不自然なものを感じるも防衛力強化の事もあり深く気にする事はしなかった。

 そして現在、連合軍は幾重にも防御を固めて万全の態勢を整えて帝国軍の進攻に備えている。帝国軍も滞っていた補給と機材の点検を万全に済ませていつでも進軍できるように態勢を整えていた。

 領土の半分以上を制圧された連合にもう後はない。生きるか死ぬか、この一年が最期の反抗の機会だ。そして、それは同時に彼女達の想定の範囲内であった事も明記するものである。


 


▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽


 


 天樹ユグドラシルの苗木。エーデルは受け取った苗木を小型の自動浮遊台に載せてアスガルドへ来ていた。お手伝いとして一体のアイゼンが同行していた。


「この辺りなどはどうでしょうか?日当たりもよさそうです」


 エーデルが周りを見渡して言う。

 場所はアスガルドの平原部。背後に山脈、正面に湖があり左右は森林が広がっている。


「いいんじゃないッスか?丁度この地下には原初の箱舟(アルカ・プロエレス)があるッスしね。浮遊後になるッスけど地上部にはお城を作る予定ッスから、ここに植えるとなると少し設計し直さないとダメッスかね」

「お城?予定では屋敷だったはずですが、何か問題でも?」

「そういうわけじゃないッス。ただ、アタシらの本部が洋館じゃないッスか。親方はアタシらの主ッスからね、それとは別に立派なお城を作ってあげたいんスよ」

「承認します。マスターに相応しい城を作るのですから消費する物質資源に糸目はつけません。私が許しますから存分に腕を振るいなさい、アイゼン」

「わ、わかったッス……」


 おかしい。いやに重い威圧だった。

 恐らく思う存分やれという製作者にとって嬉しい言葉の裏に、下手なもの作ったらわかってるだろうなという脅しが滲んで見えたからかもしれない。

 自動浮遊台に載せていた天樹ユグドラシルの苗木が仄かに発光した。青々しい葉や枝が薄緑色に光る。

 それは小さな意思の集合体。生命工学とナノマシン工学の愛の子によって産み落とされた小さな生命の輝きだ。


「――――」


 光の点滅による意思の表れ。樹木ゆえに声帯なくば声にならず、ナノマシンの発光現象による意思疎通だった。それでも同じナノマシン工学という機械の産物である機械人形(アンドロイド)には幼い“彼女”の意思が声として手に取るように理解できた。


「あなたはまだまだ未熟です。ですが将来はマスターの役に立ちなさい。この地をマスターの理想郷とするのです。それこそがマスターに創造されたものの務めなのですから」

「――――」

「あぁ、こうしてエーデル姉ぇの洗脳教育は進んでいくッスね……」


 ピシリと皹の入る不快な音と気温が数度下がった気がした。

 不用意な発言とは気を抜いているから出てしまうもの。アイゼンも言ってから気付いてしまった。

 アイゼンを見るエーデルの目が凍えそうなほど冷たい。


「何か、言いましたか?アイゼン・シュタイン……」

「なんでもないッス!」


 ここは即答一択しか生き残る道は残されていない。一瞬だけ極寒の冷たさを宿した眼光と態々姓名で確認してくるとか怖すぎる。がくぶるがくぶる。

 天樹ユグドラシルの苗木は自己主張するように仄かに発光し点滅を繰り返していた。


「――――」

「そう。わかればいいのです。今は力を蓄えるのです。そして貴女が十分に育ったらマスターのためにこの地の環境調整に励みなさい。マスターは春がお好きですから常春の環境を維持するようになれるといいですね」

「――――」

「ええ。その意気です。桜の花がお好きのようですから咲かせてみるのもよろしいでしょうね。私も期待していますよ」


 嬉しそうに発光を繰り返す天樹ユグドラシルの苗木にエーデルは幼子に言い聞かせるように応援した。冷徹な彼女にしては声色が珍しく優しかった。

 アイゼンはそれらを眺めつつ手に持つハンマーを準備運動といわんばかりに空振りし始めた。先程感じた恐怖を振り払っているのかもしれない。


「アイゼン。後の事は任せても?」


 一通り天樹ユグドラシルに言い聞かせたエーデルはそんなアイゼンに構う事無く打って変わって冷めた声で聞く。言葉は疑問系だが実質命令だ。

 アイゼンは冷や汗掻きつつ頬を引き攣らせた。


「大丈夫、わかってるッスよ。植える場所の算出はこっちでやっとくッス。この後の建設にできるだけ影響が出ないようにするッスよ」

「全て任せます。良きようにしなさい。ですが、この子が枯れましたではマスターからの叱責も免れません。心して掛かるように」


 エーデルの背後で天樹ユグドラシルが枯れる云々を聞いて『そんなに柔じゃないもんっ』というように発光し抗議しているが二体とも敢えて気付いていない。


「ふふん。こと建設や鍛冶でそんなヘマはしないッス。それこそ竜が赤子に負けるようなもんッスよ」

「それならよろしいです」


 そう言うとエーデルは転送装置が設置されている本部へ向かった。

 アイゼンと天樹ユグドラシルの苗木はその背中を見送り。


「行ったッスね。さあてそれじゃ早速植え替えるとするッスかね」

「――――」

「なははっ。大丈夫、根に傷一つ付けないようにするッス。安心するッスよ」

「――――」

「ちょっ!そんな事しないッスよ!?」


 クスクス。クスクス。

 小さな意識群が笑っていた。


 


▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽


 


 日が昇り、風が吹き、月が闇を照らす。日々これを繰り返す中で今日も仕事に励むメイド達が居る。

 第一浮遊大陸となるように大規模の工事が行なわれ、数年前よりアスガルドと名称される事になった。浮遊大陸のそこに建設された施設群の一つでツインテールの少女が指揮棒代わりに細身のハンマーを手に元気に指揮を取っていた。


「うんうん。順調ッスね。とってもいい事ッス。アタシも鼻が高いッスよ」


 皆がんばるッスよー!オーっ!などと作業現場は実に賑わっていた。数千のアイゼンとリーリエが各班に分かれて働いていた。

 縦長の大きな建物の中には鯨の骨のような構造物があり、そこへ群がるメイド達が機材を手に作業する。

 とんかんとんかん。金属を叩く甲高い音が鳴り響く。

 かんかんかんかん。作業機械が動く音がする。

 ここは造船所。ただし、海に浮かぶ船ではなく空を飛ぶ船を造る場所だ。作られているものは艦船も戦闘艦が主……になる予定だ。今のところ作られている艦種は駆逐艦、巡洋艦、戦艦、空母を基本にして、小型艦艇から大型の輸送艦まで幅広く手掛けている。

 檄を飛ばすアイゼンの背後から近付く気配、それも彼女がよく知るものがあった。


「精が出ますわね、アイゼン」

「おや、ペルレじゃないッスか。普段こういうとこは寄り付かないのに、どうしたんスか?」


 鉄と油の匂いがする場所へペルレが来るのは珍しい。殊更嫌っているというわけではないが彼女は屋内勤務が主で、机仕事ばかりしているのだ。機械油と金属の匂いもそれなりに染み込んでいる場所へ来るのが珍しいと思った。

 アイゼンの働くこの造船所が完成してから今年で二年近くになるが、ここで作られた艦船は今作っているものも含めて試験艦が計八隻になる。ただし、諸事情により処女航海はしていない。


「ご挨拶ですわね。エーデルお姉様から新しい艦船の設計図が送られてきたので届けに来ただけですわ」

「おおっ!ということは親方の新しい設計図ッスね!ん?嬉しいけど態々手渡しッスか?前までは設計データを送りつけるだけだったのに」


 因みにアオイの手掛けた設計データはエーデルが管理している。アオイ自身はこうして実物が作られている事すら知らない。設計した物の大きさが大きさなので実際に作るまでは至らなかったのだが、それを形にしたのが彼女達だ。

 眠りについたアオイが目覚めた時に彼の創造物で形作られた小さな世界を作り上げる事。それが願いにして罪滅ぼしだった。

 閑話休題。


「深い理由はありませんわ。今回は視察も兼ねて届けただけですもの」

「はえ?視察ッスか?別に見られて困るものなんてないからいいッスけど」

「それでも、ですわ。一応これは警備の一面もあるのです。何が原因かで私達の知らない間にネズミが潜り込んでいるかもしれませんもの」


 それは……と考え、ありえない事ではない。極論だがAとBの場所が地面を接していれば歩いて渡れる。川が遮断しているなら泳いで渡ればいい。谷があるなら橋を掛けて渡ればいい。方法など幾らでもある。

 万全を期するなら空間を移層して、特定空間そのものを異界化してしまえば物理的にも霊的にも空間を遮断できる。世界と世界の間、次元の狭間に潜る“次元潜行”という手もあるが、それをするには外界との行き来が不便に過ぎる。

 侵入の方法など数多あり、されど防ぐ手段も数多ある。どちらが先を考えて対策するかの違いでしかない。

 なるほど、だからか。と納得する。


「あー、だからイリスがあちこち見て回ってるッスね」


 ペルレの後に続いて来た数多のイリスだったが、今は散開して造船所のあちこちを念入りに見回っていた。作業の邪魔をしないように合間を縫うようにしている事からさり気ない気遣いが垣間見える。


「警備の一面もあると言いましたでしょう?万全を尽くしておりますが、それでも万一があっては笑えませんもの」

「ふーん。まあ、そうッスね。あっ、イリスこっち来るッスよ。おーいっ!」


 一仕事終えたイリスは一体を残して全員が外に出ていた。アイゼンが手を振るとイリスが二体の許へ近付いてきた。


「はっはっはっ。相変わらずアイゼンは元気がいいな。これも閣下のご威光があるからこそだな」

「ご苦労様、イリス。それでどうでしたの?」

「うむ。異常はないな。皆よく働いていたし不審なものも影すらない」

「まあ、それもそうですわね」


 こんなものはただの確認事項だ。何かあったのならこうして暢気にお喋りしながら報告などできない。イリスもいい結果を得て満足げに頷いている。


「うむ。そう言えばアイゼン。一つ気になる事があるのだが、よいか?」

「はいはい。なんッスか?アタシにわかることなら答えるッスよ」

「奥にあった人型機械だ。機動兵器のようだが、あれはなんだ?」


 キラリン。アイゼンの目が光ると、頭に被った黄色い安全ヘルメットも怪しく輝いていたのは気のせいだと思いたい。


「おおっ、よくぞ聞いてくれたッス!あれは将来空母に乗せる艦載機として用意したものッスよ!空母なら機動兵器が必要だよね、と親方が設計した人型機動兵器ッス!……まあ、例の如く設計だけして、色々あって実物作ったのはアタシッスけど」


 造船所の奥、その一角にある台座に固定された高さが十m前後の人型機動兵器が鎮座している。灰色に彩られた装甲が試作品である事を示している。

 全体的に細くスマートな外観をしている。背面部と腰部にある反重力スラスターが翼のようで、まるで戦う天使のようだ。装甲も角張ったものではなく空気抵抗を考慮した流線型であり、破壊を齎す兵器というよりも戦乙女を象った美術品にも見える。

 頭部、顔に当たる部分もデュアルアイをバイザーで覆ったシャープな造詣であり、見た者には女性のような柔軟な印象を与える。


「ほほう、やはり閣下の作品であられたか。見たところ優れた運動性と機動性を重視したものに高火力を付与した造りのようだが、どうなのだ?」

「イリス大正解ッスよ。拡張性と生産性も高く、それに加えて装備の切り替えでどんな環境にも対応できるようになってるッス。汎用性に富んだ人型機動兵器ッスよ」

「ふむふむ。いいな、それはいい。うむ、早く乗ってみたいものだ」


 わくわく。どきどき。今のイリスを言葉で表すならこれが一番適切か。目なんかキラキラさせて、子供が新しい玩具を前にしたかのようだった。

 まあ、見た目は十二、三歳の少女なのだが……。


「あー、期待してくれるのは嬉しいスけど、もう少し待ってほしいッス。外側が出来たばかりで、まだ中身が空っぽのおバカさんなんスよ」

「んむ?そうなのか、それは残念だ……」


 しょんぼり。今まで上がりに上がっていたテンションが急降下してしまった。大好物を前にして待てをされた子犬のようだ。髪形をポニーテールにしているのだが、しょんぼりして力が抜けていた。


「はいはい。そこまででしてよ。私達も暇ではないのですから」

「んむ?ああ、すまない。閣下の手掛けた兵器に乗れると思うとつい、な」


 ペルレに声を掛けられてシャキッと立ち直る。戦う者ゆえか流石に気持ちの切り替えが早い。

 アイゼンはもっとお喋りしたいのかやや不満げだ。姉妹のお喋りはいつしても楽しい。


「あれ?もう行っちゃうッスか?もっとお喋りしたいッスよー」

「ごめんなさいね。でも、いつまでもお喋りしていては他の皆のお邪魔になりますもの。それよりもアイゼンには今日渡した設計図の件をお願いしますわ」

「そこは任せてほしいッス。エーデル姉ぇが寄越したんスから無下にはできないッスよ。そんな事したら“プチッ”ッスよ?プチッ?ガクブルガクブル……!」


 言葉で嬲られつつ空間操作で壁を作り閉じ込められ、圧迫されて物理的にぺしゃんこにされてしまう。あの徐々に重くなり押し潰される感触は恐怖以外の何ものでもない。

 理不尽に振るわれる事はないが、一度振るうと決めれば躊躇は一切しない。いい意味でも悪い意味でも思い切りがいいのだ。


「まさか、いくら姉上でもそこまでは……いや、するな。だが、ううむ……」

「あらあら、大変ですわ。ふふふ、楽し……がんばるのですよ?」

「そんなあっさりと!?しかもアタシだけが被害に遭うみたいに!ひどいッスよ!」


 イリスは励まそうとするも腕組みし考え込んでしまい、ペルレに至っては楽しそうに笑って応援すらしている。

 他愛無い想像だったのにアイゼンは目の前が真っ暗になった。


「大丈夫。大丈夫か?いや、大丈夫だろう」

「ふふ、うふふふ。あらあら、楽しいですわ」

「あうあうあう。もうダメッス。あうあうあう」


 一体は悩み。一体は笑い。一体は恐怖する。

 三者三様のそれは一種混沌としていた。


 


 


 


「あれ!?なんでアタシが罰を受けるみたいになってるッスか?あれ?」


 もちろん罰などない。

 今日もアスガルドは平和だった。


 


▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽


 


 イングバルドの寝室で行なわれる定例報告会。

 面子はイングバルドとエーデル、そこに加えてネルケとマグノリエの四名だ。この四名がベッドの上で膝詰め談義している。


「さてと、なんか私達に隠れてコソコソと色々やってるみたいじゃない。それも含めて報告を聞かせてもらえる?」

「……かしこまりました」


 報告が始まり、最初に口を開いたのはエーデルだ。アオイの発明品やその効果、それらを使って浮遊大陸に応用できそうなものを。

 次にマグノリエだ。彼女は浮遊大陸の全責任を負っている。警備部門担当のイリスの報告書、生産部門担当のアイゼンの報告書、総務部門担当のペルレの報告書、最後に全部門で活躍するリーリエの総合報告書で締めとなる。

 ネルケからは連合と帝国へ潜り込ませた構成員からの報告をまとめた報告データを表示して報告した。

 そしてもう一度エーデルが、アオイの普段の行動について話してこの報告会も終わりだ。こちらの動きに気付いた様子はないか、ある程度外出を認められた事で“外”にて問題を起こす、または巻き込まれていないかなど。

 原因と過程、そして結果。更に結果から派生する原因と過程。報告できる事はしてみせた。


「――以上がこれまでの顛末と結果になります。尚これらの設備と機材、装備、工事の拡張などは今後に必要となると判断し、私が独断で用意いたしました」

「へえ、なるほどねえ。よくやってくれてるようで私も嬉しいわ。……でも、まだ残ってるでしょ?」

「何の事でしょう、イングバルド様?」


 何も卑しい事などない。エーデルは態度でそれを示してみせる。優しく微笑みつつもイングバルドの眼光だけは鋭いものが見えるのに、だ。

 愉快そうにイングバルドの笑みが増す。


「あら、惚けるの?うふふ。そういうの割と好きよ。でもね、利用されるのは不愉快だわ」

「…………」


 エーデルとイングバルドは、じっと睨み合う。片や冷たい無表情、片や優しい笑顔。されど無言の中では攻防が繰り広げられている。

 エーデルに話す気が無いと感じたイングバルドは攻め手を変えて残りの二名に視線を向ける。


「マグノリエちゃんとネルケちゃんも、エーデルちゃんと同様なのかしら?」

「…………」


 二名の答えは沈黙。ただし、それだけにわかりやすい。

 このような報告会を開いているが、彼女達の最も優先されるのはアオイなのだ。エーデルの教育もあるだろうが僅かな効果しかないはずの条件付けなのに彼女達は献身的に尽くしていた。

 それこそ己が主の為ならば疎まれ、蛇蝎の如く嫌悪される事すら厭わない。いっそ理想的とすら言える忠誠心を態度で表している。

 イングバルドは向こうから白状させるのは無理だと内心で諦め、そして頼もしく思った。ゆえにイングバルドは譲歩し自分から折れることにした。


「あらら、黙秘(だんまり)?エーデルちゃん達の結束は固いようね。まあ、いいわ。大方、大崩壊(ラグナロク)の一部に手を加えて西、帝国かしら?」

「…………」


 大崩壊(ラグナロク)に必要な工程はほぼ終えていた。ミッドガルドにただ一つあるアース大陸を分かつための装置を十数年の歳月を掛けて数千数万もの数を地中へ設置してきた。

 この装置の本来の使い方は生物の住めない惑星を作り変える惑星改造(テラフォーミング)の前準備で使われるものだ。人工的に地形変動を引き起こし活性化させる。

 惑星環境を作り変える大規模な環境操作。たし、今回は生息している生物が多数存在するために最低限の効果になるように留めている。

 イングバルドは目を細めて三名を見据えた。彼女達に動揺した様子は見られない。そして改めて自身の目的を思い出す。

 遥か昔それこそ太古の時代にイングバルド達は過ちを犯した。

 何も知らずに虐げられていた彼らに武器を作る知恵を与え、戦う術を与えた。

 負の想念より生まれた魔族に対抗するために、精霊に仲介し魔法の業を教えた。

 長命種たるクロードは何も知らなかったヒトに“欲”を覚えさせてしまった。

 それから幾億年の歳月を経た今、アース大陸は未曾有の大戦乱に曝されていた。

 奪い合い殺し合う。その勢いは生き物を全て根絶やしにしかねないものだ。それだけではない。作物の不作が続き大飢饉に陥る場合も多くなり、多くの者が餓死した。

 食べ物を得るために戦う。食べるために戦う。殺すために戦う。己が欲求を満たすために戦う。

 それは呪いの連鎖となり憎悪を蔓延させていった。憎悪は惑星(ホシ)を蝕み、破滅の危機に瀕していた。このまま続けば数百年と待たずに全ての生き物が絶滅してしまうほどに病んでいたのだ。

 争いの術を与えてしまったクロ-ドとイングバルドは大いに悲しみ嘆いた。二人は必死に争いの原因となる芽を様々な方法で刈ってきた。時に話し合いで、時に戦って、時に殺した。

 それでも滅びへ向かう時計の針は止まらない。一つの災いの芽を摘めば十の災いが起きた。十の災いの芽を摘めば百の災いが起きた。どうにもならない現実に二人は絶望した。

 しかし、その絶望はアオイが生まれた事で希望となった。

 二人は必死に考えた。生まれてきた我が子に希望ある未来を残すにはどうしたらよいのか。今よりも争いの少ない未来はどうすれば成るのか。

 考え考え考え抜いた。そして、一つの狂気の解決策が思いついてしまった。

 アース大陸で争いが絶えないのならば、大陸を分割して争いを分散してしまえばいい。息子を、ヒトを愛するがゆえに惑星(ホシ)を滅びから救うために強引に引き裂く。

 きっと多くの命が亡くなるだろう。

 きっと多くの国が、文明が潰えるだろう。

 きっと多くの悲しみが、憎悪が生まれるだろう。

 それでもやらなければならない。やらなければアース大陸はこの愚かな争いの果てに滅んでしまう。イングバルドとクロードの二人は子の親となった日からその思いは一層強くなっていた。

 その想いは子を守るためなら大陸を、自分達の生まれ育った故郷だとしても犠牲にしてみせる狂気的なまでの覚悟を持っていた。

 しかし、ヒトは強欲だ。数多ある世界の資料によれば海を越えて争い合う確率が最も高いのは歴史が証明している。無駄な酷く傲慢で独善に満ちた救済かもしれない。

 それでも時間を稼ぐ事ができるはず。ヒトが自身の行ないを改める時間が。

 過去に思いを馳せる。感傷的になっているがゆえに口を滑らせてしまった。


「動揺一つない。こっちに知られてるのは想定済みって事?まったく、貴女達ったら意外と執念深いのね。そんなにアオイちゃんが巻き込まれたのが気に入らなかったの?」

「――当前です」

「っ!」


 ゆらりと、湧き上がる憎悪が感じられた。それはエーデルから滲み出るように広がりドス黒く醜い感情の色だった。マグノリエが唖然としネルケは目ボケ眼を訝しげに細めた。

 目を瞬かせて驚いているイングバルドを置いて二名それぞれが腕を伸ばしてエーデルを止めようと動き出した。


「待て、姉者ッ」

「お姉様、それ以上はっ」

「あの時ッ――!!」

「っ!?」


 雷鳴のような一喝と見えない圧力にマグノリエとネルケは逆に動きを止めてしまう。

 エーデルはいつも通り無表情を貫いている。しかし、その冷たい瞳の奥には憎悪の炎が揺らめいていた。


「あの時、感じた怒り。今も胸の内で燻る黒い炎はあいつら、帝国人(おフェラ豚)共を仄暗き地の底(ヘルヘイム)に叩き込むまで、絶対に治まりません。叶うことなら一人ひとりを私の手で直接殺してやりたい……!」


 内から溢れ出しそうな感情を無理矢理押さえ込み、そこから搾り出すように口にする。

 エーデルとてあれは事故のようなものとわかっている。だが、わかっていても未だに感情が納得する事も許す事もできないでいた。

 マグノリエとネルケもおおよそ同意だ。それでもいずれ亡くなる国の事と考えればまだ我慢もできた。

 そんな三名を間近で見たイングバルドは最初こそ呆然としていたが、今は興味深そうな対象を観察する研究者のような目をしていた。


「……驚いた。今のは“本物の怒り”だったわ。まだ十三年しか経ってないのに、もうそこまで感情が発露してるなんて」


 叩き付けられた感情を自分なりに評価したイングバルドは好奇心を刺激されていた。

 機械人形(アンドロイド)は知識を焼き付けられ最初から成人と同じだけの知性を宿しており、精神の安定と暴走抑止のために強力な条件付けを付与されて作られる。

 その最も重要な条件付けが、彼女達に付与されたものは効果が薄い。エーデルに関しては条件付けその者が見せ掛けで皆無だ。

 下手すると反乱すらされかねないのに製作者のアオイは寧ろその時は仕方がないというように笑って彼女達を信頼し自由にしていた。

 そんな彼女達は存在するかも怪しい拘束力に縛られず、逆に自ら進んでアオイに奉仕している。弟や兄、家族に接するような思いやりに満ちており、だが主従の一線は厳守する。

 面白い。興味深い。イングバルドは笑いが込み上げてきた。


「……ふっ、ふっ。うふふ、あははははっ!」

「イングバルド、様?」


 突如笑い出したイングバルドに唖然としてしまう。先程まで一触即発といっても不思議ではないほど張り詰めていたはずなのに、今は微塵も感じられない。

 訝しげな視線を向けるエーデル、マグノリエはネルケと視線で『お前が池』『え!?』『逝けよ』『ええっ!?』と会話すると諦めたように声を掛けた。


「くふふ。――いい」

「は?」


 笑い声がピタリと止んだと思ったら今度は目を輝かせていた。


「実にいいわ。自由を許された機械人形(エーデルちゃん)ってここまで素晴らしいのね。まるで感情に揺らめくヒトみたい。ふふふっ。ああもう、本当に。くふふ。こんな娘作っちゃうなんて、アオイちゃんったらやるじゃない」


 一気に捲くし立てるように言葉を吐き出した。言葉の裏には関心と好奇心、惜しみない称賛があった。

 探究心旺盛な長命種といえどもここまで変わり身が早いものか。マグノリエとネルケが戸惑う中で、ただ一体エーデルだけが上機嫌のイングバルドを睨み付けていた。


「…………」

「あら?ごめんなさい。気に障ったのなら謝るからそんな目で見ないでよ。そんな顔ばかりしてたらアオイちゃんが怯えちゃうわよ?」


 エーデルがきょとんとした顔をした。右を見てネルケが居て、左を見てマグノリエが居る。正面に向き直ってジッと睨むように見詰める。自身の何かと葛藤しているようだ。

 すると数秒と経たずに今までの張り詰めていた雰囲気が、風船の空気が抜けるように萎んでいく。


「……こほん。謝罪の必要はありません。しかし一つ言わせてもらいますが、マスターが手掛けられた私どもを始めとした作品は全てが“素晴らしいもの”です。そこはお間違えのなきように」


 キッチリとアオイの腕を持ち上げて宣伝するように意見だけは残しておく。

 生まれた時から彼女にはこういうところがある。零か一という思い切りのいい判断が出来るくせに、アオイを好いているから一気に既成事実に及ぶかと思えば変なところで純情な彼女は昔から変わらない。それがまた微笑ましく思う。


「あらあら。そういうところは変わらないのね。でも、いいわ。面白いものも見れたから、隠し事の件は不問にしてあげる」

「……ありがとうございます」

「ただし、大崩壊(ラグナロク)の一部変更に基づいた再演算は完璧にしておきなさい。そこが最大の譲歩で限界の線引きよ。いいわね?」

「はい。そう仰ると思い既に再演算を完了させております。計画の修正に必要な数値は割り出してありますので、詳しい数値の資料はこちらのデータをご覧ください」


 受け取った報告書のデータを手にイングバルドは自分の笑みが引き付くのを自覚する。


「……ここまで予測済みだった、と?」


 答える事無くただ慇懃に(・・・)頭を下げるのみだった。

 隠れてコソコソされたことは不愉快だったが、こうまでこちらの先を行かれるといっそ清々しい思いだ。これなら一人一発、鉄建制裁だけで許してもいいかもしれない。

 ただ、それでも――。


「――まあ、いいわ」

「感謝します、イングバルド様」

「貴女って娘は本当に……うふふ」


 一発叩いてやろうかとも思ったが、ここまで成長した彼女を祝う気持ちもある。

 自分達と違い感情に揺れる不安定なヒトの営みを尊いものだと思う彼女は、エーデルの変化を喜ばしく思っていた。








 次の年、連合は絶対防衛線を構築した城塞都市にて数度に渡り帝国と交戦し、その度に帝国に対して多大な出血を強いるも数の劣勢と魔導機械技術の粋を凝らした航空戦闘艦群に徐々に追い詰められ、連合軍主力は壊滅した。

 生き残った者は抵抗勢力として活動するも帝国軍はこれを悉く撃滅せしめた。

 その中で連合軍の生き残りであるエルフのとある姉妹達の駆る戦闘機が多大な活躍をしたがここで語られる事はない。

 舞台は次の段階へと上る。帝国軍はついにアース大陸南東に位置する場所へその手を掛けたのだった。




はいっ。やっとこさ第一章の終わりが見えてきました。

作者も一安心ですが、手は抜きません。寧ろ気合を入れて第一章完結を目指します。

第二章が実質的に今作品の本番ですから……クッ、長かったなッ!チクショー!

ではでは。


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