第16話・幕間
アース大陸中央部にある大砂漠の南よりの山脈、平原と湖が森に囲まれた場所。名称をアスガルド。今ここで大規模工事が行なわれていた。
周囲一帯には数百kmに渡り巨大な人払いと不可視の広域複合結界が展開されており、警備しているイリス達が不意に現れる侵入者を阻んでいた。
そして現場で工事作業に従事する者達は全員がメイド服を着て黄色いヘルメットを被っている。数多に増殖したリーリエ、アイゼンの各々が手にツルハシやスコップ、ハンマーなどを持ち、岩を砕いて土を掘り返していた。
それらを監督しているのは長い髪をアップに結い上げた十代後半の女性レギオンシスターズがクイーンのマグノリエだ。もう一体、ウェーブが掛かった髪を肩まで伸ばした優しげな聖職者然とした少女レギオンシスターズがビショップのペルレが彼女の補佐として着いていた。
「はあ。お姉様も無茶を仰いますわね。急に工事拡張をするなんて。お陰で全ての作業計画を練り直すことになりましたわ」
作業現場に立ちマグノリエが指示を飛ばす間に呟いていた。顔色に疲労は見られないがどことなく憂いのようなものがある。傍で空間ウインドウを展開し計画の進行状況の確認と微調整をしていたペルレがくすりと笑みを溢した。
「あらあら。そのようなお顔をしないで下さいな。工事も第一はもう浮遊可能で今は他の施設を建設中ですし、追加の第二と第三は人員を増員して当たっておりますもの。多少の計画修正くらい問題ありません」
「ペルレ。そうは言いましても工事の規模は実質ニ倍ですのよ?これだけ大規模になりますと隠蔽工作も楽ではありません。ただでさえ条件が厳しいですのに」
エーデルのとある決意によって直径百km級の第一浮遊大陸に追加して五十km級の浮遊大陸を二つ浮かべる事になった。工事拡張する理由が理由だけに断るつもりはなくとも、苦労は増えるので言いたいことはある。
マグノリエは工事全体の監督と指揮をしているのでその苦労は数倍に跳ね上がっている。サポートするペルレ達は人員を増強できているが、それでも彼女よりはマシという程度のものだった。
「お二方のご意向で侵入者には極力死者を出さずに防衛しなければなりませんからね。その点イリス達はよくやってくれていますわ」
「ええ、本当に。ああ、それに工事規模の拡大で結界も展開しなおすことになりましたわ。あれって意外と手間ですのに」
お陰で二週間も計画が遅れてしまいましたわ。辟易したようにマグノリエが溜息を吐いていた。
「ふふふ。一度展開した結界を展開しなおすには膨大な術式を再演算しないとなりませんものね。お疲れ様でございますわ」
「ありがとう、ペルレ。貴女も手伝ってくれたから助かりましたわ」
「それが私の役目ですもの。あまりお気になさらないで」
山場を越えて十数時間ぶりに一息吐いているが、先程まで数百の案件を処理していた。
今は疎らに挙がってくる案件に指示を出して、冗談のような陳情には笑顔を浮かべて鉄拳を下していた。
「そうですわ。マグノリエ、それよりもこの案件の確認をお願いしたいのですが、よろしいかしら?」
「もうペルレったら、仕事ですもの、遠慮しなくてもよろしくてよ。それで何かしら?」
ありがとうとペルレが礼を言うとポポンと空間ウインドウをマグノリエの前に展開した。表示されたものはこれまでの侵入者の数と種族、その他に現場の意見報告書などだ。
「こちらの表を見ていただければわかると思いますが、西側から来る侵入者が増加しているのでございます」
「あら、今度は西ですの?まあ、魔物に難民、他にもこんなに。西からというと帝国に押しやられてきたのかしら」
「そのようです。今、帝国が統治下に置いた領の各地で反乱が起きており、帝国軍が鎮圧に動いています。それと並行して連合の領内に進攻しております。此度の侵入者の増加もその影響でしょう」
なんとも遣る瀬無い気持ちにさせられる二体が示し合わせたように互いに見やる。
「ふぅ、前回は東から今度は西から。上が馬鹿だから下の者が苦労するなんて、皆さん大変ですわね」
「ええ、本当に。皆様のご苦労が思い遣られますわ。ですが、本題はそれではないのです。こちらなのですが」
そう言うペルレが空間ウインドウの一つを拡大した。それは西南西にて整備部隊を展開するイリスの報告書だ。
「この報告書は、気になりますわね。帝国兵の姿が月毎に増えているとはどういうことかしら?この資料を見る限りではこちらに気付いたわけではなさそうですが」
「帝国の侵攻で連合は西側の領土の殆どを奪われていますからこちらにも勢力を伸ばしてきたと見るのが妥当な所だとは思うのですが、それにしては数も少なく装備も標準よりやや下回ります。確証が得られません」
「そうですわね。このままでは下手に動けませんし、敵の上官を捕らえて尋問するか脳内洗浄してみようかしら」
どちらも半ば冗談の選択肢だ。狙ったようにこちらへ調査しているならまだしも今のところは帝国の兵にその兆候は見られない。それなら態々こちらから正体を曝すような行動は控えるべきだ。
「それならネルケに応援を頼みますか?あれは情報の取得に長けておりますわ」
「それって脳内洗浄する気満々ですわね。迷いなくそちらを選ぶとは……流石ペルレ黒い子ですわ」
「うふふふ。今なにか……言いました?」
「ぃえっ?なぃも、なにも言っていませんゎよっ?」
「あらあら。まあまあ。そうですわよねぇぇ?うふふふ」
声が上擦っているなんて事はない。素敵な笑顔なのにそれが怖いと思ったなんて事もない……と思う。ペルレから漏れ出る黒いオーラなんて見えていないし怖がってもいない……はずだ。
ついこの前、プリーゼ村の事件にアオイが巻き込まれた時に自身の行ないが暴露されて皆からネチネチと叱られて、次に手が出て足蹴にされるなどボコボコにされた記憶も新しいために、余計にその時の恐怖を思い出された。
「あの時は心身ともにボロボロにされて思わず自壊するかと思いましたわ……」
「……マグノリエ?」
「何も言ってませんわよ!?」
「ええ。それはわかっていますが、どうかなさいましたの?」
「大丈夫ですわ。わたくし元気です。ええ、めがっさ元気ですわ」
「は?」
「ええ、大丈夫。達磨にされて焼き鏝とか忘れましょう。熱くなんてないし痛くもありませんわ。そうです、わたくしは大丈夫ですわ、ええ!」
マグノリエは思いっきり混乱していた。空回りした対応にペルレは目を白黒させて困惑していた。
「よくわかりませんが、まあよろしいですわ。それよりも帝国兵についてなのですが、今後増加すると思われる彼らにはどのような対応をするのでございますか?」
「目は!針は!眼球は抉るものではありませんわ!……はっ!?あ、いえ、ええと、んんっ。失礼しましたわ。帝国のへの対応ですわね。今のところは現状維持でよろしいのではなくて?下手に動くとわたくし達のことが露呈する危険もありますもの」
こほんこほん。意味もなく紙や服装を整えるマグノリエは今後の対応を離しながらも頬が羞恥心から赤く染まっている。そのせいかペルレがいつも以上にニコニコ笑っているのに気が回っていない。
「それでよろしいのかしら?一応お二方からは帝国兵とは避けえぬ戦闘に限りですが殲滅する許可を頂いておりますのよ?本当によろしいの?汚物は消毒してやりたくなりませんの?真赤な紅葉を見たくはありませんの?」
「貴女、どれだけ帝国兵を亡き者にしたいのかしら。不自然なくらい活き活きしていてよ?まさかとは思いますが知らないうちに変なバグが発生してません事?」
多少は立ち直ったのか呆れとも苦笑とも取れる顔をする。今の仕事があるのにやや遠回りに帝国兵殲滅すべしと言われているようなものだ。限定的に許可されているとしてもそれは流石に即断できない。
「……プリーゼ村」
「っ!」
それだというのにぼそりと呟やかれた言葉にマグノリエの耳がピクリと反応してしまった。ニコニコと聖母のような笑みを浮かべるペルレが内心でニヤリと嗤った。
「……陛下が巻き込まれました」
「っ!!」
二言目にしてマグノリエは強く拳を握った。強く握りこまれた白手袋がきゅっと音を鳴らす。
激しい爆発音と轟く振動に体勢を崩したアオイが頭部を負傷して崩れ落ちる。
情報を共有しているからこそエーデルの目にした光景が鮮明に思い出される。
「……彼らのせいでお怪我されましたわよね?」
「見つけたら殲滅しますわ!一匹たりとて逃がすものですか!」
釣れた。ペルレが表裏の両方で会心の笑みを浮かべた。この姉妹はなんと愛らしいのか。
「ああ、マグノリエ。貴女のそういうチョロイ、もとい即断即決するところは素敵ですわ」
「え?今なにか言いまして?」
「うふふ。いいえ、なにも。気のせいではないかしら」
「そう、かしら?むむむ」
「ええ、そうですわ。うふふふ」
工事は現状維持。それに加えて侵入者は帝国軍に限りだが捕縛と殲滅を積極的に行う事になった。
問題は多いが、アスガルドは今日も平和だった。
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それから数ヶ月が経過した。プリーゼ村も帝国に制圧されて重要な補給基地となっている。連合はまたも不利に立たされる結果となった。
そして今、帝国はこの地へも不定期に小部隊を送り込んでいた。少数を除きその殆どを捕縛しており、捕縛後は“とある処理”をしてから帝国へ送り返している。
森林地帯を主とした第二工事現場外周から約二十km離れた位置にてメカニカルなメイド服を装着した沢山の少女達が居た。
「――目標接近。装備から帝国兵と思われるのです。数は二十人、約五〇m後方に十五人の計三十五人。脅威度は低位。間もなく迎撃区域に侵入するのですよ」
偵察型装備を装着したリーリエの一体が通信機を使い仮本部に報告した。
見た目は十歳前後の幼女だ。少しは成長しているがそれでもまだ背丈は低い。首に掛かるくらいの髪やクリっとした可愛らしい目をしていることからややボーイッシュな印象がある。
「そうか。相手が帝国なら遠慮はいらないな。後方の敵が迎撃区域に侵入して五分後に攻撃を開始する。突撃班は現地で監視している即応部隊の分隊と合流して敵の予想進路の先にて半包囲展開せよ。後方は指示あるまで待機だ」
「了解」
「いいか?その場で殺すなよ?自分で言うのもなんだが、そこに居る私が帝国兵を八つ裂きにしないか不安なんだ。仮に殺ったとしても後悔しないが反省はしなければならないからな。できればリーリエが止めてやってくれ」
「わかってるのですよ……」
仮本部に常駐する警備責任者のイリスが対応を指示すると現場指揮官のイリスと彼女の補佐であるリーリエが答えた。
本部に居るイリスはメイド服を、現場のイリスは強襲型装備を装着している。見た目は十代前半の少女であり、腰よりも尚長い銀髪、金色の目はキリッとした鋭い印象を相手に思わせる。
一小隊五十名からなる警備小隊。この区域を警備し対応するのが彼女達の仕事だ。
通信を切ったリーリエ達が現場指揮官のイリスの命令を待っている。
「わかっていると思うが、指揮官を最優先で討ち取れ。ただし、真に残念だが殺すな。その他の兵もだ。マグノリエとペルレから情報を搾り取るので捕縛しろとの命令が出ている」
「了解なのです。程よく痛めつけて眠らせてやるのです。……ついでに暴走したいリスは撃ち抜くのです」
「撃ち抜く!?……ま、まあよろしい、その意気だ。基本が生かして捕らえるが、抵抗が激しい場合はこの限りではない。いつも通りにやれば、それで終わりだ。いいな?よし、それではただ今より我ら警備小隊は作戦行動を開始する」
イリスの命令に了解の返答が唱和され警備小隊が動き出した。全員が反重力スラスターを稼働させるとエネルギーラインが仄かに輝き光を引くように地を滑るように飛んで行く。
命令を下したイリスが率先して飛んで行く中で警備小隊は陣形を楔型に変えて速度を上げた。木々が生い茂り視界も利かない上に足場も悪いが、それらをものともせずに彼女達は突き進む。
そのまま移動して数分、何の変哲もない森中で停止した。そのまま警備小隊は円周防御に陣形を変えて周囲を警戒する。
森の中、そうしていると大して時間を置く事もなく、近くの茂みがガサガサと音を立てて揺れた。何かが居る。警備小隊は流れるような動作で武器を向けた。
「待ってたのですよ、イリス。敵情報の更新はどうなのです?」
「なに、敵情報はお前達のお陰で全て把握できているとも。指揮に影響はないな」
「それなら安心なのですよ。それじゃボク達即応分隊十名の指揮権を一時的にお預けるのです」
「指揮権の委譲は了承した。ヘマをするなよ、リーリエ?」
「ふふん、それは愚問なのです。自分達の庭で負けるほどマヌケではないのですよ」
「はっはっはっ。そうかそうか。それならいい」
では配置につけ。了解なのですよ。それらを最後にそれぞれの配置につくべく動き出した。既に短距離レーダーと地図データには味方を示す青い光点が三日月型に展開しているのが映し出されていた。
これから戦闘になるというのに実に軽い。それでいてたるんでいるわけはなく全員が程よく緊張した良好な状態でいる。
茂みの中、木の枝の上、地面に穴を掘った蛸壺の中などなど。それぞれが配置につき敵が現れるのを待ち構えていた。
「…………む、来たか」
そのまま茂みの中で潜んで、常時接続ネットワークを使って暇つぶし程度にお喋りしていると短距離レーダーが敵の反応を捉えた。
一つ、三つ、七つ。個体反応が徐々に増えていく。帝国兵は二列縦隊の縦列陣形で進んでいる。森の中を進んでいるために軍用車両は殆ど見られないが、先行する自動二輪車が四台ある。
この区域の指揮官イリスが待機している全員に通達するべく通信を開いた。
「警備小隊各員に告ぐ。獲物が網に掛かった。喜べ。狩りの時間だ」
それを聞いた全員が金色の目をギラリと輝かせてニヤリと嗤った。皆が皆、手にする銃器や刀剣を愛おしそうに撫でて獲物の血を啜るまでの無聊を慰めている。
「皆やる気に満ち満ちているじゃないか。だが、殺すなよ?殺すのはやつらの低脳から情報を搾り取ってからだ」
「それは、わかってるのですが。大丈夫なのですか、イリス?目が血走っているのですよ。今なら視線だけでヒトを殺せてしまいそうなのです」
「……否定はしない。だが任務は絶対だ。真に遺憾だが、帝国の愚物共は生きたまま捕らえる」
ギチリ。軋んだ音が機械の装甲に覆われた手から聞こえた。
プリーゼ村で起きた戦闘にアオイが巻き込まれた。怪我した事もある意味で事故と言えるものだったが、それでも切っ掛けを作った帝国には憤りを感じずにはいられなかった。
何よりも気に入らないのが、イングバルドを生きたまま捕らえるためにアオイを拉致しようとしたというではないか。まるでついでのような扱いが無性に気に入らない。
ふと気を抜くと皆殺しにしてやりたくなる衝動に駆られる自分を抑えるのに、こうも必死になるとは思いもしなかった。
「冷静に怒るって、実は一番怖いのです」
「なに?すまない。聞いてなかった。なんと言った?」
「なんでもないのですよー」
「そうか?ならば――っ、帝国兵を目視にて確認した。警備小隊各員へ。これより戦闘を開始する。合図と同時に目に物見せてやれ」
その途端、クツクツと喉で笑う声がして『応!!』と返ってきた。まるで獅子が咆哮するような応答であったそれは意識下の通信だからよかったものの、これが通常の音声通信だったら敵に丸聞こえだ。
以降、少しオマケ。
「あっ、そうなのです。イリスイリス」
「なんだ、どうしたリーリエ?」
「ボク達とイリス達でどっちが多く狩れるか競争するのです。これに勝ったら王さまに膝枕してもらうのです」
「なんと!そのような恐れ多い事を!?しかも勝負と言っておきながら私とお前では数が違うではないか!こちらは九対一以下なのだぞ!?」
「それくらいハンデなのですよ。元から性能差があるのですから当然なのです。それじゃ、始めるのですよー!」
「ああっ!こらっ、待て!ずるいぞ!」
ちゃんちゃん。
因みに勝者は圧倒的数で押し切ったリーリエだった。
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とある日の事だ。もう何度目になるのか、予てからの通りに迎撃区域に帝国兵が侵入したのを確認し、それらを捕縛した。
その中で指揮官クラスと思われる者達を執拗に尋問し、断固として抵抗する者には問答無用で脳内洗浄して情報を搾り取っていた。これによって得られた情報は数多いが、比例して廃人になった捕虜が増えてしまった。
実に悲しい事件だ。肉体的には生きているものの今では寝たきりの植物人間になってしまっている。彼らのご家族や恋人、友人にはお悔やみするが、どうか元気を出していただきたい。彼らは栄えある帝国の礎になったのだと胸を張っていただきたい。
「栄えある帝国、ですか。なんと申しますか、滑稽ですね……うふふふ」
鈴が転がるような少女の笑い声がした。メイド服を着た少女の声には憐憫二割と嘲笑七割とその他一割の響きがあった。
薄暗く広い部屋だ。十m先すらも見えないほどで、明かりは中央にある小さな照明ただ一つしかない。部屋の中央にはごてごてと機械を取り付けた不気味な椅子があり、その前に小さな丸テーブルと木製の椅子がある。
「ぁ、ぅ。ぁぁ……」
不気味な椅子には大きな体格をした屈強な男性が頭に銀色の輪を装着し手足を固定されて座っている。今彼はその目は虚ろで、だらしなく開いた口からは舌を出して涎を垂らしていた。
正面に位置する木製の椅子には先ほど笑っていた少女が腰掛けて男性を眺めていた。
「うふふふ。皆様、この度はご協力ありがとうございます。貴方達のお陰で助かりましたわ。――尤も、今の貴方達はもう何も理解できないのでしょうが」
クスクスと笑う声がする。少女は“皆様”と言った。薄暗い部屋で可愛らしく笑う少女の周囲によく目を凝らしてみれば、そこには不気味な椅子に座っている男性同様に虚ろな表情をしたヒトが十数人ほど転がっていた。
男性女性問わず、少数だが人間族以外も居る。彼らに共通するのは全員がミロス帝国の軍服を着用している事だ。そんな彼らが今は生きた肉人形となっていた。
少女はゆったりとした動作で立ち上がると徐に床に転がる一人へ近付いていき微笑を強くした。
「最後にもう一度お礼を申し上げますわ。本当にご協力ありがとうございました。うふ、うふふふ」
メイド服のスカートの端を摘み一礼する。素人目に見ても優雅な礼だった。
ただし、その礼をされているのは生きた肉人形となったモノである。意味などない。あるとしてもそれは皮肉以外の何ものでもない。
少女もそれをわかっているのだが、それでも礼を尽くすのは有益な情報を集められたことへの感謝の表れだった。彼らの最期を飾るのだからこれくらいはしてもいいという考えもある。
そこへ少女よりも小柄な女の子がいつの間にか傍に居た。どのあたりから見ていたのかどこか呆れているように見えた。
「あら、このような場所へどうなさいましたの、リーリエ?」
「マグノリエから、そろそろ終わる頃だから片付けを手伝うように言われて来たのですよ」
「まあ、それはありがたいわ。肉人形となった彼らを運ぶのも一苦労ですから助かりますわ。もう“処理”は終えておりますから、とりあえずはこのまま焼却場まで運ぶのですがよろしいかしら」
「そ、それはかまわないのですが……うう、ペルレが黒いのですよぉぉ」
「あらあらっ、まあまあっ。ひどいですわリーリエ。私は彼らを何もできずに生きるという苦しみから解放して差し上げただけですのに」
態々火葬してあげるのですわ、とペルレは然も自信ありというように言い切った。
因みに帝国の葬儀は一般的に土葬だ。縦長の棺に葬送の花を一杯に入れるのだが、この時に遺体の首の辺りに小さなギロチンの飾りを添えるのが特徴だ。これには負のマナの影響で死の無念からアンデッドとなって蘇えらないようにという意味がある。
更にここで言うところの“処理”とは捕虜と寸分違わない生体人形を作り出して、それらに本人の記憶を転写して、絶対命令遵守の条件付けを付与する。そうしてからそれらを帝国側へ送り返し“敵の中の味方”を作り出すのだ。
閑話休題。
リーリエが用意していた三台の自動浮遊台を呼び寄せながら床に転がる彼らを無造作に掴んで載せていく。
「解放も何も彼らはもう何も感じないのです。例えば今この男の指を圧し折ったとしても声さえ上げないのですよ」
ガラスのような目をした男性の軍服を背中の服と腰のベルト部分を握って自動浮遊台の上に投げ込んだ。乱暴に扱っているのに、彼らは呻き声一つ上げない。
「だからと言ってそんな無駄な事しないで下さる?彼らはこの後で灰になるのですから意味はありませんわ」
「そんなのわかってるのですよ。こんなの仕事じゃなかったら触りたくないのです。んしょっ」
「ええ、そうですわね。でも、それなら結構ですわ。ん、そーれっ」
ペルレもリーリエに倣って――ただし、こちらは丁寧に――載せていく。そうして肉人形全てを自動浮遊台に載せ終えた時にリーリエがふと思い出して疑問を口にした。
「そう言えば、帝国には今何体くらい仕込んでるのです?三百に満たないくらいだったとは思うのですけど」
「二百と三体ですわ。今日の分も合わせれば二百二十七体になりますわね」
それでも半数以上は未帰還者になっている。今まで帝国側の被害は軽く五百名を越えるのだから。
ここが防衛方針の転換期だった。これまでは侵入者を極力殺さずに排除し、悪性の魔物は殺すという消極的防衛方針だった。だが、帝国軍の侵入者が増えてきたために一部だが方針転換した。帝国軍内にこちら側の工作員を送り込む積極的防衛に打って出たのだ。
「ほへぇ、随分と増えたのですね。それなら多少は使えるのではないのですか?」
「それがそうでもないですわ。殆どが末端ですから帝国軍内部の情報操作には使えませんもの。いくらか使える地位の者がありましたし、私とマグノリエで遣り繰りして上手い事やるしかないですわね」
向こうの目的もわかっておりますしね。ペルレはこれからも大変だというように苦笑した。
荷物を満載した三台の自動浮遊台を引き連れて二体が部屋の外へ向けて進む。部屋を出ると直ぐに外だ。日も傾き真赤な夕日が沈みつつあった。
「目的……えーと、エーテル精製のための水源を調査に来た、だったのですよね?」
「ええ、そうですわ。魔導機械技術で繁栄してきた帝国のエーテル消費量は大陸一です。エーテルの精製には純水が必要不可欠。ならば水源の確保は絶対に必要なのでしょうね」
「ヒトの生活には水は切っても切れない、なのですね。でもあの湖はボク達が確保しているのです。これを諦めさせるには至難の業なのですよ?」
「あら、別に諦めさせる事なんてありませんわよ。あと二年と半年ほど、この地を守りきれば十分、それだけで私達の勝利ですわ」
焼却場へ向けて移動する中で、時間という味方を得たのだから負けはないと言い切った。
幸いにも帝国は純度の高いエーテルを得られる旧プリーゼ村とその方面に注力している。更に言うなら全体的に鑑みてこちらへ送られてくる帝国兵も小部隊にとどまってもいる。
よって、戦略的重要度としては低いと見られていると考えていいはずだ。
ただ、不安を挙げるなら一つだけ懸念があるくらいか。
「帝国軍が旧プリーゼ村方面をそのまま進攻するとお二方と陛下のお住まいがあるのが気掛かりですわね。振り返って考えてみると、まるでその先に求める誰かが居るのを確信しているかのようでしたので、少し前に情報を再確認したのですが……」
「もしかして“当たり”なのですか?」
「その通り。旧プリーゼ村の襲撃事件の少し前から私達の家を大まかに割り出したようですわ。――だから一直線に向かってくる。このままですと連合は帝国軍の強引な行軍で北と南に分断されてしまいますわね」
既に連合の西側の殆どが帝国の制圧されている。そこからは距離を稼ぐように東へ一直線に進撃している。旧プリーゼ村もその針路の途上にあったから一拠点として制圧された。
今の連合は帝国軍のよって南北に真っ二つに分断されそうになっているのだ。
「ペルレ、“そんなことはどうでもいい”のですよ。問題は期限までに帝国のやつらがボク達の家に無礼にも土足で踏み込んでこないかなのです……とイリスなら言うのです」
「ふふ。そうですわね。あとマグノリエも。ふふふ」
「なはは。それでどうなのです?」
焼却場に着いた。それは名ばかりの場所で地面に穴を掘っただけのものだ。穴の中には大量の灰と燃え残った骨や衣服の欠片がある。
周囲には死んだ彼らの無念や怨念が負のマナを呼び寄せて暗く澱んで見える。このまま後十年もしたならスケルトンやゴーストなどの低位アンデッドが発生するかもしれない。
そんな穴の手前に三台の自動浮遊台を移動させると荷台を傾けて落としていく。
どさどさ。ごろごろ。ごろごろ。どさどさ。
落ちた彼らが穴の中の先輩達の色に塗れていく。振り撒かれる可燃性物質とそこへ投げ込まれる小さな火種。燃え上がる炎が彼らの無念を残して焼かれていく。
そんな彼らを一瞥する事無く二体は話しを続ける。
「……そうですわね。んー、打てる手は全て打ったと考えるなら妨害は可能ですわ。でも、立て続けに不慮の事故が起きたらあからさまに過ぎるのも事実ですから効果の率は半分よりやや上を見越して考えないとなりませんわね」
「むむむ?つまり、それは、わからないのです?」
「違いますわ。何を聞いていたのかしら、この子は。妨害は可能だと言ったのですわ。それでも相手も馬鹿ではないのですから策の実質的な効果は半分前後を見越しておくのが賢いやり方というものですわ」
策が完璧に機能するなどただの妄言でしかない。この世に完璧はないのだから。
一の方策を実行したのなら期待した最低限の成果を以ってよしとする。実行した策が必ずしも無と成るわけではない。だから、決して無駄ではない、必ず何かしらの成果を残す……これ以上は蛇足が過ぎるかとペルレは自身の加速する思考にブレーキを掛けた。
ただし、最後に一言述べるなら『完璧はありえない。故に万策を尽くして一を成す』ということだ。
「十の策で足りぬなら百の策を、百の策で足りぬなら千の策を以って打倒する。言うは易し行うは難し、ですわね」
「そんな事はないのです。みんなも協力するのですから、なんとでもなるのですよ」
「……ふふ、ふふふ。ええ、そうですわね。きっと、そう」
燃え上がる死者の炎を背に、二体は次の仕事のために歩き出す。
以降、二年と半年の間レギオンシスターズと帝国は暗闘を繰り広げる事になるのだが、それは語られる事はない。
ペルレ……さん?が黒い、真っ黒やッ。
おかしい。今作の女性キャラはもっとこう、優しいイメージを持って書いていたはずなのになぜこうなった?どうして?なんで?
作者はヤンデレよりもツンデレ、ツンデレよりも正統派ヒロインが好きなのになぜだ!?
はあっはあっ。……ふぅぅ。いや、失礼しました。つい本音が暴走を。
また次回で。
ではでは。




