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アナタは異世界で何をする?  作者: 鉄 桜
第一章・幼年期から青年期まで。
44/64

第15話その4

 


 


「ぐッ、がはっ、ぁぁ」

「また一人やられたぞ!援護しろ!援護!」


 森の水源アクア・フォレスティアの極近くでネルケは戦っていた。

 途中に何人かを人生碌の暴食(ベルゼビュート)を使い情報を奪った。戦闘中であり時間もなかったから全てを奪えたわけではなかったし、極最近の記憶だけだったが相手の正体は掴めた。

 帝国軍情報部特殊戦第三課。主に非正規戦を目的とした特殊任務部隊。

 任務は、帝国側の呼称で“戦女神”であるイングバルドの身を手段は問わず確保する事。

 恐ろしい事に彼らは無謀にももう襲ったあとらしい。二人が揃っている状況で。

 多人数で挑んだがクロードだけを相手に返り討ちに遭い、敵わないと見て即座に撤退したため被害は軽微だったが任務は失敗。だが今回の任務に失敗は許されないために次善策に移行した。

 彼らは目標(イングバルド)達がプリーゼ村に入る際に同行者が居るところを見ていたのだ。その同行者(アオイ)らを人質に脅迫して捕まれるつもりだったらしい。

 そして、そのために動いていたのだが、移動中の彼らは運悪くネルケに遭遇してしまった。

 熱光学迷彩で姿を隠蔽していたネルケは、武装した一般人風の集団を発見した直後に動いた。静かに忍び寄ると最後尾を走る一人を背後から忍者刀の一撃で心臓を刺し貫き絶命させた。

 これを切っ掛けにして戦闘が始まったのだが。


「ん。みんなブチ殺す」


 その時の小さな呟きがそれだ。いつもの寝惚け眼も今に限ってはやや鋭かった。

 今はそれなりに屠ったから少しは落ち着いたが、それでもとても不愉快だった。はっきり言って怒っていた。

 それもそのはずで、彼らはあろう事かアオイを人質に取りイングバルド達を無力化しようと画策していた。

 イングバルド達が云々は正直どうでもいい。勝手にやれとすら思っている。どうせ勝てっこないのだから無駄だ。

 ただしアオイの両親という事もあり少しは義理があった。戦闘中だったが、イングバルド達に報告した、のだが……その時の反応は思い出したくもないネルケだった。

 二人の目を見て、味方のはずなのに怖気が走った。

 愛情と憎しみが混同した目。あの目は異常なのに、長命種ではそれが正常なのだ。

 不思議な事にアオイにはその兆候は見られないが、本来の長命種はその無限にも等しい寿命と老成した精神によって独自の強い思想を持つ。

 慈愛の精神を持つと同時に、敵対者には一片の容赦がない、苛烈な面を持ち合わせていた。

 そして同族の繋がりが他種族よりも群を抜いて強い。仲間意識が、家族の繋がりがとても強いのだ。そんな長命種の二人が愛する愛息子(アオイ)を人質に取るつもりだったと聞かされたらどのように反応するのか。

 報告を聞き終わったイングバルドとクロードはとてもイイ笑顔になると小さく『わかった』、そう言うと二人はそのまま別行動――とっても安堵したのはネルケだけの秘密――すると言って、どこかへ出掛けていった。

 アオイのことを考えるととても残念だが、日帰り旅行はこのとき終わったのだ。

 次に、最初の爆発直後からエーデルを呼び出し続けていたが、なぜか通信が拒絶されていた。常時接続ネットワークで繋がっているようだが呼び出しだけが無視されていた。

 この非常時に何をしているのかと苛立ちを感じるもネルケは自分の仕事――村内に居る敵の排除――に集中した。

 そうした中で今、ネルケはまた一人敵の心臓に忍者刀を突き立てた。


「がああああっ!」


 響く悲鳴と吐血。今回も綺麗に心臓を刺し貫いたようだ。

 これらの戦い、というよりも姿の見えないネルケによる一方的な狩りが始まってからやや経った。


「なんだ!なんなんだアイツは!姿も見えない!音もしない!新手の魔物が!?」

「黙れ馬鹿!口じゃなくて手を動かせ!死にたいのか!」

「くそがっ!――え?ガハッ」


 背後から首元を苦無で刺し貫かれて男が倒れた。口汚い罵倒が飛んでいるが身のこなしそのものは玄人のそれだ。

 この遭遇戦が始まってから十数分が経過しているが、ネルケは一人また一人と次々に急所を切り裂き、刺し貫いて絶命させていた。

 先ほど仕留めたところで一足飛びに後退したネルケは、建物の三階くらいの高さの壁に垂直に立ち、今も銃撃を続ける彼らを眺める。


「ん。たわいもない」


 もう何人も倒しているが銃撃は止まない。途中にプリーゼ村に所属する警察機構や駐屯する連合軍の軍人が出てきたが、それらは問答する間もなく彼らが片付けていた。

 面倒なのは数と連携くらいか……と、ここでエーデルが常時接続ネットワークを通してイリスと音声のみの通信をしている事を察知した。今までずっと呼び出していたのになぜ今になって、とまたも苛立ちを感じた。

 正確に言うならアオイはどうしたのかと聞きたかった。流石にこんな事態になっているのにアオイが何も言わないのはどういう事か疑問だったのだ。


「面倒だけど今はこっちをお片付けしないと。ん」


 最初の二、三回の交戦してみてわかったが連携は厄介でも個の実力はそれほど脅威足りえないくらいで、このままでも十分に対処が可能だった。

 それがわかってからのネルケはただで殺すのはつまらないと思い、今では最大限に恐怖心を刺激するように一人ひとり丁寧に倒していった。確実に倒して、残った者の恐怖心を増幅して混乱させてじわじわと追い詰めた。

 その結果が罵声を上げて狙いもつけずに銃を撃ち魔法を放つという連携がやや崩れた状態に陥っていた。


「んー、ん。これ以上は意味ないかな」


 怖いのはまぐれ当たりや流れ弾だが、そういうものは至近距離でもない限り滅多に当たるものではない。心配なのは広範囲の攻撃魔法だが、今見た彼らの実力的に考えるとその可能性は低い。

 とここでネルケに音声のみの通信が入った。


「ん。なに?何度も呼び掛けてたのに」


 どういうつもり?という言葉は最後まで形にはならなかった。


「単刀直入に言います。マスターが負傷されました」


 苛立ちでやや鋭くなっていた寝惚け眼が今度こそ明確に鋭い光を宿した。今のネルケは激しく憤怒している。

 その証拠に無造作に投擲した二本の苦無が敵の胸と急所に刺さって、それだけに留まらず貫通して絶命させていた。


「……どういうこと?姉者がついていながら、なんで?」

「言い訳はしません。全ては私の不手際です。マスターがお目覚めになりましたら申し出て罰していただきます」


 そういうことじゃない、と声を大にして反論したい気持ちもあるが、今はいい。

 エーデルは罰を受けると明言したのだ。身内を大事にするあの優しいアオイが一度失敗したからといって素直に罰するかは疑問だが、そこはアオイの判断に委ねるとする。

 納得は難しい、が、理解はした。

 燻る苛立ちを腹いせと八つ当たりで、また一人の敵を投擲した苦無で倒していた。

 ネルケは溜息を吐くと肩から力を抜き、いつもの寝惚け眼になる。


「……ん。それなら、もういい。今、殿様は?」

「マスターは最初の爆発の衝撃で、倒れた時に頭を強く打たれたようで今は寝ています。命に別状はありませんので時機にお目覚めになられるでしょう」


 ん、そう。とネルケは一言返し、そこだけは安堵した。

 そしてそれ以上にエーデルの不甲斐なさと今回の爆破騒ぎを起こした彼らに対して憤りを感じた。しかしそれを押さえて話しを続ける。


「それで、姉者はどうするつもり?」

「私は――」


 途切れた通信と同時に直ぐ傍によく知る気配が一つ湧き出た。


「――無論、報復します。蛆虫共を一匹残らず踏み潰しましょう」


 バッとそちらへ視線を向けると、ネルケが壁に垂直に立つ建物の屋根の上にエーデルが居た。

 特性上、機動性と運動性ではエーデルを上回る性能を持つネルケですら反応が遅れるほどに今のエーデルは刹那の時を移動していた。味方にも拘らずネルケは背筋が凍る思いがした。


「ん。いつの間に……」

「些事です。気にしないでください。ここへは少しゴミ掃除に来ました」


 なぜか今のエーデルは少しだけ口が悪い。

 エーデルの両手には改良された六銃身のガトリング砲が二門ある。初期にあった背中に背負う大きな弾倉部も亜空間格納庫に敷設された弾薬庫から直接転送されて補充される仕様に変更されている。六銃身も外装で覆われていて、ただそれを振り回しただけでも強力な鈍器になりそうだ。

 ただの重火器。そのはずなのに凶悪にして威圧感がある。そして重火器(それ)を手にしたエーデルが恐怖の象徴に感じられた。

 熱光学迷彩で姿を消しているネルケに対してエーデルは堂々と姿を晒していた。その有様はまるで来るなら来いというように威風堂々とした姿であり、ネルケも知らず知らずに圧倒された。

 そして少しの違和感が残った。


「んん?姉者、だよね?」


 今のエーデルはネルケの知る彼女ではない、ように思えた。具体的にどこがとは言えないのだが、姿形は変わっていないし声や表情にも変化は見られない。

 それなのに何かが違うと感じた。


「いきなり何を言っているのですか?私は私です」

「ん、そうだけど。でも、何かあった?」


 乏しい表情が何かに詰まったように固まると、嫌そうに視線を逸らし眼窩に居る敵に向けた。


「……別に。ただ、もっと強くなろうと決めただけです。それだけです」

「そう。……ん?……えー」

「なんですか?その『え?それ本気?』みたいな顔、いえ目は。私のようにか弱い女性型機械人形(ガイノイド)ががんばって強くなろうとするのがおかしいですか?」

「ん、そうじゃないけど……え?か弱い?本気?」

「なんですかその疑問は?なんなのですか?」


 なんですかはこっちの台詞だ、とネルケは内心で吐き捨てた。

 いつも以上に冷たい目と表情――いっそ冷徹という言葉こそ相応しい――だった。ここまで体現した者がエーデル以外に居ようか。

 今以上に強くなると言った。イングバルド、クロードに次いだ実力を持っているのに、まだ足りないと言うのか。実力的には言えばエーデル一体で一軍、否それ以上の戦闘力を持っているのに。


「ん。別に……」


 今はそれしか返す言葉がなかった。素直に『それ以上強くなるとかバカでええww』と言えたらどんなに楽か。


「そうですか?ふむ……」


 訝しげなエーデルを前にネルケは気付かれないように嘆息した。

 エーデルの変化。切っ掛けは十中八九アオイだとわかる。そこは間違いないだろうけど、エーデルのこの意気込みと決意はなんなのだろうか。本人は無表情の裏に隠しているつもりだろうが、噴き出る覇気がそれを台無しにしていた。

 気持ちはわからないでもない。不慮の事故のようなもの、掠り傷とは言えアオイが傷付いた。正直に言うならネルケも似たような想いがあるから。

 力があれば、力さえあれば、などと願わずにはいられない。

 だが……、とここまで考えた時にエーデルの張る空間障壁に銃弾が当たり弾かれた。


「ふん。愚鈍な連中です。漸くこちらに気付いたようです」

「ん。でも偶然みたい?」


 階下で騒いでいた連中がエーデルを間抜けにも唖然とした顔で見上げていた。

 屋根の上に強大な重火器を両手に持つメイドが睥睨するように居たのだから当然かもしれない。

 しかしそれも短い時間だ。

 彼らはすぐさま銃口を向け魔法の構えを取り攻撃を始めた。銃弾と魔法の集中砲火に曝されるがエーデルの展開された強固な空間障壁に阻まれて意味を成さない。


「ん。姉者、大人気だね」

「言ってなさい。ネルケもいつまでも遊んでないで真面目に戦いなさい」


 多少の皮肉を入れてネルケが言った。エーデルは表情こそ変わらないが嫌そうにしている。

 これで多少は溜飲が下がったネルケは了承すると駆け下りて彼らの背後に降り立つと熱光学迷彩を解除した。

 熱光学迷彩を解除したのはちょっとした思い付きだったが、何もないところから溶け出すように現れた女忍者を見た彼らから動揺の声が上がった。精神的に揺さぶる事ができた。

 エーデルが宣言した。


「さあ始めましょう。ゴミ掃除です。手早く終わらせましょう」


 ガトリング砲を眼下に居る有象無象に照準した。引き金に指をかけて引く。スイッチが入るとモーターを唸らせて高速で六銃身が回転し発射準備を整えた。

 ネルケが次いで宣言した。


「ん。お前達は明日の日の目は見られない。ばいばい」


 忍者刀を片手にもう片方に苦無を四本指と指の間に握り込んでいた。

 ゆらりゆらり。ゆらりとネルケの姿が揺らいだ。熱光学迷彩をもう一度起動していた。

 見えない敵からの一撃必殺に曝され続けた恐怖が今また思い出される。


 


▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽


 


 戦いが始まって数分。事態は一方的に展開していた。

 連合に潜伏していた情報部の構成員数十名がアオイの身柄を秘密裏に確保するために動いていたが、その目論見はネルケが辛うじて阻み事実上頓挫した。

 本来なら彼ら帝国軍は任務遂行が不可能になった時点で撤退してしまえばいいのだが、今回ばかりはそうも行かない事情があった。彼らの任務“イングバルドの身柄確保”で小手調べに接触し撃退され一度は撤退したが……今作戦に限り放棄は認められていない。つまり、任務を達成するか死ぬかの二つに一つしかないのだ。

 それなのに今彼らはたった二人を相手に押されていた。


「撃て!撃ち続けろ!あの気狂いを近付けさせるな!」

「魔法師は土の魔法(ギ・マギア)で障害物を構築しろ!他は時間を稼げ!」


 後退しながら路地に石の壁が隆起する。厚さ一mほどの石壁が幾重にも作られ、エーデルの進攻を阻んだ。


「愚かな。その程度は障害にすらなりません」


 しかし、それすら進攻を阻むには脆弱だった。雨霰となって二十mm弾が襲い掛かり容易に解体されて意味を成さない。

 阿鼻叫喚。地獄絵図。建物は崩壊し帝国の兵士は屍を曝す。


「私のマスターを傷つけた事を悔い改めなさい。さすれば痛みもなく仄暗き地の底(ヘルヘイム)へ送って差し上げましょう」


 ずんずんと頑丈さが売りの軍用ブーツが瓦礫と屍を踏み締めて進む。

 腰まで伸びる絹糸のような銀髪に金色の瞳。目の覚めるような美貌を持つエーデルは黒のロングワンピースに真白のエプロンドレスを着て、頭の上には真白のカチューシャをつけている。違和感になるものは手に持つ二門のガトリング砲と軍用ブーツくらいだが、少しも彼女の美しさに陰りを齎すものではない。


「悔い改めなさい。マスターに代わり私が罪深き汝らに絶対なる鉄槌を下しましょう」


 ずんずんとゆっくり進む。ガトリング砲からは途切れる事無く銃撃が続けられている。人体を破裂するように粉砕し建物の壁が蜂の巣にしていく。


「悔い改めなさい。――絶対に逃がしはしない」


 破壊の権化が修羅を行く。人体は挽肉に変えられて、同じく建物も粉砕される。

 エーデルの展開する空間障壁に銃弾が、魔法が弾かれる。彼らの反抗は無意味に成り下がる。


「くそが!全部弾かれてやがる!なんだあの障壁は!?小銃程度じゃ意味がない!手榴弾ありったけ持ってこい!」

「うるせえぞ!黙って撃ち続けろ!魔法か能力か知らねえがあんな強固な障壁だ。魔力の消費も激しいはずだから張り続けられるはずがない。ともかく撃ち続けろ!」

「わかってるっつうの!――あ?ああ、くそ!弾詰まり起こしやがった!」

「チィィッ!援護するから早く直しやがれ、馬鹿が!」


 小銃を撃ち魔法で攻撃して、数多の攻撃魔法と雨のような銃弾をもって迎撃している。それでもそんな反抗など意味も解さずにエーデルは粉砕する。路地に身を潜めて建物を盾にする者達を建物ごと吹き飛ばした。


「ぐあっ!あ、あぁぁあぁ?腕が、腕がない?腕が、ぐぶぉあっ!!」

「あぁあぁぁ、俺の内臓が、俺の内臓が、足りねえんだよおお」

「ごぼっごぶっ!ちくしょうが、血が止まらねえ。目も霞んで、きやが、る……」

「来るな来るな来るなああああッッ!!」


 結果、また一つ惨劇が起きた。その中でも一撃で死ねなかった者は不幸だ。手足を失い、腹は裂けて臓物が曝け出される。急所から僅かにずれて傷付いた者などは止まらぬ出血に絶望し生を諦める。

 それらをエーデルはなんの感慨もなく見やるのみだった。否、見てすらいない。


 


▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽


 


 もう一方のネルケのほうはといえば、こちらも大いに戦線は混乱していた。

 熱光学迷彩により常に姿を消して、独特の歩法で足音すら消し気配すら消している状態のネルケが彼らの背後に立ち確実に急所を一突きにして倒している。

 見えない敵に人知れず殺されていく恐怖は、彼らの精神を確実に蝕んでいた。


「魔法師は範囲攻撃で炙り出せ!姿が見えなくとも確実に居るんだ!慌てず冷静に追い詰めろ!」

「威力は別でいい、ともかく火炎で広範囲を薙ぎ払え!村への被害は目標以外考慮しなくていい!」

「了解!……とは言ったものの一人じゃきついなあ。誰か風の魔法(アネモス・マギア)で増幅してくれない?」

「私がやったげるから早くやれ!あんた死にたいの!?」


 練り上げられた魔力で発現した炎が同じく魔力で発現した風で増幅される。それにより火の魔法(フォティア・マギア)では中位程度の範囲攻撃魔法が風の魔法(アネモス・マギア)で増強されより上位の攻撃魔法に届くくらいまで強化された。

 躊躇なく放たれた火炎魔法は一斉に炎が燃え上がり建物と建物の間を嘗め上げるように染めていく。

 高温の炎に巻かれて石造物以外が燃えて黒煙を上げて視界を塞ぐ。


「…………」

「…………」

「どう?やった?やった?」

「わからんって。無傷じゃないとは思うけど……」


 見えない敵。それを炙り出すためだけに建物の一角全てを炎に巻き込んだのだから村への被害は大きい。

 攻撃した二人が息を呑んで見守る中、背後に揺れる影が現れる。


「――残念。やってないよ」

「は?ああ、ああああッ!?」

「え?グフッ!く、そが、ぁぁッ!」


 二人の胸からはそれぞれ忍者刀の刀身と黒い苦無の刃が突き出していた。

 ネルケが武器を引き抜くと力の抜けた身体が倒れ、二つの物言わぬ亡骸が出来上がる。

 炎に巻き込まれたはずのネルケは無傷だった。というよりも見当違いの場所を薙ぎ払っただけに終わり、彼女はずっと彼らの背後にて見物していた。


「ん。簡単簡単。次は、っと」


 次の獲物へ向かうべく跳んだ。姿なき暗殺者がささやかに死を振り撒くために行く。


 


▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽


 


 エーデルの蹂躙劇とネルケの暗殺劇に曝された帝国軍情報部の彼らは後退と無力ながらの反抗しか出来なかった。エーデルによってまとめて血煙に変えられるか、ネルケによって何もわからずに殺されるか。二つに一つの状況になり、退却しようにも絶対任務命令が発令している今の彼らに撤退の二文字はなかった。

 それらを最後方から眺めるのは、後方支援を目的とした分隊長とその部下だ。一人は呆れるように観察して苦笑しており、もう一人は恐怖に震えながら狙撃用の魔銃で泣きながら仲間の援護をしている。


「あー、なんだこれは?出来の悪い戦争映画か何かかね。なんでやっこさんはあんなに撃ってて弾切れの一つも起こさないんだろうね」

「知りませんよ、そんなこと!分隊長が知らないことを俺みたいな一兵士(ペーペー)がわかるわけがないじゃないですか!」


 狙う、撃つ、弾かれる。もう何度も繰り返しているが少しも効いた気がしていない。

 他にも数名が必死に援護射撃しているが、その効果はまったくと言っていいほど発揮していない。

 そんな彼らの横で双眼鏡を手に敵生体(エーデル)を眺めている分隊長の彼は飄々としている。


「だってキミあれだよ?あんな二十歳にも満たなそうな女の子が両手に、見た感じだと数百kgはありそうな重火器持って、それを当たり前のように楽々と振り回すとか……これって名状し難い悪夢じゃない?」

「だから知りませんってば!いえ、言いたい事は理解できますが、深く理解したくありませんね。うう」


 ぶるりと身を震わせた。分隊長の言う事もわかるが、こんな事になるとは聞いてなかった。例の“戦神”と“戦女神”が相手と聞いて恐慌しかけたが、それ以外にあんな化け物共と戦う事になるなんて冗談にもならない。これなら悪魔の軍勢と戦ったほうが幾分かマシとさえ思えてならない。


「おや、そらまたなんで?チラッと見たけどすっごい美人だったじゃないか」

「……本気で言ってますかそれ?」

「勿論だよキミ。俺があと十年若ければ口説いてたね」


 何を当然な事を、とでも言うように笑った分隊長を横目に呆れていた。嘆いたとも言う。

 彼らは援護射撃を繰り返していながらもこんなバカなやり取りが自然に出来るくらいは熟練した兵士だ。それでも今の分隊長に彼は呆れるものしか感じなかった。


「分隊長。……はあ、貴方はアレ(バカ)なんですか?いえ、アレ(バカ)でしたね」

「あれ?なんか引っ掛かる言い方だな。まあ、いっか。それでなんで?」

「その美人さんが俺達を皆殺しに来てるからに決まってます!それもこっちは身に覚えのない“ご主人様(マスター)”がどうとか悔い改めろとか!あれは狂信者か何かですか!」

「あー、そう言われてみればそうだったね。いや~参ったねこれは。はっはっはっ」


 畜生がああ!と怒りを籠めて続けて三連射で魔弾を発射した。

 しかし、無意味にも弾かれる。魔力で強化した魔銃弾は他の銃器よりも強力のはずなのに難なく弾かれる。

 こうしている間に仲間が分隊(十人)単位で文字通り血煙となって散っていく。それを助けるために援護射撃を繰り返す彼らの無力感はどのようなものだろうか。


「この人は、もう……ん?――え゛っ?あっ、ああ!?あの美人さんがこっちに銃口向けましたよ分隊長、って居ない!?」

「キミ~!早く避難しなよ!危ないぞ~!」


 ウケケケ~、と笑って路地の向こうへ消えていく姿を見送る形になった彼は危険な戦場において暫し呆然とし、次にハッとすると身体を震わせて歯を食いしばった。


「あ、あ、あ、あのクソ分隊長がアアアアっ!!」


 情報部に所属する一兵士ジェイスン・グロミッシュ、魂の絶叫だった。

 この後、大して時間も掛からずに彼らも亡骸を曝すことになるのだが、それを彼らが知る事はない。


 


▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽


 


 帝国軍との戦いは苛烈。否、戦いとも言えないそれは一方的な蹂躙だった。プリーゼ村に潜伏していた百数十名の帝国軍情報部はこの日を最後に壊滅した。

 エーデルは瓦礫の中心に一人佇む。二門のガトリング砲も亜空間格納庫に格納されている。


「――目標勢力の完全撃破を確認。……村への被害も馬鹿になりませんね」

「ん。姉者は手加減を知らないから困る。にんにん」


 それに対してムッとなるエーデル。身に覚えはあるがここで認めるのはなんとなく抵抗があった。


「……少し不得手なだけです。それに『形あるものはいずれ壊れる』とマスターもそのように仰っていました」

「流石は殿様。優しいね」

「むむ……」

「ふふん」

「なぜでしょう?その見守るような視線が妙に気に入りません」


 一見して楽しそうにお喋りしているように見える。二人の背景が瓦礫と屍の山でなければさぞ華やかな場面だったろう。実際は軽い牽制程度に言葉の殴り合いなのだから勘違いだが。

 なにやら楽しそうにしていたネルケがキョロキョロと周囲を眺めやる。


「ん。それでも一般人に被害は出てない。そこだけは器用」


 むふふ、と笑うネルケが言った。エーデルは小バカにされたようで少々面白くない。


「有象無象がどうなろうと私は一切関知しませんが、いつかマスターがお知りになられた時、気にやむかも知れませんから。その程度の分別くらいはあります」

「ふーん。……で、本音は?」

「一切合財吹き飛ばして、更地にしたいです。こんな不愉快な連中はまとめて亡き者にしたほうが世のため……はどうでもいいので、マスターのためになるでしょう」

「ん……?」


 ネルケは沈黙した。または黙考とも言う。むむむと唸るが、なぜか背中に冷や汗が流れたような気さえした。


「なんだろ?姉者が物語に出てくる魔王みたいなこと言ってるような……」


 などとは勿論口にしない。ネルケも好き好んで壊れ(死に)たくないのだ。地雷原で歌いながらお散歩するような楽観した真似などしたくもない。


「……何か言いたそうですね、ネルケ?」

「ん、なにも?それよりもイリス達は?」


 極自然に惚けるが、こういう時のエーデルはなぜか鋭いと戦々恐々するネルケだった。

 尤も誤魔化しに話を逸らしたが、その情報は共有化されているので質問そのものに意味がないのだが、それでもエーデルは律儀に答える。


「待機していたマグノリエ達が操作して遠隔転送しているので部隊は順次撤退しました。既にイリスとリーリエの二体がマスターとラミィを回収して帰還しています」


 それは貴女も知っているでしょう、とエーデルは続けた。情報は常に共有化されているのだから当然だとも言える。


「ん。そっか」


 わかりきった答えだった。寝惚け眼はそのままに口元だけが笑っていた。それがなぜか苛立ちのように感じられた。


「ネルケ、どうかしましたか?」

「ん?ん、ちょっと。……ねえ、姉者」

「なんですか、改まって……気持ち悪い」

「んっ、姉者それはあんまりだ。そうじゃなくて、少しは気が晴れた?」

「…………」


 戦闘後の多少緩んでいた空気が一気に緊張した。錯覚だがエーデルから洩れ出るエネルギーが凍えるような冷気となって漂い始めているようにさえ思える。


「その様子じゃまだまだみたいだね」

「当たり前、です。事故とは言え私の不注意からマスターは怪我をされたのですから。この怒りは帝国を滅ぼすまで収まる事はないでしょう」


 ぎしりと何かが潰れた音がした。エーデルの足元の瓦礫が踏み潰されて粉微塵になっている。硬く握られた手も白手袋をしていなければ爪が皮膚に食い込み傷つけていたかもしれない。


「ん。だと思った。だけど殿様の前では」


 言葉にしなくとも理解している。エーデルはそれ以上を言葉にされる前に切り出した。


「わかっています、その程度は当然のこと。そして帝国は滅ぼします。丁度良いことにイングバルド様達のご計画もあるので大陸西部、少なくとも帝国領は完全に海の底へ沈めてやります。ええ、是が非でも」


 クツクツと嗤った。顔は無表情なのに目だけが暗く嗤っていた。

 今のエーデルの身体から仄かに発散される青白いエネルギー光が黒く濁り、暗黒面に堕ちてしまいそうになっている。


「ん。姉者が燃えている。でも、あのお二方の計画じゃ帝国()滅ぶんじゃないかな。そもそもあの計画は」

「ネルケ。そこまでです。これ以上はここで話すには危険。私も無用心でした。反省しなくてはなりません」


 言われてネルケは改めて周囲を見た。そしてなるほど、と一つ頷き納得した。

 確かに周りが瓦礫と屍ばかりとは言えこのようなところで話す内容ではなかった。


「ん。ごめん……。それじゃ帰ろ。殿様が心配だし」


 この言葉にエーデルがピシリと固まった。そのままぎこちなく俯いてブツブツと独り言を呟き始める。


「ええ。そうです。そうでした。何をこんなところで貴女と楽しくもない歓談なんかしていたのか。まったくの無駄でしかなかったというのに私は、私は愚か者です。ああ、こうしては居られません。一刻も早くマスターの許へ帰らなくては」


 はっきり言って絶世の美女が無表情に呟く姿は怖い。俯いて顔に影が掛かっているから尚の事怖い。

 そしてそれに対するネルケも怖い。


「ん。喧嘩売ってる?とかこのままワタシと第二戦逝っとく?とか殺ル?殺ッチャウヨ?とか色々と言いたい事はあるけど……んー、今はいいかな」


 ネルケにしては珍しく長台詞だった。寝惚け眼は閉じられ頬が引き攣っていた。小声で呟かれているのが実に恐怖を感じさせられる。


「ネルケ、何をブツブツ言っているのですか。マグノリエに遠隔転送を要請しました。急いで帰還しますよ」

「ん。今行く。……ちょっとだけ姉者を殴りたくなったけど、それは後にしよ」


 そうして今、いつの間にか帰還する状況を整えたエーデルに急かされる形に落ち着いているのがひどく気に入らないネルケだった。

 遠隔転送が始まり、二体の周りを青白いエネルギー光が舞うのを見ながらネルケは帰ったら殴る、そう決意した。


 


 


 


 


 


 


 


 


 余談だが、この後数ヶ月に渡って帝国の主要な軍事基地が二人の男女の襲撃者により壊滅的破壊に遭い、その軍事力を大きく減じる事になる。

 非公式の調査書類によると“戦神”と“戦女神”が犯人と目される証言があったが表に出る事は終ぞなかった

 恐ろしきは二人の大事な子を狙った帝国への復讐、か……。







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