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アナタは異世界で何をする?  作者: 鉄 桜
第一章・幼年期から青年期まで。
42/64

第15話その2・幕間(下)


ちょっと場面変更が多いかもしれません。

経過時間も言ったり戻ったりする事も少しあります。

混乱しないようにご注意を。



 


 


 地下施設でマグノリエがペルレに追い詰められている頃、現場にてイリスとリーリエが息を潜めていた。

 帝国の偵察機を、森の木々に身を隠し更に迷彩機能を起動してやり過ごした二体だが、今彼女達は小さな不満から憤慨していた。


「マグノリエの奴、閣下のベッドでクンカクンカするなんて!なんと、なんと羨ましげふんげふんっ、けしからんな!!」

「まったくなのです!天誅、ううん、人誅なのですよ!お尻ペンペン一万叩きの刑なのです!!」

「リーリエ!これが終わったらすぐにマグノリエを問い質しに行くぞ!」

「りょーかいっ、なのですよ!」


 不純な気持ちから発生した闘志を燃やしている。

 しかしイリスとリーリエの戦闘力が一時的に倍加した……のは気のせいだが、これまでにないほど戦意は高まったようだ。


「大体あいつは……む?来たか」

「そうみたいなのですよ、イリス」


 防衛区域の上空、先行する航空戦闘艦隊が接近する。

 二隻の戦艦級を中核に巡洋艦級が八隻、護衛艦級が十二隻、駆逐艦が二十六隻。二個艦隊規模相当の戦力が威風堂々と空を進んでいた。

 そしてペルレから注意があった地上部隊。こちらの規模は中隊もしくは増強中隊くらいの生体反応が集中していた。こちらには一個小隊を宛がっている。


「ふふん。情報どおりだな。それではリーリエ、作戦(パーティー)を始めようか」

「了解なのです。今のところは作戦に変更はないのです。敵後方に迂回した二個小隊が敵空母級を対鑑装備で一斉攻撃した後に、先行している敵航空戦闘艦隊に斉射三回するのです。完了後に小隊単位で散会し予定時間まで戦闘を続行すればよいのですよ」


 くつくつと楽しそうに笑うリーリエにイリスも同意の意志を返す。

 確認するまでもなく戦闘準備は当に完了している。これは一種の確認事項であり、マグノリエの言っていたようにいつかアオイが指揮を取る時の予行演習だ。

 一個中隊五百名の八割以上が超長距離用高出力レーザー砲と八八口径電磁投射砲、四発の対艦ミサイルを搭載した砲撃戦装備に身を固め、上空を悠々と飛ぶ敵航空艦隊に照準を合わせて攻撃の機会を待っていた。


「いつでもいいのですよ。攻撃開始の合図はイリスにお任せするのです」

「了解だ。敵航空戦闘艦は確実に沈める。これにより高い直接打撃力と足の速さを奪うと同時に戦場の主導権を掌握してやる」


 大きな危険が伴うが先行する航空戦闘艦隊は無視して、後方に位置する空母級を優先して撃破する。これは空母が保有する数十機にも登るだろう戦闘機を纏めて片付けるのが目的だ。現状、制空権を掌握されているも同然なので、これ以上の劣勢的状況に陥るのは望ましいものではないためにも必要と判断された。

 その次に護衛艦級を撃破ないし中破させ航行不能にする。空母級の周囲に展開する護衛艦級と敵地上部隊からの激しい迎撃が予想されるので、任務に就いた二個小隊は壊滅的反撃にあう事が予想されるが、彼女達は嬉々として、されど淡々と己が役目を果たすために戦うだろう。

 更にその後方にある補給艦群も手間賃代わりに撃破しておきたいが、これは主目標が達成できて、余裕があった時の第二目標として設定されている。


「まあ、この場で確認するまでもない事だな。なにせ私とリーリエしか居ないのだから今更だ」


 小隊単位で展開しているために視界に入る範囲には五十名しか居ない。だがその誰もがイリスとリーリエが増殖した“自分”達だ。意識も共有化されているために説明や状況の把握に時間を掛けて無駄にすることもない。

 言ってみれば自分で自分に言い聞かせるようなもの。自己確認以外に本当に意味がない。


「イリス。雰囲気は大事なのですよ。王さまも様式美とか形式美って大事だよね、って前に言ってたのです」

「と思ったがこれからもこの形式でやるぞ!反対するものは舌を切り落として剃刀と一緒に●●●にぶち込んで壊れるまで掻き混ぜてやるから申し出ろ!」

「それじゃ誰も名乗り出ないのですよ……」


 なかなかえぐい物言いをする。然も喜ばしいというように笑顔で語るイリスに対してリーリエは顔を引き攣らせた。


 生まれた当初はまだ騎士然とした自分に厳しい印象があったが、今では周囲の影響かそれとも精神的に成長したからかこの有様だ。チリチリと瞳の奥に狂気が見え隠れしているが、不思議なことに邪悪な濁りのようなものが一切ない。矛盾しているようだが純粋な狂気とも言えるその色だけがそこにある。

 自他に厳しくも他者を気遣える、騎士然とした印象に変わりはない。普段の行動も同じくだが、今ではアオイを敬愛し盲信し崇拝する狂信者に半ばなりかけている。

 しかもアオイ本人の前では億尾にも出さないのだから脱帽ものだ。無意識の狂気だからこそ極々自然に接しているのだと彼女達は話している。

 おそらく今のイリスならアオイが命令すればどのような外道なことも嬉々として実行するだろう。


我が神(アオイ)がお望みなのだから』、と。


 本当にどうしてこうなった、とは接する機会の多いリーリエの談だ。きっとエーデルの地獄の特訓(イジメ)によって精神が歪んだに違いないとは彼女達だけの秘密。現状で別に問題はないし、寧ろやる気に満ちているようなので放置されている。


 こうしている間も作戦は進行中だ。今し方先行している二個小隊の上空を先行している敵航空戦闘艦隊が通過したことを確認している。目標の空母級が攻撃可能範囲に入るまでもう間近だ。

 そうして待つこと暫し、その時は来た。


「さあ、私達が歓迎してやろう。なに、歓迎会の人員は少ないがこの戦場(パーティー)で退屈はさせないつもりだ。だから存分に踊ろうじゃないか!リーリエ!」

「了解なのです!兵器使用自由なのです!攻撃開始なのですよ!暴れてやるのです!」


 次の瞬間、上空を通過する瞬間に垂直下方から数十発の携行型対艦ミサイルが噴煙を上げて登り、数十基の高出力レーザー砲から光の柱が撃ち出されていた。

 帝国軍の侵攻路の上空でドカンと鈍くて重い大きな爆発音が連続でイリス達の許まで響いてくる。

 この初撃により艦載機を満載した空母級は戦闘機が一機も飛び立つ事なくその役目を終わらせた。空母級の周囲を警戒していた護衛艦級も同じく垂直下方からの奇襲に成す術もなく沈められていく。

 爆炎を上げて落ちる空母級や護衛艦級の航空戦闘艦隊が織り成す轟音を合図に、先行していた敵航空戦闘艦隊にも牙が剥かれた。


 


▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽


 


 プリーゼ村の占領計画。数百年前に作られたとされる森の水源アクア・フォレスティアと呼ばれるエーテル生成施設を手に入れることを目的とした計画だ。数ヶ月間の時間を掛けて準備されてきた大事な進攻計画だった。

 その前準備として目標の村近くに選抜された偵察小隊を送り込み、作戦開始まであと少しというところに来て問題が発生した。

 正体不明の女一人の手によって偵察小隊が文字通り全滅させられたのだ。

 精鋭で固められた偵察小隊五十人が僅か十数分で亡き者とされた事実は基地司令と上層部は多大な疑いと恐ろしい現実を前にして警戒を高めた。

 基地司令はこのまま放置する事は愚策と考え、急遽対応部隊を臨時編成してこれに対処する事にした。

 そして現在、森の中を帝国軍機械化歩兵中隊が道なき道をできる限りの速度をもって突き進んでいた。

 急遽、臨時編成されたこの一個増強中隊の目的は、先の偵察小隊を全滅させた正体不明の女を炙り出し排除する事だ。この敵を放置していたら隠密裏に破壊工作などされて痛い目に遭うかもしれない。

 基地司令に命じられて部隊を急いで編成した彼は途中まで師団に同行していた。ある程度進んだ彼らは兵員装甲車から降りると、魔法で脚力を強化しながら森の中を部下と共に走って進んだのだ。

 森の中は整備された道と違い足場も悪く行軍を困難としているが、彼らの目的のためには森の中を行くしかなかった。

 そして彼――この部隊の隊長は部隊に一時停止を指示して周辺を警戒させた。隊長は地図と方位磁石(コンパス)を取り出し現在位置を確認する。


「私の予想だとこの辺りのはずなのだが……」


 地図と自分の予想を照らし合わせながら隊長は呟いた。

 何の目的があって襲撃したのかはわからないが、敵はプリーゼ村で全滅させられた偵察小隊から情報を聞き出している可能性が高い。ならばこちらが進攻計画を進めていることも知っているはずだ。

 そこから時間的猶予と必要物資、戦力の移動などを考慮して防衛する位置を特定する事もできる。隊長はある程度の敵が展開していると思われる範囲を予想していた。

 隊長は周囲を固める部下を横目に緑の匂いが濃い森の中を睨み付けるように眺めた。


「もっと村の近くに展開したのか?いや、しかしそれでは――」


 言葉にしながら考えていた時に邪魔が入る。彼らの後方、上空で大きな爆発音が断続的に轟いた。

 全員が咄嗟にしゃがみ込み銃口や魔法発動の準備ができた掌を向けて周辺を警戒したが、隊長はそこで逸早く現状を理解した。

 不用意だがその場で立ち上がり遠く後方の空を睨みつける。慌てた部下が隊長の周囲を固めるように立ち上がり警戒した。


「あれは、空母がやられたのか!くそがっ、先手を取られた!」


 空に伸びる青白い光の帯が複数と、連合の対艦ミサイルと思われるものが飛んでいた。後者は知っているが前者はなんだ?魔導砲にしては光の持続が長いし、貫通力も桁違いだ。


「隊長。射角からおおよその発射位置を割り出しました。すぐにでも移動可能です」

「よし。早速向かうぞ!これ以上の航空艦隊への被害は作戦に影響する。中隊は即時移動を開始。敵を捕捉したら、これを叩く!」

「了解しました!」


 副隊長が先頭に立って中隊を引き連れていく中で隊長はもう一度だけ黒煙が立ち昇る空を睨んだ。


「やってくれるじゃないか。くそが」


 隊長は吐き捨てると走り出した。周囲を固めていた部下が追随する。

 帝国に勝利を!

 脆弱なる種族を滅ぼせ!

 我らが祖国こそが大陸の覇者なり!


 


▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽


 


「――今の音は何だ!?何が起きた!?」


 先行する帝国軍艦隊の一隻、巡洋艦クベリカの艦橋で艦長は声を張り上げた。

 突如、響き渡った轟音を最後に、後方に位置するはずの空母艦隊が魔導波レーダーから消失したのを魔導波レーダー担当士が確認した。


「現在確認中!我がほう後方で大きな爆発を確認しました。魔導通信で呼びかけていますが、空母ゲリオを含めてどの艦からも応答がありません」

「そんな馬鹿なことがあってたまるか!出るまで何度でも呼びかけろ!」

「了解!空母ゲリオ応答されたし。こちら巡洋艦クベリカ。繰り返す……」


 通信士が必死に呼びかけるも空母との魔導通信は途絶したままだ。赤い非常灯と警報が煩く鳴り響く艦橋は艦橋員が慌しく自分の役目を果たすべく全力を尽くしている。

 艦長席に身を預け男は拳を硬く握り怒りを押さえ込む。その傍に立つ副長も同様に苦々しい顔をしていた。


「一体何が起きたというんだ……」

「わかりません。ですが、艦隊が何者かの攻撃に曝されている事は確かです」

「そうだとしても相手は誰だ。連合にしては対応が早すぎる」


 今回の軍事侵攻は、空軍三個半艦隊と陸軍二十万、その他補給部隊からなる総勢三十五万人以上を動員した作戦だ。補給部隊も陸空から出しているので膨大な物資を後方基地から運んでいる。

 大群ゆえに鈍重だが、連合の基地から軍が駆けつけるには少なくともあと二時間ほどは掛かる計算だ。それなに今逆に帝国軍は正体不明の敵から攻撃されている。

 本来の作戦では先行している艦隊がプリーゼ村を奇襲し、目標以外の建物や邪魔な戦力を無力化する先駆けとなるはずだった。

 それなのに、と艦長は歯軋りする。通信士が声を張り上げる。


「地上部隊より報告!正体不明の攻撃があり、これにより空母艦隊が壊滅とのことです!」

「なん、だと……?」


 艦長が呆然とする中で魔導波レーダー担当士が魔導波レーダーに映る何かを認めた。艦橋の外で双眼鏡を手に警戒している乗組員も下のほうで何かが光るのを確認する。

 両者が嫌な予感に苛まれ背中に冷や汗が流れるのを感じた。


「これはッ!艦長!本艦下方から攻撃、来ます!」

「っ!?操舵士、緊急回避運動!急げ!」

「了解!」

「全艦に告ぐ!総員対防御姿勢!何かに摑まれええッ!」


 館内放送のマイクを片手に椅子にしがみつくとすぐさま操舵士が舵を切った。強引な回避運動に巨大な艦艇が斜めに傾く。地上からの攻撃に曝され爆発音が響き、その余波が巡洋艦クベリカの艦体に激しい振動とGが襲い掛かる。


「く、くぅぅ!被害報告!」

「今確認中です!本艦の被害は軽微!ああっ、しかし旗艦グジリスが大破、轟沈!戦艦キュライオも中破し火災発生、止まりません!駆逐艦も多数が撃破され轟沈しています!」

「ぐッ!駆逐艦はともかく戦艦が二隻もだと!?警戒班は何をしていた!」

「それが、その。魔導波レーダーに反応がないのにいきなり現れました!今も反応がなく、敵の位置がわかりません」

「ばか、な……」


 艦長が想定外の事態に少しの間、呆然としてしまった。


「艦長!キュライオから魔導通信がありました!旗艦と我が艦が沈められたので指揮権を移譲するとの事!以降は艦長が艦隊の指揮を任せられました!」

「……指揮権の委譲は了承した。轟沈した各艦には脱出を急ぐように伝えろ!」

「了解!」


 艦長がやり場のない怒りを艦長席に拳を叩きつけることで辛うじて堪える。

 敵の攻撃は確認できただけでも二種類だけだ。一つは強烈な閃光と直射砲撃などの特性から強力な魔導砲と考えられ、二つ目は昨今の連合が航空戦闘艦に対抗して採用した魔導式対艦ミサイルだと思われる。

 その中でも一つ目の魔導砲が厄介だ。命中後に爆発するのではなく、“命中後も構わずに船体を熔かす熱量で貫通させている”のだ。あんな馬鹿げた威力を持つ魔導砲など聞いた事がない。

 魔導式対艦ミサイルも侮れないが、こちらは対空機銃で迎撃できない事もない。脅威ではあるが対処は可能だ。

 そして、気になる事がもう一つある。このどちらも魔導機械技術には必ずあるはずの魔力反応がないことだ。魔導機械技術や魔法師などの魔力反応を捉えて視覚化する魔力波レーダーに映し出されないのはおかしい。味方の魔導機関の反応は映し出されている事から正常に作動しているはずであり、今も攻撃されているのに敵と思われる反応だけがない。

 なにも反応がない。こうなると敵は何らかの方法で魔力反応を隠蔽しているとしか考えられない。


「チィッ!目視による直接確認ではどうか!?」

「ダメです!下は森で覆われていて視界も悪く、確認できません!地上部隊も同様!敵の姿を発見できません!」


 艦長は今度こそ罵倒したい気持ちを抑える事ができなかった。見えない敵を相手にどう戦えというのか。


「ええいッ、くそがッ!火器管制!攻撃の射線から敵の予想位置を割り出して迎撃しろ!森ごと焼き払え!!」

「地上を、でありますか!?りょ、了解!魔導機関から全魔導砲に魔力の充填を開始します!」


 無差別に砲撃するなど愚策以外の何ものではない。だが、例えそうだとしても敵の正確な位置を把握できない今、無差別砲撃をしてでも敵を炙り出すなり撃滅するなり、何らかの手を打たなければならない。

 本来なら火災が起きる可能性が高い森林地帯を砲撃するなど危険だ。発生した火災に地上に展開する味方部隊が巻き込まれてしまう可能性も大いにある。

 だからこそ“今”なのだ。今なら地上部隊はまだ後方にあるために、心置きなく地上を攻撃できる。仮に火災が発生し二次災害になっても味方を巻き込む事はない。

 多くの森林が燃える事は損失だが、ここはまだ連合の支配地域だ。心配など不要。


「魔力充填完了!砲撃準備完了です、艦長!」

「目標、本艦直下の森林地帯!撃ええッ!」


 艦長の号令と共に砲撃が開始された。

 ドンドンドンドンッ。巡洋艦に搭載された十数門の魔導砲から圧縮された純粋魔力の砲弾が撃ち出され、光の帯を残して次々と地上に着弾、爆発する。暴力的な魔力の余波が高熱を発して森林を焼き払っていく。


「やったか!」


 艦長が声を上げる。艦橋に居る誰もがこれで勝ったと感じた。

 索敵班が一時的な魔力の乱れと爆風で舞い上がった噴煙が晴れるのを待ち、結果を観測する。主に双眼鏡を手にして目視による確認作業だが、その中の一人が地上で何かが光ったのを捉えた。

 幾つもの発光が確認でき、光が収束していく。


「目標健在!反撃来ます!」

「こちらも撃ち続けろ!各員、帝国空軍の意地を見せつけろ!」


 艦橋に動揺が走るも艦長はすぐさま攻撃を続行するように命令を下す。同様の命令を生き残っている艦隊に伝達し攻撃は継続される事になった。


 


▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽


 


 少し時間を戻して、時間はアオイとエーデル、ラミィが森の水源アクア・フォレスティアに行く直前まで遡る。


 プリーゼ村の薄暗い路地裏。ゴミが散乱し、何かが腐ったような異臭を放っているそこには目の濁った男達がたむろしている。

 地上部分にある建物はここ数十年で建てられたものばかりなのに、既にスラム街とも言える掃き溜めができていた。

 それはつまるところ、裏の事情に詳しい後ろ暗い者達が巣食うには十分な下地ができていたということに他ならない。

 そして今この瞬間、不自然にならない程度に人のよい笑みを浮かべている小太りの男の足元には呻き声を上げるヒトが幾つも転がっていた。赤い水溜りが汚らしい地面を染め上げて欠損した指や耳が散乱している。

 小太りの男はゆったりとしたグレーのスーツの上下とその上にフェッライウオロという短い外套を羽織っている。頭にはトッツォという頭頂の高いベレー帽、首元はスカーフが巻かれており、革靴を履いていた。

 地面に転がされた彼らはスラムに巣食っていた者ばかりだ。小太りの男をいい鴨と思った彼らは金銭をせびろうと近付いたが逆に血祭りに上げられた。

 痛みに呻く彼らに小太りの男は様々な事を問うた。

 最近怪しい連中が居なかったか?

 そういう情報に詳しい者は?

 武器などの横流しに取引場所は?

 今日、気になる情報はないか?

 彼らも最初は抵抗した。口喧しく罵倒し仕返ししてやると蛮勇ながら叫んだ。

 そこで小太りの男は笑みを深くして倒れ伏す男にゆっくりと近付いていった。その男の傍にしゃがむと、その男の側頭部に優しく手を当て――耳を引き千切った。

 次に爪を剥いだ。指を千切った。殴りつけ歯を圧し折り手足や肋骨の骨を折った。最期には右目に指を突っ込み潰してやった。

 後は簡単だ。怯えながら聞かれた事に対して素直に答えるだけの従順な犬が出来上がる。


「ふむふむ。大変参考になりましたな。ありがとう」


 満足そうに微笑む小太りの男はお礼を言うと掴んでいた男の首から手を放した。男が倒れる音とぬちゃりと血の跳ねる音が響いた。

 彼は実に有益な情報を語ってくれた。このあたりの顔役だったらしく色々知っていたのだ。御礼として彼だけが辛うじて生き残っている。このままでは後数時間の余命だが。


「さて、めぼしい情報はこんなところですかな」


 声、口調、仕草、どれもが印象に残らない程度に普通のものだ。血生臭い惨状にあってその声は平常そのものだが、目的の情報をある程度得られた満足感のようなものが僅かにあった。

 小太りの男は倒れ伏して微かに呻く男や物言わぬ者達の事など忘れたかのように歩き出した。裏路地から細道へ出ると、さり気なく周囲へ目をやりヒトが居ないか探る。

 ヒトの姿も気配もない。……誰も居ない。

 ふふんと笑うと、ここで異変な事が起きた。小太りの男の姿が歪むと小さく細く縮んだのだ。同時に服装も霞のように掻き消えると人型の身体が女性のそれに変わる。

 表面がぐにゃぐにゃと脈打つと変身が終わり、そこには銀髪の女忍者が居た。


「ふふ。収穫あり。にんにん」


 その女忍者はネルケだった。小太りの男はネルケが変装した仮の姿だ。

 彼女は裏の事情に詳しいと思われるスラム街の者達に話しを聞きに動いていた。おおよそにおいてスラム街には裏の情報に詳しい者が居る場合がある。情報の売り買いで生計をなす情報屋がそれだ。

 だがネルケは情報の売買などに興味は塵ほどもない。この村で信用される下地もないし時間もない現状で悠長に交渉して情報の売り買いなどしていられない事情もある。少々強引で短絡的だが早速いい鴨が釣れたので実力行使に出たというわけだ。

 帝国や他の諜報員や工作員が身を潜めるならどこに居るのか。人目がなくて擬装が安易な場所か。元から危ない連中が居ても不思議ではない場所か。それとも擬装に擬装を重ねて一般人になりきって巧妙に隠れ潜むのか。そのような選択肢は無数に存在する。普通なら捜索は困難だ。

 だからこそ、力こそ正義というイングバルドの教えに従った結果が先程の血溜まりに沈んだ彼らだった。必要な情報も得られて厄介者も居なくなる。まさに一石二鳥ではないか。


「怪しい連中が居た、ね。……でも心配ないかな」


 それは最後に尋問した男から聞きだした情報だった。帝国製銃器の横流しについてと、一般人風の連中が集まって何かするらしいという、他雑多な情報の中でその二つが気になった。

 ネルケはその連中には少しだけ心当たりがあった。捜索の当初、小型無人偵察機の数機がアオイ達と別行動していたルメルシエ夫妻を捉えたのだが、その二人を包囲するような動きをする人物達を察知したのだ。

 本当なら即刻排除に動いてもいいものなのだが、それはしなかった。だって意味がない。


「大殿様とご母堂様がやられるわけがない」


 あの最強クラスの従者であるエーデルが今もって勝てない相手を心配するなど時間の無駄だ。きっと、今頃は襲ってきた相手をコテンパンにしているに違いないのだから。よって二人については敢えて無視した。

 それに、手が必要なら声が掛かるはずだし、とネルケは考える。


「ん。それよりも今は、こっち」


 壁を蹴り上へ上へ跳んで行き屋根の上へ出る。小型無人偵察機に爆破物の捜索を命じて、熱光学迷彩を起動するとネルケはアオイの向かった森の水源アクア・フォレスティアに急行した。

 屋根から屋根へ跳びながら考える。先の二つの情報と雑多な情報の中の幾つかから判断して多くの銃器と相当量の爆発物が動いていた事がわかった。それらが何度か経由して先の連中に渡っているらしい事も容易に想像がつく。

 帝国がプリーゼ村に向けて進攻して来る現状で、この連中が村内で破壊工作に動いたらどうなるのか。これら内外で起きる問題が計画的な作戦だったのなら?

 考えるだけでも面倒だと頭を抱えそうになる。正直、爆発物を回収するのに手も足りない。レギオンに応援を要請するにも時間がない。

 ならば今の自分にできる事は何か?


「んっ。殿様の安全を確保する」


 待ってて。ネルケは力強く屋根を蹴り、宙を跳ぶ。

 その暫く後アオイの負傷をエーデルから聞くことになるとは終ぞ想像すらしなかった。


 


▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽


 


 初撃で見事に空母艦隊群を撃破した二個小隊はそのまま地上部隊を大きく迂回し、より後方の補給部隊を襲撃するために動いている。

 先行する敵航空艦隊群も戦艦を二隻が轟沈し、駆逐艦の半数も轟沈または中破し戦闘不能にした。今は生き残った巡洋艦級と駆逐艦級による対地砲撃に遭っているが、それも深い森林に遮られて命中率は決して高いものではない。ないのだが、それでも不運にも当たってしまう事も間々ある。

 森林に潜むイリスとリーリエが上空の艦隊に攻撃を続ける。


「ふん。一名喰われたか。流石に艦砲を防ぐには防御力とエネルギーが足りないか」

「こっちは二名なのです。こういう時はエーデルお姉ちゃんの出鱈目な性能が羨ましいのですよ」

「確かに。姉上のあの理不尽な防御力には毎度泣かされる。しかし、先行していた敵地上部隊の動きは明らかにこちらを目標にして動いていなかったか?」


 イリスとリーリエが見た敵――増強中隊規模――は熱光学迷彩で透過した彼女達が高出力レーザー砲や対艦ミサイル、八八口径電磁投射砲の発射光を発見すると問答無用に一斉射してきた。

 突然の横槍にイリス達は被弾するも、所詮は個人火器や低出力の魔法だったので損傷はしなかった。しなかったのだが、そちらに気を取られた一瞬の隙に上空からの砲撃が直撃したために数体が地理となって消えていた。


「たぶん、あれがペルレの言っていた一部の部隊なのです。おおかたネルケに小隊を全滅させられたから狩り目的じゃないのですか?」

「やはりそう思うか?では、あの敵中隊は対応部隊だったのかもしれんな」

「あくまで推測なのですけどね。まあ終わったことなのです。抵抗はされましたが大した事はなかったのです」

「それはそうだが、対地攻撃されてる中でチクチク邪魔されて目障りだった。お陰でいらぬ被害が出たじゃないか」


 イリスが面白くなさそうに鼻を鳴らし、リーリエが悔しそうに肩を竦める。

 全体的に考えれば一個中隊の内一割も損害がないのだが、それでも敵の魔導砲をまともに受けたなら一溜まりものないので小さな被害は出てしまう。ただでさえ数では劣勢にあり制空権は帝国軍側が握っている現状で、少しでも被害が出るのは腹立たしいのが実情だった。

 今もどこを狙っているのか、直ぐ傍に着弾したかと思えば遠くの関係のない場所に着弾して森への被害を増やしている。


「しかし、この攻撃は……リーリエ、こちらの居場所は予測されたと思うか?」

「うーん。無差別に攻撃してるみたいなのですから、大まかだと思うのです。さっきの部隊も叩き潰したのですし、たぶんボク達を炙り出すつもりじゃないのですかね。愚策だけど、この場合は悪手じゃないのです」

「ああ、やはりそう思うか。まあ、これならそうだろうな」


 またどこか近くで敵の砲撃が着弾した。しかし、味方に被害は皆無だ。艦砲ゆえに個人の通常火器に比べて強力だが、当たらなければどうという事はない。

 熱光学迷彩を展開したイリス達の姿は深い森林に溶け込むように透過して見えず、敵は無差別攻撃に打って出た。森林は爆発が起きるたびに削られて無残に燃えていく。このまま留まっていれば遠からず火災に巻き込まれてしまうだろう。


「ふむ。ならばやり方を変えるとしよう。機動砲撃戦に移行し、撹乱戦術にて時間稼ぎに徹する。戦場を引っ掻き回してやろうじゃないか」

「了解なのです。精々慌ててもらうのですよ」


 砲撃戦装備を身に纏った彼女達が一部の装備を格納する。腰部機構に接続された反重力スラスターを起動する。低い稼動音がすると表面装甲を青白い光が血管のように淡く断続的に輝いた。

 森に展開した彼女達が次々と地表から数銃cmほど浮かび上がると、木の根や岩で凹凸の多い森の中を滑るように移動を始める。


「リーリエ。わかってるとは思うが第一目標は航空戦闘艦だからな。後から来るだろう敵地上部隊は撹乱に徹するんだぞ?」

「ふふん。イリスこそ目先の欲にとらわれずに目標に集中するのですよ」

「それこそ愚問というものだ。私はレギオンの武を拝命しているのだからな」


 爆発音轟く戦場に不釣合いな少女の楽しそうな笑い声が幾つも木霊する。その声はまるで海辺に棲みその美しい容姿と澄んだ歌声でヒトを惑わすマーメイドやニンフのようだ。

 木々が生い茂り入り組んだ森林の中を高速で進む多数の彼女達は砲身を、対艦ミサイルの発射口を上空に向ける。


「やるぞやるぞ。そもそも閣下に仇なす貴様らは万死に値する。その血肉を切り刻み野にぶちまけ、臓物は地獄の炎で焼いてやろう。目を抉り、鼻を削ぎ、舌を抜いてオークどもの餌にしてやる。やるぞやるぞ」


 淡々と、しかしやる気に溢れながら口にするイリス。言葉が言葉だが、それ以上に今のイリス怒っていた。

 イリスは言った。アオイに仇なす貴様らは万死に値する、と。これは創造主であり敬愛する主君に牙剥くことを由としない。まさに忠義の精神の表れだ。

 ……もう一つ理由を挙げるなら、せっかくのアオイとの昼食の席を共にできる機会を棒に振る事になった腹いせが多分にある。

 にやりと戦う機械人形の彼女達が笑った。


「次の目標は巡洋艦級!敵は所詮、紙装甲だがしくじるなよ!」


 イリス達は先の攻撃で確信していた。帝国の航空戦闘艦には致命的な弱点があることを。

 帝国の航空戦闘艦は、攻撃力はともかく重要部分を除いて装甲がやや薄いのだ。更に言うなら空間障壁、電磁バリア、ディストーション・フィールド、対物理障壁、などなどの防御手段がないために、普段からエーデルを相手に訓練しているイリス達にしてみれば紙装甲にも等しい。

 帝国と連合に限定すると、現代戦において艦隊戦とは攻撃を耐えるのではなく敵の攻撃を逸早く察知して打ち落とす迎撃を第一に考えられている。これは帝国の航空戦闘艦に対抗するために、連合がミサイル兵器を戦闘機に搭載して対抗しているためだ。

 高出力レーザー砲にエネルギーを充填し、八八口径電磁投射砲が電気の火花を散らす。対艦ミサイルの発射口が開くと弾頭部が露わになり怪しく輝いた。

 各々の武装が今か今かと発射の号令を待っている


「撃てえええっ!!」


 青白いレーザーの甲高い発射音、弾頭を毎分六百発撃ち出す電磁投射砲の破裂音、ミサイル発射の噴煙と轟音が森の広い範囲のあちこちから上空を行く航空戦闘艦に向かって突き進む。

 轟音。撃沈。そして反撃。帝国軍は地上軍を推し進めて人海戦術に打って出る。

 十数万名の帝国軍とレギオンの二体からなる一個中隊。戦闘は激化する。


 とある理由からエーデルの強権が発揮するまであと少し……。








やはり、この作品は幕間や小話が本編のような気がします。

どうしてこうなった!

意味がわからないよ。


ではでは。


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