第15話その2・幕間(上)
今話は上下編でお送りします。
なぜか字数がこうも多くなる不思議です。
ファンタジー成分があるので説明文とか、特殊な状況や現象の表現などが多くなるとはいえ、文章を纏めるのが苦手なのですよね。
ではぞうぞ。
ネルケはプリーゼ村の路地裏にてイリスとリーリエの両名と合流した。
時刻は昼よりも前。気の早い者はお昼ご飯の用意をしている時間帯だ。
任務の引継ぎはものの数分で終わった。大まかな部分は常時接続ネットワークにより共有されている事であり直接合流するのはただの形式美や同僚との語らい程度の意味しかない。
言葉を交わしたのもネルケから注意事項を一言二言伝えて、去り際に少しお喋りしたくらいだ。
その時の一幕にこんな事があった。
『くっ!閣下の護衛役を引き継ぐだと?これは何の冗談だ?もう神など信じない!私は閣下だけを信じて!信仰して!信奉するぞ!閣下こそが新世界の神となられるのだ!フハハハ!そうだ!他の宗教など全て駆逐してしまえばいい!!』
『どうどう。落ち着くのですよイリス。お顔が鬼のように歪んでいるのです。今のイリスを王さまが見たら間違いなくドン引きするのですよ。それでもいいのです?』
『やはり宗教は自由であるべきだな。精霊信仰は万民に認められるべき優れた宗教感をしているじゃないか。なあリーリエ?』
『……そうなのですね。同感なのですよ』
『うむうむ。そうだろうそうだろう。やはり素晴らしきは閣下の御心の賜物だろうな』
『え?なのです』
『ん?何この茶番……』
ネルケの言うように何この茶番状態だった。
アオイの傍を離れると知って怒り狂うイリスとそれを宥めすかすリーリエ。
見た目の年齢が十代半ばの少女と十歳の幼女なのにやり取りがまったくの逆とは、もう本当にどうしたらいいのか。
もしも彼女達を作りつつも裏を知らないアオイが、この事実を知ったなら『なんてこった!』と叫んで頭を抱える事は請け合いだ。
ともかくメイドの少女と幼女はネルケの担当していた森林内にて警戒するために行動を開始した。
二体を見送ったお色気ムンムンな女忍者ネルケも行動を開始する。
エーデルが見当をつけた不審者に付けた発信機を中心に追跡調査するとして、手始めに村の中に不可視モードで起動した数百の小型無人偵察機をばら撒いて、他に不審人物の洗い出しと危険物が仕掛けられていないかを捜索しはじめた。
エックス線、紫外線、赤外線、音波探知、振動センサー、臭覚センサー、生体反応、爆発物探知、金属探知、他ありとあらゆるセンサーを駆使し、時には変装して聞き取り調査もして怪しい動きをする工作員を捜索した。
こちらの結果が出るには今しばらく時間を要する必要があった。
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所変わってイリスとリーリエはネルケの担当していた森の中へ身を潜ませて警戒に当たっていた。プリーゼ村から東北東へ二百五十kmほど離れた地点にて警戒に当たっている。
この警戒任務に付くに当たり、二体の服装は変更されている。
細かい部分に差異はあれども両者はロングワンピースの上を装甲で覆い、腰部には反重力スタスター、パワーアシストを目的とした機械が付いている。頭部は顔を下半分残してヘッドマウントディスプレーが覆っていた。
前衛のイリスは強襲型装備を展開し突撃銃と大きな盾を装備しており、後衛のリーリエは偵察型装備を展開し手には機械的な狙撃銃を持っている。このどちらも改良型だ。
二体の格好はメカニカルなメイド服、その一言で言い表せる。
しかし、柄は野戦を想定した緑や茶などの森林迷彩仕様だ。
今は別々の場所に隠れて警戒に当たる二体は常時接続ネットワークでお喋りしていた。
「誰も来ないのです。こうも静かだと暇すぎるのですよ。はふぅぅ」
「こらリーリエ真面目にやらないか。常に気を張れとは言わないが、このような場合は適度な緊張感を保つ事が重要だ。それはお前もわかってるだろう」
「それは、わかってるのですよ。でも本当なら今頃は王さまと楽しくお昼ご飯を食べてるはずだったのです。それが今は森の中を警戒任務ってなんの冗談なのです?」
ピシリ。空気が固まり、皹割れた幻聴が聞こえた気がした。
頬を膨らませて愚痴っていたリーリエが『やべっ。やっちまったっ』と頬が引き攣る。
「それを言われるとぉぉ、私も弱いなぁぁ……」
「ああっ、そんなに落ち込まないで欲しいのですよっ。ボクが悪かったのです。だから元気出すのですよっ」
がっくりと落ち込んだ。地面に手をついて膝も屈していた。声も迷子の子供が親を求めるように震えている。
リーリエはなぜか頭を抱えたくなった。
「ううっ。閣下ぁぁ……」
「もう、しっかりするのですよー」
大きな木の根元に隠れたイリスが落ち込むのを、同じく木の上に隠れたリーリエが励ます。
一見ふざけているように見えて、警戒は一切怠っていない。周囲にばら撒いた小型無人偵察機と機械動物で警戒している。
二体で不可能ならこの場で増殖するまでだ。材料なんてそこらの木石でいいのだからいくらでも可能だ。
そうして緩い雰囲気の中で強固な警戒網を構築して警戒に当たっていて、暫しの時が過ぎた頃にそいつらはやって来た。
「――来たのですよ」
リーリエの抑え気味の声で静かに告げられた。
お喋りの時間は終わり、これからはお仕事の時間だ。
「距離は?戦力の規模、所持する装備と兵器は?ヤツらのここへの到着時間は?」
小型無人偵察機などから送られてくる情報を分析、整理しながらリーリエが答える。
「およそ百二十km地点を接近中なのです。戦力は少なくとも十個師団以上、戦車と装甲車も五百両以上、装甲輸送車には兵隊を満載してるのです。装備は火薬式の銃器が主のようなのですが部隊の奥に魔銃が多数見受けられるのですよ。更には――」
一息区切って、クスクスと心底楽しいという風に笑う。
「三個艦隊規模の航空戦闘艦隊が上空からエスコートしてるのです。予想到着時間はおよそ二時間、もう少し早いかもなのです」
「ほう。ほうほう。それはいい。なんと豪勢なことだ。おそらくこれを察知した連合は今頃大慌てじゃないか。なあリーリエ?」
「同感なのです。クククなのですよ」
イリスの不敵な物言いにリーリエが茶化すように笑う。
陸軍において師団規模の兵力とはおよそ一万から一万五千人からなる。それが十個師団以上ということは少なくとも十万人以上の兵力が進軍していることになる。
しかも戦車や自走砲などの機甲師団と、装甲車や装甲兵員輸送車などの機械化歩兵師団も複数確認できるために敵戦力は今後も増大するものと推測できる。
そこに来て現代の空の女王に例えられる航空戦闘艦の登場だ。戦艦級と空母級を中心に巡洋艦級に護衛艦級、駆逐艦級、その他にも戦闘機や攻撃機の存在も確認できた。
短時間でこれを打ち破るには分が悪く、手も足りない。
それなのに二体は笑う。いい獲物が釣れたと楽しげに笑った。
「くっ、ははは。なんだ、これは?私達だけでは勝負にもならんな。数で押し潰されてしまうじゃないか。まったく、大の男が多数で女を組み敷くとは奴らは礼儀というものを知らないようだ」
「本当なのです。忍んだ偵察部隊は挨拶じゃないのです。これだとただの強盗なのですよ」
「よし、リーリエ。待機してるマグノリエ達に連絡して後方支援を取り付けろ。私達も相応に戦闘準備しようじゃないか。やはり戦争は派手にやらないとつまらないからな」
「りょーかい、なのです。盛大に歓迎してやるのですよ。ふふふのふ」
二体は少ない時間ながらも、今できる最高の持て成しを用意し始めた。
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アオイ達が立ち去った後のルメルシエ夫妻。
「……もういいかな?」
「ええ。十分に距離も離れたと思うわ」
示し合わせたように素に戻った。注文してから時間も経った冷め始めた紅茶を飲み、眉を顰める。
今の二人にはあからさまな特殊空間はなかった。そこにあったのは、ただただうんざりしたような空気だけだ。
「でも大丈夫かな?別行動するよりも一緒に行動したほうが守りやすいと思うんだけど」
「クロードは心配しすぎよ。大丈夫。アオイちゃんの傍にはエーデルちゃんも居る。それに他の皆も隠れて動いてるようよ?」
息子には知られないように裏に徹して事態に対処しようとする娘達。
実に健気ではないか。夫妻はその献身に感謝していた。アオイにはできる事ならまだ何も知らずに今を楽しんでもらいたかった。
エーデルだけにはもしもの場合を考え殆どの事を打ち明けてある。彼女はアオイを第一に考えて行動してくれるはずだ。
だからこそ、こうして自分達は自由に動く事ができるのだ。
「それはわかってるけど。大事な一人息子だよ?やっぱり心配なものは心配なんだよ」
「もうクロードったら、本当に仕方のない人ね。ふふふ」
「ムっ。むぅぅ。笑うなんてひどいじゃないか」
「はいはい、拗ねないの。ともかく村の外はあの子達に任せて大丈夫そうだし、私達は、ふふふ、ちょっとお掃除しましょうか」
「ああ、そうだね。それにしてもこの粘っこくてイヤな雰囲気は、帝国かな。狙いはやっぱり?」
二人の居る喫茶店を中心に不自然な気配が包囲するように動くのを察していた。
この気配はルメルシエ家族がプリーゼ村に入って暫くしてから感じていたものだ。
そして、こういう気配は“外”に出ると度々感じた事があった。
「たぶん私ね。何の因果か、あのご老体は昔から私にご執心のようだし。はあ、ほんとになんでこうなったのかしら」
「そんな事させない!イングバルドは僕が守るから!」
「ありがとう。とても心強いし嬉しいわ。それじゃ一旦ここを離れて人気のない場所に誘い込みましょう。来たのが帝国のヤツらなら一般人を人質に取るくらいは平気でやるわ」
そうしよう、とクロードが答えると注文した分より多めに料金を払い、二人は直ぐに動いた。
村の中を観光してますよという風に装ってさり気なく人気が少ない場所まで歩いた。
そうして暫く進むと建物の死角になる場所へ出た。そこは薄暗くちょっとした広さのある空き地だ。
ここなら丁度いい、と二人は笑みを消して鋭い視線を一角へ向けた。
「――いい加減に出てきたらどう?正直言って折角の日帰り旅行を邪魔されて不愉快なのよ」
イングバルドの言に数秒遅れて姿を現したのは中年のどこにでも居そうな人間族の男だった。
にこやかに笑う男は上下シングルのスーツにベストを着ていて、革靴を履き、ステッキを持っている。頭には山高帽も被っていたが、今は手に持ち指でくるくる回していた。
「いやはや、やはり気付かれていましたか。行動が自然なのに誘い込まれてる印象があったので、もしやとは思いましたが。ハハハ。なんともお人が悪い」
スーツの男の雰囲気は目の前に居るのに数時間もしたら印象に残らない、そんなどこにでも居る普通のおじさんだ。
しかし次の瞬間、帽子を被りなおすと雰囲気が一転した。
「……問おう。お前達が戦女神と戦神だな」
「ふん。せめて問うなら疑問形にしなさいな。わかってて聞くのは意地が悪いってものだわ」
「同感だね。それにその呼び名、とても不愉快だ。恥かしくて外も碌に歩けないじゃないか」
冷酷な感情を全面に押し出して威圧する男を前にして、ルメルシエ夫妻は少しも動じた様子を見せない。それどころか挑発するように返していた。
夫妻の挑発に乗るでもなく淡々とした男は片手を上げる。すると周囲から次々と武器を持った男や女が姿を現した。
日常に居そうな男女達が非日常的な武器を持っているのはそれだけで違和感がある。
「男は殺せ。女は捕らえろ。――行け」
スーツ姿の男の合図を持って戦いは始まった。
男以外は隠れていた場所から姿を現すと各々が手にした武器を構え、攻撃を始めた。
夫妻を半包囲した彼らは消音機の付いた銃器で――主にクロードを――狙うと一斉射撃を開始、魔法師も様々な攻撃魔法を浴びせた。
対して攻撃に曝された二人は、慌てずにいた。
臆した様子もないクロードがイングバルドの前に立つと光剣を抜き放ち半身になって構えた瞬間――彼の手がぶれて消えた。
カランと軽い音を続けて立てて地面に落ちる金属。そこには切断された銃弾が散乱していた。
「……なに?」
最初に出てきたスーツの男の口から呟くように言葉が出た。実際に銃撃をしていた者達は驚愕して身体を硬直させている。
驚く事に二人に向かっていく数百にも及ぶ銃弾をクロードは切り捨てていたのだ。
それだけではない。銃弾を切り捨てながら迫ってくる攻撃魔法にも対処していた。
全ての属性に相反する属性をぶつける事で相殺し、または圧倒することで敵魔法師を攻撃魔法で飲み込み、昏倒させて戦闘不能にしていた。
これらは銃撃開始から数十秒の出来事だ。襲撃した側は、これは何の冗談だと笑いたくなった。
「そうはさせないぞ!僕の可愛い奥さんには指一本触れさせない!それに銃の一斉掃射なんて日常生活で慣れてる!それどころか温いくらいだ!」
エーデルとアオイ、戦闘訓練でこの二名を相手すると必ずと言っていいほど実体弾による飽和攻撃に曝される。時には爆撃もあるから油断できない。
以前アオイに聞いてみたことがある。父親に向かって引き金を引くのに躊躇いはないのか、と。
少しも躊躇なくアオイは答えた。だって父さんだし、と。
その答えを聞いたクロードは信頼されてるのかそれとも嫌われてるのか本気で悩み、三日間枕を涙で濡らす事になった。
「きゃー!あなたかっこいいわ!愛してるー!」
「あはははっ!僕も愛してるよ!さあ来い!」
そんな苦い思い出に苛まれたクロードが決めるように台詞を吐くとイングバルドも乗って茶々を入れる。半分以上は本気だろうがそれを知らない敵はふざけているようにしか見えなかった。
襲撃した誰もが愕然とする中でスーツの男は呆れたように肩を竦めるだけで、まだ冷静さは残っている。
「噂に違わぬ呆れるほどの強さだ。……総員一時退く。――散ッ」
硬直していた者達は命令が下った瞬間に全員が動いた。
握り拳大のものからピンを抜くと地面に投げ捨てる。すると周囲が一斉に煙に包まれた。
毒煙ではなく、ただの煙だ。視界を暗ませる以外に用を成さない。それでも十分に効果を発揮したと言っていい。
煙が晴れるとルメルシエ夫妻以外の姿は掻き消えていたのだから。しかも、ご丁寧にも気を失っていた敵魔法師の姿もない。
「おいコラ!逃げずに戦えーっ!」
向かってくる相手なら叩き潰せばいいが、複数の逃げる相手を捕まえるとなると手間が掛かる。
個人間で真っ向から殴り合って戦うなど今の時代では殆どない。あるとするならそれは知性の低い魔物を相手にした時か喧嘩、もしくは戦争規模の大きな戦いだけだ。
不満たらたらといったように叫ぶクロードを視界の端にイングバルドは今起きた事を考えていた。
「少しでも不利を感じればすぐ逃げるなんて、あいつら相当に訓練されてる証拠ね。ちょっと厄介かも」
「確かに。能力は落第点だったけど、状況判断能力は悪くなかった。でもなあ」
「クロードは最後まで暴れられなくて不満のようね」
この夫は仕方のない、とイングバルドは困ったように笑った。
だがクロードは何か歯にものが挟まったように釈然としない思いに駆られていた。
「うぅん。どうも引き際が鮮やか過ぎてスッキリしないんだよな。なんかあるんじゃないかってさ」
「考えすぎじゃないかしら。心配のしすぎで少し不安になってるのよ、きっと」
「そうなのかな……」
イングバルドの言うように考えすぎかも、と思いつつもクロードはどうにも落ち着かなかった。燻るように小さな炎が己の中で燃えていて疑問として残っていた。
「ほら、アオイちゃんと合流しましょう。こうなるともう旅行どころじゃないわ」
「……そうだね。少し早いけど、帰ろうか」
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プリーゼ村から東北東へおよそ二百五十km離れた森の中。今ここにメカニカルなメイド服に身を包んだ五百名の一個中隊規模が展開していた。
普段は風に葉が擦れる静かな森だが、今日ここは戦場になる。
「さて、間もなく接敵するがもう一度確認する。私達はここで帝国軍の軍団を迎え撃つわけだが、今回は防衛戦が主体となる。目的はあくまで連合軍の到着か、閣下達が撤収するまで時間を稼ぐことにある。愚かにも閣下の居られる時にプリーゼ村を襲撃しようとする敵を撃滅できないことは真に残念だが、仕方ない。閣下の安全には代えられないからな」
元より防衛陣地の構築する準備時間もない状況だった。装備も個人で携帯できるものばかりしかない。
イリスとリーリエの二体からなる僅か五百名の戦力では数だけで圧倒的に負けている。
しかし、これ以上の戦力を投入すると正体の露見が高まることは必至だ。それでは秘密裏に動いているイリス達には不利益しか残らない。
ならばどうすれば一番いいのか?こちらは時間稼ぎに徹して後から駆けつける連合軍に残りを押し付けてしまえばいい。
「ネルケの情報が正しければ奴らの目的はプリーゼ村にある森の水源だ。エーテルが豊富にあるため、これを補給基地とするために攻略するつもりのようだ。プリーゼ村まで進攻する道程だが、やつらは私達の居るここを通過する。ゆえに私達はこの地点に防衛線を構築し遅滞戦闘を開始するものとする」
流石にこれだけの帝国軍が動いているのだから連合とて察知しただろう、と確認してみれば通信を傍受していたペルレが、即応部隊が現場に急行中であると答えた。
一番近い連合軍基地からここまで第一陣が最速で急行しても二時間から三時間は掛かる。空軍だけならもっと早いだろうが陸軍は遅れるはずだ。
連合軍が来るか、アオイ達が撤収するか。
どちらかが達成されればイリス達の勝利。ここで防衛する理由はなくなる。
あとは任務が完了次第、転送装置により撤退する手筈はお留守番組のマグノリエとペルレが整えてある。
「戦闘は短時間を想定してるが、実戦では何が起きるかわからない。各自、日頃の訓練を思い出し臨機応変にするように。以上だ。何か質問はあるか?」
「はい、なのです」
「何だ、リーリエ?」
「日頃の訓練って、エーデルお姉ちゃんにボコボコにされてる……アレ、なのですか?」
右見て二百五十体のリーリエ、左見て同じく二百五十体のイリス。
誰もが涙ぐむか視線を逸らす中で何かを思い出すと涙目になり深く、深く深く頷いた。
「……うむ」
「イリス。言い出したのはボクなのです。だけど思い出して泣くのはやめてほしいのですよ。こっちまで気が滅入るのです。ボクなんかお腹の中に手を突っ込まれてグチャグチャにされたのですよ?痛覚切らなかったら悶絶死したのです」
「うるさぃ。あれは姉上が異常なのだ。何だアレは?実弾兵器は弾かれるか斬られるし、エネルギー兵器も空間障壁に逸らされて掠りもしない。覚悟を決めて接近戦を仕掛けたら逆に手足を切られて最期には身動きできない私の頭をじっくりと味わうように踏み潰される。……くッ!私が何をした!?こっちが泣きたいわ!うわーんっ……!」
「えっと、その、なんかもう、色々とごめんなさいなのですよ……」
エーデル対レギオンシスターズの模擬戦において最初に撃墜される事が一番多いイリスだけに、とても実感が篭った言葉だった。
レギオンの武を拝命するイリスだからこそ率先して戦いの流れを掴みに行くのだが、如何せん。相手は今のところルメルシエ夫妻を除いて最高水準の戦闘能力を有するエーデルだ。
高い身体能力に奢らずに日夜情報更新して自らを最高の状態に保持する勤勉さ。咄嗟の状況判断能力と近接格闘能力。近距離から遠距離まで網羅した趣味装備とガチ装備まで使いこなし。更には戦術から戦略まで幅広い視野を持つ。
実践と座学、共に最優秀。機械人形の中で最高峰に位置付けられる性能を持つ。今も成長中であり、未完成。
戦闘能力だけでもこれだけの高性能を持っているが、日常生活においても炊事洗濯掃除のどれもほぼ完璧。
これが、彼女達が認識するエーデル・シュタインという女性型機械人形だ。
多少厳しすぎるのが玉に瑕だが、それも気にならないくらいに高性能を叩き出している。
「エーデルお姉ちゃんは王さまの目があるところだと大人しいのですが、居ないと常に地獄のような実戦を想定した模擬戦をするから殺る事が全部えぐいのです。だけどちゃんと為になってるのですから文句も言いにくいのです。だからイリスは弱くないのですよ」
きっと王さまもイリスを褒めるのです。リーリエはアオイのことまで持ち出してイリスを励ましに掛かった。
戦闘を前にしてここで気分を沈ませたままでは士気――アンドロイドなので元からあるのか疑問だが――に関わる。
だが、それがいけなかった。
泣きかけて震えていたイリスの肩がピタリと止まった。
「……本当か?閣下は、こんな私でも褒めてくださるのか?」
「王様は優しいのですよ。イリスのことも可愛いよねってよく言ってたのです」
「かわっ!っ、んんっ!り、リーリエ?それはほ、ほほ本当、なのだな?今更嘘とかだったら……斬り壊すぞ?姉上が私によくやるように四肢を切り落として逃げられないようにしてからその首をゆっくりと時間を掛けて切り落としてやるぞ?んん?」
「ほ、本当なのです。だ、だから首に当たってる、その剣を退けてほしいのですよ」
「…………」
イリスの目の奥に狂気の炎がゆらりと揺らめいていた。彼女にも触れてはならない一線というものは確かに存在した。
手にした剣を握りなおし、リーリエの首に添えた刃を僅かに引く。
「ちょっ!?切れてるのです!薄皮が切れてるのですよ!?早く退かして、なのですぅぅ……!!」
「……うむ」
嘘はなさそうだと納得すると剣をゆっくりと退かした。
安堵したリーリエが必要もない呼吸を荒げていた。目元が少し涙目になっている。余程の恐怖を味わったらしい。
「はふぅぅ、なのですよ。ううっ。なんで励ましてたボクがこんな目に遭うのですかぁぁ」
「よかったな。今のが嘘だった場合は爪先から少しずつ斬りつけて削り取ってやるつもりだったらな。私も姉妹を壊さなくて一安心だ。……本当によかった、な?」
「がくがくっ、ぶるぶるっ、なのですよぉぉ……!!」
戦闘を前にしているのに何をやっているのか。
地下施設にて後方支援として情報分析をしていたペルレとマグノリエが呆れたように息を吐いた。
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姉上との模擬戦か、この前一万飛んで五十体目の私が撃破されたな。
ボクは約九千体なのです。この前なんて内臓を引き釣り出されたのですよ。
痛覚切ってなかったら今頃気が狂ってるな。ははは。
ははは。本当なのです。この鬱憤は王さまに甘えて発散なのですよ。
……なんだと?
あっ、なのです。
そんな会話を通信越しに聞きながら地下施設にてお留守番しているマグノリエとペルレの二体は後方支援に努めていた。
マグノリエとペルレは手始めにイリスとリーリエからなる五百名の一個中隊規模が出現する前に、周辺一体の魔導通信や監視映像などの情報網を極短時間で秘密裏に掌握した。
魔導通信とは指向性のある魔力の波で離れた場所と通信を可能にする魔導機械。早い話しが有線通信や無線通信のような電波通信技術が、今のこの世界ミッドガルドにおける情報伝達手段としての主流だ。
二体はこれらを掌握することで情報漏洩に備えた。結果的に欺瞞情報を流し続けて現場に展開するリーリエとイリスは――記録上に限定して――存在していない事になっている。
情報の掌握と応用。これにより敵の情報は味方へ筒抜けになり、尚且つ敵へ欺瞞情報も流せる。
地下施設に存在する一室。大型電算機と大型空間投影型モニター、その他にも特殊機材が壁際一面に設置されている。
そんな部屋にマグノリエとペルレは居た。部屋の中央にテーブルと椅子がニ脚あり、二体が向かい合って腰掛けている。テーブルの上には大小の空間ウインドウが複数展開されており、手元の入力端末を操作していた。
「ペルレより現場の各員に通達。先行する敵航空戦闘艦隊が指定した防衛区域に接近中。間もなく視認可能範囲に入ります。魔導通信の傍受から敵の友人偵察機が上空を通過するようですが、これをやり過ごし後方から近付く航空戦闘艦隊に先制打撃を与えます。尚、意図は不明ですが敵地上部隊の一部が別に先行している模様ですのでご注意を」
「了解。偵察機が上空を通過し次第に敵航空艦隊に先制打撃を与える。敵地上部隊は警戒を厳にしよう。では」
ペルレが戦域情報を分析しイリスに通達すると、味方を示す青い光点が表示された空間ウインドウの中に敵を示す赤い光点が増えていく。
青い光点。五十名で一個小隊となり、計十個小隊が指定した防衛地域に展開していた。
画面上で帝国軍を示す赤い光点が増える中で一際先行するものがある。これが敵の偵察機の一機だ。
画面上では隠れてやり過ごす味方の上空をそのまま素通りしていく光景が無機質な情報として流れている。
「ペルレ。大丈夫ですの?もう少し肩の力を抜かないと気が参りますわよ」
「あら、ご心配ありがとうございます、マグノリエ。それよりもこの口頭によるやり取りするのは非効率的ではございませんか?私達は常時接続ネットワークで情報を共有しておりますのに。明らかに無駄でございますよ」
ああ、それですの。マグノリエが実に微妙な表情で口にした。
ペルレが小首を僅かに傾げて疑問を表した。
「実はイリスがこういうの好きですのよ。最近はネルケもかしらね。困った娘達ですわ」
「ええと、それは、その……よろしいのでございますか?陛下はこの事をなんと仰せで?」
ペルレの次の疑問。それに対してマグノリエはきょとんとして笑い出す。
「我が君はご存知ありませんわ。だってそうでしょう?このような些事にお心を煩わせる必要はありませんもの。……それに」
「それに、なんでございますか?」
「いつの日か、我が君がわたくし達を直接指揮なされる時があるかもしれませんわ!このように口頭で伝達する事はよい予行練習になります。そう考えるなら、こういうのもよろしいのではないかしら」
グッと拳を握りながら力説する彼女を前にペルレは納得半分呆れ半分の顔をした。
頬に手をあてあらあらと困っているはずなのに嬉しそうな顔だ。
「はあ。言われてみれば、陛下には私達のような情報共有化機能はありませんし、繋げるとしても脳改造しないと処理に耐えられませんし、多少不便でも口頭伝達も有用。そう考えると納得でございますね」
ここまではいい。だがここからのマグノリエの妄想が爆発して収拾がつかなくなる。
身を捩り自分の身体を抱きしめるようにして瞳を潤ませる。吐息は極上の酒を口にしたかのように熱く妖しい艶やかさがあった。
「ご理解頂けたなら嬉しいですわ。ともかく、そういうことですの。うふふふっ。ああ、ああっ!早く我が君に命令されたいですわ!きっと凛々しくも雄々しいお姿なのでしょうね。普段のお優しいお姿もよいのですが、やはり女性型として作られたからには、時には少し強引に……なんてなんてっ!きゃー!お外でなんてダメですわ!でも、我が君なら……うふ、うふふふっ!」
彼女の頭の中では、最初は戦場に立つ勇敢なアオイの姿が映し出され、次いでなぜか野外プレーが脳裏を埋め尽くしているようだ。
なんかもうマグノリエの頭がヤバイくらいに湧いているようにしか思えない、とはこの凶行を見た者全員の共通見解だったりする。
そんな中でペルレは慣れたものだ。あらまあと困っているように見えて目の奥は面倒なものを前にしたというように暗く歪んでいる。
残念ながら彼女以外に今のマグノリエを止められる人員はこの場には居ない。
「あらあら。まあまあ。マグノリエったらまだでございますか。お顔がだらしのないものになっているのでございますよ。それでは陛下も呆れられてしまわれるかもしれな」
「ところでペルレ、一つよろしくて?」
「あらあら。いつも唐突に立ち直るのでございますね。本当になんで貴女はこうなのでございましょう」
アオイのことを持ち出せば大抵の場は治まる。これも彼女達の間では常識だ。
ただし、やりすぎると暴力沙汰に発展する可能性もあるので使用と用法はきちんと管理する必要がある。
「一体何を……おかしなペルレ。何かありまして?」
「いいえ。何もないのでございますよ。うふふ。それで何なのでございますか?」
仮にも作戦中なのだからこれ以上のお喋りは無駄以外の何ものでもない。
画面に映る情報では、こうしている今も現場では戦闘が繰り広げられていることが映し出されている。
「我が君は、あちらでは受けかしら?それとも攻めかしら?ペルレはどちらだと思います?受けだった場合はお身体を踏み踏みしたり上に乗ったりしますわよね?攻めだった場合は……ロープとか蝋燭などの道具を用意したほうがよろしいのかしら?それともそれともっ」
鞭、猿轡、拘束具、木馬、などなど。暴走著しいマグノリエに、ペルレの微笑みが一層深まる。
彼女の雰囲気は敬虔な聖職者のようでありながら、その実は狡猾な悪魔の面を持つ。その二面性を併せ持つ彼女があるものを取り出した。
「まあまあ、マグノリエ、貴女って方は。もう作戦に集中するのでございますよ。さもないと――ね?」
ぞくりッ。身体の中を流れているナノマシンの擬似血液が一瞬だけ滞った気がした。
ペルレの手には記録専用の情報端末があり、そこに写し出された“とある証拠映像”を見てしまった。
一体いつの間に、と考えずには居られない。
その映像とは、昼時の誰も居ないアオイの寝室にマグノリエが忍び込んだ場面が映っていた。それだけではなく周囲を警戒した彼女が覚悟を決めたようにアオイの寝ていたであろうベッドに潜り込んでいたのだ。
「わ、わかりましたわっ。だから、それは捨ててくださいまし!そんな目で見ないで下さいまし!笑ってるのに今にもヒトを殺しそうな目ですわよ!?」
「あらあら、まあまあ。いやですわ。失礼ですわ。こぉんなに笑顔でございますのに」
「ヒッ!?」
マグノリエとペルレが互いの認識を新たにしている時、緊張感漂う戦場では戦端が開かれようとしていた。
どうでもいいが作戦中なのでこれらの会話は常時接続ネットワークだけでなく通信装置を通して全員に伝わっている事をマグノリエだけが知らない。
ペルレ、実は怖い子?
「うふふふ、でございます」
じゃっじゃーん。後編に続く!!
機械人形メインで書くとどうしても魔法的表現が疎かになりやすいです。
帝国が先進国として魔導機械技術が発展しているのですが、これがまたどうしたものか。
魔導機械技術とは”魔力をエネルギーとして機械を動かす。”、これが魔導技術の基本的な考えです。
車ならガソリンの代わりに魔力を純水に溶かし込んだエーテルが燃料となる、みたいな。
ではでは。




