第15話その1
遅れて申し訳ありません。
漸くです。漸くアオイが”外”に出ます。
祝引き篭もり脱退!
15話はニ~三話続くかもしれません。
幕間も加えるとその倍くらい?……え?あれ?
十九歳になったとある日の朝、工房で足元にラーちゃんを纏わり付かせてナノマシンの淡く発光する樹木を手入れしていた時の事だ。いきなり父がやって来た。
「愛息子よ!“外”へ行くぞ!」
「はあ。……は?」
そう言うなり準備が始まった。いつもはただ危ないと言われていたのにいきなり“外”に行くと聞いて呆然としてしまった。その間にお出掛けの準備は進められていて、気が付くと俺は立ち入りを禁止されている施設、“外”へ出る転送門の前に来ていた。
お出掛けメンバーは父と母、俺とエーデル、イリスとリーリエだ。他はお留守番、ネルケの姿が見えないのは気になるけど、まああの子なら大丈夫だろ。
「それで父さん、なんでいきなり”外”へ出かけるの?今まではダメだの一点張りだったのにさ」
とってもメカニカルでSFチックな転送門の前にて今まで感じていた疑問をぶつけた。アーフが母と一緒に転送門の端末に何かを入力しながらこちらをチラッと見ている。
「なに、大した理由はない。日帰りの家族旅行みたいなものさ。愛息子も“外”に興味があるみたいだしな」
「確かに興味はある、けどちょっと強引じゃない?出来れば事前に言ってほしかった。準備とかあるしさ」
初めての“外”だし服装とか気になるじゃないか。結局はいつもの如く白く柔らかい肌触りの布で作ったゆったりした民族衣装だ。その上に真白なフード付きのポンチョのような外套を羽織っている。荷物も例の腕輪以外は丈夫そうな肩掛けバッグ一つだ。両親も似たような服装だが母は赤、父は黒という色違いのものだった。
「と愛息子は言っているけど、エーデル君としてはどうかな?」
「特に異論はありません。ご準備ならいつでもできていますので、マスターには常に快適な環境をご提供してみせましょう」
「だってさ、愛息子よ。問題はなさそうだぞ?」
「むっ」
成長する情報生命体。そんな性質を持つ彼女に最高の性能を持つ機械人形の身体を与えたのだから能力に不足などあるはずがない。多機能、多芸であるエーデルさえ居れば着の身着のままでさえどこへだって行ける。そんな彼女を引き合いに出されたら反論の余地すらない。
「エーデルを引き合いに出すのは卑怯じゃない?」
「はっはっはっはっ!そうむくれるな。拗ねるなよ」
「拗ねてって……俺もう十九歳だよ?そんな歳でもないって」
「まだ十九歳だろうが。せめて億単位は生きて色々と経験してから言うんだな」
億単位って……。父よ、そんなに生きられる自信が俺にはないなぁ。いくら長命種云々である事をやっと認識してきたとは言えまだ半信半疑な部分が多いんだから。
「パパ、アオイちゃん。お出掛けの準備ができたわよ」
「おお、もう時間か。愛息子との会話が楽しくてうっかりしていたよ」
「ええ、そうね。私達が転送門の設定をしていたら、なんだか楽しそうな話し声が聞こえていたもの」
「はははっ。ごめんごめん。それじゃ皆準備もできた事だし、行こうか!」
「待って。その前にアオイちゃんに目的地とかそういう説明はしたの?」
「えっ?あー、そういえばまだのような気が……」
父よ。そういう大事な説明は忘れないでくれると助かるのだが。事前情報はシッカリと把握しておきたい。なんせ異世界で初めての“外”へ出るのだ、何があるかわからない。やっべ、そう考えると今更ながらちょっと緊張してきた。
「もうパパったら。それじゃアオイちゃん、ママとちょっとお話してから行きましょうか」
「え?あっ、うん、了解」
「なぁに?緊張してるの?」
「それは、してないって言ったら嘘に……うん、でも楽しみと不安が半々かな。やっぱり未知は楽しいし好奇心をそそられるよ」
興味はあっても今の“外”についての情報は、なぜか殆どが閲覧禁止になっていたから詳しい状況がわからない。地球で言うどの時代に相当するのか、それとももっと高度に発達した社会なのか想像は膨らむばかりだった。
「そう。今回ママ達が行く場所は大陸南部の大森林奥にあるエルフ族の集落よ。長い耳と優れた射撃能力と魔力を持つ彼らは森の民とも言われていて、少し排他的な一面があるけど心を通わせる事ができれば良き隣人となれるヒト達なの。ここまではいい?」
「うん。だけどエルフ族の集落?俺達の姿なら人間族のほうが目立たなくていいんじゃない?」
過去の映像データから俺達の容姿は黒髪黒目とかを別にしても耳や角、翼などの身体的特徴がない事から容姿は人間族に酷似している。人目を引かないようにするなら人間族の町が適当だと思ったのだけど。そう伝えてみると母は困ったような難しい顔をした。
「んー、そうなんだけど人間族の町や都市は、その、今は状況が悪いというか最初から候補から外したよいうか面倒が多いというか。うーん……」
「いや、そんなに悩まないでも。少し疑問に思っただけだから。それよりもその集落はどんなところなの?森の民って感じから自然とか豊かそうだけど」
母を困らせるのは本意ではない。疑問を取り下げて話題を変えた。決して母が怖いわけじゃないよ?
「そうね。なんて言えばいいのかしら。彼らの生活はママ達とそんなに変わらないわ。ただし家屋は石造りが多い人間族やドワーフ族と違って木製のものが多いかしらね。水も綺麗だし、気持ちのいい風も吹いている。そんな場所よ」
「なんだか話しを聞いているととても長閑な集落って気がしてきたんだけど」
「あら、アオイちゃんは長閑な場所は嫌い?」
「いや、嫌いじゃないよ。だけどそれなら護衛とか必要ないんじゃない?とても危なそうには思えないんだけど」
そう言った瞬間に『お話中に失礼致します』とエーデルが割って入ってきた。なんとなく不服そうな雰囲気だった。彼女の背後に追随するイリスとリーリエもなにやら同様な感じだ。なぜだ、何があった。
「お言葉ですがマスター、何かあってからでは遅いのです。マスターの安全を確保する事は最優先に考えられるべき重要案件かと思われます」
「そんな大袈裟な。母さんから聞いた限りだと随分と長閑で安全そうな場所じゃないか。危険なんて起こりそうになさそうだけど」
「なりません。今の不安定な世界情勢では護衛は必要です。努々油断なさらないようにお願い致します」
「ちょっと待とうか。世界情勢が不安定って言った?」
ちょっと聞き捨てならない事を聞いた気がする。世界情勢が不安定ってなんぞや。ファンタジーらしく魔物は跋扈しているらしいから魔王、いや、この場合はテロか?テロリストが暴れてるのか?それとも革命よろしく反乱劇でも起こってるのか?
「肯定。現在のアース大陸では世界規模で戦争や紛争などの争いが頻発しております。加えて近年は魔物の活発化によって被害も増しております。今回赴く集落は数少ない例外でしかありません」
「……母さん。エーデルの言った事って本当に?」
「事実、ね。ええ、真実よ。今の大陸ってちょっと面倒な事になってるのよ。だからなるべく安全な場所を選定したの」
「えー……」
アッサリと肯定された事に困惑した。一応“外”は危険だと言われていたが、今まで地下で安穏と生活してきたから改めて“外”の状況を聞くと不安が大きくなってきた。
「怖くなった?今日のお出掛け、やめる?」
「……いや、行く。自分の目で確かめたい。それに」
「それに?」
「自分のこの目で青い空を見てみたい」
この世界に転生して十九年が経ち、ずっと地下で生活していた。いい加減に日光を浴びたい。農業区画で擬似太陽光の下で日向ぼっこはしていたけど本物の太陽光を浴びたいのだ。ぶっちゃけ二つあるという月を見たい。これぞファンタジーって感じだから。
「……そう。それなら是非とも行かないとね」
確かにその通りなのだが。母よ、なぜにそのように温かく見守るように母性愛全開で溢れさせているのでしょうか?顔がとても優しげに輝いているし。疑問を残しつつも出発準備が完了したようだ。アーフご苦労様。
「はーい。皆、転送門へ移動し――」
「ちょっと待ったー!てすわー!」
「あらまあ」
突然聞き覚えのある大声と同時に部屋の扉が蹴破られた。俺は驚いて身体がビクッと硬直してしまった。そっちへ向いてみればそこには一つの人影がある。エーデルからなぜか呆れたような面倒そうな空気が感じられた。
「マグノリエ。どうしたの……?」
「ああっ、我が君!場を騒がせてしまい言い訳のしようもありません。ですが、ですがっ、こればかりはお姉様に問い質さなければならないのですわ!」
憤るマグノリエを相手に少し困惑しているのに父と母は驚きはしても慌てていない。なにやら含みのある笑顔で成り行きを見守るようだ。
「で?マグノリエはこう言ってるけど、エーデルは何をしたの」
「マスター。お言葉ながら、その言い方ですとまるで私が何かしかのようではないですか」
「まあお姉様ったらなんと白々しいのかしら!我が君、どうかお聞き下さい!お姉様ったらそこの二体と結託して今回のお出掛けの事をわたくしにだけ黙っていたのですわ!」
惚けるエーデルを遮ったマグノリエがズビシッと指差した方向には素知らぬ顔したイリスと、鳴らない口笛を吹いているリーリエが居た。指摘されたエーデルは顔色一つ変えないが他二体があからさまにあやしい。
「黙ってた、ってどういう事?別に隠すような事をじゃないと思うんだけど」
「……黙っていたわけではありません。後ほどペルレから通達が行くはずでした」
「ええ、ええ。そうでしょうとも――えっ!ペルレもですの!?いえ今それはいいですわ!で、ですがそれはお姉様達が出発した後でという事ですわよね!」
「…………」
「沈黙は肯定と受け取りますわよ!」
二体の元気なやり取りを横で聞いていて驚き、呆れ、苦笑した。仲が悪いように思えてその実は遠慮無用の親友、いや悪友のような関係なのが少しだけ羨ましいと思った。
べ、別に俺も友達が欲しいなんて思ってないんだからな!……うえぇ、自分でやっておいてあれだけど男の俺がツンデレても需要なんてないっての。誰得だよ、まったく。
「貴女がいくら騒ごうが喚こうが状況は変わらないし変わりません。これは決定事項なのですから大人しく従いなさい」
「いやですわいやですわいやですわ!わたくしも我が君とお出掛けしたいですわ!」
「マグノリエ。我侭など言わずに聞き分けなさい。それでも貴女はレギオンを率いるクイーンですか」
「我が君と手を繋いだり腕を組んだり、キ、キキキ……スしたり!邪魔者を撒いて二人きりなって、そそそそれでお洒落なカフェでお茶したりなんかしたりしてケ、ケーキを食べさせ合いっこしたりっ……うっ、想像しただけで愛が洩れそうになりましたわ。ふふふふ」
「はあ……」
仲いいなあ。マグノリエは台詞後半が小声になっていて、しかも早口になっていたからよく聞こえなかったけど楽しそうに笑ってるし、エーデルもまあ黙ってた云々はどうかと思うけど何だかんだ言いつつもこれ見よがしにタメ息吐いていながらも相手していた。
「ふふ、ふふふ。そして最後には我が君と……ふふふふふ!夢が膨らみますわね!」
「いい加減になさい」
「アイターっ!?ですわー!」
(うわー……)
あれは痛い。エーデルの無造作に振るわれた拳がマグノリエの頭を痛打した。ゴチンと鳴ったらいけない類の音が響いた。イリスとリーリエが顔色を青白くして小刻みに震えていたけど、何があった。エーデルの拳に何か悪い思い出でもあったのかね。
「貴女には留守を任せます。先程も言いましたが後ほどペルレから通達が行きますので、その指示通りになさい。いいですね?」
「ううっ、納得行きませんわ!わたくしも我が君とイチャごほんげふんっ、そ、“外”へご同行したいですわ!近年は魔物の動きも活発化していると聞きます!どこに危険があるかもしれませんわ!」
「…………」
「アイターっ!一度ならず二度までも殴りましたわね!?しかも今度は無言で!」
本当に仲いいなあ。ガミガミと元気に言い合っちゃって。でもこのままだと“外”へ出かける時間も少なからず無駄になる、か。……ふむ。
「マグノリエ」
「大体お姉様ったら、あら、我が君、いかが致したのかしら?わたくし今度ばかりはお姉様に一言物申さなければなりませんの」
「あー、その事なんだけどさ。マグノリエには悪いんだけどここはエーデルの言う通りにお留守番してくれないかな、なんて?」
「なっ――!?我が君はわたくしを捨てると仰るのですか!?あの夜の語らいは情熱的でしたのに飽きたらポイですの!?」
ちょっ!人聞きの悪い事言わないでくれる!?それっていつだったかレギオンの装備開発について討論しただけだろ!しかもその時はアイゼンも一緒だった!というか捨てるとか不吉な事言わないで!
「捨てるわけがない!(家族として)ずっと一緒に決まってるじゃないか!」
「――っ!!(今のは……告白ですの!?)」
なぜか瞬間沸騰したマグノリエが言葉にならない声を上げた。かと思えば今度は指に髪をクルクルと絡めて身体をモジモジさせていているし、視線はチラチラとこちらを見ていてその目は熱に浮かされたように潤んでいた。
解せん……。こらそこの両親、何が『愛息子ながら生涯を共にすると公言するとは大胆だな』とか『エーデルちゃん、がんばって。相手は本気よ!』なんてわけのわからない野次を飛ばしてんじゃないよ。
瞬間、背後から瘴気と悪寒が襲ってきた。振り返るとそこには身体から黒い靄を溢れさせるエーデルの姿があった。
「マスター……」
「ちょっと待て。なんでいきなり不機嫌になってんのさ?俺悪い事してないよね?」
「先ほどの言葉は一体どのような意味だったのでしょうか?どうかお答え願えますか」
えー……。お答え願う割には疑問系じゃなかった。俺の独断と偏見で意訳すると『答えろ』という命令形だ。間違いない。そもそも答えろもなにもなんら後ろめたい事などないわけで何を答えたらいいのかがわからない。
「どうもこうも大事な家族を見捨てるはずがないって事じゃないか。これの何かおかしい?」
故に正直に答えた。答えたのだけどその瞬間にエーデルとマグノリエの反応が百八十度違った。前者はスッキリした顔で得意気にしていて、後者はガックリと肩を落としていた。
「そうですわよね。そんな上手く行くわけがありませんわよね。ぅぅ……」
「マスター。そろそろ時間が迫っております。お急ぎを」
サクサク予定を勧めようとするエーデルったら容赦ないね。なぜか落ち込んだマグノリエが地面に手と膝をつけて四つん這いにくず折れてるってのにさ。
「え?ああ、わかった……けど、マグノリエがあんなだけどいいのかな」
「彼女なら大丈夫でしょう。直ぐに立ち直ります」
「あー……そう、なの?」
「はい」
何の迷いもなく言い切った。エーデルがそう言うならきっとそうなのだろう。なんとなく視線を向けると父と母も潮時だと思ったのか肩を竦めていた。マグノリエの事放っておいていいのかな……。
「それじゃ今度こそ行くわよー」
今度は妙にやる気のない母の合図で転送門に移動した。転送門は大きくて銀色のメカニカルな鳥居とでも言えばいいのか、そんな形をしている。その鳥居が四方を囲み、天井付近が煌々と輝いている。
「了解。転送門を起動します。座標位置を入力。目的地は南部エルフ族の集落プリーゼ村から北へ一kmの地点に修正。転送地点に致命的な障害物を確認できず。全て異常なし、誤差修正範囲内です。転送準備完了」
アーフが転送門の起動状況を読み上げ、それを終えると母と父に最終確認を求めた。
ところでどうでもいいけど鳥居と天井がやばいくらいに発光していてバチバチとエネルギーのはじける音もしているのだけど……これって正常に作動していると思っていいのかな。父と母も気にした素振りはないから正常なのだろうけど。
「――転送開始」
「了解。転送開始。良いご旅行を」
父の合図でアーフが実行キーを押した。転送門が一際強く発光し目が眩んだ。そして次に目を開くとそこは緑と土の濃い匂いがする森の中だった。
「あれ?わたくしは放置ですの?我が君?我が君ーっ!!」
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転送門が強く発光して目を閉じて次に目を開けるとそこはどこかの森の中だった。出発直前にアーフが読み上げた内容を思い出すならここは目的地のプリーゼ村とやらから北へ一kmの場所に当たるはずだ。
「転送地点に到着。誤差は、ほぼなし。いつもながらアーフ君はいい仕事をしてくれる」
取り出した携帯端末を手に父が座標確認をしていた。周辺にはヒトどころか動物も居ない。目撃者的な者は誰も居ない。このように隠れて行動するのだから人目は避けているようだ。それに今更だけど森の中でエーデル達のメイド服って目立つかもしれないと少し後悔した。
「アオイちゃん、どう?初めての“外”だけど気分が悪いとかないかしら?」
母に言われて自分の体調を確認した。何度か深呼吸すると濃い緑と土の匂いがする。手足を振ったり握ったりして確認したけどとりあえず異常は診られない。吐き気も熱もないし敢えて言うなら脈拍が高い事だが、これは異世界で初めての外出だから軽い興奮状態にあると思われる、ってところか。
結論、問題はない。頷いて大丈夫だと伝えた。
「そうなの?何かあったらママに言うのよ。いい?」
「母さん。気持ちは嬉しいけど心配しすぎだって。皆も居るし大丈夫だよ」
「マスターの事は私……達にお任せ下さい。各地の風土から習慣、現在の世界情勢から民間情勢、若者の最新の流行まで満遍なく予習復習しております」
なんとなく“私”という部分を強調するように言ったエーデル。それと同時に二つの何かよくない気配を発したのを感じた。
「それはわかったし頼もしいけど……なんでイリスとリーリエはエーデルを睨んでるのさ?」
聞かれたエーデルはチラッと二体を見て何かを確認するとそのまま視線を俺に戻した。
え?それで終わり?たぶんだけど二体は警護云々で自分達が蔑ろにされたと思って睨んでたんだと思うよ?
俺は感心している。自分達の仕事を取るなと主張するとは、なんて勤勉な子達なのだろうか。元日本人として共感できる部分だ。尤も俺は自分の興味がある事以外は不真面目だったけど。そのせいで授業の単位がギリギリのものが幾つかあった事も、って今そんな事はどうでもいいか。
「マスター。それは気のせいです」
「エーデル……」
「姉上……」
「エーデルお姉ちゃん……」
それなのにエーデルったら、いくらなんでもそれはあからさまに過ぎないだろうか。俺もだけど二体も呆れた目を向けているじゃないか。誤魔化すならちゃんと誤魔化そうよ。いや、何を誤魔化すのかわからないけど。
「はいはい。そこまでにして。皆が仲良しなのは知ってるけどそろそろ行くわよ」
母の声に皆が歩き出す。先導するのは父で次に母と俺が続く。背後はエーデル、その後ろにイリスとリーリエが続いた。
木漏れ日の降り注ぐ森の中を歩きながら周囲を見ると樹齢千年以上と推定される大きな木々が生い茂り、岩や地面には多くの苔が厚く生している。さながら緑の絨毯のようだ。どこかから水のせせらぎも聞こえてくるから川か湧き水があるのかもしれない。
「流石はイングバルド様です。マスターと私が仲良しだと見破るとは目の付け所が違いますね」
「姉上。ちゃんと聞こえていましたか?お母上殿は閣下と私達を含めた皆の事を言っていましたぞ」
「イリス。エーデルお姉ちゃんはわかってて言ってるのです。エーデルお姉ちゃんなりのお茶目なのですよ」
「むっ、そういうものだろうか?私には姉上は本気だったように思えたのだが」
「それはそうなのです。でもそれでこそエーデルお姉ちゃんはエーデルお姉ちゃんなのですよ」
「二体とも、何か、言いましたか?」
「いえ、姉上の気のせいでは?」
「なんでもないのですよ」
「…………」
なんか後ろで認めたくない会話が聞こえた気がしたが気のせいだ。
深い森の中だが木と木の幅も広いために歩きにくい事はない。苔の絨毯も柔らかくて歩きやすい。なによりもこの咽るほどの濃い緑の匂いが始めての外出で興奮していた気持ちを落ち着かせてくれる。
「父さん。ここからエルフ族の集落、プリーゼ村までどのくらいで着くの?」
「そんなに掛からないよ。集落は目の前だ。二十分も歩けば着くさ」
二十分。まあ舗装されていない森の中だからそれくらいか。今のところ道程も特に険しいというわけでもないし村から大体一km離れた地点に転送された事も考えると妥当かね。
「村に着いたら僕達の知り合いが居るはずだから、まずはそこに挨拶に行こうと思ってるんだけど」
「ちょっと待った。今の『はず』ってなに?その知り合いのヒトと最後に会ったのっていつなのさ?」
「え?あー、最後に会ったのは……か、母さん?」
え?そこで母さんに聞くの?覚えてないくらい昔って事?いやいや、常識的に考えればそれでも十年以内だろう。いや、しかし、長命種的に考えると桁が違う可能性も……でもまさかそんな事は……ない、よねえ?
「もうパパったらシッカリしてよ。えーと……百、ん?三百……五百年前だったかしら。大体そのくらいよ」
「俺の生まれるより前とかそんな基準すらバカらしくなるよね!」
「アオイちゃんったら大袈裟ね。ちょっと前じゃない。もうやぁね。ふふふ」
「まったくだ。愛息子は気が短くていけないな。もう少し落ち着いてくれると安心なんだが」
「あんたら夫婦の基準で考えないでくれる!?俺は精々四年から五年くらいだと思ってたのにさ!」
まるで『Ahahaha!』とアメリカンに笑う両親につっこまずにはいられなかった。何度も言うけど自分が長命種云々って事は受け止め切れていないんだって、まだ胡散臭く感じてるんだからさ。自分だと実感がないんだよな。
「で?疑問なんだけどそんな昔ならその知り合いのヒトってまだ生きてるものなの?」
「それは大丈夫だ。僕達が出会ったのは彼がまだ若い時だったからね。エルフ族は長寿だし軽く数千年は生きるから問題ないさ」
そうなんだー。エルフ族とかもそうだけど数千年も生きるとか本当にファンタジーだな。不老長寿なんて地球じゃまず考えられない。まあでも俺は俺で魔法も使うけどSF科学を使っているのか。父と母の話しを信じるなら俺は長命種という種族で人間族とは別種族らしい。長命種の歴史を紐解けば一番古いものは気の遠くなるほどの時代から続いているみたいだった。把握するだけで一生が終わりそうだな。
「マスター」
「ん、どうしたエーデル?」
「はい。あちらをご覧下さい」
「なにが――おお、あれは……!」
立ち止まり、エーデルの指し示すほうへ向けば感嘆の声が零れた。父が笑顔で振り返る。
「愛息子よ。ここが目的地のプリーゼ村だ」
「ここが……」
まだ遠目だが大きな木々と生い茂る緑に隠れるようにしてあるものが見えてきた。木製を基本素材として作られた建物や木の上の家、湧き水を自然な形で、だけど夕暮れのように赤い噴水となり憩いの場になっていた。
素直に美しいと思った。遠目に見えていた木製の建物も湧き水を利用した噴水を中心とした憩いの場も美しいし、それらを照らす木漏れ日や柔らかく吹く風が気持ちいいと感じた。
ごそごそ。バッグが不自然に揺れた
「きゅー」
あ?今、なんか聞こえた……?
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村に入る時に自警団に止められるような事もなく素通りだった。内外へ人々の行き来が頻繁にあるから監視に止めているのかもしれない。
ともかく俺達はプリーゼ村の中へ足を踏み入れたのだ。
「おお!遠目からでも綺麗だと思ったけど近くで見るとまたすごい」
「きゅー!」
第一声がそれだった。白い毛玉の鳴き声が聞こえるが、それは聞き間違いじゃない。俺のバッグの中に隠れて着いて来ていたのだ。こんなでもラーちゃんは魔物だ、困り果てていると母が一応は俺と召喚契約を結んでいるので問題ないと許してくれた。
そんなわけで母達のお墨付きを得た俺は今もこもこのラーちゃんを胸に抱いてプリーゼ村の入り口に立っていた。
父や母の言から自然がとても豊かな集落を想像していたのだけど、実際にプリーゼ村を目にしてみたらどうか。
建物の外観は地球で言う十九世紀頃の近代ヨーロッパ辺り、地面は石畳で大通りには地球基準では古めかしい車も走っているのだけど排ガスは出ていないように見える。
規模はともかく一応は“村”というだけにのんびりした景観だけど、そこかしこに機械技術も入り混じっていた。
(うーん、文明基準は十九世紀頃なのに使われてる技術基準は二十一世紀以上とは……不思議だ。それにしてもあっちは実にファンタジーだなあ)
父と母を先頭に入り口から入り村の中を歩きながら周りを眺める。
入り口から延びる大通りの先、遠くにはこの村の中心部辺りに赤い噴水だと思っていたのにそこには赤く輝く大きな水球が宙に浮いているようだった。
頭上に広がる木の上の家は家と家の間に中間区を通して繋がって通路となっている。家そのものはただの木製に見えるのに重量的に考えておかしいくらいに不自然だから付与魔法で重量の軽減と補強の固定化が施されているのかもしれない。
村の中にある建物は地面に建っているものは新しくここ数年で作られたものが殆どのように見え、木の上の家は総じて古いものが多い。最近になって人口が増加でもしたのだろうか。
それとどうでもいいけど美女と美少女と美幼女のメイドさん三体が一緒だからものすごく周囲から視線を感じる。主に男からの嫉妬とか戸惑いとか色々な感情がダダ漏れだ。
「どうだ、愛息子よ。なかなかいいところだろ」
「本当に。久しぶりに来たのだけど、だいぶ変わったわね」
自分の事のようにカカッと嬉しそうに笑う父と過ぎ去った日を思い出し懐かしむ母。父の言う通りにここはいいところだと思うけど、母の言葉に少し引っ掛かり覚えた。母もそんな俺の視線に気付いたようだ。
「たぶん、ね。色々あったのだと思うわ。昔も大きな集落だったけど、今と違ってこんなにヒトは居なかったもの」
道行くヒト達の事を楽しそうに眺めている母だけど、どこか寂しそうにも見えた。それは父も同様で、移り変わる時代や友との別れに取り残された自身の寂しさと、活気溢れる人々の営みに思いを馳せているようだった。
そんな母達にどうやって声をかけたものかと考えていた時に村のヒト達の姿が目に入る。
「あれ?」
「きゅー?」
立ち止まった事に戸惑うラーちゃんが鳴いたけど今だけは気にせずに改めて周囲を見渡した。
村を行き交うヒト達が居る事はおかしくない。おかしくないが、ここはエルフ族の集落と聞いていたのに俺の見たヒトには獣耳がついていた。よくよく村内を見てみるとエルフ族よりも獣人族や他種族のほうが多い。一部には人間族も居た。
エルフ族って過度な交流は好まない種族じゃなかったのか。
「どうした?愛息子よ」
俺が立ち止まった事に気付いた父が来た道を戻ってきて聞いてきた。母もその隣に居た。エーデル達は何も言わずに俺の背後に控えてくれている。時々ラーちゃんに鋭い視線を送っているようにも思えるけどそれは気のせいだ。
「父さん。ここってエルフ族の暮らす村、なんだよね?」
「そうだけど、それが何か気になるのか?」
「なんというか、よく見るとエルフ族よりの他種族のほうが多くない?それが気になってさ」
「…………」
え?父よ、そこで黙るの?なに?もしかして聞いちゃマズイ系だった?ちょっと母からもなんとか、ってこっちもそこはかとなく真剣な雰囲気になってるんですけど!?この現状を打破するには別の話題を振るしかないか。
「あの――」
「実は愛息子にまだ伝えてない事があるんだ」
「――え?」
伝えてない事?話しを変えようとしたところで父が告白し始めた。父の表情から察するに真面目な話しのようだ。
「アオイ、よく聞くんだ」
いつもの愛息子ではなく名前で呼んだ。それだけ真剣って事のようだ。父は俺の肩に手を置くと正面から視線を交えて語りだした。
「お前には余計な心配をかけたくなかったから黙っていたが、今のアース大陸ではあちこちで戦争や紛争が起きてる。おそらくだけどここに居るヒト達の大半はそれらの避難民か何かだ」
「戦争……避難民……」
なるほど、これで納得がいった。父と母はなにかと“外”について黙秘してきたから、薄々何かあるんじゃないかと考えていたけどその正体が大陸全土に渡った大戦争だったわけか。こう言っちゃ不謹慎だけど生物兵器的な何かじゃなくて少し安心した。
「この村は他と比較してまだ安全だ。だが多くは明日の食事も欠くような生活を強いられてる。今の国々のあり方は王族や貴族階級にある者、それに有力者が強い影響力を持っているんだが一番は軍であり、一般市民はただ搾取され耐え忍ぶ事しかできないのが現状だ」
どの時代でもやはり力を持たない者が搾取される側になる。それに軍とはまたわかり易い、まるで旧日本軍のようだ。軍部が政治権力を握ると本当に碌な事が起きない。まあもっと性質が悪いのは権力者と軍人が利害の一致を見て手を組んだ場合だけど……いや、今それはいいか。ともかく時代が進みヒトとして成長したなら軍事と政治は切り離したほうが安全だって事だな。うん。
あれ?大陸中がそんな風に悲惨な状況になっているならこの村も例外じゃないわけ、で。
「それじゃ、もしかしてこの村も……?」
「いや、この村はまだ大丈夫、アオイが心配してる事にはまだならないはずだ。南部に位置する連合は他三方よりも少しは安定しているからな」
そう言う父の顔はとても苦々しい。今の少し云々という言葉は本当の意味で僅かな意味しかないのだと嫌でも察せられた。
「“まだ”、なんだ……」
「……ああ。残念だけど今大陸を覆っている暗雲を払う事は難しい。ここ南部も西のミロス帝国に半分以上を制圧されている。西から距離のあるこの村も遠からず戦禍に曝される事になるかもしれない」
半分も制圧されてるのか。南部の連合とやらが負けが超してる状況で、これ以上攻め込まれるのはマズイとしか言いようがない。これでは父の言う通りに戦火が広がる事は目に見えてる。
「この戦争は止められない、か……」
「そうだな。並大抵の事では止まらないだろうね。うん、普通の手段なら」
なんだろう。今の父の言葉には何か含むものを感じた。それじゃまるで通常外の手段なら解決できると言ってるようにも聞こえるじゃないか。疑問を口にしようとしたら今度は母が前に立っていた。
「アオイちゃんは戦争とか争い事はイヤかしら?」
「どうだろう。競い合うのは楽しいけど戦争となると嫌かな。死ぬのは怖いし、殺すのも怖い。好きな物作りができればいいと思ってる。……でも」
「でも?」
「戦争で家族が危険に遭うかもしれないなら全力で戦う、と思う。せめて家族だけは守りたいから」
「そっか。アオイちゃんは優しいのね……」
そんなんじゃない。ただ臆病なだけだ。切磋琢磨し心技体を競い合う鍛錬は好きだけど相手と殺し合いになる戦争では意味合いはまったく違う。戦争という超法規的措置が有効な状況で殺したくないなんて甘い事を言うつもりはないけど、できるなら極力殺生は避けたい。
「さてと、他にも色々あるけど大体はこんな所かな。母さんからは何かある?」
「いいえ、必要な事は全部パパが言ってくれたもの」
「よし!それじゃ今度こそ村の中を案内しようじゃないか!」
大事な話しだったけど暗い空気を振り払うように明るく宣言した父と微笑む母。俺の初めてのお出掛けが漸く始まろうとしていた。
それはそれとして、やっぱりメイドさんは目立つなあ。皆美人さんだから好奇の視線が痛い事痛い事。今度から一般的な文化や習慣、服装は予めリサーチしておこう。
クロードとイングバルドの意味深な台詞に引っ掛かりを覚えるアオイ……。
やっとアオイが”外”の現状を知りましたね。
悲惨な現実を実感はしなくとも理解したって感じですか。
エーデル達が途中から空気になっていましたが護衛として周囲へ警戒していました。
因みに三体以外にももう一体が村の外を警戒中だったりします。(誰が!?ww)
それではまた次回お会いしましょう!
ではでは。




