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アナタは異世界で何をする?  作者: 鉄 桜
第一章・幼年期から青年期まで。
36/64

第14話・幕間

ネルケの巻き。にんにん。

ネルケの軽い紹介文的な何かが半分ほど。

もう半分はエーデルとイングバルドのいつもの報告会です。

それでは続きをどうぞ。


お気に入り登録数が少しずつ増えて嬉しいですね。

皆の感想&評価&ネタ提供が作者の力になっております。



PS.

七話・周辺諸国その1&その2をアップしました。


 


 


 深夜。イングバルドとエーデルとの間にあるいつも通りの膝詰め報告会だ。

 今回はその中に新顔のネルケが居た。ベッドの上で三人が三方に位置して向かい合って正座している。

 今回の報告会ではまず始めにアオイの配下に新しく加わるネルケの紹介を兼ねていた。


「貴女がネルケ、だったかしら?」

「ん、いかにもワタシがネルケ、ネルケ・シュタイン。にんにん?」

「にん、え?自分でもわかってない?……こほんっ。はじめまして私は」

「ん、知ってる。イングバルド・ルメルシエ。殿様のご母堂様」


 いっそ清々しくイングバルドの台詞をネルケは遮った。

 この怖いもの知らずは誕生して間もないからこそだろう。まずエーデルやレギオンの面々ならしない。そんな事をしてしまえば笑顔で威圧されて教育されてしまうから。


「……エーデルちゃん。このネルケちゃんって、その、いつもこうなのかしら?」

「はい。こう、です」

「あらあら即答?しかも断言しちゃうの?」


 瞑目して諦めたかのように首を左右に振るエーデルを横目にイングバルドは苦笑せざるを得ない気持ちにさせられた。


「肯定。クロード様、他には日中にご挨拶に伺いましたが皆様も同じように苦笑しておられました。申し訳ありませんがイングバルド様は“外”に出ておられたので今こうして最後にご紹介する事になりました」

「それはいいのだけど……アオイちゃんもまた愉快そうな子を作ったわね」

「んっ。殿様はいい仕事をした」


 得意気に胸を張るネルケをイングバルドは少し変わってるけど可愛い子くらいの気持ちで微笑ましく見ていた。エーデルを見やれば表情に変化は無いが同じ思いだろう事は容易にわかった。

 笑うイングバルドと目を伏せるエーデル。そんな二人をネルケが不思議そうに見ていた。


「ご母堂様、姉者。なに?」

「ううん、なんでもないのよ。ネルケちゃんは気にしないでね」

「イングバルド様の仰るとおりです。それよりも貴女の紹介はもう終わりました。本来の任務であるマスターの警護に付きなさい」

「んん?わかった。こっそり閨に潜り込む。ポッ」


 この瞬間に室内の空気がエーデルを中心に凍りついた。

 微笑むが目は笑っていないイングバルドと頬を赤く染める寝惚け眼のネルケは態度こそ変わらないがいつでも動けるように警戒度を一段階引き上げた。


「ちょ っ と 待 ち な さ い」

「ん、なに?あと肩が痛いよ姉者……」


 だがそんな事はお構いなしにエーデルは立ち上がりかけたネルケの肩を力強く掴んで強引に引き止めた。ギチギチとネルケの肩からイヤな音が聞こえる。

 肉の潰れるようなとても生々しくて耳に残るものだと傍に居たイングバルドは思った。

 それなのにネルケは言葉とは裏腹に寝惚け眼のまま『だからどうしたの?』とでも言うように挑戦的ですらある。


「傍で警護しなさいとは言いましたがご寝所を共にしろとまでは言っていません。寧ろそれは私のお役目です。わかりましたか?」


 注意しているのか羨ましがって妬んでいるのか判断が付かない物言いだった。後半に至っては本音が半分ほど洩れているようにも思える。


「エーデルちゃーん、それは母親の私を前に言う事じゃないわよねー?そこで頷いているネルケちゃんもよ?」

「むっ。申し訳ありません。つい本音が……」

「ん?え、ワタシも?」


 そこで切り込んだのはイングバルドだった。彼女は先程から張り付いたような笑顔を引き攣らせてエーデルとネルケを『おどれら何を人の息子に色目つかっとんじゃ、コラ!?』という目で睨み付けている。

 半分は自分が焚きつけたのにすごい我侭である。が、エーデルには一定の効果があったようだ。ネルケは……残念ながらわかっていない様子だった。


「そうよ。エーデルちゃんもあれだけど自分は違うみたいな顔するんじゃないの。母親を前にして息子のベッドの中に何をしに行く気よ、もう」

「何って……ナニ?」

「貴女って実は確信犯でしょう?無害な顔して油断ならない子ね」

「ん。テレる」


 言葉の通りポッと頬を染めて恥じ入っている様子が伺えるが反省の色は皆無だ。寧ろお墨付きを得たとでも言うような体だった。

 この態度を見て面白くないのはエーデルだ。いつもの極寒の平原を思わせる目だが今回はそれに輪をかけた冷たい目でネルケを見ている。肩を掴んでいる手もより一層の力が入っていた。忍者服の鎖帷子からピキッというイヤな音がしたのをネルケが聞いて頬を引き攣らせた。


「ネルケ。真面目に仕事しないと貴女の腐れ●●●に錆びたボロナイフ突っ込んでジックリと裂けるまでグチャグチャに掻き回して奥歯ガタガタ言わせますよ?」

「んっ!ワタシ真面目!行ってきます!」


 あらあらと困ったように笑うイングバルドが瞬きしたらネルケは霞のように消えていた。

 肩を掴んでいたはずのエーデルもいつの間にか逃れられた事に内心で驚愕していた。


「あらまー……消えちゃった。エーデルちゃんの言動は今更だからとやかく言わないけどあの子なかなかやるわね。いつ動いたのか殆ど見えなかったわ」

「伊達に諜報に特化した機体ではありませんから。それにマスター謹製のネルケならばこの程度の脱出は容易い事でしょう」

「隠密行動には速さが命って事?それだけじゃないとは思うけどもしかしたらエーデルちゃんよりも速いんじゃないかしら」


 どうなの?という目を向けてくるイングバルドに苦虫を噛み潰したような顔のエーデルが渋々と口を開く。珍しくも眉間に皺ができているから相当に不本意なのだろう。


「……肯定。総合的には優っておりますが事実隠匿と速さにおいては私よりも一枚上手です。ですから一撃離脱戦法やゲリラ的撹乱戦闘などで真価を発揮し逃げの一手に徹せられると捕まえるのは至難の業でしょう」


 いかにも遺憾ですがというようなエーデルをしてネルケの性能評価は高かった。

 一点突出の特化型か高い汎用性を持つ万能型。前者は長所を伸ばす事で短所を凌駕する、後者は短所を潰す事で高い位置で全てを平均化する。

 一撃離脱、脱出能力、情報収集、そして逃走能力。前者のネルケは汎用性に欠けているが特化型ゆえの突出した性能が前提である事がよくわかる。


「なるほど。やっぱり面白い子ね。ふふふ」

「笑い事ではありません。ネルケはなぜかマスターを狙っています。貞操の危機なのです。断固として阻止しなくてはなりません」


 エーデルは『なぜか』と言ったがイングバルドは違った。その根拠は勿論ある。


「んー、ネルケちゃんの基本的な人格構築はエーデルちゃんを元にしてるって聞いてるからあの子の言動や行動そのものは不思議じゃないのだけど。ちょっと変わってるとは思うけどね」


 つまりはそういう事だった。

 ネルケの人格構築はエーデルの人格情報のコピーではなく自我が芽生える前の基本的な人格情報を使用しているとは言え開発中に接触するアオイやその周囲からの影響はいやでも受ける事になる。

 自意識が確立していない不安定な状況にあったなら刷り込み(インプリンティング)のようになっても不思議は無いとイングバルドは考えていた。何よりも構築データの殆どがエーデルを手本にしている事が決定的だったとすら思う。

 それでもエーデルは不本意で仕方がないというように顔を顰めている。同機からの派生機種だけにある意味においては本当の姉妹と言えるのだが仲は少々悪そうだ。軽い同属嫌悪に近い感情なのかもしれない。


「イングバルド様。それは私に対する侮辱でしょうか?私はあれほどはしたなくはありません。マスターのご機嫌と節度を守っております」

「あれ、で?……本気?」

「な、なんでしょうか、その目は?私は疚しい事は一切しておりません」


 だからこそ率直な思いで反論したのにイングバルドは呆れたようなそれでいて哀れむような疑いの目で見ていた。

 エーデル自身は理不尽に思っていたが彼女の行いを考慮するなら妥当と言えるものだ。

 例えばアオイの訓練が過激化した際にクロードがアオイの手足を折った事があったのだがその報復にエーデルが動いた。その時の影響で一区画が土砂に埋もれたのは記憶に新しい。

 更に今のネルケのような行動も誰の人目にもつかないようにアオイの自室に忍び込む始末だ。幸いにもアオイの紙装甲のような理性的抵抗で事無きを得ているので未遂に終わっている。だがそれも今後のアオイの理性の磨耗度合いによってはわからなくなる。

 そんな強姦紛いの行為は母親としても容認しにくいのだ。やるなら『正面から堂々と逝け』がイングバルドの素直な気持ちだ。それでも言いたい事はあるが文句はない。


「……まあいいわ。それよりもエーデルちゃんがネルケちゃんの事を危惧してるならアオイちゃんの身辺警護なんてさせて大丈夫なの?」

「……え?」

「え?知ってて行かせたんじゃないの?」

「…………」

「…………」


 部屋の中に広がる沈黙が妙に耳に痛かった。

 エーデルの顔が能面化しているが冷や汗や脂汗がドクドクと出ていた。


「クッ!ちょっと席を外します!直ぐに戻りますので、それでは失礼!」

「え?あっ、ちょっと!」


 イングバルドの制止の声も無視してエーデルは駆けて行く。それはネルケにも優るとも劣らない速さでありただただ見送る事しかできなかったほどだ。

 そしてただ独り取り残されたイングバルドは呆然とするしかない。


「行っちゃった……」


 騒がしくもあり楽しくもある今の日常。呆れたようにタメ息一つするととりあえずお茶でも飲んで一服しようとイングバルドは思考を切り替える。


 


▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽


 


 所変わってアオイの自室までの道程での事。

 白い廊下をスキップしながら進む寝惚け眼の女忍者の姿があった。


「待ってて殿様。今ワタシが行くから。ぽっ」


 アオイの自室までもう直ぐというところで立ち止まるとそのまま両手を頬に当てていやんいやんと身体をくねらせた。

 その時ドタバタと廊下を走る二つの音をネルケの聴覚が捉えた。直ぐに登録された情報郡に検索をかける。

 足音の音紋から予測……判明。予測対象の接近を感知。ほんの数秒後には接触する距離だ。

 アオイの寝所云々以外にも目的はある。ネルケが迎え撃つか罠に掛けるか悩み、だが相手は仮にも同僚であるので不毛と判断しそのまま走ろうとする。

 が、あと一歩判断が遅かった。


「待ちなさい、ネルケ!」

「エーデル?」


 名前を口にしたのはただの確認以外に意味はない。

 振り返り見た先には予測されたとおりエーデルが居た。コツコツと軍用ブーツの靴音が慌しく鳴り響く。

 態々走って追いかけてきたという割にはエーデルのメイド服に乱れは見られない。

 これは面倒だと感じたネルケだがここでもう一体の乱入者が現れる。


「うふふふ。これ以上は行かせませんわよ」

「マグノリエも?」


 こちらも予想通りだ。だがそうだとしてもいつの間にか反対側ではマグノリエが立ち塞がっていたのは隠密特化型のネルケをして驚かせたていた。

 一本道の廊下で挟み撃ちにあったネルケがさり気なく腰を落として警戒する。

 エーデルの目を見れば嫌でもわかる。最初に交渉して決裂したとわかれば即実力で取り押さえに動くに違いない。

 複合センサーで廊下を走査した結果が黒。真っ黒だ。熱源、動作音、振動とあらゆる反応は極小さなものだった。数値上でも誤差範囲と言えるほど微弱な反応だ。

 だが――居る。ネルケは確信に近い感情を抱いた。

 エーデルがマグノリエという増員を要請したのだから迷彩機能で他の人員を隠しておいたとしてもなんら不思議ではない。挟まれた廊下の至る所に迷彩機能で隠れているはずだ。

 エーデルとマグノリエは一足で取り押さえられるだろう距離を保ちネルケを前後から挟み込む。

 一瞬の緊張とプレッシャーが三体を中心に濃密に立ち込める。そんな中で最初に口を開いたのはマグノリエだった。


「これから警護任務なのでしょう?一緒に我が君をお守りしましょうよ、ネルケ」

「……なんで?エーデルからお墨付きは貰った。添い寝の権利はワタシのもの」


 マグノリエのなんら悪意も他意もないというように微笑む姿からネルケは害意を見出せなかった。ちらりと除き見たエーデルの表情にも変化は一切見られない。

 前にエーデル、後ろにマグノリエに挟まれたネルケは話して注意を逸らしながらもさり気なく壁に寄る。最悪でも三方からに攻撃範囲を絞るために。


「そんな権利を許した覚えはありません。私は身辺警護をしなさいと申し付けただけです」

「ん。だからお傍で守る。具体的にはお布団の中で。ぽっ」


 エーデルの否定に皮肉で返すもこれは本心だった。

 故にしまった。つい本音がとネルケも内心で舌を出す。それでも反省はしても後悔はしていない。

 そしてこの言葉に我慢ならないのが“多数”あった。一瞬だけ高まった機械人形特有のエネルギー反応。迷彩機能で隠れていると思えばやっぱりだとネルケは思った。

 そしてその怒りの筆頭がエーデルとマグノリエだ。前者は表情も態度も変えずとも怒りを露わにした空気を纏い、後者は驚きの表情で口と目を大きく見開いてわなわなと震えている。


「部屋の隅で丸くなってなさい。この雌猫が」


 エーデルの声が冷たい。どこまでも冷たい声だった。あまりにも冷たくて低温火傷してしまいそうだ。その目が直接自分に向けられたわけではないマグノリエ達も背筋をぞくりとさせて一瞬にして怒りから我に返ったほどだ。

 それでもネルケの態度に変化は無い。それどころか逆に挑発的な視線を寄越す始末だ。


「や。だってワタシのクノイチだから。存在意義上は問題ない。その、殿様ならちょっとくらいのお触りは許してあげる」

「なんでマスターがお触りする前提なのでしょか?逆でしょうそれは」


 この瞬間にネルケの目がキュピィィンと怪しくも鋭く光った。そして然も愉快そうに目を歪ませて顔をキラキラ輝かせて言う。だが寝惚け眼は変わらない。


「襲っていいの?」

「ダメに決まっているでしょう。襲わせません。口から垂れる涎を拭きなさい」

「むぅぅ」

「そ、そうですわ!そのような羨まし、ピッ!?はは破廉恥っ!破廉恥な事は許しません!許しませんとも!」


 マグノリエの言葉が途中から乱れているがそれは決してエーデルの憎悪と殺意の篭った眼光に怯えたからというわけではない。


「ネルケ。大人しく私の指示に従いなさい。今なら穏便に事を運べます」

「断る。ワタシに命令できるのは殿様だけ」


 後は気分かな、とは言葉にする事無く心の内だけに止める。

 今している今回の行為はお遊びの部分が大きい。勿論やるからにはアオイの寝所に潜り込むために最大限の努力をするがネルケの主目的は自陣営の戦力分析だ。もっと具体的に言うならアオイの配下の戦力分析と言ってもいい。

 甚だ独断による所が大きいが何事にも物事を正しく把握、理解する事は大事だ。

 そんな事はついぞ知らないエーデル達は知り合って間もないネルケに上手く乗せられて闘争心を露わにする。


「そうですか。本当に残念(好機)です」

「んん?今言葉の意味が逆だったような……」


 ニヤリと嗤いそうになるのを止める事にエーデルは精神力を総動員した。

 対してネルケはゾクッと悪寒がして自身の背中に冷や汗が流れるのを感じた。


「些事です。気のせいでしょう。――マグノリエ」

「承知しましたわ!イリス、リーリエ!やーっておしまいなさい!」


 迷彩機能が解除されたと思えば廊下を埋め尽くすほどイリスとリーリエが詰め寄せていた。天井にも空間操作で上下逆さに張り付いている。

 しかもそのどれもが強襲型装備とは何事か、とネルケは内心で盛大に舌打ちした。更に言うなら天井に張り付くのはクノイチである自分の専売特許だと声を大にして言いたかった。

 壁に背を預けるネルケをメカニカルな装甲メイド服を着用した多数のイリスとリーリエが取り囲んでいる。


「むむっ。手勢が多い」


 だが、だがだからこそここは敢えてニヤリと笑いながら言った。

 口に出すが強がりだ。本来のネルケは正面戦力ではなく裏方仕事が主任務となるのだからそれも当然だろう。だがエーデルは別としてもレギオンシスターズには特化型をしても総合性能で劣っているとは思っていない。

 問題は数だが要は撹乱と逃げに徹してしまえばいいだけではないかとネルケは前向きに思考する。捕まったらその時に考えればいいのだ。幸いにも脱出能力も高いのだからやってやれない事はない。


「後悔してももう遅いのですわ。今からは“狩りの時間”ですわよ!」

「顔合わせした初日で直ぐにこれとは、な。ネルケ覚悟せよ!」

「早く終わらせて仕事に戻るのです!いっくのですよー!」


 怒涛の勢いで押し寄せてくるイリスとリーリエの津波はマグノリエとエーデルの事などお構いなしに飲み込もうと動いた。

 だがそれも心得たものだ。二体はネルケとは反対側の壁に寄るとそこから非殺傷兵器を構えていた。

 まさに今のネルケは死と絶望とちょっとの愉快を前にしたに等しい。だと言うのにネルケはどこまでも挑戦的だった。寝惚け眼なのに。


「ん、来い――!」


 腰を落として拳を構えたネルケが迎え撃つ……ように見せて反転し壁や天井を蹴りながら廊下を小刻みに逃走した。少しでも隙間があればするりと抜けていく。そして更にお尻を叩いて挑発までする。

 その時ネルケはその場に居る全員の理性の糸が切れた音だけが聞こえた気がした。

 追うエーデルとレギオンシスターズ。逃げるネルケがただ独り……。


 今ここに大逃走劇が始まった。


 


▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽


 


「この度は大変お騒がせ致しました……」


 エーデルがイングバルドの許へ戻ってから最初にした事は綺麗な土下座だった。

 そして今はいつものように膝を付き合わせての報告会になっている。


「あらいいのよ。とりあえず捕まえる事だけはできた、のよね?」

「ええ、それはまあ……」


 そう言われてエーデルは今のネルケの様子を思い出した。

 …………。

 ……。


 


「きゅぅぅ……」


 目をぐるぐる回して気絶するネルケは今全身を縄でグルグルの簀巻きにされて廊下に放置されていた。


「マグノリエ……」

「……なにかしら?」

「うむ、多少怒りで我を忘れていたとは言えあれを自分達がやったと思うと少しだけ心が痛むのだが」

「……それで?」

「せめて縄を解いてはダメだろうか?」

「ダメね」

「ダメか」

「ダメよ。お姉様に叱られるわよ?」

「それでは仕方ないな!!」

「イリスはわかりやすいわよね……」


 


 …………。

 ……。

 言えない。簀巻きにして放置しているなんて、とてもではないが言えない。

 内心で少しやりすぎたかな、とエーデルは反省した……はずだった。


「???捕まえたのよね?」

「はい。それは間違いなく」


 しれっとしていた。反省などしていなかった。寧ろもっとやるべきだったかとさえ思っている。

 とりあえずは説明と釈明を聞いたイングバルドだが苦笑しかできなかった。

 結局エーデルが戻るのには始まりから終わりまで三十分が経っていた。よくもあの連中を相手にネルケはそれだけの時間を逃げ切ったものだとイングバルドは感心すらしていた。


「今はマグノリエ、イリスと共に室外にて警護に当たっておりますので何か起きましても大抵の事には対処できるかと思われます」

「あらあら。うふふ。エーデルちゃんのその顔を見るにそこまで持って行くのに大分手間取ったようね」


 笑うイングバルドに対してエーデルは目を伏せて思い出してしまったとでもいうように苦りきった顔をする。


「あれを捕らえるのにレギオンを総計で一個大隊ほど使い駆り出す事になりました。流石はマスター謹製と賞賛する思いですが今回ばかりは参りました……」

「あらまあ、そんなに?よくアオイちゃん起きなかったわね。とっても騒がしかったでしょうに」

「マスターのお部屋には防音や対衝撃結界などが設置されておりますので。ですが他の方々にはご迷惑をお掛けしてしまいました。後日謝罪しなくてはなりません」

「そうなの?いつの間に。うふふ。でも今更騒いでも誰も気にしないと思うわよ。いつもの事だもの」


 そうこの程度ならまだ許容範囲内でしかない。エーデルが身体を得てまだ慣れていなかった時などは感情の興奮と身体能力の加減を誤って突拍子も無い行動でよく騒ぎを起こしていたものだ。

 二人がそれらの事を思い出し片方は楽しげに笑いもう片方は羞恥に頬を染める。


「んんっ。そのような事よりもご報告があります」

「あら誤魔化すの?」

「イングバルド、様……」

「あははー。ごめんなさいね。それで何?」


 イングバルドのからかいはいつもの事とは言えそれでも内心でタメ息を吐いてしまうのはもうどうしようもない。それでも気を取り直して口を開く。


「広域環境調整母体“天樹ユグドラシル”。通称を機械樹計画……」

「……へえ、詳しく聞かせてくれるかしら?」


 イングバルドの目が関心を示すかのように細められた。

 次の瞬間にはエーデルの操作によって多くの空間ウインドウが展開された。


「はい。マスターが少し前より研究されておられる成果の一つです。植物とナノマシンの融合と調和。目的は効果範囲内の生態環境の調整と最適化、及び土壌機能の効率的循環との事でした」

「なるほどね。一種の生体コンピュータみたいなものかしらね。運用上で考慮するなら操作性や安定性には幾つかの疑問が残るけど方法としては面白いじゃない」


 機械だけでは柔軟性に欠ける。自然界では当然のようにある“余分”や“無駄”がとことん排除されてしまう可能性が大いにある。逆に植物だけでは安定性に欠ける。人工的に手を入れるのにいざという時に制御できないかもしれない。

 それならば、と考えられたのが遺伝子を操作した特殊な植物に各種環境調整用ナノマシンを注入し掛け合わせる事だ。単純な方法だが成功したならばリターンも大きい。


「はい。ですがこれは浮遊大陸化計画に都合がよろしいかと思われます」

「過酷な高高度に維持される大地の環境を制御、調整させるって事?」


 地上から高高度に浮遊させるのだから酸素濃度や気圧、湿度その他にも多くあるがそれだけの環境を整えなければならない。

 環境調整を主目的として作られたものであるならどのような苛酷な状況下にあろうともそれらを最適化して快適な環境に作り直すというものだ。

 天樹ユグドラシルが性能表通りなら確かに浮遊大陸化計画には目的が合致した代物と言える。


「肯定。この天樹ユグドラシルですが現時点ではか弱い樹木ですが年月を経れば成長し性能も高まるでしょう。長期的に考えるなら初期は副、中期から後期に正式に機能を委譲頂ければ十分に使えるかと」

「ふぅん。やる価値はありそうだけど実際そのユグドラシルはどうなのかしらね。やっぱり失敗でしたじゃ済まないのよ?」


 予定性能と機能移譲の段階の大まかな説明を聞いてイングバルドも実行に移す価値は認めた。だが認めたからと言って実際に行動するとなると慎重にならざるを得ない。


「仮にそうだったとしても問題はないかと。万が一にも十分な機能が見られなくとも正、副、予備の三系統は用意しております。それに……」

「それに?」

「この計画はマスターのためだけの箱舟なのです。ですから可能な限りマスターの身近なものでご用意したいと思います」


 身近なものか、とエーデルの言葉をイングバルドは自分の中で咀嚼して思いを馳せる。

 同時進行している原初の箱舟(アルカ・プロエレス)にて永い眠りにつくアオイを思えば何かもが変わった時代、世界で目覚めて困惑する事がわかりきっている。だからこそアオイの知っているもので浮遊大陸を彩ろうとするエーデルの思いは理解もできる。

 結局の所エーデルの中心にはアオイが居るのだ、と思い当たりイングバルドは楽しそうに笑う。


「んー、親としては感情よりも確実性や安全性を優先して欲しいのだけど……まあいいわ。だけど何かあったらエーデルちゃんが――」


 ――身を犠牲にしてでも守りなさい。

 最後は言葉にする事がなくともエーデルは承知しているとばかりに一度首肯する事で答えた。


「この身はマスターのためにあります。最善は尽くしますがいざと言う時は剣となり盾となり守りましょう」

「そう。わかってるならいいわ」


 答えなどわかりきっていただけに意味はない問いだった。敢えて言うなら確認だ。

 するとここでイングバルドは自分が言えた事ではないと自嘲気味に苦笑する事になる。


「まあ私達が一緒に居られるのもおそらくはあと数年もあればいいところだから偉そうな事は言えないわね。ふふふ……」

「イングバルド様。そのような事は……」


 今年でアオイも十八歳になった。

 この地下施設は平穏で安穏としているが“外”は変わらず戦乱が続き血と憎悪が渦巻いている。

 魔導機関を用いた航空戦闘艦の就航も始まったと聞く。遠からず人間族を中心とした国家群は野心を持ってここにも侵攻してくるはずだ。

 イングバルド達の力と財宝を求めて……。


「ごめんね。干渉するなら全か無でハッキリするべきだったのよ。私達は中途半端だったから。本当に馬鹿な話しね、本当に……」


 自嘲するように笑うイングバルドを前にエーデルは何も言えなかった。

 ふふふと寂しそうに笑う声が小さく聞こえた。







ネルケは無鉄砲ではない。(キリッ)

寝惚け眼のお色気クノイチ。だけど胸はない。それがネルケだ。(え!?)

ではでは。


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