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アナタは異世界で何をする?  作者: 鉄 桜
第一章・幼年期から青年期まで。
32/64

第13話

評価感謝です。

今回はアオイの日常風景がメインです。

まあ本編は幕間と違ってアオイ一択ですけどね。

一人称は行き詰る場合もあるので二章からは三人称が主になると思います。

皆の感想&評価&ネタ提供が作者の力になっております。




 


 


 父と母の重度のスパルタ教育に耐えて一年が経って俺も十七歳になった。もう訓練で手足を圧し折られたくらいではなんとも思わなくなったオトシゴロだ。慣れてくると折られた瞬間や直後に即離脱する事や迅速に治療に入る事も冷静にできるようになったほどだ。

 …………ん?

 フッ。なんの自慢にもならねー。思わず自嘲してしまった。自室でラミィ事ラーちゃんを膝に乗せて撫でながら紅茶を一口、自嘲も一緒に飲み込んだ。

 この一年でラーちゃんも大きく育った。最初は両手の平に乗るサイズだったのに今ではその倍もある。ふわふわした大きなクッションみたいな抱き心地だ。ラーちゃんを撫でて癒し成分を補充しても最近の訓練内容を思い出すと苦笑と恐怖が襲ってくる。マジ怖い。

 傍に控えているペルレが空になったカップへ紅茶のお代わりを淹れながら聞いてくる。


「陛下。いかがなさいました?顔色が優れませんがお加減が悪いのでございますか?」

「いや、大丈夫。ちょっと父さんとの訓練を思い出しただけだから」

「訓練、と申しますと前回のでございますか?」

「ああ……」


 この前の訓練は特に酷かった。父が一年間の区切りに本気で殺ると言って行なった訓練だったけどあれは文字通り死合だった。主に俺が一方的に瀕死という意味で。

 手足を折る事や流血は当たり前。頭を打ち付けられた時は脳震盪を起こして立ち竦んだと思ったら地面に叩き伏せられたりもした。思い切り腹を蹴られた時は内臓を傷付けたようで赤黒い血を吐き出した時は死んだと思ったりもした。応急手当だけでもしようとしても父はそんな僅かな時間すら与えないように攻めて来る。しかも傷口が酷くて死角になり易い方向から攻撃してくるという素敵仕様だった。お陰で死合終了時には全身が血塗れだ。自分の事ながらあれは引いた。ズタボロ過ぎて。


「あれは流石に死ぬかと思った。ペルレ。父さんは本当に強いよ」

「ええ。ですが問題はその後でございます。訓練中はよろしかったのですがエーデルお姉様ったらあのような暴挙に出られるなんて」

「あれは、うん、まあ。あははは」

「陛下。笑い事ではございませんわ。エーデルお姉様が起こした惨事は実験区画の一区画を崩壊させて今では土砂に埋もれています。今もアイゼン達が復旧工事を行なっているのでございますよ」


 ペルレの物言いに苦笑するしかなかった。それというのもエーデルが暴れるに至った大本の原因は自分にあると思うから。エーデルは優しいから軽い仕返しのつもりで父に挑んだのかもしれない。その結果が、今ペルレが言ったように実験区画の一区画が崩落して埋もれる事に繋がった。

 高出力レーザー砲が放たれると壁や天井、床が融解する。

 風と雷の魔法が放たれると狭い空間内で嵐が起こった。

 実弾兵器は小口径弾で弾幕を張り大口径の砲弾が飛ぶと爆発でクレーターが出来た。

 刃が互いに打ち付け合うと必ず床や壁、身体のどこかが切断されていた。

 高性能爆薬が仕込まれた設置式爆弾や浮遊機雷が爆発すると衝撃波が巻き起こる。

 炎と水の魔法が放たれた時は天地創造の神話を見せ付けられた。

 最後に狭い閉鎖空間で躊躇無くMBH砲が使われようとした時は肝が冷えた。

 そうして終わってみると父が辛うじて立っていてエーデルは膝をついて厳しい視線で睨み付けていた。終わってみれば流石に笑えない被害だった。個人的にはそこまで心配してくれる事を嬉しく思う気持ちもあるけど父に負けた自分が弱くて情けないとも思った。

 結局その後に嗤う鬼神事母が来てエーデルはシクシク泣きながら説教されていた。父の治療をしながらもしゅんとするエーデルを見たのだけど、悪いとは思ったけど笑ってしまった。過激な時があるけどこういうお茶目な所もある。彼女も日々変化しているのだと改めて嬉しく思った。


「まあまあ。結果はあれだったけどエーデルに悪気は無かったし、そこまで責める事もないかなって。気持ちは嬉しかったしさ」

「むっ。陛下がそう仰られるなら私がこれ以上言う事はございません。ですが」

「わかってる。エーデルには俺からよく言い聞かせておくよ。母さんの説教はもうこりごりだから大丈夫だろうさ」

「それならばよろしいのですが……」


 心配そうにするペルレに苦笑する事しかできなかった。あの件ではエーデルも相当絞られていたから特に必要性もないと思っていたから。それを見て何を考えているのかを察してかペルレが眉を顰めていた。


「陛下?」

「わ、わかってる。大丈夫だって。ちゃんと言っておくよ」


 言うだけだけどな!はっはっはっはっ!


「むぅぅ……」

「そ、それよりもマグノリエ達はどうしたのかな?最近は随分賑やかみたいだけどさ」

「……何も、何もお変わりございません。皆が皆、己が役目を全うしておいでです」


 妙な言い回しだった。何もないとは言っているけど今の物言いだと“今も何かしている”と言っているようなものだ。それに気になるのは父と母もそうだ。前から“外”へ出てはいたけどここ最近は特に頻繁に出ていた。少し調べてみると大量の物資や資材が何かに使用されているのがわかった。だけどそれだけしかわからない。しかもエーデルにハッキングを手伝ってもらってもわからない。あのエーデルでもお手上げなんて何の冗談だと笑いたくなる。

 気になった。大体エーデルが手も足も出ないプロテクトなんてものがおかしすぎる。絶対に何かある、と思うんだけどなかなか尻尾が掴めない。だからペルレと一対一である今こそが疑問をぶつけるチャンスだと思った。


「ふむ。でもさ……」

「何もお変わりございません。仮に何かあったとしても陛下のお心を煩わせるものではございません」

「えー……」


 いつも通りの微笑。いつも通りの物腰柔らかな対応だったけど言葉の内には頑な意思があるように思えた。

 最初の一歩から挫折した。これでは何も聞けないじゃないか。これは敢えて聞くなという事か、それとも俺の勘違いで実際には本当に何もないのか。わからない。俺にはペルレの微笑からは何も察する事ができなかった。


 膝の上のラーちゃんが心配そうに小さく鳴いていた。


 


▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽


 


 更に二ヶ月が経った。地道に情報を集めていたけどやはり父と母を筆頭に皆が何か裏でコソコソやっているようだ。しかも使用される資材や物資の量から考えて割と大きな案件のようだ。バカ正直に『何してるの?』なんて聞いても話しを逸らされて意味がないのはペルレの件でわかりきってる。それなら自分で調べるしかないと思って物資量など記録から調べ始めて少しずつ情報を集めたわけだ。


「結局何をしてるのかサッパリわかんないんだけどね。はぁぁ」

「きゅー?」

「ん、なんでもないよ。ちょっと仲間外れにされてるのかなって不安になっただけだから」

「きゅー……」


 心配そうに鳴いているラーちゃんを撫でて落ち着かせる。珍しく皆がそれぞれの用事で出払っている今、俺はラーちゃんを連れて工房(アトリエ)に来ていた。何も無くともここに来るのはもう習慣になっていた。今も作業中であり机の上には作りかけの発明品の部品が散乱していている。工房では今まで多くのアイテム開発をしてきたけどやはり物を作るのは楽しい。

 試作品として一機ずつ作られた強化服“白騎士(ヴァイス・リッター)”やエーデルの強化外装“赤の処刑人ロート・シャルフリヒター”を改良したり強化したりもした。だけど最近は一番力を入れているのは父の訓練で生き残る事だ。ある意味で半分くらい命をかけているから今の開発はもっぱら武器や迎撃兵器や防御兵器ばかりだったりする。中でも防御兵器には特に自信がある。

 ととと、話しが逸れた。

 何が言いたいかと言うとだ。最近の父と母、皆が裏で忙しそうに動いているのに自分だけが何も知らされていない、という事が少し不満だった。仲間外れとか皆かっこわるいぞー。うーむ……。


「俺、嫌われたのかな……」

「そのような事実は一切ありませんよ、マスター」

「うひょあっ!?エ、エーデル脅かさないでくれる!?」


 気配を消して背後に立つとか!耳元で囁くとか!いきなりは驚くから止めよう!柔らかいモノがちょっと背中に当たっていたとか耳に当たる息がくすぐったいとか思ったのは俺だけの秘密だからな!


「申し訳ありません。なにやらマスターがお悩みであったように見受けられましたので元気を出していただければと思いまして」

「元気って。エーデルそんな……」

「元気、出ませんでしたか?」


 メイド服に包まれた胸元をプルンたゆんと揺らして聞いてきた。カァァと赤面した。……俺が。

 一瞬だけど目が釘付けにされたのは男として我ながらバカだなと痛感した。バレてないといいな、という思いはエーデルの表情を見て砕け散ったけどな。エーデルは頬を赤くして微笑していた。しかも更に強調するように胸を腕で挟んでいたから堪ったものじゃない。更に言うならその顔にはあの母のような『面白いものを見つけた』と書いてあるように見えた。


「ふふ。元気出たようですね、マスター」

「グっ。男として否定できないっ……!」


 改めて抱きついてきたエーデル。背中に伝わるなんとも言えない柔らかいものが二つ当たっている。今年で十七歳になったこの身体も大分大人に近付いているために色々と反応に困る。

 エーデルは普段はそんなでもないけどふとした時のスキンシップが過激だ。主にむにゅむにゅの胸とかほっそりした腰とかムチムチのお尻とか瑞々しい足とか擦り付けられて理性がガリガリ削られてる。男としては嬉しいけど紳士(笑)を自称している俺としては少し辛い。からかわれてるのはわかってるつもりだから本能全開で襲い掛かるわけにも行かない。スキンシップ中はマジで理性は崖っぷちだ。普段は置いておくとしてこういう時はいつも戦々恐々としている。


「手、出さないんですか?」

「出さないよ!!そんな事したら……うぅぅ」


 考えるだけでも恐ろしい!万が一にも襲ったら皆から虫けらを見る目で見られてしまう!そんなのは絶対に勘弁だ!あ?あっ、あっ!だからそんなに押し付けないでー。むにゅむにゅしないでー。


「マスターは初心なのですね。真赤になって可愛いですよ」

「赤くなってないよ!?」


 まったく、赤くないはずだ!う、初心?意味わかんないし!フフ、フフフ。そうだよ。今こそ普段から鍛えられた明鏡止水(笑)の精神で乗り越えるのだ!ちょっ待っ、耳をはむはむしたらダメだってー。あぁあぁぁあぁぁ……。


「い、いい加減に止めてって!エーデルっ!」

「ふふ。申し訳ありません。マスターの反応が可愛らしくてつい」

「ついじゃないっての。まったく……」


 背中から離れたエーデルは正面に回ると手を取って包み込む。温かいと思った。握られた手から伝わる体温になぜか安堵した。ホッとしていたら向かい合ったエーデルと目を合わせていた。


「大丈夫です。誰もマスターを邪険になどしておりません」

「む……」


 違う。邪険にされてるとまでは思ってないし、考えていない。ただ、隠し事されてるのかなって思うと少しだけ不安になったくらいのものだ。


「今は理由あって全てをお話できません。ですがイングバルド様もクロード様もそして私達もマスターをお慕いしております」

「そっか……」

「私は、私達はマスターの幸せを願っております。どうかそれだけはお忘れなきようにお願い致します」

「うん……」


 それ以上の言葉は出てこなかった。そもそもの話し、俺がエーデルや皆を疑う事が馬鹿らしい行ないだった。信頼には信頼で応えよう。想いには……同じ想いで応えよう。何を隠してるかなんて本当は大した意味なんてない。だから今後はもっと信じようと思った。今はただ大切な人達を信じようと。


 


▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽


 


 エーデルと話してから二ヶ月。今まで曖昧にしてきたけどこれからは少し真剣に“これから”を考えようと思った。それでまずは何があってもいいように何をすればいいのかを考えた。あれこれと悩んで、ダメ出しして悩んで、また悩んだ。そして考え付いたのはやっぱり何かを作る事だった。結局の所は俺ができる事なんて何かを作る事だけなんだ。作るものは武器、兵器に関わらず装備品や便利アイテム。とにかく思いつくもの色々だ。


「――そんなわけでシーちゃんやクーちゃん、ラーちゃんにちょっとしたものを渡そうと思うんだ」


 場所は農業区画。いつも訓練している広場だ。俺の他にシーちゃんとクーちゃん、それからラーちゃんの二頭と一匹が居る。


「きゅる?きゅるる!」

「まあ贈り物と言えばそうだけど別にそこまで畏まる必要はないよ、うん」

「わふわふっ!」

「あははは。そんなに喜んでもらえるなら作った甲斐もあるかな」

「きゅきゅー?」

「うん。ラーちゃんはいつまでもそのままで居て欲しいな」


 二頭はそれぞれに喜んでくれているけどラーちゃんがよくわかってない様子だった。まだ産まれて間もない幼子だから仕方ないと言えばそうなのかもしれない。


「今まではマグノリエ達の装備開発を優先してきたからシーちゃん達には何もできなかったからね。だからまずはこれを作ってみた。受け取って欲しい」


 取り出したのは黒地に白の装飾がされたチョーカーが三つだ。これはマグノリエ達の使うチョーカーとほぼ同様のものだ。防御性能と格納性能を更に高めた特別性。違うのは防御機能として不可視のエネルギーシールドが展開できる事だ。それと使う事はないと思うけどオマケ機能としてコスチューム機能も搭載している。


「きゅる」

「わふん」

「きゅー?」

「気に入ってくれるといいのだけど……」


 それぞれの首に巻きつけながら効果を軽く説明した。以前から考えていた事だ。シーちゃん達には攻撃手段云々はあるのに防御の手段が避けるか身体で受けるかの二択に限られている。機械人形であるエーデル達には空間操作による空間防御がある。道具や装備を使う知恵を持つ俺達はそれこそ幾つもの防御手段がある。攻守その他の能力を総合して考えた時にシーちゃん達の防御能力、つまり生存能力に疑問が浮上した。主な理由が何かしらの喧嘩でエーデルに折檻されて血塗れになっていたからだけど……まあ今はいい。

 それならばと考えついたのがこの改良したチョーカーだ。装備するだけでも攻撃された際に装着者を守る鎧の役目を果たしてくれる。物自体は既存の物を改良する事でできるからお手軽な防御手段になるはずだ。防御性能が強化されたコスチューム機能を使って防具を纏う手もある。馬鎧的に。更に怪我をした場合に医療スプレーにも使われている医療用ナノマシンが分泌されて治療する機能もある。細かい部分だと成長に合わせて伸縮して調整もしてくれる心憎い代物だ。


「――というものなんだけどどうかな?少しは怪我も減るんじゃない?」

「きゅ、きゅるるっ……」

「わふ、わふぅぅん……」

「お、おう。そんなに喜んでもらえたなら製作者としてこれ以上嬉しい事はないね」


 滂沱の涙を流しながら感謝されるとは思わなかった。そんなにエーデルの折檻は辛かったのか。毎回血塗れの肉塊にされるから当然と言えば当然だけど……ん?今思うとなかなかに不憫じゃね?


「きゅきゅ?きゅー!」

「はいはい。そうなね。でも、だからと言って無茶しないように」

「きゅ、きゅー……」


 うん、わかればいいんだ。走り回るのもいいけど別に転んでもシールドは発生しないのだから無茶はして欲しくない。一定の危険値である衝撃と速度にしか反応しないんだ。この機能には弱点があって事“投げ”には反応しない。だから摑まれたら頑張って振り切ってくれ。シールドは任意で発生させる事も可能だけど意識して展開するのが面倒だ。感覚がオートになれるとマニュアルが難しい感じと言ったらわかるかね。


「だからチョーカーを過信しないように。いい?」

「きゅる!」

「わふっ!」

「きゅっ!」


 返事はいい。だけどやっぱり心配だ。特にラーちゃん。産まれて一年と少しのまだまだ子供だから腕白な所があるから。自分でも過保護だとは思うけど今後もバージョンアップを考えておこう。


 


▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽


 


 さて突然だが少し目出度い事が起きた。俺が以前に父と母の監修の許で実習された召喚術の時に知り合った悪魔のお姉さんに子供が産まれたらしい。お姉さんの名前をサネルマ・クレータ・レフヴォネン。年齢は本人曰く『ヒ・ミ・ツ♪』との事。どの世界でも女性に年齢の話しは禁句だ。

 悪魔としての位は中級。性格は自由奔放で愉快な人柄(悪魔柄?)だった。しかもいい身体(ナイスバデェ)してやんの。薄着のムッチムチだった。初めての悪魔召喚だった割になかなかに上等な部類だと父が褒めてくれた。逆に母は少し渋い顔していたけど、たぶんあれは呼び出した悪魔のお姉さんが淫魔族の系統を四分の一ほど継いでいるからだと思う。紐みたいな服だからちょっと動いただけで色々と見えちゃいけない部分が見えそうな薄着ですっごく色っぽい格好だからまだ子供だった俺の教育に悪い事この上ない。

 それからは近所付合いのような関係が成り立っていた。向こうは便宜上“魔界”と言う多次元世界に幽閉されているし頻繁に会うような関係ではなかったけど俺が始めて呼び出したという事で両親もそれなりの関係を築き上げていた。特に母は子育てについて話していたらしい。お姉さんは『大半が惚気で参っちゃったわ』とおかしそうに笑っていた。

 その悪魔のお姉さんが子供を産んだとの事だ。俺はそれを聞いた母から知った。何だかんだで色々とお世話になったので是非とも出産のお祝い品を用意しなければならないと半ば使命感のようなものに突き動かされたわけだ。ただ、俺は“外”の常識を全く持たないから知識情報が豊富なエーデルと“外”に度々出ている母にちゃんと相談しながらお祝い品を考えて決めた。その時に母にニヤニヤされたのは屈辱だった。エーデルはなんだか小さな子供を心配そうに見守るようにしていた。

 …………ふん、もう何も言わないさ。

 そうして用意したのが乳幼児から児童までの様々な玩具だ。他にもオムツとかの育児に役立ちそうなものを用意した。この世界の俺も十七歳になったのだからこのくらいの甲斐性はある、つもりだ。

 そして今、自室にて召喚術を行使してお姉さんを呼び出してお茶している。お姉さんも育児で忙しいのに今日は時間を作って来てくれたわけだ。まあ産まれたばかりの子供を連れて召喚されてきたのは予想外だったが。


「――というわけでお姉さん。出産祝いにこれらを受け取って下さいな」

「どういうわけかわからないけど、まあいいかな。あら?こんなにいいの?坊やにしては嬉しい事してくれるじゃない。昔はこんなに小さな子供だったのにね。本当に立派になったわ」


 サネルマお姉さんが親指と人差し指で輪を作りながら言った。しかも品物を確認するために赤子を俺にパッと渡してきた。


「よしよーし。いい子だねぇ」

「ああうっ。あっあっ」


 赤ちゃんの身体に負担が掛からないように抱いてあやすようにゆっくりと揺らした。赤ちゃんも小さな手をにぎにぎして笑っていた。この子に罪はない。小さくて可愛いし。やばいくらいに父性愛を刺激してくる。


「まあ喜んでくれるのは嬉しいけど流石にそんなに小さくはなかったと思うんだけど」

「ふふ。そんなのは冗談じゃない。あまり小さい事気にしてたら大きくなれないわよ?……ナニが♪」

「小さくないし!?それなりに大きい……はずだ!――あっ!?」


 この淫魔がっ、下ネタとかっ!また嵌めやがったなっ!?淫魔族の系統は四分の一じゃなかったのかよ。まったくもうっ……!

 腰をくねらせながらゆっくりと近付いてくるサネルマお姉さんから振り撒かれる色気がとてもすごくやばい。初対面なら男の理性を容赦なく蕩けさせるに違いない。


「へえ。そんなに自信があるんだ?それならちょっと味見しちゃお、っ!?あぶなっ!」

「ちょっ、エーデル!?」


 誰も気が付かないうちにエーデルがサネルマお姉さんの首に大振りのごついナイフの刃を突きつけていた。薄皮一枚で止めている所から抵抗すればバッサリ逝く事がイヤでも理解させられる。

 いや、それよりもなぜエーデルがここに居るんだ。母のところで用事があるって言ってたのに。


「今日の事を知ったイングバルド様から監視を依頼されました。もしもの時は実力を持ってこれを排除せよとのご依頼もお預かりしております」

「えー……」


 なにそれ……。助かったのは事実だけどなぜか素直に納得できない。

 内心で頭痛を感じているのに対してサネルマお姉さんは自分の命が危険の状況なのに頬を膨らませて悪態を吐いていた。


「イングバルドめぇ余計な事を。あんなにお話しに付き合ってあげたのに信用ないわね、もう」

「お戯れはそこまでになさいますように。これ以上マスターにいかがわしい行ないをするなら血の華を咲かせる事になります」


 そう言うと手に持つナイフでサネルマお姉さんの喉へ軽く押し付けて圧迫した。エーデルの目が語っている。下手な事をするなら容赦なく喉を掻っ切ってやる、と。それらを見てしまい俺は更に頭と胃を痛める思いがした。


「うっ。イングバルドから話しには聞いていたけど貴女なかなか速いじゃないの」

「マスターの従者なれば当然の事でしょう。ご了承、頂けますね?サネルマ・クレータ・レフヴォネン」


 もう一度、今度はナイフを僅かにスライドさせる事で喉の皮膚を薄っすらと傷つけながら言った。承諾以外の返答は認めないという冷酷なまでの強い意志を感じさせる行為だった。サネルマお姉さんは一度呻き声を上げてから深く息を一つ吐いた。


「……はいはい。わかったわよ。なによ、ちょっと味見しようとしただけじゃない。先っちょだけよ?もう信じらんない」


 いや待て、その理屈はおかしい。悪魔に浮気の観念はないのかよ。今のお姉さんには旦那さんが居るじゃないか。こんなに可愛い子供も居るんだから家庭崩壊するような事するなって。

 多少不穏な言動が含まれていたがエーデルは色好い返答であったのでナイフを除けた。そのままエーデルは俺の斜め背後に陣取る。いつもの定位置と言えば定位置だった。何かあれば直ぐに対処できる最適な位置だ。いや、それよりも俺はこの色狂いのお姉さんに一言物申す必要性を感じていた。


「お姉さんも母親になったんだからそういうのは自重しようよ。旦那さんが泣きますよ?」

「これくらいで泣きゃしないわよ。アイツったらやる事やったらどこか行っちゃったしね」

「はあ?どこかってどこさっ。こんなに可愛い子供が居るのにっ」


 こんなに可愛らしい子供ができたのに父親は何をしているんだっ。普通ならケジメをつける意味でも結婚とかを考えるものだけど、やはり悪魔はヒトとは基本的に価値観が違うという事だろうか。内心で腸が煮え繰り返りそうになっているのを押し止めていた。


「さあ?前に召喚に応じてたから地上かな。ほら今の地上って戦ばかりじゃない。一応は上級悪魔だから力はあるし。でもたぶん今は別の女の所ね。召喚者が女じゃないと応じないヤツだし」

「戦?女の召喚者?……は?女だけ?」


 話しを聞いていて今度は違う意味で頭痛がしてきた。冷たい雰囲気を背後から感じる。たぶん背後に立つエーデルは顔色を変える事無く成り行きを見守っている、と思う。

 気になる単語を聞いた気もするけどそんな事はどうでもいい。今はそれよりも大事な事がある。

 父親はどうしようもない女好きのようだとわかって頭を抱えたくなった。同じ男としてハーレムは夢ではある。俺も男だ、それは否定しない。前世も今世もモテないからなっ!リア充なんて爆発して肥やしになってしまえばいいんだっ!いやっ、寧ろ俺の手で挽肉にして畑に蒔いてやるっ!きっとイイ野菜ができるだろうがその野菜も踏み締めて砕いてやるんだっ!!

 はあっはあっ…………はっ!?

 失礼、ちょっと現実を再認識して嫉妬に怒り来るってしまったようだ。ともかく自分の子供は可愛いと思うはずなのになぜ父親の居所がわからないのか。なぜサネルマお姉さんは笑っていられるのか。本当に、わからない事だらけだ。


「いや、それよりもなんでそんなのと子供作ってるのさ?」

「え?そんなのアッチが上手いからに決まってるじゃない。大きさはそうでもないけど技巧がすごかったのよ。まあ私が淫魔族の血統を少しだけど継いでいるのも関係してるんだろうけどね」


 あはは~、と笑いながらサネルマお姉さんが言った。

 まだだ。まだ怒る時じゃないと自分に言い聞かせる。俺は自分でも声が低くなりそうになるのがわかった。


「一応聞きますけど……子供ができたのは?」

「全くの予定外よ。自分の子供だし可愛いとは思うけどね。あら、そう言えばこの子って人見知りするのに坊やには懐いてるわね。いつもよりも静かだし」

「そうですか……」


 ちょっと我慢の限界、というか堪忍袋の緒が切れた。他所の家庭に口を出すのは気が引けるものがあるけど今回くらいは許して欲しい。人間族と違い悪魔族、それも淫魔族の習慣ってのもあるのだろうけどさ、それでも子供にはいい影響があるとは思えない。こんなのは自己満足のどうしようもない悪質なエゴだけど、こんな気持ちでこの子の母親になろうとするサネルマお姉さんが許せなかった。父親はもっと許せないけどなっ!八つ裂きにしても飽き足らないっ!


「――エーデル」

「承知しております。先程イングバルド様にご連絡致しましたところ『五分で行くのでちょっと拘束しておいてね』とのご伝言をお預かり致しました」


 エーデルは俺の考えを汲み取ってくれたようで間髪無くに行動していた。

 だからさぁ……ちょっと頭冷やそうか?


「了解。そういうわけなんでちょっと大人しくしてもらう。抵抗するなよ?」


 悪戯アイテムから考え出した上位アイテム、その名も“縛るんです”が自動でサネルマお姉さんを縛り上げていく。これは対象を定める事で自動的に亀甲縛りにしてしまうというギャグアイテムだ。麻縄のように見えて実は伸縮性もあり高い強度もある。更に対魔法効果もあるために脱出も難しい。極めて優秀な捕縛アイテムだ。


「え?えっ?えっ!?ちょっとなに!?お姉さん縛られるのはちょっと遠慮したいなぁ。どうせならベッドの上でちゃんと……」

「エーデル」

「了解致しました。対象空間を隔絶して一時的に牢獄とします。絶対に逃がしません」


 エーデルが言葉にしたと同時に縛るんですで亀甲縛りにあっているサネルマお姉さんが不可視の檻に閉じ込められた。


「ちょっと話しを聞いてよーっ!なにその阿吽の呼吸!?なんで名前だけでそこまでわかるのよ!?」

「仕様です。この程度もできずに何がマスターの従者でしょうか」

「何よそれーっ!?」


 流石はエーデルだ。俺の事をよくわかっている。そうしてサネルマお姉さんが床の上を跳ねて騒いでいると腕の中に抱いていた赤子が身動ぎした。しまった。煩くし過ぎたのかもしれない。


「あう、ああうっ、あー」

「よーしよし。なんでもないからねー。俺の母さんがちょっと君のお母さんにお話しするだけだからねー」

「あーうっ。あっあっ」


 やだ、この子可愛い。きゃっきゃっと声を上げて喜んで笑顔が眩しい。妹か娘に貰えないだろうか。ちょっと真剣に悩んだ。


「私よりも懐いてない!?ねえ!?オネルヴァちゃーんっ!」


 あっ、オネルヴァちゃんって名前なんだ。うん、いい名前じゃないか。とっても可愛らしいと思う。それで今更ながらに気が付いたけどこの子は女の子か。容姿には恵まれたサネルマお姉さんが母親だから将来は美しい悪魔になるな。間違いない。それと最後にあまり大きな声を出さないように。オネルヴァちゃんが驚くでしょが。


「お静かに。もう間もなくイングバルド様がご到着されます」

「私が何をしたのよーっ!?」

「再度警告します。お静かに……ああ、イングバルド様がご到着されました」

「え……?」


 扉が開くとそこには笑う鬼が居た。笑顔なのに周囲を威圧する空気が半端ない。快活なサネルマお姉さんがプレッシャーに押されて沈黙した。オネルヴァちゃんが泣き出さないか心配だったけどジッとこちらを見てるだけで静かなものだ。なかなかに肝が据わっているらしい。

 母はスタスタとサネルマお姉さんに近付いていく。ここまで来れば拘束も必要ないので“縛るんです”とエーデルの不可視の檻を解除した。


「ハァイ。サネルマちゃん久しぶり。随分アレな事をしたみたいじゃないの。アオイちゃんが怒るなんて相当なものよ?」

「え?ちょっと……?ぐえっ」


 母がガシッとサネルマお姉さんの首根っこを掴むと部屋の外へ引き摺っていく。オネルヴァちゃんの目は俺が覆ってある。こんな光景を見せたらトラウマになってしまうから。音も聞こえないようにエーデルが空間そのものを遮断しているので大丈夫。どんなに悲鳴を上げても聞こえない。


「ちょーっとオハナシしましょうねー?大丈夫よー。ちょーっと怖い思いするだけだからねー」

「待って?ね?落ち着いて話し合いましょう?ね?だから待って。え、え?ぇぇ……」


 その後直ぐに断末魔の悲鳴も生温い叫び声が地下施設内に響き渡ったが誰もその事実を確認しようとは考えなかった。誰だって好き好んで血祭りなんて見たくもない。

 後日朝食の席を共にしたのだが、そこには自由奔放な淫魔な女悪魔ではなく母性愛に溢れ穏やかな微笑みを浮かべた女悪魔(母)が居たとか。

 何があったし!?こわっ!母怖しっ!鬼強しっ!ガクブルガクブルっ。







なにがあったっ!?

イングバルドはんっ!あんはんは何をしたんやっ!?



さてはて。アオイが今の状況に疑問を持ち始めました。

おっそww遅すぎるよアオイ君ww

もっと世間を疑う事を覚えようじゃないか。まったく。

あっ、因みに女悪魔のサネルマは一章では今回限りのゲスト回です。

悪魔や精霊がレギュラーになるにはまだまだ先の事だったり、なんてね。

ではでは。


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