第12話・幕間
アイヤー!やっふぅぅぅっっ!!
どうも。お気に入り登録者が増えて狂喜乱舞している作者です。
今回は機械人形の皆のお話し。
その中でもレギオンシスターズがメインっぽい感じです。
ではどうぞ。
皆の感想&評価&ネタ提供が作者の力になっております。
アオイがアルミラージのラミィを自身の召喚獣にした日の午後。夕食も食べ終わり日も沈んだ時の事だ。
ここはアオイの私室。今は部屋の主は居らずエーデルとマグノリエの二体と一匹のアルミラージの子供が居た。
「きゅきゅー……」
「このアルミラージがマスターの新たな召喚獣なのですか?マグノリエ」
「ええ。我が君からはそのようにお聞きしましたわ。なんでも諸事情によりこの子を預かる義務があるとの事ですが」
小テーブルを挟んで椅子に座る二体とその小テーブルの上で縮こまっているラミィ。
ラミィは冷たい目を持つエーデルよりもまだ人間味のあるマグノリエに身を寄せていた
ここでエーデルはマグノリエの言葉に引っ掛かるものを感じた。
「諸事情?義務?具体的にマスターはなんと仰せだったのでしょうか?」
「なんでも我が君は以前からアルミラージをお気に召しておられたようで今日は農業区画へ足を運んでおられたようなのですが、その、我が君もどのようにお話ししたものか迷われておりましたが……」
マグノリエの歯切れの悪い言葉にエーデルがいぶかしむ。今一要領を得ないために事情が上手く飲み込めない。
こうなってくるとエーデルは『やはりマスターのお傍を離れるべきではなかった』と思い直している。
キッと歯を噛み締めて少しの苛立ちから『……続きを』と不機嫌そうな声になってしまっている。
「え、ええ。その、どうやら我が君の願いを聞いたクスィが先走ったようなのです。アルミラージの群れから無理矢理誘拐してきたようでして。群れに帰す事も考えておられたようなのですが不可能に近いとの事でして」
「それでマスターは責任を感じられて召喚契約を結んだと?それも専属契約を」
「そのようですわ。なにか思うところでもありまして?」
思うところが全くないとは言わないが、何よりも彼女の主が決めた事だ。問題無い。
それに本当に問題になりそうなら自分が忠言する事も辞さない。今回の事に関わらず危険が迫ったなら排除するまでの事だ。
「マスターのお決めになられた事です。それなら私に異論はありません」
それで肝心のマスターは今どちらに?とエーデルは最後になんでもないように返した。無意味に静かに圧力をかけながらマグノリエが何か言おうとする前に畳み掛けていた。
小テーブルの上で何かを感じたのかラミィが寒くもないのにプルプルと震えている。
「我が君でしたら今は工房にいらっしゃいますわ。この子はマスターがお戻りになられるまでわたくしがお預かりする事になりましたの」
「では重ねて問いますが。ここはマスターの私室なのですが、まさかその子はこのままここへ?」
「さあ?それは我が君のお心次第ではないかと思われますわ。この子、ラミィはまだ小さいですから当分はここに居るのではないかしら」
「そうですか」
そう言えばラミィという名を初めて聞いたなとエーデルは思った。
そのままラミィへ視線を移すと目が合ったとたんにビクッと怯えられた。何か理不尽なものを感じた。
それでもラミィは震えながらもエーデルの前に来ると後ろ足だけで直立すると両前足を振り上げてなにやらアピールしている。
「きゅ?きゅきゅー!」
「何を言いたいのかわかりませんが、私からは一つです。召喚契約を結んだのならマスターの御為にありなさい」
とは言ったものの最後に『……言ってもわかりませんか』と溢してから考え直した。
何らかの契約を結ぶか知性の高い魔物でない限りは意志の疎通などできないのだから当然だ。何らかの魔導具を用いれば別だが、現状そこまで必要とも言い切れない。
困惑、呆れたエーデルは別にラミィは震えていたのが嘘のように身振り手振りしながら鳴いていた。
「きゅっ!?きゅきゅーっ!」
「???マグノリエ。貴女はこの子が何を伝えたいのかわかりますか?」
「正確にはわかりかねますが、おそらくこちらの言葉はある程度理解しているのではないでしょうか?憤っているようにも見えますわ」
「ふむ。ラミィ」
「きゅ?」
「ハイなら一度、イイエなら二度鳴きなさい。いいですね?」
「きゅ!」
一回鳴いて『はい』と答えて。右前足を元気よく上げている姿が愛らしい。
一体と一匹の横でマグノリエがそのやり取りを楽しそうに見ていた。
「よろしい。では貴女はマスターに害しますか?」
「きゅきゅ!」
二回鳴いて『いいえ』と答えた。今度は左前足だ。
ただし、ここで『はい』と答えようものならエーデルに握り潰されていたかもしれない。プチっと。
「ふむ。では本題です。先程も言いましたが私からは一つです。マスターの御為にありなさい。わかりましたか?」
「きゅ!」
これにはラミィが『はい!』と自信を持って答えた。両前足を上げて振っている。
アルミラージという下級寄りの魔物であるにも拘らず言葉を理解する知能を有しているようだ。
これも召喚契約の恩恵かとエーデルは考えていた。一連のやり取りを見ていたマグノリエも何か納得したように頷いている。同じ考えに至ったようだ。
「理解しているようですね。お姉様」
「そのようです。召喚契約を結ぶと下級の魔物も知恵が付くものなのですね。私達機械人形にはない感覚なのでしょう」
「そうですわね。ですがこれならラミィのお世話も手間は掛かりませんわ」
マグノリエは少なくとも餌と下の世話を用意すれば問題は少ないとこの段階では判断していた。後天的に知性を宿した魔物なら更に手間は少ない。
変に暴れられて主の私室を荒らされては堪らないのだから好都合な事だ。
「その件ですが他のレギオン達はどうしたのです?リーリエあたりは喜んで構っていると思ったのですが」
レギオンシスターズはエーデルに比べてヒトに近い感情を有している。特にリーリエは人間の幼い子供のように好奇心が旺盛だ。可愛いものや生き物に興味もある。
それなのに今はマグノリエ一体に任せてここには居ないという事がエーデルには気になった。
「イリスはクロード様と訓練中。ペルレとリーリエはマスターのお手伝い。それはアイゼンもですが増殖した他のアイゼンは同じく増殖したリーリエを多数連れて例の件で“外”へ出ていますわ。多くのイリスも警備に当たっていますし現場責任者として私も一体が同行していますわ」
作業は順調でしてよ、とマグノリエが微笑みながら言った。手元でラミィの背を撫でている姿は一つの絵画のようだ。
レギオンシスターズはイングバルドとクロードの依頼でとある仕事についていた。これは主であるアオイも知らない。
マグノリエを筆頭に多数のアイゼンとリーリエが作業に従事し、イリスが現場の警備に当たっている。
今も地下施設にはレギオンシスターズは居るが、ここに居るのはアオイが手掛けたオリジナルで今“外”に出ているのは侵食と増殖を繰り返して増えた二番以降のレギオンシスターズだ。
因みに装備品はオリジナルと同様のものを生産プラントで作られて全員に支給済みだ。
「イリス達はいつも通りとして他は“外”へ出ているのですか。しかしマスターのお許しを得ていないはずです。それに外出許可は。いえ、これは愚問でしたか」
「ええ。ご両親が許可を出しておりますわ。何でも『これからを見越して用意して欲しい』との事でしたが。その時は少し怖いくらいの念の入れようでしたわ」
やはりか、とエーデルは思いもしたがそれ以前に確信してもいた。
そうなると気になる、というよりも気に入らないのは後半の事だ。
「そうでしたか。それに“これからを見越して”ですか。“外”の戦がここへ近付いているのかもしれませんね。そのためにマスターの計画の一つを利用するという事でしょうか」
「さてそれはどうでしょう。ご両親は我が君の事を真剣に考えておいでのようでしてよ。この際我が君の安全を確保できるのなら利用云々は別ではないかしら?」
「マグノリエ、勘違いしないように。私はお二方に異論があるわけではないのです。ただ、できる事ならこのように隠れて進めるよりも正式にマスターの了解を得たかった。それだけです」
「然様ですか。まあお気持ちは理解できますわね。あら?ああ、お姉様は要するに――」
マグノリエがにまにまと楽しげに表情を崩している。
これはエーデルがイングバルドを見て学習した結果が継承されているからだが徐々に個々に最適化されて変化している。
レギオンシスターズでイングバルドの影響を一番受けているのは間違いなくマグノリエだ。
そんなある意味でにこやかなマグノリエをエーデルは怪訝な表情で見た。
「???なんでしょう?」
「お姉様は我が君の事が大好きという事ですのね!」
エーデルは『何を言っているんだ、コイツは』という呆れとも今更とも取れる目でマグノリエを見ている。
ただし殊更否定するほどの内容でもなかったのも事実だ。
「はぁ。いえ、大好きという言葉一つで表現するのは難しいですね。私のマスターに捧げる想いは愛情や友情、家族愛などの好意的感情だけではきっと表せないでしょう。かと言って憎しみや嫌悪といった負の感情はほぼありません。おそらく嫉妬のような感情はありますがそれでも表現しきれないでしょう」
「あら意外ですわ。それでは一体お姉様は我が君の事をどうお思いで?」
「難しいと言ったでしょう。それらに忠誠心や隷属などの感情や立場も全てを含めた想いが今の“私”という存在を形作っています。おそらく一番近い表現は“マスターは私で、私はマスター”なのです」
それは一心同体と言いたいのかしら、とマグノリエは言葉にする事無く内心だけに止めた。
呆れではなく感心している。よくもそこまで盲信できるものだと。
マグノリエはレギオンのクイーンという立場上広い視野を持つ事を必要とされている。そんな彼女から見るとエーデルはひどく危ういものに思えた。
当のエーデルはと言えばラミィの事を触るでもなくジッとただ見詰めている。ラミィも目が放せなくて震えながらも見詰め返していた。
見方を変えればエーデルがラミィを一方的に睨み付けているようにも見える。これにはマグノリエもこの方は何をしているのだと苦笑した。
「なるほど。全てを理解したとはとても言えませんがおそらくそれが成長する事を願って作られたお姉様ゆえの想いなのでしょうね」
「何を今更。他人事のように言っていますがレギオンシスターズは私の基本人格や外見を模しているのだから少なからず貴女達にも影響は出ていますよ。違うのは条件付けがされている事だけなのですから」
「それは、そうですわね。ですが条件付けと言っても“主に敬意を。無償の愛を”というものではありませんか。このようなものがなくともわたくしは我が君を裏切れませんわ」
他人から見れば何の根拠もない自信だ。だが信じるに値する何かが今のマグノリエにはあった。
「それは重畳です。勿論裏切りには私自ら制裁を下しますが。マスターがお悲しみになられるので裏切るなら早めになさい。別れるなら情は深くないほうがよろしいでしょう。寧ろ消えてくれません?」
信頼できるからこそエーデルなりの冗談だ。限りなく本気に聞こえるし半分は本音だろうが半分は冗談だった。
だがこれがマグノリエに火を点けた。彼女は『そのような事はありえませんわ!』と言って立ち上がるとまるで歌劇団のように両手を振り上げた。
先ほどまでのお嬢様然とした女王の貫禄はどこへ消えたのか、今は熱に浮かされたように虚空を見据えるとお気に入りの曲を歌うように語りだす。
「あのお方を一目見た時に確信しましたの!わたくしはこのお方のためにあるのだと!それをお姉様は『消えて』と!邪魔だと仰いますの!?それはダメですわ!ええ、ダメですわよ!笑顔が素敵なご尊顔!程よく均整の取れた肢体!そして甘く芳しい香りが!わたくしは我が君を思うだけでもうっ、もうもうっ!うっ、鼻から愛がこぼれてしまいますわ……」
真に受けたマグノリエが熱の入った弁舌をしたと思えば鼻の部分を左手で抑えていた。
機械人形なのに赤い雫が流れ出るとは、アオイの無駄な拘りがここにもあったようだ。
「マグノリエ。芸が細かいのは結構ですが貴女は今後マスターの半径一〇m以内に近付かないで下さい。ええ、是非」
「辛辣っ!?お姉様ヒドイですわ!なぜですの!?わたくしが何かしまして!?」
「わかりませんか?私はマスターが心配なのです。主に肉体的な意味で。……やらせません。一番は私ですから(ボソボソッ)」
「聞こえてましてよ!機械人形の聴力を侮らないで下さいまし!そんな事はクイーンとしてレギオンシスターズの総力を上げて断固阻止致しますわ!」
売り言葉に買い言葉。一触即発の状況になっていた。
二体ともにここがアオイの私室である事も思慮の外へ蹴飛ばしているかもしれない。
エーデルを心配して余裕があるように思えたマグノリエだが結局はどっちもどっちだったようだ。彼女も大概アオイスキーだった。
「大変いい度胸です。――ナノ単位、いえ電子単位でバラしますよ?」
「数で囲んでボッコボコにしますわよ!?十年戦争しますわよ!?」
「きゅーっ!?きゅきゅーっ!!」
ラミィが心の底から助けを求めた瞬間だった。
今回の一番の被害者かもしれない。
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アース大陸の南東部に位置する地下でエーデルとマグノリエが壮絶にしてどうしようもない戦いに踏み切っている時。
こちらはアース大陸の中央部にてとある計画が進行中だった。
そこは北側に山脈、そこから南下する形で小さな湖と森林、花々が咲き誇る平原が広がっている。それらを囲むように広範囲に渡って工事が実地されていた。
「おーいっ、リーリエ!そっちは地層が脆いッスから補強しながら進めるッスよ!」
「了解なのですよーっ!えっさほっさ、なのですよ!」
現場は多くのアイゼン達の怒声が飛び、それまた多くのリーリエ達が走り回っている。
直径一○○km以上の範囲に渡って外縁部から地下を掘り進んでいる。上空から見れば縦に割った瓢箪のような形状をしている。
今も地面には繊維状の環境調整用ナノマシンが散布されて軟弱な地層は固めて補強、固定化されて邪魔な固い岩盤は削られている。山脈と湖が近いために時折り水脈にぶつかっているがそれすらも土を固めて石となり、緩やかな曲線を描いた一枚の岩盤となり水の流れを強制的に変更されている。
計画は全て順調……というわけでもない。
「のおおおっ!?ボクそこは水脈があるから慎重に――あっ!?」
「へうっ?あぶぶぶぶっ!?冷たいのですよぉぉぉ……!?」
「ボクが流されたのですよーっ!?誰か、誰かーっ!?」
一体のリーリエが掘り進んだ地層の中で補強前の水脈にいらぬ衝撃を与えたために噴出した水に流されてしまった。その時に他のリーリエやアイゼンも幾体か巻き込まれている。
それらを見ていたリーリエは慌てに慌てている。
「ちょっ!?そこのアタシ!そこは一体じゃ無理ッスよ!」
「今はどこも手が足りないッスよ!それにこれくらいならアタシだけでも行けると、とととっ!?ぷぎゅっ」
「アタシーッ!?!?」
そしてこちらでも二体のアイゼンが事故を起こしていた。
掘り進んだ先で出てきた巨大な岩盤を退かして砕いてそれを侵食して増殖するための材料にしようとしていたらその岩盤が倒れて潰されてしまった。
それを見ていた現場の総監督であるマグノリエは呆れたようにタメ息を吐いた。護衛として付いているイリスは警備状況に意識を割いているが楽しそうに見ていた。
「そこの二体のアイゼン。ふざけてないでサッサと作業を進めなさいな。手が止まっていますわよ」
「ありゃりゃ、さーせんッス。作業に戻るッスよ!」
「なははー、さーせんッス。はいよ、アタシ!」
ズズンと岩盤を押し上げて潰されたと思われたアイゼンは平然として出てきた。メイド服に汚れらしい汚れも見られない。
慌てていたもう片方のアイゼンもわかっていたというように作業に戻っている。
そしていつの間にか残された岩盤は半分以上が侵食されて消失していて、それに反して数体のアイゼンが増殖していた。
首にはチョーカーが巻かれていてオリジナルアイゼンと同様のメイド服を着ていた。工事現場らしく黄色い安全ヘルメットを被りそれぞれの手にはツルハシやスコップなどの作業具を持っている。
因みにこれらの装備品はアオイの趣味だ。
ここで作業に従事する全レギオンを統括するマグノリエがそれら全てを見ている。作業の進行具合と工事予定を比較して眉を顰めた。
「これではいつ作業が終わるかわかりませんわね。予定よりも二%ほど遅れてしまいそうですわ」
作業に遅延が見られてマグノリエが不満そうに嘆息した。
最大直径一〇〇km以上、高低差五〇km以上の大きな工事だ。作業現場は数十箇所に区分けされており同時進行で一つの計画を進めている。
上空から見て瓢箪状の下側、山脈の広がるここが第一区画、そこから時計回りに第二、第三と一kmから一.五km幅で続く。
これは五年計画で進められる仕事だ。少しの遅延が計画全体の遅延に繋がりかねない。
もっと人員を増強するべきかと真剣に考慮し始めたマグノリエの背後からイリスのいぶかしむ声がした。
「ん?これは……」
「どうしましたの、イリス?なにか来まして?」
「ああ。西方面から複数の魔物が侵入。こちらの警備部隊と遭遇した。今は私とリーリエが同数程度で対応している。時機に片が付くさ」
今終わった、と宣言通りに数分と経たずにイリスはマグノリエに報告していた。
マグノリエが更に詳しい報告を聞くと襲撃者は小型の魔物が多数、ゴブリンだったようだ。事前に発見、対処できた事で被害らしい被害も無い。
おそらく、と前置きしたイリスはそのゴブリンの群れは東から移動してきたと見られると言った。事前情報によると東のほうで人間族の間で紛争が勃発したとあった。その影響でこちらまで逃げてきた。しかし、そこで運悪く警備部隊と遭遇したらしい。
そこまで聞いてマグノリエは一際深いタメ息と吐いた。
「南東部もそうですが中央部はそれ以上に魔物が多いですわね。これがなければ作業も楽ですのに」
苛立ちを抑えるように右手を額に当てて言う姿がマグノリエの本音を語っていた。
事実として魔物と遭遇しないだけでも一%から数%の作業効率を取り戻せるはずだ。
時間さえあれば一掃する事も可能だがルメルシエ夫妻から秘密裏に作業を進めるように言われているためにそれもできない。
マグノリエが歯痒い思いをしているとイリスが苦笑しながら言った。
「そう言うな。それでは私の仕事がなくなってしまうではないか」
「そんな事ありませんわ。警備だって立派な仕事ですもの。本当なら何もないのが一番ですわ」
マグノリエはそのような事をしなくともイリスの存在は必要だと断じた。
アース大陸には遥か昔から魔物は勿論、魔族も跋扈している。その中でも知性ある魔物や魔族以外は凶暴として知られていた。
しかも今の時代は人間族の巻き起こす戦乱による負の余波を受けて活性化もしていた。
因みにルメルシエ夫妻が諸事情によって保護した魔物だがそちらは知能が高い者やか弱い魔物が多いため危険がなければ極めて温厚であった。
戦神とも謳われるイングバルドとクロードとは言え流石に保護する際に選別くらいはする。アオイが産まれてからは尚更だ。
一番の被害者は餌用に繁殖しているアルミラージだったが……。
「それはそうなのだが、な。まあいい。それよりも作業を始めて暫く経つがどの程度進んだのだ?」
「まだ始めたばかりですもの。全体から見て一〇%も進んでませんわね。元が巨大ですし、わたくし以外のレギオン達が今も侵食と増殖を繰り返して手数を増やしていますが」
増やしに増やして現状で一万以上のレギオンが増殖して作業に従事している。それでも作業は遅々として進まない。
だからこそ工事で掘り出された余分な土石を素材としてレギオンの各種は侵食と増殖を繰り返している。現時点での総数は十数万に及ぶ。
「まあそれも仕方ない事だと私は思うがな。増えすぎても目立ってしまい人間達に見つかりかねん」
これにはマグノリエは僅かに顔を顰めた。痛いところを突かれた。
工事は秘密裏に進めるように言われているから人員は数十箇所に分散して当たらせている。本来は一箇所当たりに千以上を当てたいが現状の人員は数百も居れば上々だ。
一応は各工事現場には擬装用の結界装置が展開している。空間を一時的に歪めて対象の認識を誤魔化すものだ。範囲内の外観は元の森のように擬装されて工事の騒音は遮断されているためにまずバレる事は無い。
それでも偶然に侵入されたのなら警備部隊のイリスとリーリエが迎撃する手筈になっている。先程の不運な魔物の群れがそれだ。
「そのような下手は打ちませんわ。ですがもしもの時は頼りにしていますわよ、騎士殿?」
「無論だな、女王様。それこそが私の役目なのだから」
マグノリエの信頼には同等の信頼でイリスは応えた。幾分誇らしく胸を張っている。
が、ここでマグノリエの中で悪戯心がムクムクと盛り上がってきた。内心でニヤニヤ笑いが止まらない。
「ふふ。そうね。だけど演習ではいつも一番に落ちますわよね。あれって」
「ぐっ!それはっ、姉上がおかしいのだ!ふ、ふんっ!」
「あらあら。拗ねてしまったのかしら。怒らないで?ね?どうか許して、イリス」
「知らんっ」
今日もレギオンシスターズは平常運転だ。
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時間を少々戻して、こちらは警備部隊。先程ゴブリンの群れと小規模の遭遇戦闘を終えたところだ。
これはイリスとリーリエが戦闘後の処理をしている時の会話である。
「強襲型装備か。ふむ。装備が充実して結構な事だな。うむ、いいな」
「えへへー。王さまとアイゼンの共同開発なのですよ。ボクのもそうなのです」
「リーリエの装備は偵察型だったか。その鳥と猫も付属品らしいな」
「そうなのです。どちらもお利口さんなのですよ。陸と空からの情報収集だけじゃなくて視覚と聴覚を使用者と同調して同じものを見る事が出来るのです。えっへん、なのです」
誇らしげに無い胸を張っている姿をイリスは微笑ましくも苦笑してみていた。
するとイリスはリーリエの発言と態度に引っ掛かるものを感じ取った。
「確かに素晴らしいとは思うが、なぜリーリエが誇らしくしているのだ?」
「むふふー。それはですね、なんとボクが全装備の実践試験を担当したからなのですよ。汎用性ならレギオンでボクが一番なのです」
「なるほど、これで得心がいった。確かに武に特化している私では偵察などという繊細な作業は不得手だからな。高水準で平均値の性能を持つリーリエなら適材か」
通常型に始まり強襲型、偵察型、索敵型、砲撃型などが作られた。中には遊び心から作られた奇抜な装備すらもある。
始めに基本となる通常型装備。これが各種特化型装備の基本となるものだ。機械的な戦闘メイド服、小型の強化外装となるものだ。外部動力炉を搭載しており搭乗者(=機械人形)の一時的な出力向上と緊急時における非常用エネルギーとして活用される仕様となっている。この通常型を基本として各種特化型装備が派生させた。
例として一つ目は強襲型装備だ。これは機械的な戦闘メイド服のスカート部分と重要部分を守るように高硬度装甲が付与されている事で通常型よりも防御力が高い。腰部には重力制御技術を用いた反重力跳躍機構が装着されている。これは高低差をある程度無視する事ができ、平地では噴射加速する事で機動性にも優れている。
二つ目に偵察型装備。戦場を先行偵察するために潜伏機能と迷彩機能などの隠密機能を高い水準で有している。この偵察型装備には任務行動の補佐役として特殊装備の機械動物が一体から三体まで付く。この機械動物は黒いゴムのような質感をしており形状も陸海空に敵した様々な種類がある。
最後に武装だが専用火器を任意、または個人の意思により選択する。専用火器には実弾兵器、エネルギー兵器、特殊兵器の三種類がある。
強襲型装備は真っ先に敵陣へ突撃する事を考慮されているために突撃小銃や携行型噴射弾などの強力な火器が用意されている。
偵察型装備は主任務が偵察を目的としているために取り回しと手数に優る短機関銃や遠距離からの一撃必中が可能である狙撃銃などが主武装となっている。因みに機械動物は特殊兵器に分類される。
イリスはその一つ強襲型装備を実際に使っていて感じた事だが操作に尖った癖のようなものが殆ど無かった。誰にでも使用できるように最適化された操作性は他のレギオンにも問題なく使用できるように作り上げられたと言えた。
これは優れた汎用性を持つリーリエだからこその芸当だとイリスは改めて感じた事だ。
装備を実際に使用した事でリーリエの言い分に納得もしたイリスから『癖のないいい装備だ。よくやったな』と賛美の言葉も出た。
リーリエも嬉しいのか顔に手をやり嬉しそうに笑っている。
「えへへー。がんばったのです。イリスに褒めてもらえてボクもうれしいのですよ」
「そうか。ああ、そうだ。一つ聞きたいのだがこれらの装備は何か元があるのか?開発期間が短いから気になっていたのだ」
「んー、それならボク達の前に作った強化服や強化外装が元になってるって聞いたのですよ」
「なに?そんなものがあったのか」
何気ない疑問だったが聞いてみれば自分達の前に作られた作品が元になっていると言われて興味が出たイリスは更に問いを重ねた。
リーリエも一仕事終えたばかりだからか今は機械動物を解き放って警戒を任せた。偵察型を装備した他のリーリエも同様だ。
えへへ、と笑うリーリエがイリスに説明する。
「そうなのですよ。でも試作品を三つ作ったけど半ばお蔵入りしてるとも聞いたのです。性能は抜群だったらしいのですけどね」
「そうなのか?それはなんともまあ勿体無い話しだな。閣下の発明品ならさぞかし高性能な代物だろうに」
「実際にそうなのですよ。それが事実なのです。それでですね、今ボク達が使っている装備はその三機を参考にしたものなのですよ。一部の性能を部分的に抽出して強襲型や偵察型に特化させたものなのです」
なるほど、とイリスは納得した。それというのも僅か数ヶ月という短い時間で数々の装備品が開発されていたので疑問だったのだ。
それだけアオイの手腕が見事だとも言えるが現実的ではない。それなら既存品を使っていると言われたほうがまだ納得できる。
ともかくイリスはこれで目標を達成できる可能性が上がったと気分を高揚させていた。
「ふむ。なんにせよ早めに装備が整うなら私に言う事はない。これらがあれば演習で姉上と戦ったとしても」
「いい勝負なのですね!」
「違う!ここは勝つと言わないか!」
「あーうー、なのですよー。怒鳴らなくてもいいと思うのですよ」
耳元で怒鳴られたリーリエは頭をぐわんぐわんさせながらも文句を言った。
だが途中で台詞を取られただけでなく『いい勝負』などと目標の低い事を言われたのでイリスもつい感情が高ぶってしまった。負けが続いている身としては『絶対に勝つ』くらいは言ってほしいと思うのは我侭だろうか。
レギオンの騎士としてエーデルに正面から挑みそして見事勝ってアオイに褒めてもらおうとするのは我侭だろうか。
故にイリスは咆哮するように高らかに叫ぶ。この時ばかりは場所も状況も無視した。積もりに積もった感情は今爆発した。
「否!そもそも私達レギオンは“群”でこそ真価を発揮するのだ!軍団単位ならあの姉上を相手取ったとしても決して負けはしない!」
「勝ちも無いのですね。わかるのです」
「妙な茶々を入れるな!勝てる戦も勝てないだろ!それでも騎士か!?」
「ボクは騎士じゃなくて兵士なのですよ?」
「グッ!そうだったな。だがっ……!」
純真な目で正論を返すリーリエに感情の高ぶったイリスはたじたじだ。
イリスが更に言い募ろうとした時にリーリエが正面に立つと精一杯背伸びして彼女の右肩に手を置いた。そのまま微笑み労るようにポンポンと叩く。
「イリスは疲れてるのです。王さまに甘えて元気出すのですよ?それがいいのです」
「なっ!!ななななっ!?」
リーリエの言った事を理解して瞬間沸騰すると飛び退いた。そのまま呂律もままならずに愕然するとまるでトマトのように赤面した。ゆらゆらと蒸気が見える。
既にイリスの憤りなど遥か彼方へ吹き飛んでいる。感情の高ぶりは別物になってしまった。
更に“ナニ”を想像したのか今の彼女はドキドキと動悸が激しくなり呼吸も荒い。目も潤んでいる事からきっと乙女的なナニかだ。
「王さまのお膝温かいのですよ?ポカポカなのです」
「おまっ、おまお前は何を羨まごふんごふんっ、けしからん事をしてるかっ!?」
「王さま言ってたのです。イリスは甘えてくれないから寂しいって」
「っ!?」
この瞬間にイリスの想像力は限界を振り切った。
あまりにもリアルな“その光景”をありありと想像してしまったために先ほどよりも尚赤面し規定値以上に蒸気を噴出すると気絶一歩手前まで追い込まれた。
――が、辛うじて一歩踏み止まった。
「ほ、本当か?閣下がそのような嬉しげふんっ、恐れ多い事を仰られたと言うのか?」
「ボクは嘘つかないのです。でもその後直ぐにエーデルお姉ちゃんに見つかってものすっごく冷たい目で見詰められたのですよ……」
それまでの高ぶりが一気に鎮火した。それほどまでにエーデルの存在は大きかった。
エーデルのアオイ至上主義とも言える盲信振りは最早日常だ。気付いていないのはアオイ本人だけというのが理不尽だった。
イリスは気遣うようにリーリエを見た。いつの間にか頭も撫でて慰めている。
「それは……なんとも言い難いな。大丈夫だったか?」
「うぐっ、とっても怖かったのですよ。あの時のエーデルお姉ちゃんの眼は王さまが傍に居なかったらその場でヤる目だったのですっ」
「そ、そうか……」
簡単に想像できただけにイリスは軽く引いていた。その時の光景を思い出してしまったリーリエがえぐえぐと泣きが入っている。慰めるのも一苦労だ。
イリスの気分は平常値を割り切り最低値に突入した。恐怖か畏怖かわからないが頬が引き攣りそうになるのを抑えきれていない。
「えぐえぐっ。思い出してしまったのです。怖かったのですよ。えぐえぐっ」
「ええいっ、泣くなリーリエっ。一番機の話しだろうっ。それにお前は五体満足なのだから大丈夫だっ」
「うぇぇん。それはなんの慰めにもなってないのですよぉぉ。逆に不安に――」
唐突に泣き止んだリーリエは言葉を切ると中空を見詰めた。先程までの軽さは吹き飛び真剣な空気が漂っている。
イリスは怪訝に思うも何らかの異変と考え戦域情報を見直した。友軍を示す青と敵を示す赤、中立を示す緑の光点が点滅している。
ここ西方面とは別の方面でも友軍が敵対的な魔物と接触している事がわかった。
「何があった」
「イリス、また来たのです」
イリスは疑問系ではなくある種の確信を持ち問い掛けていた。それだけの信頼はある。
それに対してリーリエは簡潔に答えた。周囲を警戒させていた機械動物がこちらへの侵入者を発見したらしい。
偵察型装備のリーリエにつき一体から三体の機械動物を周囲へ放っている。その数は数十にも及ぶ。それらの情報は絶えず装備者に送られる。リーリエの一体一体が今も詳しい敵情報を受け取っていた。
「そうか。今度はどこからだ?」
「ここから北西方向へ約五〇〇m先なのです。今度は中型が五体、オーガなのですよ」
リーリエに送られてくる情報には五体のオーガがこちらへ向けて接近中と出ていた。
オーガは亜人種に分類される魔物だ。全長三mほどまで成長し筋骨隆々とした体躯と凄まじい膂力を有しているのが特徴だ。大きな体躯を持つ事から高い生命力と防御力もある。
亜人種の魔物はそれに見合った服装、装備を持つ事が多い。今回のオーガはぼろきれを肩から腰に斜め掛けした服と手には木から荒く削り出された棍棒を持っている。
その他にも陣形や地形情報、接触予定時間、敵指揮官の有無などの分析もリアルタイムで行なわれている。
それらの情報を報告すると戦域情報に添付して部隊間に情報を更新、共有化していた。
「了解だ。囲んで距離を置いてまとめて一網打尽にしてやる!行くぞ!」
「おーっ、なのです!」
多くのイリスとリーリエが声を上げて応えた。
イリスは警備部隊を纏めると偵察型装備のリーリエ達の一部を強行偵察と足止めを目的として先行させた。次に強襲型装備のイリス達が動き出す。残るリーリエ達は遠距離からの援護だ。
さあ狩りの時間だ、と皆が目をぎらつかせ笑む。
彼女達の仕事はまだまだ終わらない……。
どうでしょ?装備品についても乗せてみました。
メカニカルなメイド服を想像してもらえればよろしいかと思います。
今後本編(?)でも活躍すると思われる装備です。
新顔の機械人形達の紹介も改めて兼ねてます。
…………ん?
あれ?そういえばペルレが名前しか出てない気がする、ような?あれ?
あは、あははは……。
わ、忘れたわけじゃないですよ?本当です。ええ、本当ですとも。
ではでは。
PS.
やっべっ。本気で忘れてたしorz
次回以降の本編か幕間で集中的に出演してもらってバランスを取るか……。
ふーむっ。




