第12話
これまでの評価感謝なのですよー。
今回はちょっとした休憩回的なお話しだったりします。
癒し的な何かです?たぶん。
そのため短いです。一万文字ないです。
では、どぞー。
皆の感想&評価&ネタ提供が作者の力になっております。
どうも、今年で一六歳になって半年が経ったアオイ・ルメルシエです。目出度くレギオンシスターズも完成した今日皆様はどのようにお過ごしでしょうか。
俺は、俺は実は今とても疲れている。肉体的にも精神的にも、な……。
それというのも父と母の教育的指導がある日を境にして急に厳しさを増したからだ。
母の座学では教材の難易度が高まって課題も倍加した。それらを処理するために同時並行思考も倍の処理量を求められるから最初は処理が追いつかなくて脳が沸騰するかと思った。
次に父の実技指導も前以上に厳しさを増した。基礎訓練は終わりだとでも言うように剣術や格闘訓練、暗器術などなどの戦闘訓練が実践形式を主とするようになった。これが死ぬほど疲れるし実際に死ぬと思った事も一度や二度では足りない。
初めて手足を折られた時は泣いたね。なんかは実践的格闘技とかで瞬きした間に気が付いたら父に接近されててそのまま腕を取られたと思ったら地面に組み倒されて肘から先の腕と左足の膝から先の足を折られた。本当にポキッと。
生木が徐々に枯れ木なったものが折れるような生々しい音がした時、最初は痛みを感じなくて現実感が無かった。だけどそれが自分の折れた腕や足だと視認してしまうと漸く現実だと理解した。
折れた骨が皮膚を突き破って突き出していてピンク色の筋肉と真赤な血が噴出したのを見たら急に激しい痛みが襲ってきて俺は『助けて!助けて!やだああっ!!』って恥じも外聞も無く泣き叫んだ。顔は涙や鼻水、涎とかでドロドロで、身体も冷や汗や脂汗を掻いてドロドロになってた。失禁もしていたと思う。
母も大概だけど父もマジで鬼畜だった。全力じゃないけど本気だった父は俺が泣いて許しを請うても顔色一つ変えずに手足を折りに来んの。
幸いにも医療ポッドなる便利なものがあるからその中に入れば傷の度合いにも寄るけど外傷なら殆どを完治させる事が出来る。
翌日にはもうピンピンしていたと言えば医療技術が異常なほど優秀だとわかるだろう。
尤もその日から一週間ちょっとくらい自室に引き篭もったけどな。
暴力を揮われる恐怖というものはなかなかに怖いものだったから、きっとトラウマになりかけてたんだろうな。次の日も訓練に行こうとすると身体が震えて拒否反応を起こしやがるの。
で、その引き篭もってた一週間は食事も風呂も行かなかった。
食事はエーデルに頼んで運んでもらったしお風呂は水の魔法と火の魔法でお湯を用意して身体を拭いて風の魔法で乾かしていた。
でも精神的に疲労していたからお風呂の時は身体を動かす事も辛かった。普段は遠慮するけど背中とか手の届かない所はエーデルに手伝ってもらったし。あっ、洗濯もだ。
エーデルは俺が引き篭もった初日から優しかった。献身的にお世話してくれるから恐怖から逃げるために、心が弱っていた事もあって俺もつい甘えてしまっていた。
だから、あれは、一時の、気の迷いだったんだ。
夜怖くてエーデルと抱き合って寝ていたなんて事は!
今思い出しても恥かしくて死ねるねっ。何であんな事したんだろ。
怖かった。手足を折られた時の光景を夢に見るんだ。二日経っても碌に眠れなかった。
そうやって憔悴している時にエーデルが囁きかけるように『一緒に寝ましょうか』と提案してきた。最初は遠慮していたんだけど三日目の夜に飛び起きた事を切っ掛けにエーデルに半ば押し倒されるようにしてその日から一緒に寝る事になっていた。
エーデルは薄いネグリジェを着ているのに俺の頭を優しくもシッカリと抱き抱えていた。彼女の温かくも甘い匂いのする胸に埋もれて恥かしかったのを覚えている。
今思い出しても赤面ものだっ。
でも、それ以上に彼女に迷惑を掛けてるとも思った。でも離れようとするとエーデルは『ダメです』と言って更に強く抱き締めて離そうとしなかった。
それを二度三度繰り返して、やっぱりダメで結局は諦めた。いや、違うな。あの時の俺は安堵したんだ。エーデルの優しさと体温を感じる事ができて、誰かと一緒に居る事に安心して久しぶりに眠る事ができた。
エーデルには迷惑かもしれないけどあの時の俺は彼女に軽く依存していたんだと思う。
そうして彼女と一緒に寝るようになってから二日が過ぎて徐々に心の傷も癒えてきて漸く落ち着いてきた日、もう大丈夫だろうと自分では思ったけどエーデルはまだニ、三日は安静にするように言われた。
ここまで献身的だった彼女の言葉だ、無碍にもする事でもないから俺は素直に従った。
…………。
はぁぁ。そこで終わればちょっとした美談だったんだけどなぁぁ。なんでエーデルは“ああ”なんだろうか。
それは六日目の夜の事だ。いつものようにエーデルと一緒にベッドに入って暫く経った時にエーデルが艶かしく身体を絡めてきて迫ってきたんだ。
『マスター。イヤな事は全て忘れて私と一緒に居ましょう。このままいつまでも、いつまでも……』
エーデルはそんな事を囁いてきた。
彼女の目も潤んでいたし頬も身体も赤く上気していてヤバイくらいの色気はあったんだけど、その目が真剣すぎて少しだけ怖かった。呼吸が異様に荒かったし、『はぁはぁ』って言ってたな。
それでも精神的に弱ってた俺は彼女の誘惑にぐらついた。エーデルの指が、髪が、舌が身体を這う心地良さにこのまま身を任せてしまおうと何度思ったことか。
それでも最終的にはなんとか踏み止まった。あのまま受け入れていたら人としての何かがダメになっていたかもしれないから。
最後の一線は守ったよ俺は。惜しい事したなんて思ってないよ?ええ、本当に。
とりあえずその場は何とか言い逃れて次の日にはエーデルの反対を押し切り復帰した。
今度はエーデルから逃げるようにしてってのが苦笑ものだけどさ。
それで久しぶりに父と母と話した。両親には思いっきり泣かれたし何度も謝られた。逆にこっちが恐縮するくらいだったから困った。それにこんなにも心配させてしまったのだとわかって申し訳なくも思った。
そして一通り泣いて謝った父と母から辛いなら訓練を止めるかと聞かれて俺は少し躊躇した後に否と答えた。折角これまで続けてきたのに無駄にするわけにも行かない。正直言ってまだ怖いけど中途半端に投げ出すのは後味悪いし何よりもイヤだった。
それから厳しさを増した訓練は今日まで続いたのでした、っと。
よくよく考えてみるとなぜに突然訓練内容が厳しさを増したのかが本当にわからない。
過去の俺に何か至らないところがあったのかと聞いても父と母は『違う』としか言わないのでなんの解決にもならないしさ。何かの準備のような事を言っていたけどそれすら意味不明だ。
で、今俺が何を言いたいかというとだな。
「身も心もボロボロっぽいんだよ!?」
「きゅる?」
「わふん?」
あぁ可愛いなぁ。俺の癒しはシーちゃんとクーちゃんだけだよ。
あっ、俺は今農業区画に来ている。アニマルセラピーじゃないけど荒んだ訓練生活に潤いを求めてモフモフしたかったんだ。具体的にはアルミラージの子供を求めている。二〇cmくらいの子供ならまだ角も小さいから突かれてもあまり痛くないしな。
ハッキリ言って今とても“もふもふ”したいです。安全に。確実に。癒しが欲しい。
「と言うわけでアルミラージの子供知らない?いやー、最近は忙しくて把握できなくてさ。わからないんだよね」
普段から餌にしているアルミラージの事をダメもとで聞くと二頭が『わふぅぅ』、『きゅるるぅぅ』と考えるように頭を傾げていた。
そうして暫くするとクーちゃんが閃いたように『わふっ』と吠えた。すると俺の前まで来て伏せをした。
「なに、乗れって?連れてってくれるの?」
「わふっ!」
「クーちゃん。なんて優しいんだ。もう大好き!」
「わふぅぅ!?ハッ、ハッ、ハッ!」
思わず抱きつくように飛び乗ってそのままクーちゃんの艶やかな毛並みに頬ずりしてしまった。ここは地下なのに不思議と日向の匂いがして落ち着く。
抱きついた時にちょっとクーちゃんの息が荒くなったのが気になるけど、きっとはしゃいでいるのだろう。俺もだから気にしない。
「んー。いい匂い。温かいし、もう今日はこのままでもいいかも……」
「くぅぅんくぅぅん」
「おー、よしよし。クーちゃんは可愛いなぁ。もっと撫でてあげようね」
「くぅぅんっ。ハッ、ハッ、ハッ」
クーちゃんの胴に腕を回して脇腹を少し強めに撫でだ。大体胸元からお腹の横のあたりだ。
そうして撫でる行為を繰り返しているとクーちゃんの息がますます荒くなっていく。しかも何かに耐えるように時折りビクビクと震えるから背中に乗っている俺も落ちないか少し不安になる。
でもやめないっ。もふもふが俺の癒しにっ、力になるからっ。
「きゅるるるーっ!!」
「うおっ!?」
「わふっ!?」
なんて事をしていると半ば放置されていたシーちゃんから襲撃を受けた。
体重の乗った突進だ。クーちゃんの横に激突されてその場で倒されてしまった。当然背中に乗っていた俺も巻き込まれる形で地面に落下した。
芝生じゃなかったらもっとも痛かったかもしれない。
「きゅるる!?きゅるるるる!!」
「ちょっ!?シーちゃん、ごめんって!突かないで!別に仲間外れにしたわけじゃなくて!?」
「わおぉぉんっ!わんわんっ!!」
「クーちゃんが猛っていらっしゃる!?わあわあっ!?だからって喧嘩はダメだってクーちゃん!!シーちゃんも『来るなら来いや!!』みたいに土を蹴らないで!!」
わんわんっ、きゅるるるっ。
そこからは魔獣対決に発展した。魔法なし物理攻撃オンリーのルールでだ。噛み付き、突く、引っかく、突進などなど。
やってる事は子供の喧嘩のような感じだけどそれが巨体を誇る魔獣となるとなかなかに見応えがある。本当にさこれが身内、契約した魔獣じゃなければなー……。
はぁぁぁぁぁ……。
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あれから一時間かけて魔獣ファイトを繰り広げていたんだけど両者ノックアウトで引き分けに終わった。
あれはとても見事なクロスカウンター(?)だった。二頭が嘶いたと思ったらそのまま前足を振り上げて互いの頭にクリーンヒットして、そのままばったり倒れた。
全部見ていたんだけどすごいと思うと同時になんだかなと苦笑してしまった。
二頭の怪我はちゃんと治療しておいたから普通に動いても大丈夫なんだけどさ、あのままクーちゃんに乗って移動するとなるとシーちゃんがすごく不機嫌になるときた。逆も然り、だからこそ――。
「――結局歩いて行く事になりました、っと」
「きゅるるぅぅ」
「くぅぅんくぅぅん。わふ?」
「いや別に怒ってないよ。ただ呆れてるだけで」
先程から『ごめんよう。ごめんよう』と鳴く二頭。次に『怒ってる?』とクーちゃんに聞かれたけど今の言葉が本心だ。
あの程度の出血や怪我ならよくある事だし致命傷になるような傷なら怒らないでもないけど幸いにも今回もその点は無事だから何も言うつもりはない。
父と母の実技訓練では流血沙汰くらい日常茶飯事だし!
今では殴られるとそれがちょっと快かげふんげふんっ……な、なんでもない。
「きゅるー……」
「わふー……」
「ああっ!?二頭してそんなに落ち込まなくてもいいじゃない!?ごめんって!ねっ!!」
左右に居る二頭がずぅぅんと影を背負ったように落ち込む。
いやいや、これはちょっと洒落にならないくらいへこんでいらっしゃるご様子だ。言葉がちょっとおかしいのを自覚するほど動揺した。……俺が。
そのまま二頭を何とか慰めながら進むと農業区画の一角へ来た。
鬱蒼とした森の中……というわけでもなく奥までは見えないが程よく植えられた大小様々な木々と草花がある森だ。これでコテージでもあればちょっとした別荘地だ。
「ここに居るの?」
「わふ。わぉんっ」
「あっ、ちょっ!どこ行くのさ……」
クーちゃんは『任せろ!』と言うといきなり茂みに飛び込んで森の奥まで駆け出した。置いていかれた俺とシーちゃんは少し途方に暮れてしまいそうだ。
それにしても、ふむ。俺の記憶が正しければここは主に草食系の魔物達が居る場所のはずだ。今も移動していなければ、だけど。
シーちゃんやクーちゃんのようにグリフィンやグレイハウンドなどの肉食系の魔物の餌用に用意され繁殖されている場所だ。
当時からその抱き心地からお気に入りのアルミラージが食物連鎖では最下級よりとか、これってどうよ?本当に。
今思い出しても泣けるな。まだまだ幼い時に目の前で『きゅきゅー!?』って悲痛に鳴くアルミラージがバリボリ生きたまま食われるところとかさ。
今ではもう慣れたものだけど好き好んで見たい光景とは思わないな。
そうして過去の切ない光景や悲しくも温かい思い出を振り返っているとシーちゃんが服を嘴で噛んで引いてきた。
「きゅるる」
「なに、シーちゃん?クーちゃん戻ってきた――の゛っ!?」
ギョッとした。茂みの向こうから戻ってきたクーちゃんだったけどその口には白いもこもこした毛玉、アルミラージの子供を銜えていたからだ。
因みにシーちゃんは『よくやった!』みたいに満足げに頷いていた。
「わむわむっ」
「きゅ、きゅきゅー……」
「あわっあわわわっ」
甘噛みしちゃダメーっ!?
大きな体躯を持つクーちゃんに銜えられたアルミラージの子供は『食べる?食べる?』と目を潤ませて恐怖に震えていた。
「クーちゃんが誘拐してきたーっ!?」
「きゅる?」
「わむ?」
「きゅきゅ……?」
俺の叫びは高々と響くが他は一斉に首を傾げる。
どうでもいいけどこのアルミラージの子も二頭と同じく首を傾げるとか実は結構余裕があったりするのか?慌ててるのって俺だけ?
つーかクーちゃんは口をもごもごさせないで。流石にアルミラージが甘噛みされるたびにビクビク震えて怯えてるじゃないか。
「わかってない!?誘拐だよ?誘拐!とりあえずクーちゃんはその子を放して!ほらっ!」
「わむ。わふ……」
クーちゃんに被害者もとい、アルミラージの子供を渡すようにと両手を差し出した。
二頭にとってはただ餌を取ってきたって考えただけかもしれないけど今は少し待とうか。俺は癒しを求めてきたのに血生臭い食事風景とか見たくないんだよ。な?
「ごめんねー。怖かったねー。よしよーし。もう大丈夫だからねー」
「きゅきゅ。きゅー」
「うん。怪我は無いみたいだ」
一応確認のためにアルミラージの身体を細かく診たけど大きな怪我どころか掠り傷すらなかった。多少クーちゃんの唾液でぬめっているけどそれくらいだ。
自前のハンカチを腕輪から取り出してアルミラージの身体を拭き取りながら診断するとクーちゃんがまるで当然だというように小さく吠えた。シーちゃんは我関せずと言うようにその場で伏せると欠伸をしている。
「こら。威張るんじゃないの。勝手に連れて来ちゃダメでしょが」
「わふぅぅ。わふっ」
「いや、この子達が君達の餌の一種だってわかってるけど……」
まったく『いつも食べに来てるんだから大丈夫』じゃないよ。何度でも言うが今回は癒しを求めて来たわけで変な事は勘弁だ。
しかも食べるわけでもなくこうして勝手に連れて来ちゃったしさ。場所さえわかれば自分から行くっての。そのほうが問題も少ないんだから。
あ?待て待て待て。もしかしてだけど、いきなり子が攫われた親は今その子を死んだものと諦めている?……え?じゃあもうこの子は死んだと思われてるんじゃ!?
「ちょっと待てーっ!?癒しを欲してここに来たのに変な事態になってないかな!?あ、頭がぁぁ、胃がぁぁ……」
実際には頭痛も胃に穴が開く事もないけどこういう時はつい頭と胃に手がいってしまう。
アルミラージは一度で十羽以上を出産する。それ故に子一羽に対する情は希薄だ。今頃はこの子の事をもう忘れている可能性すらある。
やっべ。本気でどうしたらいいかな。
「きゅきゅ?」
「君ってこんな状況なのに肝座ってるね……」
一時は命の危機だと震えていたのに今では腕の中で寛いでいるアルミラージを見て力が抜けてしまった。ひと撫ですると目を細めて気持ちよさそうにしている。額を撫でられるのがお気に入りのようだ。
さて、と一つタメ息を吐いてこれからどうするかを考える。
このままこの子を群れに帰しても村八分にされる可能性が高い。一度攫われた事からまたあるかも、と本能から思われるだろう。地上と違ってここは環境調整されているとしてもそこは変わらない。
そうなるとまだ小さなこの子はたった一羽で生き残らないといけないわけで――あっ。
「バカか俺は。はぁぁ」
ここでは草食系の魔物は餌として繁殖されている。大きくなればシーちゃんやクーちゃんみたいな上位の魔物の腹の中が待っているってのに何を考えているのか。
「はてさて、君をどうしたらいいものかね。本当に」
割と本気で困ってる。普通なら気にも留めないんだけどこうして関わるとここに捨てるのも憚られる。後味も悪すぎるし。
「わふっ」
「きゅるっ」
「きゅきゅっ!?きゅーっ!!」
「こらこら、いじめないの。」
二頭が『食べればいい』と言うからアルミラージが『食べる!?いやーっ!!』と嫌がった。二頭は別としてアルミラージは俺の独断と偏見による意訳だ。間違ってないと思うけど。
今は抱き抱えていたけどそこから飛び出して俺の背後に隠れて震えている。
足元でプルプル震えるアルミラージがすっごく可愛らしいですねっ。
「それでだ。こちらの手違いでこんな事になってしまったわけなんだけどさ。君はどうしたい?」
「きゅ?きゅー……」
改めて抱き上げて抱っこしながら聞いた。
通訳はシーちゃんだ。気位が高いために多少威圧的だけど、誘拐の実行犯であるクーちゃんよりはまだマシだと考えた人選(魔物選?)だ。
直接交渉できればいいのだけど流石に召喚契約もしていない魔物とスムーズな意思疎通は無茶だ。じゃれ合うだけならなんとなくわからなくもないけど交渉となるとちょっと。
「きゅ。きゅー?」
「え?な、なに?」
とても儚い感じに見詰められても何がなんだか。
何かを訴え掛けている事はわかるけど具体的に何をして欲しいのかがわからない。
「きゅる。きゅるる」
「え゛っ?シーちゃん、それ本当に?」
シーちゃん曰く『一緒に居たい。ダメ?』との事だった。
要はこのまま引き取って欲しいという事らしいが。ふぬぅ、これまたどうしたものか。
普通に父と母にお願いしてもただのアルミラージなら元の場所に戻してこいと言われるだけ。
ただ、逆に言えば“ただのアルミラージじゃなければいいわけ”で……。
「きゅるる?」
「いや、非常食じゃないから食べちゃダメだってば」
シーちゃんの『いざという時の非常食にしては?』という言葉を聞いていたアルミラージはジタバタジタバタと暴れて混乱している。
はいはい。食べないから落ち着こうねー。よしよーし。
「仕方ない。やるか」
「きゅるる?」
「わふん?」
「また怒られるかもしれないと思うとあまり気は進まないけどね」
こうなったのは俺にも原因があるし、このまま何もなかった事にするには後味が悪過ぎる。ならば面倒を見る方向で考えよう。
というわけでここに腕輪から取り出したるは高純度の魔水晶。
「きゅきゅ?」
「さて、一つ聞きたいのだけど君は――」
俺と永久の時間を共にする覚悟はありや?
▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽
はい。突然ですが今俺は鬼のように美しい笑顔の母とマンツーマンで向き合っている。
俺、正座。母、仁王立ち。
見上げる俺と見下ろす母。
この構図は変えようが無い。絶対的な力関係を物語っていると言えよう。
そう今の構図は所謂“お説教です♪バージョン2”ですっ。泣けてくるぅぅ。
「アオイちゃん。ちゃんと聞いてるの?またママとパパに隠れて懲りずに召喚契約なんてしてどういう事なの?ママ言ったわよね?こういう事するなら呼んでね、って。ママ言ったわよね?ね?」
「あい。仰る通りです。だからどうかお許し頂けると息子としては大変嬉しいのですが」
「却下。反省するまでそのままで居なさい」
「あい。る~る~る~……」
はい、今母が言った事が全てだ。
餌用に繁殖させているアルミラージを飼いたいと普通にお願いしても無駄だとわかり切っていた。だから少し反則だけど召喚契約してしまい、事後承諾にならざるを得ない状況にした。
因みに契約内容、条件付けはシーちゃん達と同じで“一緒に居て”という何の拘束力も発生しないものだ。繋がりはあるけど強制力はほぼない。
そうして専属契約してしまえばいいと実行した結果がこれだよ。フフ、フフフ。
彼是一時間のお説教だ。号泣するぅぅ。
「泣いてもダメよ。大体アオイちゃんはちょっと無茶が過ぎると思うの。そういうところがママは不安なのよね。もう少し頼ってくれてもいいと思うのだけど。そこの所どうなのかしらね?ねぇアオイちゃん?そもそも、あら?」
軽い衝撃を感じて足元を見る母と咽び泣く俺が見たものは白い小さな魔物だった。
二〇cm大の魔物の子はつい先程召喚契約を結んだアルミラージの子供だ。通常のアルミラージよりも“尚白く”目も赤い。変化はそれだけで後は通常のアルミラージだ。
シーちゃんやクーちゃんのような例もあるから今後の成長次第では何かしらの変化、進化、進歩がみられるかもしれない。
「きゅっ!きゅきゅーっ!」
「え?あら?な、なに?」
「えっと、その……い、『いじめるな』だって……」
きゅー!ぽんぽん。きゅー!ぽんぽん。
体当たり。転がる。体当たり。転がる。
だけど今は無力な魔物の子だ。その角はまだ小さく柔らかい。当たっては転がるのを繰り返している。
今のアルミラージにとっては一生懸命の抗議なのだろうけど見ていてとても微笑ましくなる光景だった。
「…………」
「ははは、ははぁ……ごめんなさい」
それを見て聞いて無言の母に謝罪の言葉しか思い浮かばなかった。
いや、マジでウチの子がすみません。
「ふぅ。まあ話しを聞けばこの子のためだったみたいだし、これ以上はとやかく言わないわ。だけどこういう事はこれっきりにしてね?信用されていないようで少し、寂しいわ……」
「それは、ごめんなさい。考えが浅かった」
「ええ。わかってるわ。その事はもういいの。だから」
この子をなんとかしてもらえないかしら、と母が困ったように言った。
今も母の視線の先には小さな体躯でもって母の足元に体当たりをしては反動で転がっている白い毛玉の姿があった。
「もう少し見ていたいのだけど、ダメ?」
この子には申し訳ないけどものすごく癒されるんだ。白いもふもふが転がる姿って可愛いじゃないか。
「ママもできればそうしたいのだけど、くすぐったくて。それになぜか悪い事した気分になるのよね。ね?お願いよ」
「あー……わかった」
微妙に困っている母の足元をうろちょろするアルミラージを後ろから抱き上げて止めた。
よしよーし。この人は俺の母さんだから危なくない、よ?危なくないよな?
俺のために怒ってくれていたのだろうけどこれ以上母を攻撃(?)しても可愛いだけで微笑ましいだけだ。
「それでアオイちゃん。この子の名前は?召喚契約してるって事はもう決めてあるんでしょ?」
よくぞ聞いてくれた。名前はもう決まっている。
今回新しく加わったアルミラージは――。
「この子の名前はラミィ。アルミラージのラミィだ」
「きゅーっ!」
腕の中で元気よく鳴き声を上げるラミィ。右前足を上げて振っている姿が愛らしい。
正直に言って今のこの子に戦闘力どころか人手としても期待していない。
今は ただ 純粋に 癒しを 提供してくれればいい。
「そう。ラミィと言うのね。ラミィ。アオイちゃんの事をお願いね」
「きゅっ!」
「あらあら元気ね。これなら心配なさそう」
和気藹々。
きゅるるる。わふわふ。きゅきゅ。
気高いグリフィンのシブリィ。
グレイ、もといホワイトハウンドのクスィ。
そして愛らしいアルミラージのラミィ。
これで専属契約を結んだ魔物が三体になった。見事に一体だけ……いや何も言うまい。
ともかくこれで俺個人が動かせる人材がエーデル、レギオンシスターズの五体、召喚獣が三体になった。レギオンシスターズに関しては半無限増殖するが種類は変わらない。
個の質も数のある意味で十分だ。残るは装備品だけど、これも時機に解決させる。
あれ?癒しを求めて来たはずなのに余計なストレスを抱え込むようになったような……。
え?あれー……。
アルミラージ。
耳の短い兎型の魔物。額に尖った角がある。
一年から二年ほどで体長が五〇cm以上に成長する。
角も合わせて大きくなり中には二〇cmを越えるものも居る。
主な生息地は草原や日光の当たる森の中など。
一度の出産に十匹以上の子を産むため数多く生息している。
草食で主に草や花を食べるが好物は小さな木の実や果実などがある。
また、柔らかな毛皮や鋭い角は市場で衣服や装飾の材料として取引されている。
はい。そんなわけでアルミラージです。
ゴブリンやコボルトと同様に最下級の魔物の一種です。
イスラムでは肉食の兎として詩に出てくる動物です。
本作品では草食にしましたが、まあ誤差の範囲でしょう。
姿だけだとホーンラビットとか呼ばれているあれですね。
この作品では癒しキャラ的なマスコットになる予定です。
もしかしたら魔人化してェロうさぎになるかもしれないけどそれはまだまだ未来のお話ですね。
ではでは。




