第1話
詰め込みすぎた感が強い。
もしかしたら書き直すかもしれない。
いや、書き直さないかもしれない。
いやいや、やはり書き直すかもしれない。
いやいやいや、やはり書き直さ、以降エンドレスなう。
皆の感想&評価&ネタ提供が作者の力になっております。
PS.
2013/3/6加筆修正しました。
とくんっ……とくんっ……。
一定のリズムで音がする。安心するような、いつまでも聞いていたいような懐かしい音だった。
(んん?んー……?ここは、どこだ?)
眼を開けて周りを見ようとしても薄暗くて何がどうなっているのかわからない。視界もなぜか波打っていて霞が掛かっていてハッキリと見えない。まるで水の中を裸眼で見ているような、視力自体が弱いような感覚だった。
(俺は……そうだ。大学の仲間と飲んでから帰って、帰って……んん?帰ってどうしたんだ?)
身体は温かい、お湯?のような溶液に足の爪先から頭の天辺まで浸かっているのに息苦しくない。寧ろ心地いい気がする。多少狭いようで身体を丸めていないといけないけど不思議と不快ではなかった。
(ともかく、ここがどこなのか、何がどうなったのか調べないと。手足は――)
視界は薄暗くて何も見えないけど、試しに手足を動かしてみた。
(動く……けど、この感触はなんだ?)
再度慎重に触れて確かめる。それはまるで自分を包み込むような何かで、なんと言うか微温湯の満たされた袋の中に居るような感覚だった。だけど手足の触覚も鈍感で何を触っているのか満足に判断もできない。
(本当にどこだよ、ここは、ってぅおっ!?)
訳のわからない状況に追い込まれて途方に暮れていたら行き成り微温湯がうねり出した。何かに引っ張り出されるような、吸い込まれるような感覚が襲ってくる。
(あれ?なんか、縮んでる?さっきよりも狭いような気が……え?)
俺の居る場所は微温湯で満たされた袋の中っぽいところと予想している。うん、意味わからないけど、今それは横に置いておくことにする。
ともかく、それが今もこうして考えている間も“縮んでいる”ということだ。つまり、それは……。
(え?やっぱりこのまま締め上げられて窒息する、ってこ、と?……ちょっ!?!?)
冗談じゃない。こんな訳のわからない状況で死んで堪るか。なんとかしてここから脱出しないと。
柔らかい弾力のある壁伝いに手を這わせて何かないかと探した。すると壁の一部に”穴”らしきものがあった。穴の大きさはとても狭くてなんとか無理矢理押し広げれば出られなくもないくらいだった。
俺はこのまま絞め殺されるかもしれないという恐怖から、ここから脱出することだけしか頭になくて一も二もなくそこに頭から飛び込んだ。
(せっ、狭いいいっ!でも奥から光っぽいのが見えた!このままっ、ん、んーっ!――んっ!?!?)
頭が出た。とりあえずこれで無様に窒息死することだけは回避できた、と安堵した。視覚は相変わらずぼやけていて何が何やらわからないけど、ともかく白い光が眩しい位に点っているのだけは理解できた。
安堵して、だけど、それはまだ始まりでしかなかった。穴から頭を出して安堵している時に突如として何かに自分の頭を首ごと掴まれたからだ。
「イン……ド!ア……!……メ ディ デ……メ!イア カメ……カ!」
人体の急所の一つを無造作に掴まれて混乱しているとそれに何かの音が、声が聞こえた。必死そうで、だけど歓喜に包まれたような声色だった。
だけど微温湯の中から出たばかりだからか耳もハッキリと聞こえない。その声は水の中から聞くようなぼやけた音だった。それでも一部の言葉を聞き取ってみたら日本人の俺が知らない言葉だったから更に混乱した。
(え?なんで海外の人に俺は首根っこ掴まれてんの?)
ますます意味がわからなかった。微温湯の詰まった袋っぽいところから脱出してみれば、今度は聞いたこともない言葉を話す外国人に首根っこを掴まれているのだから。
(え゛っ!?なっ、何事でぃすかっ!?いだっ!?痛いって!いだだだだっ!?)
引っ張られた。思いっきりつかまれた頭と首を掴む“それ”によって痛いくらいに引っ張られた。身体の大半が残っている穴の中から無理矢理引っ張り出そうとしているかのようだ。
「……ニェ!イ……リド!ハ……バ!ヒャル……ドゥ ローニェ!」
(いだだだだっ!?痛いっつってんだろが!あだっ!?やめっ、やめてっ……ん?これはまさか――俺を助けようとしてくれているのか!?)
頭を掴む何かはこの人の手であり、今考えてみればこの人は俺を穴から引っ張り出してくれていると思える。つまり、この人は親切にも俺を助けてくれようとしているんだ。
ちょっと掴んでいる手が“大きい”気もするけど、小柄なアジア人種に比べて大柄な西欧人種なら不思議じゃない。言葉の発音のニュアンスから西欧っぽいから間違いない……はずだ。
「(そうと決まればもう文句はない!さあっ、親切な人よ!俺を助けて下さい!本当にマジでお願、いだだだだーっ!?)おぎゃーっ!?」
「ローニェ!イングバルド ユナテル!ユナテルエ!クゥリェ、クゥリェハッテ!」
穴から右腕が出た。そこからは一瞬だった、狭い穴に比べて幅のある肩が閊えていた。だから片方の肩が穴から出ただけでするりするりと穴から出られた。
俺を助けてくれた人の言葉はまだぼやけて聞こえているけど、さっきよりもハッキリと聞こえるようになった。嗅覚は皆無で何もわからない。視覚は水の中のようにぼやけているけど輪郭くらいならわかるようになってきた。
(やっと出られた!!助かったぁぁ……ん?なんか違和感が……)
外に出たらお腹の臍の辺りに突っ張る不思議な感じがした。すると“臍から伸びる何かに何かが摘まれた”と思ったら一瞬だけ鋭い痛みが臍を中心に脳へ走った。ジクジクした痛みの感覚が後を引いてイラッとする。
(つーかさ、この人の手大き過ぎない?俺の身体を軽々とお持ち挙げられているんだけど)
これでも身長一八八cmあるし体重も八〇kg近くある。肉体的に少々ほっそりしているけど合気道と柔術を親の意向で嗜んでいたから筋肉は一般人よりもあるつもりだ。そんなある意味で嵩張る体型の俺をこの人は軽々と抱き上げてくれている。
お姫様抱っこで……。
やっとハッキリ聞こえるようになった声の感じから、抱き上げてくれたこの人は男の人だ。助けられた手前申し訳ないけど同じ男である俺としては、あまり嬉しくない。
「ダァ イングバルド。ルゥ イル ヴォア イ ノルゥエ」
「アァ ヴィア イ ノルゥエ……」
俺を助けてくれた男の人が抱えた俺を誰かに差し出すようにした。そして俺は誰かの柔らかい人の腕の中に移された。
なぜかとても懐かしくて落ち着く、不思議な感覚が一挙して俺の精神を覆ってきた。まるで子供が母親に抱き締められているかのような……って。
いや、待って。何を勝手に俺の身を差し出していやがるのか、気持ちいいけど。いやいやいや、と言うよりも何を当たり前のように俺を誰かに差し出すのか。せめて俺の意志を確認してくれない、って思うのは俺の我侭なのかな。
「クロード。ノルゥエ ディ ノーネ?」
「アハハハ!アァ ツァレ ノルゥエ イ ノーネ ハ “アオイ、アオイ・ルメルシエ” シー?」
「アオイ・ルメルシエ……。エェ ヨルネ ノーネス」
「シーダル、シーダル?アッハッハッハッ!」
ごめん……。やっぱり何を話しているのかさっぱりわからない。何かを喜んでいるのは察する事はできるけど何に対して喜んでいるのかがわからない。
(ぁ、やばい……)
意識が遠のいて行く。緊張の糸が切れてしまったようだ。窒息死という切迫していた危機から解放された事で安堵してしまい、ものすごく眠くなった。
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で、次に目を覚ますとどこかの部屋のベッドの中で柔らかいシーツに包まれていたわけでした、っと。
当時は目覚めて直ぐはなぜか眼も耳も碌に働かないから慌てたものだ。その間も気を失う前に聞いた男女二人の話し声が聞こえるし、なにやら温かくてやーらかいものから仄かに甘い何かを飲ませられたりされた。
しかも喋ろうとしても自分の口から出るのは『あ~』とか『う~』とか意味のない音ばかりで碌に話す事もできなかった。まるで長い間使っていなかったかのように喉周りの筋肉が衰えたみたいだったから『ばぶあぶばーっ!?(まさかっ、何年も寝ていたとか!?)』とまた慌てたものだ。その時に大泣きしてしまって女の人(母親?)が抱き締めて慰めてくれた、と思う。
で、だ。ここで今更ながら俺の状況が少しおかしいことに気が付いた。目覚めてから数日後にやっと目も耳も慣れてきて周囲の状況を確認できた。その時に思ったのが『あ、あぶ?あう~(え?でかくね?色々と)』ということだ。視界に入るもの全てが大きく見えた。部屋、天井、扉、テーブル、椅子などなどが通常よりも大きく。
もうさ、本当に意味がわからなかった。それで改めて自分の状況を確認した時になってやっと気が付いた。いや、薄々おかしいとは考えてはいたんだけどさ、現実逃避というか認めたくなかったと言うか……ぶっちゃけ脳が理解することを全力で拒否していた。
自分が赤ん坊になっているなんてさ。
暫くは信じたくない現実を突きつけられて全身をだらっと脱力させて無気力状態に陥って考える事すら放棄していた。それでまた両親(?)には心配かけてしまったし。だけどいつまでもそうしていても何もならないから改めて自分の状況を再確認して……それでやっぱり本当に訳がわからない状況だった事をイヤでも理解させられた。理解……うん、無理矢理に理解してからが大変だった。
第一にあの時に聞いた男女の声、つまりは俺の両親の事だ。次いでコミュニケーション、言葉がまるでわからない事。ノルゥエとかツァレとか知らない単語が出てきた。
一つ目の両親の事だけど、これはいい。何を話しているのか今はさっぱりだけど溢れんばかりの愛情を二人が注いでくれている事だけは雰囲気から不思議なほど自然に理解できた。パッと見だけど家族愛に問題はないと思う。
二つ目にコミュニケーションだけど、とりあえずがんばった。俺めがっさがんばった。両親が喋る言葉を聞いてそれに当て嵌まりそうな単語を拾って只管脳内で反芻して一つひとつ覚えた。赤ん坊の声帯では満足に発音もままならないから脳内で練習する事しかできないのは辛かった。それでも若い(俺0歳)からか物覚えは異常なほどよかった。
それで喋ろうとして喉の筋肉が未発達であるから明確な言葉にならないでやんの。マジで赤ちゃんだった。試しに初めて声を出しても全部が『あー、あー』って声しか出せない。まあそれでもきゃっきゃっと声を出すたびに両親は一喜一憂してくれるからいいのだけど。これって俺が出してんだな、と思ったら軽く鬱になりかけたのは思い出したくもない記憶だ。大学生にもなって赤ちゃんプレイとか……フッ。
これからもう暫くは羞恥心に悩まされるのだった。慣れるけどね!
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そんなこんながあって今俺は4歳になった。なんかこの世界の服は慣れないせいか違和感が強くて仕方がない。ゆったりした民族風の衣装の上にポンチョのようなものを羽織っている。これは子供用だから、と思いたい。
まだ0歳だったあれから俺は羞恥心溢れる赤ちゃんプレイにもめげずに必死になって『あー!あー!』と発声練習に精を出して声帯を鍛えた結果数ヶ月で拙いながらも言葉を話せるようになった。毎度の事ながら声を出す事で俺が無邪気にはしゃいでいると思っている両親は俺以上にはしゃいでいた。違うんだ、違うんだって。俺は発声練習をしているんだ。決して馬鹿みたいにはしゃいでいたわけじゃないんだ。練習、言わばあれは訓練だったんだ。遊んでいたわけじゃない。両親の純粋に嬉しそうな目が心に痛かった。もう本当に違うんです。俺はもう大学生なんです。今はちょっと赤ちゃん(俺0歳)になってるけどお酒も飲めるような歳なんです。
母、イングバルドは艶やかな黒髪に黒目、白い肌の美人さんだった。特にものすごく我が儘ボディだった。我が儘ボディだった。ものすごく印象に残ったから二度言った。これが今世の母なのか、と嬉恥かしい思いになったと同時に母の意中を射止めた父に、少しだけ嫉妬した。そんな父、クロードは硬い髪質の黒髪に黒目という黄色人らしい人だけど長身で無駄なく鍛え上げられた身体をしている。とてもマッチョだった。細マッチョなんてチャチなもんじゃなかった。あれはガチマッチョだ。抱き上げられたら暑苦しそうだから軽く眩暈がしそうだな。
そして俺はそんな両親の間に生まれたから黒髪黒目は両親から受け継がれている。白い肌と顔立ちは母からで、鋭い目元は父から受け継いだのだと自分でもわかった。自分の姿を鏡で直接見て確認したから間違いない。まだ幼子だから割と童顔で中性的、いやどちらかと言えば女顔かもだから将来からかわれないかが実に不安だった。
俺は男だ、俺は男だ、俺は男だ、俺は……オトコだ!
失礼。ちょっと今生の将来に不安を覚えて現実逃避してしまったようだ。
ああ、そう言えば今思い出してもあの時は酷かっ……すごかった。
今から3年と数ヶ月ほど前の事だ。まだ俺が1歳になる前の時に初めて『まま』、『ぱぱ』と喋った時の事。両親は嬉しかったらしく、どこかネジが外れたように有頂天になって天元突破していた。本当は『お母さん』、『お父さん』と言おうとしたけど文字数が多い事から呂律が回らなくて断念した。もちろん努力はしたけどどうしても途中で躓くんだ……フフフ。笑えよ。未熟な俺(生後数ヶ月)を笑えよ。
そしてその日の夜に“初めて喋ったね!パーティー”をやる事になっていた。いくらなんでも一言二言話しただけで盛大にパーティーを開く必要はないと思う。会場となったどこかの広い部屋には多過ぎて食べきれないほどの料理と豪華すぎる飾り付けが目に痛かった。はじめて見たよ、全長3mの豚の丸焼きとか。父と母、俺、他数名の機械人形しか食べる人居ないのにさ。フルーツポンチのカクテルとか生後数ヶ月の俺にどうしろと?言葉を覚える時に聞いていたけど父は母と違って下戸じゃなかったのか。
そして何よりも痛いのはキンピカに彩られた装飾だ。なんで金?なんで朱?なんで蒼?原色が色鮮やか過ぎて目に痛いって。手の空いてる機械人形を総動員して用意させるなって。父よ母よ、張り切りすぎだと息子は思った。しかも父のハッチャケ具合が意味わからない。いきなり剣舞やり始めて槍や拳による祝いの武踏も披露し続けるしさ。これがまた見事な舞だから文句も付けられなかった。ちょっと憧れてしまうほど見惚れた自分が憎いっ……!
その後も父と母は歌ったり踊ったり、食べたり飲んだりと騒いでいた。……息子の俺を後半は放ってな。俺はそれらを女性型機械人形に抱っこされて見ていた。いつの間にか寝ていて気がつくとベビーベッドの上だった。
因みにこの日から母がお世話役のアーフという名の機械人形を付けてくれた。あの乱ちきパーティーの間抱っこしてくれていた女性型機械人形だ。何かわからない事があっても彼女に聞けばいい、ということだろうお勝手に解釈している。母は過保護なのか放任主義なのかいまいち判断に困る。
それから数年が経ち、その日からは徐々に話せるようになったから父と母ともコミュニケーションを取れている。4歳になった今でも声帯が未熟だから時々舌足らずみたいになるけど、それが母には『きゃーっ、アオイちゃん可愛い~!』と妙に受けている。今世の母親も子(俺)を愛してくれるのは嬉しいけど抱き上げてベーゼの嵐は勘弁してほしい。なんと言うか、その、とても恥ずかしいじゃないか。父はそんな俺達を見てだらしないほど幸せそうに頬を緩ませて『ああっ、愛する妻と息子が戯れる、だとっ!?……いいじゃないかっ!』……し、幸せそうに相貌を崩して、い、た?いや、喜んでくれているのはハッキリと理解しているのだけど喜び方が少し、いや、結構、ん、とても大げさなのがとても気恥ずかしいから、こちらも勘弁してほしいと思った。生まれたばかりの俺でも前世の記憶は一部を除いて残っているからマジ恥ずかしかった。でもまぁ家族仲は良好だ、うん。……嘘じゃないって!良好だって!文句あんのっ!?ちょっと変わってるかもだけどいい人たちだって!!……たぶんな!
はあっはあっはああ……。
失礼。少々気恥ずかしいことを思い出し……いや、現在進行形で4歳の俺と両親の仲はいいけど、それは横に置く事にする。そのほうがいい。俺の精神衛生的に考えて。
「アオイちゃーんっ、お昼ご飯よーっ」
「あーいっ」
すまない。母さんに呼ばれたので少し待ってくれ。
なんだよ?ちゃんと『はーいっ』って返事しただろが。舌足らずじゃないし?ちゃんと発音できてたし?ふ、ふん。
~家族三人で美味しくお食事中です~
げっぷ。いやー、食べた食べた。ごちそうさま。
母さんのシチューは最高だった。なぜか緑色のシチューだったけど、あれはホウレン草みたいな野菜をペーストにしたソースを使っているのかな。よくわからないけど、ともかく美味しかった。
ただ、両親揃ってあーん、って食べさせようとするのは恥ずかしいからやめてほしい……って恥ずかしがってばかりだな、俺。いや、実際恥ずかしいしけど。実質的に前世の記憶も合わせれば25歳くらいになるし、一人の人間としての自我は一応確立しているわけだから……こほんっ、つまり何度でもハッキリ言うけど赤ちゃんプレイとか俺にはハードルが高すぎると思うわけよ。でも、少しでも拒否の姿勢を示すと父母が『母さん!愛息子がぐれた!これが文献にある家族崩壊というものなのかな!?それとも反抗期かな!?僕はどうしたらいいかな!?』、『あらあらあら、大変だわ。アオイちゃん、ママの事がキライになっちゃったの?そうなの?そうなのね?母さん、悲しいわ……』と大騒ぎするものだから今では下手に拒否もできない。できる限り早く拒否してもおかしくない年齢になりたいものだ。
さて、今4歳の俺だけど前世は21歳の平凡な大学生だった。それが何をどう間違ったのか知らないけどもう一度赤ん坊から人生をやり直していた。最初に気が付いた時は余りの非現実的な状況に気が狂うかと思ったものだ。本当になんでこんな状況になったし、今でもわからない。
しかもここは地球でもないらしい。信じられない事に両親の言葉から聞き取った結果この世界はミッドガルドという名の異世界のようだ。そしてここからが大事なのだけどどうやらファンタジーらしく魔法があるらしく更には高度に発展した科学技術もあるというSFファンタジーの世界だったから笑える。……笑うしかできなかったんだよ。他にどうしろと?何をバカな、と言いたい気持ちはわかる。だけど一応は確認の意味で昨日父に頼んで世界地図があるならそれを見せてほしいとお願いした。快く了承してくれた父に見せてもらった世界地図―一空間ウインドウを展開して――にはユーラシア大陸もアメリカ大陸も勿論日本も存在しなかった。そこにはただ一つの歪な楕円形をした大きな大陸プレートがあっただけ。父が言うにはその大陸の名をアース大陸と言うらしい。あとはオマケのように大小様々な島が散りばめてあるくらいだ。
俺達家族の住む土地はアース大陸の右下の端のほう、程よい大きさの川が近くを流れていて切り立った崖になっている、という天然の要害のような場所だと父は言う。実際にヒトがここを訪れる事は皆無だとも言っていた。この家には窓が一つもないからわからなかったけど……父よ、一体何を考えてこんな辺鄙な場所に住もうと思ったのか。息子は激しく疑問に思った。
そしてこの時になって漸く俺は『ああ、本当にここは地球ではなく異世界なんだな』と思い、もしくは別の惑星である事が証明された事に対して妙に納得してしまった。本当に、どうしてこうなった?……いや、これからこの世界で生きる事を考えるなら、とりあえず読み書きを覚える事から始めるか。気も紛れるし。
そこまで考えてもう一つ気になる事があった。それは俺が生まれてこの方一度も家の外に出た事も見た事もないということだ。窓一つない自分の住む家を流石に不審に思った。SFファンタジーっぽいと言ったように俺の住む家は妙に未来っぽい。妙に明るくて清潔な白い廊下に継ぎ目のない壁や自動開閉できるスライド式の扉、物質を別の場所へ飛ばす転送装置、何もない空中に投影される空間ウインドウ、そして今更だけど極め付けが機械人形だ、機械人形。本当に今更だけどさ……。
で、機械人形である彼ら、または彼女らはゴチャゴチャと腰の部分に機械が付属された肌にピッチリした黒のボディスーツを着ていて機械人形特有の銀髪と金目、白い肌をしている。しかも人間ソックリの外見をしているから判別が難しい。
肌にピッチリしたスーツだから身体の凹凸がハッキリと出ているから子供ながらに目のやり場に困る場面がいくつかあってすごく困った。だけど、悲しいかな。今の自分は幼い子供だから心はともかく身体が全く反応しないときた。子供とは言え男としてはどうなんだろうか。一時間くらい真剣に悩んだけど、結局は、今は子供だからいいか、と開き直る事にした。皆の事は好きだし、問題ないさ。
ただ、彼ら、または彼女らは感情に乏しく表情に変化が少ないのが悲しいところだ。こういうところは前世の日本人特有のアニミズムが色濃く残っているようだった。精霊信仰、自然信仰、八百万の神の国ってね。
すまない。話しが逸れた。それで一度も外出しない訳だけど何か事情があるらしい。それとなく聞いてみると父母は『お外は危ないからね』とか『アオイちゃんメッ、よ。お外は危険なの』としか言わなくて何が危険なのかこれっぽっちも教えてくれない。
外への扉は封鎖されていて完全に隔離されている。しかも父母がちょろっと溢した言葉から判断してこの家は地下深くに存在するようだった。
もしかしてあれか?地上は何かに汚染されたのか?核戦争か?それとも突然変異した危険生物が跋扈しているとか?まさか、バイオなウイルスが蔓延しているのか?と色々考えてしまったけど、だらだらしていても意味はないと思い直した。
さて……なにをしよう。あっ、言葉の読み書きを覚えないと……。
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外に出る事を禁じられているので他の事で時間を有意義に使おうと決めてから数日後。俺は知識の吸収に乗り出した。
手近なところから、まずは俺の住む家の構造の把握から始める事にした。
改めて見直したのは自室だ。使用している机と椅子、ベッドや棚、小物などは木製や布のような感触だけど実際はそのような質感のする不可思議金属というわけのわからない材質だ。
この不思議な材質の名称を白の結晶と言い、特殊な処理を施す事でどのような材質や特性にも“染まる”事からとても重宝する物質だ。木のような資材にもなれば、石や金属のような資材にも変化する。
そのくせ無駄に頑丈でもある。耐衝撃、耐弾、耐熱は勿論の事、打撃や斬撃とありとあらゆる破壊に対して無駄に高い耐性を持っている……とアーフから教えられた。本当にこの素材ってなんなのかね……。
それからは一貫して読み書きの習得に精を出した。まずは言葉がわからないと本も読めないからもう必死だった。
そうして読み書きに半ば命懸けの勢いで取り組んである程度の日常会話程度の読み書きができるようになった頃の事だ。俺達家族が住むこの家は地下にあるという事は言ったと思う。実はそれがとんでもなく広大な体積を要していた。しかも一部を除いて全てが白の結晶で作られている。メガトン爆弾から核、果ては軌道上からの大出力砲撃にも耐えうるかもしれない地下要塞って一般的な家として考えると本当にどうなんだろうね?
両親の仕事が何なのかが真剣に気になった。まだ子供だからセキュリティの問題で立ち入りを禁止されている区画が多いから全貌はわからないけど少なくとも生活区画、研究区画、農業区画、生産区画、実験区画、格納区画などなどの多くの区画が存在する……と女性型機械人形アーフが教えてくれた。なんで自宅に研究区画なんてものや実験区画なんてものが必要なのか一息子として気になるところだ。普通はそんなのは必要ないし。
因みに俺が出入りを許されているのが生活区画と農業区画のみだ。生活区画は文字通り家族が生活するところで、農業区画は牛や豚、山羊に鶏などの家畜を放牧していて、穀物の小麦や米(驚くべき事に米が異世界に存在した。ヤッフゥゥ!!)、野菜などの農作物を栽培している。敷地も広いし緑も他の区画よりも多いから俺の遊び場として最適だと父と母が判断したから開放されたようだ。
農業区画では童心に返って草原を自分の足で駆けた。放牧されている牛や羊、豚、鶏や兎とも戯れたりもしたけど、その中でもこれぞファンタジーと言えるような鷲の頭と翼に獅子の身体を持ったグリフィンや、成体になると馬ほどの大きさになる灰色の毛並みと青い瞳を持つ犬系のグレイハウンドと一緒に遊んだ。
今はまだ子供だから大型犬程度の大きさで可愛くて仕方ない。
なぜ魔物の彼ら彼女らがこの地下にある家に居るのか。それはこの子達の親が怪我して行き倒れている所を父と母が助けて保護したかららしい。以降は比較的緑の多い農業区画で半ば放し飼いにされている。
お陰で俺は遊び友達ができたしグリフィンのシブリィ事シーちゃんとグレイハウンドのクスィ事クーちゃん以外にも魔物と言われる子達と遊べた事は楽しかった。
シーちゃん、クーちゃんとは生まれた日が同じで兄妹のように育った。
でも俺の個人的なお気に入りはアルミラージという額から立派な一本角を生やした耳の短い兎だ。大人になっても大きさは精々が大型犬程度の大きさで毛皮がモフモフ、フカフカしているから抱き締めたらもうやめられない止まらない。時折り角の先端が当たって痛いけど……。
そんなアルミラージだけど……実は、シーちゃんやクーちゃんなどの肉食系の魔物にとっての餌でもあったようだ。
その事実を知った時に全俺が号泣した。だからあんなに多く生息していたのかと納得もした。そして自然の厳しさと弱肉強食を肌で感じられたのはいい事なのか悪い事なのか少しだけ悩んだ。
最後にはそれも自然の摂理と割り切って開き直ったけどな!じゃないと鬱になるっての!
あっ、それと遊んでる時だけど、なぜか雄からは微妙に反応が悪くてハブかれる事が多くて気になった。それでも少し気になった程度だからシーちゃんやクーちゃん、他に仲のいい子達と無駄に追いかけっこしたりじゃれあったりモフモフしたりして毎日戯れて泥塗れになって遊んだものだ。
ははは。これじゃ本当にただの子供だな。あははははは。
うっせ、うっせ。こんなに走り回ったり動物(いや、魔物だけど……)と戯れたりとか前世ではなかったから楽しかったんだよ。童心に返ったんだよ。
こほんっ。それでも時間を持て余して仕方がない時はある。子供だからとは言えここは娯楽が少ないから暇な時間ができて困った。農業区画には適度な運動ついでに走り回っていた以外は殆ど自室で情報端末を使ってメインデータバンクに保存してある様々な知識を読み漁って時間を潰していた。本当に色々と、節操なく読み漁ったものだ。これぞファンタジーといった魔法学や召喚術に錬金術とかは読んでいて心が躍った。自分でも驚きの集中力を発揮したと思った。
それに『え?これってSFじゃね?』としか思えない電子・機械工学、ロボット工学、情報処理、概念干渉学、ナノマシン工学、亜空間力学、時間加速概論とか元大学生としては楽しかった。本当にSFモノだからな、特に最後のほうの四つは最たるものだと思う。
知ってるか?この世界では平気で物理法則とか質量保存の法則とか超越するんだ。マジでやってらんね。なんだよ、時空間操作って……。
こほんっ。失礼、軽く鬱ってたようだ。他にも化学、人体工学、医学、薬学(魔法薬含む)、生命工学、鉱物学、地層学、戦闘術(格闘、銃術、魔法、剣術)、戦術・戦略概論、他にも様々な学問に手を出した。時間だけは無駄にあったから、とりあえず広く浅く時々深く読み漁ったものだ。
幼い子供の柔軟な頭脳は本当に物覚えがいい。まるで乾いた砂が水を吸うように瞬く間に吸収していった。専門用語とかまだ習ってない単語なんかのわからない所は母から俺のお世話役を任された女性型機械人形アーフが詳しく解説してくれたから勉強の苦にはならなかった。
彼女は機械人形の例に洩れず感情に乏しく冷たい印象がどうしても出てしまうけど解説は懇切丁寧で要点だけをまとめて教えてくれる。言葉の読み書きはもうほぼ完璧だ。……たぶん。
そうして勉強している時に思った。いつか自分の手で機械人形を生み出したい、と。
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知識の吸収に乗り出してから二年が経っていた。六歳になった俺は絶賛幼児ライフを満喫中だ。……泣けるねっ。
言葉を覚えてからこの二年間は興味の赴くままに貪欲に知識を吸収していた。その中で興味が出たのは、やはり魔法関係だ。
魔法。魔法だ。魔法だよ?あの手から火を出したり、何もない所から水が出たり、自由自在に風を吹かせる魔法だ。これはもう覚えるしかないと思って居本を手に時間の許す限り練習した。
この世界の魔法とは大気に満ちる生命の源たるマナを運用する技術だ。魔法師と呼ばれる彼らはマナを体内に取り込み蓄積させる。蓄積したマナを魔力に変換する事で始めて魔法を行使できる。
魔法を行使する、という事は世界への干渉行為と言える。簡単に言えば魔法とは魔法師が自分のイメージを世界、森羅万象に干渉して現象とする技術だ。そして魔法行使には必ず必要量の魔力を世界に捧げる事で発現する。そして魔法を行使するに当たって基本属性と上位属性、合わせて七つの属性が存在する。
火の魔法。
攻撃的な魔法が多く、広範囲への影響が強い。火の魔法らしく高い熱量で燃やし尽くす攻撃的な魔法だ。火の魔法は難しい技法も特に必要ないのに高い殺傷能力を有する。
ただし他の属性に比べて極端に補助系や治癒系が少ない、というか殆ど存在しない。
水の魔法。
主に治癒系と補助系の魔法が多く、攻撃魔法は少ない。水は循環を司り、流れを制御する事から外傷などの治癒系に高い効果がガ発揮される。補助系も霧を発生させたり眠らせたりする。
水の魔法の上位技法に凍結系の魔法がある。こちらは主に攻撃系の魔法が多いが高等技能に属するため修得者は少ない。よって水の魔法師は全体的に後衛型に分類される。
風の魔法。
攻撃系と補助系の魔法が多く、一部偏りはあるもののバランス型。不定形の風らしく単体攻撃から広範囲攻撃まで幅広い攻撃魔法が存在する。
補助系には素早さを上昇させる補助魔法や飛行魔法などがある。
土の魔法。
補助系の魔法が主で攻撃よりも守りの魔法と言える。仮拠点たる築城の際に高い効果を発揮する事が多い。それというのも本来は防御系の魔法である基本の土の壁や上位の石の壁で簡単な陣地を作り出せるからだ。
一般的には建築現場で活躍し易い。
この四属性は基本となるもので一番ポピュラーな属性と言える。使用者も多い……と教本――虫でもわかる魔法1・2・3!~基礎編~――に書かれていた。いや、例の如く空間ウインドウだけどさ。
因みに携帯端末や情報端末などは一括して端末と呼ばれている。
雷の魔法。
一点突破型。鋭い攻撃系の魔法であり、単体戦力としてはとても強力。強力だけど一点突破の攻撃魔法が主であるために集団戦には不向きと言える。
上位技法に身体強化が存在する。これは一時的に脳神経や筋肉などの電気刺激によって強制的に向上させるものだ。負担が大きい代わりに効果も大きい。
光の魔法。
攻撃系、補助系、治癒系とバランスがいい。どの系統も強力な効果を発揮するが必要とする魔力が多く燃費が悪い。でも強力。闇の反対属性であり闇属性に大きな効果を発揮する。
闇の魔法。
攻撃系、補助系の魔法が主で魔の者が好んで使う属性だ。強力な効果を発揮するが、こちらも光の魔法と同様に必要とする魔力が多く燃費が悪い。でも攻撃系はこちらのほうが光の魔法よりも強力。光の反対属性であり光属性に大きな効果を発揮する。
で、この三つの属性は習得が難しく基本の四属性の上位属性に位置するものであり使用者が少ない、と教本――虫でもわかる魔法1・2・3!~応用編~――に記されていた。
最後に、この七つの属性の他にも無属性というものがあり、全ての魔法技術の基礎の基礎とも言える魔力そのものを運用する純粋魔法というものが存在する。
なぜこの無属性だけが別途扱いされているのか。その理由は諸説あるけど、一番の理由は効率の問題だ。
無属性。純粋魔法とは魔力そのものたるマナを直接運用する事から速射性に優れ単純ゆえに強力な効果を発揮する。だけど、どの属性にも変換しないために多くの魔力を必要とするので、どうしても効率がとても悪い。
さて、属性については一応ここまでにして次は魔法行使に当たっての方法についてだ。魔法行使には大きく分類して三つ、いや四つ存在する。
呪符魔法。
これは羊皮紙や呪符などに魔力を注ぎ込みながら特殊な魔法文字や紋様を書き記したものだ。誰が行使しても一定の効果を発揮する事が可能だけど、一度行使すると力を失う事から使い捨ての消耗品としての面が強い。
元々、呪符魔法とは潜在的に保有魔力の少ない魔法師が使う技法だ。予め決められた属性魔法を呪符に封入する事で手数を増やす事を目的としていた。
詠唱魔法。
一般的な魔法師の技法。魔法を行使する際に殆どの魔法師はこの技法を用いる。詠唱する時の呪文は様々で、魔法師本人のイメージし易い言霊を用いる事で術式を明確化し補強する。
また、イメージの外的補強、もしくは増強するものとして術式を記号化した魔法円を用いる事もある。
付与魔法。
剣や弓などの武器、兜や鎧などの防具、装飾品などに補助系や強化系の魔法を付与する技法だ。付与魔法は物品に対して文様と魔法文字を刻み込み、そこへ魔力を特殊な方法で注ぎ込み永続的に効果を発揮する。
この技法の長所は魔法師でない者でも一定の効果を発揮する事だ。主に高級な武具などに軽量化や硬化の効果を施されている事が多く見られる。
固有魔法、または固有技能。
これは魔法を行使する方法と言うよりも個人の技量や生まれた種族などの先天的、潜在的な特殊能力だ。これはモノによっては上記の三つにも分類、併合される場合もある。
以上の四つが魔法師の魔法行使に当たっての技法だ。魔法師はほぼこの四つ、この場合は固有魔法や固有技能を除いた上記三つに分類される。
そして魔法行使には一部を除いて原則的に媒体となるものが必要だ。
呪符魔法なら呪符や羊皮紙を、詠唱魔法なら声そのものを、付与魔法なら特殊な機材を媒体にしている。ただ、固有魔法や固有技能は行使に様々な様式があるから一概にこれだとは言えない。
魔法使いと言えば杖や魔導書だけど、この世界の魔法師は補助や強化の目的で杖や装飾品に付与魔法で属性が付加されたものを用いている。
単体で魔法行使するよりも効率的だ、との事だ。
で、だ。ここまでを踏まえて次の召喚術についてだ。
そう、召喚術。召喚術だよ、召喚術。実はこれが一番楽しみだった。
理由としては召喚術で何かを召喚したとする。その時にあわよくば召喚した何かと友達になれるかもしれないじゃないか。
う、うるさいよ。俺はぼっちじゃないし?グリフィンのシーちゃんとグレイハウンドのクーちゃんが居るし?女性型機械人形のアーフも居るし?他にも魔物や機械人形の友達は居るし?
…………ぅ。
人間の、友達が、居ない……です、一人も。
だって仕方ないじゃないか。生まれてこの方、俺は一度も外に出してもらえないから同じ人間は両親しか居ないんだ。他には機械人形や動物くらいのもだし。
クッ、同年代の友達なんて居ないよ、ばーかっ、ばーかっ!
あっ、でもシーちゃんとクーちゃんは同年代だ。俺が生まれた時にあの子達も生まれたらしい。だから、というわけじゃないけど気持ち的には兄妹のような存在だと思っている。
二頭とも成長が早いから俺よりも大きくなって今では馬半分くらいに育っている。まだ6歳児の俺はシーちゃんかクーちゃんに乗って広大な面積を誇る農業区画を泥だらけになるまで走り回っていた。
すまん、話しが脱線しまくった。さて、召喚術の話だったか。
召喚術とは魔法と同様に世界への干渉行為だ。召喚術で世界に干渉し門を開いて召喚対象を呼び出す魔法だ。技術的な難易度が高いために召喚術の使い手はとても少ないとも教本――虫でもわかる魔法1・2・3!~実践編~――に記されていた。
そして、召喚術にも効果はニ系統がある。
一つは一時的な契約でその時その時に力を貸してもらうもので魔力を報酬に無差別に召喚する事だ。短期契約扱いの召喚術。
利点としては多くの魔力を消費する代わりに様々な対象を無差別に召喚できる。だけどその場限りの関係であり報酬の魔力が切れると自動的に送還されてしまう。
もう一つは術師本人と契約で結ばれた召喚対象を呼び出す方法だ。こちらは長期契約扱いの召喚術だ。
利点は少ない魔力で召喚できる事だが、代わりに契約対象者しか呼べない。だけど個の繋がりがシッカリしているために術者から流れてくる魔力に最適化する事で上質な糧となり被召喚者の身体能力や魔法などが強化される。
更に利点として契約中は召喚主の命が続く限り被召喚者は殺されない限り生き続ける。これは擬似的な不老が可能という事だ。
だけどこの擬似的な不老現象については、呼び出す対象の多くが基本的に寿命に限りのない精霊や悪魔、一部の魔物なので意味はないかもしれない。
そんなわけで早速召喚術を試してみようと思い立ち俺は農業区画まで来ていた。
今回の目的は被召喚者、つまりは俺と契約してくれる子が居ないか探す事だ。個人的にはシーちゃんとクーちゃん辺りなら快く引き受けてくれそうだ、と楽観視している。
流石に嫌がられたら無理強いはできないので別の子に当たるしかない。それでもダメだったら……その時に考えるさ。
本当ならこういう危険が伴う事は実験区画とか訓練区画でやるべきなのだろうけどそれらへの立ち入りは父と母がまだ許してくれない。だから俺は二人に黙って農業区画でやる事にした。
これがバレた時には殺されるかもしれないがな!
神様仏様大明神様!どうか、どうかどうかっ!バレませんようにっ、バレませんようにっ、バレませんようにっ、バレませんようにっ!!
こほんっ……さて、と。
「おーいっ!シーちゃーん!クーちゃーん!」
農業区画の中にある広場の一角で大きく声を出して呼びかけた。一番仲のいい二頭ならこうして呼ぶだけで直ぐに来てくれる。
少し経つとバサッバサッと上から羽ばたく音と、茂みの奥からガサガサッという音が聞こえた。
「きゅるるるーっ!」
「わふわふっ!」
音が聞こえたほうへ向くと上空からはグリフィンのシーちゃんが、茂みの奥からはグレイハウンドのクーちゃんが勢いよくこちらへ向かってきていた。
「おーっ、よしよしよしよしよしっ!わぷっ!?」
駆け寄ってきた二頭を某動物王国の教授の如く撫で回した。愛情表現でしたのに、そうしたらあら不思議……何が原因か知らないけど、すっごく興奮した二頭に地面に押し倒されていた。
「きゅるっ、きゅるるるっ!」
「わふっ、わふわふわふっ!」
「ちょっ!?待っ!なんか変に興奮してない!?ってか、重い!シーちゃんとクーちゃんの思いが重いよ!うっぷっ!?」
俺6歳児、6歳児だから。力もそれに準じてか弱いんだから圧し掛かるとか勘弁してくれ。頼むから。
圧し掛かれているのでまともに喋れないからバシバシと二頭の身体を叩いて、退くように指示したつもりだった。そう、つもりだったのに何を勘違いしたのかますます興奮した二頭が襲い掛かってきた。
「きゅるるっ!がじがじがじっ」
「わふっ!?ぺろぺろぺろぺろっ!」
「わっ!?ぷっ!シーちゃん、噛んでる!?ちょっと痛い!?クーちゃんも顔ばかり舐めないで!いきがっ、息ができない!?あばばばばばっ!?」
シーちゃんの甘噛みが微妙に痛い。鷲の嘴が鋭くて痛いよ。腕に噛み痕がついてる。
クーちゃんは痛くないんだけど顔ばかり舐めてくるから息がし辛くて仕方ない。
シーちゃんとクーちゃんに翻弄される事一〇分が経った……。
息も絶え絶えで座る俺の目の前には申し訳なさそうに伏せをするシーちゃんと服従のポーズであるお腹を見せてくるクーちゃんが居た。
「きゅるる、きゅるるるー……」
「わふっ、きゅーんきゅーんっ……」
「あー、そんなに落ち込まないでも大丈夫だから。次からは気をつけような?」
流石に6歳の俺の体格では、もうシーちゃんとクーちゃんの大きさは受け止めきれないからさ。もう少しでいいから加減を覚えてね、お願いだから。
「きゅるっ!」
「わふっ!はぁはぁ!」
即座に嬉しそうに纏わりついてきた二頭に溢れんばかりの愛情をまた注いだ。具体的に言うと愛でた。撫で回して愛で倒した。
「はいはい。いい子だねー。よしよーし。……あれ?もしかしてまた大きくなった?」
「きゅる?」
「わふわふっ!」
三日前に遊んでいた時に二頭に乗っていた時と今では触っていると胴回りが少しだけ大きくなってる気がした。だから本人(?)達に聞いたのだけど「なんて、聞いても言葉がわかるわけないか」と思い直した。
「きゅる!?きゅるるるっ!」
「わふわふわふわふっ!」
「ちょっ!?何を行き成り興奮してるの!?」
するとシーちゃんとクーちゃんがまたもや興奮して圧し掛かってきた。それでも今回は苦しくないので一応の加減はされているらしい。
でもやっぱり重いよ!あと暑い!
「待って待って、待っ、くははっははははっ!?くすぐった!?クーちゃんどこ舐めてんのさ!?」
「わふ?わふーっ!はぁはぁはぁ!」
「きゅるっ!?きゅるーっ!」
「ちょーっ!?」
更 に 興 奮 し た!?
クーちゃんの息遣いが荒くなった。今までにないくらい興奮が高まっているらしい。
しかもクーちゃんに触発されたシーちゃんも今度はさっきとは違い腕や足、首元を優しく甘噛みしてくる。
それがまた一〇分くらい続いた。
「燃え尽きた……燃え尽きたよ、父よ母よ……」
「きゅるー……」
「わふー……」
結局この日は召喚術の契約云々はなしにしてまた後日ということにした。
それほどまでに精神的に参っていたんだ。主にじゃれ合い的な意味で。あまりにもくすぐったくて正直言って笑い死にするかと思った。
異世界語はやや適当なのでつかもっとそれっぽくなるように修正するかも。
シブリィとクスィはまだまだ子供です。
これから徐々に貫禄が出てくる……はず。たぶん。
この二頭ですが擬人化はしないと思う。
いや、第二章辺りでするかもしれないけど……ちょっと考え中。
ではでは。




