第11話・幕間
今回は今のエーデルとレギオンシスターズの日常(?)風景です。
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皆の感想&評価&ネタ提供が作者の力になっております。
加筆修正済み。
地下施設のとある実験施設、その一角にて激しく激突する四つの影がある。激しく矛をあわせていた。
剣を打ち合い、銃を撃ち合い、砲が飛び交う。戦況は三対一と後者が数的、物理的に不利。だがその後者は不利な状況すら覆して戦っていた。
前者はレギオンシスターズのナイトのイリス、ポーンのリーリエ、そして新規加入したクイーンのマグノリエ。
マグノリエはレギオンシスターズのクイーンに位置付けられる存在だ。万能タイプの指揮官である彼女はレギオンシスターズを統率する立場にある。時に前線に立ち軍を指揮し、時に内政で弁を揮って臣を率いる存在。それがクイーンだ。
外見は十代の中頃よりも上、十八歳くらいの長髪を結い上げて纏めた女性だ。他のレギオンと同じようにエーデルの外見データの流れを汲む彼女はその例に洩れることなく美人といえる外見をしていた。しかもその身体はダイナマイツ且つセクシー。ある意味で一番エーデルの流れを汲んでいると言えた。
総合性能を考えれば実質彼女がレギオンシスターズの中で最強にして最高の性能を誇る。
因みに同様の役割を担うキングの存在もあったがそれは作成の段階に入った時にレギオンシスターズの『私達の王は貴方だ!』という猛反対に遭いすぐさま棄却されている。
更にキングの性能はクイーンに上乗せされる事になった。
そして現在、彼女達は製作されてから十数度目の模擬戦をしていた。
「はいっ!やあああっ!!」
まだ小柄なイリスが身の丈以上の長剣を手に襲い掛かる。
その剣をエーデルは太刀で受け止めるのではなく刃に刀身を添えて逸らした。
「まだまだですね。もっと強く踏み込みなさい。でないと――」
「イリス、ダメよ!下がりなさい!」
「えっ、きゃっ!?」
「足元を掬われる事になります」
マグノリエが注意するもイリスは間に合わずに転ばされた。
遊ばれている。やろうと思えば今の一撃で両足を切断できたのに手心を加えられたのに。
イリスは素早く立ち上がりながら強く強く歯を噛み締めた。ふと頭上から影が差した。見上げると、そこには片手で太刀を振り上げたエーデルの姿が――しかし、そこに邪魔が入る。
「むっ」
「やらせないのです!それ以上はやらせないのですよ!」
二丁の小銃を手にしたリーリエの銃撃による弾幕でエーデルの脅威を引き剥がした。
イリスは咄嗟に大きく跳んで後退した。引き剥がされたはずのエーデルは涼しい顔で飛んでくる全ての銃弾を太刀で切り落とし、弾き飛ばし、逸らしていた。
「弾幕が薄い。もっと集中させなさい。可能なら囲い込むようにばら撒いて相手を牽制し殲滅する事をオススメします」
「む、むむむぅなのです」
リーリエが悔しそうな顔を……する事なく感心したように目を輝かせていた。それでも銃撃の手は少しも緩めない。寧ろ増している。
マグノリエ、イリス、リーリエ、そしてエーデル。この場に居る全員がメイド服を着用している。だが普通のメイド服ではない。見た目は個人の好みでカスタマイズしているがそのどれもが防刃、防弾、対衝撃、耐熱、対魔法などなどの対抗機能と防御機能が付与された高性能の戦闘メイド服だ。攻撃に曝された際には特殊な力場を表面に形成する事である程度の攻撃を無効化する事も可能だ。
レギオンの騎士たるイリスが纏うのはスタンダードなメイド服だ。見た目はエーデルの着ているものとほぼ同じ、軍用ブーツも同様。違いは腰の結び目が小さい事くらい。
次にリーリエだが彼女もイリスと同様の戦闘メイド服を纏っているが、こちらは腰の結び目は大きい。彼女曰く『エーデルお姉ちゃんと一緒なのですよー!』との事だ
最後にマグノリエ。彼女の戦闘メイド服の見た目は少々フリルやレースが多いがエーデルと同様のものだ。
そうして演習が始まってから既に一時間以上が経過した頃になると大体の戦況は決まってくる。そして今回の演習もそろそろ終盤のようだった。
イリスは長剣を持ち構えるとエーデルと対峙している。長剣と太刀の打ち合いが激しい。
「ちぃぃっっ!!」
「まだです。まだできるはずでしょう」
長剣と太刀の打ち合う速度が一合毎に加速する。刃と刀身がぶつかり合うたびに接触面から火花が散った。
十合。二十合。三十合。――百合を超えるほどに刃を交わした。
打つ。打つ打つ、打ち合う。――火花散る刀身が互いに、否一方的にイリスに傷を作っていく。
イリスとエーデルはかれこれ十数分は剣を打ち合わせていた。その間もリーリエの援護射撃は続けている。しかしエーデルはそれすらも利用して場を制した。そうする事で戦域を有利に戦っている。
だが、次の瞬間。今の今まで打ち合っていた二体は最後に強烈にぶつかると一際大きな火花が飛ぶほどの鍔迫り合いに入った。
衝撃で顔を大きく歪ませたイリスと極めて平静なエーデル。これだけでもどちらが優勢なのか察する事ができる。
「ぐっ、ぐぐぐっ!!」
「レギオンの騎士イリス、これで終わるのですか?マスターの騎士を名乗るのなら意地を見せなさい」
「ぐっ!?くぅぅぅっ!あああああっ!!」
大きく押されていたが挑発とも激励とも取れる言葉にイリスが奮起して押し切った。しかしそれもすぐに力尽きたかのようにその場で片膝をついてしまう。
一方、弾かれて後退した形になったエーデルは静かに着地すると右手に持つ太刀を振り払い、こちらもその場で停止した。まるで『さあ、いつでも来なさい』という体だ。
イリスは長剣を支えに立ち上がり正眼の構えを取りジリジリと間合いを詰めてエーデルの隙を窺った。
そして当然だがこの場では二体以外にも動く姿はある。
「リーリエは援護を!」
「了解なのですよ!」
響いた声が二つ、それはマグノリエとリーリエだった。
現時点でレギオンシスターズ中最も小柄なリーリエはエネルギー小銃を両手に一丁ずつ保持してエーデルを牽制していたがすぐさま認識能力を低下させる特殊スモーク弾を投擲してエーデルの目暗ましに出た。今のスモーク弾が最後の補助装備だ。
エーデルを相手にするにはやや効果が薄いとわかっているがそれでも多少の時間は誤魔化せる。
そして時間を稼ぐ事にはイリスを援護する以外にも意味があった。それはクイーンの持つ武装にある。
既に一時間以上が経過した今回の演習でマグノリエはクイーンの名に恥じぬ奮戦振りだったがその手に持つ武装は些か品位に欠けるものだった。
銀色に輝く全長四mの鉄骨に砲と取ってつけたような無骨な形状をしたエネルギー兵器。高出力レーザー砲と呼ばれるそれをマグノリエは後方にて指揮を取りながらも肩に担いで援護砲撃をしていた。
演習開始から途切れる事無く正射しているために長時間の運用で砲身が異常加熱を引き起こしてしまい先程から警告音が喧しく鳴っている。リーリエのスモーク弾はその冷却時間を少しでも稼ぐためでもあった。
そんな奮戦するレギオンシスターズの三体は最高クラスの性能を有するエーデルを相手に文字通り凌ぎを削っていた。更に言うなら今それぞれのレギオンが手に持つ武器が最後の装備であった。
スモークが晴れる。それと同時にマグノリアの高出力レーザー砲の警告音が鳴り止んだ。
冷却が完了して砲撃可能状態になったと理解している彼女は即座に行動に出た。
「攻撃合わせ!三、ニ、一、今ッ!」
「撃つのですっ!撃つのですっ!撃つのですっ!」
「むっ」
エーデルは背後にジグザグに跳んで回避した。
リーリエの一斉射も狙いが外されて当たらない。マグノリエの砲撃も光速で飛来するレーザー砲の射線を予測して余裕を持ってギリギリで回避していた。
対してレギオン側の二体はイリスを中心に左右に飛んで牽制も視野に入れた射撃と砲撃を続けていく。この状況下で少しでも弾幕を緩めれば負ける事を理解していた。
そうだ。ここで決着をつけないと勝利はない、とレギオンシスターズは理解していた。
現状、イリスの戦闘メイド服は重要部分を除いて大部分が損失している。更に演習中にエーデルの強襲によって腹部に大穴を開けられている。
リーリエとマグノリエは戦闘メイド服や身体に目立った損傷こそないが装備が底をつき掛けている。今使用している装備が最後だ。
故にイリスは勝利を掴むために勝負に出た。
「逃がしません!はあああっ!!」
今ここで逃がすわけには行かない。逃がせば状況は更に悪化する。
左右に跳びながら後退するエーデルを追ってイリスが強く踏み込んで飛び出した。それでもまだ足りない。僅かに届かない。
リーリエとマグノリエの攻撃を回避するエーデルをイリスは更に追撃に出る。エーデルの回避行動を予測して回避先の着地点を割り出しそこへ真っ直ぐに駆け出した。
「……っ」
それを察知したエーデルが僅かに動揺――ではなくギラリと怪しく目を光らせた。
「もらいました!!」
「否定。今の隙は誘いです」
「ッ!しまっ、グッ!?がぁぁぁっ!!」
――動揺したのはフェイクだった。
エーデルは涼しい顔をしてイリスの長剣を彼女の右腕ごと斬り捨てた。
一瞬何が起きたのかもわからずにイリスが前のめりにゆっくりと倒れ伏した。斬り飛ばされた腕が弧を描いて地に落ちる。
これにより管制室から『総合ダメージ判定。大破。イリスの脱落です』と通達された。
「イリス!?このおおおっ、今行くのですよっ!やってやるのです!」
「待ちなさい、リーリエ!それは悪手ですっ!ああっ!?」
撃破判定が出ても飛び出すリーリエ。諌めるマグノリエの言葉も意味はない。
二丁のエネルギー小銃を乱射するリーリエだったがいつの間にか彼女の両足は地を這うように身体を屈めて接近していたエーデルが手にした太刀の横一閃で両断されていた。
走っていた勢いのままに地面に転倒する。リーリエは転倒する時、視界の端に地に残された二本の足が見えた。
一瞬の事で斬られたリーリエ自身も何が起きたのか認識できなかった。
うつ伏せに倒れるリーリエを上から見下ろす位置までエーデルはゆっくりと歩み寄ると冷たく見下ろした。
「闇雲に突撃するのは愚の骨頂でしょう。次からは行動修正する事を強くオススメします」
「え?ぎ、がっ、っ!!ぅ、ぁ……」
そう言いながら容赦なくリーリエの頭部を踏み潰した。踏み潰す時にギチギチ、ゴキゴキ、バキンッと生々しくも硬い骨と柔らかな生モノが割れて潰れたイヤな音がした。
しかも踏み潰した時に飛び散ったナノマシンはご丁寧にも赤く色付いていて彼女の頭部を中心に放射状に飛び散っていた。小ぶりなソーセージ大の灰色の肉片が……。
幼女と言えるリーリエの身体が頭部を踏み潰されて踏むたびにビクンビクンと痙攣する姿をアオイが目撃したなら間違いなくトラウマになる光景だった。
そんなバイオレンスでスプラッタな状況にも拘らずエーデルは内心で倒れ伏して尚も武器を手放さないリーリエを密かに賞賛していた。
管制室から『総合ダメージ判定。大破。リーリエの脱落です』と本人に通達される。
「あ、ああ。イリスが、リーリエが。ああっ……」
恐れ戦くマグノリエ。先程の砲撃で高出力レーザー砲がまたもや警告音が鳴っていてうるさい。
何度も続く演習でこのような状況は既に経験済みだが決して好ましいものではない。
エーデルの視線がマグノリエに向いた。ゆっくりと近付いてくる。軍用ブーツについたリーリエの赤いナノマシンの飛沫がまるで鮮血のようで生々しい。
「さあ、残るはクイーンであるマグノリエ、貴女だけです」
「ッ、ご提案しますが降参などは?」
「否定。拒否。認めません。マスターの御為を思うのなら最大限に抗いなさい。それが出来ないようなら貴女に存在する意味などありはしないでしょう」
「――っ」
勿論ダメもとで言った。状況打開の時間稼ぎのつもりだった。それは冗談のようなものだったのだがそこまで言われては奮起するほかにない。
異常加熱の警告音が喧しい高出力レーザー砲を強制冷却して無理矢理に砲撃可能状態に持って行く。
構え、狙う。
目標は目前のエーデルだ。
「そう。それで良いのです。マスターは理不尽に抗い、向上心に富む者を愛されます。マグノリエ、貴女は困難に立ち向かう愚者ですか?それとも安穏と服従し傅く賢者ですか?」
「ッ!!わたくしは――っ!!」
高出力レーザー砲を連続発射ではなくただの一撃に残り全てのエネルギーを籠める。充填されたエネルギー量は通常の二割増し、まず間違いなく砲撃したら本体はスクラップになる。
それでも構わない。マグノリエは高出力レーザー砲の引き金を――引き絞った。
瞬間、眩いまでの青いレーザー光が輝く。普通のヒトが直視したなら視神経が焼かれるほどの光量だ。
今回の演習中で最大の出力で放たれた極太のレーザーは吸い込まれるように一見して無防備なまま立つエーデルに命中――した。
レーザーの高熱に曝された空気と地面が焼け焦げて粉塵が巻き起こりエーデルの姿を隠した。
急速冷却したばかりの砲身が行使した大出力の影響で焼け爛れていた。わかっていたとは言えこれでは最早使い物にならない。
ともかくこれで勝った、とマグノリエは思い――待て。
「……?」
ふと思い直したマグノリエ。
これはおかしい。何度も実施されてきた演習だがエーデルに勝った事は一度としてない。善戦奮戦こそしているが結局はそこまでであり今回のようにアッサリ勝利したなどととてもではないが信じられなかった。
それに先程のエーデルは迫り来るレーザーを避ける素振りすら見せなかった。
これは流石におかしい。いくら彼女でも無防備に高出力のレーザーに曝されれば無事では済まない、はずだ。そのはずなのだ。
粉塵に隠された向こう側を見定めるようにマグノリエはセンサーを最大にして警戒を更に強める。
すると粉塵の中に一つの影が見えた。
「――素晴らしい。そうです。それこそ、その姿勢こそがマスターのご寵愛を得るに相応しい」
まだ晴れない粉塵の向こう側から声がした。その時漸く僅かに空間に乱れがあるのをセンサーは捉えた。
粉塵が晴れるとそこにはエーデルを中心に噴煙が吹き飛ばされる。地面には丸く囲うようにして区切られておりその外側は焼け焦げているのに内側は無傷だった。
やはりだ。やはり居た。しかもエーデルやその周囲は無傷という理不尽さ。彼女は言葉こそ賞賛しているが表情には一切の感慨も無い。
ここまでくるとマグノリエはもう笑うしかなかった。機械人形であるはずの呼吸機能も擬似的なものであるはずなのに息が短く速いという過呼吸になるのを自覚する。
「はっ、はっ、はっ!は、はあああああああッッ!!!!」
それでも大きく叫ぶ事で自身に活を入れた。こんな事は本来のマグノリエならばしない。
だがそうでもしないと負けを認めてしまいそうになった。
膝を屈してしまいそうになった。
それは、それだけはマグノリエの中の何かが強く拒絶した。何よりも彼女自身も認められなかった。
マグノリエは全身を駆け巡るエネルギーの余分な部分は全てカットして自身の前面に集中する。
そのまま地面をへこませるほど強く踏み出して全力で駆け出した。
今までの演習中で最高の加速力を発揮しているとマグノリエは何とはなしに確信する。
エーデルまでもう少しというところで使い物にならなくなった高出力レーザー砲を巨大な鈍器として振り上げる。
迫り来る四m大の鈍器。それでもエーデルは静かに立っている。その目はただただ向かってくるマグノリエだけを見ていた。
刹那、マグノリエの背筋を正体不明の怖気が走った。
だが――行く。
行くしかない。
ここで身を引くようならレギオンに名を連ねる資格などないとすら覚悟した。
急加速したマグノリエが目前に迫っているのにエーデルがそっと目を閉じた。右手に持つ太刀はそのままに左手をマグノリエに向ける。
「ですが――」
一言おいて、二人の間で音が消えた。それは錯覚だったが空間が大きく波打ったのは現実だ。マグノリエの頭上に位置する空間がグニャリと捻れて歪んだ。
マグノリエのセンサーが遅れてそれを捉える。これは、と思考して一つの事に思い当たった。それは――。
「――ぁ……」
思い当たったのも束の間。次の瞬間にはマグノリエの頭上で何かが破裂した衝撃音と同時に地に叩き伏せられていた。
戦闘メイド服は勿論の事、彼女の全身が拉げて表皮が裂けた部分からは骨と筋繊維が覗き真赤なナノマシンが血のように飛び散って地面に血の池を作っていた。
「――今はまだまだ未熟です。今後の成長に期待致しましょう」
エーデルの言葉を切っ掛けにして『総合ダメージ判定。大破。マグノリエの脱落です』と管制室から通達された。
後に残るのは悠然と立つエーデルと負傷し倒れ伏したレギオンシスターズのみだった。
エーデルの使用した不可視の攻撃は程度の差はあれども機械人形に標準搭載されている空間操作の応用だ。
この空間操作とは対象空間の空間軸を何次元にも歪めて強制的に固定したり瞬間的に圧縮して解放する事で強烈な衝撃波を発生させたりする空間制御技術の基本だ。
それらを応用する事で物理攻撃、光学、攻撃魔法すら防ぐ強固な障壁としたり任意で物体を空間に固定したり傷口を限定的に止血したりそして先程のマグノリエを叩き伏せた見えざる絶対の一撃として、相手を文字通り叩き潰す槌となる。
魔法という技能を持たない機械人形にとって汎用性の高い技術だ。エーデルほどに高性能なら空間を極薄の刃として解き放つ事も可能だが今回は圧縮し更に収縮と膨脹を繰り返して最後に解放するという単純な攻撃方法だが強力な一撃となった。
「状況終了。勝者、エーデル・シュタイン」
演習場全体に演習終了が宣言された。
次の瞬間に『また、また負けた。これでは騎士失格だぁぁ』や『あぅぅ、これじゃ歩けないのですよ』、『今回の演習はわたくしが一番大きな被害を被ったのではないかしら。あぁ、鬱ですわ……』などの嘆きの声が聞こえ始めた。
擬似的に模倣された痛覚がズキズキとした痛みを訴えてくるなかでそれだけの文句が出るのだから大したものだ。
機械人形。特に身体の全構成をナノマシンで構築された彼女達レギオンシスターズは異常なほどにタフだった。装備はともかく身体は修復が始まっている。
今回の勝者たるエーデルは既に歩き出して実験施設である演習場から出て行こうとしていた。
その背には何の感慨も沸いていないように見えた。
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「お疲れ様でした。エーデルお姉様」
管制室に入ったエーデルを出迎えたのはビショップのペルレだった。
ペルレのメイド服。最初のスタンダードなメイド服は見る影も無く乙女と化していた。
全体的な色合いこそ変化は無いが黒のワンピースの裾と袖はヒラヒラしておりゆったりとした作りをしていて白のエプロンドレスはレースとリボンが多く散りばめられている。頭上にあるカチューシャはレース状の大きなリボンが左右にあり、これはもうヘッドドレスだった。
乙女化したメイド服と言えばいいのだろうか。もう一歩踏み込むとゴスロリに見える、とはアオイの言だ。
だがそれもエーデルにとっては瑣末事に過ぎない。
「ペルレも管制ご苦労様です。アイゼンは?」
エーデルの言う“アイゼン”とはマグノリエと同時期にロールアウトされた城のレギオンだ。
年の頃は一三か四歳くらいの女の子で顔は大きな目に柔らかそうな頬、それに小さな鼻と口が可愛らしい。また、動くたびにツーサイドアップにされた髪がピコピコ揺れて愛らしい印象がある。
体型は起伏が乏しいがそれでも引っ込む所が引っ込んでいて全体的にはスマートに見える。痩せ細っているというわけではなくちゃんと女性らしい丸みもある。
実は脱ぐと凄いんです……などという事実はない。少なくとも今は。
「イリス、リーリエ、マグノリエの回収に動いておりますよ。間もなく戻りましょう」
「そうですか。問題はないようですね」
自分で聞いておいてペルレの返答にもどこか素っ気無い。社交辞令のような会話だ。エーデルはサッサと空いている席に腰掛けて一時の休息に入っている。
ペルレは気にしていないようで先程の演習情報をデータ化してアオイに提出する報告書の作成に入っていた。
「…………」
「…………」
五分が経過。
そわそわ。そわそわ。
管制室の中のとある場所から静かに喧しいという不可思議な雰囲気が巻き起こっている。
「…………」
「…………」
一〇分が経過。
そわそわ。そわそわ。
発信源はエーデルだ。彼女の雰囲気にどこか落ち着きがない。見た目に変化は無いのだが苛立っているように思える。
「…………」
「……ふぅ」
それを見て呆れたようにタメ息を一つ吐いたのはペルレだ。
このまま放っておいてもいいのだがそれをするには相手が悪い。下手をすると余計な火の粉が飛び火してくる可能性が高いからその前に対処する必要があったからだ。
なによりも彼女にはエーデルの気に掛けている事に一つ心当たりがあった。
「陛下ならお父上とご一緒です。いつもの格闘訓練……の実践的運用とのことですよ」
「なぜ、マスターのことだと?」
「元の基本人格が共通しているので、そのように判断したまでです。違いましたか?」
「…………」
違わない。ペルレの言うようにアオイの事を考えていたのだから反論のしようがない。
故にエーデルは黙るしかなかった。
アオイとクロードの訓練時間。今まではアオイと一緒にエーデルも同行していたのだが今はこうして別々になっていた。
エーデルはこの時間にひどく不満があった。そもそもこの現状があるのは偏にあの夫婦にある、とエーデルは考える。
エーデルはとある事情からイングバルドに頭が上がらない。この事から彼女は半ば強制でイングバルドと定期的に報告会の席を設ける事になっていた。
その報告会はマジメなものや何もなければただの近況報告という名のアオイ自慢になる事も多い。その時にエーデルは『マスターは外に興味があるようだ』と報告した。
イングバルドもその事には頭を悩ませていたようだ。彼女はせめて一万年くらいは自分達の手元で教育に力を入れたいと考えていた。
だけど幼い時から聡明なアオイは外に興味を示している。
ならばどうするか、とイングバルドはエーデルと膝を突き合わせながら考えたものだ。
だがそれがこの現状を作り出す全ての始まりだった。
エーデルとしては予想外にして不本意なこの状況はその報告会を切っ掛けにしてルメルシエ夫妻、主にクロードが今までの温い訓練を一段階上げて本格的にアオイを鍛え始めた。
その理由が『外に出たいのなら殺し殺される覚悟を持つべきだ』というものだ。
今までアオイは訓練では打撲や捻挫、擦り傷くらいで大きな怪我は無かった。
それが今では骨折や手足の切断が当たり前になっていた。勿論死なない程度に加減はされていたがこれには流石のアオイも混乱した。恥も外聞も無く涙を流して許しを請うた。
このような行いはルメルシエ夫妻も本意ではない。
初めてアオイの腕を折った時にクロードは危険な今の時代に外へ出るのなら、と心を鬼にして実行しているほどだ。内心では義務感と後悔と悲しみなどの負の感情が複雑に絡み合い遣る瀬無い思いだった。
その日からアオイは恐怖からか自室に一週間ほど引き篭もってしまった。ルメルシエ夫妻が何度も声を掛けても無視される。
しかし、それもとある日に何があったのか今は復帰して精力的に訓練に励んでいる。
これにはエーデルが関係しているようなのだが彼女曰く『惜しかったです。もう少しでしたのに……』と妙に悔しがっていた。もう一つ『後一押しでした。少し時期を見誤りましたか。再度計画を……』とも。
と、エーデルが過去を振り返っていると管制室の扉が開いた。
入ってきたのは髪をツーサイドアップにした少女だった。格好は皆と同様にメイド服なのだがどこか鍛冶師や建築士のような職人の印象がある。
「今戻ったッスよー。あっ、エーデル姉ぇお疲れ様ッス」
「アイゼンもご苦労様です。それで三体は?」
思考を中断したエーデルはアイゼンに意識を向けた。ペルレもアイゼンに気付いているが会釈だけで報告書の作成に集中し直している。
エーデルの事を『エーデル姉ぇ』と呼んだ少女は名をアイゼンと言う。彼女こそがレギオン中最高の膂力を以って施設の建設、船や兵器の建造を主任務とする城だ。しかも手先も器用とあって繊細な実験や細工物もそつなく作り上げることが出来る。
アイゼンはエーデルの前の席にドカッと座ると頭を掻きながら言う。
「いやー、参ったッスね。イリスは右腕全損、腹部に大穴。リーリエは両足を切断、頭部が半損。マグノリエに関しては全体的にボロボロッスよ。今はクレイドルに放り込んで外部から追加のエネルギー補給を受けてるッス」
消費したナノマシンの補充もしてるからすぐに復帰するッスよ、とアイゼンは笑いながら断言した。
それに対してエーデルは『そうですか』と一言だけ返した。アイゼンは少しジト目になりエーデルを見た。
「エーデル姉ぇ。どれもこれもちょっと容赦がなさすぎじゃないッスか?」
「そんなものは外見だけの損傷でしょう。エネルギーとナノマシンを外部から供給するだけで復帰します」
特に貴女達ならね、とエーデルは最後に言い切った。
一種の生体ナノマシン集合体であるレギオンシスターズはアオイ曰く『美女、美少女なメタルス●イムだね!』との事だがエーデルには言葉の意味が理解できなかった。
ナノマシンで身体を構成されたレギオンシスターズはエネルギーさえあればナノマシンを半無限に増殖できる。損傷も程度の差はあれども時間さえあれば失ったナノマシンも増殖させて復帰は可能だ。
故にエーデルは微塵も悪いと思っていない。その程度で壊れるほど柔ではないという信頼の現われとも取れるがこの場合は単純に頑丈だと確信しているからだ。
アイゼン、ついでに横で聞いているペルレはエーデルの優しさの欠片もない言い様にゲンナリした。これがアオイなら優しく看病してくれるのに、とつい考えてしまうほどだ。
「いや、あのエーデル姉ぇ?そういうことじゃなくてッスね。もう少し加減を考えてほしいって事ッスよ」
「完全に機能停止はしていません。これ以上どのように加減しろと?それに手足がなくなった程度は貴女達にはなんの問題にもならないでしょう」
「え、それはそうッスけど。いやいや、そうじゃなくって。ああっ、まさか親方がアレだから八つ当たりして、っヒィィッ!?」
ペルレの『このおバカは』という小さな声がしたが今のアイゼンにはそれを聞き取る余裕がなかった。
ここに居るのは機械人形の彼女達ばかりだが不思議とアイゼンとペルレは室内の気温が下がったように感じられた。センサーでは正常なのに、と首を傾げたくなる。
アオイと離れる事になった原因はルメルシエ夫妻にあるが少しは自身にもある……とエーデルは思わなくもない。だからこそ苛立ちが治まらないとも言える。
今の状況があるのはある意味で彼女自身が蒔いた種とも言えるだけに反論は出来なかった。
ここ暫く続いた演習も普段なら嬉々として愛用している銃火器を使っていない事からエーデルの不満や不機嫌さは自ずと察せられるというものだ。
色々と鬱憤が蓄積してきたそこにアイゼンの不意の言葉だ。
折角エーデルが今の今まで苛立ちを抑えていたのに痛い部分を不意に刺激された事で噴火しようとしていた。
理不尽だがアイゼンが竜の逆鱗に触れてしまったのだ。
席を立ったエーデルが対面に座るアイゼンの傍に立ち見下すように睨み付けた。アイゼンはエーデルが席を立った時にビクッと反応してからはか弱い兎のようにプルプルと震えている。
「何か、言いましたか、アイゼン?」
「な、ななにもいってないッス」
その後も冷たく問い詰めるエーデルと冷や汗や脂汗を擬似的に溢れさせて狼狽するアイゼン。それらを呆れたように横目で見ているペルレ。
エーデルの静かに、だが圧倒的な圧力が伴う言葉責めにアイゼンは涙目だ。
今この光景をアオイが見れば『ああ、だんだんエーデルが母さんに似てきたな』と言う事だろう。
至近で凄まれるアイゼンは『アタシが悪かったッスぅぅ。もう勘弁してッスぅぅ。えぐえぐっ』と懇願していて、対するエーデルはアイゼンの肩を掴むとギチギチとイヤな音が鳴るほど握ると『今の私はマスター成分が不足しとんじゃ、こらああっ!!』と静かにヒートアップしていた。
勿論二つとも意訳だ。
「ふぅぅ。本当におバカな子ね」
もう一度呟くように口にしたペルレの言葉はまたもや誰にも聞かれる事はなかった。
エーデルの静かにして苛烈な説教はまだ続く……。
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結局エーデルによる説教という名の八つ当たりは一時間近く続き、それはイリス達が戻るまで終わらなかった。
説教が終わって解放された時のアイゼンの心境を一言で表すなら『怖かったッスぅぅ』といったところか。よく見ると少しだけ泣きが入っている。
今はエーデルとレギオンシスターズ全員でテーブルを囲んで軽い談笑会になっている
「騎士として無様を曝しました。たかが右腕をなくしただけで……」
「あぅぅ、ボクは頭と両足をゴッソリ持っていかれたのですよ」
「貴女達はまだいいでしょう。わたくしなんて叩き潰されてしまいました。グチャッと」
イリス、リーリエ、マグノリエ。この三体は一様にドヨ~ンとした空気を背負っていた。
何度も重ねられてきた演習。今回もエーデルに負けた。それは毎度の事だが流石にこうも負けが続くと自信もなくすというものだ。
「その程度で済む内はまだよろしいでしょう。まだ経験も浅いのですからこれからに期待します」
「経験が浅いのは姉上も同じでは、うっ……」
ボソッと小声で言ってしまったイリスはエーデルの極寒のように冷たい視線に威圧されて黙らざるを得なくなった。
事実としてエーデルもアオイ同様に戦乱真只中の地上に出た事がない。訓練などで極めて実戦に近い状況にはおかれても本物は経験した事はない。
それでも日々更新される情報を整理し環境に最適化してきた経験は残っている。
加えて言うならイングバルドとクロードのようなトップクラスの実力者がほぼマンツーマンで相手をしているのだからその情報は貴重だ。
エーデルはガクブルと震えて怯えるイリスに不気味なほどに優しく語りかける。
「イリス。経験云々を言及する前に私と貴方達では要求される基本性能が違います。私は単騎決戦も視野に入れた独立型。対して貴女達は増殖する事を主とした群としての集団型。敢えて貴女達の特性を封じた模擬戦では私に利があって当然でしょう」
「例えそうだとしてもレギオンシスターズの中で特に戦闘行為を主眼に作られた私は納得できかねます。どのような戦況でも自分の性能を最大限に発揮する義務がありますから」
言葉も覚悟も立派だ。ただ、これでエーデルの目をちゃんと見て宣言できたら文句の言いようもなかったのだが、とこの場に居るイリス、それと俯いているリーリエ以外の者達は思った。
そして俯いていたリーリエは面を上げるとイリスを泣きそうな顔で見詰めた。
「イリス。そんな事言ったら汎用性と増殖を主眼に作られたボクはただの器用貧乏なのですよ。うぅぅ」
「な、泣くなリーリエっ。私は自分の役割について言ったまでで決してお前を貶したわけではないっ。お前はいつもよくやっているともっ」
イリスの『なあっ!』という問い掛けに何を思ったのか皆は揃って視線を逸らした。エーデルだけは泰然として事の成り行きを見守っている。
そんな中でマグノリエが徐に席を立つとえぐえぐと泣くリーリエの傍まで行き彼女の頭をその豊満な胸に抱き寄せた。
「あらあら、リーリエ泣かないの。よしよし」
「あう、マグノリエぇぇ。うぅぅ」
「おいっ!これでは私だけが悪者ではないか!?」
母のように愚図るリーリエの頭を撫でるマグノリエと慰められるリーリエ。まるで親子か歳の離れた姉妹のようだ。
それを見て声を大にして『私は無実だ!』と騒ぎ出すイリス。必死に弁明しているがまわりは面白がって聞いているようで聞いていない。
それらを内心で爆笑しながら面白そうに見ているペルレとアイゼン。この二人、意外と腹黒いのかもしれない。
エーデルは最後まで何も言わず何もせずに静かに見守っている。彼女の思考はもうアオイの事を考えるのに忙しいようだ。
と、流石にこのままだと話しも進まないと見切りをつけた者が居た。一通り楽しんだアイゼンが動いたのだ。
「それだけじゃないッスよ」
「アイゼン!お前まで私を悪者にするのか!?」
「は?なんの話しッスか?」
「えっ?えぁ、いや、すまない。なんでもないんだ」
ごほんとわざとらしく咳を一つしてからイリスは『それでなんなのだ?』と言った。
イリスの戸惑う姿にいぶかしみながらも『まあいいッスけど』とアイゼンは前置きしてから話しを続ける。
「今までの演習あくまで数値上ッスけど戦力比は十対一でも足りないッス。アタシなら戦うのはゴメンッスね」
「なっ、なななっ」
「あうあうあう」
「それは、まあ……」
イリス、リーリエ、マグノリエ。それぞれが驚愕に揺れる。
先程、そしてこれまでも続けてきた演習は三対一、最大で六対一という数の上ではレギオンシスターズのほうが有利でも質が違いすぎた。
機械人形においてエネルギー量とはヒトで言う魔力量である。ただしヒトと違いエネルギー量が純粋に力となる。
エーデルは頭を抱えるような気持ちだった。普段から『手加減する事が苦手だ』と公言する彼女は今こうして悩みの一つを直視する事になった。
日常生活に支障はないが事戦闘行為になると生成される膨大なエネルギー量が大きすぎるがゆえに最低限の出力調整が難しく加減が利かなくなる。
「エーデル姉ぇに搭載されてる賢者の井戸が原因ッスね。一機械人形と考えれば規格外のエネルギー量が今の攻撃力を発揮してるッス。これでまだ抑えてるほうだって言うんスから呆れて物も言えないッスね」
親方もなに考えてこんなのを搭載したのかわからないッス、とアイゼンは呆れて言うも話しを続けた。
「普通ならガイノイドの身体は膨大なエネルギー量の過負荷に耐えられなくて崩壊してもおかしくないんスけど、そこは親方の腕と長命種が長年蓄積してきた技術の勝利ってところッスかね。実際に異常なほど頑丈ッスし」
やっぱりわからないッス、とアイゼンはまたも呆れて溢していた。ただし今回は関心半分だった。
すると今度は思考から復帰したエーデルがいかにも自慢げに胸を張っている。
「当然です。私の身体は隅々までマスターが既存する技術の粋を凝らして作り上げたものです。それこそナノマシンの一つから骨格の構成素材の全てを厳選に厳選を重ねたのですから」
自身の身体に手を這わせるようにして言い切ったエーデルは非常に艶かしく色っぽかった。しかも今の彼女はアオイ以外の前で珍しくも頬を上気させている事から普段以上に機嫌がいい事が伺える。
「記録でわかっていたッスけど唯一の作品とか贅沢極まりないッスよね……」
アイゼンの言葉にエーデル以外が頷かずには居られなかった。そして皆が『あれ?何を話してたんだっけ?』と頭を傾げる事になった。
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漸く茶飲み話から復帰した一同は先程行なわれた演習についてデブリーフィングを始めた。
「やはり装備面が問題でしょうか。このままでは脆すぎます。マスターに装備強化を要請しなくてはなりません」
「いやいやいや、違うッス。まずはエーデル姉ぇが加減を覚えるべきッス。強化案は賛成ッスけど今のままだと先にこっちがスクラップになりかねないッスよ」
「失礼な。あれでも十分に加減しています」
エーデルが自信満々に言い切ったのに対して他の面々はそれぞれが意外そうに、または複雑そうに顔を歪めている。
驚き。呆れ。諦め。疑い。様々だ。
そうして静まり返った室内に誰かが呟いた『あれで、ですか……』という小さな声がイヤに響いた。
そして呟いた本人を聞きつけて目敏く見つけたのはエーデルだった。
「ペルレ。言いたい事があるならハッキリとなさい」
「えっ?いえいえっ、なんでもありませんよっ?本当です」
管制を担当して全体を見ていただけに正直な印象が洩れてしまった。そのために睨まれる羽目になったのだから本人としては笑えない。それでも『あれで手加減なの?』などと聞けるわけがない。居たらそいつは勇者だ。
更にここで素直に白状しようものならその瞬間に一対一の個人レッスンが始まってしまう、かもしれない。
そうなったら自分は間違いなくボッコボコにされる、とペルレは戦々恐々していた。
「……まあいいでしょう。アイゼンは、なんですかその顔は?」
「いや、まあ。あれで加減してたッスか?冗談ではなく?」
運よく見逃されたペルレは心底安堵したと思えばここに勇者が居た。勇者の名前はアイゼン。
ペルレだけでなく全員がギョッとした。暗に『アンタ不器用ッスね』と言っているも同然なのだから当然だろう。
「これもマスターのお陰です。とても、とてもとてもいい仕事をして下さいました」
「親方。あの人はなんてものを作るッスか……」
だがエーデルは敢えて見逃した。叩き潰す事は容易いがそれはアオイの望む所ではないと判断しての結果だ。
ただし表立って侮辱しようものなら容赦はしないと一切の躊躇もなく粛清する、とエーデルの目が語っている。アイゼンも背筋に冷たいものが流れるのを感じながら理解していた。
「私のマスターに何か物申したい事でもあるのでしょうか?」
「いや、そういうわけじゃないッスけど。そもそもエネルギー量が違いすぎッス。こっちは増殖能力禁止されてるし装備も不足してるッスのに」
それでも議論を交わせる所がアイゼンだ。事技術面で妥協する気はさらさら無かった。
なぜならアイゼンはアオイに職人としての役割を与えられている。それが全てではないが今彼女は己が勤めを果たすべく動いた。
「今無数に増殖されてもマスターが困りましょう。駆除が面倒です」
「困るって、駆除って、そんな。エーデル姉ぇ、ひどいッスよ。それじゃまるで害虫じゃないッスか」
エーデルは珍しく冗談のように言ったのだがレギオンシスターズは元がイングバルドの異次元クラスの掃除機のようなものを参考に産み出されただけにアイゼンは冗談に聞こえなかった。
彼女は想像してしまっていた。半無限に増殖した自分達を決戦兵器のようなエーデルがプチプチと踏み潰していく光景を。
事実そうなりそうで怖かった。
「他意はありません。ただ、装備開発が遅れている事についてはアイゼンとマグノリエの開発を優先したためです。今後の改善に期待なさい。マスターは愛し子のためなら努力を惜しみません」
「むっ。それを言われると弱いッス。でもでも、既に第一次装備強化案は計画されてるッスよ。強襲型、偵察型、索敵型などなど。親方が色々と案を出してるッス。手伝うアタシも楽しくて仕方ないッスね」
「……なぜ私も知らない事をアイゼンが知っているのでしょう?なぜ?」
「それはエーデル姉ぇがイングバルド様と密会してる時に、こっそりと二人っきりで相談してるからッスね」
嘘を吐く必要もないので正直に話した。しかも殊更『二人っきり』の部分を強調して言った。だがこれはアイゼン自身も意識したものではないし他意もなかった。自然と気分に任せて言い放っていただけの事だ。
だがそれも時と場合による。そうして今の状況になっていた。
「…………」←睨むイリス。
「…………」←涙目のリーリエ。
「…………」←黒笑いのペルレ
「…………」←微笑むマグノリエ。
「…………」←冷たい目のエーデル。
「ガクガクブルブル」←怯えるアイゼン。
戦況は圧倒的に不利だった。アイゼンは何で自分がこうなっているのか理解していないから謝るにも謝れないから混乱がますます深まっていく。
「な、なんなんッスか?アタシなにか言ったッスか?」
その瞬間にブチッと何かがキレる音が鳴ったのをアイゼンは聞いた。そして五体がそれぞれに得物を持って『貴様の血は何色だ!?こらああああっ!!!』と叫びながらアイゼンに襲い掛かった。
世に怖いものは女の嫉妬であるのはどの世界でも変わらないという事をアオイが知るのはまだまだ先の事だった。
今日も機械人形達の日常は平和そのものだった。
「ぎゃーっ!?親方!!助けてッスーっ!!!」
あれ?こんな終わり方のはずではなかったのですが……おかしいなぁぁ。
この世界の機械人形は極めてヒトの身体を模して作られています。
視覚や聴覚は勿論の事、臭覚、味覚、触覚(痛覚)もあります。
ただしヒトとは違い、ある程度はカットできるのですよ。完全に無くすかは状況次第かな、っと。
ヒトだって痛みがないと身体の異常を感知できませんしね。
ではでは。




