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アナタは異世界で何をする?  作者: 鉄 桜
第一章・幼年期から青年期まで。
18/64

第7話・周辺諸国その1


ちょっと趣向を変えて一般人の視点から書いてみました。

エルフ族の幼い姉妹が中心です。

とりあえずは起承転結の内で起承までをば。残りは”その2”で。

っこまで長引くとは思わなかったです。やはり思いつきで書くのは大変でした。

後悔はしてないですがねっ!

ではどうぞ。



 


 


 アース大陸にも宗教は当然存在する。

 人間族は過去の偉人達を神格化して崇めた。

 獣人族は天に浮かぶ二つの月を神格化して崇めた。

 亜人族は自然や生命そのものを信仰し崇めた。

 物を、偉人を、偶像を崇めた。種族によって信仰対象は多種多様に変わる。

 だが宗教の基盤となっているものは共通していた。最初期の信仰対象は命を、活力を生み出した精霊だ。そこから分派して多くの宗教観が生じた。

 そして今も尚精霊を崇める一番の代表格はドラゴンなどの竜族だ。多くの竜族が世界に命の源であるマナを満たし続ける精霊に最大限の敬意と信仰を捧げている。力こそ全て、を根底にしており傲慢になりがちな竜族だがその影響は宗教観や慣習に如実に現れていた。

 そしてそれはほぼ全てが純マナ存在である竜族は世界を満たすマナの総量が力に半ば直結している事も関係していた。


 マナ存在とはアース大陸に根ざすほぼ全ての生物に共通する。世界を、自然を、生命を満たすマナとは生命力そのものだ。

 例外は魔物や魔族などだがこちらはカルマナという反マナ存在に位置する反生命を言える力だ。

 仮にマナをプラスの因子とするならカルマナはマイナスの因子を持つ存在と言える。その身を満たす力がどちらかで根本的な生命体としての各が決まる。つまりは生命として正に位置するか負に位置するかの違いだ。

 因みに竜族が純マナ存在ならそれに対して悪魔は純カルマナ存在として相反する位置にある。

 位置的には宿敵同士とも言えるが必ず敵対しているかと言えば実はそうでもない。

 遥か昔、まだ多くの魔族が封印される前ならいざ知らず現代では明確な理由がない限りは竜族側も悪魔族側も大体が相互不干渉かそもそも関心がない。

 逆に言うと理由さえあれが互いに手を取る事もあるほどだ。正反対に位置する存在だけに似た者同士なのかもしれない。


 話しを戻そう。

 アース大陸で種族問わず広く知られている宗教は精霊信仰で有名な精霊教会だった。

 ただし宗教と言っても特別に何かをするわけではない。粛々と日々の糧に感謝し祈りを捧げるが特別厳しい戒律があるわけではない。自由度の高い宗教だがそれ故に時代と共に分派する事が激しくなり現在では多種多様な宗教が蔓延っている。

 人間族、亜人族、獣人族など広く信仰されていた。

 そう信仰されて“いた”だ。

 最早過去形になったのには理由がある。精霊信仰は竜族を筆頭にエルフやドワーフなどの亜人族が大半で人間族や獣人族は別の宗教概念を持ち始めていた。根本に命の源である精霊を信仰する基盤があっても重要視はされていないのが現状だ。

 尤も精霊は信仰心など必要としていないが信仰の許で種族を超えて一致団結するなら争いが減るだろうと思い黙認していた。争いが減るのは喜ばしいとしていた事もある。

 しかしそれも今では数万年数億年も経つと精霊信仰は分派し形を変えていった。

 人間族を中心にアース大陸全土を巻き込んだ争いが多発しており今もそれは激化している。

 ここまでくると精霊の思惑は完全に外れてしまった事になる。

 その事実に嘆き悲しんだ精霊は再度考えた。

 古よりの友の願いに応えて多種族に精霊の加護(世界への干渉方法)を与えた事は間違いであったのでは、と。

 神秘の技法たる魔法を行使する術を教えてしまったのがそもそもの間違いだったのでは、と。

 広がる戦火で傷つく生命溢れる惑星ホシが悲鳴を上げる声を聞いた精霊は嘆き苦しみながらも決断を下した。

 古に交わされた精霊の加護の契約を強制的に白紙に戻す事を。

 それによってここ百年間では人間族を中心に太古に交わされた精霊の加護の効力を失い始め魔法師は減少の一途を辿っている。そのために魔力そのものは存在しても一部を残して魔法技術は衰退し強力な魔法師そのものが数を減らしていった。

 誰にも知られる事なく世界は少しずつ歪み、そして変化していく。そして効果が現れるのは万の年月を経た時だ。


 


▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽


 


 アース大陸の南部に住む各種族は五百年以上前に他の土地から移住してきた者達が今では大半だ。

 森を好むエルフ族や妖精族などの亜人族や獣人族は古くからこの地に定住しておりそれぞれが百名単位の集落を幾百も作り暮らしている。

 大森林の中やや西よりにある集落、そこでは数百名のエルフ族が暮らしていた。


 ガサガサ。カサカサ。ガサッ。

 木々の葉が擦れる音がする。

 森の中、木々の間を縫うように進む姿があった。澱みないその身のこなし方からはその者が森に詳しい事や土地勘に明るい事がよくわかる。

 その者が暫く森の中を進んでいると何かに気付きその場に立ち止まる。背を傍にある木に預けて周囲を探るように見回した。

 その者の長い耳がピクリと動いた。小さいが小枝を踏み追った音が聞こえた。


「――っ」


 音の聞こえたその方向を睨むように見る。

 茂みが、揺れた。

 背に負っていた弓を取り構えると矢を宛がう。そのまま静かに弓を引くとキリリと弦の微かな音がした。

 全ての動作が手馴れていた。その流れるような動作は何度も何度も繰り返し練習し実践してきた弓取のものだった。

 茂みが大きく揺れた。


「ッ!……はあ?」


 暫し呆然とした。

 飛び出てきたのは兎だった。茶色の毛並みをした兎だ。魔物ですらない普通の野兎だった。

 呆れた声を出した長い耳を持つその者は十代前半のエルフ族の少女だった。

 弓を構えた手や肩から力が抜けた。


「――気を抜いていいのかな?」

「えっ!あうっ!?」

「はーい、残念でした」


 少女の頭が忍び寄っていた影が手に持つ棒でビシっと叩かれた。

 忍び寄っていた影、少女を成長させたような十代中頃の女性が痛みで苔生す地面に蹲る少女を呆れたようで楽しそうな目で見ていた。


「いったーい!お姉ちゃん、もうちょっと加減してよ!頭が割れるかと思ったじゃない!」


 漸く痛みが治まると立ち上がりエルフ族の女性、自身の実姉に怒鳴りながら詰め寄った。

 そして問い詰められたほうの姉はと言えば今度は本当に呆れ目で妹を見ていた。


「失礼ね、ちゃんと手加減したわよ。大体ね、今のは油断したあなたが悪いの。違う?」

「うっ、それはそのー、兎がえーと」

「兎がじゃないわよ。戦いの最中に気を抜かない。訓練だからって油断していいわけじゃないのよ。わかってる?」


 躊躇して緊張が抜けるくらいならいっその事射抜いてしまい今日の夕食にしてしまえばよかった、と姉が言い切った。

 気を抜いた自覚のある少女はシュンとして小さくなっている。


「うう、ごめんなさい。私が悪かったです」

「わかればよろしい」


 姉がそう言ったと同時に手持ちのナイフを茂みに向かって投げた。

 直後に動物の鳴き声がした。姉が茂みに踏み入ってから戻るとその手には先程とは別の野兎を手にしていた。

 しかも一回りほど大きい。戻った姉が『ふふん。今晩のおかずよー』と得意気に笑って血抜きをしていた。少女も内心で喜んでいた。


「でもお姉ちゃん、今は弓よりも銃器が主流じゃない。なんで今時弓なの?」

「え?特に意味は……ないわね。もっともらしく言うなら私達エルフ族の伝統かしら」

「えー、だったら今度から銃にしようよ。あっちのほうが威力はあるし、しかも魔銃なんてそれ以上の威力があるって言うじゃない。そっちのほうが便利だと思うわ」


 ね!と目を輝かせて言う妹を見た姉がくすくすと冷たく笑った。

 その目が言っている。姉の目には『銃を使うなんて訓練で私を殺す気か?』とあった。

 しかしその事はとりあえず横に置いておき何かを確認するように妹の顔を見る。


「そうね……でもまだダメよ」


 結論は却下。軍に志願しているならともかくこの子が銃器を使うなんてまだまだ早い。

 対して少女は納得が行かなかい。ずんずんと詰め寄った。


「なんで!?」

「だってあなたがまだまだ未熟なんですもの。まずは一人前にならないと」


 姉の率直な物言いに『うぐっ』と言葉に詰まった。事実だけに下手に言い返す事もできない。もう涙目だった。


「ぐぬぬぬっ!いいもん!直ぐに一人前になってやるんだからね!」

「ふふ。そうね。楽しみにしてるわ。それじゃまだ訓練続けようか?」


 元気な妹を見る姉は血抜きした野兎を捌きながら提案した。

 少女は一瞬何を言われたのか理解ができなかった。


「――え゛っ!?」


 だからこそ理解した時には返答に詰まった。

 姉がナイフで野兎を捌くたびに飛び散る赤い血が生々しく、それがなんとなく次の訓練が凄惨なものになるではと感じさせて少女は一つ身震いすると不安になった。


「あら?続き、やらないの?」

「きょ、今日はもういいんじゃないかなー……ほ、ほら!明日からがんばるのよ!ねっ!」

「あらー、そうなの?へえー」

「あは、あはははは……」


 ニヤニヤ笑う姉と誤魔化し笑いを浮かべる妹。

 苦しげな言い訳と乾いた笑い声が森の中を空しく響いていた。


 


▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽


 


 あの後訓練を終えた姉妹は日が沈む前に自分達の住むエルフ族の集落まで帰ってきていた。集落を自宅へ歩く姉妹は道中を数人の顔馴染みと一言二言交わしながら進んだ。やがて集落の中心地から外れた場所にある小さな一軒家が見えてくる。姉妹が寝起きする家だ。

 家の前を掃き掃除しているお隣さんに挨拶してから姉妹は家の中に入った。玄関に飾ってある写真立ての前に姉妹が立つ。写真には姉妹にソックリでもっと成長させた女性が微笑を浮かべた姿で写っていた。


「ただいま。母さん」

「ただいま。お母さん」


 ただいまの挨拶をすると姉妹は互いに見合ってくすくすと楽しげに笑った。

 今この家には姉妹以外に誰も居ない。母は十年も前に流行り病で既に他界している。父は連合軍に勤務していて今頃は西方司令部に居るはずだ。しかも一年前から戦線が激化している事が姉妹には不安でならない。


「直ぐに作っちゃうから待ってて」


 帰ってくるなり姉は早々に台所に入る。獲った野兎を置くと前掛けをして調理の準備に入った。その背後から少女が除き見るように近付いた。


「お姉ちゃん。今日はなに作るの?」

「いい野兎も手に入ったから具沢山のシチューにするわ。あと野菜の盛り合わせね」

「そうなんだ。あっ、だったらジャガイモは大きいのがいいな、なんて。ダメ?」

「はいはい、わかってるわよ。でもニンジンは多めに入れるからね」

「うぇぇ。それだけはどうかご勘弁を」


 うぇーっと舌を出して嫌そうにする。

 ニンジン嫌いの妹を矯正するために敢えて多くのニンジンを使う。これは妹を思う姉心というものだ。だからこそ姉は断固とした態度で妹の好き嫌いに挑む。


「ダメよ。絶対に入れるわ。我が家では好き嫌いなんて許しません」

「うーっ!人でなしーっ!悪魔-っ!そんな非道な事するあんたは何なの!?」

「あなたのお姉様よ。なに?文句でもあるの?」

「ぅぅ、ありません。大好きですお姉様ぁぁ……」

「ふふふ。私も素直で可愛い妹が居て嬉しいわよ」


 このやり取りだけでもこの家庭内における上下関係が透けて見えるようだ。

 るーるーるー、と滂沱の涙を流す妹を見ても姉はカラカラと楽しげに笑うだけだった。妹のためを思えばこれで好き嫌いが直るなら安いものだとさえ考えている。

 少女はいつまでも泣くのを止めて姉のお手伝いをした。お皿や杯を出して葉物野菜を切ったり千切ったりして盛り合わせる。飲み物に果実を絞っておくのも忘れない。シチューは全部姉に任せてしまうが他は少女がやった。

 最後にパン棚からパンを取り出そうとして戸を開いてから気がついた。いつもなら布に包まれたパンがあるのに今は布だけしかなかった。


「あれー?」


 少女は見落としがないかパン棚の中を色々な角度から覗くが事実は変わらない。つまり現実とは非情なもので主食となるパンが欠片もないという事だった。


「お姉ちゃんどうしよう?パンがないよ」

「え?ああ、そうだった。今朝全部使っちゃったから帰りにパン屋に寄ろうと思ってたのにすっかり忘れてたわ」


 朝食に食べて、更にお昼のお弁当にも使ったために買い置きしておいたパンは全部なくなっていた。姉が言ったように帰りにパン屋に寄るつもりだったのだが予定外の野兎が手に入った事ですっかり記憶の隅に追いやられていた。

 少女が困っている姉を呆れた目で見ている。


「えー。もうしっかりしてよお姉ちゃん」

「ごめんごめん。悪いんだけどちょっとお使い頼まれてよ」

「仕方ないなー。いつものでいいんだよね?」

「うん。お願いね」


 妹は急いで出かける準備を始めた。日はもう沈んでおり星が輝いている。田舎ゆえに日が沈むと商店は殆どが閉まり開いているのは酒場か宿屋くらいのものになってしまう。だが今なら少し急げばギリギリでパン屋も空いているはずだ。


「よし。お腹も空いたしちょっと急いで行ってくるね」

「慌てて転んだりしないでよ?」

「転ばないよ!もう子供じゃないもの」


 普段から尊敬する自慢の姉なのだが少女には一つだけ不満があった。それはいつまで経っても自分の事を子供扱いする事だ。もう立派な大人なのによくこうして子供扱いされてしまう。しかもからかうのではなく真剣に言うものだから質が悪かった。

 と、珍しくもこの時の姉は妹の『子供じゃない!』という言葉を聞いてニヤニヤと笑い出した。妹がなにやら不吉なものを察知して一歩だけ後退した。


「な、なに?」

「んー?んふふ。まだ乙女なのに何を偉そうに、って思っただけ」

「え?……っ!!バ、バッカじゃないの!?もう知らない!」


 最後に吐き捨てるように怒鳴ると妹は玄関から外へ駆け出して行ってしまった。なんとなく置いていかれたような気分になった姉はそのまま手を振り見送っていた。


「いってらっしゃーい。……まあそう言う私も乙女なんだけどね。ふふふ」


 なんとはなしに最後にポツリと呟かれた言葉を聞く者はここには居るはずもなかった。


 


▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽


 


 家を半ば飛び出すように出てきたエルフ族の少女はそのまま行きつけのパン屋を目指して駆けて行く。暫く駆けていると集落内に唯一ある商店街に近付いた。幾つかのお店がもう店じまいを始めているのが見えた少女は慌てて目的地を目指した。

 商店街に入りパン屋に到着。外から見る限り品数は少ないがまだ明かりはあった。間にあったようだ。


「やた。間に合った。おーい!おじさーん!」

「あ?もう店じまい、ってなんだ嬢ちゃんか。こんな時間にどうした?」


 扉を開ける時、急いでいたために少し乱暴になってしまった。パン屋のおじさんとは顔馴染みだからそんなに気にはされないだろうけど心の中でゴメンと謝っていた。


「どうしたもなにもおじさんのパン屋に来たんだから目的は一つしかないじゃない」

「わっはっはっはっ!それもそうだな!んで、いつものでいいのか?」

「うん、お願い」


 おじさんも心得たものでいつも買っている黒パンを出してくれた。丸くてヒトの頭ほどの大きさのそれを代金と交換で受け取って持参した布で包んでから籠に入れた。


「おじさんの焼くパンは美味しいから好きなんだ」


 少女が言いながらニコニコと笑った。事実ここのパン屋は一般に出回る硬い黒パンも味わい深く美味しいのだ。少女は間違った事は言っていないと自信を持っていた。


「へへっ。嬉しい事言ってくれるじゃねえか。よし、こいつはおまけだ。持ってきな」


 ご機嫌なおじさんがカウンターの向こう側にあるパンを少女の前に置いた。もう店じまいだから残り物だろうがそれでも取り出したものは少女をして驚いた。


「えっ、これって白パン?しかも二つも?い、いいのかな。家出る時丁度のお金しか持ってきてないんだけど」


 通常白パンの値段は黒パンの二倍から三倍もする。上質な小麦と卵、牛乳を使用した白パンは黒パンとは比較にするのもバカらしいくらいに柔らかく上品な味わいでとてもとても美味しいパンなのだ。

 その白パンを残り物とは言え二つも貰えるなんて思わなかったために少女がオロオロしていた。


「バカ言うね。おまけっつたろが。変な遠慮なんかすんじゃねえよ。焼いた本人がいいって言ってんだ。ありがたく貰っとけ」


 それでも少女は『でもでも。うーうー』と言葉にならない呻き声を上げて悩んでいる。それでも折角の厚意を無碍にするのは少女としてはイヤだったのか最後には受け取り黒パンを包んだ同じ布に包むとお礼を言った。


「ありがと、おじさん。それじゃまたね!」

「おうよ!また来いよ!」


 おじさんは今日もいいヒトだ。走って帰る少女は思った。

 パン屋を出て暫く駆けていた少女は速度を落として歩く。その足取りは実に軽やかだ。


「ふんふんふーん。えへへー、白パンおまけしてもらっちゃった。今日はツイてるなー」


 うずうず。うずうず。少女の挙動が忙しないものになる。帰り道を歩くもその視線は手に持つ籠へ、正確にはその中にある布に包まれた白パンへ固定されている。

 つい、手が伸びた。


「あむ。んー、柔らかいし美味しい。おじさんいい腕してる。あむあむ。んー」


 家までの帰り道、少女は我慢できずに白パンを一つ取り出すともふもふと頬張り食べていた。柔らかな触感とパンの甘さが口の中に広がって少女は幸せそうに顔を綻ばせた。

 いつもの日常。変わらない日常。小さいけど確かに幸せな日常だった。

 次の瞬間までは――。


「あむ。むぁ?あむあむ、んっ。この音って……うそ!非常警報!?」


 突如として鳴り響いた警報が日常を破壊した。

 少女は立ち止まると最初は微かに聞こえていた音が今では大音量で集落全域に鳴り響く。集落へ危機を知らせる警報なんて滅多に発せられる事がないために少女は初動が遅れた。


「退け退け!道をあけろ!」

「え、きゃっ!?」


 背後から迫ってきた魔導機関搭載型の小型輸送車が迫ってきたのを少女は辛うじて避けた。それでもお尻から転んでしまう。日の暮れた時間帯とは言え人通りのある道の真ん中に立ち止まっていたのが悪かった。


「あいたたたた。もうなんな、の……よ?」


 痛みを訴えてくるお尻を摩りながらも少女が大きく目を見開いてその事実を目にした。


「あ、あ、あーっ!?私の白パンがっ!まだ食べてる途中だったのに!」


 まだ食べかけだった白パンが地面に転がってドロだらけになっていた。少女が地面に手をつきガックリと肩を落として落ち込んだ。こうなると黒パンのほうがまだ美味しそうだった。


「って違った。非常警報が鳴るなんて尋常じゃないよね。早く帰らないと!」


 まだ無事だった籠を手に持ち駆け出した。家に居るはずの姉を思い少女は走る。


 


▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽


 


 駆ける少女が家に近付くと不安そうにそわそわした姉が待っていた。警報が鳴った事で心配して外に出ていたようだ。少女は姉を見つけると声を上げた。


「お姉ちゃん!」

「ああ、よかった!無事だったのね。帰りが遅いから心配していたのよ」

「ご、ごめんなさい……。でもお姉ちゃんも無事でよかった!うん!」


 白パンを歩き食いしていて遅くなったとは恥かしくて言えない。心の底から心配しているといった姉を前に少女はそんな事は口が裂けても言えなかった。


「ねえ一体何があったの?今まで非常警報が鳴るなんてなかったじゃない」

「帝国軍がこの集落に近付いてるみたいなの。今連合軍の兵士が避難誘導をしてるわ。私達も急いで避難するのよ。いい?」

「わ、わかった!直ぐに用意するから!」


 急いで家の中に入る少女に姉も続いた。自室に行く少女に姉も準備しながら指示は出した。姉妹はまだ十代前半の女の子だ。持ち出せる物にも限度がある。


「貴重品と身の周りの物だけにしなさいね!嵩張るものは持って行けないから!」

「大丈夫!わかってるって!」


 数日分の着替えや日常品、食料や路銀などといった荷物を纏める。旅支度は何度かした事があるためにそれほど苦ではなかったが今回はいつ帰れるかわからないためにいつもよりも念入りに用意していた。


「確か父さんの部屋に銃があったはずよね」


 これも念のためだ。兼ねてから父は何かあった時のために銃、連合軍でも採用されている正式小銃を自宅に持ち込んでいた。弾薬もそれに見合った量が用意してある。

 姉はその旨を話して聞かされていたので父親の部屋を探す事にした。


「ここ?それともこっち?あっちかしら?」


 それでも聞いた当初はこうなるとは思いもしなかったので具体的な場所までは聞いていなかった。そのために今父親の部屋を引っ繰り返すように探し回っていた。荷物の入った箱は散乱しベッドは荒れている。


「どこっ?どこにあるのよっ!ぐぬぬぬっ……あー、もう!!」


 姉が頭に来て近場にあった箱を蹴り上げる。すると飛んでいった箱が戸棚の上にある箱に当たり落下した。その箱の中から飛び出る鉄の塊があった。


「あら?こんな所にあったのね。弾は……弾も、うん十分にある。よしよし。これで自衛くらいはできるわね」


 銃器と弾薬を一緒に保管するなど危険極まりないがこんな時ばかりはありがたかった。姉は銃に弾倉を差し込むと肩にかけた。暴発が怖くて初弾は装填していない。残りの弾薬を荷物に詰め込んで玄関に戻った。


「お姉ちゃん、準備できたよ!……って銃っ!?しかもそれってお父さんのじゃない!使っちゃっていいの?」

「今は非常時よ。武器はあればあるだけいいと思うの。父さんもきっと許してくれるわよ」


 父さんはこういう時のために用意したのだとは言葉にせずに心の内だけに止めた。


「えーと、お父さんならはしゃいでそうかな、なんて。あははは……」


 少女に言われて姉は自らの父親について思い出した。脳裏に浮かぶのは『よくやった!流石は俺の娘だ!』と笑う自称イイ男を公言して憚らない父親の姿だ。


「ごめん。私も今アリアリと想像できちゃった。なんでかしら?少し力が抜けちゃうわ」

「お姉ちゃん、その……がんばって?」

「せめて疑問系はやめて……!」


 姉妹で和んでいるがこうしている今も非常時である事は変わらない。外では非常警報が鳴り響いている事を思い出した姉妹は慌てて外へ避難するのだった。


 


▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽


 


 外へ出た姉妹は集落の中心地へ来ていた。連合軍によって避難誘導されている住民達は東方面と南方面の二通りへ移動している。


「そう言えばうちの避難先はどっちだったかしらね?」

「あっちじゃないかな。ほら、皆向こうへ移動してるし」

「そうみたいね。でもあれじゃ」


 少女が指差す方向へ目を向けた姉が目にしたものは東方面へ移動する住民達だった。その中にはご近所さんも幾人か居るが見える。避難先は区割りで決まっているからあれについて行けばまず間違いはないはずだった。


「うん。すごく混雑してる。あれじゃ間に合わないかも」

「そうね。このままじゃまずいわ。どうしたらいいかしらね」


 姉妹の目前には多くの避難民達が混雑していた。

 今こうしている間も帝国軍が近付いているかもしれない。ここでもたついていたら追いつかれてしまう。そうなったら目も当てられない。

 ともかくとりあえずの避難先を明確にしておきたい。姉は妹にこの場で待つように言うと道を走る連合軍兵士の一人に声を掛け捕まえた。


「ねえ兵士さん!」

「なんだ!?この忙しい時に!」

「ごめんなさい!でも聞きたい事があるのよ。避難先はどこなの?」


 忙しい所を呼び止めた事は悪かった。素直に謝罪したが連合軍の兵士は自分よりも年下の少女を相手に怒鳴ってしまった事で少々罰の悪い顔をしている。


「この集落から東にあるトニスだ。そこに他の避難民も集まる事になっている。もういいか?見ての通りこっちも忙しいんだ」


 ぶっきらぼうに返す連合軍の兵士だが先程よりも声に落ち着きの色を見せていた。

 ともかく避難先はわかった。トニスと言えばここの集落から東に位置する一番近い町だ。

 過去に数回行った事があるが特に盛んな産業や目ぼしい名物があるわけではないが落ち着いた雰囲気のいい町だと記憶している。町の大きさに比べて人口はそれなりで空きは十分にある。百人単位の各集落からなる数千名の避難民を受け入れるには持って来いの場所と言えた。

 これで安全な避難先の情報は得られた。後は行動に移すだけ。


「ありがとう。これで聞きたい事は聞けたわ。お仕事をお邪魔してごめんなさい」

「いや、こっちも怒鳴って悪かった。お前も急いで避難するんだ。わかったな?」

「ええ、じゃあね」


 微笑みお礼を言うと連合軍兵士はそっぽを向くと頬をかいていた。

 そのまま別れると真っ直ぐに待っている妹の居る場所へ戻った。そこには一人で待つ事に不安になっていた妹が居たが戻ってくる姉を見つけて安堵していた。


「お姉ちゃん、どうだったの?」

「先に進むわよ。皆トニスに避難するらしいから急ぎましょう」

「うん……」


 避難場所はわかったのだからもうここに止まる必要はない。一刻も早く避難しないといけない。


 


▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽


 


 集落から避難してから暫くの時間が経った。皆が避難を始めた時には日も沈んでいたために既に深夜になっている。夜道の行軍は夜目の利く獣人族ならともかくエルフ族、それも年端の行かない少女には厳しいものがある。

 道中では先に避難していた人達が焚き火を囲んで休んでいた。トニスまでの街道の端、森が広がる中で姉が周囲を見渡すと立ち止まる。


「今日はここで休みましょう。火をおこすからちょっと待っててね」

「お姉ちゃんも疲れてるでしょ。それくらいなら私がやるよ。薪を拾ってくるからここで待ってて」


 少女がここまで来るので疲れただろう姉を気遣い自ら買って出た。道中で姉が気を張っていた事を知っているだけにこんな時くらいは役に立ちたかった。

 姉がそんな事を言い出した妹を困ったように、でも嬉しそうに笑っていた。


「でも、あなただって疲れてるじゃない」

「いいから。皆も居るから多めに拾ってこないといけないし。もう行くね!」


 問答をしていたらやんわりと断られてしまうと思った。それではダメだ。少女は半ば押し切るようにして森の奥へ踏み入って駆けて行った。


「……行っちゃった。あんな元気がまだ残ってたのね」


 置いていかれた姉のほうは呼び止める間もなく小さく声を漏らして見送る事しかできなかった。

 しばしその場で立ち尽くしていると背後かどかどかという足音と聞きなれた男の声がした。姉が振り向きそこに見たのは小走りに寄って来る恰幅のいい男だった。男も姉を見て更に早く駆けて寄ってくる。


「そこに居るのは……やっぱり譲ちゃんの姉ちゃんか!よかった、無事だったんだな!」

「パン屋のおじさん!そっちも無事でよかったです。これでまた美味しいパンが食べられますね」


 姉の言葉におじさんがまた焼いてやるともと言って豪快に笑った。

 破顔一笑して喜びを露わにする男は同じ集落でパン屋をしていたおじさんだった。父の知り合いという事もあり付き合いも深い。それでなくとも普段からパンを購入しているのだから親しくもなる。

 両者がお互いの無事を喜んでいる。逃げ遅れる事が無くて何よりだと安堵した。


「わっはっはっはっ!まあな!それで妹のほうの譲ちゃんはどうした?一緒じゃねえのか?」


 これまで笑っていたおじさんが真剣に姉に問いかけた。避難する直前に会っていたのだから気にするなと言うほうが無理だった。それに姉妹が生まれた頃からの付き合いもある。半分は自分の子供のようにも思っていた。故にここに妹の姿が見えない事に心配する。

 しかしそれは要らぬ心配だ。姉は笑う。


「勿論一緒です。今は薪を拾いに出てますよ。そちらの家族はどうですか?」

「俺は日頃の行ないがいいからな、全員無事だよ。今も向こうに居る」


 おじさんの指差すほうへ目を向けると焚き火を囲む一つの家族があった。おじさん同様に恰幅のいいおばさんと小さな男の子と女の子。間違いなくおじさんの家族だったが一人足りない。地元で自警団に所属しているお兄さんだ。その事を問うとおじさんは苦虫を噛み潰したかのような顔をすると村を守るために集落に残ったのだと言った。

 実際は連合軍に緊急徴兵されたと見るべきだ。しかし自警団の役割を考えるなら正しい。おじさんもその家族も、納得はできなくとも理解はしていた。


「……戦争、か」

「おじさん……」


 つい零れ出た声に姉が心配そうに俯いてしまった。おじさんがバツの悪い顔をする。彼女の父親が西方に位置する前線司令部に勤務しているのを思い出したからだ。失言だったと嘆いてももう遅い。

 おじさんは気分を入れ替えて豪快に笑いながら彼女の肩を叩くと励ました。


「なあに、そんな心配そうな顔すんじゃねえよ!あいつなら大丈夫だし、いざとなったらお前ら二人くらい俺達で面倒見てやる!わっはっはっはっ!」


 姉の心が少しだけ軽くなった。おじさんも家族の事で悩んでいるのに励ましてくれた。これが子供を持つ親の強さなのかなと何とはなしに思った。


「おじさん」

「ん!?なんだ?」

「その、ありがとう。励ましてくれて」

「よ、よせやい!これくらい当然の事だ!」


 はにかみながらお礼を言う姉におじさんはテレてあさってのほうを見て誤魔化すように大声で笑った。周囲で焚き火を囲む人たちが何事かと見ている。その中におじさんの家族もありくすくすと楽しそうに笑っていた。

 丁度そこへ少女が薪を拾って戻ってくるとそこにはパン屋のおじさんとその家族と一緒に居る姉の姿があった。驚きながらも少女もおじさん達の無事を喜び団欒に加わった。

 その日は焚き火を囲みながら暫し談笑していた姉妹達は夜も遅い事からそのまま休んだ。

 同行していた連合軍兵士が交代で歩哨に立ちサクサクと草を踏み歩いていた。








書いていて思ったのですが姉妹の妹の名称が”少女”や”妹”になってしまいました。

敢えて具体的に名前付けはしていないので難しいですね。

段落にも少しだけ手を加えて変えてみました。

苦手なんです、段落が。ハハハ……。


ようやくお気に入り登録数が300を突破しました!

嬉しいですね。本当に嬉しいです。

人気作品の二次創作だとあっと言う間に登録数は伸びたのにオリジナルだとなかなかに難しいとですよ……。

あー、二次書きてーです。懐かしの”永遠のアセ●ア”とかどうだろうか……。

本当にオリジナルを書いていて尚且つ読者数を伸ばしている人は尊敬しますね。

いつか自分もと思わずにはいられません。

ではでは。


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