第7話
アオイ11歳。
徐々に形になり始めてきた。
お気に入り登録、評価感謝感謝。
読者のお方々に読んでもらえてるのだと実感できます。
これからもがんばろうとやる気も出てきますね。
皆の感想&評価&ネタ提供が作者の力になっております。
どうも、昨日めでたく一一歳になったアオイ・ルメルシエだ。
誕生日プレゼント代わりに全施設への立ち入り許可を求めるという実に子供らしくない事を仕出かした。しかも親同伴を抜きにしての立ち入り許可だ。
こんなものを誕生日に求めた事で父と母、特に父は残念そうにしていた。何度も『もっと他のものでないのか?』と考え直すように言われたけど別に欲しいものはなかった。それに何かあったとしても研究区画にある工房で作ってしまえばいいと考えてもいた。
それに親抜きで全施設への立ち入り許可というのはどうしても必要だった。一々行動を制限されていたら俺が個人的にしたい事ができないから。
主にエーデル作成に関して少々の遅れを出す意味で。
あの約束から一年近くが過ぎたけど作業工程は全体の半分にも満たない。設計さえ終わらせてしまえば各部品は生産区画のプラントが入力一つで作ってくれるからいいとしても、ガイノイドをエーデル用に調整するのに細かな部分があるから、このままだともう一年近く足が出てしまう。
そんな事があって堪るか。男が2年で作ると言ったのだから二年で作り上げてみせるのが筋ってものだろう。
できるか微妙だけどっ!
「――というわけで資料庫の奥深くにある禁書区にやってきたのでした、っと」
「マスター。何を誰に言っているのでしょうか?しかも説明口調で」
「いや、なんでもない。ただ、なんとなくそうしないといけない気がしただけだ」
まぁ、禁“書”区とあっても別に書物だけではなくて剣や鎧などの武具や鏡や壺なんかの器物も保管されているとの事だ。つまり一言で言ってしまうならここはかなりヤバイ場所って事だな。
封印とか何があるんだよ……。
「はぁ、そうなのですか。いきなり誰も居ない虚空に向かって喋りだしたので私はついにマスターが疲労で頭がどうかしたのかと心配してしまいました」
「エーデル。お前ってヤツは……」
エーデルの愛が心に痛いよ。言うに事欠いて頭がどうにか、って何さ。
確かにここ最近は睡眠時間を削ってガイノイドの設計に力と時間を注いでいるけどそこまでおかしくなった覚えはないし、まだ余裕はあるつもりだ。
まぁ一つ言うなら最近はシーちゃんやクーちゃんと遊ぶ時間も削っているから癒しが少なくなったことくらいと、後は今度遊ぶ時が怖い事くらいか。
きっと……
『きゅるるるーっ!きゅるるっ!』
『シーちゃんの嘴がっ、爪がっ、痛いイタイいたいっ!!』
『わふーっ!はぁっはぁっ!わふんっ!』
『クーちゃんの甘噛みとベロベロ攻撃がイタ痒いっ!!くすぐったいよっ!?』
なんて事になりかねない……。
出会いがしらに即特攻かましてくるに決まってる。今では立派な馬と同等の体躯をしている二頭が空と陸から突撃してくるとか……あわわわっ。
下手したら俺、死ぬんじゃね?しかも今も成長中とかどうよ?
なんて風に内心で恐れ戦いているとエーデルのマシンボイスによって思考の海から呼び戻される事になる。
「そんな事よりマスター、このような場所に何を目的にして来たのでしょうか?見た所どうしてもとても危険そうな香りがするのですが」
「あっ、やっぱりわかる?ここって曰く付きの魔導書とか禁書扱いのものが保管、と言うか封印されているんだってさ」
実際にこうして中に入ってみるとチクチク肌を刺すように何かを感じるよね。
中へ一歩足を踏み入れた途端に恐怖か畏怖か、それとも畏敬を感じてか肌が粟立った。
今居る入り口付近はまだいいけど、更に奥に行くならそれ相応の覚悟が必要なのは確実だ。この禁書区の奥からは“強い力を持つ何か”があるのを肌で感じ取れた。それが何かはわからないけど父と母によってここに保管されているのだから多くのものが危険なものだろう事は間違いない……と思う。
いや、まぁハッキリ言い切らないのは実際にこの目で見ないと判断できないからだ。封印されているにせよなんにせよ、それには何かしら意味があると思うから。
しかし、流石は禁書区だと言えばいいのか、それともなんでこんなヤバイ部屋が家にあるんだと嘆けばいいのかわからないな。
ちょっとこの世界の常識を思ってタメ息を吐いているとエーデルから更に疑問の声が上がった。
「だとしてもマスターがこのような場所に赴く必要がどこにあるのでしょうか?禁書区は使用する際に危険度が高い、または封印されたものが殆どであると情報にありました。それなのになぜ……。私には理解できません」
「ふふんっ。別に魔法関係に用があるわけじゃないさ。今回の目的は禁書区の比較的浅い位置にあるエネルギー関係の資料だ」
「エネルギー関係?それは……なるほど、理解しました。私の身体に搭載する動力炉ですね?動力炉の設計図か参考資料がここにあるという事でしょう」
「その通り。流石はエーデルだ」
エーデルの身体を作っているわけだけど『最高のものを作る』と約束した手前もあって動力炉一つとっても従来のものよりも多少癖はあっても高性能のものを用意したかった。
基礎部分の設計は殆どできているけど他にもガイノイドを構成する部品の一つ一つもできる限り最高のものを用意してバランスよく組み上げるつもりだ。今回のエネルギー関係はその第一歩だったりする。
「当然でしょう。私のロジックは完璧です。そのようにマスターがお作りになられたのですから」
「そうもストレートに返されるとテレくさいものがあるなぁ。……ロジックなんて構築した覚えはないけど(ボソッ)」
「事実はありのままに受け取るのが自然でしょう。それよりもなぜこのような場所へ?動力炉関係なら資料庫にもあります。性能にも不足はないと思われましたが」
不足はない、だって?いやいや、これで結構あったりするよ?……予定では、だけどさ。
あくまで予定は未定だからエーデル本人にもまだ話していないから疑問を持たれるのも仕方ないけどさ。
将来的には子守りから一流の戦闘者やスパイ活動、果ては一国の宰相などなどができるようにするつもりだから拡張性は高いに越した事はない。そのためには供給されるエネルギーは多ければ多いほどいいはずだ。場合によっては使用する武装に供給するエネルギーも確保しておきたい。エーデルの独り無双する姿とか是非とも見てみたい。
一押しは孫の手を完備する事だ。これで痒い所にも手が届くねっ。
「むぅぅ、まぁいいか。えーっと、ここへ来た目的は話したか。実は動力炉に何を載せるかで関係書類を読み漁っていたんだけど、その中の参考資料の一つに気になる走り書きがあったんだ。で、その気になる資料がここにあるらしい」
「理解しました。しかし、態々足を運ばなくとも……いえ、申し訳ありません。推測するに独立した記録媒体なのですね?」
「まぁ、ね。話しが早くて助かるよ」
管理は自動化されているので所定の端末に欲しい資料を入力すれば機械が勝手にやってくれるから探す必要はない。そして見つかったら端末の脇にある赤い決定ボタンを押せば取り出し口に運ばれてくる仕様だ。
なぜここだけこんなにもレトロ感が溢れているんだろうか……。
早速必要とする資料を端末に入力した。空間ウインドウに映し出された表の項目の中で俺の目的に該当する資料は――あった、これだ。タイトルは“爆☆エネルギー万歳♪”だ。因みに著者は父だった。
……何も……言うな。わかってるよ、ふざけたタイトルだって事はさ。だけど一部だけ読めたんだけど内容的には納得できたし優れていると思えた。だからこそ、より詳しい資料が欲しかった。それが禁書区にあるという事は設計思想か理論などに何らかの不備があったのだと察している。それでも動力炉を作成するに当たって最低でも参考程度にはなると考えてもいた。
それでは、欲しい資料を入力して……発見、ポチッとな。
レトロ感溢れる赤いボタンを押すと奥の棚から独りでにデータが収まっている記録媒体が宙を浮いて取り出し口へ静かに滑るように飛んできた。何も知らなければものすごくホラーな光景だった。
だけど、これは……なるほど、持ち運び方法はピンポイントの重力操作か。なんと言うか理解してしまえばものすごくSF科学だった。優れた科学は魔法と変わらないという典型だな。
記録媒体は掌に収まるぐらいの棒状の金属だった。黒い光沢をしていて表面には浅く細い溝がある。記録媒体としては数世代古いものだけどこれだけでも大英図書館以上の情報を保存してもまだ余裕がある。
長年放置されていたはずなのに埃一つ被っている様子もない。取り出し口にあるそれを手に取って眺めているとエーデルの空間ウインドウが不思議そうに回っていた。
「これがそのデータなのでしょうか?大きい記録媒体ですね。それに随分と古いもののようですが」
「ああ。この情報を上手く応用できれば今までよりも高出力の動力炉になると思うんだ。従来の動力炉の出力と比較して三倍から四倍だよ?これってすごくない?」
某赤い人も真っ青の性能向上だ。巨大ロボットじゃないけど、そっちはいずれ作るから今はいいとしよう。
「確かに素晴らしい事であると同意しますが……応用できる望みは薄いと思われます」
「え?なぜにそんな事を言うのかな?」
「なぜならここは禁書区だからです。これは推測ですがここに保管されているという事は重大か致命的欠陥があるのでしょう。稼動後に必ず暴走するなど……」
その発想はなかった。あまりにも高い性能ゆえに封印されたとか都合がいい事ばかり考えてた。
とりあえず、ふざけたタイトルだったのは横に置くとして。
「…………参考資料程度に考えるだけだからいいんだよ」
「マスター……」
「ほ、本当だって!ダメだった場合も考えてたっての!」
いつも通りの中庸なマシンボイスだったけど優しく同情した感じだったろ?今のは確実にわかったぞ、おいっ。可哀想なヤツを見るように空間ウインドウをゆっくりと回転させんじゃないよっ。
やめろって!本当に想定通りだったんだって!嘘じゃないからっ!
「大丈夫です、マスター。他の誰が信じなくとも私だけは信じ続けましょう」
「正しいコミュニケーションって難しいなっ!おいっ!?」
大丈夫の基準がおかしいからねっ!?と言うか何に対して大丈夫なんだよ!?
やけに優しい口調のエーデルの言葉が心に痛い。しかもエーデルは『私“だけ”は~』と特に強調してきた。これは嫌味か?シーちゃんやクーちゃんなどの魔物以外に知り合いが居ない俺への嫌味か?とても情けなくなったけどちょっと嬉しいとも思ってしまったじゃないか、このやろうが……。
ボッチじゃないから!友達居るから!……魔物だけど(ボソッ)。
「わかっています。わかっていますよ、マスター。さあ、ここでの用も終わりましたので、もうお部屋へ戻りましょう」
「なぜだろう?優しい物言いなのになんか腹が立つなぁ……」
なぜかエーデルの言い方にイラッとした。いつもなら優しい口調でも機嫌がいいな程度にしか思わなかったのに今日のはなぜかイラッとした。
大事な事だから二度言った。他意はない。いつも通り俺はエーデルが大好きだ。……もう恥かしくて面と向かっては言えないけど。
あーあっ、今日もガイノイド研究だな、っとくらぁなっ!
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禁書区から資料を拝借して三ヶ月が経った。
結論から言うと動力炉の開発には成功した。
著者父の“爆☆エネルギー万歳♪”の論文を隅々まで読み倒してから改めて新規動力炉を設計してデータ上で組んでエーデルの演算機能をフル活用してシミュレートした。
何度も何度もシミュレートを繰り返して問題点をできる限り洗い出した、その結果から実物を作っても問題ない程度にはなった。
で、実物作る段階になって試作品を作った。結果は成功したけど……なんと言っていいのか、次に小型化に向けて改良しようとしたら実はその動力炉ってものすごく小型化するのが困難である事が判明した。
新型動力炉を一つ作るのに従来のものに比較して五倍のコストが掛かる事が一つ。もう一つは大きさが人間の成人男性の心臓より一回りも大きかった事だ。従来の機械人形に搭載される動力炉なんて握り拳以下の大きさなのに、無駄に大きいとかないよな。
よってこれを搭載するためには今まで設計していたガイノイドの構想をもう一度一から煮詰め直さないと体型の一部が“ものすごい事”になってしまう事になりそうだった。
その時のエーデルと俺との間で交わされた会話が以下の内容だ。
『現状で満足、か。問題、問題ねぇ……いや、出力的には問題ないのだけど……うん、これはなしだな。やっぱり別の方向からアプローチしようか』
『いえ、マスター。お言葉ですが現状のままで行きましょう、是非。ええ、これで間違いありません。これでいい、否、私はこれがいいのです』
『え、ええっ?でも女性型ならともかく男性型になると大柄になって大変じゃないかな?エーデルもイヤでしょう?』
『ふふふ、大きいの、マスターはお好きでしょう?後ろから、とかどうでしょう?どうか私に身を任せてみませんか?きっと気持ちいいでしょう』
『俺の後ろにナニをするつもりだっ、貴様はっ!?』
……というとんでもないものだった。
その日の夜はエーデルが俺の尻を狙っているのだろうかと戦々恐々としながら悩んでしまい碌に眠れなかった。……あいつは俺に何か恨みでもあるのか?ガクブルガクブル。
エーデルがナニを勘違いしたのか知らないけど俺に男色の気はないっ!ノーマルだっ!!きょぬーお姉さんが好みなんだよ!……ちっぱいもそれはそれで好きだけど(ボソッ)。
ともかく、エーデルの要望によって通常よりも一回り大きい新型動力炉“賢者の井戸”は正式に採用した。従来のものと比べて通常出力が三倍、瞬間最大出力は優に五~六倍のエネルギー量を発揮する。
乗り物で例えるなら従来の動力炉はプロペラ機で、賢者の井戸は最新鋭のジェット戦闘機だ。
このバカみたいな高出力を誇る動力炉を搭載する事になったので今まで練りに練っていたガイノイド構想は基本骨格から設計し直す事になった。
実物はまだ作成していないとは言っても設計からやり直しというのはなかなかに堪えるものがあった。これまでの一年近くは何だったのだろう、って……。
思い付きで新しいものに手を出すものじゃないねっ。
これらの手間隙掛けるのも全てはエーデルが男女の判別をハッキリさせないからだ。なぜか未だに教えてくれないから余計な手間を掛ける事になっていた。
つまりな?簡単に言ってしまうと、仕事が増えるんだよ……。
動力炉一つとってもこんなに手間が掛かるんだ。基本骨格の強度計算をもう一度設定し直したり重要機関を動力炉のバカ出力に合わせて再設計したり身体の体積の六割以上を構成する生体金属製のナノマシンを培養したり他にも色々としないといけない事は山積みだった。
因みにこの賢者の井戸だけど今以上に小型化しようにも元が大出力過ぎて構成素材の強度的に考えてフレームが持たない。もしも何かあった時には最悪の場合は高圧縮によって炉が崩壊して溢れたエネルギーが暴走して半径二〇〇m前後の範囲が文字通り消滅しかねない。
そういう事でエーデルと話し合い最終的には今の大きさがベストという結論になった。
余談だけど、この後エーデルの身体が出来上がった時に“爆☆エネルギー万歳♪”を参考にした事について父に聞く機会があった。父が言うには“爆☆エネルギー万歳♪”の理論は元々一〇m級の機動兵器用の新型動力炉として提唱したつもりだったらしい。尤も出力が高すぎて余剰エネルギーを排除しきれない事から無駄であると切り捨てたらしい。
当然そんなものを俺が小型化してエーデルの身体に搭載した事を知った父からは『愛息子……お前はバカだろ?だがそこがいいっ!』などというありがたくもない言葉を真顔で言われる事になるが、それはまた別の話し。
閑話休題……。
そうして完成予想図――外観のみ、骨格だけ――を見て何を想像したのかエーデルがなんか変だった。
「フフフ、完璧です。これなら、これならきっとマスターも……フフ、フフフ」
「お前は俺に何をするつもりなんだ……」
空間ウインドウに映し出されている再設計中のガイノイドの骨格図を見てクスクス笑っていた。
どうよ?骨格図なんか見て何を想像したのは知らないけどヤヴァイよね?ヤバイではなくヤヴァイよね?
どうしよう、最近のエーデルは何を考えているのかわからないよ……。
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更に三ヶ月が経った。今居る場所は研究区画にて俺に割り当てられた工房だ。
工房内は落ち着きのある洋風建築風にしてみた。木材自体は全て白の結晶を変質させたものだけど質感は本物そのものだ。
家の内装の殆どが近未来っぽい白を基調とした部屋ばかりだから自室と工房の中だけは俺の趣味で木を使った温かみのある部屋にしたかった。
もう慣れたけど、白い部屋に居ると明るすぎて目がチカチカするから大変なんだよ……。
さて、そんな工房内を椅子に座りながら見渡してみると、そこには洋風の内装に反して置いてある物は外観からは何に使うかもよくわからない器具や大型機械などが設置されていて部屋の中央にある作業台の上は実験器具が乱雑に置いてあった。散らかしてるな、と苦笑して目の前の机の上に目を向けると書類が積み上げられていて情報端末がもう何日も稼動状態で維持されている事を改めて自覚した。壁際には大きなソファーベッドがあり皺くちゃのタオルケットが無造作においてあった。
もうなんとなくわかるだろ?そう、実は俺、ここ暫くはこっちに寝泊りしている。
食事や風呂、母と父の講義や訓練、あとは生き抜きでシーちゃん達とじゃれ合う以外は殆どをこっちで過ごしていた。最後に自室に戻ったのは一週間前だったか、二週間前だったか……。
そんな碌でもない感じで何をそこまで必死になっているのか、と自分でも思った。
それもこれもエーデルのために用意するガイノイドがあるからだ。設計しては問題点を洗い出して細かく修正してまた設計し直してと何度も繰り返して、それも今ではやっとの事で約八割を再設計し終わった。ここまで来るのに大分時間が掛かったものだ。
背もたれに身体を預けて力を抜くとなんとなくやれやれな気分になった。背筋を伸ばしてみるとバキバキっと11歳の子供の身体からは到底聞かないような音がした。色々と根を詰めていたんだなと思い苦笑して改めてその事に気が付いて大変だなって思いもした。
だけど手間隙掛けている分この仕事には愛着が確かにあった。
「マスター。お疲れなら今日はもうお休み下さい。生命バイタルに小さな乱れが見受けられます。この状態が続きますなら生活態度を見直す必要があります」
「それはわかってるけど、こればかりは終わるまではめられないかなぁ、なんて。……ダメ?」
「マスター……。マスターが私などのために尽力して下さっているのは理解しています。ですが、心配なのです。私のせいでいらぬ負担を掛けているのでは、と」
なんだ、何を考えているのかと思えばそういう事か。まったく、もう、この子は……。
「そんな事ないって。エーデルは少し大げさなんだよ。これでも毎日が充実してるし楽しんでるつもりだ」
「ですが……あの日からマスターは無理をするようになりました。やはり私は」
「大丈夫だから。ね?心配ないない」
少し語調を強めて言った。それ以上は言わせてはいけないと思った。
落ち込むのはいい、それは優しさの裏返しとも考えられるから。だけどそれが行き過ぎてはいけない。何事もバランスだ。
自由な意志を持つという事は正の感情を持つ事もできれば負の感情をも持てるという事に他ならない。
保有する豊富な知識とは別に根本的に純粋無垢なAIにとって負の感情とは厄介なものだ。感情を持つ者には多かれ少なかれ、正と負の感情によって影響を受けるものだけど、この世界では特に顕著だ。いい方向へ育てるなら物事の良し悪しをハッキリと教えなければならない。
いい事をしたならちゃんと褒めて、悪い事をしたならちゃんと叱らないといけない。特に難しいのは後者だ。
ただ怒ってもそれは闇雲に怒鳴っているだけで無意味だ。そんなものは“叱る”という事とは違う。叱る事とは“誰が、何を、どうして、なぜ”などの事象を順序立てて言い聞かせなければいけない。
無論、理性の未熟な子供にこれをするには難しい。ある意味で純粋なAIを相手にした場合なんて尚更だ。
閑話休題……。
話しを戻すけど俺はエーデルに後悔のないように生きてほしいと願っていると言いたいだけだった。高度に成長したAIは魂を宿す、とは誰の言葉だったか……。
尚も心配そうにしているエーデルを見て俺は内心でなぜか微笑ましい思いだった。この子なら大丈夫、幸せになれると思わせてくれるから。
「マスタ-……」
「大体、俺が何かで無理しようものなら――」
言いかけて、容易にその事を想像できてしまったために一気に気落ちした。きっと今の俺はレイプ目のようになって影を背負っているに違いない。
エーデルは俺が突然そんな風になって話すのを躊躇した事に戸惑っているようだ。
「マスター?どうしたのでしょうか?」
「いや、無理しようものなら母さんと父さんが、ね。……後は言わなくてもわかるでしょ?」
「あー……」
理解しました、と最後にエーデルは気まずそうにそう言った。俺の言いたい事を自分でも思い至ったらしい。
あの色々な意味でハチャメチャな両親だ。俺が無理無茶しようものなら何が何でも止めに来る。それも眩しいくらいの笑顔でやってきて力ずくで問答無用に、だ。
実際にそんな事があった場合なんて考えたくもない。きっと新しいトラウマになるから。
「マスター。一つご提案があります」
「なに?」
「やはり今日は休みましょう。シブリィとクスィの許へ行く事を強く推奨します。気心が知れているのでその分安心して寛ぐ事もできましょう」
おぅ?アニマルセラピーか?いや、この場合は疲れを癒すのだからヒーリングか。
どちらにしてもここ三日ほどシーちゃんやクーちゃんと触れ合ってないので丁度いいかもしれない。
「……そうしよっか」
「はい、マスター。それがよろしいでしょう」
あー、でもなぁ絶対に会ったらその場で押し倒されそうだなぁ。たぶん『なんで遊んでくれないの!?』みたいな感じで遠慮のないスキンシップをしてくると思っている。ガジガジ甘噛みされて、ベロベロ舐められる事になるんだろうなぁぁ。
はぁぁ、とりあえず着替えの用意は必須か……。
俺……死なないよな?
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はい。と言うわけでエーデルに進められて癒しを求めていつもの農業区画へ来たわけなんだけど……。
「きゅるるるーっ!!」
「わふぅぅぅんっ!!」
「べるざいゆっ!?」
予想通り、一歩足を踏み入れて直ぐに二頭から襲撃(笑)を受ける事になった。
二頭に纏わり付かれながらズザザザザッと草原の上をギャグのように滑った。なまじ豊かに生えた草原だったから柔らかい草の上ってよく滑る事滑る事。言うなればダンボールで土手を滑り降りる要領だ。
「きゅるるっ!きゅるるるーっ!!」
「あぶっ!?あぶぶぶぶぶっ!!」
「わふんっ!はぁっはぁっ!わふっ!べろべろべろべろっ!!」
「ぶばっ!!あばばばばばばっ!?」
絶 賛 歓 迎 中!!
草原を滑って一瞬で泥だらけになるわ、力強く羽ばたくシーちゃんの羽毛が全身に纏わり付くわ、クーちゃんの容赦ないベロベロ口撃で顔中がドロドロになるわ。
あー、もー……。もうこうなったら終わったら直ぐに着替えないとダメだな……。
「もう少し耐えてください、マスター」
「おまっ!他人事だと思ってっあぶぶぶぶぶっ!?」
「きゅる!?きゅるるるーっ!!」
「わふんっ!わふぅぅんっ!!」
「ずがんじなびあっ!?」
さて、なんでこうもタイミングよく現れたのか疑問に思う人も居るだろ。中には思い当たる人も居るかもしれないけど、たぶんそれは正解だ。
覚えているだろうか、俺はシーちゃんとクーちゃんの二頭と召喚契約で専属契約を結んでいる事を。
この召喚契約は契約時にいくつかの能力が付与される。その一つで相手の居る位置を『あれ?近くに居るのかな?』程度に感じ取る事が可能になるようだ。これは被召喚者と召喚主の絆が深まれば深まるほど強く結びつき、更には一種のテレパシーや念話のような事もできるらしい。
そして召喚契約の中でも専属契約で結ばれた絆は特にその傾向が顕著に現れる。専属と言うだけあって初期からの絆の結びつきは折り紙つきだったりする。
そうして三〇分ほどが経って漸く落ち着きが見られた頃に二頭を引き剥がす事ができた。
「はぁぁ、はぁぁ、はぁぁ……」
「状況終了。お疲れ様でした」
「何を爽やかに言ってんのかな!?お前はっ!!助けろよ!危なくヘブンする所だったろが!?」
「身体のない私に何をどうしろと仰るのでしょうか?是非お聞かせ頂きたいのですが」
「うぐっ」
事実だけに二の句が出なかった。
「きゅるるる……」
「くぅぅん、くぅぅん……」
「お前らも寂しそうな声で鳴くなよ!?可愛いな、コンチクショー!!」
我慢できずに今度は俺から二頭に突撃した。
刮目して見よ!これが俺の千の獣を愛でる御手だあああっ!
そ~れっ、撫でりこっ撫でりこっ。もう一つオマケに撫でりこっ撫でりこっ。
「きゅ、きゅる~」
「わふ、わふ~ん」
「おーおー、愛いヤツ愛いヤツ」
撫でりこっ撫でりこっ。撫でりこっ撫でりこっ。撫でりこっ撫でりこっ。
自分でも理性が飛んだのではと思うくらい二頭を撫で回して愛で倒していた。
「マスター、もうお止め下さい。そのまま続けては二頭が昇天してしまいます」
「は?」
「きゅ、きゅるる~。きゅる~」
「きゅ~ん、きゅ~ん。わふ~」
「え?何これ……?」
そこには息も絶え絶えに身悶えているグリフィンとグレイハウンドが居た。二頭とも息を荒げて喘いでいるけど、苦しそうと言うよりも恍惚としていた。きっとそれだけ気持ちよかったということだな。
流石は千の獣を愛でる御手だ。恐るべき威力だな。
「…………」
「どうした、エーデル?」
「いえ、なんでもありません」
いや、なんでもありませんってお前。じぃぃっとシーちゃん達を見ていたじゃないか。空間ウインドウだからわかり難いけど絶対に見てたろ?凝視してたろ?
――なんて事は聞かない。そこまでデリカシーがないつもりはない。
あと、本当に今更で素朴な疑問だけどクーちゃんって今は体毛が真白になっているじゃない?それなのに“グレイ”ハウンドとかどうなんだろうか。もう“ホワイト”ハウンドって呼んでもいいと思うんだ。
ホワイトハウンド……白い猟犬……猟犬……犬、か……白い犬……まっしろわんこ……いいっ!
うん、今後はそれで通そうと思う、是非に。
「というわけで今度からクーちゃんはホワイトハウンドって呼ぶからな!」
「わふん?」
「マスター……。突然何を言うのでしょう。……頭、大丈夫でしょうか?」
「ちょっ!?」
その聞き方やめてくれる!?俺の頭がパーみたいじゃないか!失礼だな、失礼だよ!最近のエーデルは思いやりが足りないと思うんだ。
変わらない親しみは勿論あるけど、もうちょっとこう……あるだろ?優しさとか。
はぁぁ……。
「今日はトコトン遊ぶぞ!」
「きゅる!?きゅるーっ!」
「わふぅぅんっ!!」
開き直る事にした。何事も考えすぎるのはよくない。時には何も考えずに遊んで気晴らしするのも大事だ。
「おっしゃおらあああっ!しまってこおおおっ!!」
「第二ラウンドを開始します。戦域管制はお任せ下さい」
エーデル、お前は何と戦っているんだ?これは遊びだからな?血生臭い戦場じゃないんだからな?な?
最近の悩みはエーデルの趣味趣向についてだったりします……。
千の獣を愛でる御手、それはどんな凶暴な魔物でも宥め梳かす事のできる強力(笑)なテクニックなんだっ!(ナ、ナンダッテー)
遊んでばかりいるように思えるだろ?だけどちゃんとやる事はやってるんだ。
母に講義で扱かれたり、父に訓練で叩きのめされたり、その父が母に叩きのめされたりしている。
大体、子供はバカみたいに外を駆け回って遊んでるくらいが丁度いいんだと作者は思う。
ではでは。




