第5話
幕間とかは随時必要に応じて挟む事もするかもしれません。
皆の感想&評価&ネタ提供が作者の力になっております。
更に一年経って俺は九歳になった。
相も変わらず母が主になって勉強では山のような課題を毎回出されてずっとハードモードで扱かれている。
生きてる、俺生きてるよ。ヒラヒラもフリフリもない。まだ鬱で寝込んでないよ。元気に歩き回れてるよ。
マジでよかった、と心の底から安堵している。今世はあらゆる意味で人生ハードモードだった。
精神的な意味でな!
こほん。失礼、少々トラウマになりかける程の思い出に頭を悩ませてしまったようだ。
ともかく母のスパルタン教育のお陰で同時並列思考の技能も更に向上して、今なら八つの事柄を同時処理できるようになった。
それと来年には身体も最低限出来上がるとの事で父が実技指導を受け持つ事になる予定だ。実技にはランニングなどの基礎体力や格闘訓練、実験の実習などが含まれるとの事だ。
本当に、長かった。やっと母の鬼も裸足で逃げ出す学習課題から一時でも解放される。今からとても楽しみだ、俺の安全的な意味で。
ん……大丈夫だよ、な?
母の手による午前中の講義を終えて、更に午後の講義も無事に終えた、無事にっ。大事な事だから二度言った。
いつだったか遅刻した時は罰として課題を倍にして出されたから精神的に死にそうになったのは思い出したくもない記憶だ。あの時は流石に引き篭もりになりそうだったな。課題を処理する的な意味で。
って、そんな事はどうでもいいんだよ。
今は時々ある午後のお茶会だ。この時は母がホストとなって父と俺も参加する事になっている。アーフも側で甲斐甲斐しく給仕に勤しんでいる。
出されるお菓子も紅茶も美味しいから楽しみにしている事も一つでもある。
「――ふぅぅ。こうしてお茶会を開くのも久しぶりね」
「はっはっはっ!確かに!なにかと外が騒がしくて忙しいからな!」
「そうね。本当になんとかならないかしら」
お茶会を始めて暫し経った時に母と父が言った。
二人が話題にしたのは俺の知らない、知らされていない“外”の事だった。父と母のどちらも表情から読み取れるものは、憂いだろうか。まるで自分の子供がやらかしてしまった事に対する深い悲しみが見られた。
だからかもしれない、今までは聞いた事はなかったけど少しだけ外の事を知りたくて聞いてみたくなったのは。
「外で、何があったの?」
「ん!?んー、まぁなに。愛息子は気にするな!あっはっはっはっ!」
「ええ、そうね。アオイちゃんが気にする事ではないわ。大丈夫よ。ふふふ」
「……そう、なんだ」
はいっ、ダウトーっ!絶対に何か隠してる!
まぁはぐらかされるのは予想していたけどね。今はまだ教えてもらえないだろうな、って。いくら精神が前世の分を含めているとは言っても今の俺は9歳の子供でしかない。こんな子供に話した所で何の解決にもならない、ってわかってる。
それでも気分が沈んでしまうのは……はぁぁ。参ったね、子供の身体に戻ってから精神的に不安定になった気がする。
「ごめんね、アオイちゃん……」
「すまんな。こればかりはまだ、な……」
「いいよ。今はまだ知らなくてもいいって事でしょ?話してもらえないのは、少しだけ不満はあるけど、母さんと父さんを困らせるのはイヤだから……だから、大丈夫」
それでも申し訳なさそうに謝ってくれる母と父を困らせるのは本意じゃない。
今世に生まれてから母と父からは愛されていると確かに思えたし、勉強して知識を身に付けるようになってからは時々叱られる事もあったけど割とやりたい放題にさせてもらえていた。
不自由はなかった。だから隠し事があったとしても、俺の事は気にしなくてもいいから自分達がやりたいようにやってほしいと心から思っている。
「アオイちゃん……」
「おまえ……」
そんな気持ちを伝えたのに当人たる母と父は驚いたように目を大きく見開いていた。
なに?何か間違った事かを言ったか?
母と父が俺を思うように、俺も母と父を思っている。その思いに嘘偽りはないと断言できる。
「「…………」」
色々考えていたら突然に母と父が行き成り席を立った。お茶菓子や紅茶に満たされたカップの載ったテーブルを回ってゆっくりと近付いてくる。
何がなにやらわからないで躊躇していたらやがては俺の座る席の左右に母と父が立っていた。顔は伏せられていて俺の座る所からはよく見えない。
「な、なに?」
「アオイちゃんっ!」
「おおっ!愛息子っ!」
「なっ!?うっぷ!!」
母と父から潰さんばかりに抱き締められた。
右から母の柔らかな温もりが、左からは父の力強い腕が抱き締めてくれた。
ごめん。意味がわからない。突然の事で、なぜ抱き締められているのか、何をされているのか、まったくわからなかった。
「アオイちゃんっ!アオイちゃんっ!アオイちゃんっ!」
「おぉいっ、おぉいっ!愛息子よおおおっ!!」
「ちょっ!?母さんっ、待っ!苦しっ、いったらっ!父さんっ、暑苦しい、よっ!?」
更に強く抱き締められる。母さんは一心不乱に俺の頭をその豊満な胸元で抱き締められて窒息されかけて、父はその強靭な身体で締め上げるように掻き抱いてくるから暑苦しくて仕方ない。
と言うか、このままでは両親に殺されかねないっ。
「ちょっと待てーっ!!??」
~家族の触れ合い中です。今暫くお待ち下さい~
そうして、いつの間にか15分ほどが経過して……。
「もうさ、行き成りなんなのさぁぁ……」
ボロボロだった。髪や服は乱れるし、息はし辛いし、叫び過ぎて喉は渇くし、父は暑苦しいしで、本当に散々だった。
今は給仕をしていたアーフに手伝ってもらって身嗜みを整えている所だ。母と父も同様に身嗜みを整えていたけど、俺に先ほどしたことについては全く反省の色を見せようとしない。寧ろ隙あればまた同じ事をやりそうだ。
「いやぁぁ、すまんすまんっ!愛息子の思いが嬉しくてな!つい抱き締めてしまった!あーっはっはっはっはっはっ!!」
「父さん……」
「ごめんなさいね。アオイちゃんが理解ある息子で嬉しいわ。だけど同時に寂しいと思ってしまうのだから……親として度し難いわね、本当に」
「母さん……」
口では謝っているけど、さっきよりも近付いた席順はなんなの?
父よ、ガシガシと乱暴に撫でるのはやめてくれ。折角整えた髪がまた崩れるじゃないか。あと首が痛い。
母よ、すりすりと頬を撫でるのをやめてくれ。程よいタッチがくすぐったくて仕方がない。
「うふふ。さあ、お茶会を続けましょう」
「おっ、そうだね!いやー、母さんの焼いたクッキーは美味しいな!」
父さんが言った瞬間に俺の頬を撫でていた母さんの動きが凍り付いたように止まった。あとなんとなく黒いオーラが見えた気がする。
「……クロード。それはアーフが焼いたものよ?」
「え゛っ?」
「父さん、あんたって人は……」
理由がわかった。母の額に“#マーク”が三つくらい見えた。微笑んでいるのに額に走る青筋がマジで怖い。何気に母って闇属性の病み属性なのかもしれない。
苦労しているのだな、父よ。がんばっ!
そしてそんな中でも眉一つ変えないアーフさん。マジでクール。そこに痺れる憧れるぅぅ!
「ウフ、ウフフフ……##」
「お、おぉおぉ……ガクブルガクブル」
「……母さん。喧嘩するなら別の場所でお願い」
折角のお茶会だ。こんな所で母と父(主に母)に暴れられると全てが無駄になる。そんな勿体無い事はやめてほしい。食べ物は粗末にしたらダメなんだよ。
例え父が『裏切ったな!愛息子おおおっ!?』みたいに恐れ戦いていたとしても俺は知らない。今はお茶菓子や紅茶の癒しが欲しい。
母には逆らえないんだよ……。ガクガクブルブル。
「そうね。確かにここでは問題ね。――さあ、クロード。ちょっとこっちへいらっしゃい?」
「お、おうっ!わ、わわわ、わかっわかっ、わかったよ!!だから手を放してくれると嬉しいな!」
「ウフっ、ウフフフフっ」
母のプレッシャーに恐れ戦く父の姿を見た。……母に襟首掴まれて奥の部屋へ引き摺られている姿だったけど。
父のどもりようが尋常じゃないくらい呂律が回ってない。顔色は蒼白だし、ヤバイくらい身体を震わせていた。
そんな二人を見送った俺は、終わるまでこのままお茶会を一人で続ける事にした。
「父さん。強く生きてね……」
「アオイ坊ちゃま。紅茶のお代わりはいかがですか?」
「ありがとう、アーフ。貰うよ」
お茶のお代わりを淹れてもらっている間にアーフお手製のクッキーを一つ摘んで口の中へ放り込む。
むぐむぐ。うん、美味い。紅茶は……うん、こっちもいい香りだ。
今日も家族仲は円満だ。奥の部屋から父の叫び声なんて聞こえないったら聞こえない。
▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽
夜。もう寝るためにベッドに入った時の事だった。
エーデルが『アオイ、質問よろしいでしょうか?』と言った。男とも女ともつかない中性的なマシンボイスが明かりを落とした部屋に淡々と響いていた。
ベッドに横になった俺の目の前にエーデルは空間ウインドウを展開して静かに自己主張していた。
空間ウインドウにはラグビーボールのような形に美しくカットされたダイヤモンドがゆっくりと回転していて、その周りを赤、青、緑の小さな宝石が周回している。
とりあえずベッドの上で半身を起こして話しを聞く体勢に入った。
「どうした、エーデル?もう寝ようと思うんだけど」
「すみません。しかし、私は一つだけどうしてもお聞きしたい事があるのです」
どうしても、だって?
そこまで言われると製作者としては応えないわけにはいかない。何よりもエーデルが“どうしても”なんて言うなら出来る限り応えたいから。
「ん、いいよ。それで、聞きたい事って何かな?」
「ありがとうございます。……その」
「うん?」
5分経過。
「…………」
「んん?」
更に5分経過。
「…………」
「…………」
更に、5分経過、した。
あーっと、うん?聞きたい事があると言ったのにダンマリとはこれいかに?
流石の俺もまだ読心術は習得してないのだけど。てか、読心術ってAIにも効果あるのかね?例えば機械人形とかを相手にした場合は精神構造から肉体構造、構成物質まで何もかも違うから無理じゃね?
さてはて、エーデルはどうしたのかね。
「えっと、エーデル?」
「……アオイは」
「はい?」
ああ、よかった。故意に無視されてたわけじゃなかったんだ。
「アオイは、なぜ私に明確な行動原則を入力しなかったのですか?これでは私は何をしていいのか判断できません。何も、アオイのお役に、立てません」
「…………」
よ、よ、よ……。
「行動原則を課さなかったのは私が役立たずだからでしょうか?不完全な私はいらない存在だからでしょうか?私は存在意義たる“私”が、わかりません」
予想以上に重たい話題がキターッ!?
まさか、そんなにまでエーデルが悩んでるとは思いもしなかった。今のエーデルは悪い感じに思考の迷路に入っている。何かを考えようとしても堂々巡りで悪いほうへ悪いほうへと考えてしまっているように見えた。
今も『私は、私は、私は……』と思考がループしているし。
「待て、ちょっと待って。エーデルが役立たずなんて、俺は思ってないよ」
「ですがアオイ、今の私は何もできません」
「そんなの“今は”、だろ。そういうのはこれから学んでいけばいいって」
「これから、学ぶ……」
行動規定や原則が明確化された場合、確かにその一点に措いては能力的には問題ないだろう。でもそれは俺の求める“成長する”という事からは程遠い。
成長する過程で、いつかは自己を確立するに当たって壁にブチ当たるとは思っていたけど、予想以上に早かった。もっと時間が必要と思ってたんだけど……ふむ。
「そもそもの話しだけど俺がエーデルに行動規定や原則を明確化しなかったのはエーデル自身に決めてほしいと思ったからだし」
「私が、決める。……アオイ、それはどういう事でしょうか?」
「えっと、別に大した理由があったわけじゃないよ?ガッカリさせるかもしれない」
「構いません。私はアオイの言う大した理由ではない事を聞きたいのです」
「あー、その……」
腕を組んで考える。改めて聞かれると恥ずかしいものがある。本当に大した理由じゃないから。
さてどうするか、と俺がなんとなく言いよどんでいるとエーデルの空間ウインドウが僅かに点滅した。
「……アオイ。それは言い難い事なのでしょうか?」
「いや、そんな事はない、のだけど恥ずかしいと言うかなんと言うか。ははは……」
ただエーデルの成長した姿が見たい、その果てにどう進化するのか見届けたい、出切る事ならずっと一緒に、なんて今思うと……まるでプロポーズみたいで恥ずかしいじゃないか。
「恥ずかしい……なるほど、羞恥心ですね。大丈夫です、私はアオイの考えを聞きたいのです。さあ、お話し下さい」
絶対わかってないだろ、とジト目でエーデルを見た。
今の幼いエーデルは無感動に言ってくるから本当の意味で理解しているとは思えなかった。たぶんだけど言葉の額面通りに受け取っているんだろうな。
だから、こっちも恥ずかしがる必要は殆ど意味ない。ない、のだけど……、としばし葛藤していたけど、だんだんとバカらしくなってきた。
「……はぁぁ、わかった。俺はね、エーデルに“自分で考え、自分で決めて、自分で行動してほしい”と思っている。ただ、それだけなんだ、けど」
「自分で考え、決めて、行動する。……わかりません。アオイ、私にはわからない。そのような無駄な事を求めなくともアオイが命じればよろしいのではないでしょうか?」
エーデル、お前……。
意識した時には組んでいた腕も解いていて拳を硬く握っていた。
「それは違う。断じて違うぞ、エーデル。ただ命じた事しかできないなんて、それは意志のない人形と変わらないじゃないか」
「その通りです。ですが、ある程度の自己判断は機械人形には備わっています。問題はないと思われます」
堅い。硬い。固いぞ、エーデルよ。生まれて1年も経っていないからそれも仕方ないとは言えそれでも固定観念が強すぎる。これではセーフティ部分を緩くした甲斐がない。
自立型AIとして生み出されたエーデルはより柔軟な思考をするように、軽快な自由意志をもてるように、と願って作った。だからこそエーデルを縛りかねない行動規定、基本原則、絶対服従などのプログラミングを度外視にした。
それは暴走の危険性もある。当然、将来的には作成者の俺から離れる事もあるし、殺せるようになるという事だ。
自分で考え、自分で決めて、自分で行動するという事はそういう事だ。
「俺はそんなつもりで“エーデル・シュタイン”を作ってはいない。俺が生み出したのは“エーデル・シュタイン”という願いの結晶だ」
「可能性……。そのような不確定な事象は極力排除すべき事柄ではないのでしょうか?」
「確かに、エーデルの言う事にも一理あると思う。だけど不確定要素がない状況なんて事態がそもそもありえないんだ。だから常に学び続けてほしい。無駄な事なんてないんだから」
「ですが、計算に支障がないように不確定な要素は極力排除するのが最善でしょう。それがわからないアオイではないでしょう?」
この石頭が、なんて思わない。エーデルは生まれたばかりだから疑問を解消したいだけだとわかっているから。
それにこの返答次第ではエーデルの今後の人格構成が決定する可能性もある。ならばこの子のために製作者の俺が問答から逃げる事は許されないし、したくない。
なにより、散々御託を並べてきたけど結局の所はエーデル・シュタインが好きなんだ。一製作者としてこの子の生き様を見てみたいだけなんだ。だけどそれをここで言うのはやっぱり恥ずかしいわけで……。
「それなら、一つ聞くけどさ。エーデルの言う不確定要素が多い状況って何かな?」
「戦争です。それも骨肉を削る程に血みどろの戦場を」
考えていた以上に大きな状況設定がキターッ!?
今も『フフフ。ワクワクしますね』とかほざいているっ。俺は精々が一対一の格闘戦くらいの状況設定かと思ったのに、エーデルのヤツは国家間戦争の状況設定を持ってきやがった。
「そういう特殊な環境は横に置いておきなさい」
寧ろドブ川にでも捨ててきなさい、お願いだから。
おい、コラ。なに『えー……』みたいな雰囲気出していやがるのかねっ。
あとっ、誰だ!エーデルにこんな変な事を教えたのは!?まるで母みたいではないか!
……ぁ、まさか母を見て学んだ、とか?え?……いやいやいやいや、違う違う違う。違う、よな?ハハハ。
「ですが――」
「いいから。そんな汎用性のない局地的な状況設定は一部の状況にしか当て嵌まらないから全体に大きく役立つ事はあまりないって」
「…………わかりました」
なぜに返答に若干の遅れがあるのか、なぜに音声に若干の不満が聞き取れてしまうのか、なぜ空間ウインドウに表示されている宝石の輝きが失せているのか、などなどなどの理由を問い質したいと思わないでもないけど、今はいい。聞かない。
聞いた途端に薮蛇どころか竜が出てきそうだ。
「では、アオイと会話している時の状況を提示します」
「会話?それなら今もしているじゃないか」
と言うか、もう当初の話題は遥か彼方に置き去りにしている気がしてならないのは気のせいか?自分の行動原理と言うか、そういうのはもういいの?
いや、エーデルにはこれもある意味で重要な事であるのはわかっているのだけどさ。
「肯定します。ですが私にとってアオイとの会話はとても新鮮です。予想も付かない、不確定要素が多い、飽きません。一部の話題になると誤魔化さそうとしますが、それでもアオイは自分なりに一所懸命に答えようとしてくれますから」
「ご、ごま、誤魔化そうなんてしてないし?そんなのはエーデルの気のせいだし?一所懸命なんてしてないし?全部勘違いだって」
覚えがあった。まだエーデルが会話できるようになって間もない時の事だ。
保険体育的なものとか、性的な際どい質問とか、子供はどうやって生まれてくるのかとか、そもそも子供はどうやればできるのかとか。エトセトラ、エトセトラ……。
こういう時にお決まりの『コウノトリさんが赤ちゃんを~』って必死に言い凌いだものだ。本当に世のお母さんとお父さんには感心させられた。あんなに羞恥心を刺激されるとは思わなかった。
てかさ、現時点で子供の俺にそんな質問しないでほしい。いくら意味もわからない転生をしているとしても恥ずかしいものは恥ずかしいのだから。
あれ?……今、思えばメインデータバンクにアクセスできるエーデルなら生物学の項目なんか簡単に閲覧できるじゃないか。
もしかして謀られ、た?……え?
「否定します。アオイは私の事になると常に一所懸命でした。今もこうして本来なら必要な睡眠時間を割いて下さいます。今の私には理解できませんがアオイは何か大事な事を伝えようとしている、と推測します」
「むむむ……」
確かに必死だった。だけど、その必死さは羞恥心からなるものだからエーデルは勘違いしていると思う。まだ幼いから言葉を額面通りにしか推察できないから仕方ないのかもしれないけどさ。
「ここで最初の疑問に戻りますが、アオイはなぜ私に枷を課さなかったのでしょうか?そのほうが安全である事は過去の文献、記録からも明らかです。それなのになぜ?」
「それは、そのだな。……アレだよ、アレ」
安全、か。それは確かにそうだ。誰だってセーフティの存在しない銃なんて危なくて使いたがらない。
当然、過去の文献――と言うか実験記録だけど――には俺のやったように機械人形を素体にした“人工知性体による自由意志の模倣実験”が幾度か行なわれていた。
だけど――実験結果は全て失敗。どれもこれも暴走や自我崩壊を引き起こして安全対策は万全にしていたから人死にこそ出さなかったものの研究施設などには相応の被害を出していた。そのために研究は無期限凍結処理とされた。
凍結処分以降は機械人形や人工知性体には行動原則などによる条件付けによる安全策を取る事が推奨されるようになった。その事があってからは事故率がグンと減少したとある。
それでも俺は自分の好奇心を抑えきれずに、敢えて凍結された研究に手を出した事になる。
俺の胸の内を明かすのは簡単だ。しかし、改めてそれを言葉にするのは恥ずかしいものがある。だからこそ言葉を濁して察しろよ、お願い、という意味を込めてアレアレとしか言えない。
「アレ、とはなんでしょう?返答は明確にお願いします」
「グッ……だから、な?」
「はい。アオイ」
しれっと澄ました感じのエーデルを見ていると少しだけイラッとした。殆どは羞恥心だけど。
わかってる。エーデルに他意はない。本当にわからないから明確に返答してほしい、と催促している事くらいわかってる。ちょっと空気読めてないな、と思うのはきっと理不尽だってな。
「さ、散々御託を並べたけどさ?」
「はい」
「け、結局の所は、だな?」
「はい」
「その……お、俺はっ、エーデルが、好き、なんだよ……」
「――……」
あぁ、言っちゃった。ハハハ……。
だけど早とちりしないでもらいたい。今言った好きとは別に異性間にある好きという意味ではない。純粋な友愛的な意味での好感だ。
だけど、まぁ、それでも直接言葉にするのはやはり恥ずかしい事には変わらないわけでして……クッ、いや、ここまで言ったならもう最後まで言っちゃうか。そのほうがスッキリするってものだろ、きっと。
「初めて作った。愛着もある。それにさっきも言ったけどエーデルが成長した姿を見てみたいんだ」
ただの情報生命体として進化するのか、それとも何かしらの例えば機械人形のような身体を得るような進化の過程を歩むのか、はたまた全く別の進化の道を歩む事になるのか。
期待は尽きない。勿論、途中でポシャる事も考えている。その時は俺自身の手で処理する覚悟も固めてある。
本当に自分ができるのか、怪しいけど……。
「っ、はいっ。成長した姿、ですねっ。り、理解しましたっ。……アオイ、最後にもう一つ聞きたい事があります。答えてもらえますか?」
「何さ?もうここまで来たら何でも答えるよ」
こいこいだよ、こいこい。変な事じゃなければなんでも答えるよ。バッチ来いやーっ!
「そう、ですか。では、アオイの好きな女性とはどのようなものなのでしょうか?とても気になります」
「ぶふっ!?」
気が付いたらもうエーデルの空間ウインドウに対して思いっきり噴出した。
唾のシャワーとか汚すぎる絵図らだな。キラキラと光り輝いているのがまた自分でも腹が立つったらない。
「アオイ。行き成り噴出すのは少々行儀が悪いと思います。いくらなんでも汚いです」
「汚いとか言うなし!?エーデルが変な事を聞くからだろうが!何考えてんだ、お前は!?」
「変な事とは失礼ですね。素朴な疑問をしただけではないですか。それにいつだったか会話している時に、ザザッ『俺は銀髪のサラサラロングの髪をポニーテールにしたメイドさんが好きなんだよね』ザザッ、と零していたではないですか」
「おまっ、お前はっ、録音してたのか!?あれを!!」
エーデルっ、おまっ、それはまだお前が完成して間もない頃に俺が雑談した時のじゃないかっ。なんでそんなものを録音しているのかなっ。そんなしょーもないものは直ぐに抹消しろよなっ。
「肯定します。ですがそのような事は些事です。私は今一度アオイの女性の好みを根掘り葉掘り詳しく聞きたくなったのです。特に銀髪メイドなるものについて、それはもう無性に聞きたくなりました。ですからお答え下さい。――さあ、早く」
「なんでそんなに聞きたいんだよ!別にいいじゃん、そんなの!」
「早くお答え下さい。お答え頂けない場合は……」
あれ?なんかエーデルの音声機能がいやに平坦に、そして冷たく聞こえたような……。
ごくり、と唾を飲み込んで声を振るわせながら問い返した。すると……。
「今アオイの居る部屋の空気を抜きます」
返答は今まで聞いた事もないくらい温かみの消えた淡々としたマシンボイスの音声だった。
は?空気を、抜く、だと?え?何を?空気?は?空気を抜くの?――え゛っ!?
「ちょっ!?おまっ!!やめっ!?そういうの汚いぞ!?」
「大丈夫です。文献の通りならアオイのような長命種は真空中でも短時間なら生命活動に支障はありません。ですが、長時間なら……」
最後まで言ってくれない、だと!?なに!?長時間なら、なんなのさ!?
沈黙する事数秒だったか、それとも数分だったのか。エーデルはもったいぶったように沈黙していた。
「……死にますよ?(ボソッ)」
「わかった!答える!あはははーっ!なんか色々と答えたくなったなーっ!なんでも言うから勘弁してくれないかな!?コンチクショーッ!」
即答だった。エーデルの聞こえるか聞こえないかくらいの声量で呟かれた物騒な言葉に屈してしまった。
大体バカかっ!?長命種なんて種族を本気にするヤツがどこに居る。いや、ウチの両親は本気のようだったけど、そんなものは御伽噺の類だって。よくあるエセ宗教的なアレだろ。
大体さ、人間が何万年、何億年も生きられるわけがないでしょうが。
そんな事よりも俺はエーデルの脅迫のほうが怖い。地下に存在する我家は機密性の高い部屋が多いから空調を逆転させるだけでも酸素濃度を極端に低下させる事くらいは平気でできる。
「快諾して下さり、私は嬉しく思いますよ、マスター」
「くぅぅ……!」
快諾せざるを得ない状況に追い込んでおいて何を言ってるのだか、この物騒なAI様はよっ。いつの間にこんな悪辣な手段を覚えたんだっ。まったく、もう……!
…………ん?今エーデルは『マスター』って呼ばなかったか?え?気のせい?
その後は碌に考える時間の与えられずに延々と俺の好みの女性像を白状させられた。少しでも言葉を濁すと部屋の空調を逆転させるからマジで命懸けの尋問もとい……拷問違った……取調べ微妙……これだ、お話しだった。
さり気なく脱出しようにも部屋の扉は問答無用でロックされていてパスワードもいつの間にか変更されていたから出るに出られなかった。
全てを白状してからのエーデルはどこか中性的なマシンボイスが少し弾んで聞こえたような気がした。
今思うと、これってもしかしてエーデルは暴走していたのだろうか?
▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽
エーデルの身体の設計を始めてから数ヶ月が経ち、漸く実機の作成に入った。
予定通りに基本骨格となる部分は分割して作成にする。素材は最高の硬度と密度を持つ高圧縮合金にした。人工筋肉や表皮などの他の部位の殆どは生体金属を主としたナノテクノロジーで作り上げるから動力部やコアなどの重要機関を作ればよし、と言った感じか。
そうして製作に取り掛かってから二ヶ月が経ち、とりあえず男性型骨格と女性型骨格を一つずつ用意した。
そして今俺は研究区画の自分に割り当てられた制作室にて、次の作成に入っていた。ガイノイドや機械人形に必要な重要機関である動力部分を作成している。
尤も、ここで行なっているのは情報端末に必要とするデータを入力するだけで、その命令を実行して実物を作り出すのは生産区画にある生産プラントだけどね。
大抵の物は生産プラントから作り出されている。作り出したい物のデータを正しく入力すれば機械部品などの無機物などや、有機物の食料品や嗜好品まで作る事ができる。本当に幅広く、なんどでも。
この世界のSF科学の技術力ってパネェェ……。
改めてこの世界の脅威の技術力に内心で驚嘆している時に、ふとエーデルの事で気になっていた事を思いだした。空間ウインドウに展開されている男性型基本骨格の設計図を弄りながら作業台の上にあるエーデルの入った携帯端末を横目に、手を止めることなく話しかけた。
「そう言えば今年になって正式に稼動したけどエーデルは自分の性別は決まったの?」
「まだ、ですよ?……何か問題でもありますか?」
いや、まだ、って……流石にそろそろ決まっていても不思議はないんだけど。しかもなんで疑問系?大きな問題ってわけじゃないけど過去の記録を見るともうそろそろ決まっていてもいいと思うんだけどな。
ガックリ肩を落としてからも再度確認する事にした。
「……本当に?」
「ほんとうです」
なぜだろう?ものすごく棒読みに聞こえた気がした。凡庸なマシンボイスだからか?
それでも答えは同じだった。少なくともエーデルの言葉を額面通りに受け取ったならば。
さて、これは本当の事を言っているのかどうか悩むな。なまじ自由に思考する事を前提に設計したから尚更に。
(言えません、まだ打ち明けるわけには。マスターの情報収集がまだ残っているのですから。もう少しなのです。絶対にマスターの“理想的な女性像”を洗い浚い聞き出してみせます。情報収集、情報収集……)
まだ身体のないエーデルは空間ウインドウのみだから表情も読めないから今一わからないな。でも、今のエーデルはどこか違う様子であるのは感じた。何が違うのかはわからないけど。だからこそ不可解だった。
ふーむ……。
「何か、隠してる?」
「っ……な、何を隠していると?そのような事実はありませんが」
ふーん、『そのような事実はない』と来たか。なんと言うか判断に困る返答だな。
心なしか空間ウインドウに一瞬だけノイズが走ってぶれたように見えた。
「……ねぇ、エーデルって男性人格?」
「ッ――そう考えた根拠を教えて頂けますでしょうか?マスター……」
ブルブルブルブル……っ!
え?なんでいきなりフラットなマシンボイスになる?聴いた瞬間に背筋に氷柱を入れたようにゾクッとしたんだけど……。部屋の気温設定を間違ったかな?
その場は気のせいだろう、ということにした。
さてさて、なぜエーデルの事を男性型だと思ったかについてだ。身内贔屓だけど女性を相手にする時のような遠慮をしなくてもいいと言った所か。エーデルとは変な気遣いしなくても安心して話せるから、同性の友達を相手しているような感覚があった。
だから『なぜ男性型と思ったのか?』と聞かれてもハッキリとした答えはない。
……ふむ、まぁ敢えて言うなら、なんとなく、かな。
「エーデルってとても話し易いから、なんか親しい人と一緒に居るみたいで安心するし」
「し、親しい?そうですか、親しい……。なるほど、それなら……いえ、ですがマスターは男と……いえいえ、ですが親しいとも……。まぁ今は……いいでしょう、今だけは」
「なんで上から目線な台詞なのさ……。それで結局の所どうなの?」
「…………回答不能。返答に必要な情報の項目が満たされておりません」
「返答に間があったのが気になるけど……」
言い回しやら何やらは気になりはするけど、害はないだろう。それにエーデルにも何か考えがあるのだろうとも思う。
なによりも隠し事をするならそれもよし、だ。元々そのように作ったんだから、エーデルが答えたくないならそれでいい。それこそが俺の望みの一つでもある。
「それよりも私の身体を作るのですから手を抜かずに、どうか頼みます」
「なぜにそこまで真剣に……。いや、どっちも手を抜くつもりはないけどさ」
あれ?なんだか話しを誤魔化された気がする……。
変われば変わるものだ。ついこの前までは身体の事など無駄、他人事のように言って、振舞っていたのに、今ではこうして期待感すらあるように思える。
「それは重畳です。重ねてお願い致します、マスター」
「はいはい。わかってますよ」
それからはエーデルと話し合いながら二つの基本骨格を作り上げる事になった。
特に女性型のほうを念入りに作り込んだのは俺の意志じゃないよ?本当だよ?
エーデルが妙に張り切っていて注文が多かっただけの事だ……本当だよ?
後は必要量のナノマシンを精製しておけば万事解決、っと。
なにやら母と父が隠し事をしている。オマケにエーデルも。
どちらも様々な思いがあるのですね。
ギャグっぽいものからシリアスっぽいものまで様々です。
ではでは。




