僕に。
おや?
やあ君、よくこんなところに来てくれたね。
いやほら、君、いつも同窓会には来られなかっただろう?
だからさ、君がこんなところに来てびっくりしたんだ。
いやいや、気を悪くしないでくれよ。今日は君が主賓なんだから。
ん、ん。改めましてようこそ。
……覚えてるかい? 僕を。いや、覚えてないならいいんだ。
だってさ、眼鏡もコンタクトにしたし、髪も染めたし、背も伸びた。性格もちょっと変わったかな。ほら、思い出さないかい? 君の右斜め前の席に座ってたタクだよ。いつも君にいじめられてた、さ。
いやいや、責めてるわけじゃないよ。僕は君にいじめられてたけど、その代わり、君は僕に良くしてくれただろう?
ほら、覚えてるかい、学校行事の文化祭。
僕は照明係だったんだ。ほら、スポットライトで舞台を照らす係。
でも、運の悪いことに当日は主役が急なインフルエンザで欠席だったんだよ。
なんとしてでも一生懸命練習したクラス劇は成功させたい、でも主役がいない。
急遽代役を立てようにも、セリフを全部覚えてるやつなんていない。
だから、君は決断したんだよね。
僕に主役をやらしてくれたんだ。
いやー、劇はぐちゃぐちゃになったよ。なにせ、主役がセリフをうろ覚えなんだからね。
でも、誰も僕を責めなかったんだ。
クラスの支配者である君に、誰も逆らう気はなかったんだろうね。
中学校三年生だったし、みんなまだ若かったのさ。かくいう僕も、君も、ね?
逆らえば、僕たちみたいにいじめられる、だから逆らわないでおこう。これを若気の至りと言わずしてなんと言おう。
いや、だから、僕は君にイヤミを言っているわけじゃないんだ。そう、怒った顔をしないでくれ。
ところで、頭は大丈夫なのかい?
……いや、別に君を貶してるわけじゃないよ。
頭はもう痛くないのか、って。
何を言ってるのかわからないって顔してるね。
その分だともう頭は痛くないみたいだね、良かった良かった。
ああ、そういえばこんなこともあったね。
覚えてるかい?
クラス対抗野球大会。
当日、たしか君は風邪……ああ、そうだ、体調不良、だったかな、まあ、休んでたんだ。
それでさ、僕たちのクラスはダメダメで、3対0で負けてたんだよ。
そして迎えた最終回ウラ、僕たちだって負けたくないからね、搦手を使うことにしたのさ。必死だったんだ、独裁者たる君がいないところで勝手に負ければ、あとで、どんなお仕置きをされるかわかったもんじゃないからね。……まゆを逆立てないでくれよ、別にイヤミを言ってるわけじゃないって言ったろう?
で、打者全員でのバント。最初は面白いようにうまくいった。でも、ノーアウト満塁まで来て、そこでついに相手チームがバントに慣れ始めたんだ。
今度は逆に二人がアウト。
ツーアウト満塁で回ってきたのは僕の打順。
クラスのみんなは負けを確信しただろうね。だって、僕に運動神経がないことはみんなわかってるんだから。もちろん僕だってわかってたさ。
でも、救いの神は現れた。
ちょうど、君が遅刻して現れたんだ。
そして主審をしてた学年主任である保健体育の先生に代打を告げると、僕からバットを引ったくって打席に立ったんだ。
君がバットをフルスイングしてボールに当てた時の小気味のいい音は今でも思い出せるよ。
白球はぐんぐん飛んでいって、校舎を飛び越した。場外ホームランさ。
君のおかげで僕たちは勝って、二回戦に進んだ。
時間の都合上、二回戦は翌日以降に行われることになったわけだけど、君は無理をして学校に来たせいで風邪が悪化したんだろうね、翌日は休みだった。
でも二回戦は待ってくれない。
二回戦の相手は4組で、しかも出場選手の半分以上が野球部所属の、いわばプロだったのさ。
僕たちはなすすべもなく、一回表30対0でコールド負け。
覚えてないかな、前日の会議で、30点以上一回で取られたらコールド負けになるって決まってたの。
まあ、それはいいんだけど。
つつがなく決勝まで終わり、奇跡の逆転サヨナラから三日後、登校してきた君は、いかんなくその柔道で鍛えられた太い腕で、僕たちクラスメイトをなぎ払ったんだ。
いや、覚えて無くてもいいよ、君にとっては仕方のないことさ。
僕たちのことはサンドバックとしか見てなかったのは僕たちクラスメイト全員分かっていたのさ。
うわっ!? 急に殴らないでくれよ、背筋がひんやりしたじゃないか。
君のせいで話がそれちゃったけど、まあ、僕たちは君から、クラス対抗が5月だったから、えーっと、卒業までの十ヶ月間暴力の捌け口とされることが決まってしまったわけだ。
中には不登校になるような生徒もいたね。
かくいう僕も、その中の一人だったわけだけど。
でも、教師相手には優等生だった君は、僕たち不登校の生徒を家から引きずり出したんだ。
学校に来なかったら家に火をつけるぞ、ってね。
いやぁ、あの時の声、表情、態度! 思い出すだけで恐怖に身が竦むってものさ。
だーかーらー、急に殴らないでくれって、言ったじゃないか。話がそれちゃうだろう?
ん、ん。で、君のおかげでクラスに不登校の生徒はいなくなって、君は教師からもPTAからも感謝された。僕たちは君を恨んだし、憎んだ。この、独裁者め、って。
まあ、誰もそんなことを口に出しはしないさ。
君への怒りよりも、恐怖の方が上回っているんだから、当然さ。
それに、たったの十ヶ月、いや、夏休みと冬休みを抜けば実質八ヶ月我慢すれば僕たちは君から開放されるんだ。
僕はじめ君以外の生徒はみんな同盟を結んだのさ。
知ってたかい? 君が右腕として使ってたユウジ、彼もね、実は君を嫌いで嫌いでね、君が手を汚すのが面倒な時、ユウジにやらせてたけど、実はユウジ、本当に殴ったように見えるギリギリまで手加減して、僕たちが怪我しないようにしててくれたのさ。
まあ、知ってるよね。
君は喧嘩慣れしてたから、本気で殴ったかどうかなんて、ひと目でわかったんだろう。
君は、七月の放課後クラスメイト全員に向けてこう言ったんだ。
俺を気に入らない奴は、全員俺にかかって来い。俺が気に入らない奴は、全員俺の奴隷だ、って。
ちょっとっ! 殴るのはいい加減やめてよ! 背筋がヒヤッとするって言ったろう!?
あー、ん、ん。
僕たちにとって予想外だったのは、君が僕たちの同盟を見破っていたこと。
君にとって予想外だったのは、僕たちが、全員で君に襲い掛かったことかもしれないね。
別に、君に逆らう気はなかったんだ。
でも、クラスで一番重い、リョウが、君に殴りかかってしまったんだ。
最初のうち、僕たちは、ただ見てることしかできなかった。
デブ、いや失礼、太っていたリョウは、力では君に拮抗するかもしれないが、でも君には度胸の面で勝てなかった。
リョウを簡単にのしてしまった君は、彼を踏んづけながら言ったね。
ほかに俺に不満のある奴は?
僕たちは恐怖で動けなかった。
しかし、君の頭に小石がヒットしたんだ。
下手人は、お前か。
君の動体視力では、小石の飛んできた方向なんて一発で分かったんだろうね。
僕たちは君の視線から逃れようと、左右に避けた。
でも、一人動かなかった子がいたね。
アカネだ。
僕たちは、彼女が小石を投げたのだと悟り、唖然とした。
なんたって彼女は、休み時間でも友達と遊ぶより読書が好きで、昼休みだって誰もやりたがらない園芸委員なんてのに立候補して、真夏でも真冬でも土いじりして花を育てているような、内気な子だったからね。
君は、男女差別をしない、という点では公平な人間だったのかもしれないね。
まあ、君の中では 君>クラスメイト だったんだろうけど。つまり、君の中では男であろうが女であろうがサンドバックは同じであった、と、そういうわけさ。
君は容赦なくアカネにも手を挙げた。
否、あげようとした。
クラス委員長だったヨシキ、覚えてるかい?
ほら、銀縁眼鏡で、廊下なんか絶対に走らないぞ、って感じの超優等生キャラの。
彼がね、君の拳を遮ったんだ。
僕たちは拳がヨシキの顔面に吸い込まれるまで動けなかった。
でも、ヨシキが机を巻き込んで派手に吹っ飛んだところでやっと、体が動くようになったんだ。
ヨシキの勇気に魅せられたのか、君への恐怖を怒りが上回ったのか。今となってはどうでもいいことだけど、当時は大変なことだったんだ。
だって、君に反抗しよう、とみんなが思ったんだからね。
僕たちアカネとヨシキ、リョウと君を除くクラスメイト32人は、皆一斉に君に殴りかかった。
素手で殴りかかってるうちは良かったんだけどね、誰かが、カッターナイフを持ち出したんだ。
カッターナイフは運悪く君の目に突き刺さり、脳にまで達したのか、君は動かなくなった。
僕たちも動けなくなった。
誰がカッターナイフを持ち出したんだ?
ポツリ、と女子のクラス委員長、ユリがつぶやいた。
カッターを見ても誰のものかはわからない。
なぜって、そのカッターは美術で配られた、クラスメイト全員が持っているものだったから。
しかも、自分で持っている人と美術室に置いている人がいたから、そこではそのカッターが誰のものかはわからなかった。
僕たちは、君の死体をどうしたと思う?
学校の裏山に埋めたのさ。
君ごときを殺したことで、法律に裁かれるなんていう選択肢は僕らにはなかったのさ。
それで、僕たちは口裏を合わせ、君は失踪したことになった。
さて。
どうして、君がこの同窓会にいるのかな?
答えられないからって、殴るのもやめてくれ。
どうせ僕の体をすり抜けるだけなんだから。しかも、君の体が僕に触れるとなんかね、ひやっとするんだ。今は夏なのにね。
ああそうか、今日は君の命日なのか!
そうだそうだ、話に夢中で君の命日に同窓会を開き、主賓として君を招いたことにする、って言いだしたのは僕だったことを忘れていたよ。
さっきは君が主賓だ、って言ったのにね。
で、本当に来ちゃうなんて、今日はどうしたの?
ああそうか、君は、凶器であるカッターナイフを眼窩に埋め込んだまま眠っていたんだっけね。
今日はわざわざ、そのカッターナイフを返しに来てくれたのかい?
僕に。