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桜の森  作者:
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 翌朝、葵達は成木を出て家に帰る。従兄弟達と仲良くなり、伯父伯母とも打ち解けた。一族に挨拶をした後、もう一度亡くなった曾祖母の墓所に足を運んだ。

 来た時にふくらみかけていた蕾は、その半ばほど開いている。淡い桜の森が広がる。

 墓所に行く途中で朔哉が合流した。朔哉も一緒に帰ることになった。途中で朔哉の家に寄っていく。


 曾祖母の墓地の前に墨染めの衣を着た人影がある。

「若さん…」

 少し驚いたように詩緒が言うのに、狭鞍は振り返る。穏やかに微笑んだ。

「お帰りだと聞きましたので。今度は、祝い事の時にでもいらして下さい。祭りの時にでも。帰りずらい理由は、なくなったでしょう」

 ずっと年上の詩緒に言う狭鞍の言葉は、落ち着き見通しているようだ。子供たちに全てを話すのに困り、帰るのを躊躇っていたのを見抜いているのだ。

 詩緒は少しはにかんだように笑った。

「情けない話ですね。自分で選んだことなのに」

「仕方のないことです」

 答えながら狭鞍は、祐一に目顔で挨拶をする。最初に会った時から、揺るがない人物だったと記憶している。だからこそ、これほど村の人に受け入れられてもいるのだ。

「狭鞍さん」

 ずっと狭鞍に目を奪われていた葵は、静かに口を開いた。昨日の混乱と消化不良はどこかに行ったようにすっきりした顔をしている。

「わたしには、まだよく分からないけど、でもちょっと、成木みたいなのも素敵だと思うんです。何がと言われたら困るけれど。でも、わたしもいずれ、この桜の森の一部になりたいと、少し思います」

 そこには、芽を抜かれるのを恐れる気持ちもあるのかも知れない。それは分からない。けれど、前向きに考えた方がいい。

 ほっとしたように詩緒と祐一が葵を見、礼を言うように狭鞍を見る。

 吹っ切れたように朔哉も穏やかに笑った。

「オレも。弟も、ここにいるし」

「そうですか」

 桜の花弁の痣のある樹は、祐一を振り返る。

「父さんは三崎の墓に入るのか?」

「母さんは成木に返すからな。狭鞍さんのところに入れてもらうつもりだ」

 きっぱりと祐一は言う。そこには疑いもためらいもない。

 そうか、と言って樹は山を見上げた。自分の年ではまだ、そこまではっきりとは言えない。けれど

「分からないけど、今はオレもそうしたい。でも、そのうち変わるかも知れない」

「それでいいと思いますよ」

 狭鞍にこだわりはない。その言葉にほっとしたように樹は笑った。


 川沿いの道を下っていく車を、桜の森が見送る。山は桃色に煙り、一本一本の木で一つずつ花が開いていく。

 苗木のような、樹と葵の曾祖母の桜にも、一つ花が咲いた。重たいものを抱えて帰っていく子供たちの心を軽くしようというかのように。



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