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樹は戸惑い驚いた顔で祐一と詩緒の顔を見た。当然のように、土葬が始まる。今もまだ日本に土葬が残っていたこと自体に驚いた。
「樹、葵。二人もおばあちゃんに土をかけてあげなさい」
一杯かけて戻って来た祐一が言う。樹は葵と顔を見合わせ、並んで進み出た。死に顔しか覚えていない曾祖母の、ほとんど見えなくなった棺の上に土をかける。その周囲には桜の木々が囲んでいる。桜の森の一番下の方に曾祖母の墓穴は掘られていた。
かけて振り返った葵は、葬列者の中に制服姿で参列する朔哉の顔を見つける。
樹もその姿に気がついた。
「昨日お前を送ってきてくれた奴がいるな」
「うん。遠縁なんだって」
朔哉から目をはなさずに答えながら、葵は昨日の話を反芻する。まだ、信じ切れない自分。きっと、信じたくない自分。
葵は隣の兄の顔を見上げた。
「お兄ちゃん、後でちょっといい?」
「ん?ああ」
そっと静かに言葉を交わしながら、また葬列者の中に並ぶ。
葵は朔哉に聞いた話を、要約して樹に話して聞かせた。桜の森になっている山の上まで登って話す。他の人には聞かれたくなかった。
黙って聞いていた樹は、話が終わるとまじまじと妹の顔を見つめる。葵は聞いた話をそのまましただけだ。ただ、その話の調子は嘘だと笑い飛ばせるものだと思っていないのが表れている。
「桜の花びらの痣?」
樹はおうむ返しに言いながら無意識に左肩に手をやった。葵にはそんな痣はない。
「確かめよう」
「……」
きっぱりと言った樹の顔を、どこかほっとしたような顔で葵は見上げた。
「自分の目で確かめればはっきりする。本当だとしたら、きっと父さんも母さんも言い出すきっかけがなかったんだろうな」
「うん」
こんな内容では唐突に切り出すのも難しい。
それから毎日、樹と葵は曾祖母が埋められた場所に通った。まるで目の前で芽が出る瞬間を見ようというかのように、そのまましばらくそこにいる。
芽が出たのは二日目、初七日には確かに苗木ほどに成長した。誰かが植えたものであるとは、とても思えない。
子供たちがそうして毎日墓地に通っているのに気づいた祐一と詩緒は、顔を見合わせた。そこに詩緒の母が湯飲みにお茶を入れて持ってくる。
「話したの?」
母の言葉に詩緒は首を振る。けれど、何かそのような話を聞いたのでなければ二人のあの行動は分からなかった。
「誰かが話したんでしょうか」
「そうね……」
祐一の言葉に、小さく息をついて詩緒の母は考える。通夜の夜、外に出た葵を送ってきた少年を思い出す。藤代の家の子供。双子の弟を亡くした時、あの子とその母親も今の樹と葵のようなことをしていた。
「藤代の、朔哉君かしらね」
「藤代……この間葵を送ってくれた子ですか」
祐一の言葉に頷きながら詩緒の母は三年前を思い出す。子供の死を悲しむ間もなく村に連れ帰さなければいけなかったあの夫婦は見ていて痛々しかった。
「あの子も村外で生活しているのよ。三年前、あの子の双子の弟が亡くなってね。その時に今の樹と葵のようなことをしていたのよ」
「そういう人が話してくれた方が良かったのかも知れない。もしそうなら、わたしはお礼を言いたいわ」
ようやく口を開いた詩緒はそう言うと小さく微笑んだ。
初七日の日に、緋山の家に来た朔哉を葵はつかまえた。そっと肘に手をやり、振り返った朔哉の顔を見上げる。
「本当だった。でも、何で?」
「本当に分からない。誰に聞いても分からなかった。成木の人には当たり前のことなんだよ。当たり前のことに疑問なんて抱かない。誰に聞いたって分からなかった」
樹は座敷で大人達と話をしている。親戚がこうしてみんな集まるのは正月や法事くらいしかないのだ。同じ村のうちに住んでいても集まるとなると大事だ。そこに樹は大人達に呼ばれて掴まっていた。
葵は朔哉が来るのを願ってずっと待っていた。けれど、答えはそこにもない。
そこにちょうど、お寺の若さんが通りかかった。軽く頭を下げて通り過ぎようとする若さんを葵は不意に呼び止める。
「あの…」
「はい?」
驚いた様子もなく静かに振り返った若さんは、そこにいる二人がどちらも村外から来た子達であるのに気づく。二人にはここはひどく理解しにくく、落ち着かない場所だろう。外に出れば異端は成木の者だが、ここでは外の者が異端者にならざるをえない。
葵は、お寺の若さんは物知りだと祖母が褒めていたのを思い出した。呼び止め、何と言えばいいのか少し考えてから、葵は軽く唇を噛んでから改めて口を開いた。
「わたし、三崎葵です。こちらは藤代朔哉君。お聞きしたいことがあるんです」
どこか、思い詰めた様子さえ見られる様子に若さんは暖かい顔で頷いた。
「どこまでお応えできるか分かりませんが、うかがいましょう。わたしは狭鞍慈行です。後ほど、寺の裏の我が家においで下さいますか」
落ち着いた狭鞍の声に、ほっとしたように葵と朔哉は顔を見合わせる。揃って頷く。
「はい、ありがとうございます」
狭鞍は二人に頷きを返し、通り過ぎた。二人の気持ちを想像することはできるが、我が身に引き寄せることは狭鞍にもできない。村の者にとってこれは当たり前のことであり、それが普通、言い詰めればよいことでさえあるのだ。生まれた子供に桜の花びらの痣があった時の身内の落胆を狭鞍も見て知っている。
夕方、山の稜線が赤く光り、山が影のように見える頃葵は寺の方に足を向ける。家の中から樹が追いかけてきた。
「葵!」
振り返って待っている妹に並ぶと樹は深く息を吐き出して、歩く。葵にそっと耳打ちされてから、酒類はずっと遠慮していた。
「お前黙っていこうとするなよな」
「だっておじさん達、嬉しそうじゃない」
「ずっと話聞いてるのも疲れるの」
笑って言って樹は、山を見上げる。きれいな山。それが怖い。
分かれ道で朔哉が待っていた。葵と一緒に樹がいるのに気づいて軽く頭を下げる。こうして直接顔を合わせるのは初めてだった。
「藤代君?」
「朔哉でいいですよ。樹さんですよね」
「ああ。一緒に行かせてもらうよ」
和やかな声で言葉を交わしているが、顔は二人共、いや、葵も含めて三人とも硬い。これで答えが出るのだろうか。不安は大きい。