舞踏会のお知らせ
主人公決して純粋じゃないです。
地位なんて関係ない、私綺麗なんかじゃない…なんていう少女じゃありません。
そういう主人公が苦手な方はご容赦ください。
少し端の破れた羊皮紙。
【容姿のすぐれた乙女はすべてレイゾーン国創立記念日の舞踏会出席登録を義務づける。】
「………で?」
私は思いっきり眉をしかめたまま目の前の男を睨みつけた。
わざわざ村の広間から剥がしてきたらしい男には悪いが、ヴィヴァルディア中に配布されているというこのチラシは何度も見ている。
そしてなにが言いたいのか分からない。
「で、って?」
「だから、なにが言いたいの?」
忙しいんだから、と言いながら私は靴墨を眉に塗ろうとチラシを男に突き返した。
今日は街の花街に往診に行くことになっている。
診療所のあるこの村からは少し遠いので、早めに行かなければ営業の始まる夜になってしまう。
めずらしく興奮して見ろ見ろというから何かと思えば、1月前のチラシとは。
まあこいつがくるのも一月ぶりなんだけど。
「私に何の関係があるのよ。」
そう言うと、さっきまで嬉しそうな顔をしていた男はみるみる内に不機嫌な顔になって私の前に立ちふさがった。
ちょっと。忙しいんだってば。
「義務、って書いてあんだろ?背いたら罰が下るぞ。」
「罰なんて下らないわよ。私は条件に当てはまらないから。」
どいて、と無理矢理押しのけて戸棚から必要な薬を取り出す。
確か避妊薬が足りなくなっているとも行ってた気がする。
口がすっきりする飴もいくつか必要かな、と考えていると、急にぐるんと体の向きを変えられて驚いた。
目の前には燃えるような金の瞳に茶色の髪の美しい男。
初めて会ったときはこんな綺麗な男がいるのかと驚いたものだ。
あの出会いのあとの衝撃と慣れで、もう動じることはなくなったけど。
「リーザ、お前美しいんだろ!?」
「いや、聞かれても。」
これを真剣な顔で言うんだから、困る。
しかも今度はぶつぶつとなぜ、だとかリーザ以上がいるものか、とか言い出しはじめる。
私は決して卑屈な人間ではない。
自分が人より美しいことは知っている。
ずっとこの容姿で生きてきたのだ。
幼い頃から一目惚れは当たり前、襲われそうになったことも、誘拐されそうになったことも一度や二度じゃない。
実際この容姿を利用する術も知っているし、容姿の優れたということは当てはまっているだろう。
私は小さくため息をついてそっちじゃないわよ、と呟いた。
「乙女じゃないって言ってんの。」
小さく言ったのにその言葉は男に大きな衝撃だったらしく、びくりと大きく肩を震わせた。
「………あ?お前、どこのどいつにヤられた。」
そいつぶっ殺す、と本気で殺気立つこの男。
私はもう呆れを通り越して頭が痛くなる。
本気なのか、冗談なのか。
いや、家が震えるほどのこの殺気は本気なのだろう。
止めて欲しい。
もうだいぶ古いから屋根が落ちてきそうだ。
「……ウィル、あんたでしょ。」
人の乙女を奪っておいて、忘れたのかこの男は。
ウィルは訳がわからない、とでも言いたげに眉をしかめていたが、だんだん私の言う意味を理解し始めたのか殺気が収まり、安堵するようなとろけるような笑みに変わり始めた。
そう、普通の女なら腰砕けになりそうな。
無駄なフェロモン。
むかつく。
「ああ、お前、俺以外知らないのか。」
本当に嬉しそうに眉を下げて笑うウィルに痛いほど抱きしめられ、私はばしばしと容赦なくこいつの背中を叩いた。
開き直りやがった、この男。
初めて会った夜私に襲いかかったのを忘れてたくせに。
「離しなさい、バカ。時間無いって言ってるでしょ。」
結構強めで叩いたのに、堪えた風もなくウィルは私を離さないまま上機嫌で、戸棚からの上段から飴を取り出し渡してくれた。
確かに踏み台無しの私じゃ身長足りなかっただろう。
私も165センチはあるが、ウィルは20センチ以上私より高い。
くそう、なんで欲しい物がわかるんだろう。
「俺だけなら大丈夫だ。舞踏会行け。」
「何言ってんだか、大丈夫なわけないでしょ。」
どこまで傲慢なのよ。
最後までいってないなんて言うのはあり得ない。
というか、一晩中この男は私を寝かさなかったのだ。
奪われたあの次の朝、下半身の違和感を感じながら何を言われても無視する私に、ウィルは一週間毎日訪れてきた。
折れて私が許可し無い限り二度と触れないことを約束させ、私はウィルを許したのだ。
それからこんな山奥の村に一週間ごとにウィルは私を訪れ、何かを持ってきたり話をし抱きしめることもあるが、それ以上触れない。
たまに一月空けることはあるが、そういうときは前もって言うというマメさ。
そう言う経緯があって、もう行為自体を恨む気持ちはないけれど。
忘れるってどういうことよ。
それに、一度だけでも乙女でないのは確かなら、それで舞踏会に行く方が処罰されるっての。
もがいても離してくれないので諦め、体の向きを反転させて後ろ向きに抱きしめられたままでずるずると引きずるように歩く。
慣れているのか、なぜか私はほとんど体重を感じない。
女たらしめ。
大丈夫だって、行けって、と繰り返すウィルを無視しながら、医療具をまとめたバッグを持ったまま泥とファンデーションを混ぜたものを顔に塗りつける。
それから調合しておいた魔法入りの薬を飲んで、金髪を茶色の髪に変化させた。
これでほとんどの準備はできた。
あとはこの大きな子供を引き離さなければ。
こんな綺麗な男を花街に連れて行くなんて、いろいろな意味で危険すぎる。