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図書館でお茶会を

作者: 藤本 天

初投稿です。

生ぬるい目で見てやってください。

こぽぽぽぽぽ……。

白い陶器のカップに濃い緋色の液体が湯気を出しながら注がれる。

カップはひとつ。テーブルの上には焼きたてのマフィンとクリームにジャム、こんがり焼いた腸詰肉(ソーセージ)、サラダ、リンゴのような赤い果物。小さなかごにはクッキーやビスケット、スコーンがたっぷり入っている。

白いテーブルクロスは今日の空のように澄み切った爽やかな青の縁取りが施され、古ぼけたテーブルと椅子を上等に見せる。

カップにたっぷり紅茶を淹れた少女は黒曜石のような瞳をキラキラと輝かせた。

ひざ丈の白いワンピースをさらりと揺らして椅子に座って、カップを取り上げ、さて一口。

ほうっと少女の口からため息が漏れる。

「和むなぁ~」

うっとりと酔うように少女は空を見上げ、ゆっくりとあたりを見回す。

緑の芝生に包まれた地面、小さな花壇には可愛らしい花が咲き、人の背丈ほどある常緑樹の生け垣が回りをぐるりと囲んでいる。

「あたしだけの秘密基地ってかんじ?んん~贅沢~っ」

クッキーをかじりながら優雅にお茶をすする。

こうしてお茶をするのはかれこれ一週間ぶりだ。

ここしばらく仕事が忙しくてこんな風にお茶ができなかったのだ。

(勤労学生は疲れる……)

はぁっとため息をついてここ一週間を振り返ろうとして……やめた。

悪夢が舞い降りかけた。魂が今度こそ抜けかけた。

一回目は何の冗談だか知らないが異世界に落っこちてくれた魂も、次は天使さんも見逃してはくれんだろう。残念だがまだ死にたくはない。

そう、何を隠そうここでのんびり優雅に午後のお茶(アフタヌーン・ティー)を楽しんでいる、わたし、ユーリ・トレス・マルグリットこと旧柴崎由利は元日本人。事故って死んだと思ったら、シエン大陸のザラート国に、はい転生。したらしい。

赤ん坊のころはわからなかったが、物心つくころには何となく理解した。文字や言葉が全然わからなかったときは焦ったが、両親たちはちょっと言葉の発達が遅かったくらいの認識で、幼児のスポンジみたいな知識吸引力に感謝しながら必死で文字や言葉を覚えた。

今現在ぴちぴち17歳にして精神年齢アラサーってどうなんだろう。

まぁ、その無駄に成長しきった精神のおかげでこうして優雅にお茶を楽しんでいるのだが。

ふっと僅かに黄昏ていると、生け垣ががさがさと動いた。

「うげっ」

この秘密基地を知っているのはここへの入居を了承してくれた人とあと一人だけ。

生け垣の一部からすらりと背の高い人が出てきた。

光の加減で藍に見える髪を少し長めに伸ばし、無駄に長い手足を優雅に操ってその男はこちらに近づいてくる。

無駄に美しいその美貌ににやりと意地の悪い笑みを張り付けながら。

「うげっとは何だうげっとは。せっかくこんなところまでわざわざ足を運んでやったというのに」

「………諸悪の根源」

「なんだ?」

男は怪訝そうに綺麗な柳眉をくぃっとあげる。

やたらめったら綺麗な顔が腹立たしい!!

「この陰険、性悪、強悪鬼畜魔導師ーっ!!あんたのおかげであたしは酷い目にあったっていうの!!てゆーか!!ここに来るなって何回言わすかーっ!?」

きっと睨みつけると陰険(以下略)魔導師はくっと口角を上げて悠然と腕を組む。

「市民に公開されている公共施設に入ってきて何が悪い?第一、公共施設で不法住居しているのはお前だろう?ならば、せめてここで馬車馬のように働いて恩を返すのは道理だろうが」

流れるようなヴァリトンにユーリはぐぅっと黙った。

そう、何を隠そうこの秘密基地、正しくはザラート国にある魔導と学問に秀でた街チューリの中心にある『学院』の王立学院図書館の最上階にある植物園だ。

さらに詳しく言うとその植物園の迷路庭園の中心にユーリはテーブルと椅子を用意して優雅にお茶を楽しんでいたのである。

ついでに言うと迷路庭園のさらに奥、小さな林の中にユーリが住んでいるログハウスがある。ここに住むに至るにはいろいろ事情があるのだが、それをこいつに言う気はない。

ユーリは俯いていた顔をあげてぎっと睨む。

「確かに、ここがあるのは公共施設だけど、この最上階に来るには許可が必要なはず。っていうか!!一週間ぶりのお茶時間を邪魔しないでよ!!あんたが魔導書の挿絵逃がしたせいであたしがどれだけ大変な思いしながら挿絵たちを集めたと思ってんの!?」

そう、あたしは王立学院図書館の司書として一般図書や魔導書の貸出・保護・修正・閲覧業務をしている。

ザラート国建国より古い歴史を持つこの王立学院図書館は本がべらぼうに多く、本を納めておくために書架を増やし、増改築を繰り返したせいで『ここにあるのは確実なんだけど、どこにあるのかわからない』、もしくは本を探すうちに『迷子』、『隠し部屋に閉じ込められて危うく餓死』という事件だか事故が多発するため、王立学院図書館では司書が多数在籍している。

あたし、ユーリもその中の一人なわけだが、つい一週間前、この陰険(以下略)横暴魔導師がうっかり魔導書の挿絵を逃がしたせいで挿絵たちを探しまわることになったのだ。

通常業務に加えて、元気に逃げ回る挿絵たちを追いかけ、探し、捕まえるのは筆舌しがたいほど大変だった。

「大体、一級危険魔導書をなんであんなうっかり落とすのよ~。長い年を経た魔導書が魔力を帯びるのはあんたたちが一番知ってるじゃない」

「手がすべった」

悪びれもせずに陰険(以下略)魔導師は言うと魔導陣を書いた紙を二枚出し、テーブルに一枚、芝生の上に一枚置いた。

ぽんっとはじける音とともに木目模様も美しい飴色の椅子と金の縁取りが施されたティーカップがひとつずつ現れる。

さすが宮廷魔導師と胸の中で毒づく。

ふと、いつも気になっていたことが浮上する。

「宮廷魔導師のくせに、なんでわざわざ王立学院図書館に来るのよ。王都にも立派な王立魔導図書館があるじゃない」

「ここのほうが面白い」

「あっそー」

悠然と椅子に腰かける姿は高貴だというのに口を開くと残念なのは何故だろう。

さっきの質問にしても、帰ってきた答えが『蔵書量が多いから』とか『ここにしかないかわった図書があるから』なら魔導師らしくて尊敬もするのに、『面白い』ってなんだ?

一日一人は『隠し部屋』に閉じ込められたり、『迷子』になる人がいることか?それとも毎日配置が変わる書架のことか?

何となく疲れたユーリは無言で差し出されるティーカップにお茶を注ぐ。

綺麗なティーカップに緋色のお茶がふわりと香り、高貴な仕草で魔導師はお茶を飲む。

「それ飲んだら帰ってよね?」

「相変わらずお茶を淹れるのだけはまぁまぁだな、お前は」

「…………美人でナイスバディな王宮侍女様のお茶のほうがおいすぃのでは?」

何か起こす前にさっさと帰ってくれとユーリはため息をつきながらクッキーをかじる。

憮然とした顔のユーリを見、魔導師はくっくっと喉を鳴らす。

「王都で評判のうまい茶葉が入った。」

「だから?」

「これがなくなったら淹れろ」

いつもながらの横暴俺様発言。

だから、何故あたしが!?

言おうとした言葉をテーブルの上に置かれた四角い缶を見てぐっと飲み干す。

お茶の缶は一回では使いきれない。つまり、残りの茶葉は自分のもの!?

しかも、缶から考えるにお茶は超高級王室御用達の茶葉専門店の初摘み茶葉!?

「…………一杯だけだからね?」

「いいだろう」

スコーンにクリームを塗り、魔導師はスコーンのくずすら落とさずに食べる。

ユーリは大好きな木苺のジャムをスコーンにたっぷり塗る。

だから、ユーリは気づかない。

魔導師がにやっと悪戯が成功した子供のように笑ったことなんて。



(てゆーか、あたしなんであいつとお茶会なんかしてたの?)

我に返ったユーリは対面に放置された飴色の椅子と綺麗なティーカップ、残されたお茶の缶を見下ろしてはっと目を見張る。

「まさか、また来る気なんじゃ………っ!?」

ザラート国の魔導と学問の街チューリ。その中心の『学院』の知識の迷宮と呼ばれる王立学院図書館の最上階。

数多の隠し通路、隠し部屋を潜り抜けなければ到達できない空中庭園の最奥、迷路庭園にユーリの悲鳴が響き渡るのは魔導師が約束どうり帰った後。


なので、いまは。

テーブルの上には封を開けられた超高級王室御用達のお茶の缶。温かいティーポットにお茶をたっぷりたたえるティーカップ。クッキーにビスケット、スコーンは籠の中。マフィンと腸詰肉(ソーセージ)、サラダが入っていた皿は片づけられていて、代わりに皮をむかれた果物が並ぶ。

「あ、そうだ。知ってる?魔導師」

「俺の名を忘れたか?ユーリ・トレス・マルグリット?」

「アヴィリス・ツヴァイ=ネルーロウ・スフォルツィア」

小馬鹿にした口調に腹が立ち、やたらと長い名前で呼んでやる。

すると魔導師―アヴィリス・ツヴァイ=ネルーロウ・スフォルツィア―は微笑みらしきものを口許に浮かべた。

「アヴィリスで構わん」

「そう。アヴィリスは知ってる?近頃この図書館で悲鳴を上げる幽霊が出るんですって」

「隠し部屋に閉じ込められた閲覧者ではないのか?」

「図書館が休日の日に図書館から聞こえてくるらしいのよ」

「怖いのか?」

「……幽霊ごときが怖くて魔導書をやたら隠し持っているこの図書館で働けるわけないよ」

「……………言い得て妙だな」

魔導師と不思議な図書館に住む司書のお茶会。

ザラート国一番の宮廷魔導師がわざわざチューリの王立学院図書館の最上階に来る理由を司書が知るのはまだまだ遠い。


続編、書くかも?

多分中編になる?のでは?

いつか、うん。いつか。

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