蒼穹の浮遊神殿と疾風の魔導大剣士――暴走する古代島と天災級魔獣を、超重力の一閃で両断せよ
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重厚なオーク材の扉を開けると、高原の冷涼な風を一瞬で吹き飛ばすように、オーク樽のエールと香草で焼き上げた鳥肉の香ばしい湯気、そして大空を生きる冒険者たちの豪快な笑い声が津波のように押し寄せてきた。
大陸の上空三千メイル、見渡す限り白銀の絨毯のように広がる雲海。その天空に浮かぶ無数の浮遊島群「蒼穹の回廊」において、最も雄大な浮島の上に築かれた天空城塞都市スカイヘイブン。
古代の天翼文明が遺した重力遮断炉によって空に留まるこの都市は、雲海を行き交う帆船型飛空艇の要衝であり、未踏の浮遊島や天空遺跡を目指す腕利きの冒険者たちが集う大空の都であった。
街の中央広場に面して堂々とそびえ立つ冒険者ギルド本部兼酒場「風切の鷲翼亭」。
高い吹き抜けの天井には天球儀を模した魔導ランプが揺れ、床を埋め尽くすテーブル席では、風切り羽をあしらった軽装甲の射手、革のグライダー翼を手入れする飛翔士、魔導書をめくる術士たちが杯を交わしていた。
「おい、ゼファー! 今朝も展望デッキで素振りに励んでたそうじゃねえか。あの重てえ大剣を軽々と振り回す姿は、いつ見ても見事なもんだぜ!」
カウンター席で泡立つ木樽ジョッキを呷っていた髭面の飛空艇乗りが、白い歯を見せて声をかけてきた。
声をかけられた青年――ゼファー・クレストは、風になびく亜麻色の短髪を指先で払い、背中に背負った身の丈ほどもある巨大な大剣の留め具を確かめながら、爽やかに微笑んだ。
「おはようございます、オルガさん。天空の気流は刻一刻と密度が変わりますからね。風の抵抗と大剣の重さのバランスを体に叩き込んでおかないと、いざという時に刃が遅れてしまいます」
ゼファー、十九歳。
引き締まった無駄のない筋肉に、深青色と白銀の魔導革鎧。
背中に背負う大剣「ゲイル・ブレイカー」は、天翔ける竜の骨とミスリル鋼を鍛え合わせた幅広の巨剣であり、彼自身の魔力を通すことで周囲の気流を操り、自身の重量を自在に変える「グラビティ・ゲイル」を行使する「魔導大剣士」としての彼の象徴であった。
「ゼファー、おはようございます。今朝も一番乗りですね」
澄んだ鈴の音のような声とともに、テーブルへ歩み寄ってきたのは一人の女性だった。
淡い若草色の長髪を風になびかせ、尖った耳と透き通る翡翠色の瞳を持つエルフの美女。白と緑を基調とした動きやすい狩猟服を身に纏い、背中には精霊樹の枝から削り出された優美な長弓「シルフィード・ボウ」を背負っている。
風の精霊シルフと語らい、百発百中の神技を誇る気高き精霊弓士シエラ・フォールン、二十歳。
「シエラ、おはよう。風の精霊たちの機嫌はどうだい?」
「ええ、とても良好です。……ただ、南の空の風が少しざわついているのが気になりますけれど」
シエラがわずかに眉を寄せたその時、背後から地響きのような豪快な足音が近づいてきた。
「がっはっは! 若い連中が朝から揃って熱心なことだな! 風のざわつきなんぞ、ワシのこの盾で一吹きにしてくれるわ!」
ドスンと音を立てて床に巨大な盾を置いたのは、逞しい体躯を誇る大男――ギルバート・アイアンハート、二十六歳。
全身を白銀の鋼鉄重装甲で固め、胸には天空騎士団の守護紋章。身の丈ほどもある重厚な魔導タワーシールド「アイギス・スカイ」と、長柄の雷光パイクを携えたパーティの頼れる守護神だ。
「ギルバート、朝から元気すぎるよ。昨晩の祝勝会で散々エールを飲んでいたのに」
「冒険者の活力は美味い酒と美味い肉、そして仲間との絆から湧くもんよ! さあ、今日の依頼板にはどんな大仕事があるかな――」
三人がテーブルを囲んで笑顔を交わした、その瞬間だった。
カアァァァァァァァンッ!!
カアァァァァァァァンッ!!
ギルド本部の天頂に据えられた巨大な真鍮の警鐘が、けたたましく乱打された。
空気を切り裂く鋭い金属音が酒場全体に響き渡り、大広間の喧騒が一瞬にして水を打ったように静まり返る。
「な、何事だ!? 空賊の襲撃か!?」
「バカ言え、この鐘の鳴り方は……最高警戒、ギルド本部の緊急非常招集だ!」
ざわめきが広がる中、二階のギルドマスター執務室の重厚な扉が勢いよく開いた。
現れたのは、かつて大陸全土にその名を轟かせた元Sランク冒険者にして、老将バルトロメオだった。
右目に歴戦の古傷を持ち、禿頭に白髭をたくわえた老戦士の手には、最高度の危機を告げる深紅の羊皮紙――非常赤紙クエストが握られていた。
「全員、静粛に! 刮目して聞け!」
バルトロメオの怒声が、雷鳴のように大広間を揺るがした。
「先ほど、南西三〇〇リールを漂う古代の浮遊島『雷雲の古代浮遊神殿』の観測塔より、緊急の魔導伝令が入った! 太古の封印が突発的に破られ、神殿に眠る伝説の天災級魔獣……〈テンペスト・ワイバーン〉が覚醒した!」
「なっ……テンペスト・ワイバーンだと!?」
「あの神話に出てくる、暴風と紫電を撒き散らす天災の化身か!?」
「おいおい、あいつが目覚めたら神殿の魔物が暴走してスタンピードが起きるぞ!」
どよめく冒険者たちを、バルトロメオの鋭い眼光が制した。
「事態はそれだけにとどまらん! 翼竜の覚醒に伴い、神殿を浮遊させている古代魔導炉が過負荷暴走を起こした。巨大な雷雲嵐を纏った浮遊神殿そのものが、制御を失ってこのスカイヘイブンへ向けて直進している! このままでは明朝までに浮遊島同士が激突し、この天空都市は雲海へと墜落する!」
大広間が完全な戦慄に呑み込まれた。
激突までのタイムリミットは半日足らず。逃げ場のない天空都市において、それは数万の住民の死を意味していた。
バルトロメオは、大広間の最前列にいたゼファーたち三人のテーブルへ真っ直ぐ視線を注いだ。
「神殿を取り巻く竜巻結界を突破し、最深部の祭壇でテンペスト・ワイバーンを討伐して浮揚炉を沈静化させねばならん。だが敵は天を支配する翼竜。超高圧の暴風ブレスを受け止める鉄壁の大盾、乱気流を読み切る精霊弓の射撃、そして神速の空中機動で分厚い竜鱗を叩き割る魔導大剣の破壊力が不可欠だ。――『アズール・ストーム』! この都市の命運、お前たちに託してよいか!」
大広間のすべての冒険者たちの視線が、ゼファー、シエラ、ギルバートの三人に集中した。
ギルバートが大盾を床に力強く打ち鳴らし、豪快に笑った。
「がっはっは! 天空騎士の盾が嵐ごときに屈してたまるか! 俺の盾で仲間も都市も丸ごと守り抜いてみせるぜ!」
シエラが長弓を胸に抱き、凛とした決意をその瞳に宿す。
「風の精霊たちが、都市を救ってくれと私に囁いています。気流の先導はお任せください」
そしてゼファーが、背中のミスリル大剣「嵐切」の柄に手をかけ、一歩前に進み出た。
「引き受けます、ギルドマスター。僕たちの剣と弓と盾で、必ずテンペスト・ワイバーンを討ち果たし、このスカイヘイブンの青空を守ってみせます!」
バルトロメオは満足そうに口元を歪め、深紅の指令書をゼファーの手へ託した。
「頼んだぞ、若き嵐燕たちよ! 全都市の民の祈りを背に、大空を翔けてこい!」
割れんばかりの歓声と激励の怒号が酒場を揺るがす中、三人は装備を確かめ、係留所へと駆け出した。
◇◇◇
スカイヘイブンの天殻係留所から飛び立った高速小型飛空艇は、唸りを上げる魔導プロペラで雲海を切り裂き、南西の空へと疾走した。
やがて、晴れ渡っていた蒼穹が急速に暗転し、黒々とした巨大な雷雲の壁が三人の視界を埋め尽くした。
バリバリバリッ!
漆黒の雲の中で紫電が走り、耳をつんざく雷鳴が轟く。
雷雲の裂け目から姿を現したのは、数千年前の白亜の大理石で築かれた壮麗な空中都市の残骸――「雷雲の古代浮遊神殿」。
神殿全体が巨大な竜巻に包まれ、岩の破片や古代の石柱が激しい気流に乗って飛び交っている。
「飛空艇で接近できるのはここまでです! これ以上近づけば乱気流で船体が引き裂かれます!」
舵を握る操縦士が叫ぶ。
「了解だ、ここからはグライダーで突入する! シエラ、気流の誘導を!」
「はい! 風の精霊たちよ、乱気流を裂き、我が道を開け――『シルフ・ストリーム』!」
シエラが長弓を掲げると、激しい突風の中に穏やかな緑色の気流のトンネルが生まれた。
「行くぞ!」
ゼファーを先頭に、三人は背中の魔導グライダーを展開し、飛空艇から大空へと身を躍らせた。
雲海の上空二千メイル。足元には底知れぬ白銀の雲、頭上には紫電走る黒雲。三人は矢のような速度で滑空し、浮遊神殿の外縁部に広がる大理石の空中回廊へと滑り込んだ。
ズザザザッ!
石畳に靴底を滑らせて着地した瞬間、背後で突風が吹き荒れ、グライダーの翼が自動で収納される。
古代の神殿回廊は、白亜の巨柱が立ち並び、壁面には天翼族の精緻なレリーフが刻まれていた。だが、その美しさを味わう暇はなかった。
ギャアアアアッ!
ギャアアアアッ!
頭上の雷雲から、耳を劈く甲高い鳴き声が連続して響き渡った。
稲妻の光に照らし出されて現れたのは、体長三メイルを超える猛禽の魔獣〈サンダー・ラプター〉の群れ。その数、およそ二十羽。
鋼鉄のように硬質な青白い羽毛を持ち、鉤爪からは紫色の火花がバチバチと放電している。
スタンピードの狂乱に駆られたサンダー・ラプターたちは、侵入者の姿を捉えるや否や、急降下爆撃の姿勢で一直線に突撃してきた。
「上空からの雷撃突進です! 散開しての挟撃を狙っています!」
シエラが瞬時に状況を分析して叫ぶ。
「散開などさせるか! 我が前に集え、嵐の爪牙よ! 『ウォークライ』!!」
ギルバートが大盾を地面に叩きつけ、黄金の闘気波を天へ向けて放った。
キエェェッ!
闘気に煽られたサンダー・ラプターの群れが軌道を変え、一斉にギルバートへと殺到する。
二十羽の猛禽から放たれる雷球の連射。
「我が盾は天の城壁、いかなる雷霆も通さじ! 『エア・フォートレス』!!」
ギルバートが魔導タワーシールドを前面に押し出すと、大気の超高圧壁が半球状に展開された。
ドガガガガアンッ!
激しい爆発音とともに雷球が次々と弾け散る。
サンダー・ラプターの鋭利な鉤爪が大盾をガリガリと引っ掻くが、ギルバートの巨体は一歩も後退しない。
「くそっ、重たい爪だぜ! だが俺の盾は破れん! ゼファー、今だ!」
「ナイスキープだ、ギルバート! ――『風重変換、フェザー・ライト』!」
ゼファーの全身を淡い緑の魔力が包み込んだ。
身の丈を超えるミスリル大剣「嵐切」の重量が、魔導によって極限まで相殺され、羽毛のように軽くなる。
ゼファーは石畳を蹴り、重力を無視したような超高高度の跳躍を放った。
空中で身体を反転させ、サンダー・ラプターの群れの頭上へと回り込む。
「シエラ、逃げ道を塞いでくれ!」
「承知しました! 風よ、散る鳥の翼を縛れ――『ゲイル・バインド』!」
シエラが放った三本の風矢が空中で破裂し、局所的な竜巻となってサンダー・ラプターたちの退路を塞いだ。
群れが一瞬密集した、その刹那――。
「大剣よ、山河の重みを取り戻せ――『風重変換、タイザン・ヘヴィ』!!」
ゼファーの魔力操作により、大剣の質量が一瞬で数百キロの超重量へと急激に増大する。
さらに大剣の刀身に荒れ狂う風の魔力が凝縮され、超高圧の暴風刃を形成した。
「魔導大剣技――『ゲイル・ディザスター』!!」
ドッゴォォォォォンッ!!
上空から振り下ろされた大剣の一閃が、空間そのものを切り裂くような巨大な暴風の衝撃波を生み出した。
落下速度と超重量、そして凝縮された風刃が合一した破壊の一撃。
直撃を受けたサンダー・ラプターの群れは、一瞬にして翼を粉砕され、大理石の回廊へと叩きつけられて沈黙した。
ズシンッ!
ゼファーが軽やかに着地し、大剣の切先を石畳から引き抜く。
大理石の床には深々とした断層が刻まれ、周囲には倒れた魔獣たちから立ち上る魔力の粒子が漂っていた。
「ふう……相変わらず、無茶苦茶な破壊力だな、ゼファーの大剣は」
ギルバートが大盾を下ろし、肩を回しながら苦笑した。
「ギルバートが完璧に敵を引きつけて、シエラが逃げ場を塞いでくれたおかげだよ。三人の呼吸がぴったり合っていた」
ゼファーが笑いかけると、シエラも弓を引く指先を緩めて微笑みを返した。
「ええ。ですが、これはただの前哨戦に過ぎません。神殿の深部から、さらに強大な魔力の咆哮が響いています」
シエラの言葉通り、神殿の奥からビリビリと空気を震わせる重厚な地鳴りが伝わってきた。
三人は気を引き締め、浮遊神殿の心臓部へと続く巨大な大理石の階段を駆け上がった。
◇◇◇
階段を登り詰めた先は、かつて天翼族の神官たちが祈りを捧げた聖域「風哭の回廊」であった。
しかし今や暴走した浮揚炉の影響で、目も開けられないほどの暴風が渦巻く危険地帯と化していた。
回廊の中央には、天を支えるかのような十数本の大列柱が立ち並び、その奥の巨大な門扉には、紫電を帯びた緑色の暴風結界が激しく回転している。
そして、その門の前に立ち塞がっていたのは、信じがたい巨躯を誇る守護者だった。
ゴゴゴゴゴゴッ……!
風哭の回廊の石床から、古代の神殿石材と風魔石が引き寄せられ、轟音とともに結合していく。
姿を現したのは、体高八メイルを超える古代兵器〈テンペスト・ゴーレム〉。
全身を超硬質の古代石材で覆い、両腕には回転する巨大な石臼のような槌を備え、胸の中央には眩い光を放つ風魔導核が脈打っていた。
「グオオオオオオオンッ!!」
巨岩兵が咆哮とともに両腕を振り回すと、カマイタチのような真空刃が無数に四方八方へと撒き散らされた。
ヒュンヒュンヒュンッ!
大理石の柱が豆腐のようにスパスパと切断され、瓦礫が雨あられと降り注ぐ。
「あの硬度、生半可な斬撃では歯が立ちません! しかも胸のコアは強固な石材装甲の奥に守られています!」
シエラが柱の影から叫ぶ。
「どれだけ硬かろうが、俺たち三人の連撃なら砕けない岩などない! ギルバート、奴の正面を抑えられるか!」
「任せとけ! 俺のタワーシールドは、岩石だろうが竜の牙だろうが通しゃしねえ! 『アイアン・ウィル』!!」
ギルバートが突進し、瓦礫の雨をものともせずゴーレムの正面へと躍り出た。
巨岩兵がギルバートを叩き潰そうと、巨大な石槌の腕を上段から叩きつけてくる。
ズガァァァァァンッ!!
凄まじい衝撃波が回廊を吹き飛ばした。
ギルバートの両足が石畳を削りながら数メイル後退するが、大盾に宿した闘気障壁は砕けない。
「ぐ……ぬぬっ! 重たい一撃だが……俺の背中には仲間がいるんだよぉッ! 『ゲイル・パリィ』!!」
ギルバートが渾身の力で大盾を斜め上方へ押し上げ、ゴーレムの剛腕の軌道を強引に逸らした。
ドガァン!
巨人の腕が空を切り、床にめり込んで姿勢を大きく崩す。
「シエラ、左肩の関節部だ!」
ゼファーの指示に、シエラはすでに矢を番えていた。
「風の精霊よ、一点を貫く穿孔の槍となれ――『スパイラル・アロー』!」
キィィィィンッ!
シエラの放った風矢は、激しいドリル状の螺旋気流を纏って飛翔。
ゴーレムの露出した左肩の魔力関節部へと寸分の狂いもなく突き刺さった。
バヂィィッ!
関節の魔力経路がショートし、巨岩兵の左腕が力なく垂れ下がる。
巨人が体勢を立て直そうと身じろぎしたその瞬間、すでにゼファーの姿は地上から消えていた。
「風よ、足場を!」
「はい! 『ウィンド・ステップ』!」
シエラが虚空に展開した圧縮空気の足場を、ゼファーは軽やかに蹴り上げた。
空中をジグザグに三段跳躍し、巨岩兵の頭上、死角へと一瞬で肉薄する。
ゼファーの両手がミスリル大剣「嵐切」を固く握りしめた。
「大気を喰らい、嵐を纏え! ――『ストーム・エッジ』!」
大剣の周囲に、激しい真空の旋風が巻き起こる。
さらにゼファーは、大剣の質量を一気に超重量へと切り替えた。
「砕け散れぇぇぇっ! ――『魔導大剣技、ストーム・バスター』!!」
ドガァァァァァンッ!!
落下加速を上乗せした渾身の唐竹割りが、ゴーレムの胸部装甲へと叩き込まれた。
超硬質の古代石材が悲鳴を上げ、蜘蛛の巣状の亀裂が一瞬で全身へと走る。
ピキピキピキ……ドガシャァァンッ!
装甲が粉々に破砕され、むき出しになった中央の風魔導核が大剣の刃によって真っ二つに両断された。
「グ……オ……オ……ッ」
光を失った巨岩兵は、巨大な土煙を上げて崩壊し、ただの石塊へと還っていった。
同時に、奥の門扉を塞いでいた暴風結界が、核の破壊に連動してふっと霧散した。
「やったな、二人とも! 完璧な連携だ!」
ギルバートが親指を立てて笑う。
「ええ。ですが、この奥がいよいよ本番です。……感じます、強烈な竜の気配を」
シエラが翡翠色の瞳を険しくさせ、開かれた門の先を見据えた。
門の向こうには、天空に突き出た広大な円形祭壇と、その上空で渦巻く巨大な雷雲の渦が待っていた。
「行こう。スカイヘイブンの明日を取り戻すために!」
ゼファーは息を整え、大剣を握り直して決戦の祭壇へと足を踏み入れた。
◇◇◇
門をくぐり抜けた先は、浮遊神殿の頂点に位置する「天空の儀式祭壇」であった。
周囲には遮る壁も屋根もなく、三百六十度を白銀の雲海と荒れ狂う雷雲が取り囲んでいる。
祭壇の中央には、古代の魔導浮揚炉が紫色の閃光を放ちながら異常回転しており、そこから伸びるエネルギーの奔流が、上空の黒雲へと吸い込まれていた。
そして、その炉の真上に君臨していたのは――天災そのものと呼ぶべき巨獣であった。
グオオオオオオオオオオオオッ!!!!
鼓膜が破れんばかりの咆哮が、天空を揺るがした。
現れたのは、神話に語られる天災級魔獣〈テンペスト・ワイバーン〉。
体長三十メイルを超える偉容。
全身を濃藍色の雷光竜鱗で覆い、頭部には王冠のように鋭利な三本の角。
広げられた巨大な皮膜の翼からは、バチバチと激しい紫電が放電し、羽ばたくたびに突風が巻き起こって祭壇の石畳を震わせていた。
「あれが……テンペスト・ワイバーン……! なんという魔力量でしょう……!」
シエラが息を呑む。
翼竜はその紅蓮の双眸でゼファーたち三人を睨みつけると、喉元を紫色に発光させた。
「散開しろッ! ブレスが来るぞ!」
ゼファーの叫びと同時に、翼竜の顎から超高圧の暴風と紫電が融合した極太の光線が放たれた。
『雷嵐ブレス、ライトニング・テンペスト』!
ドッゴォォォォォンッ!!
祭壇の石畳が一瞬で吹き飛び、紫電の奔流が空間を焼き尽くす。
三人は左右へと跳躍して直撃を回避したが、余波の暴風だけで体が浮き上がりそうになる。
「クソが、とんでもねえ威力だ! だが、都市へ行かせるわけにはいかん! 『挑発の咆哮、タイタン・ロア』!!」
ギルバートが大盾を構え、全身の闘気を限界まで爆発させた。
黄金の闘気光柱が天へ突き抜ける。
翼竜の獰猛な視線がギルバートへと固定された。
ギャオオオッ!
翼竜が空中から急降下し、城壁をも容易く切断する巨大な雷光の翼刃をギルバートめがけて振り下ろしてきた。
「受け止めてみせる……! 俺はスカイヘイブンの盾だぁぁぁッ!! 『インプレグナブル・スカイ』!!」
ギルバートは両足を床にめり込ませ、大盾に魔力と闘気のすべてを注ぎ込んだ。
ガギィィィィィィィンッ!!!!
耳を劈く凄絶な金属激突音。
翼竜の巨大な翼刃と、ギルバートの大盾が火花を散らしてせめぎ合う。
ギルバートの腕の筋肉が軋み、口から血が滲む。だが、彼は一歩も退かなかった。
大盾の表面に刻まれた天空騎士団の紋章が、誇り高く輝き続ける。
「今です! 翼竜の動きが止まりました!」
シエラが叫び、長弓を満月に引き絞った。
「風の精霊たちよ、天を翔ける光となって仇なす者を射抜け――『精霊奥義、シルフィード・メテオ』!!」
ヒュンヒュンヒュンヒュンッ!!
シエラの放った無数の風矢が、空中で百条の光の矢へと分裂し、翼竜の顔面と翼の付け根へ雨あられと突き刺さった。
ギャアアアッ!
急所への集中砲火に怯んだ翼竜が、わずかに仰け反り、胸元の逆鱗――青白く脈打つ「天魔心核」が露わになった。
「ゼファー、跳べぇぇぇッ!!」
ギルバートが血を吐きながら叫んだ。
「風よ、彼を最も高き場所へ!」
シエラが渾身の魔力で巨大な上昇気流をゼファーの足元に生み出した。
「応ッ!!」
ゼファーは気流に乗り、大空へと垂直に撃ち出された。
上空五十メイル。
吹き荒れる暴風の中、ゼファーの身体はテンペスト・ワイバーンのさらに頭上へと到達していた。
眼下には、苦悶の声を上げながら体勢を立て直そうとする巨大な翼竜。
そしてその遥か遠方には、雲海に浮かぶ愛すべき故郷、スカイヘイブンの街並みが見えていた。
(絶対に、落とさせはしない……! 僕たちの大切な日常を、仲間たちの笑顔を!)
ゼファーは両手でミスリル大剣「嵐切」を天へと掲げた。
体内の全魔力を循環させ、大剣の刀身へと流し込む。
風の魔力と、仲間の想い、そして大空の息吹が、大剣の刀身に集束していく。
刀身から放たれる青白い光が、黒雲を切り裂き、天から一条の陽光を呼び寄せた。
「風重変換――極限圧縮・超重破断!」
大剣の重さが、山をも圧し潰す神話の質量へと変貌する。
さらに刀身の周囲に、大気圏を突入する彗星の如き超高密度の大気圧の刃が螺旋を描いた。
「仲間と共に掴む、大空の未来――!!」
ゼファーは天空から弾丸の如く急降下した。
「魔導大剣術・奥義――『蒼穹天翔・嵐断一閃』ッッ!!!!」
ズバァァァァァァァァァァァンッ!!!!
一条の巨大な蒼光の雷跡が、天空を縦一文字に切り裂いた。
神速の落下と超重量の刃が、テンペスト・ワイバーンの剥き出しの逆鱗――天魔心核を寸分の狂いもなく貫き、両断した。
「ギ……ギャアアアアアアアアッ……!!」
断末魔の叫びが雲海に轟き、翼竜の巨体から眩い魔力の光が溢れ出す。
翼竜は両断された核から霧散するように光の粒子へと崩壊し、大空へと消え去っていった。
同時に、暴走していた古代の浮揚炉にゼファーの放った清浄な風の魔力が浸透し、激しい紫電が静まり返る。
キィィィン……と穏やかな作動音へと変わり、浮遊神殿の制御が正常化された。
神殿の暴走軌道は停止し、ゆっくりと安全な周回軌道へと復帰していく。
そして――。
頭上を覆い尽くしていた巨大な黒雲と雷嵐が、まるで嘘のように中央から割れ、どこまでも果てしない、澄み切った蒼穹が天空に広がった。
温かな黄金の陽光が、祭壇に立つ三人を優しく包み込んだ。
ドスン、と大剣の切先を石畳に下ろし、ゼファーは大きく息を吐いた。
「……終わった、のか……?」
「がっはっは! 見事にやり遂げたな、ゼファー!」
ギルバートが大盾を放り出し、痛む身体を引きずりながら駆け寄ってきて、ゼファーの肩を力強く叩いた。
「素晴らしい一撃でした、ゼファー。青空が戻ってきましたね」
シエラが穏やかな笑みを浮かべ、空を見上げる。
三人は顔を見合わせ、誰からともなく笑い声を上げた。
仲間への絶対の信頼が手繰り寄せた、完全なる勝利であった。
◇◇◇
夕刻。
迎えに来た高速飛空艇に揺られ、三人は無事に天空城塞都市スカイヘイブンへと帰還した。
浮遊神殿の軌道変更とテンペスト・ワイバーンの討伐成功の報は、すでに魔導通信によって都市全土に伝えられていた。
係留所のタラップを降りた瞬間、港を埋め尽くしていた市民たちから、割れんばかりの大歓声と紙吹雪が降り注いだ。
「英雄の帰還だ!」
「スカイヘイブンを救ってくれたぞ!」
拍手と歓声の波を抜け、三人がギルド本部「風切の鷲翼亭」へと足を踏み入れると、そこには朝を遥かに凌駕する熱気が渦巻いていた。
「よくぞ戻った、『アズール・ストーム』の精鋭たちよ!」
カウンターの奥から歩み出てきた老将バルトロメオが、満面の笑みをたたえて三人を迎えた。
その手には、緊急クエスト達成を証明する金色の刻印が押された羊皮紙と、特大の木樽ジョッキが握られていた。
「お前たちの見事な連携と武勇、しかと届いたぞ。神殿の浮揚炉は安定し、都市の危機は完全に去った。ギルドマスターとして、そしてこの街に生きる一人の民として、心より礼を言う」
バルトロメオは深々と頭を下げた後、木樽ジョッキを高々と天へと掲げた。
「野郎ども! 我らが街を救った若き英雄たちに、盛大な祝杯を捧げよ!」
「「「うおおおおおおおおっ!! 乾杯!!」」」
酒場中の冒険者たちが一斉にジョッキを突き合わせ、エールの泡が宙を舞った。
吟遊詩人が奏でるリュートの軽快な調べ、大皿に山盛りにされたローストチキンと果実酒、そして仲間たちの笑顔。
「がっはっは! 今夜はギルドのおごりだ! 飲むぞ、食うぞ!」
ギルバートが早速大ジョッキを両手に抱えて豪快に喉を鳴らす。
「ふふ、ギルバートったら。でも、今夜ばかりは無礼講ですね」
シエラも果実のエールを口にして、満足そうに目を細めた。
ゼファーは窓辺に歩み寄り、グラスを片手に夜空を見上げた。
窓の外には、満天の星々と、雲海を照らす静かな月光。
昼間の嵐が嘘のように、穏やかな夜風が彼の頬を撫でていく。
「ゼファー、何を黄昏れているの?」
シエラが隣に並び、優しく微笑みかけてくる。
「いや……この風を守れて、本当によかったと思ってね」
「ええ。私たちの旅は、まだまだこの大空のどこまでも続いていきますから」
「ああ。どんな嵐が待ち受けていようと、僕たち三人なら必ず乗り越えられるさ」
ゼファーがグラスを掲げると、シエラも、そして後ろから割り込んできたギルバートもジョッキを重ね合わせた。
大空を駆ける冒険者たちの物語は、晴れ渡る蒼穹の下、新たな希望とともに続いていくのだった。




