文化祭革命
〇お題「文化祭」の短編です。
――役職に就いたら、それなりの格の道具がいるんだよ。
二七沢木日、五十三歳。
俺は郊外の大型スポーツ用品店へ愛車で向かっていた。
丸三年。
ゴルフセット買い替えの交渉に、妻とそれだけの闘争期間を必要とした。
『ゴルフなんて、お遊戯じゃないの』
昨夜、ようやく許可が下りて、今朝に購入額ちょうどを妻から渡された。
購入条件の一つは、現金決済でカード不可。
予定より高いのを買うなということだ。
その道中、見覚えのある学校名の標識が目に入った。
『喜連高等学校』
俺の母校である。
ずいぶん前に移転したとの噂は聞いていた。
そもそも旧校舎ですら、近くを通ることもなかった。
時間には余裕があるので、新校舎に寄ってみることにした。
『第六十二回 喜連高校文化祭』
どうやら、今日は学校関係者以外でも参加できる公開文化祭のようだ。
毎年、文化祭費用寄付のお願いが届いていた。
開封して読みはするものの、寄付をしたことは一回もなかった。
「毎年のように寄付を求める?
どれだけのことしてるのか……
見せてもらおうか。
その文化祭とやらを」
正門付近の受付で卒業生だと告げると、来場者証を渡された。
まず驚いたのは、とにかく校舎内に人が多い。
前に進もうとするだけで、他の通行人とぶつかりそうになる。
商店街の店とおぼしき出張販売や地元企業の名前が入った看板がそこら中にある。
体育館前には、色とりどりの屋台が並んでいる。
バンドのオリジナル曲をダウンロードコードと引き換えに販売している。
子ども向けの工作教室や大がかりな手品パフォーマンスまで。
俺の記憶にある文化祭は、もっと簡素だった。
クラスごとに勝手に企画し、終われば片づけて終わり。
だから、三年生の時に俺は――
「どうせやるなら、みんなでやらない?」
みんなに企画書を配り終えた俺は、黒板に校舎の簡素な平面図を書き込んで、自分の中にあるイメージを口にした。
「軽音楽部が体育館で演奏会をやるなら、
その傍に飲食の模擬店を集めたらいいと思うんだ。
いつも、てんでバラバラに飲食店をやって、
お客を奪い合うじゃないか。
連携すれば、もっと効率化できるはずだ」
「家庭科実習室でまとめて調理するのか」
「混まないように、動線を分ける……
体育館の正面じゃなくて、
横の出入り口を搬入にするんだね」
「ゆっくり食べたい人向けに、
体育館近くの教室を休憩所として開放?」
「もう、クラスの出し物じゃなくない?」
「さっきから、そう言ってるだろ。
文化祭が、毎年やってそれきり。
そんなの、つまらねえよ。
みんなで一緒にやってさ。
来年は『今年できなかったこと』にチャレンジする形式にしたいじゃん」
これを企画書にまとめて、学校に提出した。
そして俺は、その年の文化祭実行委員長になったのだ。
できなかったことも、あった。
でもその翌年、後輩たちは商店街や地元企業を回って、俺たちが実現できなかったスポンサーを見つけたと聞いた。
模擬店にチケット制を導入した噂も聞いた。
年を追うごとに規模が大きくなっているとも。
俺が始めた物語。
でも、卒業した俺が顔を出すのも違う気がしたので、後輩たちの宴に顔を出すことはなかった。
気づけば、あれから三十五年。
今もセントラルキッチンとして使っているのだろうか。
俺は家庭科実習室まで足を運んだ。
『関係者以外立入禁止』
窓から覗くと、調理着に身を包んだ生徒たちが作業に取り組んでいた。
いくつもの大型の鍋。
食品が並べられたコンテナ。
家庭科実習室前の廊下には、台車がずらりと待機している。
「大がかりだねえ」
俺は思わず拍手した。
『ご来場の皆さまに、お知らせします』
ふいに校内放送が流れてきた。
『本日の文化祭メインイベント、
成層圏ロケットの打ち上げ実験を行います。
校舎屋上観覧指定区域には、まだ空席があります……』
俺は固まった。
「……ロケット打ち上げ?」
聞き間違いかと思った。
『なお、打ち上げ予定時刻は――』
――文化祭で、ロケット打ち上げ……模型だろうか。
……いや、成層圏って言ってたよな。
俺はちょうどその辺を歩いていた男子生徒を捕まえて事情を尋ねた。
「今、放送でロケットって言ってたよね?」
「はい。成層圏ロケットです」
その生徒は誇らしげに胸を張った。
「本物なの?」
「もちろん、本物の成層圏ロケットです。
今年は高度四十二キロを予定しています」
あまりにぶっ飛んでいたので、俺は途方に暮れた。
「えーと、君、何年生?」
「二年生です。
名前は江沢です。
江沢口代と言います。
僕は打ち上げスタッフではないですけど、
何度も組み立てに参加したんです」
その生徒は名札を示しながら、自己紹介をしてくれた。
「江沢くん、この学校って、いつからロケット飛ばすようになったの?」
江沢は六年前からだと答えた。
「ええ。三十五年前の『文化祭革命』に始まる、わが校の文化祭の集大成なんです」
――三十五年前といえば……
「俺たちの代が、文化祭革命なんて呼ばれているのか?」
俺の質問を聞いた江沢の表情が変わった。
「革命前夜をご存じなんですか?
お名前を伺っても?」
そういえば、自分は名乗ってさえいなかった。
「第二十七期卒の二七沢木っていうんだけど」
江沢が目を見開いた。
「伝説の、二七沢木主席? 握手してください!」
江沢が俺の掌を握りつぶす勢いで握手を求めてきた。
――誰が主席だよ。
俺が反論しようとすると、江沢はここにいて欲しいとだけ言ってどこかへ走り去った。
取り残された俺がどこかへ行こうかと気が変わるより先に、江沢が教師らしき初老の人物と数名の生徒を連れて戻ってきた。
「……二七沢木先輩じゃないですか!」
俺より年嵩に見えたが……いや俺もいい歳だったな。
「林です。林虎三です。
先輩が三年生の時、二年生でした」
その名前を聞いて、細身の後輩の顔が浮かんだ。
――紅顔、眉目秀麗の少年だったはずなのに……
時の流れって残酷だな。
「今は教頭として、先輩の『文化祭革命』の火を守っています」
――嫌な予感しかしないな。
案の定だった。
元は会議室だったという『文化祭展示室』に案内された俺は、文化祭実行委員の生徒たちに囲まれた。
――向けられる視線が、好意的というか羨望の眼差しなのが、
救いというか痛いというか。
「二七沢木主席は、
文化祭をクラス単位から、全校共同体へと再編しました」
「飲食部門における集中調理方式を提唱」
「体育館を中心とした総合娯楽区構想を発表」
「地域社会との協働を提言」
彼らの説明と俺の記憶との落差が酷い。
江沢なんて、目を爛々と輝かせている。
というか、その手にあるのは、俺の書いた企画書じゃないのか?
「そこが、原点なんです。
先輩の企画書に込められた魂が、後輩に引き継がれたんです。
先生たちにも、です」
江沢は林を見た。
「林教頭先生なんて、当時の熱気を直接知ってるんですよ。
そんな顔で、昔の話をされたら……
僕らも、負けていられないじゃないですか」
「いや、負けるも何も」
窓の外を指した。
「君ら、ロケット打ち上げるんだろ?」
江沢は自嘲気味に笑った。
「僕たちには、先輩たちの蓄積がありましたから。
ロケットも六年前から取り組んできた研究です。
僕らだけの功績じゃ、ありません。
卒業した先輩たちの設計、実験記録、失敗データ……
だから、飛ばせるんです」
江沢が俺を見つめる純真な目つきが、怖い。
「最初の先輩が、やはり神です」
「お、おう……」
――まあ、いいか。俺が困るわけじゃないし。
十分後。
俺は来賓用の特等席、ロケット打ち上げコントロールセンターの一角にいた。
大型モニターには、学校近くの廃工場地帯にある発射地点から送られてくる映像。
見慣れぬ計器にはよくわからない数式の羅列。
そこに、俺。
なんか場違いにもほどがある。
それでも、カウントダウンが始まると、胸が高鳴り始めた。
『三』
関わってないのに。
『二』
興奮する。
『一』
ロケットが空へ飛び出す。
拳を握り締めているスタッフを置いて、俺は退出したのだった。
来場者証を返却しに正門前の受付に寄ってみると、『寄付受付』のコーナーがあった。
――寄付してもいいかも。
今日これから買う予定のゴルフセットの代金が懐にある。
財布を掴んだ手を……もう一方の手が止めた。
これは俺の金ではあると同時に、妻との約束でもある。
勝手に用途を変えるのは、きっと違う。
三十五年前の俺たちは、ただ盛り上がっただけだった。
誰一人、将来ロケットが飛ぶとは思っていなかった。
「主席ねえ……まあ、俺が困るわけじゃないし」
俺はロケットの飛び去った方角をもう一度振り返り、ゴルフセットを買うために母校を立ち去ったのだった。
まだ、歓声が聞こえてくる――
【小ネタ】
二七沢木・日:毛沢東の漢字を分解しました。
江沢・口代:江沢民の漢字を分解しました。
林・虎三:毛沢東の後継者の林彪を分解しました。
江沢君が「文化祭革命」と口にした瞬間、
文化大革命に連想して、
登場人物の名前をあの国から拝借して転がすことになったのです。
……大丈夫かな、
なお、二七沢木の企画書は5ページ程度ですが作成済みです。
要望の声が多ければ、公開も検討します。




