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異世界から帰ってきたら元の世界がとんでもないことになっていた件  作者: 会長


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7

 戦場に至る道は思ったよりも早かった。

 山を一つ越え、川を渡り、小高い丘の上に陣が置かれることになった。

 そこそこの距離はあったはずなのに、道中は整備されていて、二百の兵たちも皆通りなれた様子だった。

 丘の上からは平原が見渡せる。


「この感じ、いつもここで戦ってるっぽいな」

『夜のせいで見えにくいですが、血の匂いと地面に刺さった矢が観測できました。恐らく、マスターのお考えの通り、彼らは定期的にここで戦闘を行なっているのだと思われます』

「ここまで来慣れてるのもそういうわけか」


 道が整備されていると言っても、石を敷くようなものではなくて踏み固められているだけだった。

 結界と思われる魔法の境界は、最初の山の山頂付近で踏み越えたことをエコが確認しており、恐らく魔物の襲撃が考えられる地点なのでコストをかけた整備まではしていないのだろう。


「ハルヤ様」


 後ろから名前を呼ばれて振り返ると、小紋から白袴に着替えた政音が立っていた。戦場の中でも、茶室から出てきたかのような優雅な雰囲気だった。


「私たちは南側に回ることとなりました。直に魔物達が見えてくるでしょう。ご準備はよろしいですか?」

「うん、問題ないよ。魔力はやっぱり戻り切っていないけど」


 エコによると、現在のハルヤの魔力残量はちょうど二十%とのことだった。空気中の魔素濃度は結界の内外で薄いことに変わりはないようだ。


「夜闇で見えにくいと思いますが……」

「いや、問題ないよ。このくらいなら昼間と変わらないし」

「お見えになるのですか?」

「簡単な暗視魔法だけどね」


 ハルヤが眼球に魔力を纏うと、拡張された視覚が夜の僅かな光すらも増幅させて認識する。

 文明が後退したからだろうか、空は曇っているのに星が多く、三日月の光も強い。暗視魔法を使えば、むしろ昼間よりよく見えるくらいだ。

 ついでに、遠視魔法で拡大すれば、こんなに開けた場所で索敵に困る方がおかしい。


「来た」


 平原の向こうにある森の中。

 その闇に紛れて蠢く数百の瞳が、ハルヤの目にははっきりと見えた。

 あと三十分もせずに平原に出てくるだろう。


「数は千より少し多いな」

「斥候の情報ですので、恐らく途中の魔物が加わったのでしょう」

「そんなことがあるのか?」

「迷宮の魔物が持つ凶暴性は、多少は伝播しますから。弱い個体はそのまま踏み潰されるようですが」


 なんとも恐ろしい話である。

 しかし、一時的な魔力異常で地域一帯の魔物の理性が狂うというのは、前の世界でもよくある話だ。恐らくではあるが、それと同じ現象と見てもいいのだろう。


「敵が来たぞー!!」


 陣から少し離れたところに設られた簡易的な櫓の上で、弓を持った監視役の一人が声を上げた。

 それを合図に、ガチャガチャと音を立てながら兵達が陣から飛び出してきた。


「よぉし! 弓兵は火矢の準備だ! 今回は暗いが、防衛線を意識すれば大した敵ではないぞ!」


 為嶺が兵に指示を出す声が聞こえる。

 続いて、和太鼓の音が鳴って、周囲の士気が高まっていくのがわかった。ハルヤにとっては時代劇でしか見たことのない光景ではあったが、本当に太鼓の音というのは気分が高まるものらしい。


「さて、僕らも行きましょうかね」


 いつの間にかハルヤの後ろに立っていた九郎が、矢筒を背負いながらそう言った。

 彼は未だに戦前だとは思えない気の抜けようではあったが、周囲も政音も何も言わないところから察するに、これがこの男の普段なのだろう。


「わかりました。あ、でもその前に」


 南側へ向かう準備をする九郎と政音に一言断って、ハルヤは空に向かって手を掲げた。


「『スカイルクス』!!」


 パッと白い光の球体がいくつもハルヤの手から放たれる。

 それらは互いに一定の距離を保ちながら天高く舞い上がっていくと、数秒後には星すらかき消すほどの強烈な光を解き放った。

 断続的に続く光は、ハルヤ達の視界から外れる絶妙な位置に移動し、戦場となる平原を昼間かのように照らす。果ては、その向こうにいふ魔物の姿も僅かに照らした。


「おぉ……これはすごい……」


 初めて九郎が表情にはっきりと感情のわかる色を出した。

 出撃の準備をする兵たちも、急に良好になった視界に感嘆の声が次々と上がっている。


「こりゃ、ハルヤの坊主か? 光の"天賦"とは恐れ入ったぞ!」


 熊と見紛うほどの大馬に乗った為嶺が、ハルヤを見つけて嬉しそうに言ってくる。

 "天賦"とかではないのだが、説明をするのも面倒だし、敵も迫っているため、ハルヤは片手を上げるだけに留めて九郎の方に小走りで戻っていった。



――――――――――――――――――――



 ハルヤの出した光によって、戦場は殊更良く視認できた。

 それが故に、千体という魔物の数も更にハルヤの目には大規模な侵攻に見えた。

 森から最初に出てきたのは暗緑色の毛に覆われた狼たちだ。血走った目の下では鋭い牙の間からドロリとした涎が垂れており、毛は針金のように尖っている。

 それが数十匹、いや百匹近くも斥候のようにこちらへ走ってきている。


『パーモウルフを視認しました。獰猛な性格をした魔物で、体表は硬く、剃刀のような鋭い体毛で守っており、直接触れるのは危険です!』


 エコが記憶領域からその狼のデータを引っ張り出してきてくれた。

 ハルヤには見覚えのある魔物だった。

 初心者の冒険者が相手にすることの多い、森や洞窟に集団で住む魔物であり、死亡事故も多数挙がる厄介な魔物だ。


 対する為嶺たちは、騎馬隊を先頭として、北から南まで丘の上で一直線に横並びに布陣していた。

 和太鼓の音が強くなる。どんどんと音の間隔が狭まっていく。


 そして――


 ヒュオォォォォッ


「よぉし! かかれぇ!!!!」

「「「「「うぉぉぉおおおおおおおおお!!!!」」」」」


 天に放たれた鏑矢の風切音の直後、地鳴りのような蹄の音が鳴り響いた。

 騎馬隊が一斉にパーモウルフたちに向かって突撃していくのが、ハルヤの位置からははっきりと見えた。


「うぉりゃああああああ!!!!」


 中でも三馬身も先頭を行く人影は、義香だった。

 義香の馬が、パーモウルフの一匹目にぶつかる。


 ドンッ!!


 離れた位置にいるハルヤにまで届くほどの鈍い音がした。

 馬が相手の体を撥ね飛ばした音だ。

 義香はそのまま馬の背を蹴って飛び降りると、パーマウルフの軍勢の中に舞い降りる。ただ降りただけでなく、前にいた相手を蹴り飛ばしての着地だった。


「さぁ犬どもかかってこい!!」


 その剣捌きは圧巻の一言だった。

 飛びかかってきたパーモウルフに刀を振り抜き、頬の端から体を真っ二つに切り裂く。さらに相手を殴りつけては喉を突き刺し、刺さったままの体を刀を振り回すことで周囲の敵に投げつける。

 大立ち回りとはまさにこのことだ。


 さらに驚くべきは、義香だけでなく他の兵も物怖じすることのない豪快さで敵に斬りかかっていく。

 為嶺に至っては、馬の上から薙刀のような槍を振り回して相手を切り裂きながら、馬の蹄で押し潰して回っている。

 もちろん、間をすり抜けて陣の方に向かう魔物の姿もあったが、騎馬隊の後続で走ってきた歩兵の槍に貫かれるか、丘の上から降ってくる矢の雨に貫かれるかのどちらかだ。


『義香さんだけでなく、ほぼ全員が凄まじい練度の魔力による身体強化を行なっています。平均しても強化率三百%越え、つまり身体能力が三倍近くに跳ね上がっています! 義香さんに至っては強化率五百%を越えています! あそこまでの強化率なら、パーモウルフに触れても肉が裂ける前に相手の毛のほうがへし曲がりますね!』


 エコの解析の通りなら、向こうの世界でもそうそういない強化率だ。国によっては上級騎士として宮中に召し抱えられてもおかしくない。


「それに、弓兵も身体強化してるのか」

『黙示による魔力反応ですが、間違いないかと。あの弓のしなり方から考えても、長弓でコンパウドボウと同等の威力が確認できます』


 千の魔物に対してたった二百で相手をするための策が気になっていたハルヤだったが、それが明らかになった。

 つまり、単純に力で勝てるから二百で足りるのだ。


「いやはや、必要なさそうですけど、僕も一応働いておきますかねぇ」


 そう言って、ハルヤの隣にいた九郎が弓に矢を番えた。

 中央の気迫で忘れていたが、ここも戦場であることに変わりはない。義香たちの方を避けて回ってきたパーモウルフたちが近づいてきていた。


「ちょっとうるさいかもしれませんが、ご勘弁くださいね。"宝具"『鏑矢(かふらや)雷弓(らいきゅう)』」


 ギィィイイインッッッッッ!!


 弓から放たれたのは一本の鏑矢だった。しかし、先程の開戦の合図で放たれたものとは音が全く違う。

 それは、空を駆ける轟音だった。

 まるで光の矢かのように軌道を残しながら飛来した九郎の矢が、先頭のパーモウルフに当たった。


 直後、可聴領域を越えた音の衝撃波が爆散した。

 矢をもろに受けたパーモウルフの体が弾け飛び、地面を抉り、周囲の個体も巻き込んで軽々と吹き飛ばしていく。


「ではもう一撃」


 ギィィイイインッッッッッ!!


 再び鏑矢が放たれる。


「僕の"宝具"『鏑矢の雷弓』は、発動中は番えた矢が全部鏑矢になっちゃうんですよねぇ。うるさくて仕方ないかもしれませんが、撃ち漏らしがあったらお願いしますね」


 強い。

 効果はシンプルではあるが、対多数相手には十分過ぎる効果だ。


 次第にパーモウルフが減っていき、次に現れたのは木々を容易く薙ぎ倒せそうな体躯をした巨人コングジャイアントたちと、先日ハルヤが戦ったばかりのレイズフルドラゴンの群れだ。

 どちらも知能はあまり高くないが、パワーにおいては先程のパーモウルフなど比にならないほどの厄介さだ。


「ふふふ、これは負けていられませんね」


 それを見て、一歩前に出たのは政音だった。


「せっかく私も参戦致しましたし、ほんの少しだけ――"天賦"『瑞祥の白鷺』」


 政音の背後に巨大な純白の翼が現れる。

 そして、強い羽ばたきと共にその大きさが僅かに縮み、代わりに無数の白い羽根が宙に待った。


「私は空をお相手しましょう。――射殺せ」


 政音の涼やかな命令に忠実に従い、白の羽根達は流星のような軌道を描きながら空を飛ぶレイズフルドラゴンに迫る。

 羽根は蹴散らそうとしたドラゴンの尾を容易く回り込んで回避すると、その首元を駆け抜けた。

 直後、ぽっかりと喉に穴を開けた一匹が力無く地面に落ちていく。

 政音は強く地面を蹴って舞い上がると、翼の羽ばたきを得て自在に空を飛びながら、ドラゴンの翼や体を白の羽根で撃ち抜き、制空権を支配し始めた。


『あの舞い散る羽根には全て魔力反応があります。先程の細胞情報と照らし合わせると、羽根は質量こそさほどありませんが、硬質化と亜音速による飛行が可能なようです』

「その上、本人は飛行能力ありか。とんでもないな」

『これは推測ですが、術式構造があの魔法に特化しているが故の進化と思われます。操作している羽根の数は約二千。出現時の翼の減少量から考えて、最大値は約五千です』

「さすがに全部は同時に操れないみたいだな。三十くらいのグループに分けて操作してるようだし」


 そうだとしても、汎用性において優れた魔法だ。

 ハルヤとしては羽根を一枚くらい借りて更なる解析をしてみたいところではあるが、既に目の前にはコングジャイアントとパーモウルフの集団が迫ってきていた。

 兵たちの力は相当なものだが、それでも撃ち漏らしを無くすのは難しい。

 正直、撃ち漏らしがあっても勝てそうだが、ハルヤも何もしないわけにはいかない。

 ハルヤは手を前方に突き出すと、魔力を集中させる。


「『フレイムブレス』!!」


 今回は、森で義香に対して放ったフェイクとは違って、真面目に術式を構築した一撃だ。

 掌に現れた圧縮された火球は、一瞬指先ほどに収縮し、直後戦場を赤に染め上げるほどの大量の炎を、前方への指向性を持たせながら解き放った。


 それは戦場を駆け抜け、途中で敵に着弾する直前だった九郎の鏑矢までも巻き込んで、反対側の森まで到達するほどだった。

 数秒続いた火炎放射が消えると、そこには炭化した地面と骨すら蒸発した魔物たちの蒸気だけが残っていた。


「これは……!!」


 九郎が目の前で起きた事に驚愕の声をあげるが、既にハルヤは次の魔法のために魔力を練り上げていて反応を返さない。

 地上は……ほとんど乱戦状態で下手に魔法を使えば味方に当たりかねない。


 空の政音は問題なさそうだが、奥の方からはレイズフルドラゴンの増援と、醜い人型の蝙蝠のような魔物であるギークガーゴイルたちが迫っているのも見える。


 念の為先手で牽制だけ入れておくか。


 ハルヤの手から無数の風の刃が飛び出した。

 鋭利な空気であるそれは、視認することもできず、微かな風切音だけを鳴らしながら空の向こう側にいる魔物へ飛んでいく。

 数秒後、重い魔物の体がいくつも地面に落ちる音がこだまして聞こえてきた。


「ははは、こりゃあ、僕なんか本当にいらなかったかもしれませんねぇ。光を出したり炎を吐いたり、いったいどんな"天賦"なんです?」

「"天賦"とは少し違うんですけどね……あ、そしたらこっちは片付けますよ」


 さらに左右に分かれた魔物の一団を相手に、中心に近い右側は九郎に任せ、ハルヤは左側に再び『フレイムブレス』を連発して薙ぎ払う。


『魔力残量十九%未満に低下。自然回復は遅いですが、出力の効率化は上手く機能しており、この戦闘で魔力枯渇の心配は無いでしょう』


 確かに、この分なら、夜明けを待たずに全て倒し切ることができるだろう。


 ――その時だった。


 中央の戦場で人が何人か吹き飛ばされる。

 地面が異様な隆起をし、「キチチチチチッ」と不気味な鳴き声が聞こえてくる。


『あれは……大変です! シルクリーパーと思われる個体が地中より出現!! 義香さんの付近です!!』


 洞窟の最奥に棲息する超希少種。熊十頭よりも大きい体をした大蜘蛛が、戦場に現れた――

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