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異世界から帰ってきたら元の世界がとんでもないことになっていた件  作者: 会長


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6

「殿、迷宮『霊峰富士』より多数の魔物がこちらへ侵攻中でございます。如何なさいますか?」


 忠臣の明智は恭しく(こうべ)を垂れて申し上げた。

 その主はというと、座敷に寝転んで、最近城下で流行っている葡萄の酒を傾けていた。


「くはぁ、中々に美味いじゃねぇか。商人たちも張り切るわけだぜ」


 豪快に口を拭ったせいで、畳に紫の雫が垂れ、染み込んでしまう。

 しかし、そんなものはお構いなしだ。この男の価値観では、使えない畳は剥がして燃やして仕舞えばいいし、もし柱が使えなくなるなら建物ごと潰して、使える柱のある建物を造り直せばいい話なのだ。


「失礼ながら殿、魔物の群勢は三千を超えております。御下知を頂戴したく存じます」


 明智の言葉に、返ってきたのはガラスの盃に残った葡萄酒だった。

 パシャリと明智の頭に酒がかかる。


「どうだ、美味いだろう?」

「はっ! 大変よろしいかと」

「ふんっ、光定よ。お前は使える男だが、誠につまらん男でもあるな」

「はっ! 勿体なきお言葉にございます」


「昼間から御下知だなんだと、お前は祖先が俺の祖先を殺しただけに飽き足らず、俺の酒を不味くするとは、腹を切ってしまえ」

「はっ! 殿がお望みとあらば」

「お前はつまらんのぉ」


 この男は昔から反抗的な態度をとった試しがない。どんな横暴にも、理不尽にも耐えてしまっては、虐める側の楽しみもないというものだ。


「富士の魔物だって言ったか?」

「左様にございます」

「なら、橘華(きっか)にやらせろ。そうだな……ああ、確か例のあいつは北条のところにいるんだったか?」

「"特異点"とされる者のことであれば、小田原に居ると承知しております」


 だとしたら、もっと面白いことができるかもしれない。

 自分の娘に理不尽を押し付けるのも、この男の常であった。


「橘華に伝えろ。全ては殺さず、一部は東に流れるように誘導せよ、とな」

「……恐れながら、後に北条殿より苦いお言葉が届くかと」

「うるせぇ、とっとと行け」

「御意に」


 明智はそれ以上の反論は微塵も抱えず、部屋を出ていく。

 一人になった座敷で、男は盃を酒で満たす。

 かつて男の祖先が愛した尾張の地。今は名古屋と名前を変えてはいるが、この地の酒が彼は好きだった。


「さて、実力を見せてもらおうじゃねえか」


 癒えぬ渇きを潤すように、男は再び盃を傾けた。


 

――――――――――――――――――



 小田原城への道を急ぎながら、政音はハルヤに簡潔に現状を伝える。


 二百年前に、人類は一度滅びかけた。

 日本の生き残りたちは現在、十二の都市で暮らしている。

 札幌、仙台、新潟、東京、横浜、名古屋、京都、大阪、神戸、広島、愛媛、博多。

 それらは全て、京都に住む朝廷の一族相伝の"天賦"である『神風』により展開された特殊な結界で守られている。

 人々はその結界の中に居場所を求め、そしてまさに「車輪の再発明」を繰り返すことで、二百年かけ、かつて江戸時代と呼ばれた時代の文明にまで達することができた。


 『神風』は特殊な風による結界。

 人は通すが魔物は阻む。そしてその威光を、魔物たちは嫌って近付こうとしない。

 もちろん、魔法である以上完全ではなく、わざわざこの結界を壊そうと攻めてくる魔物たちがいる。


 それが、迷宮から溢れてきた魔物である。


「魔物が攻めてくるって、結界はあるんだろう?」

「ええ。しかし、『神風』といえど不滅ではありません。攻撃が重なれば綻び、完全に破壊されれば復元に年単位の時間を要します。故に、攻めてくる魔物たちは討たねばならないのです」


 政音曰く、迷宮内部で魔力が溜まり過ぎると、余剰に生まれてしまった魔物たちが溢れ出すのだそうだ。

 その魔物たちは飢え、理性を失っている。そのため、『神風』の威光などお構いなしで襲撃してくる。今回もそれだ。


「毎度、規模は大きくありません。それに、今の小田原城には私の父がいる関係で、横浜の戦力も一部こちらに来ていますから」


 その言葉の通り、小田原城に辿り着いた頃には大勢の甲冑を着た人々が見えた。数は三百といったところだろうか。


「おう、政音の嬢ちゃんじゃねぇか! それから後ろのは、ああ、時久様から聞いてるぜ、例の男だろう?」


 二人の姿を見て真っ先に声をかけてきたのは、一団の中でも一際体の大きな無精髭の男だった。

 甲冑の紐から肉がはみ出ているはずなのに、脂肪ではなく筋肉だということがはっきりとわかる。腰から下げた太刀は斧と見紛うほど肉厚で、幹のように太い腕で振り回されたら体が縦に割られてしまいそうだった。


「お前さんがハルヤとかいう坊主か。ヒョロい見た目じゃのぉ」

「ど、どうも……」

「ハルヤ様、この方は源為嶺(ためみね)様でございます。この小田原城の騎馬隊にて長を担うお方です」


 この男が乗れる馬があるのか、という疑問はあるところだが、周囲を通り過ぎていく兵たちの様子を見ても、この為嶺が信頼されていることがわかる。


「為嶺様、今回の襲撃の規模は?」

「ざっと千ってところだろう。いつものことさ。夜明けには結界に到達する見込みらしいから、いつもの平原でその前に叩く予定だ」


 魔物が千体も攻めてくる。

 前の世界でも魔物の大繁殖による侵攻のようなものもあったが、五百ともなれば大規模な遠征隊が組まれる事態だ。

 しかし、この場に集まっている者に気負いのような感情は見られない。


「お前さんが参戦することは聞いてる。なに、心配するな。政音の嬢ちゃんと一緒に漏れた奴らを蹴散らすくらいで構わん」

「前には出なくていいと?」

「そりゃ、時久様からは客人とした扱うように言われちょるからな。怪我でもされちゃ困るし、何より俺らにもこの地を守る意地ってもんがあるから、余所者に手を出されちゃあ我慢ならんって奴らもおる」


 戦わなくていいなら、それに越したことはない。


 しかし……


「ざっと見た限り、ここには精々二百くらいしか人がいないと思うんですが、平気なんですか?」


 千に対して二百の戦力。魔物の種類にもよるが、前の世界の基準ならば少なすぎる。


「普段通りの規模だし問題なかろう。もう直ぐ収穫の時分で人手も足らんから、百姓兵を集めるわけにもいかんからなぁ。

 そうだ、念の為お前さんたちに一人つけようか。おーい義香!」


 たった一日で見慣れた姿が顔を上げた。馬に鞍を結んでいたようだ。


「なによ為嶺。忙しいんだけど……って、なんであんたらがここにいるのよ」


 義香は二人の姿を見るなり口をへの字に曲げた。どうやら戦支度で甲冑を身につけているようで、赤褐色の胴と草摺が揺れている。


「せめて隊長と呼べと言っとろうに。お前、戦の時はこの二人についてやれ」

「はぁ!? お断りします、隊長。だいたい、政音はともかく、なんでこいつが戦場に来るのよ!」

「政音の嬢ちゃんの意向で、時久様も了承しとることだ、文句言うな。客人に怪我でもさせたらどうするんだ」

「怪我させたくなきゃ、枷つけて牢に転がしとけばいいのよ! 今回の先駆けもあたしがもらうんだから! 絶っ対! に! い! や!」


 ぷいっと背を向けた義香は、為嶺の声に振り返りもせずに元の馬の方へと去って行ってしまった。

 最後の拒絶をする時の指差しは、ハルヤの体に穴を開ける勢いだった。怖い。


「ったく……仕方のない娘じゃのぉ。仕方ない、おーい! 九郎! 九郎はおるか!」


 呼ばれて出てきたのは、為嶺とは対照的にヒョロリとした細身の男だった。やたらと長い背に矢筒を背負っており、磨いていたらしい弓からは魔力が感じられた。


『義香さんの『膝丸』という刀と似た特殊な魔力反応です。恐らく、"宝具"かと思われます』


 エコの予想はハルヤの予想とも一致していた。特に、弦が魔力由来のもので、ほとんど実体がないという点が異質だ。


「はいはい、なんだか義香がいつもより気が立ってるみたいですけど、いったいどうしたんです?」

「いつもの癇癪じゃから、気にするな。お前、今回の戦ではこの二人についてやれ」

「そりゃ構いませんが……おや、政音ちゃんじゃないですか。これ、僕いります?」

「念の為だ、念の為。お前なら後ろにいても大して変わらんからな」

「それ、武士に言うと反感買うんで気をつけてくださいね。僕は気にしませんが」


 なんだか、のらりくらり、という印象を受ける男だった。

 気が弱そうな雰囲気だが、しかしはっきりとした意思を感じる。それでいて、周囲のことには柳のようにふらりと接する。

 世渡りが上手い人間の特徴だ。


「ええっと、ハルヤさんでしたっけ? 格好はそれでよろしいので? 余っている鎧があれば持ってこさせますが」


 ハルヤのローブ一枚にまともな武具も身につけていない身なりを見て、九郎はどこか心配げに聞いてきた。

 しかし、心配されたとしてもこれがハルヤとしては最適な格好なのだ。余計な装甲を付けなくても、大抵のことは結界で事足りるし、ハルヤの結界で防げない攻撃を防ぐ鎧があるとは思えない。


「はい、これで大丈夫です。動きにくいのは好きではないので」

「後ろにいれば大して関係ありませんからねぇ。じゃあ、出発まで気楽にお待ちください。井戸はそっちに。それから、後で村の女衆が握り飯か何か持ってくると思いますが、気にせずお食べください。足りないなら僕の分でも持ってて構いませんよ。腹空いてませんから」


 戦闘前とは思えない気の抜け方だった。

 遠くの方で飛び回りながら準備運動をしている義香とは、真逆もいいところだ。というか、彼女はずっと動いているが疲れないのだろうか。


 本当に、大丈夫なんだよな?


 どこか慣れない空気の中で、ハルヤが戦場に向かったのは、日没の少し後だった。


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