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異世界から帰ってきたら元の世界がとんでもないことになっていた件  作者: 会長


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3

『マ゛ス゛タ゛ー゛―゛―゛―゛―゛―゛―゛―゛!!』

「どわっ!」


 義香が運び、返却された衣服に着替えた後、エコのネックレスをかけた途端、彼女(性別など無いが)の鼻水まみれのような声(鼻なんか無いが)がハルヤの脳内に響いた。


『ご無事ですか!? お怪我は!? 私のサポートが至らず申し訳ありませんでしたぁぁあああ!!』

「大丈夫! 大丈夫だから! 落ち着けって!」

『うぅ……』


 泣き崩れるように静かになっていくエコの反応に困りながら、ハルヤが視線を上げると、その様子を見ていた政音が驚いた表情をしており、その隣で不審者扱いをさらに強めたらしい義香の冷たい視線があった。


「どうなさったのですか?」

「あ、あぁ、えっと……」


 そうか、エコの声は基本的に装着者にしか聞こえない。つまり、今のハルヤはネックレスをかけた途端に一人で喋りだす変なやつにしか見えないわけだ。


「これは俺が作った自立型思考魔導演算コアってやつなんだ」


 そこから、ハルヤは簡単にエコについての説明をする。

 装着者にのみ聞こえる声を持った新たな思考領域であること。装着者の体に魔力によるセンサーを張り巡らせることで、五感で観測した情報をそのまま取得し、演算処理を行えること。それを記憶し、蓄積することで、ほぼ無尽蔵の成長が可能であること。


「ほぅ……つまり、この小さな赤い石の中に、人間が一人入っているということでしょうか?」


 ネックレスを首にかけたまま、石の部分を掲げるハルヤに近づき、政音が興味深げに覗き込む。

 近距離に迫られ、政音の長い睫毛と金細工のように繊細で美しい顔がはっきりと見える。それに、果樹園にいるのかと思うほどに爽やかで甘い香り……


「きも」


 一歩後退ったハルヤを見て、義香がボソリと吐き捨てるように言った。


「(慣れてねぇんだから仕方ないだろ!)」


 我ながら童貞くさいとは思う。しかし、こんなのは男ならば誰だって困るとも思う。

 先程、「私の夫になる方」なんて言われた直後であれば尚更だ。

 政音が「失礼しました」と微笑みながら離れると、ハルヤは手早く指輪も再装着し、万全の装備状態となった。


「では、参りましょうか」


 そう言われ、政音を先頭にして案内される。

 ハルヤの背後には義香が距離を空けて歩き、その佇まいはいつでも首を斬れる距離は保っているように見えた。


 木製の床がギシリと鳴る。

 どうやらここは、木造の日本家屋のようだった。瓦を積んだ傾斜のある屋根に、障子と襖で内外を仕切ったり、部屋を区切る昔ながらの造りだ。


 懐かしい……


 ハルヤにとって、約五十年ぶりの光景だった。

 庭園も広がっているようで、青々とした緑が見える下には、砂利の一つ一つでさえ日本画の一角を担えるような奥ゆかしさが宿っていた。


「あの、ここは……?」

「小田原城にございます。正確には、その下にある宮でございますが。現在、我が北条家は新たに築いた横浜城を本城としておりますが、ここは結界の境界付近を防衛する支城の役をもっております」


 縁側のようなところを歩いていると、木々の間から天守閣を抱えた巨大な城が見えた。ところどころに焼け焦げのようなものが見えないことはないが、威風堂々といった立ち姿だ。


『マスターの記憶領域から、日本の歴史に関する情報を精査………………情報が少ないです。マスター、ちゃんと歴史の勉強はしていました?』


 喧しい。歴史は苦手科目の一つだ。……あと四つくらいあるうちの一つだが。


『検索……ヒット。小田原城は室町時代に築かれ、安土桃山時代を含む戦国時代には北条家が運用していたとされる城のようです。おそらく、その付近になのでしょう』


 エコが脳内の地図で位置を示してくれる。ハルヤの地球での実家にほど近いところだ。そう言えば、小中学生の時にお決まりのように城の見学に行く遠足があったような気がする。


「こちらです」


 たどり着いたのは、まさに「和風の玉座」と形容すべき場所だった。

 政音曰く、「伊勢の間」と名がついているらしいそこは、だだっ広い畳の一室ではあったが、奥には「三鱗不動」と達筆に書かれた掛け軸があり、その下には弓と日本刀が並べて飾られている。壁際にある巨大な屏風には、湖を飛び立つ白鷺が描かれていた。

 百人の会食をしても持て余す広さをしたそこに、ポツンと二つの座布団が置かれている。片方には脇息が置かれ、ハルヤはもう一方の座布団に案内された。

 政音が「少々お待ち下さい」と部屋を出ていき、義香は出入り口の近くで柱に背を預けて瞑目している。


「ちょっと落ち着いたな」

『如何されましたか?』

「ほら、あの子が後ろに居た時、ずっと首筋にさっきがさ……」


 あの子というのは、当然義香のことである。

 距離が空いたことで、聞こえない声量でエコに愚痴をこぼしたのだ。


『ご安心ください! 既にあの方の動作パターンは学習済みです! マスターと離れている間に、各種機能のメンテナンスも終了しましたので、次戦いになったとしても、ほぼ自動戦闘で対応可能ですよ!』

「いやまぁ、戦いにならないのが一番いいんだけどね」


 何十年生きようと、命の危険が少しでもあることは避けたいと思うのは、生物として当然のことである。

 しばらくして、政音が膝をついて奥の障子を開け、戻ってきた。後ろにはヒョロリと背の高い男を連れている。


「やぁ、君が"特異点"くんだね」


 顔を合わせるなり、気さくな一言だった。

 座ると妙に目線が低い。――いや、胴が短いのか。足だけがやたら長い

 縦長の顔は聡明な印象を受ける。黒髪もきっちりと整えられており、丸眼鏡の奥には政音とそっくりの人を惹きつける瞳が輝いていた。


「ははは、お待たせしてすまないね。元老院の会議は長くて構わない。薄暗いから目も疲れるしね」

「はぁ……」


 厳かな部屋の雰囲気とは対照的な、柔和な声色だった。それに対して、ハルヤは気のない返事しかできなかった。

 学校にこういう先生いたなぁ……という印象だ。割と生徒から人気はあるが、あだ名なんかをつけられて一部からは舐められている、そんな感じ。


「僕は北条家現当主の北条時久だ。君は、ハルヤくんというんだったかな? 話は政音と義香から聞いているよ。なんでも、二〇二六年から異界を渡って戻ってきたとか」


 ハルヤの経験上、こういう人物には油断しないようにしている。あちらの世界でも、世渡り上手な商人や貴族には一定数「無害そうな雰囲気」を纏った人間はいたからだ。

 大抵はどちらの派閥に転んでもいいように動いている場合が多いが、侮れば寝首をかかれるなんてよくあることだ。

 時久と名乗ったこの男も、それと同じ色を感じる。

 しかも、ただでさえ今は「死刑」なんて物騒な話も出ているわけだし、油断しないに越したことはない。


「ええ、まぁ。あまり信じられない話かもしれませんが……」

「いや、僕は信じているよ。人為的で無くとも、魔物や迷宮の内部で超常的な事象は観測されている。それこそ、迷宮なんて異界みたいなところだしね」

「迷宮? 迷宮があるんですか?」


 聞き馴染みのある言葉だった。なんせ、向こうの世界ではそこに潜ることで生計を立てている冒険者と呼ばれる職業があるし、ハルヤ自身もその一員だったことがあり、なんなら研究していた時期さえある。

「もちろんだ。そこから湧いて出てくる魔物を討伐し、この地を守るのが僕達北条家が朝廷から任ぜられたことでもある。もちろん、魔物はそこかしこに湧くわけだから、それだけではないのだけれどね」

 魔物の存在はドラゴンで確認していたが、迷宮までもあるなんて。エコの解析を疑うなんてなかなかしないのだが、本当にここは地球なんだろうか。


「さて、少し話を聞かせてほしい。そこの異界がいったいどういう場所で、君はどのようにしてここに戻ったのか」


 脇息に肘を置いた時久の目が変わる。

 先程までの柔和な雰囲気を残しつつ、こちらの内側まで見透かすような、そんな視線だ。


『簡易的な時系列の説明を用意します』


 どこから話そうか迷っていたハルヤの脳内に、エコによる情報整理が提示される。

 相変わらず、痒いところに手が届く優秀さだ。まったく、開発者を見てみたいね。

 エコの開発者であるハルヤは、それを見ながら口を開いた――



 ――――――――――――――――――――



 ある日突然異世界へ転移したこと。そこで魔法の力を習得し、冒険者として過ごしたこと。いくつもの迷宮を攻略する中で魔法を研究し、王都メガロゼアで宮廷魔導師として活動していたことがあること。

 そして多くの仲間と出会い、別れ、その果てに魔王と呼ばれるに至る者たちを三人打ち倒したこと。

 その魔王ヒディナルとの戦いがきっかけで、次元の狭間を開く可能性を発見し、"門"の開発に至ったこと。


「なるほど……確かに、聞いたことのない世界の話だね」


 まさか、この六十七年の人生の中で、ライトノベルのような描写を口ですることになるとは、ハルヤも驚きである。

 煉瓦で作られた街並みも、隙間なく体を覆う全身鎧(フルプレートメイル)についても、時久にとっては聞き覚えのないことではあった。

 西の国ならば、もしかしたら似たような国があるのかもしれないが、現在の外国とのやり取りは徳川家と平家が実質的に独占状態で、比較のしようがない。


「少し気になることがある」


 一通りハルヤが語り終えた段階で、時久が口を挟んだ。


「君は小田原の森で義香と戦闘になる前、その、れいずふるどらごん、と君が呼ぶ竜と戦闘になっていたね。その特徴について詳しく聞かせてくれないか?」

「あ、はい。えっと、赤黒い鱗は強靭で、尻尾の打撃が重い。ブレスは吐かないが、咆哮が衝撃になることがある。あと、妙に小回りが利き、必要ならば群れることもある、というところでしょうか」


 いくつかエコに補足をしてもらっているが、あの竜種についてはそんなところだ。


「それは、君が調べたのかい?」

「いえ、あちらの世界ではあの竜の被害はそれなりにありますし、かなり知られている情報です。もちろん、検証のためにいくつか実験して試したことはありますが」

「ふむ……なるほどな……」


 何かまずいことを言っただろうか。

 この一時間ほど、ハルヤは聞かれたことに全て素直に答えた。嘘をつく理由もなければ、誤魔化す内容もないからだ。

 しかし、時久はハルヤの言葉が増えるたびに眉間の皺を増やしていく。遂には顎に手を当てて黙りこくってしまう始末だ。

 しばらく、沈黙が続いた。

 背後の義香も、離れた横側に座る政音も、何も言わない。


 うーーーん…………


「あの!」


 堪えきれなくなったハルヤは、口を開く。


「俺のことは今語ったことで全てです。もちろん、長くなる部分は多少は削りましたが、大きな流れに相違はありません。そろそろ……教えてくれませんか? この世界は今どうなっているのかを」


 ハルヤだって知りたかった。

 せっかく元の世界に戻ってこれたと思ったら、敵に襲われるわ、捕えられて牢に放り込まれるわ、挙げ句の果てには「死刑」ときた。

 その上、何故か知らないが、超美人の年下(ハルヤの実年齢からしてみれば)の女の子に「夫になる男だ」なんて言われている。

 いい加減、自分の状況を把握したかった。トラブル回避のために下手な動きをしていないせいで、エコに与えられる情報も無いため、演算による推測すらできないのだ。


「今どうなっているのか、というのは、君が異世界に転移した二百年前から今まで、この日本に何が起きたのか、ということでいいかな? すまないが、海の外のことについては、我々の一族では把握できることに限りがある」


 それで十分だ。

 ハルヤは飛びつくように前のめりになった。


「はい、それで構いません!」

「そうか、わかった。では、出来るだけ伝承などは避け、元老院の十一氏族として知り得る範囲の事実を教えよう。あれは、『現魔』と呼ばれる事象から始まったことだが――」

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