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異世界から帰ってきたら元の世界がとんでもないことになっていた件  作者: 会長


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「ってわけで、あんた、死刑らしいわよ」

「なんでだよ!?」


 どうでも良さそうな様子の義香に、ハルヤは愕然とした声で反応する。

 数時間前に目を覚ました彼は、牢の畳の上に転がされていた。後ろ手で縛られ、朝日らしい光しか頼りのない場所にいたのだ。

 当然のように身ぐるみは剥がされてシャツとパンツ一枚にされており、杖代わりの両手の指輪も無ければ、エコの宿ったネックレスも取り外されていた。


「なんでって、知らないわよ。元老院で決まったって、時久様がおっしゃってただけなんだから」

「そんなあっさりしてんなよ!? 命かかってんだぞ!!」

「うっさいわね! あたしはあの戦いの報告をしただけで、会議に参加したわけじゃないんだから知らないわよ!」

「報告って……ちゃんとお前が殺人未遂したって報告したんだろうな」

「殺人未遂? あたしは任務を果たしただけよ! きっちり報告してやったわよ、あんたは森で暴れ回った挙げ句にあたしを押し倒した変態だってね!」

「ありゃ正当防衛だろうが!」

「ふんっ! あんたがあたしにのしかかってきた時に、いやらしい視線向けてたのに気付かないと思ったわけ? 残念! あたしは自分の美貌をわかってるから、そういう視線には慣れてんのよ!」


「…………貧乳のくせに」

「あ゛ぁ゛!?」


 ガンッと牢の鉄柵が蹴りつけられる。首を掻っ切られそうなほどの眼光を飛ばされるが、ハルヤはサッと目を逸らす。あちらの世界ではいくらでもこんな眼光を向けられたことがある。いちいちこんなのでビビってなんか……な、ない!


「ったく……だいたい、なんであたしがこんな奴の牢番なわけ……? あんた! 政音に感謝することね! あの子が止めてなかったら、あんたはとっくに刀の試し切り用の死体になってんだから!」

「物騒なこと言うなよ……っていうか、その政音っていったい誰なんだよ。顔も知らない相手に感謝しろったって、できねぇっての」


「それは、私のことですよ」


 その時、二人の会話に割って入るように、義香の真横にある扉が開いた。

 現れたのは、義香と同じくらいの年齢の少女だった。しかし、見た目の印象は正反対だ。

 長い黒髪を銀の簪で纏め、濃紺の小紋に身を包んだ佇まいは洗練されている。肌は艶があり、真っ白だが健康的な色合いをしていて、柔和に微笑む顔は吸い込まれそうだ。

 絵に描いたような「美しき大和撫子」が、目の前に立っていた。


「あなたが政音……さん?」

「はい。たった今話題に上がっておりました、北条政音と申します」


 両手を体の前で揃えた、まるで芸術品のような一礼をされ、ハルヤは思わず居住まいを正した。

 ……ん?

 そこでハルヤは、目の前の女性に見覚えがあることに気づいた。


「あ、あの時、最後に襲ってきた……!」


 あの時というのは、義香の話では昨日の出来事であり、森の中で義香を取り押さえたハルヤの背後に現れた、白い羽根の向こうに見えた人物だ。僅かに記憶に残っている索敵魔法の感覚では、確か羽根を操っていたのはこの少女だったはずだ。


「襲った、だなんておっしゃらないでください。私も倒れ伏す臣下を見過ごすわけには参りませんでしたので」

「あたし、あんたの臣下になった覚えは無いんだけど?」

「父上に仕えているのだから、同じようなものでしょ?」

「あたしはまだ、あの時に余計な首突っ込んできたこと許してないからね!」


 二人のやり取りを聞きながら、ハルヤは政音の背後に探るような視線を向ける。


「あの、翼はどこに?」

「えっ、翼でございますか?」


 虚を突かれた反応をする政音であるが、ハルヤからしてみればその反応に虚を突かれる思いだ。

 ハルヤの記憶が正しければ、最後に政音の姿を見た時には、背後に一対の翼が生えていたはずだ。そこから舞い散る羽根がハルヤの視界を覆い尽くし、最後には衝撃と共に気を失った。


「なんて、少しカマをかけてみたのですが、その反応は本当に何もご存知ないようですね」


 政音はクスリと笑う。まるでハルヤの反応を楽しんでいるようだった。その笑みに、少しだけSみを感じる。向こうにもこういう王女いたなぁ……。


「あれは私の"天賦"でございます」

「"天賦"?」


 聞き慣れない言葉に首を傾げるハルヤに、政音は「ご覧になった方が早いですね」と背筋を伸ばした。



「『瑞祥(ずいしょう)白鷺(はくろ)』」



 直後、再びハルヤの視界が真っ白になった。

 とはいえ、あの時の気絶の直前とは違う。鉄柵の向こう側にある廊下を埋め尽くすほどの巨大な純白の翼が現れ、ハルヤの視界いっぱいに広がったのだ。


「私の"天賦"である『瑞祥(ずいしょう)白鷺(はくろ)』にございます」


 そう語る政音の姿は、さながら天使だった。元の容姿の美しさも相まって、舞い散る羽根が牢の窓から入る陽の光に照らされて、神々しさを覚えるほどだ。


「これ……魔法、だよな……?」


 ハルヤは五十年も魔法に触れてきた。エコに解析を任せなくても、目の前の羽根も翼も魔法以外の何物でもないことくらい理解できる。

 しかし、理解できるが、できないのだ。


「な、なぁ!」


 ガシャンッとハルヤは這うようにして鉄柵に額をぶつけながら、必死の形相で政音を見た。


「小田原って言ってたし、北条とか源とか、ここって日本なんだよな!?」

「はい。ここは間違いなく日本(ひのもと)の国でございます」

「じゃあおかしいはずだ! こっちの世界には魔法はない! そうだろ!?」


 なんだかんだでハルヤも、実年齢はもう六十代も後半だ。自分が思っていた六十代に比べたら落ち着きは無いのだろうが、それでも普段はもっと冷静だ。

 しかし、今ばかりはそうもしていられない。

 かつて、向こうの世界に行ってしまった直後のような、迷子で取り乱すような有様だった。


「ハルヤ様、とお呼び致しますね。あなたが目覚めてからお話しされたことについては、既に義香から報告を受けています」


 ハルヤに視線を合わせるように、政音は牢の前に膝をついた。舞い散る羽根がハルヤの頬をくすぐり、彼の膝に落ちた。


「その上で、はっきりと申し上げます。この世界に()()()()()()()。もう二百年も前から、それは変えようの無い事実でございます」


 ハルヤの臓腑に氷が転がり落ちたかのような感覚があった。


「二百年前……? ちょっと待ってくれ、今はいったい何年なんだ? 西暦何年なんだ!?」

「今は玄和十七年。西の海で扱われる暦に則るのなら、二二二六年にございます」


 嘘……だろ……?


 ハルヤが使った転移魔法は、異界同士を一時的に繋ぐ高度な魔法だった。

 帰還にあたって、ただ繋ぐだけでは、下手すれば地中に出現することになる可能性もある。そのため、時間と空間の設定はハルヤの脳内にある記憶をエコが遡り、極めて厳密に行った。


 魔法において、時間と空間は強い繋がりを持つ。ほとんど連動していると言っていい。

 どちらかが欠ければ、片方がズレるとかの話ではなく、そもそも成立しない。

 しかし、転移は成功した。しかも、ハルヤの記憶通り、始まりの地である小田原に、この広大な地球上でピンポイントで、だ。

 空間の座標設定は合っていた。だが、時間の座標指定は二百年もズレた。それも、ハルヤの記憶領域には存在しない、二百年後の世界だ。


 そんなことはあり得ない。そんな魔法は、存在しないはずだ。


「ハルヤ様が証言なさったことは、義香伝いでありますが把握しております。異界よりいらっしゃったとか」


 政音が指を振ると、ハルヤの膝の上にあった白い羽根が、ひとりでに動き始める。

 意思を持った動きだった。クルクルと回転しながらハルヤの頭上付近に舞い上がる。次の瞬間、ヒュッと風切音を鳴らしながら手を拘束する縄を掠め、畳に突き刺さった。

 両の手首を締め付けていた圧力が消え、縄の倒れ込む情けない音がした。

 同時に、周囲にあった羽根が光の粒子となって消えていき、政音の背後にあった翼も消える。


「話をお聞かせください」

「ちょ! 政音!? 逃げたらどうする気!?」


 遂には牢の錠前まで回し始めた政音に、義香は目を丸くして抗議する。


「確か、戦闘にて火炎を放出する魔法を使ったと言っていたわね。もしそんな"天賦"を持ってる相手だとしたら、ここに閉じ込めておくのは茶番でしかないと、義香も気づいているのでしょう?」

「そりゃ……驚くくらい大人しいとは思っていたけど……」


 義香は昔からプライドの高い性格をしている。そんな彼女を持ってしても、目の前のこの男が強いことは認める。『膝丸』を使い、身体強化をほとんど全開で使ってなお、負けたのだ。

 ここに閉じ込められてからのハルヤの様子は、模範囚もいいところだった。

 義香が突けば反応を返すが、あれだけの実力がありながら、何もしないというのもおかしな話だった。この牢は雑居房であり、魔法まで封じ込めることを前提とはしていない。身体強化一つで簡単に暴れられるのだ。しかし、彼はそれをしなかった。


 対するハルヤからしてみれば、その気になればこの程度の牢を突破することは容易だった。

 杖代わりの指輪が無いとはいえ、あれはあくまで補助であって必需品ではない。寝ている間に少しではあるが魔力も回復している。

 エコの言う通り魔素が薄いからなのか、一日かけてようやく一割と少しといったところだ。満足な戦闘というわけにはいかないが、逃げ出すのにそれだけあれば十分だ。


 それをしなかった理由は、エコの存在が大きい。

 あのネックレスの所在がわからない以上、下手に暴れるにはリスクが高い魔力量だし、何より無罪の意識があったので弁明すれば済む話だと思っていた。


 出ていいと言うなら、お言葉に甘える他無い。

 牢から出てきたハルヤに、義香はあの刀に手をかけたまま、不満げな睨みをきかせていた。


「お預かりしている衣服と装備もすぐに運ばせましょう。義香、お願いね」

「なんであたしなのよ……」


 舌を出して不服を政音にぶつけた彼女は、ドスドスと音を立てながら近くの階段を登っていく。


「あの、本当によかったんですか?」


「畏まった言葉遣いは不要でございます。問題ございません、なにせ我が父である、当主時久の命でございますから。それに、()()()()()()()が牢に居られては、私も困りますので」


「………………は?」

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