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「――では、時久。説明してもらおうか。小田原で観測された、"特異点"について」
低く、静かな声が議場に響いた。
山がのしかかるような、押し潰されそうな重量感のある声だ。
暗い座敷だった。所々に置かれた燭台を光源としているが、朧に揺れる灯火のせいで部屋の広さは明確にはわからない。
ただ、座布団に胡座をかいて座る十一人の影がいることだけは確かだ。どれも幽霊のように透けていて、しかし確かに生者としての覇気がある。――あり過ぎるのも何人かいるが。
「説明と申されましても、この一件については皆様にお渡しした文の通りでございますぞ、家正殿」
時久は困ったように頬を掻きながら返す。それに甲高い声を張り上げたのは、彼から三つ左に座る金の烏帽子を被った、蜥蜴のような顔の男だ。
「ええい、このような言い訳めいた文ひとつで、納得するとでも思うておるのか!」
「私たちも突然のことに困っておるのですよ、義純殿。何分、当の元凶が目を覚ましませんのでね」
「なら、水でん何でんぶっかけて叩き起こしゃよかどが! なんじゃきさんら北条は! 源に牙どころか、睾丸まで抜かれちょったちゅうとか!」
今度はすぐ右隣の、顔が深い傷で埋め尽くされている熊のような男が声を張り上げた。
「いやいや、忠恒殿。私たちは何も拷問しようというわけではないでしょう? それに、ほんの半日前の出来事ではありませんか」
「うるせぇ! おいがそげんまどろっこしかこつは好かんち、きさんも知っちょっどが!」
忠恒は今にも隣で困ったような薄ら笑いを浮かべたままの時久に掴みかからんばかりだった。とはいえ、今互いに見えているのは豊臣家の家臣が持つ"天賦"による魔力の影同士だ。いくら熊頭と言われ慣れている忠恒であっても、空を掴んで苛立ちだけが残るような結果は望まない。
「かっかっかっ! 相変わらず食えん男じゃな、時久。俺は嫌いじゃないぜ」
続いて高笑いで注目を集めたのは、大紋の上に黒いマントを羽織るというチグハグな格好をした吊り目の男だった。
「それはどうも、信晃殿」
「だがな、今回ばかりは俺も説明を求めるぜ。なんせ、観測されたのはここにいる全員の総魔力量を合わせても半分にも満たないような、そんな化け物じみた反応だ。『防衛任務の武士が確認に行ったら、翔紅龍の死骸の隣で転がっていた』なんてのは、そこの足利の蜥蜴が言うように、言い訳以外の何ものでもねぇぜ」
信晃の顔は笑っているが、目は猛禽類かの如く時久を射抜いていた。
いやはや、参ったな……。
時久とて、忠臣である源家でも一番槍と言える義香が敗北した人物についての議題であり、いくつか隠したいことだらけだ。
こういう時、時久は事前にこの元老院に席を持つ当主たちに根回しをするのだが、あまりにも突然の出来事だったせいでそれも叶っていない。
そして、そんな状況に限って、あの男が水を得た魚のように口を開くのだ。
「我から見れば、北条の痩せ武者が何やら兵器を隠し持っておるようにしか映らぬな」
まったく。昔からこの平宗清という男が、時久は大の苦手だった。
互いの先祖の因縁であるのは間違いないが、今でもこうして、隙あらば時久を元老院の席から突き転がそうと狙っている。千年以上も前の恨み辛みで今もネチネチと動いてくるとは、さすがは死しても首塚に舞い戻った執念深い一族の末裔である。
とはいえ、ここまで押し込まれれば、多少隠していた理由が強引でも納得させられるだろう。
時久は本当は苦虫を噛み潰したような顔の一つでも宗清に向けてやりたかったが、自分の正面に鎮座する家正の方に向き直る。
「そこまで探られては致し方ありません。ご説明申し上げましょう」
周囲の者たちの目の色が変わった。
「お隠ししていた理由と致しましては、大変面目ない話でございますが、かの"特異点"とされる少年に、私の忠臣である源が一番槍と誇る者が敗北を喫したのでございます」
「ふんっ、もう既にお前が送った文と違うな」
「そう責めないでいただきたいですな、宗清殿。私どもとて、元老院に名を連ねる"氏族"が一門。臣下の敗北を恥じるくらいは致します」
小馬鹿にしたような宗清に嫌味を言いたいが、今は塩らしくあるのが適切だ。
「彼の者が小田原の東の山中に出現し、当該地の防衛任務を与えていた武士が急行。到着時には既に翔紅龍は撃破されており、その隣にて発見したとの報告を受けました」
「その後、交戦したと?」
「然り。戦闘は約三十秒ほど続き、我が娘が加勢に入った直後に、彼の者は魔力切れと思われる症状を発症し、気絶。捕縛致しました」
「して、その戦の記録は、いずこに在ると申すのか」
座布団から転げ落ちそうなほどに前のめりになりながら、義純が尋ねた。近くの燭台が顔を照らし、影のせいで舌舐めずりをしているかのようだった。実際にしているのかもしれない。
「それが、なにぶん突発的な戦闘でしたので。詳しいことは何も残っておりませぬ」
「源の武士とあらば、その愚かしさも無理からぬことよ」
「では、今後はより一層、厳しく鞭撻致しましょう」
宗清の言葉を暖簾のごとく受け流した時久に、家正の大太刀のような視線が届く。魔力の影越しとはいえ、流石の迫力だった。
「翔紅龍はどうなっておった」
「完全に死んでおりました。外郭の鱗は無傷でしたが、眉間に刺し傷があり、体内は内蔵を含めて切り刻まれていたと、我が娘より報告が入っております」
「切り刻まれていただと? 刀か?」
「恐らく、魔法かと」
どよめきが広がった。
翔紅龍は並の攻撃では鱗の一枚も剥がせない。例え、魔力で身体強化を施していても、だ。
それを鱗に触れずに内部を破壊し尽くすなど、"魔具"程度でできる芸当ではない。しかし、そんな"天賦"も"宝具"も聞いたことがない。
どよめきが沈むように消えていき、残ったのは重苦しい沈黙だった。
完全な未知。
隠されていた事が明かされれば、その衝撃も恐怖も一層膨れ上がる。
そうなれば、至る結論は一つだ。
「儂の結論は出た」
家正が口を開く。
「徳川家は、"特異点"とされる彼の者について――」
当然、時久はその判決に反対した。




