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『当初の演算の通り、残りの約二千体に対して『完全追尾』は不可能です! まだ全ての魔物の正体が判明しておらず、一撃で倒せる保障もありません! 現在の魔力残量十一%!』
「そのまま演算をし続けろ! 敵の密集地帯をピックアップ! 爆撃で制圧する!!」
義香と政音が、魔物に連れられた人質と思われる人間たちを救出する数秒前。
『完全追尾』によって分断には成功しているが、これだけで勝利というわけではない。
このまま上手く時間を稼げて、為嶺たちが合流したところで、彼らだけでこの大量の魔物を殲滅は出来ないだろう。観測して判明した個々の魔物の保有魔力量から見ても、最低でもシルクリーパークラスであり、確かにこの群勢の質は桁が違う。
だとすれば、ハルヤが動くしか道はないのだ。
義香が政音の出した羽根を伝って、救出に向かっている姿が見えた。照明弾を撃ち込むくらいしか支援はできていないが、彼女の実力を信じる。
「『タイタンスパイク』!」
練り上げた魔力を放出し、ハルヤは自分の周囲に無数の岩石製の杭を量産していく。
可能な限り水分を排除して硬く。可能な限り連鎖させて大きく。そして、可能な限り細かい亀裂を入れる。
合計四十ほどの杭を作り上げた彼の視界に、エコが算出した最も効果的な着弾地点が表示された。
『スパイクの調整を行います! 射出操作はお願いします!!』
「おう!」
義香の刀が鳥の魔物の喉を突き刺した。それを合図に、ハルヤは岩石の杭を勢いよく射出した。
既に昇り始めた朝日が、上空に先に届く。杭の先端がキラリと光り、まるで紅く燃える隕石かのように照らし出された。
『仕込み完了です!! 起爆と同時に魔力残量は三%を切ります! ご覚悟を!!』
エコの言葉の通り、ハルヤの体からごっそりと魔力が持ち出される感覚があった。もうほとんどガス欠状態であり、飛行の維持も長くは保たない。
岩石の杭は風を置き去りにしながら飛翔し、予測地点に寸分違わず着弾した。魔力反応から見るに、それぞれ二、三体の魔物を巻き込んでいるようだが、それでもこの大侵攻を止めるには足りなさすぎる。
だが、それでいい。
政音の羽ばたきが見えた。あの高度なら問題ない。少なくとも、計算上は巻き込まない位置のはずだ。
乗り捨ててきた馬には悪いが、生きていれば治癒魔法で助けるつもりだ。
「いくぞ! 極大爆裂魔法『パイロクラズム』!!!!」
その瞬間、大気が震撼した。
上空の雲をも押し退けるほどの大爆発が、杭が着弾した四十の箇所で同時に巻き起こった。朝日を塗り替えるほどの炎の光が周囲を埋め尽くす。
攻撃対象の魔物たちのそれぞれの正体はわかっていない。当然防御力も未知数だ。
なら、熱で装甲ごと溶かし尽くし、それらを上回る力で叩き潰す。
杭はただ爆発させる地点のマーカーとなったわけではない。緻密に計算された亀裂の入ったそれは、爆発と同時に鋭利な欠片となって撒き散らされていた。
音が聞こえた時には既に体を瓦礫が貫いている。それほどの速度で、だ。
政音に上へ逃げるように指示をしたのは、爆散時に水平方向に飛んでいくように計算していたからだ。さすがに、地上にいる味方を避ける軌道まで演算する時間も、労力もなかったため、逃がすことを選んでいた。
エコが組み込んだ政音の不確定要素である、人を連れた状態での高度については、何も問題はなかった。
そして、魔法の効果も演算通りの成果だった。
一帯を焼け野原に変えた『パイロクラズム』と、そこから逃れた魔物までも巻き込んだ『タイタンスパイク』の欠片によって、残りの魔物は三百にも満たない。それに、そのほとんどが狂気を恐怖が上回ったのか、散り散りに逃げ出していっている。
逃げた魔物に関しては今回は無視だ。追撃をかける魔力の余裕はない。
問題は、その中でも一際大きな魔力を保有する魔物が、真っ直ぐには近づいてきていることだ。
『殲滅演算を終了。降下を開始します』
ハルヤの体から浮遊感が消え、重力に従った落下が始まった。
あとは義香頼り、か。
――――――――――――――――――――
「なに……あれ……」
義香は目の前で起きたことが信じられなかった。
天変地異と呼ぶべき大爆発の連鎖。下方で木々を抉りながら飛散する岩石の欠片。
何もかもが規格外だ。あんなもの、人間業じゃない。
「うっ……! お、降りるわよ!」
しばらく呆然としていた義香だったが、すぐに自分のことを空中に留めている政音の苦しそうな声で我に返った。
政音の"天賦"は確かに飛行能力を有するが、それは彼女だった一人を想定したものだ。四人も追加で抱える余裕なんて、最初から無い。相当無理をしているのは明白だった。
ほとんど不時着のようにして地面に降りると、珍しく息の上がり切った政音の翼が砕け散るように無くなる。既に一つの戦場で戦った後に、あんな飛行をしたのだ、『瑞祥の白鷺』を展開し続ける魔力もほとんど残っていないのだろう。
しかし、義香は政音を労る言葉はかけない。今はそれよりも先にやることがある。
救出した親子と思われる三人に駆け寄ると、『膝丸』を抜いて網を半ば強引にでも切り開く。
「大丈夫!? しっかりして!!」
見れば、三人の体には十分な外傷があった。殴打による痣に、あえて動脈を避けるように裂かれた皮膚。まさに死なないギリギリの傷。弱らせるためだけの傷だ。
子どもの方は切り傷こそ少ないが、額は熱く、呼吸も浅い。父親と思われる男性の方に至っては、腹部に刺し傷すらあり、呼吸は消えかけている。母親らしき女性は血の気が引いた顔に加え、鼓動が弱まっているようにも思える。
義香は迷った。彼女は戦場での生き方をたくさん知っているが、何の道具もなく命を繋ぎ止める方法を知らない。せいぜい、出血や骨折に対する応急処置くらいしかできないのだ。
政音の方に視線を向けると、彼女も既に立ち上がって状況を把握したようだ。
「待って、今もう一度『瑞祥の白鷺』を……」
「いや、政音は休んで大丈夫だ」
残った魔力を振り絞ろうとした政音だったが、背後から聞こえた声に動きを止めた。
そこにいたのはハルヤだった。
上空から降りてきたらしい彼は、即座に三人の首元に指先を当てて脈を確認する。
「エコ、三人の容態を確認して、俺の記憶領域にデータを残してくれ」
彼はそう短く呟くように言うと、今度は義香の目を見た。
「俺の治癒魔法でどうにかする。義香、このまま真っ直ぐ奥に進め!」
「奥?」
「まだ終わってない。倒し切れなかった魔物の中で、こちらに向かってきている個体がいる! それを止めるんだ!」
あんな大規模な爆発で排除し切れなかった魔物。それを相手取るなんて、自分に本当にできるのだろうか?
狼狽える義香に対し、ハルヤは彼女の手を強く握った。
反射的に殴りかけた義香たったが、すぐに触れたのは何かを渡すためだったことに気づく。
赤い宝石のネックレス。さっきまでハルヤの首元で光っていたそれは、エコが宿るものだった。
「大丈夫、エコが導いてくれる」
「で、でも――」
「『デコイオーラ』!」
最後にハルヤは義香に魔法をかけた。
濃紺の光のヴェールが義香を包み込み、あらゆる生物の本能が彼女の存在感を無視できなくなっていく。
「最後は武芸に秀でた義香に任せることが前提で、俺はあの魔法を撃った。あとは頼んだ」
武芸に秀でる。
それは、源家に生まれた義香に課せられた絶対の使命。
そうだ。そもそも、この地を守るのは武士である自分の務め。部外者であるハルヤにここまで介入されていること自体が、本来であればあってはならないことなのだ。
だから自分は、ここまで馬を走らせたんじゃなかったのか。
ハルヤの常軌を逸した力を目の当たりにして、忘れていた誉れが一気に燃え上がる。
「やってやるわよ!!!!」
義香は駆け出した。
――――――――――――――――――――
暗闇の森の中で、受け取ったネックレスを首に乱暴にかけた。
『こんばんは義香さん!』
「うぇ!?」
かけた途端に頭の中に響いた声に、義香は危うく躓いて転ぶところだった。
『そのままお進みください! マスターのように、暗視魔法を自動で発動させることは叶いませんが、五感の情報を拡大してお届けします!』
義香の視界が一気に鮮明になった。
肌にあたる空気の流れ、音によるエコーロケーション、さらには目に入る光の増幅。それら全てが視覚情報に変換されることで、今まで僅かな夜目に頼って曖昧な影にしか見えなかった木々の細部まで認識できる。
「すごい……あなたがあいつの言っていた……?」
『はい! "自立型魔力演算コア"のエコでございます! さすがに記憶領域などの脳内へのフルアクセスなどはできませんが、可能な限りの支援を行います!』
実質的なハルヤからの支援ということで複雑な義香であったが、この暗がりの中で視界を確保してくれただけでも恩恵は大きい。
木々の間を縫うように走る義香は、その間に気を張り巡らせる。いつ会敵してもおかしくはない。
『警告! 右前方に動く影を――』
直後、義香の体が左に向けて吹き飛ばされた。
周囲の枝葉を撒き散らし、数メートル宙に浮いた後、すれ違った老木の幹に手を伸ばして勢いを殺し、義香は地面に足を突き刺すようにして停止した。
あ、危なかった……
エコの警告とほぼ同時に襲撃に気づいた彼女は、身に降りかかった殺気だけを頼りに、『膝丸』で右側からの攻撃を防いでいた。
まだ手が痺れている。なんて威力だ。
感覚の拡張によってクリアになった視界が、先ほど自分に向けて突進してきた存在を映し出す。
力士像を彷彿とさせる波打つような筋骨の体躯。身長は義香の倍を優に超えている。
一見人間に見えるが、肩から伸びる腕は左右で二本ずつ、合計四本もある上に、顔面は頭まで伸びて角のようにすら見える牙に、眼球のないのっぺりとした目元。明らかに人間とは別種の生物――魔物だ。
そこまでの巨体をもってして、接近に直前まで気づけなかったのは、恐らく相手が常軌を逸した速度で接近してきたからだろう。
攻撃してきたのは……あの剣だ。
四つの手にはそれぞれ、岩石をそのまま削り出して研いだかのような分厚く、荒削りで、それでいて死を撒き散らすには十分な反りのない剣が握られている。
『ヴォルカンフィーンド、四つ腕の鬼人種です! 今回の群勢の親玉個体と思われます!』
親玉。つまり、ここまでやってきていた二千の魔物たちを率いていた存在。
そして、義香が全く相手にしたことのない『霊峰富士』の魔物だ。
横浜の武士たちで囁かれている噂程度であるが、『霊峰富士』はこの日本の国で最高難度とされる三大迷宮の一つであり、そこに棲息する魔物の強さは、鎌倉の迷宮とは訳が違う。
羅刹蛛が十体は束になっても太刀打ちできないような魔物が潜んでいる。
かつて為嶺からそう言われたことがある。
義香は『膝丸』を構え直した。
『先程の速度と、マスターからお借りしたデータをもとに演算を開始します!』
先に動いたのは、四つ腕の鬼だった。
横薙ぎに振るわれる左からの攻撃に加え、真上から叩きつけるような一撃。さらには逃げ道を塞ぐようにさらにもう一本迫っている。
残りの一本を動かしていないところを見るに、対応したとしても追撃する構えなのだろう。魔物のくせに知恵が回る。
明らかに速い。
瞬きする間に首が飛ぶ速さだ。
しかし、義香はそれを大きく一歩下がりながら、首を僅かに引くことで全て回避した。
見えていた。いや、見せられていた。
鬼が攻撃する直前に、義香の視界には訪れるであろう軌道が既にエコによって映し出されていた。
本来であれば、義香はそれに疑問を持ち、躊躇し、動けないはずだ。
しかし、その軌道は彼女の感じ取っていた殺気とほとんど一致するような、むしろそれを補強し、具体化するかのような情報だった
だから、動けた。信じられた。
『義香さん、あなたの動きは既に学習済みなのです!』
エヘン! と見えもしない胸を張っているような声だった。
『ですが、今のは初撃でしたので、相手も単調です。ここからは……』
「本気、ってことね」
エコは得体が知れない。だが、今はそれを信じるしかない。
突撃からの攻撃に加え、今の相手の動きだけで義香は理解していた。
恐らく、そのまま戦っては勝てない。
悔しいが、それは事実だ。
たった一撃を受け止めただけで痺れが残る上に、さっきのだってエコの予測がなければもっと大袈裟に避けて、追撃の餌食だった可能性が高い。
義香は元来「源の猪に改名しろ」と呼ばれるくらいに好戦的な性格であるが、戦いの才能だけは飛び抜けている。だから、勝てない相手に突っ込むような二流ではない。
だから――
『来ます!!』
義香の視界を光の軌道が埋め尽くす。
それが敵が攻撃するかもしれない軌道であることはすぐに理解できた。
全てを掻い潜れる都合のいい場所は……ない。
四つ腕による斬撃の嵐が義香を襲った。八方向どころか、その倍は選択肢がある。加えて突きに、蹴りのおまけ付きだ。
まともに攻撃を受けちゃダメだ。
義香はほとんど迷わなかった。
彼女が刀を振り上げると、上方からの攻撃がその側面を撫でて僅かに逸れる。そして、隙が生まれる。重心を右に傾ければ、頬を掠めるほどの距離で突きが駆け抜けた。
倒れ込むようにして近付いた地面を掌底で殴り付け、体勢をあえて崩すことで、鬼の分厚い筋肉で覆われた蹴りは目標から外れる。
――――――――――――――――――――
エコの軌道予測は万能ではない。
上空でヴォルカンフィーンドが、群勢のリーダー格であることを確認した瞬間から、ハルヤの記憶領域から引っ張り出してきたデータと義香の動きのパターンを照らし合わせ、現実的な攻撃の予測を立てていた。
それでも、コンマ数秒で攻撃のパターンは二十を超える。
当然、いくつかは共通して回避できる道はあるし、可能性の優先度をつけることもできる。
しかし、義香は見事にヴォルカンフィーンドの攻撃を掻い潜ってみせていた。その根底にあるのは、彼女の異常なまでの集中と、殺気を頼りにした直感。
だから、エコは少し不安になる。
ハルヤとは違う、野生と呼ぶべき論理から外れた動きは、いくら動きを学習済みとはいえ、どこかで予測に綻びを生んでしまうのではないか。
もっと安全な選択を取れるのではないだろうか。
だが、同時に信頼もできる。
なぜだか、この少女の直感は信じられた。
動きの華とでも言うのだろうか。この豪快な動きは不安だが、勝ってくれるような気がしてくる。
『(まぁ、やっぱり一緒に戦うなら、マスターが一番なんですけど)』
エコの主人ならば、もっと繊細に、もっと論理的に、そして時に大胆に。
なんて、エコが贔屓目で主人を見ている間に、義香の刃はヴォルカンフィーンドに確実に届いていた。
「とった!」
三日月の如き一閃。
夜明けの光と共に、鬼の首は森に落ちた。




