第八章:爆裂の幼馴染と、神の指先
「――ちょっと! いつまでこんなボロ屋に引きこもってるのよ、インバ!」
翌朝、インバの家の扉が、物理的な衝撃波とともに蹴り破られた。 そこに立っていたのは、真紅のローブを纏い、身の丈ほどもある杖を構えた美少女――かつての幼馴染であり、今は若き天才魔道士として名を馳せている【リリィ】だった。
彼女は、まるで洗濯板のように平坦な胸をこれ見よがしに張り(本人は威厳のつもりだ)、ズカズカと部屋に踏み込んでくる。
「聞いたわよ! あのガリウスをワンパンで沈めたんですって? やっぱり私の目に狂いはなかったわ。インバ、あんたの『ドリーマー』っていう神託、本当は『破壊神』か何かの間違いだったんでしょ!」
「リリィ……。お前、相変わらず声がデカいな。あと扉の修理代、お前のツケにしとくからな」
インバは、昨夜の「一万個の生卵移し替え修行」のせいで極度の寝不足だった。頭の中で、まだ卵の殻が割れる「パキッ」という幻聴が響いている。
「修理代なんて魔王を倒せばお釣りが出るわよ! さあ、決まりね。あんたは今日から私のパーティのメインアタッカーよ。一緒に魔王城へ乗り込んで、世界を救って、ついでに私の伝説に華を添えなさい!」
「断る。俺は土木作業があるんだ」
「断る権利なんてないわよ!」 リリィが杖を振り上げると、その先端にどす黒い魔力の渦が巻いた。彼女は、宇宙の誕生に匹敵するエネルギーを一点に凝縮し解放する極大魔法の使い手であり、一度頭に血が上ると街の一区画を平気で更地にする悪癖がある。
その時、ソファでポテチのカスを撒き散らしながら寝ていたニーナが、片目をうっすらと開けた。 「……んぅ? 何よ、朝から騒々しいわね。あ、その貧乳。私に選ばれて『爆裂乙女』の神託を授かった子じゃない」
「なっ……誰よこの女! っていうか、今、禁句を言ったわね!? 消し飛ばしてあげるわ!」
激昂したリリィが、杖をニーナに向けた。 「究極破壊魔法――『ビッグバン』!!」
至近距離で放たれる、因果すら焼き尽くすはずの光。モコが悲鳴を上げ、ニーナが「あ、これ死んだわ」と悟った瞬間。
インバが、動いた。
「(……卵より、ずっと頑丈だな)」
10倍速の世界。 リリィの杖の先から溢れ出し、すべてを飲み込もうとする**『ビッグバン』の奔流が、インバにはスローモーションで見えていた。 彼は昨夜、一万個の卵を移す中で学んだのだ。 力とは、一点を突くのではなく、「流れを撫でて逸らす」**ものだと。
インバは、無防備にその極大魔力の光の中に指を差し入れた。 そして、爆発の起点となる魔力の核を、まるで卵の黄身を壊さないように優しく、しかし音速を超える精密さで、**『デコピン』**した。
――パシュン。
轟音が響くはずの部屋に、拍子抜けするような音が響いた。 リリィが放った**『ビッグバン』**は、爆発する直前に全エネルギーを四散させられ、ただの「キラキラ光る粒子」となって部屋中に降り注いだ。
「……え?」 リリィが呆然と杖を見つめる。 自分の最強魔法が、発動の瞬間に物理的な「指先」一つで解体された。そんな現象、神話にすら載っていない。
「悪い、リリィ。今、部屋を壊されるとモコが困るんだ。……それとニーナ、アンタも煽るな」
インバは、指先に残った魔力の熱をふっと吹き消すと、何事もなかったかのように朝食のパンを千切った。 今の彼にとって、宇宙誕生の衝撃を謳う魔法も、生卵の殻を割らない制御に比べれば「大雑把で扱いやすいエネルギー」に過ぎなかった。
「……インバ、あんた、今の……何したの……?」
「何って、ちょっと突いただけだ。……それよりリリィ、魔王討伐なら他を当たれ。俺は今日、崩れかけた井戸の補強に行かなきゃならないんだ」
「……信じられない。私の**『ビッグバン』**を……デコピンで……」 リリィは、震える手で自分の杖を握り直した。驚愕が、やがて異様な執着へと変わっていく。
「……決めた。あんたが頷くまで、私はここを動かないわよ! インバ、あんたを絶対に魔王城まで引きずっていってやるんだから!」
「……はぁ。ニーナ、なんとかしてくれよ」 「無理よぉ。あの子、私が適当に『根気だけはあるわね』って加護を与えちゃったから、一度決めたら死ぬまで諦めないわよ」
「……アンタの過去の適当さが、全部俺に返ってきてるじゃないか!」
最強の力を持ちながら、一向に旅立てない救世主候補と、トラブルを呼び込む元女神、そして家から動こうとしない爆裂魔法使い。 インバの平穏(?)な日常は、さらにカオスな方向へと加速していく




