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第二十六話:神界の終焉と、真の帰還 ―さよなら女神様、はじめましてニーナ―


 神界のメインフレームへと叩き込まれたインバの拳は、物理的な破壊を超え、神界を支配する「冷徹な計算式」そのものを粉砕した。  衝撃波が管制室を駆け抜け、無数のモニターが火花を散らしてブラックアウトする。


「な……な、なんだこのエラー値は!? 物理法則を無視して、システムそのものが『塗り替えられて』いく……!?」


 局長が悲鳴を上げる。  インバの拳が触れた箇所から、灰色の無機質な機械回路が、まるで息を吹き返したかのように、あの箱庭の「土」の質感、そして「木」の温もりを持った質感へと変質していく。


「……ニーナ! 繋げろ! 壊すんじゃない、この神界の『冷たい理屈』を、あの世界の『確かな手触り』に繋ぎ直すんだ!」


「わ、わかってるわよ! ……これで、ニート生活とも本当におさらばね! 神権解放、全システムを『インバの存在』に同期――上書き開始オーバーライト!!」


 ニーナが叫び、自身の神核を光り輝くコンソールへと叩きつける。  その瞬間、ジャージ姿の彼女の身体から、透き通るような神々しい光が溢れ出し、そして――パリン、と音を立てて弾け飛んだ。


 それは、彼女が「神」という仕組みから完全に切り離された証。  同時に、神界を包んでいた灰色の霧が晴れ、窓の外の死に絶えた荒野に、鮮やかな緑が爆発的に広がり始めた。


第一幕:本当の自分、本当の姿

 光が収まり、静寂が戻った。  管制室は、もはや無機質な開発室ではなかった。  床には草が芽吹き、壁は苔むした石造りへと変わり、天井からは眩しい「本物の太陽」の光が差し込んでいる。


 インバは、ゆっくりと立ち上がった。  その姿は、あのゲーム的な「爽やかな日本人青年」ではなかった。    日焼けした肌、数々の現場で刻まれた小さな傷跡、そして何より、土の匂いが染み付いた、使い古された「本物の作業着」。  鏡に映るのは、異世界の英雄でも勇者でもない。  かつて日本で、誰に知られることもなく道路や橋を守り続けていた、**「現場の職人・引場インバ」**としての、本当の顔だった。


「……ふぅ。やっぱり、こっちの格好の方がしっくりくるな」


「……インバ?」


 聞き慣れた声に振り向くと、そこにはスウェット姿のニート女神でも、豪華なドレスの管理者でもない、一人の少女が立っていた。    飾り気のない白いワンピース。少し癖のある桃色の髪。  神としての威圧感は消え、代わりにそこにあるのは、どこか危なっかしくて、放っておけない、等身大の女の子の姿。


「……ニーナ。お前、その格好……」


「……変、かな? 神様の力を全部使っちゃったから、これが私の『魂の素顔』なの。……もう、ポテチも出せないし、空も飛べないわよ?」


 ニーナは不安そうに自分の手を握りしめた。  神の特権をすべて捨てて、インバという一人の人間を選んだ代償。彼女は、ただの「無職の女の子」になったのだ。


「変なわけないだろ。……その方が、俺の助手にぴったりだ」


 インバは、ゴツゴツとした、けれど温かい手でニーナの頭を乱暴に撫でた。  

第二幕:クレーマーの意地

 足元で、腰を抜かしていた局長が、緑に変わった神界の風景を見て呆然としていた。


「……バカな。移住計画プロジェクトはどうなる……。人類の未来が……」


「局長。未来なんてのは、誰かが用意した箱庭の中にあるんじゃない。……泥にまみれて、自分の手で一歩ずつ固めた地面の上にあるもんだ」


 インバは、転がっていた錆びたシャベルを拾い上げ、肩に担いだ。


「お前の作った『箱庭』は、俺が本物の『大地』に作り変えておいた。……あそこには、モコも、リリィも、エルも、みんな生きている。……今度はシミュレーターとしてじゃなく、本物の世界として、あいつらと一緒に『暮らし』を積み上げていくんだ」


「……お前、本気で……」


「ああ。これからは、神様のお告げじゃなくて、俺たちの『知恵と経験』で世界を直していく。……ニーナ、行くぞ。現場が待ってる」


「……ええ! 待ちなさいよ、インバ! 私、歩くの遅いんだから!」


 ニーナは、初めて踏みしめる「本物の土」の感触に戸惑いながらも、前を歩くインバの背中を追いかけて走り出した。


第三幕:新しい「日常」への一歩

 神界と繋がった新生「始まりの街クリープ」。  そこには、ノイズも、システムエラーも、もう存在しない。    空から降ってくるのは管理者の設定した天気予報ではなく、予測不能で、けれど豊かな恵みをもたらす本物の雨。  地面を歩けば、相変わらずインバの足跡は深く刻まれるけれど、それは世界を壊すバグではなく、彼がこの世界に「確かに存在している」という、力強い証だった。


「お兄ちゃん! お帰り!」


 玄関先で、モコが満面の笑みで駆け寄ってくる。  その後ろでは、エルが「新しい世界の紅茶を淹れましたわ」と微笑み、リリィとクラリスが「今度のデートは私が!」と相変わらずの口喧嘩を始めている。


 インバは、その騒がしい光景を見て、深く息を吐いた。


「……よし。ニーナ、まずはこの家の前の石段、少しガタついてるから直すぞ。……お前の最初の仕事だ」


「ええっ!? 帰ってきたばかりなのに、もう仕事!? せめてポテチ休憩を――」


「ニート脱却だろ。……ほら、シャベル持て」


「ううぅ……。あんた、本当に鬼なんだから! ……でも、まあ。……悪くないわね」


 ニーナは、慣れない手つきでシャベルを握り、インバの隣に立った。    かつて世界を欺いた女神と、世界を殴り変えた職人。ここから、ゆっくりと、けれど着実に始まっていく。


 地形を変えるのは、魔法でも奇跡でもない。  二人の歩む、確かな一歩なのだから。

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