第十七章:夢の残響と、服を脱がせる神業 ―女神の嫉妬は宇宙の真理より重い―
始まりの街クリープに、眩しい朝の光が差し込む。 インバは、昨夜の「夢の修行」のせいで、いつも以上に体が重く感じていた。全身を襲う疲労感。だが、その指先と足先は、まるで意志を持つかのように、微細な震動を刻んでいる。
「……おはようございます、インバ様。朝食ができましたわ」
リビングでは、エルの姿をした魔王軍側近のエルゼが、完璧なメイド姿で朝食を並べていた。その手際よさ、完璧な栄養バランス。もはや家政婦としての能力は、インバの家でナンバーワンだ。
「……おはよう、エル。……ニーナは?」
インバが尋ねると、エルは小さく微笑んだ。 「ニーナ様は、まだお目覚めになりませんわ。おそらく、昨夜のインバ様との『特別な修行』で、お疲れなのでしょう」
その言葉に、リリィの背筋がピクリと反応した。 「なっ……特別な修行ですって!? 何よそれ! あんたたち、私の知らぬ間に何をしてたのよインバ!」
「どうせ夢の中で、また変なポーズでポテチ食ってただけでしょう? インバ様、あんなだらしない女神、放っておいて私と王都へ帰りましょう?」 クラリスがすかさずインバの腕に絡みつく。
「やめろ、クラリス。……それにエル、変な言い方すんな。昨夜は修行で『幻影を指先で弾き飛ばす』のをやっただけだ。ニーナは魔力使いすぎたんだろ」
インバは、自分の言った言葉に違和感を覚えた。 「幻影を指先で弾き飛ばす」――確かにやった。だが、その途中で、ニーナがどこからか取り出した「露出の多い衣装」を纏った幻影が多かったことを、彼はうっすらと覚えている。そして、それを「服を破らずに弾く」という無理難題を押し付けられたことも。
「……まさか。あれは修行じゃなくて、嫌がらせだったのか?」
インバがそんなことを考えていると、のそのそとリビングに現れたニーナがいた。 彼女は顔を真っ赤にして、インバからそっと目を逸らす。そして、エルが用意した完璧な朝食を前に、なぜか手を出そうとしない。
「……ニーナ。お前、顔赤いぞ。まさか、昨日の『栄養不足』がまだ続いてるのか? ほら、これ」
インバは、テーブルの上のフルーツを一つ掴み、ニーナに差し出した。 ニーナは、そのフルーツに手を伸ばそうとするが、まるでその指先に触れるのが怖いかのように、躊躇している。
「あ、あんたねぇ! そんなの! ……だいたい! 昨夜の私の誘惑(修行)を、あんたは全部『健康診断』にすり替えたじゃない! あれは愛情の表現よ! 恋する乙女心という名の神託なのよ!」
ニーナが叫んだ瞬間、インバの家にある食器棚の扉が、音もなくパタリと開いた。中にあった皿が、ストン、と音を立てて床に落ちる。 ――しかし、皿は割れない。まるで、分厚い空気のクッションの上に落ちたかのように、ふわりと弾んで止まった。
「……え?」 全員が、その奇妙な現象に目を剥いた。 インバは、自分の指先を見つめた。 昨夜の修行で覚醒した「空気の圧縮・操作」が、無意識下で現実にも影響を及ぼしている。
「(……俺のこの感情の波長が、周りの空気に伝播したのか?)」
「な、なんですの、今の……!? もしかして、インバ様の『愛の衝撃波』ですの!?」 クラリスが顔を赤らめる。
「違うわよ! あれはきっとインバが、私の切ない乙女心から発した『無意識の空気砲』よ! だいたい、インバの愛は私のものよ!」 リリィが杖を構える。
「あらあら。皆様、興奮しすぎですわ。これではインバ様が食事に集中できませんわ」 エルが優雅に仲裁に入るが、その実、内心では「(インバ様の一挙手一投足が物理法則を捻じ曲げる……。素晴らしい観察対象ですわ!)」と目を輝かせている。
第二幕:変態的技術の覚醒 ―服だけを脱がせる神業―
その日の午後。 現場は、街の南西に広がる果樹園だった。この時期、猛毒を持つ巨大なサソリ型の魔物『ヘル・スコーピオン』が大量発生し、農家の収穫を邪魔している。
「インバ様、ここは私の『聖なる結界』でサソリたちを無力化し、その隙にガレウス様が……」 「師匠! 私が全身でサソリの毒を受け止めます! その隙に空気砲を!」
ガレウスが気合を入れたその時、果樹園の奥から数十体のヘル・スコーピオンが、鎌状の腕を振り上げて突進してきた。その尾の先からは、猛毒の液が滴り落ちている。
「……邪魔だな」 インバがボソリと呟いた。
彼には、昨夜の夢の修行が頭をよぎっていた。 『幻影の服を破らずに、正確に弾き飛ばす』。 あの時、彼の指先は、幻影の「肌と服の間に存在する、ごく僅かな空気の層」を完璧に把握し、そこだけにピンポイントで衝撃を流し込んでいた。
「(……まさか、あれって……)」
インバは、右手をスッと前に出した。 狙うは、突進してくるヘル・スコーピオンの「甲殻と内臓の間にある空気層」。
――パァン!
乾いた音が、果樹園に響き渡った。 目の前のヘル・スコーピオンの甲殻が、まるで熱したフライパンの蓋が飛ぶように、フワリと宙に舞った。 中から現れたのは、ブヨブヨとした無防備な肉体。サソリは、何が起きたのか理解する間もなく、その場で力なく倒れた。
「……え?」 周囲の全員が、再び絶句した。
「な、なんだ今の!?」 ガレウスが目を剥く。
「……見事ですわ、インバ様! あの堅牢な甲殻を、本体を傷つけずに外すとは……。正に『衣剥ぎ(イハギ)の神技』!」 エルが目を輝かせて拍手する。
「まさか……。昨日の修行が、こんな形で実を結ぶとは……」 ニーナは、インバのその「とんでもない技術」に、畏怖と同時に、複雑な感情を抱いた。 (私の幻影を、あんな風に……!? ううう、想像しただけで恥ずかしいわ!)
「お、おいインバ! あんた、今『服だけを脱がせる魔法』みたいなのを覚えたのか!?」 リリィが顔を真っ赤にして叫んだ。
「魔法じゃねえよ! 空気の層を圧縮して、外側に衝撃を流しただけだ! ……それに、別に脱がせてねえし」 インバは慌てて否定するが、彼の指先から放たれる衝撃波は、次々とヘル・スコーピオンの甲殻を剥ぎ取っていった。
あっという間に、果樹園には甲殻を失ったブヨブヨのサソリが大量に転がり、それを前にして農夫たちが困惑の表情を浮かべている。
「……インバ様、この甲殻は、このまま利用できるのでしょうか?」 「ああ、これなら加工して硬い建材に使えるな。……よし、ガレウス! 今日の仕事は、この剥ぎ取った甲殻を加工することだ!」
「は、はい師匠! 『甲殻剥ぎ取りの極意』、ぜひ私にもご教授ください!」
第三幕:女神の決意 ―ポテチよりも重い恋心―
その日の夜。 インバの家では、いつの間にか増えた家族(と付き人)が、エルが作ったサソリの甲殻入りのスープを囲んでいた。
「インバ様、このスープ、甲殻から出汁が出ていて、非常に健康的ですわ!」 「これは、きっと聖なる恵みですわ!」 「インバ、あんた、明日から『変態的な収穫技』として、英雄になるんじゃない?」 三人のヒロインが、インバを褒め称える。
そんな中、ニーナは一人、静かにスープを飲んでいた。 今日のインバの「服剥ぎ(甲殻剥ぎ)」の技。あれは、間違いなく昨夜の自分の修行(誘惑)が元になっている。 彼の無意識が、あの変態的な技術を生み出したのだ。
「(……私、本当にこの男が好きなんだわ)」
ニーナの心は、ポテチよりも、神としてのプライドよりも、ずっと重く、温かい感情で満たされていた。
「……インバ」
ニーナは、意を決してインバの顔を見上げた。 「あんた、今夜の修行は……夢の中だけど、私とデートしなさい!」
「……は? デート? 何それ、新しい修行か?」 インバが首を傾げる。
「デートよ! あんたねぇ! ……いいわ、詳細は夢の中で教えてあげる! 覚悟しなさいよ、インバ! 私の恋心、あんたに絶対にわからせてあげるんだから!」
宣言通り、ニーナの顔は燃えるように赤かった。 横でエルが「(インバ様の周囲に、新たな感情の波動が観測されますわ。やはり、この家は素晴らしい実験場ですわね)」とメモを取り、リリィとクラリスは「デートですってぇぇぇ!?」と絶叫している。
世界を救う力を持つ男と、恋に落ちた元女神。 二人の関係は、魔王軍の脅威すら凌駕する、予測不能の領域へと突入していくのだった。 最強のモブが見る明晰夢は、いよいよ「恋愛シミュレーションゲーム」の様相を呈し始める。




